夢に候
「のーとんゲッチュー!めくるめく萌の時間よカモーン!」
騒々しく妹が奇声を挙げながら帰宅した。
我が妹ながら躾が悪い。ドアを乱暴に締めるな!靴を揃えろ!
帰ってきたときは「ただいま」だろーが!我が妹が激しい足音を立てて階段を駆け上がり自室へと飛び込む。ヲタ女め、と心で悪態をつく。
リビングで見るともなしで見ていたテレビを消して俺も部屋に戻って宿題でもするか、とソファーから腰を上げた。
俺は。
普通よりちょっと裕福かもという家で育った。先ほど帰って来たのは我が愚妹。現在中二。
今はたまたま土日で帰って来ているのだが、ふだんは離れた街の全寮制の女子中に通っている。シスコンのわけではないが兄の俺の目から見てもあどけなさがまだ だ残るものの美人になる顔立ちをしている。
むかしは可愛かった…二年前までは。
俺が帰省するたびにお兄ちゃんお兄ちゃんと懐いて来た癖に俺が全寮制の中学を卒業するのと入れ違うように全寮女子に行ってから妹は変わってしまった。
大人しく可愛いらしかっ たのがなりを潜め得体の知れない変な生き物になった。
「兄貴、彼氏とかいないの?」「女の子みたいな男はあんま萌ないよね。女顔によろめいたなら、本物の女に惚れればいいじゃんねー」「攻めと受けの立場って大事だよね!シチュ萌!」
お前はどこの人間だ。日本語をしゃべれ。
夕食の席で妹はもしゃもしゃと脇目もふらず食べている。
「もっとちゃんと噛んで食べなさい!」
妹は口に詰め込みまくって禄に噛まずに飲み込んでいる。母の言葉は耳を素通りしている らしい。忙しなくゴハンを豪快に飲み込んでいる。
俺には分かっている。
妹は新しく買ってきたいかがわしいゲームの続きがやりたくて仕方 ないのだ。せっかくの数少ない家族団欒の飯なのだ。もっとゆっくり食え。お前はまたしばらく母の愛情料理が食えんのだぞ。
「…おい、ご飯粒ついてるぞ」
「え、どこ」
妹はご飯粒がついているのと反対側を触っている。はあ、馬鹿め。
「逆だよ、逆」
「あ、ほんとだ。あんがと」
ペロリとご飯粒を指で見つけて口に入れた。
「兄貴!今日はこれやったんだ!ヤバい変態だよー!」
妹の口から変態とか言う言葉はあまり聞きたいものではない。
「これさぁ同人ゲームなんだけどさ。ね、この制服って兄貴の学校のに似てない?」
「ん?ああそうだな。ネクタイうちんとこもネイビーだもんな」
てか、ドウジンってなんだ?あれか、白樺派が作った作家たちの同人雑誌のことか?…たぶん違うな。妹の使うヲタ用語は理解不能だ。
突き出してきたゲームのパッケージを見てやる。
はあ?みらくるのーとん?意味分からない題名だな。平仮名なところがどことなく馬鹿っぽい。
「これが主人公の明で、これが主人公の兄の光輝、こっちが主人公の幼なじみで誠二、で、最後にクラスメイトの正臣!」
「ふーん」
パッケージには一人の赤と白のシャツを着た鉛筆持った男を全面に出した後ろに男が三人描かれている。
あと、目鼻口が描かれている変なノートが一冊。なんだこれは。子供らくがきか。
「兄貴超興味なさげ!」
「ああ。興味ないし」
「ダメ!覚えて!そしてあたしに語らせて!もう一回言うよ、これ が主人公のアキ…」
「明で、シルバーアッシュが光輝でハニーブラウンが誠二で残りが正臣だろ。繰り返すな」
「兄貴すごーい!一度で覚えたんだ!内容はね、明がのーとんを拾ってそののーとんにエロイこと書いてエロエロなんだけどマジみんな変態なの!林間とかエス笑むとかばいぶとか野外とか無知とかすかとかイタイの!」 (誤字ではないです。)
「……」
俺にはお前がイタイわっ!
なんだそのいかがわしい単語の羅列は!キラキラ目を輝かせてなんつう単語を!貴様中二だろ!?
そんな時代はお手てつないでルンルンとかキスぐらいの話をしてくれよ!まあ、中学んとき俺もそんな可愛らしい恋愛青春してないが。
……己の中学時代を思い出してちょっと嫌な気分になってきたぞ。大体、男子校なんて行くもんじゃない。周りが男だらけでむさ苦しい。
「…てか、お前、俺の部屋から出てけ」
「え、なんで?」
「いいから出てけ。お前の趣味に口出しはしないから俺に語るな」
「え、え、ちょっ」
まだ語り足りない妹の両肩に手を乗せて強引に妹を部屋から追い出した。
「あにぃ…!」
部屋の鍵を締めて俺はやっと静かな自分の時間を取り戻した。
■
朝起きてご飯を食べて通いなてきた通学路を通り学校に着く。
友達に軽い挨拶をして窓側 の一番前の席に座る。一番前の列って嫌だよな。
席替えのくじ引きで決まってしまったものだから仕方ないけど。鐘が鳴って担任が入って来て連絡事項を伝えて教室を後にする。それから普通に授業が始まって昼飯になって午後の授業が終わってさて帰るかと席を立つ。
「!今週おれらの列が掃除当番だぜ!」
「マジ?悪い忘れてた」
そういや朝担任が俺の縦列班が掃除だって言ってたわ。
見れば黒板の右端の下に「掃除・一班」とちゃんと書かれていた。俺は鞄を机の上に戻し、掃除用具のロッカーに向かった。 そして一番後ろの二席に知らないクラスメイトを見つけた。
「正臣、俺今週掃除だわ」
「そ。んじゃ頑張れや。また明日な、明」
「おう、また明日ー!」
ん?ちょっと待て誰だこいつら?クエッションマークが頭に浮かぶ。
なに爽やかに後ろの二席陣取って帰りの挨拶なんかしちゃってんの?
まじまじと見てしまった俺をどう思ったのか、あきらと呼ばれた奴は慌てて掃除ロッカー から箒を出して俺にも渡してくれた。
「悪ィ。」
「ありがとう」
何に対して謝られているのかいまいちだ。
あれか、早く掃除道具出してやらなくて悪かったと言うことか?いちをお礼を言って受け取って掃除を始めた。
そして、そのまま普通に 家に帰った。
私服に着替えて一息ついてから放課後の見知らぬクラスメイトを思い出してみた。なんとなく、どこかで見たような顔立ちをしていたように思える。俺は机の引き出しを探って高校入学の時に配られたクラス割りを引っ張り出した。
男子のあ行からざっと指で名前をなぞっていき、やがて俺の記憶に無い名前を2つみつけた。 「緒形明と斉藤正臣、か」 名字と名前を確認する。
知らねぇな…ど忘れれもなさそうだ。…まあ、俺には関係なさそうだからどうでもいいな。
「あ、やべ…ルーズリーフ買ってくんの忘れた」
学校帰りに買ってくるつもりだった 時計を見ればまだ夕飯まで時間があった。財布を掴んで下に降りる。
「母さん。俺ちょっとコンビニ行ってくる」
「そう?いってらっしゃい」
キッチンで夕飯の準備に忙しい母の背中に一声掛けて俺は外へ出た。
ついでに飲料水とデスノートの新刊を買った。夕暮れな道を歩いて遠くの方に我が家の屋根が見えてきた。
「あれ?もしかしてくん?」
声に振り向けば知らない青年が人の良さそうな顔で俺を見ていた。
誰?知らない人…だよ な?不審者を見るように見上げると男は困ったように笑った。
「忘れちゃったかな?くんが中学に行ってから会う機会がなかったから…。真向かいの家の、光輝だよ」
真向かいの家って言えば父母姉妹の4人家族じゃなかったか?と思い出すのだがこのお兄さんは嘘を言っているようには見えない。
つかそんな嘘はすぐにばれてしまうような嘘だ。
つく意味がない。うーん。なんだろう。今日は摩訶不思議なことが縦続けに起こってるような。
「大きくなったね。眼鏡掛けてるんだ…。でも、なんだかすごい…きれいになったね」
そう誉められて苦笑いを返した。
綺麗とか言われてもあんまり嬉しくないな。やはり男としてはカッコイいと言われたいのが男心というものだろう。
ちなみに眼鏡は中学の後半ぐらいから掛け始めた。
「や。そんなことないですよ…えっと、光輝さん?」
「くんにさんずけで呼ばれるなんてね。昔みたいにコウ兄ぃって呼んでくれてもいいよ」
そう言われ、なんとなしに繰り返してみる。
「こうにぃ?」
おお、なんか新鮮。俺には妹しかいないからなあ。親戚も寧ろ年下のガキしかいないから 兄って憧れる。
「コウ兄ぃかぁ…」
二回目は兄という言葉にうっとりとして言ってしまった。いいな、兄ちゃん。俺も欲しい。
「っ、くん!普通に呼んでくれていいから!」
「え、なんで…ってコウに、いや、えと光輝さん?顔赤いですよ?どうしたんですか」
コウにぃ改め光輝さんはなぜか顔を赤らめて口元を覆っている。え、どうしたんだろう?
「そんなことないよ…や、そうだね、にぃなんて言われたのは明が小さな時だったなあと か思って、ね」
「あきら…?」
最近どっかで見た名前だな。
「そういえば、くん明と同じクラスなんだってね?母さんが懐かしがって明に聞いてたけど、明はくんのこと話たがらないんだよ」
母さんと明が同列の空間に語られると言うことは、この光輝という穏やかな感じの人と明 は肉親…兄弟?
「昔はさ、くんと誠二くんとうちの明でいつも一緒に遊んでたよね。そこにキョウちゃんがついてきたり…」
懐かしそうに目を細めて光輝さんは言う。セージって誰?キョウちゃんってのは俺の妹の京子だと思うから分かるけど。
「…くん?」
ぼんやりと考えながら歩いていたら光輝さんに腕を掴まれた。
「通りすぎてるよ」
「っうわ」
はっと我に返ったのだがその後ろから引っ張られた力が思いの他強くて後ろへと体制を崩 した。
背後の光輝さんに抱きとめられた。お、流石に胸板が厚いなぁ。って違うし!そんなどうでもいいことは置いておいてお礼言わなきゃ!
「す、すいません」
後ろに首を巡らして…唇が何にかすった。
え?光輝さんと俺の身長差はそんななかったらしく、斜め上に首を回したせいで近くにあった光輝さんの唇のすぐ横らへんにかすってしまったのだ。
「あ、あ〜すいません」
別に唇同士があたったわけではないので、殊更慌てるのは可笑しいので、「あーあ…」と 申し訳なさそうに謝っておいた。
ふ、こんなところが多少なりとも男子中学上がりの耐性というやつだな。
てかこの人、近くで見ても美人だな。肌ツルツル。頬に 掛かってる髪なんか染めてんのか銀髪っぽい…でも、そういうおしゃれをする人のように 見えないし、どこかに外人の血でも入ってるのかもな。いいなー俺も外人の血が欲しい。
「い、いや。俺こそ腕掴んじゃったから」
「あーほんとすいません」
光輝さんから背中を離す。
見ればたしかに俺の家の前だった。いやいや、ぼーっとしてしまったようだ。いかんな。電柱にぶつかるとかダサいことにならなくてよかったよかった!。
「じゃ、俺はこれで」
俺は光輝さんに頭を下げながら真向かいの家の表札を盗みみた。名字は緒形…?
それってやっぱりあきらってのは今日俺が見た「緒方明」のことで今の人は その兄の光輝で…えーとなんだっけ?
なんかこう、答えが喉元に出かかっているんだけど …光輝さんが間違えなく真向かいの家へ入って行くのをそっと見届けてから俺は自室に上 がった。
なんだっけななんだっけな…ベッドに転がって買ってきた漫画を開いた瞬間、頭の中で豆電球がピカッと光った!!
「あれだ!みらくるのーとんっ!」
ああ、なんだそっかそっか。みらくるのーとんね。
良かった思い出せて。主人公の明と兄の光輝と級友の正臣と幼馴染みの誠二ね…。喉に引っかかっていた魚の骨が取れたようなすっきりした気分で思い出すキッカケになったデスノートを捲った……
(なんでデスノートを見て思い出したかというと、デスノート→のーと→のーとん?→みらくるのーとん!!という連弾だ)
「って、そうじゃないだろ、俺!」
自分に乗り突込みをしてしまった。
なにさらっと流そうとしちまったんだ俺!ここは流しちゃいけないところだろっッ!……と慌ててみるのだが、考えてみればそれほど大変なことでもないと思い直した。
「そうだよ、別に俺関係なくない?友達が全員総入れ替えで知らない人になってるわけでも、両親家族が居なくなって危険な異世界に一文無しで放りだされたわけでもないし…」
そうなのだ。
変わったの事といえば、家の前が緒形さんちなってたことと、クラスメイトが二人増えてただけじゃん。
あと、光輝さんの話にによると、俺とあの明と誠二が幼馴染であるらしいことが分かった。でも、今日の明との箒のやり取りや光輝さんの話の様子からすると疎遠になっているようだ。まぁ、俺としてはそれで万々歳って感じかな。
……てか、妹の話をちょこっと耳に挟んだだけだから内容なんて知らないし。ゲームなんだろうってことと……妹が買ってきたぐらいだからいかがわしいゲームだということぐらいだ。
うん、ということでこの出来事気が付かなかったことにして今まで通り、普通に人生過ごしますか。
end 続かない…
■主人公明たちと同い年のクラスメイト。黒髪で切れ長の目を持つ美形。
目は悪くないが眼鏡をかけている。堅物というか高貴な黒猫に見えるのでちょっと敬遠されがち。征服欲と支配欲、被虐心を煽るとか煽らないとか …。
妹は腐女子。のーとんの話を妹に延々と聞かされるが聞いてない。 のーとん攻略記念に一気に書いたものなので、結構昔のです。
変態でしたよねー。初心者はやっちゃいけないと思う。でも、面白かったです!!これやれば、他のBLへの耐性は完璧です!
