あてにならない…。
オレは初めて自分の『脅迫手帳』に対してそういう思いを抱いた。
パタン…
だから、開いていたページを閉じる。
オレの最終兵器、"小早川瀬那"のページを。
あてにならない
オレは情報を集める。名前と住所さえわかれば、あとは適当にサーバーにアクセスして情報を頂く。その中から、脅しに使えそうなネタを集めて脅迫手帳にメモっとく。そんなことを繰り返してやってれば、いつでも相手を屈服させる手帳の出来上がりだ。元々は、有能な人材を集めるためと、アメフトをすることに誰にも文句を言わせないために作ったもんだ。オレは勝ちにこだわる。どんな試合だろうが、最後に勝てれば、誰もが認める。勝つ。勝つためには、オレはどんなモノだって利用する。
「オイ、糞チビ。アイシールド21呼んでこい!」
「え、あ、はい!じゃあ僕、ついでにコンビにで飲み物買ってきますね!」
ココ最近は、糞チビも反応が早くなった。オレの言葉をすぐに理解して、そそくさと駆け出そうとする。
「セナ!私も行こうか?」
「いいよ!僕が行ってくるから!」
コンビニ、と聞いて横から便利だが、こういうときには邪魔な糞マネが口を出してくる。姉崎が、なんでこんなにもセナを過保護にするのか分からない。というのがオレの本心だ。たしかによ、セナは弱い。激弱。ここまで弱っちい高校生もそうざらにいねーんじゃねぇか?
「でもセナ、絡まれたら!」
「大丈夫だよ!」
なおも付いていこうとする姉崎に、セナは笑いながら返して走っていった。……そんで、いつまで経っても帰ってこねぇ。セナは帰ってくるわきゃねぇのは分かってるが、アイシールド21には来てもらわなけりゃオレが困る。アメフトってのは、練習でも実力が培われるもんだ。一石二鳥で出来るもんでもねぇ。
「…っち、手間かけさせやがって」
オレは自分の練習を中断して、部室の方に向かった。体育館を横切った時、声が聞こえた。言い争う声ではないけど、それでも言い合ってる声だ。
「…?」
「!…ッ!」
部長長屋の横の体育倉庫の横。
まぁ、死角になりやすいところっていやぁ、ところだな。
「…からよ?教えてくれよ、姉崎の番号」
「なんで、僕が教えなくちゃいけないんですか!」
「姉崎って、めちゃめちゃガード硬てぇんだよ」
はは〜ん。あの糞マネはセナしか目に入ってない感じだが、結構モテるらしいからな。平等(セナの前では平等ではなくなるが)の前に、惚れる輩は多いだろう。
(…ま、オレらに聞くよりセナ捕まえて聞いたほうが一番てっとり早いと思ったんだろーな…)
オレに手を出せるワケねーし、栗田はお人よしだが教えないだろ…っていうか、知らないはずだ。
「っていうかさー、お前、姉崎の電話聞いてどうすんだよ?」
「…電話してー、パンツの色聞くー」
「はっ!?馬鹿じゃねーの!?」
「冗談だって。姉崎マニアに電話番号売ろっかなーとは思ってるぜ?」
おーおー…なかなか地味にキモイこと考えてやがんじゃねーか…。
「…僕はっ、…!」
「教える気がねーの?じゃあさ、痛い目みちゃう?」
「…おいおい、そいつ、ヒル魔んとこの部だぜ?痛めんのはヤバクねぇ?」
「いいんじゃねー?こいつ主務だろ?居ても居なくても変わんねーよ」
ドスッという重い音が聞こえた。ま、足と手だけ傷つけないでくれれば、オレも基本的には文句は言わねーけどな…。それでも、やっぱし助けねーと、練習の時間が削られるだけだし、オレは物陰から裏を覗き込んだ。一発で沈んだのか、セナはお腹を押さえて座り込んでいる。
(あー…。腹か)
特に内臓らへんに入ったら痛てぇよな…と思いつつ、オレは助けに入ろうと一歩踏み出した。
「…地獄へ堕ちろ、屑ども」
(…は?)
風に乗って、酷く低い無機質な声が聞こえた。空耳か?でも、ここにいるのはオレと糞チビと、下衆が二人。
「…YA-HA-?テメェら、オレんとこの部員になんかようか?」
進む足は止められねぇから、オレはそのまま姿を表して馬鹿どもに声をかける。
「ゲ、ヒル魔!」
「…やべ!逃げんぞ!」
途端にビビって、オレの横をすり抜けて逃げていく。追う気もねぇし、顔は覚えたからあとで確認だけでもしとくか。オレの目が届く範囲で、オレに逆らったものとしてな。
「…す、すいません、ヒル魔さん…なんか、絡まれちゃって…」
「この糞チビが!あのくらいの奴等、自分でどうにかしやがれ!!」
「はは…ほんとに、すいません。ヒル魔さんが着てくれて助かりました…」
オレがうずくまって下を向いているセナの前に立つと、セナはオレを見上げた。オレにお礼を言って、照れ隠しに笑みを作るセナ。
…なぜだろう、コイツに、こんなにも違和感を感じるのは?
the
end
原作二巻、進にホワイト・スピアを食らったときらへん。
…ああ、思い出した・・コレが、「痛い」だ。
痛い。
痛み
ズキズキ悲鳴を上げる。なにが?僕の心が。違う。俺の心が…!!!!
「うがぁあああああ〜〜!!!!」
叫んだ。
僕の記憶が。
俺の記憶が。
(…ああ…イタイ)
痛くて痛くて…堪らないよ…。ねぇ…?
「おい、聞いてんのか!」
「あ、はい…」
誰だ…?僕を…俺をこんな目に合わせたのは…?…金髪の…この男は誰?ボールを手に走る。これはなんのスポーツだ…?…突然のフラッシュバック。断片的に浮き上がる、『僕』の記憶。
『えらい、セナえらい!』
姉崎まもり…セナを守る少女。
『アイシールドがカッコいい〜!』
栗田良寛…大きな身体を持つ優しい先輩。
『フィールドをねじ伏せろ!!』
蛭魔妖一…高々と夢の為に手段を選ばない先輩。
『YaーーーHaーーー!!』
…アメフトの強制募集された者たち…。
「…なるほどね…American
Footboalか…」
『絶対に言うもんか!』
そして、俺。小早川セナ…臆病な、自分を出せない少年。それにしても、今の記憶。なんて情けないんだろう。俺が篭もっていた間に…この『僕』はとことん争うを避けていたらしい。
「…争いは避けられない…避けたら、俺の存在の証はなくなるさ…」
ああ…俺は走るのか…。風が…。
「走る…Run…」
そうか…結局、逃げていたのか…。
「…俺の出番は…いらないよ…」
だから、また俺は眠る。ここはまたお前に変わるよ…『僕』。クスッ俺は突進してくる敵を見ながら…笑みを零して、また眠った。
++
「…!?」
阿含は、反射的に双眼鏡から目を外した。
「…ん?どうした阿含?」
「…いや…なんでもねぇ…なんでもねぇけど、雲水、今、アイツ笑ったか…?」
「はぁ?わけわかんねーよアイツって誰だよ?」
「…」
…今、あのアイシールドの口角が、鮮やかに微笑んだような気がしたのだが…?
「返す」
「おい!大事に扱えよな!」
双眼鏡を放り投げて雲水に返す。慌ててキャッチした雲水は阿含をいさめるが、阿含は腕組みをしてフィールドを睨んでいる。綺麗な足の女から、たまたまフィールドを見ただけなのに…ヘンなものを見てしまった…。
(すっげー、なんか、冷や汗がでやがった…)
ぞわりと、体の中でなにかがざわめきたった気がした。雲水は、双眼鏡を覗き込んだ。
++
「!?」
(なんだ、今の笑みは!?)
進は、一瞬己の身を貫いた悪寒…いや、戦慄に僅かながら動揺する。
(今…アイシールドは笑った…?)
笑うような場面ではない。真剣勝負のこの試合。そんな笑うような余裕はないはずだ。だが、確かに一瞬、アイシールドの唇が笑みの形に吊り上った…?そして…感じたプレッシャー。
(くっそ!)
「…あれ?ぎゃーー!!なんかいつの間にか始まってるィィ〜〜〜〜!!」
セナは、目の前に迫る進の姿に驚き、加速する。
(なになに!?なんでいつの間にか始まってるのーーー!?)
焦ってよく分からないが、試合が始まっているのなら走らなければならない。ぐわぁんと、進のスピア(槍)がセナの身体を捕らえた。
「ええ…ええ!!??」
「倒れてない…?」
じたばたもがいて、進の腕の仲から逃れようとする。
「なんだ、今のは…?」
…悪魔の目覚めが、近づく…。
the
end
とある書けないアイシ長編「デビルズ・アイ(仮題)」のネタみたいな…。
なぁ…お前は…笑うんだな?その場面って、笑うところか?くるくると面白いほどに変わる表情。その中で…目だけ笑ってないと思うのは、オレだけだろうか?
小瓶
オレと普通に話す一年はいない。オレ所業が悪いからかなんだか知らねーが、兎に角、オレとタメ張って話す糞坊主はいらんつーっこた。
「…お、一年がサッカーやってんじゃん?」
「アレ…?あれって、ヒル魔んとこの部員じゃねーの?」
前の席のヤツに言われて、オレは窓の外を見た。
「あぁ?」
糞センコーの糞面白くもねぇ授業なんか聞いてたって聞いてなくたった同じだ。しかも、何を恐れてるんがか、オレを当てることはほとんどないしな。授業中勝手なことし放題。
…糞つまんねぇ…。窓の外の校庭で、一年がサッカーボールを追いかけている、その中、ひとりちょろちょろしていると言うか…突っ立ってると言うか…。糞チビがいた。
セナのことだから、自分からああいうスポーツの中に積極的に加わろうとしないだろうということは、なんとなくだが感じる消極的…大人しい…弱い…。セナから感じるのはそういう類の雰囲気だ。
それがどうだ?"アイシールド21"という仮面を被ったとき、ヤツの姿はフィールドの中で途端にでっかいものとなる。目の錯覚なのかその背中が大きく見え、堂々と…全てをなぎ倒し、抜いていく。その様子からは、普段の気弱な糞チビの燐片を垣間見ることが出来ない。
…そう。試合中のヤツの姿は、まるで…"違う人間"だから、アイシールド21=セナの構図が成り立たない人間が多いのだ。あの足を他の部活動に持っていかれなくてすんだことは、大いにありがたい。…まぁ、もし、他の部活にはいっちまってたとしても、脅迫してアメフト部に連れてくるんだが…。オレにとってアイシールドは使える味方だ。正面から戦いを挑むポジションでもないから、進がアイシールドに、アイシールドが進に感じるような嫉妬が浮かぶもんでもねぇ。相手方のゴールの近くにいたセナにパスが来る。慌てて、糞チビはボールを蹴って、ゴールへ向かう。
「っち…」
相手方が、ゴールさせまいとセナの前に立ちふさがる。そして、相手を抜けようと…またはパスしようとセナが動いたときだった。相手が、糞チビの肩口を掴んで引き倒す。
ピピー
派手に倒れる糞チビの姿に、オレは目を細める。ざけんじゃねーよ、糞ガキが。テメェ如きがセナに触れるな。
…セナの足がくじいたらどうしてくれる?…アイツは、オレの勝利へ導く、大切な駒だ。糞チビは、尻餅を膝をついて四つんばいになってる。慌てて…というわけでもないが、近くから、糞チビと同じチームのヤツが駆け寄ってくる。あれは…ハァハぁ三兄弟長男の十文字か?
「おい?大丈夫か、セナ?」
「…あ、ごめん、十文字くん…」
たぶん、そんな会話が交わされているんだろう。十文字がセナを後ろから抱えるようにして立たせてやる。
「どっか、怪我したか?」
「ううん」
セナが首を振る。そして、十文字に笑いかける。その姿になにかむしゃくしゃするものが胸を飛来する。セナはすまなそうに十文字に頭を下げて…十文字は「気をつけろよ」と口が動く。
またゲームが始まる。十文字がパスを横に出して攻める。ふと、教室の黒板の上に掛かっている時計を見る。授業が終わるまであと二十分と結構ある。
「…げ…あの一年、またぶつかってるよ」
「さっきも、倒されてなかったか?」
声に、再び校庭を見る。今度は、味方がシュートしたボールがゴールで弾かれて、そのままセナの顔面に直撃する。
「…ッあの、馬鹿が!」
小さく声を出して毒付く。オレの言葉にビクッと前の生徒の背中が震える。シュートが入りそこなった相手は、糞チビに謝るでもなく、セナに向かって声を荒げる。
「小早川!お前、ちょうどいいとこに居たんだから、そのままヘディングするとかなんかしろよ!」
怒鳴る声の内容が、少しだけ聞こえてくる。地獄耳なもんでな。聞こえるんだよ。
(はぁ?ふざけるな。そんなんお前がしくじった所為だろーが)
オレは眉間に皺がよるのが否めない。スナイパーライフルを窓から構えて頭をぶっ飛ばしてやろうかと考える。
「はぁ?んなのテメェのキックが悪いんだろうが!?たかが体育の授業ぐらいで喚いてんじゃねーよ!」
セナの前を庇うように立ちふさがったのは・・・また、十文字かよ。
「んだよ、十文字?お前いつからそんなヤツ庇うんだよ?テメェらのパシリだろーが?」
「うっせぇな!」
にらみ合う二人の間をおろおろとセナが窺う。
「まぁまぁ…落ち着けよ、十文字」
「…そうだぜ、セナが困ってるし…続き始めんぞ?」
十文字の仲間の二人…戸叶と黒木が十文字を宥める。
「セナ、お前も…大丈夫かよ?鼻血…は出てねぇみたいだな…」
黒木がいちおうセナを気使ったのか、聞く。
「あ、うん。大丈夫…ありがとう」
戸惑いながらもお礼を言うと、十文字、戸叶、黒木は自分のポジションに帰っていく。最後に…セナは、もう一度罵った相手の背を見た。誰からも死角になる位置で、上から見ているオレには見えた。
…薄っすらと笑ったんだ。
ちりりん…とオレの中で鈴の音がなる。そう…小さな小瓶の中に、それこそ小さな小石を入れたように澄んだ音。セナのそれは、いつもの、困ったような笑いじゃなくて…、ただ、口の端が持ち上がっただけの、感情の無い笑い方
……なぁ、なんで、その場面で、微笑むんだ
お前は…。
誰だ?
the
end
お願いだから、セナを虐めないで。
セナは…優しい子なの。
大丈夫だよ、セナ。
セナは私が守るからね…大丈夫。
ごめんね、まもり姉ちゃん。
僕が弱かったから。
まもり姉ちゃんを守れなかったから…。
…ああ、もう、中途半端なことをするのはやめるよ。
敵は、完膚なきまでに、叩きのめす。
想い出
僕は目を開けた。
「…懐かしい夢をみちゃった…」
「ん?どうしたのセナ?」
部活が始まるまでの時間、部室の椅子に座ってたらいつのまにかうとうとしてしまっていたらしい。僕は隣に座るまもり姉ちゃんに笑顔を向ける。
「なんか…昔の夢みちゃった。まもり姉ちゃんも出てきたよ」
「ほんと?どんな夢だったの?」
それは…言えないかな。言ったら、まもり姉ちゃんは悲しそうな顔をするだろうし。そのことを、まもり姉ちゃんは知らないし。
「忘れちゃった。でも、まもり姉ちゃんが出てきたことは確かだよ?」
誤魔化すしかないよね、こういう場合は。僕はまもり姉ちゃんに笑いかける。この人だけは、僕が守ると決めている。…僕を、僕として守ってくれてたから。バタン!と、丁度良くドアが開いた。
「おう!糞チビ&糞マネ!!来てやがったか!」
鞄とマシンガンを背負ったヒル魔さんがスタスタと部室に入ってくる。
「ちょっと!ちゃんと足じゃなくて手で開けてよね!」
「あー、生憎と手が塞がっててな」
怒るまもり姉ちゃんと適当にあしらって、上着を脱ぎ始める。ネクタイを解いたところで、僕の方を振りむいた。
「糞チビ。テメェも見てないで着替えろよ」
「はい!」
まだ制服姿だった僕は慌てて立ち上がった。鞄の中から主務専用T-シャツを出す。
「あ、じゃあセナ。私は校庭で準備しとくね!」
まもり姉ちゃんは、僕が着替えると気が付くとくるりと部室から出て行ってしまった。
「あの糞マネ、なんでお前にあんなにも過保護なんだ?」
「…さぁ?幼稚園のころからあれですから…」
ものごころ付いたときには、いつでも当たり前のようにまもり姉ちゃんが隣にいた。
「そうか…」
もしかして、ヒル魔さんはまもり姉ちゃんが好きなのかな?まぁ…それでもいいけど…。でもなぁ…ヒル魔さんはまもり姉ちゃんを大切にしてくれるかな?
「…アイツがマネジャーしてくれてるのはいいんだが、お前がアイシールドだってことをバレないようにすんのが面倒だよな…」
「…そうですか?まもり姉ちゃん、肝心なところで抜けてるから…そうそう分かんないと思いますよ?」
そう言うと、ちょっと意外そうな顔をされた。
「なんですか?」
「お前が姉崎のこと、そういう風に言うとな…」
「…なんか変ですかね?」
首を傾げて僕は聞いた。
「…なんて言うか、お前って、姉崎のことを完璧って思ってるみたいだったからな。…実際、オレとあそこまで言い争えるヤツは男でも女でもなかなかいねーし」
そりゃ…、ヒル魔さんみたいな銃をぶっ放している人と、そうそう話そうとする人もいないでしょうけど…。
「…まもり姉ちゃん、いつも僕を守ってくれてたんです」
あの、子供の容赦ないいじめの中で。一人で泣いてた僕を救ってくれたんだ。
「本当は、僕が守らなくちゃいけなかったのに…」
だから、あの時決めたんだ。
僕は強くなる。僕は敵に”自分”を殺さない。排除する。
僕の目の前に立ちふさがるモノを。
the
end
意識の下で…僕は目覚める。それは自分で意識したわけではなく。
唐突に、浮かび上がる
僕。
意識下
中学校。まもり姉ちゃんと学校が違くなったのは都合が良かった。まもり姉ちゃんは部活に入ってて帰ってくるのが遅かったし。僕とまもり姉ちゃんの生活サイクルがちょっとずれた。だから、僕はしたいことをした。
「ね、今日ってあの人くるかなー?」
「さぁ?最近来てないらしいからねー…」
「来たとしてもさ、オレらと話す機会はねーんじゃん?」
「だね…」
笑いあって、少年少女はもとに雑談に興じる。泥門町駅の裏側は茅石(じごく)町、若者が集まる盛り場がある。よって、健全はものはあまり足を運ばないところだ。揚木中、賊学中、賊学高、条等(じょうとう)高…などなど。所謂不良の登竜門に在学するメンバーがよく出入りしている場所なのである
「でもさー…、あんなけメンバーいるのに、そのチームを統括する人の話って聞かないよねー」
一人の少女が、軽いアルコールの入ったジュースを啜りながら言った。確かに…と少年たちは同意して頷く。
【レギオン】と、呼ばれる全域を支配する少年チームがある。
出来たのは、二年前とされる。彼等のチームを見分けることは難しい。変に粋がっている少年もいれば、見た目も全て普通の少年もいる。チームの"色"を強調しているわけでもない。むしろ、【レギオン】であるということを吹聴する少年もいない。規律正しい組織。どういう風にそのチームの構成がなされているのか…。彼等を判断するのは『id』の文字。no.と『id』の文字が刻まれている『何か』を彼等は常に持ち歩いている。
「アレだろ…、幹部ってヤツの名前がちょっと出回ってるだけだろ?」
「ねー。なんだっけ、アタシ知ってるのって、『一休さん』と『ミケ』だけだなー…」
「あ、オレも。他のヤツは知らなねーな…?知ってる?」
「知らねー…」
う〜むと考えていると、小さな子供が声をかけてきた。
「あのー…すいません。ココらへんに、ここに黒子のある少年見ませんでしたか?」
自分の額の真ん中を指差して、子供は聞いた。
「…千昌夫かよッ!」
「…誰それ?」
一人の少年が乗りツッコミすると、周りの少女からは冷たい視線…。ジェネレーションギャップを感じた少年だった。
「あのー…。見ませんでしたか?」
もう一度聞きなおした少年に、少女が手をひらひらと振る。
「ごめんねー?うちら見てないわー」
「つーか、お前、中坊?さっさと家帰ってかーちゃんの布団で寝ろや」
「ちょっと!なに言ってんの!」
酔ってる少年が子供見たいな少年をからかった。隣に座っていた少女が慌てて諌める。
「ごめんね?ちょっとコイツ、酔ってるみたいなのよ」
「いえ、ありがとうございます」
ぺコンとお辞儀すると、こんな町にいるのが似つかわしくない少年はキョロキョロとフロアにを見回している。少年にわざわざ謝った少女は、ひどく小さなその少年が気になって目で追っていた。黒子の少年を聞かれて他の少年少女も、なんとなくその少年を見守っていた。
すると
「おーい!!セナーーー!!」
ある一角から、でっかい声が挙がった。
「あ、いた!一休くん!」
「「「「一休!?」」」」
それって、さっきまで話してた【レギオン】のっ!!
ガタガタッ!…と、少年少女のグループが椅子をひっくり返す。少年をからかった酔っ払ってる少年なぞは、目の前に座ってる少女にブハッー!と酒を浴びせかけた。
「きゃ!あんたなにすんのよっ!?」
「ぐ、わ、悪い…!!」
少年少女の様子を知ってか知らずか、一休は少年を迎えにフロアへと降りた。
「おー…セナ、やっと来たのかよ!鬼遅ぇぞ!」
「…ごめん…ちょっと、抜け出すのに手間取った…」
親しげに、一休はセナの肩に手を回す。
「まぁいいや。皆セナのこと待ってるぜ!」
「あ、みんな集まってるの?」
「ああ、待ちくたびれてるよ」
「そっか…じゃあ僕も気合いれよう」
ニコッと笑って深呼吸一つ。
そして…僕は
無意識に"僕"になる。
「じゃ、行こうか」
「うッス!」
the
end
※十文字たちの中学のヤン木中のヤンの字が変換できませんので当て字になってます。
条等高(じょうとうこう)と、地石町(じごくちょう)はオリジです。
あなたはどこを走っているのか?
目を閉じる。ざわめく声に耳を澄ます。聞かせて、あなたの熱を。
いつかの約束
進が彼を見つけたのはたまたまだった。いつものようにランニングの途中、川沿いの公園に立ち寄った。部活での練習を終え、これは自主練習。日はすでに落ち、月が冴え冴えと天上で光っている。川沿いの遊歩道は、人影が少なく、長いので走るには最適である。進は無心に走り続ける。だか、この日の進は考えことをしながら走っていた。このところ、進の心を占める人。
…小早川瀬那。
泥門のアイシールド21その人だった。なぜ、こんなにも気に掛かるのか。彼の足は速い。おそらく、現在において唯一、進の前を走ることが可能な人物だろう。手を伸ばしたら、届くかもしれない…けれど、届かないかもしれない、そんな距離。ひたすらに、自己の向上を伸ばしていた。
「…小早川?」
確認するように掛けられた声に、セナはゆっくりと目を開く。振り向かなくても分かる。彼から感じる覇気。一度正面から向かい合ったら、忘れられない。
「…今晩和、進さん?」
ニコッと笑ってセナは振り返る。予想どうり、ランニングで息を荒くしている進が不思議そうな顔をして立っていた。
「…こんな時間に…なにをしている?」
セナが夜遊びをしてふらふらしているとは思えず、進は訝しげに聞いた。
「その言葉は、そっくり進さんにお返ししますよ?」
「…オレは、走っているだけだ」
「僕は、川を見ていただけです」
きらきらとビルの光を反射して暗く輝く海を指差してセナは言う。
「…一人歩きは危険だ。家まで送って行く」
進は、セナの小柄な身体を見詰めて言った。治安が悪いわけではないが、やはり、小さな子供の一人歩きは危ないだろう。
「進さん?僕は別に子供でも、女の子でもないですよ?」
「しかし…」
セナは子供でも女でもない。進と同じ歳で、男だ。けれど…
「…大丈夫です。本当は、ココで人を待ってるんですよ」
「こんな時間にか…?」
「ええ…そうですね、逢引?っていうのかもしれません」
クスクスと笑うセナに、進は絶句する。逢引だと…?小早川が、オレの知らない誰かと…?走って流れる汗ではない、もっと嫌な汗がじわりと背を伝った。
「誰だ?」
気が付けば、自分が強張った声でセナに問うていた。
「進さんには、関係ないことじゃないですか」
「…誰だッ?」
はにかむでもなんでもなく、淡々と返された返答に、進は語気荒く言った。人影のない遊歩道に、思いのほか進の声が響いた。ザザァ…と、川のさざめく音がする。
「僕にだって、僕だけの自由な場所があるんです」
学校とか、家の中とか…どこか、自分を偽らなくてはやってられなかった場所ではなく。自分が自分でいられる場所が。
「小早川ッ!」
ブルゥウううーーーー排気音を出しながら、進とセナの間にバイクが突っ込んできた。
「…とろとろしてんじゃねーよ。こんなトコで」
「遅いよ」
驚く進を他所に、セナは口を尖らせながら言うと、そのバイクの後ろに乗り込んだ。
「…てめぇが呼び出したんだろうが…」
「仕方ないじゃないですか。家を抜けるのに手間取ったんですよ」
「っち。さっさと乗れ」
唇を尖らして、ヘルメットを被った男に反論するセナに、男は舌打すると、被っていたヘルメットを取って、無理やりセナに被せた。セナの頭はすっっぽりとヘルメットに隠される。
「行くぞ。しっかり捕まってろよ。飛ばすからな」
「ええ、遅刻すると、一休たちが五月蝿いですからね?」
ブォン…進を置いて、バイクは発進した。
「…オイ、セナ。いいのか?あれって、進だろ?」
「…いいんじゃないですか?アノ人、綺麗すぎるから嫌いなんですよ」
真っ直ぐな道を歩いてきたのだと、一目でわかってしまうから。
「まぁ、オレはどうでもいいけどな」
「…ルイさん。もっと飛ばしてください」
アノ人が追って来ないように。僕の世界にこないように。
…綺麗なままで。
the
end