00

嬉し恥ずかしの過去の遺物たち。テニスの王子様夢6本詰め込み!
不親切設計なので、ひたすらスクロールで四露死苦!

簡単な夢主設定・相手。
1.不二・双子 / 2.氷の皇子・氷帝オール / 3.氷の皇子・氷帝オール / 4.オタッシーT/ 5.オタッシーU / 6.内村


01 




「ただいまー」
「お帰りだーね、久々の里帰りは楽しかっただーね?」

聖ルドルフの寮室のドアを開ける。柳沢の言葉に、 は苦笑しながら肩から鞄を降ろした。

「うん。まぁ久々に周介にも会えたしね」
「それは良かっただーね」

ベットに腹ばいになって、漫画を読んでいる柳沢に は思い出して鞄の中から取り出した。ささやかな手土産…のようなものだ。

「ほら慎也。うちの裕太の部屋にあったぜ?」
「おぉおおーー!!今までオレが読んでなかった十四巻だーね!!」
「次は俺が読むから。読み終わったら俺に寄こせよ?」
「わかっただーね。っていうか、 が先に読めばいいとちがうだーね?」

柳沢のベットに放り投げたのは、自宅に帰ったときに裕太の部屋に置いてあった漫画本だった。柳沢は起き上がって、漫画を高く持ち上げて感動している。よっぽど読みたかったらしい。
嬉しそうに漫画を捲りながら柳沢は立っている を見上げる。

「…まぁ、パラ読みしたから」

帰りの電車の中で、少しだけぱらぱら捲ったので、 は大体の内容は掴んだ。柳沢に読んだあとに、ゆっくりと読もうと思って は柳沢に先に読むように勧めた。

「じゃあ、遠慮なく先に読ましてもらうだーね」
「そうしとけ。あ…俺ちょっと観月んとこ行ってくるわ」
「行ってらっしゃいだーね…そうだ、裕太も一緒に帰ってきたんだーね?」

今回の裕太の帰省には、珍しく まで付いていった。年に数えるほどしか自宅へ帰ることの無い 。裕太と一緒に帰るのは、今までの中でも片手で足りる。

「一緒だよ」

微笑んで、 は観月の部屋に向かった。

「観月ー?いるかー?」

中から返事がある前に は部屋のドアを開けた。机に座ってなにやらやっていたらしい観月が険しい顔で振り向いた。

…いつも言っているでしょう?僕が答えるまで部屋の中に勝手に入ってこないで下さいって!」
「…そんなの…長い付き合いなんだから今更ジャン」

平然と は中に入ってベットに座る。ふかふかのベットだ。しかも、観月の性格を表すかのようにビシッとベットメイクがされている。

「まぁ、そうなんですけどねぇ…でも、こっちだってプライベートってものがありますよ」

かけていた眼鏡を外すと、観月は椅子ごと に向き直る。目を酷使していたのか、片手で瞼の上から目を軽く押す。

「…親しき仲にも礼儀あり?」
「その通りです」
「以後、気を付けるって」

と、 は言うが、その言葉が実践されたことはいつぞない。それが分かっている観月はため息をつく。
不二周介と 。双子だと言うが、この二人は全く似ていない。性格なんて、心の底から似ていない。けれど、一度だけ、二人並んだ姿を見た時は、やっぱり双子だと思った。なかなか実家に里帰りとしない 。最初のうちこそ、家族と仲が悪いのかと思ったが裕太が後を追うように聖ルドルフに入り、その兄弟の仲の良さを発揮している。ならば、もう一人の天才不二周介の方に問題が?とも思ったが、並んだ二人からはなんの悪い感情も見受けられなかった。

「ふぅ〜…で、僕になんのようですか?
「…何時聞いても、お前の敬語は気持ち悪い」
「…失礼な」

本当に気持ちが悪そうに観月を見て、 は続けた。

「いや、別に全然用はない」

なら来るなよ!ともいえずに、観月は黙る。

「…帰ってきたし、ただいまの挨拶にみんなのとこ回ろうかなぁ〜って思ってさ、一番…いや、慎也の次だから二番か…。二番にはじめのとこに来ただけだよ」
「そうですか…ならほら、挨拶は済みましたね」
「…冷たいなぁ…」
「僕は今、次の対戦相手の分析をしてるんです。 に構っている暇は有りませんよ」
「お前、勝つことに人生かけすぎ」

ぼそっと は言った。

「なにか言いましたか?」
「別に…裕太の奴、こっちに挨拶に来たか?」
「裕太君ですか?いいえ、来てませんよ」
「そっかぁ〜邪魔したな」
「ええ、邪魔だ」

きっぱりと眼鏡をかけながら観月は言う。

「…冷たい…」

観月はかなり本心を隠して人に接する奴だから、ここまで邪険に扱われるとむしろ、気を許して、貰っているということだ。全国大会、勝利…それらのためにまい進するのはいい。
もうすぐ始まる都大会。そのために優秀な人材が集められている。それのマネージャー兼選手の観月にもそれなりに重圧が掛かっているんだろう。

「なら、さっさと行けよ」
「…ほら、やっぱはじめは上品な言葉よりもそっちの方が似合ってるって」

ニッと は笑って、観月が怒ってなにかを投げる前に部屋の中から逃げ出した。次に が向かったのは共同食堂の方だった。

「あれ、 じゃん。帰って来てたの?」
「そう、帰ってきてたの。なにやってんの、淳なにしてんの?」

片手に持ってた牛乳を木更津は上げて見せた。

「腹が減ってさ…ほら、日曜だし御飯作ってくれる人いないだろ?」
「だから牛乳飲んでたのかよ?」
「牛乳って腹にたまるだろ?だからだよ」

かすかに笑いながら、木更津はコップの中身を飲み干した。

「…冷蔵庫、なんか他に入ってる?」
「…んー?野菜が幾つかと、これはなんだろ?牛だか豚の肉が少しあるよ」

牛乳パックを冷蔵庫に戻しながら の質問に木更津は答える。いまいちな答えに、 も隣から覗き込む。

「淳、お前今日の夕飯は決めたか?」
「コンビニ弁当でも買ってきて食べようかと思ってるけど?」
「…他の皆は?」
「さぁ?でもまぁ、今までの経験からも皆似たようなもんじゃないの?」

男だらけの寮生活なんて所詮こんなものだろう。 は唸りながら、上の棚をあさった。

「なにしてるの? ?」

淳が怪訝そうに声をかける。

「あった」

はスパゲッティの乾燥麺を淳に渡した。

「なにこれ」
「スパゲティの麺」
「分かってるよ。どうするの?」

ちょっとだけ、期待を込めて淳は を見る。真っ黒で底の見えない黒曜石みたいな目で見詰められて、 は微妙に照れたような笑いを返しながら再びスパゲティの束を奪い取った。

「今日は俺が作る」
「マジで?」
「マジで。スパゲティなんてお手軽なもんだけどな…。淳は食うだろ?他の奴等も食うかどうか聞いてきてくれないか?」

は壁に掛かっている時計に目を留める。まだ四時だ。まだ夕食のために何かを買いに行ったり、出かけたりしている奴は少ないだろう。

「…いや、俺も一緒に聞きにいくよ」
が作るなんて久しぶりだね」

淳と は連れ立って歩きだそうとした。が、 ははたと思いついたように足を止めた。

「つか、各部屋にわざわざ聞きに行くの面倒だよな」
?」
「だからさ、内線放送で食べたい奴だけ俺に言えっていうのでよくない?」
…」

呆れたように木更津は眉をひそめる。

「これ、決定ね」

自らの案に嬉しそうにしながら、 は内線室に入って行った。



■□■



「ねぇねぇ、不二先輩」
「なんだい、越前?」

男だらけの部室の中、僕は自分よりも低い身長の越前を見下ろした。

「先輩って、裕太にばっかり構ってるけど…他に兄弟は居ないの?」

リョーマの素朴な疑問に、その場にいたほかの部員たちは固まった。…なんだい?なにかそんなに固まるような疑問だったかな?僕は、裕太ともう一人を思い浮かべて自然、口元に笑みが浮かんだ。

「…ふふ。そうだね、どう思う?」
「裕太が弟で、お姉さんが一人いるんでしょ?オレだってそんくらい知ってるッスよ」

そうだっけ?越前が裕太と戦ったから裕太を知っているのはもっともだけど…姉さんがいることも知ってたんだ?

「そう、じゃあなんでそんなこと僕に聞いたのかな?」

この分だと…彼のことは知らないみたいだね。ジーっと、越前はその勝気な瞳で僕の顔を見詰めた。へぇ…こういうとこ、似てるかも。

「…先輩、昨日オレのこと無視しました?」
「昨日?僕、越前にあった?」

思い当たらないことを言われて、僕は困った。昨日は、部活もなく僕は直行で自宅にずっといた。越前に会っているはずがない。

「絶対アレ、不二先輩っスよ。怒鳴ってて…」
「怒鳴る?不二がか…!?」

会話が聞くとなしに聞こえていた大石が突っ込む。怒鳴る…ねぇ?僕は怒鳴るってことはしたことは無いかな。笑うことはあっても。

「そうッスよ。オレ見ましたもん。あの声…」
「…声?顔は見てないの?」

声?もうココまでくると決まりだ。僕と全然似て無いくせに、声だけは似てる彼に。

「見てません。けど、あの声は不二先輩でしたよ?」

越前が聞いたのは、 の声だ。

「それは…兄貴だよ」
「兄貴ッ!?不二先輩、お兄さんいたんスか!?」

越前は目を丸くした。

「いるよ、大ッスキな兄貴がね」
「…不二!兄弟はだめだ!」

…そこで、なんで冷静に突っ込むかな、手塚は。

「そうだよー!しかもなに、 帰って来てんの?」

…僕だって、 が帰って来ているのを今知ったんだ。
昨日越前が見たってことは…だれか友達の家に泊まったのかな?

「…先輩たち、皆知ってたんスか?不二先輩に兄貴がいるの?」

自分だけ知らなかったのかと、越前は憮然とした顔をした。いや、でも知らなかったのは当たり前だと思うよ。裕太の存在を知っていても、 の存在を知らないってヤツが大半だからね。

「お兄さんは、何歳なんスか?」
「兄貴って言っても…双子なんだけどね?」

ビク!と、越前は目に見えて震えた。

不二先輩と双子…?双子…ッ!?

「!!それって…魔王と同じ遺伝…!!グッ!」

顔面を蒼白にして越前がなにかを口走ろうとしたのを、一番近くにいた海堂が慌てて口をふさいだ。

「もがもが…(海堂先輩!)」
「…黙ってろ、殺される」

海堂が低い声で越前を押さえつける。
僕の意識はそっちには全く行ってなかったけど。

「そうか… が帰ってきてるのか…ってことは裕太も一緒かな?」

じゃあ、早く家に帰らないと!!

「じゃあ、僕はもう上がるから!お疲れー!!」

僕は笑顔で着替えを済ますと、駆け出した。

「不二!!オレも行く…にゃ!?」
「止めとけ、英二!今の不二には近づくな!」
「んにゃ〜…オレだって、 に会いたいのにーーー!!」



■□■



!!いる!?」

息を切らせて僕は玄関に飛び込んだ。

「お帰りなさい、周介」
「ただいま、母さん。 は?裕太は?」
「ふふ…帰ってきてるわよ。夕飯までもう少しだから自室の方にいるわよ?」
「ホント!?」
「周介…ほどほどにしなさいね?」

目を輝かせて階段を駆け上る、歳相応の息子の姿に淑子は微笑むのだった。

「…裕太!」
「…ああ、兄貴、久しぶり」
は!?」
「オレの挨拶は無視かよ!?… 兄なら今トイレに…って、今出たみたいだ」

ジャー…と水の流す音とともに、二階にあるトイレのドアが開いた。

「ゲ。周介がいる」

ズボンで濡れた手を拭きながら、 はしかめっつらをした。

ー!久しぶりだね!」
「…ああ、そうだな、周介弟」

僕とは似てない。けれど似てる
小さい頃は…見分けが付かなかったらしけど、僕と裕太の茶色い髪とは違い、 は短髪で色は真っ黒だ。たぶん、父さんに似たんだね?

「なに?シュースケ部活帰り?」

僕の背負っている鞄を見て、 が言った。

「うんそうだよ。いそいで帰ってきたんだ」
「へぇ…そうなの?あ、裕太。お前の部屋にあれあった?」
「ああ、あったぜ。コレだろ?」
「それそれ!良かったー…寮の方にも俺の部屋にも無かったからさぁ、なくしちゃったのかと思ってたんだよ!」

僕の脇を通って、 は裕太に近寄る。

「…ちょっと 。なんで僕に抱擁をしてくれないのさ?」
「はぁ?なんで俺がシュースケにんなことしなきゃなんないのさ?」

裕太から漫画を受け取って、ぺらぺらと捲ってる。僕を不審そうに一瞥して、そのまま裕太の部屋に入った。

「だって!裕太はたまに帰ってきてくれるけど… は全然帰ってきてくれないじゃない!」

僕も後を追いかける。僕が部屋に入ろうとすると、裕太は露骨に嫌な顔をした。 は、裕太のベットに寝っころがって熱心に漫画を読んでいる。

「しょーがないだろうが、俺は裕太みたいに暇じゃないし」
「なんだよ、 兄!別にオレだって帰ってきたくて帰ってるわけじゃねぇよ!?」

母さんとかが、いっつも電話して心配そうにしてるから仕方なく…仕方なくなんだ!断じて母さんのお菓子が恋しくて…とかそういうんじゃない!!

「…そう?裕太は母さんのお菓子が食べたくて帰ってきてるんだろ?」
「…ッ!それは、違ッ!」
「俺は寮生活で満足だし?家まで帰ってきたくナイ」

…すごいね。僕でさえ、あの母さんの手料理を将来独立したら恋しがっちゃいそうなのに…。

「つか、あのぐらいの味なら俺作れるし?」
「嘘!マジで 兄!?」
「あったりまえだろー?裕太知らなかったのかよ?じゃあ、今度寮の俺の部屋来たとき作ってやろうか?」
「マジ?行くいく!!」

裕太は嬉しそうに首をぶんぶん縦に振った。裕太が嬉しいと僕も嬉しい…んだけど、ね?僕にはは入れない会話に…ムカツクね。

「ねぇ、 ?その時は僕もお邪魔したいな?」
「周介、部外者じゃん。入れないっしょ?」
「…そうだぜ、兄貴?」

不思議そうに二人して僕を見詰めてくる。二人とも僕の愛しい兄弟。

「五月蝿いよ、裕太。僕は今 と話をしてるんだ」
「…なんだよ、いつもは俺がけが帰ってくると裕太裕太と五月蝿いくせに…」

そりゃさ、裕太は僕の大事な愛すべき弟だし、好きだよ?でも… は… は僕の…。

「ユタ?俺、やっぱ帰ってこないほうが良かったっぽくない?」
「なんで!?」
「いや、周介になんでって言われても…」

漫画を閉じて、困ったように僕を見る 。あ、やっぱり、黒曜石の輝きの瞳が越前に似てる。…間違えた。越前『が』 に似てるんじゃない。 『に』越前が似てるんだ。

「だって…俺がいるとさ、周介、裕太になんか冷たくない?」
「そんなことないよ?」
「うん… 兄がいないときはそれはもうウザイぐらいに兄貴はオレにべたべただけど…」

裕太が小声でなにかぼそぼそ言ってたけど、あいにく、僕と の耳には聞こえてない。

「つか、俺と裕太は平等に扱ってくれや?寮長やってて俺はたまにしか帰ってこないけどさ、お前等がなんか言い争ってるの聞くの、好きじゃない」

は立ち上がって、僕に瞳をしっかりとあわす。ああ…ほんと、不思議だね、僕と の身長全く変わらないんじゃないの?

「うん…ごめんね、 。… は全然帰ってこないから…君を見ると僕嬉しくてさ」
「分かってる。俺も悪いんだろうけどな?」

苦笑して、 は漫画を閉じた。

ー!周介ー!裕太ー!!晩御飯できたわよー!降りてらっしゃい!!」

間がいいというか…ちょうど母さんが僕たちを下から呼んだ。

「はーい!!」
「ほら、周介?行こうな?」
兄は…兄貴に甘いんだから…」
「そうか?俺は裕太にもめっちゃ甘甘なつもりなんだがな…」



ぽんと、僕の肩に手を乗せた。
ねぇ、僕にとって… は離れられない半身なんだよ?



the end


02 



氷帝学園。
その中等部には、【帝王】と呼ばれるものがいる。
此れ、すなわち【帝政】という。同じくして、氷帝中等部には【皇子】が存在する。

…氷の、皇子が。

俺は、別に氷帝にきたくてきたわけじゃなかった。母さんが、父さんと出逢った場所が氷帝だったから…。懐かしそうに語る母さんの喜ぶ顔が見たくて氷帝に入った。なのに、この状況は、一体なんなんだろうな…?

「おはよう。
「おはようございます、 先輩」
さま、おはようございます」
「…ああ、おはよう」

「「「きゃあああ(うおおおお)」」」

黄色い声に野太い声が混じっているのがとても気になるが、今日もおおむね氷帝は平和だった。
氷帝生徒会副会長の地位が俺のものだ。これも、やんややんやといつの間にか祭り上げられていた地位だ。そしてもうひとつ、俺にとって不本意な称号がある。

【氷帝の皇子】

…皇子?皇子ってなんなんだろうな?誰が言い出したのか知らないが、中学二年になる頃には、すでにそう呼ばれていた。俺は、氷帝においての氷の皇子…だ。HR後、担任に呼ばれた。

、今日お昼に生徒会室に集まってくれと顧問が言っていたぞ」
「わかりました。ありがとうございます」

今日は、生徒会の議会は入ってなかったはずなのに。

かちゃ

「失礼します」

ノックして生徒会室に入る。氷帝の生徒会室はとても広く、豪華なつくりとなっている。それは、生徒会の権力が氷帝学園において強いからだ。俺は入るまで知らなかったが、生徒会に所属するということは学園内においての教師と同等の権力を得ることが出来るという。

「ああ、 。…これで全員揃ったな」

俺が行くと、生徒会長以下四名の委員がすでにいた。今、生徒会は俺を入れて計六名で活動している。女子は会計に一人いるだけで、あとは男ばかりだ。

「明日、部費の最終決算を伝えるために部長会議を開きたい。この旨を各部長ひとりひとりに伝えてもらいたい」
「失礼ですが、放送で流せばすむことでは?」
「いや。毎年そうしていたんだが、そうすると、かならず四、五人が聞き逃しているんだ」

氷帝学園の部活の数は多い。同好会の数を入れるとなると、その実態を生徒会ですら掴めていない。

「わかりました。…では、誰がどの部長に当たるんですか?」
「それなら僕が昨日割り振りを作っておいた。クラスと部活、名前を記入してあるから、今日、明日の放課後までに伝えておいてくれたまえ」
「はい」

生徒会委員。それは、体のいい学校の雑用係とも言う。



■□■



「俺は…バスケ、剣道、英語、放送と…テニスか…」

五つか…。今日中に終わらそうと思えば終わらせられる数だ。俺は、早く終わらすことに決めた。英語部と、放送部、そして剣道部の部長たちはお昼を教室で食べていたのですぐに伝えることが出来た。残りのバスケ部とテニス部の部長は教室にはいなかったので、俺は放課後に伝えることにした。

放課後。
俺は先生に事情を話して帰りの会を早めに抜けさせて貰った。その足で、バスケ部の部長の教室の前で待つ。今日はバスケ部は休みの日なので、先に捕まえて言っておかないと帰られてしまう可能性があるのだ。帰りの会のあと、出てきたところを捕まえた。残るは、テニス部部長だけだ。
氷帝のテニス部。それは、ほかの部活よりも力が入れられている。俺は、部活には入部していないのでよくわからないが、他校でも氷帝テニス部といえば有名らしい。なんでも、去年は青学を下してと大会NO1になったらしい。テニス部は、校庭のほぼ四分の一を占領するほどの広さである。俺は、テニスコートまで来ると、フェンスごしに中の様子を窺った。
テニス部はとにかく部員数が多い。どれが誰だかさっぱりだ。

「…オイ、あれ、 じゃねぇ?」
「うわ。ほんとだ!なにしにきたんだろう?お前、聞いて来いよ!」
「やだよ、皇子なんかとしゃべったら、俺、親衛隊になにされるかわからないじゃん!」

俺は、テニスコートをぐるっと見回して、いやに人だかりが出来ている場所があるのを見つけた。

「…なんだ、ありゃ」

女が、口々に叫んでいる。

「きゃあああ〜!!跡部さまぁ〜!!」
「鳳く〜ん!こっち向いてぇ〜!!」
「わたしのハク〜!!」
「忍足先輩〜!!」

なんだ、あそこは?…女の集団ほど怖いものはないな。しかし、女の一人が叫んでいた『跡部』とは、テニス部の部長のはずだ。俺に配られたプリントに書いてある。

「ちょっと、いいかな?」

女たちがちょうどコート入り口までの場所を塞いでいたので、俺は声をかけた。

「…なによっ!?邪魔しないでよッ…って、 さん!?」

ざざぁ…と、潮がひくようにその場が静まった。

「…通して、くれる?」
「は、はい!!」

ああ、こういうときは便利だな。
一斉に女が道をあける。俺は、その真ん中を通った。…さながら俺はモーゼか?コートでは、シングルの試合をしていた。さて、一体どこに部長がいるのだろう?と、なんだか、時代錯誤なおかっぱと目が合った。

「ああ〜!なぁなぁ!あれって、 じゃない!?」

すっとんきょんな声を上げた。ついでに俺を指差している。俺は、おかっぱたちがいるベンチまで歩いていった。

「失礼ですが、跡部部長はどちらでしょうか?」
「ええ〜!なんで?なんで が跡部なんかに用事なの?」
、部長になんのようなんですか?」
「ええと、明日の部長会議の伝達を…」
「そうか!そうだよね! が跡部なんかに私用があるはずなにいよな!」
「で、どなたが部長なんですか」
「俺だ」

背後から、高飛車に言い捨てられた。振り向くと、右目下に泣きぼくろの男。試合をしていた片割れがそうだったらしい。

「…幸せな恋は出来ませんね」

俺は、泣きぼくろがある人は報われない恋をするのよ、と言っていた母さんの言葉を思い出した。

「あぁん?」
「いえ、あなたが跡部部長ですか?」
「ああ、俺が部長だ」
「明日、部費についての部長会議が放課後生徒会議室にて行われます。どうぞ、お忘れにならないようにお願いいたします」
「なんだ?そんなことをわざわざ言いに着やがったのか?」
「はい」
「…そうか、ご苦労だったな、『氷の皇子』」

はは。こんな人まで俺の別名を知ってるんだ。俺は『皇子』でもなんでもないのにな。

「それはどうも…。でも、この学園には『帝王』いますから、俺なんてまだまだですよ」
「ふん…。そうだな。位としては俺のほうが上だな」

俺のほうが上…?まさか、この人が【帝王】?初めて見た【帝王】。…興味なかったから誰が【帝王】なのかなんて知ろうとしなかったから。

「すげーな…」

俺の口からでたのは、相変わらず平坦な感嘆だったけど…。
これが俺と跡部先輩との出会い。



■□■



帝王。
氷帝の頂点に君臨する者。

…要するに、わがまま…。


『号外!ついに【帝王】と【皇子】が接触する!!』
朝一、学校の掲示板に張られている校内新聞を見て、俺は思わず足が止まった。

「…おいおい?なんだよ、コレは…?」

昨日、跡部さんに会いに行ったときの写真がズームで写されている。俺と跡部先輩のツーショット。しかも、妙なアングルで、二人がめちゃくちゃ近くにいるように映っている。 …例えるなら、キスまじか?

「すげーな、写真部…」

よくこんな写真が撮れたものだ…。で、この写真を新聞部にいくらで売ったんだ…?調査したほうがいいかな?

さん!」
様、これはなにかの間違えですよね!?」
くん!これは一体どういうことだい?」
「いや…。俺に聞かれても…?」

今にも泣き崩れんばかりに真相を聞きだそうとする生徒にもみくちゃにされる。

「おい! を離せよ!!」
「若!」

人の波から守るように若が…日吉若が俺を後ろに庇った。

「授業が始まるから、皆教室に入りたまえ!」
様を煩わせるな!」

どこからか現れた生徒が指示を飛ばす。彼らは…いうなれば俺の親衛隊…らしい…。ばらばらと解散していく生徒。

「あ〜…とりあえず、ありがとな。お前ら」

助けてくれたことには変わりはないので礼をいう。

「いえ! 先輩の役に立てれば本望です!」
さんのためなら俺たちなんだってしますよ!」

彼らのほとんどは一、二年生で構成されている。三年にもいるらしいが、はっきりとは知らない。というか、知りたくもないような…。…はっきり言って、彼らにこんなに崇拝されるようなことはした覚えがないんだが?

「ほら、 。教室行くぞ?」
「ん。若。じゃな」

ひらりと手を振る。
俺が去って行くのを親衛隊(男…)はキラキラしたまなざしで見送っている。

「俺が一体なにをした?」

どんよりと俺はため息をはいた。


俺と若は同じクラスだ。

「若〜。お前って、なに部だったっけ?」

俺は、お弁当をつつきながら若に聞いた。

「…ひでぇ、 。俺の部活知らなかったのか?」
「…俺は他のことに忙しいからそんなことまで覚えていない」
「俺はテニス部だよ」
「へ〜。そうだったんだ。…テニス部?ってことは跡部先輩と同じ?」
「ん…ああ…。まあ、いずれ俺がテニス部を下克上してやるけどな…」
「『下克上』お前も好きだな…。でも、上に立つってことは孤独だってことだから、それを忘れるなよ?」
「…相変わらずな発言だな」

…物事の核心を常に指摘する。それが、 の周りの人間の心を掴んで離さない。

『ピンポンパンポ〜ン。二年A組 。至急生徒会室に来るように』

「…あれ?今日は生徒会はないはずだけなんだが…?」

生徒会の集合命令なら、俺のところに朝には回ってくるはずなのだが?

「放課後の部長会議のことじゃねぇのか?」
「そうかな?」
「行ってこいって。俺が弁当食べておいてやるから!」
「…俺の手作り弁当食べるなよ?」

『『『『『 (君)の手作りだったのか!?た、食べたい!』』』』』
と、何人かの心が一致した。

その頃、某所の生徒会長は…

「ハグ?なんだ?今放送は…?今日は を呼び出してないぞ?」

口から焼きそばを垂らしながら言っていた。

「…なんで、俺はここにいるんでしょうか?」

目の前には、ご馳走。重箱に入った三段弁当。すごく豪勢なオカズが詰め込まれている。…絶対、有名料亭御用達って感じのものだ。

「あぁあん?なんか文句あんのかよ?格下はおとなしく従え、そして食え」

なんだか、昨日は居なかった大きな先輩…俺をさらった先輩が黙々と跡部先輩の給仕をしている。さすが帝王。さも当然と礼の一言すらないとは…上に立つこと、人を従わせることになれた人間だ。

「なにいうてんねん、跡部! 、こいつが 拉致ろう言い出したんやで?」

そう。
俺は拉致られた。




■□■




生徒会室のドアをノックしようとした瞬間、俺の体は太い腕に担がれた。

「なんだ?」
「ウス…」

?なんだ、こいつは?制服着てるし、そんなに警戒はしなかったが、急に人を担ぐなんてどういうことだ?そのまま廊下をずんずん進まれ、たどり着いたのは、三年の棟。

「…どこ行くんですか?」
「ウス…」

?いや、だから、どこへ?締め切った教室の扉を開ける。

「お〜ようやっときよったな!!」

窓側に座っている一団のひとりが俺を認めて手を振った。

「ウス」

ストンと男の肩から下ろされる。その降ろし方の優しいこと、優しいこと…。なんだ、しゃべらない人だけど、優しいひとなのか。

「遅れて主人公は登場か?皇子?」
「…跡部先輩」

椅子に座り、足を組んでいる跡部先輩がいた。カーテンの隙間からの光を受けて、なんだか…すげーな…。ニヤリと口角を吊り上げて、跡部先輩が手招きをする。

「なんですか?俺、生徒会室に呼ばれたからいかなきゃならないんですけど?」

優雅なその足の組んだ格好に俺は一歩引いてけん制した。…跡部先輩、なんかすごく偉そうだ。…いや、帝王なんだから、実際えらいんだろうけど…。

「お前は、コーヒーと紅茶どっち飲む?」
「…いや、そういうことじゃなくて」

俺は生徒会室に行きたいんですってば。

さん、大丈夫です」

肩をぽんっと叩かれた。俺は一瞬ビクっとして、振り仰いだ。

「ああっと、隣のクラスの…誰だっけ?」

知ってる顔だ。廊下などですれ違うとき会釈していく生徒だ。たぶん、学級委員。定例学級委員会の大勢の中でいたように思える。

「え〜と、お、おお?」

喉まででかかってるんだけど、微妙に思い出せない。

「…鳳長太郎です」

そんな俺を期待してみていた彼だが、俺がなかなか思い出せない様子にちょっと悲しそうに自己紹介した。

「…ごめん。鳳か。確か学級委員だよな?」
「…ええ。そうです! さん、ご存知だったんですか?」
「ああ、各委員の顔はほとんどわかるんだけど、名前がまだ全員一致してないんだ。悪かったな」
「いえ…。すごいですね?委員って、全部合わせれば三百人以上いるのに…」
「でも、会長なんかはもう全員が一致してるらしいし…」

会長はすごい。会長の鏡とは彼のようなことを言うのだろう。と俺はつねづね思っている。

「はっくしょん!!ぶへぇえ…。 のヤツ、俺が生徒会室にわざわざ来てやったのに、一体どこにいったんだ?」

と、某生徒会長が生徒会室でひとり寂しくやきそばを食べていたとかいないとか…。

「な〜!! !ちょたなんかと話してないでこっちこいって!!」
「え?」

小柄なおかっぱの先輩…昨日の…

「岳人先輩…でしたっけ?」
「マジ!? ってば、オレの名前知ってんの?チョー嬉いんだけどッ!!」

俺の腕にぶら下がりながら、岳人先輩は俺を跡部先輩のほうへと引っ張る。スッと跡部先輩の正面の椅子を眼鏡の先輩に引かれる。

「あ、どもすいません…」
「ええってええって、気にせんといて?俺が にしたいだけやし?」

あ、関西弁。なんだか、女性にするエスコートのようだ。いや、でも、俺は生徒会室へ行きたいんだってば。流されて座ってしまったが、俺はここに座っている場合じゃないんだって。

さん…なんで俺の名前は知らなくて、岳人先輩の名前は知ってるんですか!?」

うるうると鳳が俺の制服のすそを掴む。

「昨日…、跡部さんに用事あったとき、誰かが呼んでたから…」
「皇子!俺様を無視するとはいい度胸だな?」

いらだった跡部さんの声に俺は跡部さんを見る。

「跡部〜?自分が としゃべれないからって をいじめるなよ〜?」
「あぁあ?誰がこいつをいじめてるって?」
「あ…」

俺は唐突に気がついた。跡部先輩は、俺の名前を一回も読んでない。

「?どないしたん? ?」
「俺の名前…」

呼んで、くれてない…。ああ、と俺の言いたいことがわかったのか、跡部先輩はニヤリと笑って髪を掻き揚げた。

「名前?…お前の名前なんか俺は興味ないしな…」
「そう…ですね…」

この人は、興味ある人間とどうでもいい人間をきっぱり区別するタイプだ。俺は、興味のない人間ってことか?まあ、それはそれで…。

「あっとべ〜?なんや新しい一年にごっつきれいな子いる言うとったんはどこのだれや〜?」
「…ああ?俺が知るかよ?」
「まった〜く、跡部ってば好意的なやつにはいじわるしかで出来ないのかよ〜?小学生じゃあるまいし…」

呆れたように俺の隣に岳人先輩が座る。

「…おら、早くメシ食うぞ」

大きな先輩が俺に紅茶をいれてくれた。

「あ、どうも」
「ウス…」
「… なんか待ってたら、貴重な昼休みが終わっちまうじゃねーかよ」

ふいっと、窓の外を何気に見ながら、跡部先輩は言った。
…俺の名前を呼んでくれた…。

「ほ〜らほら、素直じゃね〜んだから跡部は〜?」

眼鏡の先輩に頭をぐりぐりされている。

「てめっ!忍足、やめろ!」

のどかな光景だな〜と俺は思いながらうまい紅茶に口をつけたが、止まる。

「で…」

そう、忘れるところだった。

「「「「で?」」」」

俺は当初の疑問を口にした。

「なんで俺はここにいるんでしょうか?」

冒頭に戻る…。
跡部先輩と愉快(?)な仲間たちとの初めての会話はこんな感じ。




03 


皇子は帝王の背中を見て育つ。
雄雄しく、全てを率いるものの背中を。

いつか、自らが帝王となるために。

「すいません、 先輩コレってどうすればいいんですか?」
「ああ、これは、ここに前年の統計を入れて…こっちの数字で計算するんだよ」
「そうか!有難うございます、 先輩!」

ペコリと、役員の少年は俺に礼をするとまた一年生役員の集団に紛れ込んだ。

「うわっ!お前ずりぃよ!なに 先輩としゃべってんの!?」
「へへ…いいだろー?」
「…コイツっ!制裁だ!」
「ぎゃ!止めろよ、お前!」

頭をわきに抱えられ、ぐりぐりとじゃれている彼等を尻目に、俺は少しだけ感傷に浸る。俺には…あんな風に一緒に笑いあう友達はいるのか?…分からないな…。入学早々『氷の皇子』だなんてあだ名を付けられた俺は、よくも悪くも周りから敬遠されがちだ。今、俺は一番誰と仲がいいんだろう…。日吉?…ちょっと違うかな…?

「会長!今学期の予算ってこれでいいんですか?」
「ああ…こないだの部活会議も上手いことまとまってくれたしな…おれも も、跡部もいたしな、逆らえる奴はいないさ」
「…そうですね」

俺も会長に相槌を打つ。昨日の定例部活動部長会議は楽だった。毎年、各部活の予算割当てについては荒れるというのにすんなりとまとまった。
生徒会主催部活動費委員会。生徒会からの代表は、会長と副会長(俺)と、書記が二人。書記の二人は、ノートパソコンに直接データを送れるホワイトボードに書く係りと、バックアップのためにノートに書き込んでいく係りに分かれている。議長を務めるのは会長だし、たぶん、俺が一番ここにいる意味がないように思えた。

「しかし!それでば柔道部の予算が削られていっているではないか!」
「あのぅ〜…うちのPC部は、細々としてますけど、いろいろ作品を作っているわけでありまして…」
「科学研は、これからの未来を担うために大切なんですよッ!?」
「根暗集団は駄目ってろッ!オレたちの肉体運動の部とてめぇらの部が一緒くたにするんじゃねぇよっ!」
「なんだと!?お前たちは、ただの頭まで筋肉馬鹿だろうが!」
「んだとッこらぁ!?」

ああ…なんか部長同士の言い争いに発展していってしまった…。去年は書記として参加していた俺は、またか…と、ため息を付いて会長を窺った。この人ならなんとかしてくれるだろう。

「会長?」
「ん〜?」

…なんか、すっごく楽しそうにこの言い争うを見ているような気がするんですが?

「あの、止める気はないんですか?」
「別に大丈夫だろう?…ソレにほら、御山の大将がそろそろ切れるぞ?」

御山の対象?誰のことを言っているんだ?俺が円卓を見回したときだった。

「…うっせぇよ。ココは幼稚園かよ、あぁ?」

一人、優雅に足を組んでいる人が不機嫌な声で言い放った。

「跡部…!!」
「ちっ…、お前んとこはどうせ毎年大層な部費貰ってんだろうが!おれらの方の身になってみろってんだよ!」
「知らねぇよ、お前等みたいなヒステリックな野郎どものいるような部活のことなんざな?」

ふんっと、鼻で笑って跡部さんは他の面々を馬鹿にしたように見回した。…スゲー。ここにいる部長たちの皆が青筋立てたよ。

。ほら、な?」

予想があったたことに、嬉しそうに会長は俺へ向いた。そんなこと…自慢げにしないでくださいよ。

「ええ…っていうか、凄いですね」
「だな〜…オレはか弱いからあんな風に一喝出来ないんだよなぁ〜」
「…か弱いって誰が?」
「オレ」

…会長。会長のどこがか弱いんですか?

「おい!生徒会長と副会長!時間の無駄だ、さっさと勧めろ」
「ああ、勧めさせてもらうよ、跡部」

跡部先輩が言ったとき、すこし俺と目が合った気がした。思い過ごしかもしれないけど、跡部さんが口元を歪めたのが見えた。会長が勧めていって、補足を俺がしていく。各自部長の前におかれているノートパソコンにデータを送り、ホワイトボードで説明。

「では、ここらへんで一致でいいかな?」

無言で、何名かの部長がうなずく。

「あれ?頷かない人はまだなにか不服なのか?…困ったなぁ、なぁ、 ?」
「え?ええ…」

なんで俺に振ってくるのか分からなくて、俺は困った顔で首をかしげた。

「ほぉ〜ら、 も困ってるよ…酷いな、 も頑張って俺と一緒にこの方針をまとめたのになぁ…」

俺と会長がまとめた方針。確かに、うちの学校は代々の伝統で成績の良い部活動に予算を多く裂く傾向がある。だが、新しく出来てきた部活も沢山あるわけで。こういうとき、伝統的な部と新参者の部の折り合いは当然悪くなる。俺の出した案は…心機一転。今までの古い部も、新しい部も、今年度をもって一回リセットする。

一からのスタートだ。

俺は立ち上がって、部長たちの面々を見回す。

「…すいません。俺が出した案は、ある意味平等です。ですが、今までの実績を誇る部活動の皆さんには大きな負担になることは重々承知しています。特に…跡部さん」
「あぁあ?」

俺は跡部さんに目線を向ける。跡部さんはなんでオレに振るんだよ?と眉を顰めている。

「…跡部さんの部は、氷帝の中でもっとも部員数が多いですよね。今回一律に出される部費ではテニス部の部員をまかないきれないかもしれません…」

テニス部は200名を超える大所帯だ。練習試合や、合宿、その他諸々の経費が、生徒会からの予算で事足りるとは思えない。いや、絶対に無理だと断言できる。

「…たぶん、貴方の部に一番迷惑が掛かる立案だと思います」

俺は申し訳なく思って跡部さんに向かって頭を下げた。ザワッと、ざわめきがあたりに広がる。全ての人を納得させるための仕方のない平等の案だが、その分何処かにしわ寄せが行く。

「…気にすんな。

跡部さんの声に、今度はざわめきが波のように引いていった。

「聞いたか?」
「ああ…呼び捨てだったな…しかも、名前だ…」
「校内新聞によると、出合ったのは二日前だったんじゃないのか?」
「…分からんぞ…跡部は手が早いからな…」

なにが起こったのかと顔を上げると、不適に跡部さんが俺を見詰めて笑っていた。

「そのぐらい俺のポケットマネーで賄えるさ」

堂々と、彼は言った。

彼は帝王。
紛れもなく帝王なのだと、俺は…感じた。


帝王とは孤独が付きまとう。
常に上に立つものであるがゆえ、本心を晒すことは無い。

ただ…
彼がその本心を打ち明けるとしたら、それは共に歩ける比類無き者。

彼が、認めた者なのだ。



■□■



?どうかしたの?」
「あ、ごめん。ちょっと考えごとしてた」

昨日の会議のことを考えていた俺は我に帰った。
心配そうに同学年の役員が俺の顔を覗きこんでいた。口元に笑みを浮かべて俺は手元の用紙に目を落とす。すげーと思った。跡部さんのあの姿は上に立つものの姿を連想させた。

帝王。

誰がつけたのかは知らないが彼はまさにその通りだと思う。

「さぁてっと…今日はもうこのぐらいにしておくか…みんな、今日はもういいぞ」
「はい」

会長が今日の仕事の終わりを告げた。皆が一斉に頭を下げる。俺も一緒になって軽く頭を下げた。各自が鞄を手にして俺を振り返った。

さん?帰らないんですか?」
「あ…あぁ、ちょっとしたいことがあって…」

少しぼんやりしてしまったようで、今日のノルマが少し残っている

「え! 先輩、残るんですか?危ないですよッ!?」
「手伝いますよ、 さん!」
、オレも残ろうか?」

会長と、他の役員が心配そうに俺を取り囲む。俺は苦笑いをしてそっと首を振る。そんなに皆に残ってもらうような事でもない。

「いいですよ、すぐに終わるんで先に帰って下さい」
「そうは言うがな、 。お前…」
「会長?」
「いや、気を付けろよ?」
「はい」

わしゃりと、会長は俺の頭に手を置いて髪を乱す。

「あ、いいなぁ会長は…」
さんの髪を…羨ましい…」

心残りが有りそうに、何度も後ろを振り返りながら、会長たちは帰っていった。
それから一時間ぐらいして、俺の仕事は一段落した。パソコンの電源を落として、腕時計を見る。七時半…少し、遅い時間だ。外が暗くなり始めてる。俺は急いで鞄を掴んで、戸締りをして生徒会室を後にした。職員室に寄る。生徒会室の鍵は、二つ存在する。生徒会長が持っているのと、職員室にあるものだ。俺が使ったのは職員室のマスターキーの方だから返す必要があった。

「失礼します」

職員室の前の扉の右側に多くの鍵が掛かっている。生徒会室の名札が張られているボックスの中に引っ掛ける。

か?」
「あ、榊先生…」

低い声にびくりとして振り返ると、榊先生がいた。…相変わらず、高そうな服を着ている。ふわりと…なんだろう、香水のような匂いが榊先生から漂っている。榊先生は、音楽の教師だ。俺が選択授業で取ってるのは音楽だから流石に顔ぐらいは知っている。多くの生徒を受け持つ榊先生が俺の名前を知っているのには少し驚いた。でも、良く考えれば、生徒会委員名だかいろんなところで俺の名前は先生方に知られているだろう。

「こんな時間まで…生徒会か?」
「そうです。榊先生は…当直ですか?」
「いや、私は部活の方に少し顔を出してな…」

ああ、そういえば榊先生はテニス部の顧問だった。

…他の役員はどうしたんだ?」

俺の後ろに誰もいないのをみて榊先生が不思議そうにする。

「僕は仕事が残ってたんで…他の役員は皆帰りました」

驚いたように榊先生は俺を見た。確かに、生徒会はみんな徒党を組んで行動することが多いが…。俺は、微苦笑しながら榊先生を見上げた。

「そうか…」

納得したように頷く榊先生に俺は頭を下げる。

「では、失礼します」
「ああ、気をつけて帰りたまえ、

俺は急ぎ足で校舎からでる。生徒会で時間帯が遅くなるときは良くあるけれど、それでも早く家に帰りたいと思う。

「あれー? とちゃうん?」
「ホントだ!!おーい、 ーーー!!」

大きな声に呼ばれて、俺は振り返る。何人かの生徒が交友棟の方から歩いてくる。関西弁…といえば、俺の知っている人では一人しかいない。忍足先輩だろうと、俺は当たりをつけた。ぴょんぴょんと軽やかに近づいて来た岳人先輩が俺に体当たりをかます。

「うわっ!?」
「なんだー? 貧弱だぞ、こんくらいで弾かれちゃ!」

明るい悪気のない笑顔を見せる岳人先輩に、俺も思わず微笑んでしまう。途端、岳人が目を開いて止まる。なんだ?どうしたんだ?

「どうかしました?」

俺の言葉に、岳人先輩はぎこちなく俺と目を合わせる。

「お前… 、その笑顔は反則だと思う」
「は?」

意味が分からなくて、俺は首をかしげて後から歩いてきたほかの人たちを見渡す。岳人先輩と同じように、固まっている人たちがいた。あれ、と俺は思った。忍足先輩の背中から、なにか変な色が見えている。

「忍足先輩…?誰か背負ってます?」
「え…あ、ああぁ、ジローの奴が寝てもな、しゃーないから背負ってんのや」

ジロー?知らない人の名前に俺は思案するが、知らないものは知らない。興味もない。

「そうですか…あ、鳳」
「こんにち…いえ、もう今晩わですね、 さん」

なごむ。としか言いようの無い笑顔で鳳が俺に微笑んだ。けどな、なんか、分からないけどおかしいと思うんだ。その鳳の言い方は。

「なぁ、思ってたんだけど、なんで鳳は俺のこと『さん』付けするんだ?」
「それは… さんは『皇子』であるわけだし…」

思わずいつもより低いとタメ口で俺は、俺より背の高い鳳に詰め寄ってしまう。っていうか、タメ口は同学年だから当たり前だ。なんで…なんで多くの人間は俺のことを普通に呼んでくれないんだ?日吉は俺の名前をちゃんと普通に呼んでくれる。だから、日吉も俺にとって特別。それはとても嬉しいことだから。

「どうでもいいだろ?俺とお前はタメなんだ。普通に呼んでくれよ…」

なんだか、最後のほうは搾り出すような声になってしまった。

さん…!?」

慌てたように、鳳は俺の名を呼んだ。駄目、なのか。ふと、今日の生徒会室での一年役員のじゃれあいの姿が浮かんだ

「バーカ。鳳、お前ら同い年なんだから普通に呼んでやれよ」

面倒くさそうに、跡部さんが言った。

「そうそう、跡部の言うとおりやで?俺らは三年やさかい、そんなに簡単にタメ口を に使ってぇ言うたとしてもなかなか使ってくれへんやろうし…」

忍足先輩も。

「オレは、お前のことを って呼んでる。だから…お前はオレのことを景吾って呼べばいい」
「あ、そんならオレのことは侑士って呼んでや?」
「じゃあじゃあ、オレのことは岳人ー!!」
「阿呆!お前は最初っからそう呼ばれとるやんか!!」
「あ…っ!そうだった…!!」

途端に騒がしくなる。

「つーか、自分が景吾って人に呼ばせるんか?」
「てめぇだって侑士…ああ、まぁ、お前の場合はそっちのほうが忍足よりは言いやすいか…」

俺は三人の先輩たちの顔をまじまじと見てしまう。…帝王とか、その仲間たちの下の名前で呼んでもいいのだろうか?…なんだか、いけない気がするんだけどな…。

さん…」

鳳の声に、俺は隣を見上げる。

「オレのことは…長太郎と呼んでください」
「…まだ、丁寧語なの?」
「…う〜ん、オレのことは長太郎って呼んで?」
「分かった、長太郎…」

言った瞬間、俺の顔は急に温度を増した。自分でも顔が赤くなったって分かる。

「あぁあ?なんで顔赤くしてんだよ、 ?」

跡部さんが聞いてくる。

「あ…っと、その」

上手く言葉が出てこない。

「俺、良く考えたら、誰かのことを下の名前で呼び捨てるのって…初めてなんです」

長太郎と、景吾先輩と、侑士先輩と、岳人先輩が四人で顔を見合わせた。それを見ていて、俺はますますなんだか恥ずかしくなって顔が熱くなってくる。思わず、片手で口元を覆ってしまう。久しぶりだ。こんなに恥ずかしい思いをするのは。

「…そっか、良かったな?」

ふと、優しい笑顔で言った跡部さんに俺は「はい」と心からの笑顔で頷いた。
なんだか、彼等が近く感じたそんな日の出来事。



end 
個人的には凄く好きな夢小説だった。

04 オタッシー!



※このお話の忍足侑士はガンダムオタクです。


忍足侑士。
氷帝学園三年。
テニス部所属。レギュラー。
跡部景吾と並ぶ、氷帝学園の二大美男に数えられる。そんな彼の外見にいちころになる女は多い。頭も良くて、優しくて、テニス部レギュラー、しかも、実家は大病院。
こんな美味しい物件は中々無い。

しかし、そんな彼の趣味が公になることはなかった。別段忍足が隠しているわけではない。
校章ピンバッチが付いているべき襟元に、有名な「黒い三連星」のマークを模したピンバッチが存在感を放っているし、鞄にはさまざまなものがぶら下がっている。しかしながら、ほとんどの女子はそれを見ないふりをする。忍足侑士という、外見が良い男がそういうものにハマるとは思っていない。むしろ、「アタシの魅力で、解放してあげるわ!」ぐらいのことを思われている。

今こそ言おう。

忍足侑士。
彼は、オタクと呼ばれる人種である!!



■□■




「うわぁああー!跡部!あかんねん、やばいねん!」
「…ああ?」

血相を変えて教室に飛び込んできた忍足に、面倒くさそうに跡部は目を向けた。テニスのこと以外は滅多に口を開かない忍足が慌てているのは、自分の愛するキャラクターたちのものをどうかした時だ。それが分かっているので、至極面倒に跡部は投げやりに声を上げるだけだ。

「跡部ー!どないしよう!オレの鞄から、いつの間にかシャア=アズナブルのマスコットがなくなってんのや!」
「…はぁ?」
「『はぁ?』やあらへんがな!オレのシャアが!どっかに行ってもうたんや!」

はぁー…と、跡部は額に手を当てて、深いため息をついた。今、シャアなんとかとかいうマスコットをなくして泣き出す瞬間三秒前といった調子の忍足侑士。テニスの腕に関しては、跡部よりも劣るが、それでも氷帝の選ばれたレギュラー陣の一角としての頂点へ立つ男だ。跡部が贔屓目に見なくても、忍足はカッコいい男とされるだろう。

しかしだ!
跡部は、中学に上がって中二のころ忍足と一緒のクラスになって始めて忍足がオタクという人種なのだと知った。その時の心境は、嘘だろ!?マジかよ!?なんでだよ!?というものだった。
何が楽しくて、二次にしか存在しないものにあそこまでのめりこめるのか…。無口な忍足が、それらのキャラや物語を語りだすときの生き生きとした様子には、跡部は呆れるしかなかった。なにも、二次存在のものに思い入れるのが悪いことだとは思わない。だが、忍足ほどの顔があれば、もっと楽しい遊びというのが出来そうなものだろう…。

『放課後、女と遊ぶか?』

と聞くと、忍足は大抵困ったような笑いをして

『あかん。録画してる再放送を見なあかんねん』

と、つれなく手を振って、イの一番に帰宅してしまう。
付き合いの悪いやつ…とも思うが、実際に忍足が来たとしても黙っているだけで女と話そうとしないだろう。女が嫌い。というわけではないが、大抵趣味の話になって

『ガンダムが好きやねん…』

と馬鹿正直に答えるから、女に、

『えー…なにそれー?新しいガムー?』

と返されて、ムッとして、

『ガンダムいうたら、アニメに決まっとるやろ!なんでガムなんねん!ガンダム言うたら、ロボットアニメの最高傑作やで!!』

…熱く語るのである。それで、大抵の女は引きつった笑いで引く。

「…で?そのシャアなんとかってのがなくしたのか?」
「そうねん!今日、水曜やから部活ないやん?せやから、レンタルビデオ屋寄ってなんか借りて家で見よー思って、鞄を引っつかんで下駄箱行ったら、どこにもついてへんのや!」

わたわたと、跡部の机の上に忍足は鞄を逆さにする。

「…」

どさどさと鞄から落ちてくる教科書やら、漫画本やら、オフィシャルブックやら、マスコットに、跡部は途端に眩暈がしてくる。…どうして、学校までそんなものを持ってくるのだろうか…。

(どうでもいいが、なんでオレの机に中身をだすんだ!?)

「…跡部ー!知らんか?オレのシャア!」
「シャアだか、サァだかしらねーが、オレんとこに聞きにくんな!オレが知るわけねーだろうが!」
「なら、盗まれたんやろか!?」

跡部が席を立って、じろっと忍足を睨む。大体、普通の感性のある人間なら、そんな得体の知れない人形(?)を見つけたらゴミだと思って捨てるだろうが!っていうか、ゼッテェ誰もお前の鞄からなんか盗まねぇよ!!そういってやろうと思って、跡部が口を開きかけた時だった。

「あの、忍足?」

控えめな声が忍足の後ろから掛かった。

「なんや!?今オレは跡部と大事な話してんのや。邪魔すんなや!」

シャアがなかなか見つからなくて、気が立っているのだろうか。忍足は普段は出さないような声で、神経質そうに眉を顰めて振り返った。

「あ、悪ィ…。でもさ、…これ、廊下で拾ったんだけどあんたのだろ?」
「あ!」

忍足は少年が差し出したモノに目が釘付けになる。それこそは、忍足が探してい赤い彗星のシャア=アズナブルのマスコット人形だった。

「良かった。やっぱ、あんたのか」

少し、ほっとしたように息を付いた。それから、少年… は笑顔で忍足を見上げた。

「あんたみたいないい男?みたいなのがそういうの好きってのなかなかいないからさ、あんたのポケットから落ちたときに、すぐに声かけてやらなくて悪かったな」

ぺこりと軽く頭を下げると、 はすぐに廊下へ出て行った。呆然と、忍足は去っていく の後ろ姿と手の中のマスコットを見比べた。

「…オイ?忍足?」
「…」
「…オーイ。お礼、言わないでいいのかよ?」

お礼などと、至極まっとうな言葉が跡部から聞かされるとは有る意味不気味だった。忍足はハッとして廊下へと走った。廊下へ飛び出すと、かなり遠くに の背中が見えた。

「自分!!」

忍足は大声を出した。放課後で、まだ校内にいた生徒は何事かと振り返った。

「自分、ちょい待てって!!」

やっと、 は振り向いた。

「?なんだよ?」
「…ハァ…自分、その…おおきに、な」

いざ、本人を前にして忍足は照れた。照れて、もごもごと口ごもってしまって、それから先が出てこない。

「ああ、別に気にするなよ」

ニコッと笑って、用はそれだけだよなとばかりにまた は背を向けてしまう。

(なにか言わなあかん!行ってまうやん!)

引きとめようとする忍足を無視して、どんどん遠ざかって行ってしまう。忍足はぐるぐるといろんな言葉を頭に思い浮かべたが、

「あ!」

何かを思い出したように、 は声を上げた。

「なぁ、お前にコレやるよ!」

ポーンと、 の手から軌跡をかいて忍足へと投げられた。忍足は手を伸ばしてそれをキャッチした。

「…」
「じゃあな」

今度こそ、 は走り去って行った。忍足は、手の中にあるガンダムキーホルダー(コカコーラーのおまけ)を握り締める。

「…惚れたわ…」

ぽつんと呟いた忍足のうっとりした顔を見た生徒は、見なかったことにして家路へと急いだ。


the end




05 オタッシーU



※このお話の忍足侑士はガンダムオタクです。





黙って窓際に座り、憂いげに本を読んでいる忍足侑士は美少年である。

ただし、読んでいる本が…『機動戦士ガンダム公式百科事典 GUNDAM OFFICIALS』という、クソ分厚いオタク百貨辞典でなければ。
忍足の周りの現実を見据えることの出来る人々はすでに完璧に気がついていた。
そう!!

忍足侑士。
彼は、オタクと呼ばれる人種であると言う事に!!

しかし…その現実を直視したくないもの(特に女生徒)は、現実を逃避してた。

オタク
ヲタク

…果たして、「オ」が正しいのか、それとも「ヲ」が正しいのか。
はたまたは、どちらも正しいのか。

とりあえず、今日もおたく忍足は自分の道を爆走する。それがオタクの道なのだ!!



■□■



「跡部。話があるんやけど…」
「あぁん?なんだよ?」

テニス部のレギュラーともなると、周りの女は放っておかない。
ましてや、氷帝の『帝王』ともなると性格はさておき外見に惚れる女は後をたたず…どこに言ってもキャーキャーと喧しく遠巻きながらも周りに群がってくる。
その歓声を受け入れ、なおかつ必要なときには遮断できるだけの集中力を身に着けている。忍足は両手の人差し指を目の前でくっつけたりする動作…恥ずかしそうに乙女がする動作をしていた。何年か昔の告白するまえの乙女ちっくな漫画の少女のようだ。いつまでも話し出さない忍足に跡部はいいかげんイラついてくる。言うならさっさとしろ、出なければ帰れ!!(忍足と跡部はクラスは違う)


「なんだよ。オレ様は忙しいんだよ。話があるならさっさとしやがれ」
「あ、あんな、跡部…オレ…」

もじもじもじと顔を紅潮させて…息を吸って

「好きや!!」

ボカッ!瞬間、容赦なく跡部が忍足の頭を殴った。パーではなく、グーで。

「痛!なにすんねん、なにも自分、グーで殴ることないやんかッ!」

父さんにも殴られたことないのにッ!と、ちょっと嬉しそうに笑いながらも痛みに頭を抱えて忍足は目じりに涙を浮かべながら跡部に抗議した。オタクだなぁと周りにいた、多少はガンダムを知る人々は思った。

「…誤解される言いかたしてんじゃねーよ、テメェがオレに告ったように見られんだよ、アァ?」
「はぁ?なんでオレが跡部みたいに女王さまで自己中でオレ様でナルで男の跡部に惚れんねん」
「…………テメェ」

周りの人々はいきなりの忍足の告白に水を売ったように静まり返っていたが、それが誤解だと知り、ほっとしたのもつかの間。跡部帝王を恐れぬ忍足のいいざまに、こんどは冷凍庫の中にいるような冷たさが教室に充満した。

「…跡部、知ってるんちゃう?昨日の…子」

やっと本題に入ったか…と跡部は居住まいを正した。

「っチ。…まぁいい。今日は許してやる。お前の初めての初恋だからな…樺地」
「ウス」

サッといつのまにか跡部の後ろに控えていた樺地が跡部の手の上に、手帳を差し出す。

「… 。三年F組。好きなものは漫画。嫌いなものは梅干。そして金持ち」

こくこくと忍足は頷いた。跡部は、金持ちが嫌いってなんだよ…とこっそりと胸中で思った。基本的に氷帝は金持ち学校なのに金持ちが嫌いってなんなのだろうか。

(…まぁ、オレさまにはかんけーねぇからいいけど…)

言うんやぁ…」

うっとりと夢見るように呟く忍足。オタクがうっとりしていたら気持ち悪いだけだが、忍足だと絵になるから世の中、美形は不公平だと思う。



■□■



「あん、な。 、おる?」

消え入りそうなほどの小さい声で、忍足はF組みの入り口近くに立っていた生徒に声をかけた。
男子生徒は一瞬不審そうに忍足を見たが、それがあの忍足だと分かると納得したように頷いて教室に向かって声をかけた。忍足といえば、テニス部のホスト軍団の一人だ。絶大な人気を誇っているに関わらず、忍足が女と一緒にいるところをあんまり見たことがない。
それは、モテない男子生徒にかなり好感を持たせている。

『…だってアイツ、おたくじゃん』

…別におたくが悪いわけではない。



〜?…おーい、 いるか?」
「いねぇよ。 は今日はもう面倒だからどっかでサボるって言ってなかったけか?」

いない に代わって、誰かが言った。

「…だってさ。 探してんの?」
「…もうええわ…」

目当ての相手がいなかったので、忍足はがっくりと肩を落とした。そしてとぼとぼと歩いて帰って行こうとするのを、ちょうど廊下から帰ってきた生徒が呼び止めた。

?僕、トイレですれ違ったよ?」

忍足は復活した。

「ほんま!?ありがとな!!」

そして、トイレを目指した。 はちょうどトイレから出て忍足に背を向けている。

!!」
「…うっせぇなぁ…オレはサボるって言ったじゃ…って、あんた誰?」

てっきりクラスメイトがサボるのを引き止めに着たのかと思って邪険に振り向いた だったが、呼び止めが面識のない人間だと気がついて口調を改めた。そして、困ったように瞬きをした。

(ああッ!やっぱり可愛ぇわ!!)

通常の忍足の美的センスはちょっと疑いたくなるところがある。どう見ても、 は可愛い系の少年ではなかった。むしろ、カッコいい系の人間だ。真っ黒な髪の毛は短めにざっくばらんに切られていて、お前ちゃんと美容院で切ってるの?と聞きたくなる。茶色っぽい瞳は、丸々大きくて可愛いというよりはキツ目につりあがり気味だ。

「…何?」

じろじろと を観察してしまった忍足に、 は機嫌が悪そうに声を上げた。誰だって、知らないやつにじろじろ見られたら嫌な気持ちになる。…ここらへんの機微に忍足は疎い。なぜなら彼は常に見られることに慣れている人物だからだ。学校内しかり、試合中しかり…誰かしらが忍足に注目しているのだ。

「…あっと、すまん。オレは忍足言うねん。自分は…」
「… 。あんた、俺が昨日マスコットあげた人でしょ?」
「ッ…!!」

覚えていてくれた!と忍足は顔を紅潮させてブンブンと頷きながら、照れて下を向いてしまった。…これが女の子のするしぐさだったら、可愛いなぁですむが忍足は男だ。なぜか俯いてしまった忍足に はどうリアクションを取ればいいのか分からない。名前を呼んで引き止めたということは、なにかしら自分に用事があるのだろうが…もじもじしだして、一向に話を切りだす気配がない。

「…………」
「……………………だから、用事ないの?あんの?」

たっぷり待ってやってもなにも言わない忍足にいい加減にイライラしてくる。こんなことをしているうちに、教師が廊下を通りかかったら教室で授業を受けなくてはいけなくなる。 の苛立ちが伝わったのか、ハッとして忍足は顔を上げた。身長差の関係で、少しだけ上目がちになりながら は忍足を見上げていた。機嫌の悪さを表すように、キュッと結ばれた唇。

「…忍足?」

じっと、 の顔の一点を見詰める忍足を不思議に思って、 は忍足の目の前に手を持っていここうとした。

「…っッ…ん」

突然壁に押し付けられて唇を塞がれても、 は何が起こったのか分からなくて、咄嗟に反応を返すことが出来なかった。

「はっ…ふ…」

なんかだ生暖かいものが口の中を這っている。見開いてしまった の目には、これでもか!というぐらいの至近距離に忍足の眼鏡。眼鏡の奥の忍足の瞳が、妖しく燃えている。ゾクリとした何かが背中を伝った。

「…ッ、離せッッ!!」

何が嬉しくて男にキスをされねば為らないのか。 は息継ぎの間に叫ぶと、思いっきり忍足の胸を拳で殴った。

「…ぐッ」

忍足は呻いて から半歩後ろに下がった。


テメェッ!ふざけんじゃねーぞッ!」

は手の甲で唇を拭うと、忍足の胸倉を掴み上げた。顔が怒りで紅潮しているのが自分でも分かる。

「自分、可愛いな。セイラさんみたいに誇り高くて」
「…?」

ニコニコと忍足は何が楽しいのか笑っている。男に向かって可愛いとは、馬鹿にしているのだろうか?大体、セイラさんってなんだ?それって、ガンダムのセイラさんのこと言ってるのか? は少しだけ考えた。

(…分かんねー…)

ファーストガンダムのセイラさんのことを忍足は言っているのかもしれないが、それを に当てはめるのはどうかと思う。どうかと思う前に、そもそも は男だ。

「セイラさんっていうのはな、本名はアルテイシア言うて…」

キラキラと目を輝かせて饒舌にしゃべりだした忍足に、 は待った!と手で忍足の口を押さえ込む。そんなことを切々と語られてもどうしようもない。最近出ているガンダムオリジナルとか言う、初代ガンダムを作者が再構成した漫画を読んではいるが、そんなにマニアックに語られても困る。数学嫌いに対して、意味不明な公式を並べ立てるのと同じだ。

「お前…俺のこと馬鹿にしてんの?なに人様の口に勝手にテメェの唇押し付けてんだよ?あぁ?」
「まさか!馬鹿になんてしとらんわ!オレは…オレは…」

驚いたように眉を潜めて、忍足は真剣な目をして を見詰めた。さぁ、おとこ忍足一世一代の大告白だ。ここで一言、好きだ!ないしは愛してる!と叫ぶのだ!

「オレっは、自分が…ッ『認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを』」
「…は?過ち?」
「こんなときにメールかいっ!」

ハテナマークを頭に飛ばしながらも、どこからか流れてきたシャアの超有名な台詞に は首を傾げる。忍足は折角の告白タイムに水を差されながらもそのままノリツッコミする。普段だったら、メールの着信を伝えてくれるシャアボイスは忍足を幸福にはするが、機嫌を悪くするものではない。ちなみに、他にもガンダム系着信ボイスを忍足は沢山持っている。(日替わりで変えている)

「シャア…謀ったな、シャア!!」

誰も謀ってねーよ…、と は思った。忍足はガルマのようにシャアの裏切りに呆然とすると、ズボンの後ろポケットから取り出した携帯電話を憎憎しげに睨み付ける忍足。
そして、 は改めて確認した。
コイツはオタクだ。カッコいい外見をしているくせに、中身はオタクだ。隠しオタクでもなく、バリバリのオタクだ。しかも、ガンダムオタクだ。
…なぜなら、携帯電話にはどっちゃりとガンダム関係のマスコットがぶら下がっているのを見てしまったのだ。冷静に一歩下がって見ると、上着の襟のところには燦然と輝くピンバッチ。もしかして、コスプレでもするために前髪が長いのだろうか?ジオン軍の制服とかを着てお台場辺りを彷徨っていそうだ。日本の文化に限らず、極まった文化というのはオタクの領域だ。

(別に、オレには偏見とかそういうのないけど…)

自身も漫画は好きだ。暇な時間に漫画本を読んでいる。金がある時は漫画喫茶にいったり購入したりするが、金がないときは立ち読みオッケーの大手古本屋で一日ぶっとうしで立ち読みに耽けたりする。どうやら忍足はさっと携帯の電源を切ったようだ。

「そんでな、話の続きだけど、オレは のことが…」

この後に続く言葉が、自分にとっていい言葉でないことが分かる。

(これが噂のニュータイプ能力かッ!?)

そんなことは間違ってもないのだが、 は天から降りてきたような不吉な予感に背筋を伸ばした。そして…逃げた。

「ちょ…!まだ話は終わっとらんわ!待んかい、 !!」

逃げるが勝ちだ。忍足の声が背中に聞こえるが、そんなことは気にしていられない。

「…オレは自分が好きなんやーーーーー!!」

後ろで忍足の絶叫が聞こえた。廊下にいた生徒たちは一斉に耳をふさいだ。この世には聞いてはいけない言葉があるのだ。
その一言に、 の頭でなにかが弾けた。例えるならそう、全ての感覚が肥大していくような、気持ちが大きくなった。さながら、忍足が聞いたら「ニュータイプの素質が…!」といいそうだ。
くるりと はからだの向きを変えると、ツカツカと忍足に向かって引き返してきた。忍足は引き返してきた を期待を込めた目で見詰めた。ああ、恋する美少年。漫画の一ページに載っていそうだ。
はにっこりと微笑んだ。忍足はうっとりと見とれたが、周りの人々は の微笑みに背中がぞっとした。笑顔のまま、 は思いっきり身体を捻ると忍足に回し蹴りを食らわした。

「ぐぅ…」

の笑みに釘付けになっていた忍足はうっとりした表情のまま宙を舞った。そしてそのまま、背中から壁にぶち辺り、恍惚とした表情のままで気絶した。

「…ナゼ、俺たちは出会ったのかね…」

は動かなくなった忍足を一瞥すると、身を翻して去っていった。その際、廊下にいた人々はざっと のために道を開けた。
人は、このときの状態をただ単純にキレたと言う。


the end
この話も好きだったなぁ…無駄に好評だった思い出があります。


06 


「内村ー…」
「なんだよ、
「明日はさー…晴れるかなー…」
「知らねーよ」
「ま、内村ならそういうだろうね!」

雨のため、今日は校内での筋トレだった。階段を上がり降り二十往復をしたあと、十分休憩して、次は腕立て、腹筋、背筋を各20回×10。その後は、スクワットを50回×2。それがどんなに辛いことかは経験したものにしか分からないだろう。
はペアを組んだ内村に足を押さえてもらいながら腹筋をしている。廊下でしているから、仰向けになっている の目には廊下の窓から外の雲がよく見える。窓を打つ激しい雨の音。

「今、なん回?」
「…背筋16の、19セット目」
「あと…もうちょっとかなー?」

フンフンと、スピードアップした

「… 、そんなに急いだって、どっちにしろ今日は筋トレだけだぜ」
「・・・まーッねッ!…ハッ、でも、早く終わらして帰りたいジャン!球打ちできないなら、詰まんないもんなー!」

切れ切れに息をしながら、 は身を起こした。

「ほれ、次は内村だ。今日はおれとお前が石田・橘さんペアより先に終わらそうぜ!」

内村の腹筋の番になった。帽子をしっかりと被りなおして、内村は仰向けになった。

「それ、1、2…、3」
「…っッフ、 ッ、数えなくていい。オレが自分で数える!」
「ヤダー。おれが数えたいんだもん、ほら、13、14、もっとペースあげろー!」

内村のことばを聞かず、 は数を数えるスピードを速めていく。元来、負けず嫌いの内村は釣られる形で腹筋の速度を速めていく。

「19、20!おし、終わり!次はおれが背筋だ!内村おれの足押さえろ!」
「… …お前、人使いが荒すぎだ」
「なにそれ。おれのどこが。二百文字いないで言ってみ。だったら聞く」
…」
「ほら、これすれば、次はラストセット!橘さんと石田に勝てるぜ!」

額から汗を流しながら、嬉しそうにいう を内村はあんまり理解できない。

…内村も…頑張ってるな」
「…そうですねー、なんであんなに頑張ってるんだか…」
「大体、 はマネージャーだろ?なにもオレたちと一緒になって筋トレしないでもいいと思うんだがな…」
「そらぁッ!背筋終わり、次は内村の背筋に行ってみよー!」

内村は ににこにこ笑顔で反転させられた。

「それは言わないお約束ですよ、橘さん」

石田が橘の言葉を受けて、苦笑する。それに敏感に気が付いたのか、 が振り向いた。

「そうっスよ、橘さん!俺が入んないと、かわいそうに内村がハブられちゃいますよ!」

背筋をする内村の足首を押さえながら、 は橘に首を向けて言った。不動峰のプレーヤーは七名。そして、マネージャーとして が入っている。もし、 がこのような二人一組になってするものに参加しなければ、必ず一人はあまるだろう。そのようなことが起こらない為に が参加しているのだ。

「…なんでオレがッ、フッ、ハブられん…だっよッ!」

苦しい息継ぎの合間に、内村が を睨んだ。

「つーか、絶対そうだっちゅーの。大人しく俺に従ってとっととと背筋終わらせなさいってば」

どこらへんにその確信があるのか分からないが、はっきりと断言するように言われて内村は黙るしかない。

「… ー…別に、ハブルとかはねーと思うぜ?」
「…神尾、じゃあ、お前が内村と組むかよ?」
「…いや、オレは別にそれでもいいけど…」

横で腹筋中の神尾が、話に口を出してきた。

「え、オレやだし。内村ってなに考えてるかわかんないし?神尾が内村と組むのは別にいいよそしたら、オレが と組むし。むしろその方が『リズムにhigh!』とか言って背筋するようなやつより全然マシだし…」

それを遮るように、神尾の足を押さえていた伊武が淡々として言った。そのあまりのいいように、神尾は腹筋の動きを止めて神尾の顔をまじまじとみる。

(むしろ、お前の方が何考えてんのかわかんねーよ…)

「あ、伊武もああ言ってるし、どうする?変わろっか、神尾?」
「…ッ!深司!お前日に日にオレに対して言ってることがひどくなってないか!?」
「…そうかな?オレはいつもどうりだけどね」

首を傾げて、さっぱり伊武は反省の色はない。

「… 。終わった」
「あ、ごめん。終わったの、内村?」

慌てて は内村の足首から手を離した。むくりと内村が、 と向かい合う形で前に座る。

「…お前が数えるって言ったんだろうが!ちゃんと数えるなら数えてろ!!」

そして、怒鳴った。帽子の下から覗く瞳は、怒っていて は首を竦めて謝った。

「…ごめん…内村」
「… 、さっさと終わらしたいんだろ?」
「うん」
「だったらさっさとヤレ!」
「…うん」

伊武と神尾はその様子を見ながら、自分たちのノルマへと戻っていった。


「終わったー!」
「あー…」

筋トレメニューの全てをこなし、 と内村は廊下に転がった。冷えた無機質な床に汗が落ち、ほてった体温には気持ちがいい。


「あ、ありがとー」

内村から渡されたボトルから水を飲む。喉を伝って、身体全体が水分で潤される。

「五臓六腑に染み渡るってこういうことをいうんだなー…」

しみじみと言って、内村に半分ぐらい減ったボトルを返す。返されて、内村は中身にまた口をつけた。ボトルが空になってから、内村はよろけながら立ち上がった。

「今日の一番の上がりは、内村・ ペアだな…」

汗を拭って立ち上がった橘が、二人に軽く微笑みかけた。

「そうでーす!今日は俺と内村が先輩を負かしましたよー!!」
「って言うか、競争とかしてないから勝ち負けとか関係ないぜ?」

内村の突っ込みを無視して、 も立ち上がる。

「んじゃー、俺と内村は帰っていいですか?」
「ああ、構わないが…」

橘が許可を下ろした。まだ、伊武・神尾と、桜井・森が残すところ後少しで終わっていないが。

「よし、帰るぞ内村ーーー!!」

嬉々として、 は内村の腕を掴んだ。

「なんでだよ!?俺はお前と帰るなんて一言も言った覚えがねーぞ?」
「イーじゃん。俺と一緒に帰ろうよー!」
「…まさかと思うが、 。今日傘持ってきてないのか?」
「ギクッ!」
「声に出して『ギクッ』とか言うな!だから今日は筋トレを急がせたのか!?」
「そ、そんなことないって!俺は別に早くうちに帰って六時からのアニメが見たいとか、そんなことは考えてないぜ!?」
「思いっきり考えてるじゃねーか!!」
「しまった!!」

バッと口を押さえるが…その様子は明らかに芝居がかっていた。プッと、近くの伊武が噴出したが、内村は冷たい目で を一瞥して…がっくりと首を落とした。

(どーせ、そんなこったろうと思ってたぜ…)

「はぁー…いいぜ。もう帰ろう…」
「マジ!やった!」

明日はどうだろう。
明日もまた、笑っていられるかはわからない。
だから、今日を大切にしよう。

end
内村が大好きです。(主張)