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嬉し恥ずかしの過去の遺物たち。短編夢十本詰め込み。メジャー・マイナーどんと来い!
不親切設計なので、ひたすらスクロールで四露死苦!

簡単なジャンル目次。
1.DEATH NOTE / 2.BLEACH / 3.Harry Potter / 4.十兵衛ちゃん / 5.桜蘭高校ホスト部 / 6.ガンダムSEED / 7.ハウルの動く城 / 8.○マ / 9.京極堂 / 10.京極堂


01 DEATH NOTE



「問いかけても、問いかけても崩れないなら、それが正義だ。」

どこかで聞いた歌を はふと口ずさんだ。渋谷のセンター街にある大きなテレビ画面では、今日もまた犯罪者の名前と顔を世界中に晒している。

「今日もまた…キラの犠牲者がでるのかな?」

犯罪者を罰する、確かな存在。人々はその存在に気がついた。
多くの一般大衆は、"その者"の行いを受け入れている。すなわち…「犯罪者など、いなくなってしまえばいい」という思いがあるのだ。日本は、先進国の中で死刑の存在する数少ない国だ。死刑…とは、人道に反し、生きて償う機会を奪っているというのだ。犯罪者は所詮死ぬまで犯罪者である。その事実は消えない。
しかし…改心し、心底罪を背負い自責の念に苛まれて生きて行くものもいるだろう。だが、それはほんの少数だ。全てを奪われたものの無念は?ナゼ、全てを奪ったものがのうのうと生きているのだ?
彼らは…死なずに"生"きている。


「あれ?誰か来てるのかな?」

ライトは、高校から塾へ直行し、帰った家の玄関先に見慣れない靴が置いてあるのに気がついた。白い、ちょっと薄汚れたスニーカーだ。妹はこんな靴を履かないし、父も、父の同僚もこんな靴を履いてはこないだろう。と言うことは…

「もしかして…」
『なんだ?どうしたんだ?ライト?』
「アイツが来てるのかも知れない…」

小さな可能性がライトに浮かんだ。ライトはリュークを無視すると、リビングに急いだ。

「うっそ、ほんとに? くん?」
「ああ、マジマジ。僕が言ってやったら先生、慌てて…」

ドアを開けると、粧裕と の明るい声が聞こえてきた。

「ただいま」
「あ、お兄ちゃん!おかえりなさ〜い!」
「おかえり、ライト」

粧裕ともう一人の少年、そして母親がリビングのソファに座って談笑していた。父は…キラの事件に掛かりっきりで今日も帰ってきていないようだ。

「お帰り!そして、お邪魔してます、ライト!」

はニコッと笑ってライトに笑いかけた。

「… …久しぶり」
「そうだね、久しぶり」

愛想の良い顔で に笑いかけ、ライトは冷蔵庫から林檎ジュースを出してコップへ注いだ。半分ぐらい注いだジュースを一気に飲んで、流し台にコップを置いた。

『いいなぁライト。林檎ジュース。オレも林檎が食いたい』
「ライト、夕飯は?」

母が聞いてきた。すでに時計は十時半を廻っている。

「塾の前に軽く食べたからいらないよ」
「そう?」

ライトが家で夜食事を取るのは大体塾が無い日だけだ。それ以外は、塾へ向かう道すがらに簡単な軽食を取っている。ライトは楽しそうに会話をしている三人の輪に加わらずに二階の自室に上がろうとして、「あ」と何かに気がついたように振り返った。

「粧裕、明日は朝から友達と遊ぶって言ってなかったけ?」
「うんそうだよ?」
「だったら、早く寝ることだね。粧裕は寝汚いんだから」
「むー!別にそんなことないもん!!」

の前で子供扱いされたことも手伝ってか、粧裕は顔を少し明るくして膨れた。ライトよりも成績で劣っていることを、粧裕がほんのちょっとだけ気にしていることをライトは知っている。しかし、この性格の根が明るく、誰からも素の自分でいることの出来る妹が、ライトは好ましく感じると同時にどこか嫉妬している。

「そう?ならいいけどね。 、上に上がらないか?」

ライトは を誘った。

「いいよ」

あっさりと は席を立った。もしかしたら、女二人との会話に疲れていたのかもしれない。助かった…とライトに向けた顔がいたずらっこのように笑っていた。

「お兄ちゃん、そんなこと言って自分が くんとお話したいだけなんでしょ!」
「そうとも言う」

あっさりと開き直って肩を竦めて言うライト。そのままライトは を伴って自室へ上がった。

『…ホームドラマだな…』

リュークの言葉は…その通りだった。

「や、久しぶり」

ライトは部屋に を向かいいれた。 は軽い調子でもう一度ライトに挨拶をした。

「… 、いつ来たんだ?」
「今日の朝に着いたんだ。だから、久しぶりにこっちのライトの方に寄ろうと思ってね」

は何年ぶりかに訪れるライトの部屋を物色しながら返事を返した。ライトも、制服を着替えながら、鞄の中から教科書を取り出して机に並べた。滅多に友人が来ることのない部屋はライトの性格を表すようにきちんと整理整頓されている。

「連絡くれれば、迎えに行ったのに」
「いやいや…ライトは受験生だろ?僕をわざわざ迎えに来てもらう必要なんてないよ」
「…そう」

会話が途切れた。

「…」
、どのくらい滞在する気?」
「その言い方…まるで僕に出て行って欲しいみたいに聞こえるんだけど?」
「いやいや…そういうわけじゃないけどね。…直ったの?」
「直ったよ。…って言いたいけど、まだまだだね。お偉方の言うことにゃ、今の僕は安定してるらしいよ。だから一ヶ月の自由が与えられたんだ」
「まさか、 一人での許可じゃないだろう?」
「もちろん…見てみなよ」

は窓越しに移動すると、そっとカーテンを捲った。電柱の下に微動せずに佇む黒ずくめの服を着た男が二人。明らかに怪しく立っていた。

『なんだ、アイツら?』

リュークが不審そうに首を傾げた。こちらが見ていることに気がついて、黒服が軽く頭をこちらに向かって下げたのが分かった。

「僕のことをなんだと思ってるのかね?ま、いいけど」

シャッと、乱暴に は再びカーテンをぴったりと閉めた。そのまま苦笑して、 はライトのベットの上に腰を下ろした。 が座ると、ベットが軽く沈み込む。ライトは、久々にあったこの一つ上の従兄弟を改めて見直した。

夜神
ライトの父である夜神総一郎の弟の息子である。ライトと似たような整った顔立ちは、目鼻立ちがこれ以上無いほどの絶妙な配置をなされていた。生粋の日本人ではありえない真青な切れ長の瞳と、真っ黒な髪はどこかアンバランスな印象を相手に与える。
は大きなため息を一つついた。

「…なんだろ。ライトに会ったら、メールでやりとりしてること以上に離したいことがたくさんあったはずなんだけどなぁ〜…いざ、ライトを目の前にしたら、話したいを全部忘れちゃったよ」
?」

ごろんとベットに仰向けで横たわって目を瞑った がしばらくなにも言わないので、ライトは寝てしまったのかと思い声をかけた。

「…ねぇ、"キラ"」
『お?』

唐突に"キラ"と呼びかけた に、一瞬だけライトは身を硬くした。リュークが一瞬面白そうに に目を向けた。

「日本にはずいぶん面白いことが起きてるね」

ほっと、ライトは肩の力を抜いた。そうだ。知るわけがないのだ。"キラ"が自分のことであると何年も直に会っていなかった が。

「へぇ…ドイツでも話題になってるの?"キラ"って」

興味を惹かれたようにライトは に話をあわせた。

「もちろん。僕もちょっとだけ情報を貰ってるんだよ」
に?」
『おい、ライト。コイツはなんなんだ?刑事かなんかか?』

驚いたようにライトは声を出した。このさいリュークは放っておく。

は…"キラ"のことをどう思う?」
「…そうだね。『在りもしない光の国を作ろうとしてる神様』かな?」
「…犯罪者のいない世界なんて夢物語ってことをいいたいんだね」
「"キラ"。」
「…なに?」

ライトは、"キラ"と誰に呼びかけたわけでもない の言葉に返事を返した。まるで、"キラ"である自分を認めるように。 はそれに気がついたのか、気がつかないのか…言葉を続けた。

「僕はさ、あの時から犯罪者のことは殺したいほど憎んでる。その凝り固まったモノが出来てしまったように」
「知ってる」

ライトは頷いた。あの日、植えつけられたのは犯罪者という"悪"に対する嫌悪と憎悪。あんな存在はいなくなればいいんだ。悪を逃した正義なんか、必要ないんだ。絶対的に裁ける存在。

「…あの日、なにも僕には出来なかった」
「…」
「全てを奪ったのに、犯人はのうのうと逃げて生き延びて、子供まで出来て幸せな家庭を作ってるんだよ?」

ククッ…と は片手で顔を覆った。
そこには堪えきれない憎しみの色が混じっていた。

八年前…。
それは が十歳。ライトが九歳の時に起こった出来事だった。ある残酷な犯罪者…彼は連続殺傷事件を起こしていた。【現代に蘇ったジャック・リッパー】そう揶揄される犯罪者だった。彼は殺人快楽者だった。理由無く、殺す行為に快感と喜びを感じる。彼は通称…"S"と呼ばれていた。
その犯人像のプロファイリングをしたのが当時ICPOで働いていた の父、夜神礼二だった。ほぼ正確に犯人の姿を割り当て、"S"を追い詰めていった。狩る側から狩られる側に廻った"S"は、己を追い詰めた夜神礼二を道ずれにしようとたくらんだ。それが、あと一歩と追い詰められた"S"の最後の抵抗だった。"S"は、家族団らんで過ごしていた夜神礼二の家へと侵入した。

そこで起こった出来事…父は の目の前で狂ったように笑う"S"にずたずたに刺され、文字どうり切り刻まれた。母は、 の目の前で父を殺した相手に犯され、している最中に腹を引き裂かれ絶命した。
そして、 は…。

…"S"は、逃亡を図った。それは、ネズミ一匹逃すまいとする包囲を突破し、なぜか上手くいった。ほとんどの国との接触を断っている国へと逃げ込んだのだ。その国は完全に独立しているため、アメリカの圧力も届かなかった。そして…"家族"を手にいれているのだ。 から奪った"家族"を。

「オレはよ、アイツを殺したいんだよ…"キラ"によってじゃなくて、"オレ"自身の手でさ…」

の一人称が、僕からオレに変わった。ライトは、ハッとしてベットから身を起こした を見た。

「だから…オレの手から、"ヤツ"奪うなら"キラ"だろうがなんだろうが許さない」

"ヤツ"を殺すのはこのオレなのだ。"キラ"だろうが、正義だろうが、悪だろうが、なにも関係ない。オレはオレがしたいから、オレの心の命ずるままに殺すのだ。

「… は、悪人のいない世界は夢物語だと笑うかい?」

ライトは机の引き出しの上にそっと手を置いた。この下にあるデスノートを使い、悪人をことごとく殺す。

「いいや…笑いはしないけど…」

は少し考えてから口を開いた。

「世界中がそうなるのには多大な時間が必要だと思うよ。悪人を消しても、その背景にある問題…貧困とか生活とかを改善しなくちゃ、"生"きるために犯罪を犯すやつは出てくるだろうけどね…」

現実的な問題だった。悪を起こす課程には背景が多少なりとも存在する。"キラ"と言う存在を知っていても、犯罪が減らないのはそういう面もあるのだろう。殺すことしか出来ない"キラ"は、そちらの方面をどうにも出来ない。

「でも、純粋に"生"きるためではなく、己の"快感"を"利己"で犯罪を犯すやつは…」

冴え冴えと、 の横顔が研ぎ澄まされる。

「…苦悶の果てに、死ぬがいいさ」

ぞっとするような冷たい声と瞳で、 はライトを見詰めた。ライトも、 の迫力に押されて背中に冷たい汗が一筋伝った…。

『この人間…面白い』

隣で、 の迫力にも平然としている死神…リュークが面白そうに目を瞬かせた。

…」

ごくんと、ライトの喉がなった。

「まぁ、今のところ"アイツ"は生きているみたいだけどね?」

の空気が冴え凍てついたものから、柔らかいものへと変わる。顔に掛かった髪を鬱陶しげに掻き揚げて、クスクスと鈴を転がすように は笑った。 はベットから立ち上り本棚の前に立った。細い指で、ライトの本棚に並べられている本の背表紙をなぞる。

「…レ・ミゼラブル」
「『ああ、無情』?」
「この話はさ…いろいろ考えさせるよね?」

は難しい参考書や文豪の作品の中から『ああ、無情』を引き抜いた。

「これ、借りてくよ」
「別にいいけど… 、それ今までになんども読んでなかったっけ?」
「そうだけど…僕の感情に問題があるのか、僕はどうしてもこの話を読んで泣けないんだよね」
「へぇ…」

ぱらぱらをページを捲ってから、 は本を閉じた。

「じゃ、オヤスミ、ライト。また明日」
「オヤスミ、良い夢を」

正義も悪もどこにもない。
勝ったほうが正義だ。

the end...?
総一郎の弟、夜神礼二はオリキャラです。






02 BLEACH

死神。
死神と聞くと、なにを思い浮かべるか。
俺がまず思い浮かべるのは鎌。こう、半月にそった鎌。それが、月の光に反射している感じ。けど、実際は違った。

!てめぇ何やってんだー?」
「一角…見ればわかるっしょ?今俺は空を見てんだ…」

俺が死んで、なにがどうしたのか良くわからないが気が付いた時には死神になってた。はっきり言って、死んでから五年ぐらいしかたってない俺は、死神の中では新人。まだまだ若い坊やだ。たぶん赤ん坊みたいなもんだ。いや、むしろ、母親の子宮の中から出てもいない存在なのかもしれない。
そりゃぁ、誰だって三百とか、四百とか死んでいるけど生きているような連中の中でいきがろうなんて気はこれっぽっちも持っていないわけだが…。

「空?瀞霊廷にゃぁ空からなにかが振ってくるってことはねぇぞ?」
「…そうだけどさぁ…なんだろうね、俺最近空見て浸っちゃうわけよ。どう、俺の気持ちわかる?」

屋根の上で膝を抱えて一人で空を見上げる。生きているならコレは青春だ。しかし、死んでいるから…なんと言えばいいんだろうなぁ…。

「わかんねーよ。つか、なんだ?悩み事とかか?だったら先輩としてオレが聞いてやるぜ?」

どこっらしょ、と一角は俺の横に座った。目の端で、死神装束が動く。俺は抱えた膝を伸ばすと、ごろりと後ろに身体を倒した。

「なー。俺ってさぁ、一角に比べるとすんごく若いでしょ?」
「まてコラァ、オレが爺だってのかよ、オイ」
「んー…っていうか、どう否定しても、俺のより年齢が下の死神っていないっしょ?」

基本的に死神の姿は死んだ当時の姿らしいが…それから歳を取るかどうかは本人たちによって自由だ。歳を取る外見にすることに出来ても、歳を取った姿から若い姿になることは出来ない。俺は、数多いる死神の中でも一番死神暦が少ない。

「姿だけなら よりも下の年齢のやつもいるけどな…確かにお前が一番下だな…」
「俺さぁ、なんで死神やってんの?つか、やらされてるわけ?」

そこら辺が、よく分からない。

「だって、普通死んだら、来世の為にじっくりと休めんじゃないの?」

なんで、俺、こんなところで神さまか閻魔さまだか知らないけど、こき使われてんの?バイト代とかでないし…なに、死神をやることでなんか特典とか付いてくんの?

「…って言われても…オレは結構昔からやってるから、この仕事してないでのほほんとしてる自分なんて考えられねぇゼ? だって、暇なの嫌だろ?」
「…大体、なんなの?この死神装束ってのは?」

一角の質問は無視して、俺はぽらりと死神装束のすそを捲くる。

「死神装束だろ?」
「違うの!俺がいいたいのはね、な・ん・で着物なの!?ってことなんだよ!」
「…着物、かっこよくないか?」

そりゃぁさ、カッコいいよ?
特に一角みたいなお坊さんみたいな丸禿げにはさぁ…あ、丸禿げと言うと一角が怒るんだっけ…。えーと、スキンヘッドにはさぁ?

「俺ね、小さい頃外国にいたのよ?あんまし記憶に残ってないんだけどさぁ…」
「へぇー…」
「でね、死神の本読んだんだけど、ここと全く違ってんの!俺、あんたらが死神だって知った時、かなりショックだったのよ!?この気持ちわかるッ!?」

起き上がって、一角の肩をガシっと掴む。

「わかんねぇよ…オレ、 が考えてることマジでわかんない」

呆れたように俺に手を払う。

「死神ってさ、俺たちだけなの?あの、こう、髑髏の仮面してて、手には鎌なんか持っちゃってて、頭からは黒いフードを被ってるような奴っていないのッ!?」
「なんだよソレ、一体どういう死神だよ…」
「だって俺たち、足元草履だよッ!?刀だよ!?着物だよッ!?一体何時の時代なの、この設定は!!!」
「要するに、 は死神の格好が気に食わないんじゃねーの?だったら、お前が自分でその変な死神の格好すれないいじゃん?」
「…」

俺が…あの西洋死神の格好をするの…?自分に当てはめて見る。どうだろう…

「あー…却下」

三秒ほど悩んだ末、やっぱ止めておく。

「…なんだよ、 やればいいじゃん?」
「俺には似合いそうに無い…」

一角は苦笑して立ち上がった。

「バーカ、だったら最初からくだらないこと言ってんじゃねーよ?」
「そうだねー…」
「まっ、俺がわざわざ の悩み聞いてやったし…ツイてんじゃねぇの?」

死神と聞くとなにを思い浮かべるか?
俺が思い浮かべるのは、草履、刀、黒い着物…。

そんでもって、超いい奴等。

the end






03 Harry Potter

…僕が初めて に出合ったのは、僕が七歳の時だった。

研究や仕事のために滅多に家に帰ってこない父が、その日珍しく家に帰ってきた。僕は父が帰ってくるのが嬉しくて、母に父がもうすぐ帰ってくることを知ると、玄関のポーチのところで父が帰ってくるのを待っていた。

雪が降っていた。
ゆっくりと僕に降り注いでくるそれは、僕の顔に当たってすぐに消えた。庭は余すことなく、真っ白な色で覆われていて。春には美しい花が咲き誇って僕たちの目を楽しませてくれるはずの庭は、一色に覆われて目に痛いくらいだった。銀世界とは、こういうことを言うんだろう。僕は、自分でも子供っぽいと思いながらもその雪の中を走って足跡をつけてみたい衝動にかられた。僕だけの足跡をつける。でも僕の誇りがそれを許さない。
僕は早く大人にならなければならない。そして、父の手伝いをし、マルフォイ家を盛り立てて行くのだ。父に誇ってもらえるようなマルフォイ家の後継者として。

シャリ…雪を踏みしめる音と言う、聞こえるはずの無い音に僕は顔を上げた。

「父う…」

かけようとした言葉は、雪に溶けた。父上は、銀の世界を真っ黒なマントを着て歩いてきた。僕は父に手を引かれて歩いてくる子供に目が釘付けになった。僕と同じ位の子供が、僕の父上に手を引かれてやってくる…?
僕でさえ…手を繋いで歩いてもらったことなど数えるほどしかないのに!なぜ、あの子供はさも当然のように父に手を引かれているのだッ!?

「父上ッ!!」

今度はちゃんと声が出た。僕は父上に駆け寄った。

「ああ、ドラコ」
「お帰りなさい。父上」
「ただいま。…さぁ、早く家に入ろう。ここは寒い」

父上は僕をちらりと見ると、その子供を気遣った。それにも僕はカチンと来た。

「…父上、それは誰ですか?」
「この子は…いや、それは中で話そう」

++

「この子の名前は、 だ」
「ファミリーネームは?」
「…ファミリーネームは無い。…いや。今日からマルフォイを名乗ることとなる」
「なんですって!?父上、本気で言ってるんですか!?」

コイツがマルフォイ家の一員になる!?そんなの冗談じゃない!僕はキッと子供を… を睨みつけた。
は、黙って僕を見返してきた。その、黒い瞳で。

は特殊な環境で生まれた。彼の生まれたところは不幸な事故に見舞われ、 は一人になってしまった」

父は、 の髪を優しく撫でた。

「…だから、私が引き取ることにした」
「そんな!なんでマルフォイ家なんですか!?」

マルフォイ家は魔法界のなかでも名家だ。それなのに得体の知れない子供を受け入れるとはどういうことだろう。見たところ、父上の隣に座っている子供の表情はさっきからちらとも動かない。黒い髪の毛。黒いけれど、時折光の加減で青くも見える瞳。

「… 、この子は私の息子ドラコだ」
「…ドラコ?」

酷くゆっくりとした動作で、初めて は反応を示した。人形みたいな目がじっと僕の目を覗き込む。

「ハジメマシテ」


は意味の分からない不気味な存在だ。 を家に迎えてから、僕の家はそう変わらなかった。ただ、父上が頻繁に帰ってくるようになった。忌々しかった。ずっと、寄り付かなかった父が、まるで の様子を見るたまに帰ってくる。僕の存在はなんなのだ?
そりゃあ、父上は僕との会話を少しはしてくれる。だけど僕には分かっている。父上が目で追っているのは、無表情で淡々としている の姿だ。悔しかった。

!お前はなんなんだ?」
「ナニ…?」

問われた意味が分からないというように、 は首をかしげる。コイツとのコミュニケーションが成り立ったことはない。こずいても何しても、 はじっと耐えるだけだ。考えていることが全くわからなくて気持ちが悪い。出来の悪い人形を見ているようだ。自分と同じように生きているように思えない。

「…ボクは だよ。 ・マルフォイ」

さも当然のように言われた言葉の内容に、僕は頭が真っ白になった。
マルフォイだと?マルフォイを名乗っていいのは、僕と、僕の本当の肉親だけだ!!この感覚をなんといえばいいのか?兎に角、その一瞬で僕はなにも考えられず、 の肩を突き飛ばした。ふわりと。 は衝撃に反発すること後ろへと倒れた。

「あッ…!」

ふわりと、 の身体は階段を背に中を浮く。スローモーションのように の身体は階段の下へ真っ逆さまに落ちていった。その時の の表情には相変わらず変化はなかった。けれど、少し見開かれた目が驚いたように僕を見ていた。

ッ!」

手を伸ばしたけど、 の腕を掴むことは無理だった。


「なんてことを!」

父上は怒った。 は階段から落ちて意識を失った。どうやら打ち所が悪かったらしい。なかなか目覚めない の近くに座りながら、僕はこのまま が目覚めなかったらどうしようと思った。今更ながら自分のしでかしてしまったことを恐れた。父はうろうろと部屋の中を往復して、そのたびにビクビクする。僕は の手を強く握った。ピクッすると、 の手が僕の込めた力に反応するように動いた。

ッ?」

僕は呼びかけた。

「ん…」

小さな声を漏らして、 は睫毛を震わせて目を開けた。開かれた目は瞬きもせずに僕を見た。

っ!気がついたか!?…僕のことがわかるか?」

虚ろな目で、 は口を開いた。

「あなたがマスター?」
「は?」
「マイ・マスターへ誓いを」
「いや、だから何を言って…?」

唖然とした僕を無視し、パチパチと は瞬きをした。

「A/B/O/タイプのどれを希望しますか?」
「えっと?」
「選んでください。選ばなければ勝手にこちらで決めます。3.2.1…」
「ええ・・・じゃあ、Oタイプで!!」

なんだか無言のプレッシャーを感じて、僕は咄嗟に答えた。

「Oタイプ:承認。マスター:ドラコ・マルフォイ:承認」

が目を閉じて俯いた。

「やっと…スイッチが入ったのか…?」

スイッチ?なんのことだ?僕が父上の言ったことの意味を図りかねたいると、 が顔を上げた。

「…再起動」

はパチパチと瞼をしばたたかせた。何も映してなかった光のない瞳が、キラキラと星のような光を湛えて生き生きと僕の顔を捉えた。

「おれの名前は ・マルフォイ!宜しくな、ドラコ!!」

は、今までの からは信じられないほどの明るい表情で僕に言った。…正直、その一瞬僕は本当に呆気に取られた表情をしていたと思う。別人?二重人格?はぁ?なにこれ、これって
良かった。父上が後ろにいて、僕の顔を見てなくて…。もし見られていたら、阿呆みたいな顔で、ドラコ・マルフォイの一生の恥だ!!って、そうじゃなくて!!

「…お前、頭の打ち所が悪かったのか!?」
「いやいや。頭ん中すっきりよ?生まれ変わった…っていうか生まれたて見たいにね?」

僕は の首襟を掴むと脳内シャッフルもかくやといわんばかりに揺すり捲くる。ガクガクと壊れた人形みたいに揺すられながらも、 は笑っていた。笑ってる だとッ!?気持ちわるッ!!

「ははは…止めてよ、ドラコ!おれの脳みそミックスされちゃうよ!!」

のんきに笑っている

「…ち、父上!魔法医を連れてきたほうがいいんじゃないですか!? 、おかしいですよ!?」
「…む。いや…。…おかしくない…これで、やっと正常になったのだ…」
「はぁ?どう見ても、今までの とは九十度違うじゃないですか!」




父上は沈黙して、それからボソッと言った。

「…気にするな…」
「いや、気にしますって!!」

訂正。 は不気味だ。というか、僕には理解できない存在だ!!!

++

「マスター:ドラコ・マルフォイ:承認」

五年前。それは、おれが生まれた日。

++

僕の家には一人の養子がいる。父が連れてきた子供だ。書類の上上では僕の兄弟ということになる。血のつながりは一切ない。それが、 だ。
ダイアゴン横丁。ホグワーツに行く前の買出しだ。少しほこりっぽい[マダムマルキンの洋装店]で先僕より先に は寸法を取り終えた。

「ドラコ。おれ、そこらへんふらついてくるわ」

あまっている時間がもったいないからと、 はどこかにふらりと行ってしまった。もしかしたら、ここに来る前に通り過ぎた箒屋を見に行ったのかもしれない。
父上は隣で教科書を買っているし…あー、しゃべる相手がいない。寸法を測るために動きを止めてなくてはならないなんて、なんて詰まらないことなのか。いつもならいつでも が隣にいるはずなに、いないのも気に入らない。なので、入ってきた黒い髪でめがねをかけた少年に暇つぶしに声をかけてみた。あんまり楽しい会話でもなかった。しかも、最悪なことに僕よりもその子のほうが寸法を取り終わるのが早かった!

「おっと…」
「あ、ごめん」

ちょど入れ違いに袋を抱えた が店に入ってきた。
そのとき、その子にぶつかりそうになってた。

「よう、ドラコ!まだ終わらないのか?」

は片手を挙げた。僕がまだ足止めを食らっているのは見れば分かるし、それより、その言葉は僕にではなくて僕の寸法を取っている魔女に言ってくれ。

「ええ、坊ちゃん終わりましたよ」

……こんなに時間をかけやがって。にこりと愛想よく笑って終了を告げた魔女に、口には出さなかったが、一言罵ってやりたい気分だった。

++

9月1日。ホグワーツへの出発日。

…いい加減にしてくれないか?」
「ちょっと待ってて!えっと、この漫画はいるかな?ああ…枕変わると眠れないかもしれないから枕も持って行くべきかな?つか、おれ専用のティーポットも持っていくべき?」

仁王立ちになって青筋を浮かべながら、部屋の中をごそごそと漁っているトモハに言う。部屋の中は凄い状況だ。服と物が散乱している。まるで泥棒に入られた後のような状況で、いつもは二人でも広すぎると感じる部屋が狭く感じる。

「…んー…やっぱ、これは絶対持っていかなきゃだよね…よし、君に決めた!」

るんるんと鼻歌でも歌いそうな笑顔を浮かべながら はトランクの中に服と物を押し込んでいった。ギュウギュウ隙間なく入れて、 は顔を真っ赤にしながら体全体の体重をかけて、一生懸命トランクの蓋を閉めようとしている。…僕の目から見ると、その蓋を閉めるのは無理だと思うんだが?

「くっ…!閉じろ!」

が呪文を唱えると、ガチャン!と音がしてかぎが無理やりにしまった。

「ふぅ〜…」

が鍵が閉まった音に疲れたように額を拭った。元は長方形の形であるはずのトランクが、がまぐちの財布のように丸まって見えるのは僕の気のせいだろうか?…いや、気のせいではないだろうな…。

「… 、もうちょっと荷物を減らすことは出来ないのか?」
「無理無理!絶対おれが手放せないお気に入りのものばっかり入れたんだぜ?」
「休みの日とか帰ってこれるんだから、わざわざホグワーツまで持っていくこともないだろう」
「ドラコは分かってないなー。好きなものは常に傍に置いておきたいっていうのが人情よ?」
「わかってたまるか」

ああ、お前のようないまいち分からん思考回路を僕がわかってたまるか。五年間、ずっと一緒に過ごしてきてもさっぱり は分からない。一番最初にうちに来たときの無表情で人形みたいなよりはマシかもしれないが…頭打ってからの の変わりようを考えると、あのままの無表情のほうがよかったかもしれない。この性格になってからの毎年、静かだったはずのマルフォイ家が騒がしい。どれもこれもいたずらの所為だ。
可愛いいたずら?…まさか!そんな可愛いもんじゃない。
家にあるぬいぐるみやおもちゃが夜な夜な暴れだしたり(…お陰で寝不足が続いた)、母上の大切なガーディニングの花が歌を歌いだしたり(最悪なことに、音痴な歌だった)、帰ってきた父上のの毛をパンチパーマにしてみたり(しかも、一ヶ月直らなかった)、などなど…。他にも数え上げればきりがない。最悪なことに、なぜかそのいたずらに最終的には僕も実行犯側として巻き込まれているのである。恐るべし、 …。

「ドラコ、 。用意は出来たか?」

ドアが開いて、父上が入ってきた。

「僕は出来てます」
「オレも出来てる」

お前はたった今用意が終わったんだろうが!…なんて都合のいいヤツなんだ。それに、出発日の朝に荷造りをはじめるなんてどこの馬鹿だ。前日にしろ、前日に!そうすれば僕のように悠々としてられるのに。

「そうか、ならば行くかな」

父上は、ついっと部屋の中を一瞥したかと思うと、杖を振るった。瞬く間に室内の散乱していたものが元あった場所に戻っていく。すっかり綺麗に整頓された状態になった部屋を父上は満足そうに頷いて、僕たちを促した。

「荷物はそれだけだな?」
「はい」
「…うん」
「では、キングズ・クロス行くぞ」

混雑した構内にうんざりしながら汽車に辿り着く。 は汽車に乗ってる間にあれこれ遊ぶ気なのか、上の荷台に上げてしまうトランクの他に、手荷物として鎖のついた大き目のポシェットを斜めにかけている…中に何が入っているのかは、聞くまい。どうでろくでもないものだ。

「…では、しっかりと過ごせよ。ドラコ、
「はい、父上」

汽車に乗り込む寸前に、僕の頭に手を置いて父上は言った。
はあちこちに見える同年代や年上の子供たちがわんさといた。年齢が低いほど、親が付き添いで見送っているようだった。キングズ・クロスの十一時発のホグワーツ行きに乗って、僕らはホグワーツへ向かう。汽車が出発して一時間後。

「つまらないつまらないつまらないつまらない」
「だぁーーー!五月蝿い!」

は駄々っ子のようにつまらないと息継ぎもせずに連発していた。僕は窓に流れていく景色を美しいと感じて浸っていたので、黙れと を一喝した。途端にしゅんとなって は大人しくなる。

「…」
「…」
「…」
「…」

…なにも言葉を発しない変わりに、 がじぃっと大きな目で僕を見詰めてくる。大型犬が「ご主人様、構って」と尻尾を振っているようだ。…っていうか、動物に例えられてしまうような ってどうよ?人間らしくしてくれよ…。同じ客室にはゴイルとクラップとかなんとかいう二人の大柄な子供。父上が付き合いのある家の子供らしい。
媚びへつらうような曖昧ないやらしい笑みを浮かべながら僕と を窺っている はヤツラを完全無視だ。
どうやら嫌いなタイプらしい。僕も同感だ。でも、父上の付き合い上、僕が彼らを邪険に扱うことは出来ない。…せめてもの救いは、僕のほうが彼らより上位の立場に立っているということだ。父親同士の関係がそっくりそのまま子供にまで伝わっているのだ。

「…じゃあ、どこかぶらぶら歩いてくれば?一箇所にいるからつまらないんじゃなのか?」

僕は言った。

「そうだねぇ…じゃあ、そうするかな」

は動いてないと退屈なのだ。 は僕の言葉に従って客室から出て行った。

!ちゃんと戻って来いよ!」

と、ちゃんと釘を刺しておいたのにあの馬鹿はなかなか帰ってこなかった。


ドラ子一人称の夢。…そして、ドラ子がとってもまともな思考な持ち主。読み返すと自分で続きが気になる。





04 十兵衛ちゃん


オレの名前は菜ノ花 。本剣越中学一年生。二個上には菜ノ花自由って言うねーちゃんが一人いる。
まぁ、なんだ。知ってる人は知ってるかもしれないが、オレのねーちゃんは…
二代目 柳生十兵衛…だったりする。

「じゅーべー!起きろよ!親父が珍しく朝起きて朝飯作ってくれてるんだぜ!」
「んー…まってぇ… 、あとちょっと…」

自由は頭から布団を被って寝ていた。年頃の女の子の寝室に勝手にはいるのはどうかと思う…が、風呂を覗かれるなら怒りようもあるが、寝顔を今更見られたってどうってことないと思っているのだろうか。各自の部屋の鍵はかけないことが暗黙の了解となっている。

「自由ねーちゃん!起きろ!学校あるだろ!…起きないと…」
「…と?」

寝ぼけたままの自由がわきわきと不穏な動きをし始めた手に気が付かずに、聞き返す。

「こうしてやるーーー!!」
「きゃー!!止めてー!起きるから、起きるから 、やめなさーい!」
「ひゃ…はぁ…きゃはっは…!」
「…起きた?」

ぐわしと片手で布団を剥ぎ取ると、 は自由のウィークポイントである腰をくすぐった。一気に目が覚めて、自由は暴れだす。たわわに実った胸がぷるるんと揺れている。
はくすぐり攻撃を止めた。

「起きたわよ! 、もいちょっとましな起こしかたしてよ!」

ぐったりしながら、怒って顔を真っ赤にされても…。

(ねーちゃんがすぐに起きないのが悪いと思う)

「…おーい! ー、じゅーべーは起きたかー?」
「今起きたよ!」

階下からの彩の声に、 は大声で返事を返した。

「…ほら、 あたし着替えるから部屋から出てってよ」
「ほーん。お年頃ですなぁ…」
「馬鹿!さっさと出て行きなさい!!」

枕を投げられて、慌てて交わして は自由の部屋から退散した。

「おはよう、お父さん」
「おはよう、じゅーべー」
「おはよう、ねーちゃん」
「…」
「…なんで、オレには返事無し?」
「…はいはい。おはよう、
「おっはよ!」

にこっと は笑って、用意されていた食パンにかぶりついた。

「オーイ!! ー!バンカラトリオのおなーりでぇ!!学校行くぞー!」
「… 、また迎えに来てるよ?」

自由が玄関先からの、我等がバンカラトリオの三本松番太郎が の名を叫んだ。朝っぱらから近所迷惑な話である。(…近くに家はないが…)

「はぁー…なんでオレがあの人たちの子分しなきゃいけないのさ?」
「あたしが知るわけないでしょー?」
「いやいや…分かってるけどね」

鈍感少女な自由に対し、報われない(この場合は報われなくていいと思う)ラブラブ光線を発射している番太郎に は心の中で合唱する。

「ごちそうさま、姉ちゃん、学校行こうぜ」
「(むはー!)ちょ、ちょっと待って、 これだけ飲んでから!」
、まだ学校まで余裕有るし、ちょっとじゅーべーを待ってやってくれよ」
「……こんな姉を持つと、弟のオレが苦労するよ…」
になにも迷惑かけてないでしょー!」

ごくごくと牛乳を飲み干して、自由は席を立つ。

「ごちそうさま!ほら、行くわよ、 !」
「へーへー、行きますか。十兵衛さま!」
「もう!それは終わったのー!鞄とってくる!」

じゅーべーと、十兵衛の発音の違いに気が付いた自由が を睨む。確かに…と は思う。ラブリー眼帯のなくなった自由は二代目柳生十兵衛ではないかもしれないが、それでも、自由が二代目であることは変わりない。ラブリー眼帯を一度でもつけて、その持ち主となってしまった自由は、嫌でもなんでも柳生の頂点に立つものとなったのだ。…菜ノ花自由がその生を終えるまで、その呪縛は解き放たれない。

(あー…あ、柳生十兵衛もオレのねーちゃんによくもそんなもんつけてくれるぜ)

「…だから、こういう変な奴等がうちの周りをうろついてるし…」

自由が二階へ鞄を取りに行っている間に、 は竹刀を手に庭に出る。ザシュ!

「ぐあ…!?」

木に隠れていた、どこの流派のものとも知らない間者がいるところまで跳躍し、間者の乗っていた太い枝を切り落とす。ただの竹刀であるにも関わらず、腕二本ほどの太さがある枝が綺麗な切断面を晒している。無様に落ちた間者に、 は竹刀を突きつける。

「…自由には近づくな…」
「お前は…菜ノ花 …」
「…もし、彼女の平穏に手を出すなら…」

の目が冷たく光る。

「…オレが、柳生の名にかけて、お前たちを許しはしない…」

揺らめくオーラに、間者はあとづさる。

ー? どこー?先行っちゃったのー?」
「おう、じゅーべー。 は庭に…」

居間での自由と彩の声が聞こえた。ちらっと、 の意識が自由にいったの隙に、間者は姿を消した。…否、わざと の作り出した隙によって辛うじて逃げた。

!こんなことにいた!」

ひょっこりと、自由が硝子戸から顔を覗かせた。

「姉ちゃん…遅いよ!」

竹刀を肩に乗せて、 は自由に文句を言った。先ほどまでの とはえらい違いだった。

「…ほら、学校いこう、 !」
「うん、じゅーべーの所為で遅刻しないようにな!」
「何度もしつこい!」

むっと怒った顔をして、自由はさっさと玄関へ靴を履きに行ってしまう。苦笑して、 は空を見上げた。

(本当に、バカなことをしたもんだ、柳生十兵衛は…)

深い後悔のため息とともに、 は自由の後を追いかけた。

the end





05 桜蘭高校ホスト部


南校舎の最上階北側廊下の突き当たり扉を開けるとそこは…

「馬鹿の巣窟だ…」

は熱も抑揚もない平坦な声を漏らして、目の前で繰り広がれるアンビリンバーな光景を睥睨した。音を立てずに開けたので、誰も が室内に入ってきていると気が付かない。 は思いっきり眉間に皺を寄せた。一番目当ての人間をを見つけたからだ。ずんずんと はその人間を目指して足を進めた。

「きゃ」
「ああ。悪ィ」

談笑していた少女一人にぶつかってしまい、風に揺れるように少女がよろけたので、 は腰をさっと支え、軽く謝った。少女は の貌を間近で見て、息を呑んだ。瞬間湯沸かし器のように、カァーと真っ赤になる。

「君…」

この段になって、ようやくホスト部のメンバー達は に気が付いた名も知らない眼鏡に声をかけられ、 は嫌そうにそちらに顔を向けた。

「ここは関係者(少女)以外立ち入り禁止なんですが?」

鳳鏡夜の笑顔だけれど、さっさと出て行けという言外に言っていた。 は目を細めてじろりと鏡夜を見て淡々と言った。

「てめぇに用はねーんだよ」

ホスト部のメンバーは女の子たちを背後に守るように立った。この少年の外見はどうみても優良生徒から遠く離れていた。指定制服のネクタイは緩く、シャツは第三ボタンまではだけている。その首元には黒皮の紐が垂れているのが微かに見えた。さらさらのは真っ黒で全体に幾分長めだった。
前髪から覗く瞳はきつく、鋭い。ホスト部にはいないタイプだ。 と鏡夜が対峙している間に、他のメンバーは間違っても少女たちが怪我などを負わないように部屋から退避させた。なんだなんだと常陸院光・馨の双子は を面白そうに見て、危ないから下がっていなさいと銛之塚崇は埴之塚光邦を肩車し、須王環は突然の乱入してきた少年を怒ってにらみつけた。

「あのー…?御用はなんなんですか?」

藤岡ハルヒはいつもの天然ボケぶり(鈍感ともいう)を発揮して、邪険な雰囲気漂う鏡夜と の間に割って入った。なんだこいつ、と はハルヒを見下ろした。

「用件をどうぞ。そうしてくれないと、こっちも分からないので」

ハルヒはじっと を見上げて言った。

「ハルヒ!そんなヤンキーに近づいちゃいけません!」
「危ないぜ、ハルヒ」
「こっちにもどってこーい」
「ハルちゃんハルちゃん、隠れなきゃ!」
「…」

環、光、馨、ハニー、モリは無言で手招きをしている。鏡夜は眼鏡を押し上げてため息をついた。 は冷めた目で彼らを見渡し、ついでハルヒを見た。

「こいつら、いつもこんななのか?」
「ええ。いつもです」
「どーしてお前みたいな女がいるんだ?」

きょとんとハルヒは を見つめた。

「ちがう!ハルヒは歴とした男だ!!」

環がぎょっとして叫ぶ。

「うるせーよ。環。俺はこの女に聞いてんだよ」
「自分は…成り行き、ですね」
「成り行きか…」

素直に答えたハルヒに はふーんと頷くと、固まっている環に近づいた。

「俺の用事はこの馬鹿だよ」
「環先輩ですか…?」

不思議そうにハルヒは首を傾げた。 は環とほとんど身長差がなかった。環はまさかと驚いた表情で の顔を凝視した。そして、驚きにコレ以上ないくらい目を見張ってく。

「なんつーツラしてんだよ、環」

ニッと、それまでほとんど表情の動かなかった が笑った。それだけでずいぶんと印象が変わる。とっつき難い鋭利な感じから、子供のようなやんちゃさが顔を覗かせる。

「…まさか…」
「弟の顔、見忘れたか?馬鹿環」

「「「「「弟ーーーー!?」」」」」

ぽかんとした環に引き換え、周りの面々は一斉に叫んだ。

「環先輩、弟なんかいたんですか!?」
「オレ、聞いたことないぜ!」
「嘘だろ、お前ひとりっこじゃないの!」
「タマちゃんの弟?うっそー!」

わぁっと興味深々で の周りを取り囲んだ。

「名前はなんていうの?」

ハニーが目を輝かせて に聞いた。
見た目は幼い子供のようなハニーに、 はすっとかがみ込んで目線を合わせた。

「須王 だ」

ぽんぽんとハニーの頭を撫でてやりながら、笑う。にっこおとハニーも満面の笑みを返す。

「…鏡夜先輩、環先輩に兄弟がいたって知っていましたか?」

ハルヒは一歩下がった所で、鏡夜に聞いた。なんだか、見た目は私立桜蘭にいない不良だが、中身はハニー先輩への接し方からみるとなんだか結構まともな人のようだ。鏡夜は首を振った。

「いや…。初等部からの付き合いだが…初耳だ」
「鏡夜先輩も知らなかったんですか」
「ところで、その兄のはずのアイツは、なんであのまま固まってるんだ?」
「さぁ?」

鏡夜の言葉にハルヒが環に目を移すと、環は目と口を大きく開けたままだった。鏡夜とハルヒが見ている間に徐々に環は石化から回復し始めた。それは見ていると面白いほど顕著だった。真っ白だった顔に徐々に赤みが差してきて、わなわなと唇が震える。黙っていればかなりの美少年である環なので、見ていて目の保養になる。

ーーーーー!!」
「うるせーよ、環」

環の叫びに、 は一切の容赦はなかった。ちらっと環に目線を向けて本当に煩そうに目を細めた。

「お兄様に向って呼び捨てとは何事だ!?僕はそんな風に育てた覚えナないぞ!?」
「うん、オレもあんたに育てられた覚えねーし」
「僕もだ!!」

間。

「……だったら言うなって」

呆れて は肩を落とした。それでも環は嬉しそうだ。

「大体、 はイギリスで行方不明になったんじゃなかったのか!?」

(はい?行方不明?)

部員はみんな目を点にした。

「うん。行方不明だったけど…昨日帰ってきたんだよ」
「聞いてないぞ!」
「まぁいいじゃんいいじゃん。大したことじゃないし」

(すんげー大したことだぞ!)

部員は首を横に振って、それはないないと激しく主張する。

「で、こっちの学校に通おうと思って」
「桜蘭にか!?」
「見りゃわかんだろ?制服着てんだし」

と言って、 は顔をしかめた。出来の悪い兄貴だと思っているのだろうか。

だっけ?何年に編入するの?」
「殿の弟ってことはさ、二年ってことはないよな。ってことは一年?」

何か環が言う前に、双子が環を押しのけて の前に乗り出した。 は光と馨を見た。にっと口元を上げると、綺麗な歯がのぞいた。

「そうだ。…一年何組になるかは秘密だけどな」
「えー!なんだよー、教えてくれたっていいじゃん!」
「ちなみにオレたちとハルヒはA組だぜ」
「A組?へぇ…頭いーな」
「あ、僕もねー、三年A組みなんだよー。モリも一緒なの!」

ハニーもここぞと自分のクラスを申告した。ハニーが三年生ということに はちょっと驚いたように目を見張っただけだった。

「そこのバ…いや、環もA組って聞いたけど。……」

もしかして、この学校のAって低いんだろうか…。桜蘭高校は成績の良い順にクラスわけが実施されていると聞いたのだが…。まぁいいか。

「っていうか、俺がここに来たのは環なんかに会いに来ただけじゃねーんスよ」
!なんかって、なんだ!」
「銛之塚先輩って、あんたっスよね?」

環の憤慨に耳を貸さず、 はモリの前に立った。

「……ああ」
「部活のほうにいったんですけど、先輩がいなかったんで。強いって聞いたんで、今度お相手してくださいね」
「……機会があったらな」
「あ、それば大丈夫。俺、剣道部に入るんで」
「……そうか」
「以上です。学校にあんまし来ないと思いますがよろしくお願いします」

挑戦的に笑うと、 はもうここに用はないとばかりに身を翻したが、思い出したように環の近づき、ちゅっ、と環の右頬にキスを落とした。

「ただいまって言い忘れてた」

見る見るうちに環の顔が喜色に輝いていく。そばで見ていても一目瞭然、背景に薔薇の花を背負っていた。

「ああ、お帰り、 !」

と、これまた環もごく自然に の右頬にキスした。

なんだなんだ、この兄弟は?仲がいいのか悪いのか、わけがわからん。ほっぺにちゅとか、普通の日本人はやらないぞ。…いや、こいつらはハーフだからいいのか?

「わーいいなぁ」

悶々と頭を抱えたホスト部面々の中で、ハニーだけが羨ましそうに指を銜えてその挨拶に対してそうのたまった。

「あ、そーだ、環ィー。今日、俺家に帰んの遅いから。夕飯いらないって言っといて」

じゃね。と、 は軽やかに去っていった。

the end
ホスト部と友達から借りたので、折角だから書いてみようと。ホスト部オールで頑張ってみたのですが…。




06 ガンダムSEED

「キラーー!!」
「っ!その声はまさか… かっ!!」

格納庫。宇宙に漂っていた緊急脱出用のポットを飛び出してきたのは一人の少年だった。キラたちとそう変わらない歳だろう。マリューたちは銃を手に警戒するが、少年は一目散にキラの名を呼ばわった。銃を向けられているというのに一向に構った様子も無く、嬉しそうにキラに近づいた。
動くな!と警告を発する前にキラの前に立ってしまったのでナタルはムッとした。

「キラ!なにそんなところで油売ってんだよ!」
「… …生きてたの?」
「おい、なんだよその台詞は」
「… がいなくなって、一体僕がどれだけ探したと思ってるの?」
「え?」
「僕、僕心配で…心配で堪らなかったのに…!!」

菫色の瞳に涙が盛り上がって、はらはらと零れ落ちる。キラはそれが恥ずかしいのか、顔をちょっと伏せて、手で顔を覆った。嗚咽を漏らし始めたキラに、アークエンジェルの仲間たちはわらわらと近寄って慰める。銃を構えていた者もキラの涙に気概を殺がれて銃を下ろせと命令もないのに銃を下ろしていた。

「キラ、大丈夫?」
「泣くなよ、彼は無事だったんだろう?」

ミリアリアとサイが代わる代わるにキラを慰めた。

「あんた!キラを泣かすんじゃないわよ!!」

フレイは目じりを吊り上げて に怒鳴った。フレイにとってキラは大切な手ごまなのである。目には目を、コーディネーターにはコーディネーターを。

「うん。なんでもないんだ…ありがとう…」

涙を拭いながら、少し目元を紅くしながらキラは彼らに向って微笑んだ。誰もが守って上げたいと思ってしまうような綺麗ではかない笑みだった。


「…き、き…キモ!!」


絶叫のような叫びに、声の主に視線が集中した。 が顔面を引きつらせて、まるで納豆とセロリとにんじんと味噌とヤクルトと明太子とキャラメルと塩とキャビアを混ぜ合わせたものを食べたような…
簡単に言えば、この世のものとは思えないほどまずいものを口に入れた瞬間のような顔をしていた。

「なに今の!?キモい。キモ過ぎる!!今オレ、鳥肌たったよ?ヤバ。マジで吐きそうだった」

うっと口元を押さえて、 は咳き込んだ。
おいおい、今のどこがキモいんだよ。ラブリー天使ちゃんの最高の笑顔だったじゃないか。お前の目ぇおかしいんじゃないの?と、むしろ同情の視線を送られた だったが、あまりの気持ち悪さに、周りの視線なんか知ったこっちゃなかった。キラだけが、困ったように首を傾げて を見守っていたが…。

「ひー。あー気持ち悪ぃ…。キラ、似合わないことはしないでくれ…あまりのことに鳥肌で死ぬかと思った」

鳥肌で死ぬような人間はたぶんいない。ぶるりと大きく身体を震わせて、ぶつぶつがやっと収まった肌を抑えながら はキラに向った。キラは気遣わしげに に近づく。

、どうして無事だったの?」

は軽くため息を吐いた。下から見上げてくるキラの瞳の奥に光る、冷たい凍ったアメジスト。外見は天使かもしれないが、中身は悪魔だ。それを はよーっく知っている。
知っているからこそ、こんなにも可愛こぶりぶりのキラは見ていて反吐がでる。
…守られるような人間では、断じてない。

「…あのさぁ、キラ。これ、なーんだ?」

は懐からぴらりとポストカードほどの大きさの何かを取り出した。後ろにいるクルーたちはなんだろうと目を細めてよく見ようとするが、キラの背中が邪魔をして見えない。色彩からしてみると、写真のようだ。キラは黙って の手から写真を受け取った。 は、すぅっと優しげな表情が消えていくキラに満足げに笑いかけた。

「これ、どこで?」
「オレんとこ」

がびりびりとその三枚の写真を破り捨てた。紙ふぶきのように足元に落ちたそれを、キラはぐりぐりと足のそこで踏みつける。

「キ、キラ…?」

クルーには、今、どんな顔をキラがしているのか見えない。けれど、キラが行動がキラらしくないことだけ確かだ。キラは俯いて、肩を小刻みに揺らし始めた。泣いてるのだろうか…?キラを泣かしたらただじゃおかないぞ!と、クルーたちがキラに走り寄ろうとしたときだった。

「ふふふふふ…あはははは!!」

キラは顔を上げて、笑い出した。びくりとして、クルーたちは足を止める。

「あーあ、マジでうざいし」

キラははき捨てるように言って、舌打ちをした。

「おい、キラどうしたんだよ?」
「僕に軽々しく触んないでよ、ナチュラルが」

サイがキラの肩に触れようとすると、パシッと手加減なしに叩かれた。振り返ったキラの顔は、先ほどとはまったく変わっていないはずなのに、どこか別人のようだった。いつも不安げに揺れていた紫の瞳は、今は強い意志を持ち、感情の揺らぎがなかった。

「キ、キラ?」

トールがキラに呼びかける。キラは無視。

「行くよ、
「イエッサー!」

ふざけた答えをして、 はキラの横に並んだ。本来ならば一歩後ろについていくべきなのだろうが、キラと自分の仲だ。別にいいだろう。

「…おい!キラ、どこに行くんだよ!?」

トールに、今度はキラは無視せずに振り返った。にっこりと。

「…ちょっと、ザフトまで」

ちょっとコンビ二まで。と言った調子でキラは言った。

「あ、そうか、気をつけてな…って、ザフトだと!?

キラの言葉を理解し、驚愕に叫んだ瞬間だった。鼓膜が破れるような破裂音とともに光が埋め尽くした。強烈な光に、視界が奪われる。 が素早くポケットから取り出した閃光弾を床に叩きつけたのだ。彼らが再び視覚を取り戻したとき、すでにストライクは機動を開始していた。カメラアイが赤い光を放つ。
ストライク、機動。同じように、近くにあったモビルアーマーを奪取する。足元ではクルーたちが大慌てでこちらになにかを叫んで手を振っている。
キラは物凄いスピードでキーを叩いている。見ているこっちの手がつりそうなぐらいである。 も同じように速攻OSを書き換えている。

「ストライク、出る」
「オレも」

キラと の言葉に、急いでブリッジに上がっていたナタルは制止の声を上げた。

「出すな!!」
「ダメです!こちらからの操作、受け付けません」
「なっ…!?」
「エラー、レッドゾーン拡大。システムダウン…これは、ウイルスです!!」

悲鳴をあげ、オペレーターが指示を仰ぐようにマリューを見上げた。マリューや他のクルーは、何が起こっているのか判断がつかない。その間に、悠々とキラのストライク及び、 のモビルアーマーは星瞬く宇宙へと飛び出した。

「艦長、ストライクからの通信です!」
「出して!」

画面に、キラの愛らしい顔が広がる。が、なぜか全身から真っ黒なオーラが見えるのは気のせいだろうか?

「そちらのコントロールは僕が完全に支配しました。そして、十分以内に僕に降伏して下さい」
「なにを言っているの、キラくん!!」
「なにって、降伏勧告ですよ」

ブチっとキラが画面をシャットダウンさせた。すわり心地のわるいシートに身を深め、キラは大きく息を吐いた。

「マジでむかつく」
「だろー?まぁ、買ってるうちらの兵士も、怖いもの知らずって言えばそうなんだけどさ」

が苦笑しながら言った。
がキラに見せた写真。着替えシーンやら、ご飯を食べているとき、眠っているときの寝顔、そのほかいろいろ。一番の衝撃ショット(?)は、シャワーシーンだった。立ち上る湯気で細部は見えないが、それでもセクシーショットだった。キラは自分の容姿がコーディネーターの中でも際立ってるのを自覚している。小さな頃からそこらへんの物陰に引っ張り込まれそうになったりして、そのたびに返り討ちにしてきているので、人一倍男性に対して嫌悪感を抱いている。それらの写真が、男らにどんな風に使われてるのか…。考えただけでも悪寒が走り、全てを破壊し尽くしたくなる。世界で一番キラが嫌いな行為。
自分が劣情の対象になること。
アイドルに対する憧れのようなものならいい。しかし、そこに少しでも邪な目で見られることには耐えられない。 にしてみれば、この外見はいいが、内面がそれはもう肝っ玉の据わった真っ黒なキラにそんな想いを抱くことは自殺行為に等しいと知っている。じろりと、キラが を睨む。

「元はといえば、 が悪いんだ」
「え!なんでオレが悪いんだよ!?」

そんなこと言われる覚えは無いぞ!と、 は抗議する。

「あの変態の作った鳥、わざわざ に改造してもらった意味がないじゃないか」
「ああ…アスランのトリィに、オレがつけた盗聴器及び盗撮器の電波破壊装置ね」
「そうだよ! が改造したから、アスランが元を作ったもんだけど我慢して傍においておいたんじゃないか!」
「アスランはなー…お前が絡まなければクールビューティーな氷の王子さまなんだけどなぁー…」

はしみじみとアスランを思い浮かべた。キラのこととなると頭のネジが十本ぐらい飛んだとしか思えない暴走をするアスラン。

「キラ、ザフトに帰るんだろ」
「うん。ザフトであんな僕の写真が出回るなんて…。買った人間は…殺したいのは山々だけど、いちお味方だしね。半殺しにしなきゃ。そのあと戦場で勝手に死んでもらう。ってかさ、 。あの写真を撮ったのって、アークエンジェル内の誰かだよね」
「半殺し?…ほどほどにしろよな。写真はそうだろうな。オレの探知機で壊れないなんてその道のプロだろう」
「じゃあ、…やっぱり…」

キラの瞳の中で高速に画面の情報がスクロールされていく。与えた十分はあと二十秒を切っている。アークエンジェルからの連絡はない。

「あーあ、…ご愁傷さまだなぁ…」

は南無阿弥陀仏と唱えた。

ぴっ
ぴっ
ぴっ
ぴーーーー!!

タイムリミット。

「取り合えず、僕の目の前から消えてくれる?」

にっこりと笑ったキラの顔は天使のように可愛らしいかったが、それは破滅の天使の笑顔だった。

アークエンジェル、殲滅。


the end





07 ハウルの動く城

空には青空が広がっている。大きな雲や小さな雲が風に流されて形を変えていく。揺れる草花の囁きと。
ハウルは目を開けた。そして、空から何かが降ってくるのを見つけた。キラキラと光を持って、ゆっくりと降りてくるそれに向って、ハウルは飛び起きて走った。

ふわりふわり

体重を感じさせず、羽かなにかのように落ちてきているものは紛れも無く人間だった。それはゆっくり地面へと近づいてくる。ハウルは両腕を差し出した。仰向けの彼は、一度軽くハウルの腕でリバウンドをした。

「軽い…」

ハウルは驚いて、手の中の人間の顔を覗き込んだ。少年だった。ハウルと同じくらいの年齢。黄金を溶かしたような金色の髪が波打った。少年の顔に見入っていたハウルだが、少年の胸元で何かが輝いているのに気が付いた。涙のような形をした青い石。

「ん…」

少年がハウルの腕の中で声を漏らした。途端、青い石から光が急速に失われていった。ハウルは自分がなにか石してしまったのかと思い、おろおろとしたが急に両腕にズンと重みが掛かって腰を落とした。

「うわ!」

なんとか持ち直して、ハウルは踏ん張る。いや、でも別に下は綺麗な草原なんだし、このまま横たわらせてあげてもいいんじゃないだろうか?と、ハウルは思い当たって、そって少年の身体を柔らかい草花の上に下ろした。それから、自分も少年の隣に腰掛ける。

「君。大丈夫?」
「…五月蝿い。俺は眠いんだ。眠らせろ…」

肩を揺すったハウルの手を邪険に振り払うと、少年はごろりとハウルに背を向けて寝返りを打った。
そんなことを言われても急に空から降ってきて、ものすっごく気になるじゃないか!
ハウルは

「ここ、どこだ?」
「君、なんて名前?」
「オレ?オレのこと知らないのか?…あちゃー。ってことはますますここって下界かよ…」

ぶつぶつと少年は呟くと、くるりとハウルに向った。

「悪いな。オレの名前は だ。お前は?」
「僕はね、ハウルだよ」

嬉しそうにこの珍客をハウルは見た。この場所に人がくることはほとんど無い。

「ねぇ、 。君はなんで空から降ってきたの?魔法?」
「あー…オレはね、うん。ちょっと寝てたら転がって墜ちたみたい」
「どこから?」
「空から」

端的に は答え、「どうしよう、どうやって帰ろうかなぁ」と空を仰ぐ。金色の髪の毛が太陽に反射して、キラキラ光っていてハウルは知らないうちに の髪に手を伸ばしていた。しっとりとした柔らかい髪がを撫でられ、きょとんとした顔で はハウルを見た。

「なんだよ。オレの髪の毛、枝毛でもあった?」
「あ、ごめん…つい」
「いや。いいんだけどさ全然」
「金色、すごく綺麗だね」
「まぁね。ありがと」

は軽くハウルに笑いかけながら、手近な草をむしって鼻元に持っていった。青臭い草と土の匂いに は顔をしかめた。良い匂いとは言いがたいが、暖かい匂いだ。

「何しているの」
「…んー…。どこでも一緒だよなぁと思って」
はすぐ帰っちゃうの?」

久々の客人だ。話し相手がいないこの草原に、少しでも長くとどまって欲しいと思う。

「まぁね」

は、まだ帰らないで欲しいなぁと寂しげに見てくるハウルをちらっと見て、苦笑いした。そんな子犬のような目でみなくても。 は首に掛かっているペンダントを指でもて遊びながら何事かを小声で呟いた。すると、 のペンダントは淡く光りだした。

「それ…なに?魔法道具?」
「いや…魔法道具とはちょっと違うかな」
「いいね。すごく綺麗だ。…なにか模様が彫り込んであるね?」

珍しそうにハウルは のペンダントをまじまじと見つめてきた。

「綺麗なものは好き?」
「うん。すごく好き」
「そっか。これはあげられないんだよね。…代わりになにか…」

ごそごそとポケットを探ってなにかハウルにあげられるものはないかと探しだした に、ハウルは慌てて手を振る。

「え!いいよ。ごめんね。欲しかったわけじゃないよ」
「いいから。…あった。これあげるよ」

はハウルの前に手を差し出した。

「…なにこれ?」

の手のひらにちょこんと乗っているのは涙形の青い石だった。

「魔よけ、かな?邪悪なる力を押さえ込むとか…そんな感じ。ま、いろいろ力のある石だよ」
「貰っていいの?」
「うん、僕にはこっちのペンダントがあるしね」

ハウルは恐る恐る から落とされた石を手に受けとった。ひんやりとした石はハウルの手に落ちると淡く光った。

「きれい…」
「夜だと、もっと綺麗に光るよ」

とても気に入ってくれた様子のハウルに、 は機嫌よくにっこりと笑った。綺麗なものを嫌いな人間がいるか?いや、いないだろう。ハウルはなくさないようにしなければと思い、

「さて、ハウル。オレの迎えが来たようだ」
「え?」

はっとして、ハウルは顔を上げた。空の向こうから、黒い点がみるみるはこちらに向って飛んでくる。
広げた両手から、虫の透明な羽のようなものを生やした巨大なもの。手と足、頭を持ち、その形状は人型を模している。機械人形。その言葉が一番しっくり来た。ハウルは見たこともない聞いたこともない機会人形に驚いたが、同時に、面白い発想だなぁと感心した。機械を魔法で動かすというのは面白いかもしれない。
巨大な機械人形は、空で一回ターンをすると、柔らかに とハウルの前に降りた。

「迎えだよ。オレの。ありがとう、機械兵」
「すごい…なんなの、これって?」

ハウルは機械人形を見上げた。触ってみたくてうずうずしている。

「機械兵。オレに仕える兵士。でも、とても優しい奴らだよ」

それに頷くように、ピコピコと機械人形の額に埋め込まれた小さな宝石が点滅した。
まるで意思疎通をしているようだ。機械兵は器用にしゃがみこむと に向けて手を伸ばして掴んだ。そして、自分の肩に乗せた。

「ハウル。オレの名前を教えよう。オレの名は ・トエル・ウル・ラピュタ」

――次代のラピュタの王だ。
目を見開いて の言葉を理解しようとする

「また、な」

風が吹き荒れた。ハウルは舞い上がった花びらや草に咄嗟に目を瞑った。再び瞳を開いたとき、機械人形と の姿は遥か遠くにしか見えなかった。

「…ラピュタ」

ハウルはぼんやりと記憶を探った。
それは伝説の天上の城。

天空には城がある。
何人も近づいてはならぬ。かの強大な力は。
触れたものに怒りの稲妻を落とすであろう。地を焼き尽くし、世界を荒野と化すであろう。



The end





08 ○マ


希望 /貞節 /知恵 /愛 /勇気 /忠実 /慎重


聖書で言うとことの七つの美徳ってやつ。

はい?
それってなんですか?

ユーリの常時来ている衣装は学生服が主だ。
それはまぁ、戻ってきたときにきていた服がそれだったからって言うことももちろんある。
あの超絶美形と名高い(でも、ユーリが絡むとただの馬鹿になる)ギュンターがお似合いです!と叫んで同じ形のものを大量にユーリの為に作ったおかげでユーリの私室のクローゼットの中には同じ衣服がずらりと並んでいる。いっそのこと、地球の制服も買えない貧乏な子に寄付してやれ、と言ってやりたくなるほどの量だ。いや、それよりも、その学生服で店でも開くつもりか?
『魔王様御用達服!』とかなんとかで…いやいや、でも黒は魔王に近いものしか着ちゃいけない高貴な色だからその可能性はまったく無いな。
他にもいちおうは他の私服も用意されている。そのどれもが黒、黒黒黒!眞魔国の外の国にいくときぐらいしか、黒以外の服をユーリに着さしてやる気はないらしい。

「たまにはさー、真っ白とか着たいよなー」

自室にひきこもっていたユーリがお菓子をつまみながら言った。俺はお相伴に預かって最上級紅茶を味わっていたのだが、慌てて言った。

「止めてくれ、頼むから、白とかユーリが着るのは止めてください」
「あー?なんでだよ、 ?」

なんで?と聞くか。そんなの自分の胸に手を当てて考えて欲しい。

「…ユーリが白を着るのは、純白に対しての冒涜だ」
「…うわー、ひどーい。 ちゃんたらぁー」
「いひゃい。いたい。ユーリ。オレのマショマロのような頬をひっぱらないで」

ユーリにこにこ笑顔でかつ、平坦な声でおかまくさい口調で言いながらオレの両頬をムニーと力の限り引っ張る。すぐに離してくれたけど、ひりひり痛い。おーイテ。ほほをさすりさすり、俺は言う。

「って言うか、お前に白ってマジで似合わないじゃん」
「そうかなー」
「うん。絶対似合わないよ、白。なんて言えばいいのかな…?お前のその良い子ちゃんっていうか正義人格の状態しか知らない奴ならかろうじて見られると思うんだけどさ、オレみたいなお前と付き合いが長すぎて、お前の腹の中が真っ黒ってことを知ってると…」

内面からにじみ出てる見えない真っ黒さに、白が黒く染まっていく気がする。と、さすがにそこまで口に出せないので、後半はごにょごにょと言葉を濁す。

「正義人格もオレの一部だってば」

どこが?ねぇ、あの正義人格も作ったものだろ?

「ユーリの野球大好きって言うのは本当だと思ってるけど」
、オレだってね、好きでやってるんじゃないんだよ、魔王ってやつを」
「嘘付けー!上様モードのときなんて、嬉々として暴れん坊将軍じゃねーか!!」

あの時の上様さまモードのユーリは、本来の性格がちょっと脚色されて現れている。どの辺りが脚色って言うかと言うと、あの口調と、正義モードだ。まるっきり、演技の舞台をしているような大掛かりな立ち回り。オレはこいつに正義なんて二文字があるとは思っていない。ツメの先ほども思っていない。

「嫌だなぁ、あれはさ。ちょっとむかつくんだもん、オレのことをないがしろにしてさー」

…ようするに、お前は目立ちたいってことか?ちっぽけに扱われたことに対する鬱憤晴らしの上様モードでみんなの視線独り占め?

もさ、オレの気持ち分かるでしょ、ちょっとはさ」

分かりたくもないがな。分かるといえば分かる。俺は窓から見える城下町を眺めた。さまざまな魔族及び人間の頭が見える。みんな笑顔だし、けっこういい生活水準を城下町の連中は送っているらしい。

「お前、どーすんの、この世界の争いなくすとか言ってるけど」
「なくすよ?」

ふわりと、ユーリの髪が風もないのに微かに逆立つ。真っ黒オーラが場を微かに震わす。

「愚かな人間はね」

ユーリはにやりと口角を吊り上げた。細めた黒い瞳は冷たく輝いている。

「人間の敵っていうのはさ、所詮は人間なんだよ。人間はたとえ姿形、種族が同じでも争いを続けている。言葉が通じ合えるとか言うけどさ」

少なくとも、おれの世界では争いが絶えなかったね。と、ユーリは彼が育った地球での人間同士の争うを思い浮かべるようにした。俺は生まれも育ちもこっちの世界で、地球にはほんの少数の魔族しかいなくて、ほとんど人間しかいないっていう話を知っていた。変なやつらだよな。同じ種族の人間しかいないのに、同じ人間としか戦わないんだってさ。俺たち魔族と人間が戦うとか言うのならさ、人種って言うか…まぁ、遺伝子レベルの違いってことで分かるけど…。

「おれだってそりゃ、いちおうは無用な殺生はさけたいんだぜ?でもねー…馬鹿が多いからねぇ。
おれはさ、 。人間は馬鹿だけど、おれたちに劣っているとは考えてないんだよ?おれたちには彼らと違い魔力とかあるけどね」

そこで一息ついて、ユーリも俺の隣に立つように移動した。窓を開けながら、ユーリは町よりももっと遠くを見るように目を細める。黒い瞳の奥に、金色の星が瞬く。

「おれは別に業突張りなわけじゃないからさ、人間が無条件降伏してきたら、許してやるぐあいの寛容な人間よ?」
「どこが、業突張りじゃないんだよ。さりげに無条件降伏とか、すげー胴欲じゃないかよ。しかもお前魔族だってーの」
「もう、細かいことに煩いなぁ、 は」
「俺はあんまり人間が賢いとは思ってないからなー。なんか、最後の一人が死ぬまで抵抗しそうじゃないか?」
「この世界の人間って、妙に魔族嫌ってるかなねー。あんなに向こうが勝手に嫌われてくると、こっちまで向こう嫌いになるよね」

好意には好意を返したくなるし、悪意には悪意を返したくなる。まぁ、そりゃあ普通の心理ってやつだろう。

「っていうか、おれがあんなに譲歩してやってんのに、抵抗するのが悪いんだって。仏の顔も三度までよ?」

と言って、けらけらとユーリは笑った。俺はため息を吐く。

こいつの本来の性格は独善的なのだ。ユーリが結構自分勝手だと知ったら、あの魔族たちはどう思うんだろうなぁ…。いや、オレがそんなこと心配しても仕方ないけど。っていうか、オレも魔族だし。

「と、言うわけで、 !!そろそろ遊びに行こうか!」

ユーリはこれで話はおしまいと、窓枠に足をかけて短く笛を吹いた。とたんに風が巻き上がって、俺の身体もろとも空に飛んだ。飛翔の術って言えばいいのだろうか。生身で空を飛ぶ魔術だ。風の精霊だかなんだかが運んでくれているらしい。俺には波動は感じられても、実際に見ることは出来ない。

++

「ユーリってさぁ…ほんと、悪魔だよな」
「違うよ、 。おれは悪魔じゃないってば。魔王だよ。マ・オ・ウ」

俺のあきれ果てた言葉に、ユーリは上機嫌にくすくすと笑った。双黒と呼ばれ、この国では尊ばれる色が、夜に乗じてさらに深さを増している。
ユーリの片手からは断続的に火龍が飛び出し、火の粉が舞い美しい。コレがもし昼間で、ユーリの使役しているのが水龍ならば水龍が空を駆けるたびに七色の虹が掛かり、綺麗だ。しかし今はあいにくと夜だ。下で繰り広げられていることはあんまり綺麗ではない。沢山の人が逃げている。炎にまかれながら。肉の焼ける香ばしいような、焦げたような匂いが立ち上ってそ空のここまで漂ってくる。

「仕方ないって。こいつら、眞魔国の連中に手を出したんだもん」

眼下の人間は、眞魔国の中心部からずいぶんと離れたところにある村に手を出した。そこの住民は眞魔国に帰化しており、平和に暮らしていたのである。彼らはそこに火を放ち、焼き払った。だから、ユーリは報復をしているのにすぎない。ああ、ホント馬鹿だな、人間族。

さて、人間の諸君。俺はここに宣言しておこう。いつか必ず、ユーリは人間を滅ぼすよ。だって、彼は魔王だから。
誰よりも強大な魔力を有し、束になっても適わない頂点に立つ者。
神族、人間族、そのほかの種族たちが例え一致団結して抵抗したとしても、魔王ユーリがいる限り、負けないだろう。

敗北をするのはお前らだ。

the end
殿モードはちょっと演技で、実物が真っ黒なのよ。という、黒ユーリ。




09 京極堂シリーズ


「兄貴、今日は がこっちに来るんでしょ?」
「…なんだと?」

日ごろから深く刻まれている眉間の皺が、ますます深く刻まれた。

「聞いてない」
「そんなことないでしょう?私には三日ぐらい前に手紙が届いたわ」
「あ…。あなた、もしかして今日届いていた郵便の中にあるんじゃありませんか?」

兄妹の間に立って、茶を入れながら千鶴子は言った。そういえば、敦子が来る少し前に千鶴子が京極堂に郵便を持ってきたはずだ。京極堂は本を読んでいたので、顔すら上げずに生返事を返した覚えがある。京極堂はしかめっつらをして、ごそごそと本の間に挟まっていた手紙を見つけた。

「なるほど、本当だ… からの手紙だ」
「あらあら… さんからのお手紙だなんて…久しぶりですねぇ…」
「なんだって、 が来るんだ?大体…アイツは僕と親しくないじゃないか」

京極堂は手紙の封を切って、中を改めた。そこにはいささか堅い尖がりのある字で突然の手紙に対する侘びと、今日のこの日に三日ほど滞在したいという旨が記されていた。 の滞在を断る理由は特に無い。この京極堂にやってくる客というのは皆、京極堂の都合などは考えないのだ。どうしてこんなにも自分の周りには唯我独尊…他人の都合を考えないものが多いのだろうか。古本屋と家が併設しているので、京極堂自身も滅多に外に出ない。三流作家である知人の不精を顔を合わせば、そのたびに皮肉ってはいるが、あまり他人のことを言えたものではない。

「そんなこと言わないであげてよ、兄貴。 だって兄貴のこと毛嫌いしているわけじゃないんだし…」
「しかし…」

手紙の消印は、一週間ほど前だった。それが今日の当日に届いているのは、郵便事故の所為だろうか。だから、京極堂は郵政省に大事なものは任せて置けないと思う。貴重な古書が見つかって、それを譲ってもらえると聞くと、京極堂は自らその場所まで足を運ぶ。郵便事故などで貴重な古書が行方不明にでもなった日には、京極堂は諦めるに諦めきれない。

「いいじゃありませんか、あなた。今日の夕方頃…とありますから、夕食はご一緒ですね。なら、私は今から食材を買いに行って参ります」

千鶴子は微笑みながら腰を上げた。久々に訪れる珍しい客人に、心なしか嬉しそうにしている。そんな妻の様子は京極堂にとっても心強いが…。

「敦子。お前も今日の夕飯は来るのか?」
「実は、徹夜の仕事があるの。残念だけど…。あ、千鶴子さん、私も一緒に出て行きますよ。」

敦子も千鶴子に習うように立ち上がった。どうやら、今日の夕食は京極堂と千鶴子、そして の三人となるようだ。

++

「…今日和」
「…」

恐る恐る京極堂の店先に入ってきた青年は言った。京極堂は商売道具である売り物の本から目を離さずに、しかし、ピクリと眉を跳ねさせた。開口一番の挨拶が「…今日和」とはどういうことだ。もっとマシな言い方が他にもあるだろう。そういう、愚鈍なものいいをするのは関口君だけで十分だ。ちらりと、目線だけを京極堂は上げた。入り口のところで、所帯なせげな格好のまま固まっているのは少年から青年に脱皮しようとしている年頃だった。眩暈坂が身体にきつかったのか、内かくしからハンカチーフを取り出して額の汗を拭っている。その際に顔に掛かっている不恰好な眼鏡を外して、前髪を掻き揚げる。

(…ああ、変わっていない)

眼鏡を外して素顔を晒した に、京極堂は幼いころの の面影を見た。いつも、敦子の後ろから隠れるようにして京極堂を見上げていた が思い出される。見上げる瞳はいつも京極堂に対するかすかな怯えと、優秀な兄にたいする無償の尊敬が合った。

「あの…秋彦兄さん?」

は眼鏡をかけなおした。
いつまでも気が付いた様子を見せない京極堂に耐え切れなくなったのか、もう一度控えめに が呼びかけた。十も歳の離れたこの弟がここまで育ったのか。十もの歳の差は大きく、この弟と共になにかをして遊んだという記憶は無いに等しい。京極堂はいつも本を貪るように読んでる健康とはいがたい子供であったし、敦子も本は多く読むが、外で遊ぶことを好むことのほうが多いやんちゃな娘だった。 はどうだったのだろうか…?あまり記憶がない。どうでもいいことまで細かに覚えている京極堂は、おぼろげにしか思いだせない。兄妹と同じように、本は好んで読んでいたような覚えがある。

「…ああ。いたのか、

少し昔の情景に思いを馳せたところで、京極堂はやっと顔を上げて と視線を合わせた。ほっとしたように、 は人懐こい笑みを見せた。

「良かった。秋彦兄さんは本に釘付けになるあまりに、とうとう即身仏になってしまったのかと思ったよ」

こっち側からは薄暗くて、兄さんの姿がよく見えなくてね。 はおかしそうな声色で京極堂に臆することなく話しかける。言葉の内容は、間違えなく京極堂に対しての皮肉であろう。 は京極堂が何かを言う前に家の中に上がりこんだ。

「奥さんは?」
「…君が急に来るというから、千鶴子は買出しに行ったよ」
「急?一週間も前に手紙をだしたじゃないか!返事が無かったから、来たんだけれど…悪かったかな?」

困ったように、 は首をかしげた。

「いや。大丈夫だけどね。 の手紙はさっき届いたのだよ」
「嘘!」
「嘘を言ってどうするんだ。本当だよ。ついさっきまで敦子のやつもいたんだが…」
「うわぁ、それは残念だったなぁ…敦子姉さんともしばらく会っていないんだよ。会いたかった」
「…なら、僕の家ではなく、敦子の家に泊まればいいだろう?」
「…いいじゃないか。それに、秋彦兄さんと会ってない年月の方が長いだろう?兄さんの婚礼には出席したときが最後だったから…何年ぶりだろうね?」

京極堂の真正面に腰を下ろした は、己の兄である京極堂を珍しいものでも見るかのように見た。

「…なんだい?」
「いや…兄さん…相変わらず顔色が悪いなぁと思って」
「…」
「お嫁さん貰ったから、もっと健康な顔になっているかと思ってたんだけど…僕の予想は外れたみたいだね」
「…余計なお世話だ」

顔色が悪いのは体質だ。こればかりは、変わるものではない。敦子と の顔立ちは似ているが、ただ一人、京極堂だけが異彩を放っているのだ。個々のパーツだけを見れば、似ていることもないのだが全体の印象から彼らが兄弟だと結びつけることは難しい。

「大体、 。君はなんなんだ。手紙には三日間止めて欲しいとは書いてあったが、その理由が書いてない」
「ああ…ちょっと…ね」
「言葉を濁すな。 はまだ大学を卒業していないだろう?」
「あ、ちゃんと覚えていてくれたんだ?」
「…いちおはね。一人しかいない弟だ」

は来年に大学を卒業するはずだ。東京の大学には進学せず、寮を借りて地方の大学に通っている。なかなか東京に帰ってくることがないので、敦子や家族たちはいつも の心配をしていた。幼いころの は大層体が弱かった。今は丈夫になっているのだが、家族一同、その頃の過保護な癖が抜けないのだ。

「だからだよ。就職活動をしようと思って来たんだ」
「ほう、目星はあるのか?」
「無かったらこないよ」

返ってくる の言葉は素っ気無い気がするのは気のせいだろうか。敦子は「兄貴のことを嫌っているわけではない」と言っていたが の言葉はなんとなく冷たいようだ。よくよく考えてみると、この弟と二人っきりで面と向かって話すのは初めてではないだろうか?思い返せば、敦子を通して弟との接点があった。こうやって話をしてみると、思いのほか会話が弾む。間髪いれずに返される他愛のない言葉の応酬が心地よいぐらいだ。…先ほど、一瞬でもこの弟を関口君のようだと思ったことを訂正しよう。
最初の一言こそ、アレだったが、 は中々の食えない青年に育っているようだ。幼いころ、己を見上げていた可愛らしさは…あまり、残ってはいないようだ。

「…可愛げがなく育ったものだね、
「もう二十歳を越える男に可愛いもなにもないと思うけどね」
「…ふん。まだまだ少年と青年の狭間みたいな顔をしてるよ」
「そういう兄さんは…」

++

「あらまぁ、どうなさったの?」

千鶴子が帰ってくると、兄弟二人は背を向け合って不機嫌に無言で本を読んでいた。

the end




10 京極堂シリーズ

空気が澄んでいる。
私は胸いっぱいにほのかに草と泥、近所の御飯の下準備のする空気を吸い込んだ。その途端。私は自分が思いのほか腹がすいていることに気がついた。昼頃まで寝ていたのである。何度か雪絵が声を掛けてくれたようだが、私は何も考える必要の無いただふわふわとした夢の中で漂っていた。尿意を模様して起きたのが先ほどだ。

「おおい、雪…」

妻を呼んで何かを作ってもらおうとして、私は途中で言葉を止めた。もともともごもごとした不明瞭な言葉であったために、それは最初から私の口から出なかったかのように空気に溶けた。妻は先ほど私に声を掛けてから買い物に行ってしまったではないか。そんなことをすぐに忘れてしまうとは…私は己のいい加減差に暗く沈んだ。
雪絵は私には過ぎた妻だ。そもそも、私のような人付き合いを極端に嫌い、ふとしたことで殻に閉じこもる鬱々とした男が彼女の心を射止めたことすら不思議なことだ。

――不思議なことなどなにもない。

私を友人と認めてくれない友人、中禅寺はことあることに口癖のように吐く台詞。どれほど偶然のような信じられない出来事でも、彼にかかれば不思議でないこと。当たり前なことになってしまう。それは、私が不思議と思う、雪絵と結婚できたこともそうなのだろうか。

出会い、語らい、告白、結婚。

その全ての過程すら、当たり前のことであり、必然であったと?
私はごろりと畳みに横になった。しばらく替えていない畳は清清しい緑色から黄ばんだ枯葉のような色となり、替えたばかりのような藁の匂いは消え、生活の染み込んだ私の家の匂いがしている。
中禅寺と私が例え彼が認めないことであろうと、友人であることは確かなことなのだと思う。学生時代から考えると優に十五年以上である。
私のような人間と中禅寺、ひいては彼の知り合いであった榎木津、果てにはたたまたま私の指揮する小隊の軍曹だった木場、…他にも数え上げればきりが無いが私のような鬱の人間にしてはほどのに既知に飛んだ人間ばかりである。私が辛うじて理解していることと言えば、人は繋がっているということだろう。誰か一人と繋がりをもちさえすれば、それは無限に近く繋がっていく。
ひとつの世界。小宇宙が出来上がる。それは私が中心でありながら、まったく中心からは外れた世界。

中心の神でありながら、その実まったく省みられない有象無象のひとつの存在。寝転がったと水平に畳をぼんやりと見てみると、所々にごく小さな塵が大きく見えた。それは埃の繊維であったり、私の使った消しゴムのカスであったり、摘んだ食べ物のカスであったり。立っていたり、座っていたりとしたときでは気にも止めないだろう。蝋燭の火を吹き消すように口を尖らせて、私はふぅと息を飛ばした。取るに足らぬ塵は風とも呼べぬ風に軽々と吹き飛ばされた。反面、食べかすなどは数ミリ煽られた移動しただけであった。
私はなぜかそれが悔しくて、腹ばいになって匍匐前進をしてカスの眼前まではいずっていった。爪の先ほど大きさのそれを睨みつけ、今度こそ吹き飛ばしてやる、とまるで子供のような意地であった。鼻で息を吸って、さぁ、綿胞子のように吹き飛ばしてやろう。と口を尖らせたときだった。

「…なに、してんの?」

頭上から降ってきた呆れたような声に、私は口を尖らせた格好のまま固まった。旗から見たらさぞかし間抜けな格好だろう。いい年した男が子供のように口を尖らせているなど…。そんな、まさか。あの子がいるはずが無い。考えが頭を掠める。私は目線を上げると、靴下を履いた足が目にはいる。
そのまま徐々にズボン、シャツの裾、首、顔…

…」
…じゃないよ。関口さん」

はやれやれと首を横に振りながら、私が執筆するときに使っている座布団を掴むと尻に引いて座った。久々に来て、何を勝手なことをしているのだと思う。青虫が這うようなのろのろとした動作で私は身を起こした。黙ってそれを見ている 。私はなぜかいたたまれなくなる。

「玄関開いていたから。勝手に入らしてもらったよ」

はそう言うとあぐらをかいて座った。

「なにか用なのかい。 …」
「もちろん。じゃなかったら僕がここまで来るわけないじゃないか」
「そ、うだね」

私は をちらりと伺った。彼と会うのは久しぶりだ。 は僕と京極堂が学生のころの後輩である。

彼は奇妙な後輩である。

京極堂が言うには、 には榎木津のような能力があるらしい。"らしい"と言うのは、実際に私がその能力を見たことがないからだ。榎木津の特殊な能力を知っている私は、京極堂が にも能力があるといのならそうなのだろうと納得している。

「関口さんのことに来たのは、これをあげようと思って」
「これは…?」
「すごいでしょ?」

得意そうに言われても、私は渡された箱の中身がなんなのか皆目見当がつかなかった。裏返しにひっくりかえしてみるが、さっぱりと分からない。

「関口さん、開けなきゃ分かるわけないじゃないでしょ。開けてみてよ」
「あ、そうだね」

確かにそうだ。千里眼や透視能力、そんな不思議な力を持つわけでもない私に箱の外から中身が分かるはずも無い。 の言葉を受けて箱の外装を丁寧に剥がしていく。包み紙は綺麗な桜色をしており、綺麗にはがして残しておけば雪絵が喜びそうだ。
これが榎木津だったらきっとびりびりと跡形もなく破いていくのだろう。厳重に包まれた箱の中から黒い塊が現れた。細長い筒と、それを支える土台。

「これは…望遠鏡?」
「そのとおり!どうせ、関口さんってぐるぐる色々なことを考えて自滅しちゃうでしょ。だから、広く遠いい宇宙を観察して、地球上の自分なんか宇宙からしてみたら所詮ちっぽけで虫みたいなものだって自覚したほうがいいよ」
「……」

それは、フォローしているのだろうか、けなしているのだろうか?どこまでも真面目な顔をして は言った。

「ああ、ありがとう。

今日は、 から貰った望遠鏡で、空を見上げてみようと思う。

the end