about


毎度ありがとうございます。
お茶を濁してよパートワンです。……なんかこの話、無駄に長めなんですが…尻切れトンボで力尽きています。

デスノートでパラレル お勉強がメンドイ系


※敗因
神話なんてしらないやい!天使とか悪魔とか調べるのメンドイ!←
載せていたときの題名は「der gefallene Engel 」(落ちた天使)ってやつでしたが、もういいよ。日本語万歳。
※デスノ本編の33話ぐらいからの分岐。パラレル?自分設定沢山。ライト万歳系←これも敗因だと思う。



光よ、あれ。
―――神は言った。



そして、ライト(光)が生まれた。





no.01



「僕がキラだ」


きっぱりとキラ…夜神月は言い切った。
欠けた月に照らされた横顔には薄っすらと微笑が漂っている。
ライトの告白の意味を彼らの脳が正しく理解するまでそれほどの時間は掛からなかった。
捜査員たちは息を詰めてライトを凝視した。

信じられない。という思いが頭を掠めるが、それでもあるいはライトならそうかもしれないと納得した。
前々から僅か5パーセントに満たない確立でずっとLはライトを疑っていたのだ。一緒に捜査を進めるうちに、捜査員たちはライトのさり気無い優しさに触れ「夜神月がキラであるはずがない」と思っていた。
だが…夜神月は捜査員たちを前にして、冗談でもなく、はっきりと言ったのだ。

Lは捜査室として使っているホテルの一室で、彼が「話があるから、捜査員全員を屋上に集めておいてくれ」と電話があったとき、もしからしたらこういう話を切り出すのだろうと予測していた。"第二のキラ"であるミサをキラが己が身を捨て、助けようとするとは思えなかった。
キラは己以外の人間をなんとも思っていない。それは確実だった。罪のある人々も、罪のない人々も、眉一つ動かすことなく死に至らしめる。ある意味、人の精神などとうに越えている。きっと"キラ"は、人を殺してもなんとも思わない。

殺人狂などとは根本的になにかが違うのだ。
Lはキラならば、足手まといにしかならないミサが口を割る前に殺すだろうと考えていた。だが、こうして夜神月ははっきりと自身がキラであると宣言した。

「信じられないかい?」
「いえ。…私はあなたがキラであるとずっと思っていましたので…」

ライトの言葉に即座にLは首を振って答える。ライトがキラである可能性をLはずっと胸に抱えてこの事件に関わってきた。一つでもぼろを出せば、夜神月が"キラ"であると証明することは容易くはないが、理論立てて説明することは出来るだろうと思っている。

「そう?…誰か殺して見せなければ信じてくれないかと思ったよ…レイ・ペンパーに僕がキラだと信じさせた時のように…」
「…レイ・ペンパーはあなたと接触し顔を見たのですね?」

電車の監視カメラに映っていた、レイ・ペンパーが必死で見上げていた電車のドアの向こう。あの向こうにいるのは"キラ"であったはずだ。

「そうだよ。あと、婚約者の南空とかいう女もどこか、見つかりにくいところで自殺しているはずだよ。…どこで死んでるかなんか、僕は知らないけどね」

南空ナオミは行方不明のまだまだ見つかっていない。

「…そうですか」

やはり、とLは頷いた。

夜神月。
彼はどこか不完全なくせに完璧に近すぎる人間だ。子供のような無邪気な表情を見せるかと思えば、冷徹な計算高い一面を除かせる。

「…どうやら、僕の負けみたいだよ」

ライトは肩を竦めると、やれやれと首を振った。
退屈を紛らわすゲームは終わってしまった。結果はライトの負け。自分ひとりだけが"キラ"であったのならば、こんなところで終わるはずはなかった。

たった一つの計算違い。レムの持ち込んだ、もう一冊のデスノートの所為だ。いや…そのデスノートとミサの管理をちゃんとできなかった自分の失態かもしれない。はっきり言って自分以外の人間の命などどうでもいい。

だが、彼女…海砂は女としての傲慢さの中に子供のような無邪気さを持っている。
無心に自分を慕ってくるミサを見てくると、時折、なにか、無性にイラつくことがある。
海砂は邪魔な存在でしかない。彼女を見殺しにしたら彼女の死神が黙っていないだろう。思わぬ誤算だ。死神が人間のために僕を殺すなどと。けれど、全てが思いどうりになる世界なんてどこにもあるわけがないのだ。


…己が神であったとしても。

隣ではリュークが深刻そうな顔をしている。死神の分かりにくいほんの少しの表情の変化を正しく読み取ることの出来るようになってしまったことにライトは鼻で笑った。リュークは口を挟むことなく、大人しくライトの後ろに立っていた。

「…どうしようか?僕はこのまま捕まった方がいいのかな?」

ふむ、とライトは腕組みをして顎に手を掛ける。今までの常に浮かべていた柔和な人の良さそうな理知的な表情はかき消されている。
ライト…月の表情は、いっそ人形かと思えるほどに感情が欠落した無表情だった。ライトはデスノートを放棄するつもりだった。そうなれば、何を聞かれようとデスノートに関する記憶は消える。どんなに責め苦を与えられようと、デスノートについての行動は全てライトの中で再構築され、それが"真実"となる。

嘘ではなく、"真実"に…。だからもし、ここで捕まってしまったとしても何も知らない"ライト"にLが困るだけであった。

「本当に、君がキラなのですね?」
「だからそうだと言っているだろう?竜崎。同じことを二度言わすな」

分かりきったことを確認してくる竜崎…Lに対して、ライトは不機嫌に綺麗な弧を描く眉をあげた。

「どうして…今、この時に正体を明かしたんですか?」

馬鹿なことを聞くな、と思う。
この時…"第二のキラ"として、僕と関係のあるミサが捕まったと聞き、"キラ"の何か手がかりを掴もうとしたのはお前だろう?

「お前は捕まえたかったんだろう、"キラ"の名を持つものを」


まだまだ裁くべき悪人。
この汚れきった世界に閉じ込められた人間ども。
自分がどこに生きているのかも知らずに、哀れに生きている人間ども。この腐った世界を正すためのゲームは終わってしまったようだ。


"人"の作った"法"により、ライトは裁かれるのだろう。


人は人を救えない。
神も人を救わない。

――"救わない"のでなく、"救えない"。

全知全能の神であるはずの神。

しかし…神はなにもしなかったのだ。
神は全能ではなかった。自らが創りたもうたものを、"人間の自由"という免罪符をもちい、その干渉をしなくなった。

子供が玩具を手放すのと同じだ。
気に入らぬものは消し、気に入ったものは手元に置きたがる。ああ、本当に子供のようだ。あなたは残酷で、無邪気で、高慢で…どうしようもない御方だ。


だから…


「…僕の心はあなたの傍から離れたのだ」


ぼそりと、唐突に心ここにあらずの表情で呟いたライトに竜崎は訝しむ。虚ろにどこを見るわけでもなく、漆黒であるはずの瞳が月の姿を映し出してあたかも金色のように輝いている。

ライトの黒いジャケットの裾がはためいた。


神よ。
あなたは何をしてくださったのでしょうか。
あなたはいたずらに僕の心を引き裂いた。
私はあなたにすべてを捧げていた。

…けれど、あなたはなんと残酷な方なのか!!
ああ、神に呪いあれ!!


ぼんやりとした瞳でライトはその場にいる皆に尋ねた。


「…お前らちは神の名を知っているか?」
『……神の名?』
「神…ですか?

リュークは首を傾げる。
竜崎も首をかしげた。

神。
幾つもの名を"人間"によって作られた神。


知っている。
僕は、私は、知っていた。



…神の真の姿を!



ライトの耳に、聞こえるはずの無い始まりのラッパの音が天高く鳴り響く!!

閉じられていたパンドラの箱が蓋を空け、飛び出していく記憶の奔流!!


「…ああ…憎きかの御方!彼の者はすべてであり、しかし名も無き哀れな方よ!」


突如、歌うように叫ぶと、ライトは狂ったように笑い出した。
押し殺すことなく、天へ届くようないは…嘲笑。

ライトは神を嘲り笑った。
偽善者でしかない神を。

それは酷く醜い笑いだった。
それは酷く無邪気な笑いだった。


「…狂った、のか…?」

Lは思った。
これほどの笑いをする者は今だかつて見たことがない。

これは狂人の笑いだ。身を捩り、腹を抱え、涎を溢れ、涙を流し、膝をつき、天へと伸ばした両手。
氷ついたようにLたちは動かない。動くことが出来ない。背筋を伝う冷たい感触は、ライトの狂笑が耳を突き刺すたびに滝のごとく流れ出す。

耳を塞ぎたい。だが、体が時のなかに封じ込まれたように止まっている。
ライトが正気であるはずが無い。竜崎は目を逸らすことすら出来ずに、ただ見詰めることしか出来なかった。両手を天へとさし伸ばし、彼が待つのは一体なんだ?これはなにを表している?


祈りだろうか?
赦しだろうか?

Lは身震いした。
両手を掲げ、何かを天に請うライトの瞳はひどく澄んでいた。


輝く月が浮かぶ闇夜の星ぼしのように。
遥か光さえ届かぬ海底の深遠のように。
全てを見透かすほどの、ライトの光。
それは明るい光ではない。


黒く輝く光。

夜の中でえ、闇の中でさえ、光り輝く黒き光。
それは、狂人の瞳であり、聖者の瞳であった。
だが、美しい横顔に反し、鳴り止まぬ歪な笑いに含まれる狂気に引き込まれる。
辺りの空気が妙に濃厚に密度が高くなり、空間を支配する。

胸の内から何かが引きずり出されるような気がする。

なんだ?
これはなんだ?
これは…。
人ならぬものに対しての………畏怖?



「ふはははっははっはっはははは!!」



笑っていた。
ライトは嘲笑っていた。
生まれ出る全てのものの為に笑っていた。




「ふふ…くすくす…。…。」

ピタリ。と何の前触れもなく哄笑がやんだ。
一瞬にしてなんともいえぬ静寂が場を支配する。

「…リューク。僕を殺せ。今、すぐに」
『………ライト?』


ぽつりと。
ライトが虚空に向かっていった。狂笑を見守っていた死神でさえ、恐る恐るとライトを伺った。Lはリュークと言うことばが誰に向かって放たれたものなのか分からなかった。リュークは困惑した。ライトは言ったはずだ。
「ノートを放棄することでこのゲームの収集をつける」と。

死ぬことは、前提とされていなかった。ミサのように、ライトのデスノートに関する記憶を消すことでゲームオーバーとすると。なのに…死を、選ぶと?わけが分からない。ライトは新世界の神となるために、寿命半分と死神の目の取引を断るような人間だ。それが、自分を殺せと?まだ残っている生を終わらすというのか?


「命令だ。僕を殺せ」


有無を言わせぬ響きがあった。夜神月は無表情でリュークを…Lからしてみれば何もない空間を…見上げていた。ブルリとリュークは体躯を振るわせた。リュークは恐れた。

死神には恐れという感情はない。
死神は死を司るもの。
死ぬことは無い。
死ぬことを恐れたりしない。

そういう風に出来ている。


何者かによって、そう創られている。けれど、リュークは今、ライトを恐れた。リュークは何か見えない手に突き動かされるようにデスノートを取り出した。黒い滑らかな皮で出来た表紙を捲り、真新しいページを開く。震える手が、書く文字は…  



夜 神 月 


リュークは怖かった。今、目の前で無表情に立つ人間が。ライトのことは好きだ。人間という種族の中でも好意的に感じている。楽しいヤツだから、死なすのは惜しいヤツだと常々思っていた。けれど…今すぐに、この存在に消えてほしかった。リュークには分からない。

それが目の前に対する恐怖によって引き起こされる行動であるということを。

「ありがとう、リューク」

名前を書き終わった瞬間を見計らってライトが言った。その途端、なにか、取り返しのつかないことをしてしまったのではないかという思いが悪寒とともにリュークの中に生まれた。


「L、残念だけど夜神月は死ぬよ」


Lに向かい、ライトは微笑んだ。

死へのカウントダウン。

10.
09.
08.
07.
06.
05.




04.



03.


02.

01




00




「そして、全てがまた、始まる」


ドクン!

大きく心臓が脈打つ。
ぐらりと体を傾かせ、夜神月だった人間は冷たいコンクリートの上に倒れた。


心臓発作。
夜神月は死んだ。







no.2









光よ、あれ



神よ。
あなたが私を創った。
私を創り、愛し、奪い、捨て、壊した。

…ああ、どこまでも自分勝手な偽善者よ。




空に浮かぶ月が、色を無くした。

夜神月が息を止めたその瞬間、輝いていた月が黒く染まった。
町の光が落ち、世界が黒に塗りこまれる。
突如として訪れる、真闇。
全ての静寂があった。


夜神月が死んだ瞬間、世界が死んだように沈黙した。




息を殺し、待っている。


――何を?



++





………




「ライト様!神が御呼びになっております」

上級天使の声に、その美しき天使は読みかけの本を閉じ振り向いた。
さらりと頬に流れた栗色の髪に、透き通るような白い肌。

澄んだ天上の泉の色を湛えたような瞳は、アイスブルー。天上界の誰よりも美しい天使。神の寵愛を一心に受ける存在。咲き乱れる花と、木々、広がる泉の上に浮かぶように作られた円柱で支えられた白い天蓋の空間。花は謳い、鳥は飛び、蝶は舞う。

天界の清らかな風景。しかしそれすらも、ライトの圧倒的な輝きの前にはただの背景となる。比類なき、天上界の最高の天使。限りない慈愛と、公平の心、明晰な頭脳をもつもの。

「…分かった。ご苦労だったね、レイ」

ほんの少しだけの微笑。それだけでも智天使であるレイはうっとりとライトの姿に見惚れた。ライトはゆっくりと羽を羽ばたかせるとでレイの前を飛び去った。


「神よ、御呼びに?」


神の間。
ライトは膝をついて神の言葉を待った。全てが白く塗りつぶされたその広間は、ただ、神の光だけが満ちている。かもすれば、息苦しいほどの神の波動に、ライトは平然としていた。
当たり前だ。ライトは、色濃く神の力を受け継いでいる天使なのだから。神が創った最高傑作。見つけた"地球"という星で、一番初めに使徒として作ったモノ。


『…ライトよ』


光の向こうから、姿を見せぬ神が言う。

『…ライトよ、お前を第二天使に降格する』
「!?」

滅多なことでは動揺を見せないライトが、目を一杯に見開いて、光の向こうにいる神を凝視する。ライトの位置は神直属の第一天使。

それは神の寵愛を一心に集める証であり、神に次ぐ力を持っているということである。神を至高の存在。続く第一天使、第二天使、第三天使まではそれぞれ一人づついる。
第一天使はいわば神の分身に近い存在だった。それ以下の第二、第三も力は天使の枠を超えている。天使の枠を超えた神に近い天使。
それが彼ら三人だった。


それ以外の天使は、天使は上級、中級、下級に分けられ、さらにそのなかで三つに分けられていた。

上級三隊に熾天使、智天使、座天使。
中級三隊に、主天使、力天使、能天使。
下級三隊に、権天使、大天使、天使。


ライトは地位には興味はないが、神の一番近いところに侍ることが至上の喜びだった。

神はライトにとっては全てだった。創造主であり、親であり、愛すべきものだった。神に包まれているとき、ライトは我を忘れて喜んだ。初めて身体を開いたとき、神の愛を身体で受けられる己を歓喜した。

神の真の姿を見れるのが己一人だけだということに、喜びで涙した。ライトが第二天使に落とされるということ…それは、神の寵愛が他に移ったということだった。

呆然と、ライトは姿を見せてはくれぬ神に立ち上がって目を凝らした。


『お前にも紹介しておこう。新たなる天使、"misa"だ』


神の声に呼応して、神がいるであろう光の中から人影が生まれた。細い小柄な肢体に、きらめく亜麻色が背中で脈打っている。


「初めまして、ライトさま。」

いまだ微動だにすることの出来ないライトの眼前まできたその天使は、顔を赤らめながらライトに恥ずかしげに笑いかけた。ライトよりも頭一つは小さな天使。華奢な、今にも壊れそうな細い肢体。

『よい、ミサ。お前はライトよりも上級。尊称などつける必要はない』

背後からの神の声に、戸惑ったようにミサと呼ばれた天使は顔を曇らせたが、次の瞬間には、誰もが可愛いと思うような笑顔を浮かべた。


「ライト!私はミサだよ。よろしくね!」
「…」


ライトはミサを見ていなかった。ミサの背後の光だけを見詰めていた。返事を返してくれないライトをミサは不安げに見上げた。

『ライト。返事をしたやらぬか』

神の声に、操り人形のようにのろのろとライトは口を動かした。

「私は、…ライト」
「嬉しい!これで私たち、お友達になれるよね!」


はしゃいだ様子でライトのだらんと下げた手をとってぶんぶんと振り回した。
小さな子供のような血の通った暖かい手。血の流れていないようなこの身体は、神に抱かれているときにしか熱くならない。ライトは自分の細いが骨っぽい手との違いに愕然とする。ライトは改めてミサを見下ろした。そして、やっと気がついた。

完全な女性型の天使。
天界の天使は、主に男性、もしくは無性しかいなかった。

"地球"には、女性と呼ばれる形態をした人間がいることは知っていたが、ライトは実際に見たことはない。人間のように男と女が対をなし、なにかを生み出すことはない。新しい何かを創ることは神にしか赦されない特権だった。ライト自身は中性ではあったが、他の天使たちと同じように外見は限りなく男性型に近かった。ミサのように胸も無ければ、声も女性のものではない。見た目は限りなく女性に近い中性というものは天界にはいなかった。皆が程度の差こそあれ、男性体の外見を色濃く持っていた。

神は…女性型を作ったのか…ライトはぼんやりと考えた。

『ライトよ、お前には火星衛星の管理を任そう』
「…それ、は…どういうことでしょうか…?」

震える声で、ライトは聞いた。

『言葉のままだ。お前には火星衛星についてもらう』

その言葉は、天上界からの追放に等しかった。これが、月衛星に行けと言われたのなら、まだ我慢しよう。"地球"においての月衛星の役割は大きい。しかし、火星は…ただの、荒れ果てた赤い荒が広がっているだけだ。ライトは息を呑んで震える声で聞いた。


「…神、よ。私…僕は…いつ、帰ってきてもいいのですか…」
『……私がいいと言うまでだ』

突きつけられたのは、冷たい言葉。
事実上の追放宣言。第二天使などと大層なもの地位であっても。神はライトに興味をなくしたのだ。火星に行き帰ってこれる確率など、少ない。

ああ…僕は捨てられたんだ。

胸いっぱいに失意が波及していく。立ち尽くすライトの腕には絡みつくようにミサが立ち、心配そうにライトを見ていたがライトの視界には入っていなかった。ライトの顔をから動揺が消えた。心が氷のように冷えていく。完璧に作られた造詣が、彫刻のようにかたまった。

――ただ、一筋の透明な涙がライトの瞳からこぼれた。

呆然とライトを見上げるミサを跳ね除け、ライトはくるりと踵を返した。磨かれた廊下に響き渡るライトの足跡は遠のく。



…遥か、遥か火星衛星にまで。





++





天界に雷のような速さでライトの火星衛星への派遣は伝わった。
天使たちはいたるところでその話で持ちきりだった。第一天使のライトといえば、そのあまねく美貌と限りない慈愛で全ての天使たちの憧れの的であった。

誰にでも優しく笑い、神を語るときのライトは愛に溢れ、輝いていた。位の低い天使たちはライトの姿を近くで見たいがために進級試験を受けるものもいるほどだった。
神への敬愛に近い尊敬を天使たちはライトに向けていたのだ。

「…まさか…そんな馬鹿な!ライトさまを追放するだと!?」
「おい、レイ。神は追放なんていってないだろう?位置だって、第二天使で一つ位が下がっただけだし…」
「うるさい、!お前だって分かっているだろ!火星衛星なんかに派遣するなんて…追放と同じことだ!!」


話を聞いた智天使レイは憤って声を荒げた。慌てて同席していたフレディはレイの口を押さえた。レイは普段は大人の落ち着きを持っているが、ことに尊敬するライトの話になると箍が外れることがある。フレディは呆れると同時に、そこまでレイという天使を人格的に惚れさせたライトに感服する。フレディとてライトの圧倒的な存在感と頭のよさには脱帽する。流石は神の寵愛を込めて創られた第一天使だと思う。

我々のような多少は個性の違いを与えられ、自ら動くことの出来るようには創られているが、いざというときは"絶対服従プログラム"が発動される大量生産された天使たちとは違ようだ。


「まぁ落ち着けって、レイ」
「…これが落ち着いていられるかよ!ライト様が火星に行ってしまったら、私は誰を目標に進級すればいいんだ!?」

レイの感心は神よりもライトにあるようだった。確かに天使たちにしてみれば姿を見たこともない"光の神"よりも、姿のあるライトの方によほど親しみを持っている。誰ででも優しい至高天使。

しかしフレディは、そのライトの誰にでも平等の優しさが『誰も特別なものがいない』ということを表しているような気がしてならない。フレディはがしがしと己が銀色の髪を掻いて言った。

「なんでも、新しい第一天使を創ったんだろう?…ライトを降格させてまで、第一天使にすえるとは…どんな可愛い子ちゃんなんだろうなぁ?」
「お前の頭にはそんなことしかないのかッ!ライトさまの心情を考えてみろ!」


憤慨したレイに胸元を掴まれてガクガクと前後に揺すられてもフレディは言葉を濁すしかない。いくら天使たちがライトの火星衛星行きについて神に意見しても、神の発言を取り消すことは出来ないだろうし、だったら、新しい第一天使に対しての興味のほうが湧くというものだ。気楽な性分であるフレディは新しいことが好きだった。レイは気分を落ち着かせようと深呼吸をした。

フレディなんぞを揺すってもなにも自体は好転しない。

ああ、かわいそうな美しきライトさま!いかに心情をいためていらっしゃるのだろうか!!そこまで考え、レイははたと思いだした。


「そういえば…第二天使…いや、今は第三天使に降格された彼はどうしたんだろうな?」
「さぁなぁ…彼も結構ライトさまに執着してたから…」






++




「なんてことだ!!ライトを、火星に行かせるとは!」
「落ち着いてください、"eru"」

エルは興奮のあまりに羽を激しく羽ばたかせた。辺りに飛び散る羽を拾い集めながらリーはエルを落ち着かせようとする。

「…なんてことだ。本当に…ライトを?あのライトを火星に送るだと?」

ギリりとエルは爪を噛んだ。

「止めなさい。エル。爪の形が悪くなりますよ」
「…火星だと?あんな辺境…ライトに相応しくない!!」


リーの声にも耳を貸さず、エルは感情のままに声をだす。

ライト。
神の一番の寵愛を受けるライト。神のヒカリをそのままに表す、天上の光の天使。
ライトは神を心から愛していた。それは、傍で見ていたエルが一番よく知っている。完璧なように見えて、どこか脆いガラス細工のような繊細さをもつライトはいつでも神の意思に沿うように行動してきた。
神に尽くし全てを神の御心のままに…。


それは全て、神によって一番愛されているからできることだった。神がライトを愛していると思ったから、エルもそれを許した。

忘れ、神の寵愛にライトがおぼれる事を。しかし今、神の心が離れたライトが、どのように心を痛めるか…エルには想像することも出来ない。


「…けれど、私にはどうしようも出来ないッ!!」


例え、自由意志を授けられた三天使の一人でも、神やライトとは"力"の差が大きすぎる。
エルは神に逆らうことはできない。

神…神が!!
あの遥か過去の日に、あの残酷な神の仕打ちに一度心を壊されたライト。


そのことを忘れ、今はただ神の愛だけを信じていたライト。
…ああ、一度は手にいれるために壊し、今度は手放すために壊すのか!!



神よ!!

「神が…、神さえいなければ…!!」


何も出来ない自分を歯がゆく思い、エルは唇をかみ締めた。
きつくかみ締めすぎた唇は切れ、血が滲んだ。




no.03

※天界にいるのは本来、無性と両性と両性具らしいですが、、天界にいるのは無性と男性にしました。







神よ、

捨てられた…。

僕は捨てられたんだ。




身を丸め、ライトは嗚咽を漏らして泣いていた。
胸を引き裂かれるような悲しさ。

とどまることを知らぬように、涙が身のうちから溢れ出してくる。いっそのこと、殺してくれればいいのだ。僕のことをいらなくなったのなら。あなたに一番に愛されていないのなら、生きている意味がない。神に捨てられて、火星へ送られ、どう生きていけと?

愛しているのに。今でもこんなにも神を愛しているというのに。遥か遠いい火星から、貴方の寵愛が彼女に移ったことを笑って祝福しろと?

――殺してくれ。誰か、僕を。

心が壊れていく、粉々になって。絶望が心を覆っていく。自分から死ぬことは出来ない。天使は死なない。


「うぅ…」

こんな思いは、二度としたくなかったのに。

二度と?
何を考えているんだ、僕は。こんな思いをするのは始めてじゃないか。…いや、違う。この思いは初めてではないとココロのどこかが悲鳴をあげて訴えている。


(ああ、そうだ…)

何を自分が考えているのかも、ライトは朦朧とした意識の中で分からなかった。。
無意識の中で、ライトは思った。

……遠い昔。あの時…愛する者は失われたはずなのに…と。

『…ライト』

泣き疲れ、いつの間にか眠ってしまったライトの耳朶をくすぐる冷たい声に、ライトは長いまつげを震わしながらゆっくりと瞳を開いた。


混じりは赤く染まり、幾分腫れぼったい目をこすり、虚ろな焦点の合わない瞳を向けた。
顔の下のシーツは涙を吸って湿っていた。

ベットのすぐ横に足が見え、誰かが立っている。


――誰だろう。


誰も、ライトの許しなく寝室まで入ることは許されないはずなのに。
ライトはのろのろと顔を上げた。

そして、目を見張った。それは、とても美しい天使だった。切れ長の瞳は見る者を引きずり込むようなディープ・ブルー。頬に掛かる艶やかな髪は何者にも染まらぬ漆黒で、光を反射している。
目、鼻、口…全てが絶妙な具合で配置され、これ以上の美しい美貌をライトは今まで見たことなかった。見とれるライトを見て、天使は目を細めた。


誰だろう?
ライトは回転の遅くなっている頭で彼を凝視した。その美しい人を、自分はいつも見ているような気がした。誰かに似ている。鏡を見ているように似ているけれど、全てが違う。それは不思議な感覚だった。近くて、近くて、とても遠いい…。

『ライト』

美しい天使がライトの名を呼ぶ。ライトはなぜか胸が締め付けられる想いだった。
この人は誰だ?

(知らないはずだ)

そう、僕は知らない。

(…知らないはず、だ)
『…ライト?』


反応を返さないライトに、不思議そうに彼は手を伸ばした。その手から逃げるように身体を竦ませた。


『忌々しい神め…どこまで、僕たちを引き離すのかっ…』
憎憎しげに天使がはき捨てるように言った。
「神を侮辱するな!!」

ライトは反射的に声を荒げた。神を侮辱することなど言語道断。誰もが神を敬愛しなければならないのだ。神に創造主であり、彼に間違ったことなどひとつもない。ライトはそう信じていた。
…いや、思い込まされてた。

すると、美しい天使の顔に怒気が走り、さっと手を斜めに振った。壁に亀裂が空間が振動した。ライトはその怒りの<負>の気の発現に怯えた。悲しげに眉を寄せ、ライトを見つめる天使の傷ついたような瞳に当たってなにも言えなくなる。


『…神も、随分厳重なプログラムを入れたものだな』

――僕の顔を見ても、思いださないとは…。
額に手をやり、やれやれと首を振ると、彼は呟いた。ライトはじっと彼を見つめた。ライトは彼に対して怯えた。
『ライト…思い出せ、僕を』

「…知らない。僕は君なんか知らないよ…」

弱弱しくライトは抵抗するように首を振った。天使はため息をついた。仕方がないと、ライトの顎を掴み上を向かせる。ライトは身を強張らせる。

『ライト、僕の名は…』

美しい天使の顔面が、ライトの瞳に大写しになった。近くで見ると、ますますその美しさが分かる。しみひとつ無い滑らかな白い肌。思わず触ってみたくなるほどの…いや、触れることすら躊躇われるほどの冷たい貌。
深い青に絡め取られ、ライトは恍惚となって彼に見惚れた。
形のよい桜色の唇がつり上がり、ライトの耳元で甘く囁く。
甘い甘い毒を。


―――kira、だよ。





++



ライトは何も持たずに身一つでステーションゲートへと来た。火星衛星でも、必要なものは揃うので余分なものを持って行く必要を感じなかった。ステーションへと着くと、誰にも出発する日を告げていなかったにも関わらず多くの天使たちが見送りに来ていた。ライトは驚きに丸くしたが、すぐに優しげな笑顔で彼らに手を振った。

幾分やつれた気もするが、笑っている顔は無理をしているようには見えない。

「ライト…」
「エル」


背後から声をかけられてライトは振り返った。なじみの天使の姿にライトは微笑んだ。エルはまず、ライトが思ったほど落ち込んでいる様子がないのに安堵した。

愛するものと離れたときの彼の慟哭の仕方を知っている。


「…元気そうで、良かったです」
「僕が泣いてると思った?」
「ええ。…あなたが泣く姿は、もう二度と見たくなかったので…」
「ははっ。エルまでわざわざ見送りに来てくれたのか?驚いたよ、こんなに沢山の天使が来てくれてるなんてね」
「ライトはみんなの憧れですからね」


和やかと言える会話には、下位の天使たちは割り込むこともせずに遠巻きに見守っている。

「ライトぉー!!」

聞き覚えのある丸みを帯びた甲高い声にはっとして
ライトは天を見上げる。空を飛ぶ天使たちの中から、ひとわき大きな白い翼を羽ばたかせて降りてくる小柄な天使が見えた。

「ライトっ!!」
「うわっ…」

急降下してそのまま抱きついてきたそれに、ライトは受け止めながらもよろめいた。愛らしい顔を涙に濡らしてミサがライトに訴える。

「ライト!行っちゃ嫌だよ!」
「ミサさま…」

ライトは困ったように首を傾げ、エルに助けを求めるように視線を投げかけた。エルはそれに気が付いたのか気が付いてないのか分からないが、指を銜えながらちょんちょんとミサの肩を叩いた。ライトはそっとミサを身体から離すように押し返した。


「ミサさん?」
「ライト…誰?この人」
「第三位天使のエルです。初めまして、ミサさん」
「あーー!知ってる!へぇ、貴方がライトの次に力ある天使なの?」
「ええ、そうです」
「ふーん…」


ミサはじろじろとエルを眺め周し、ライトの腕に身体を絡めてにこりとライトを見上げた。


「でも、やっぱりライトには適わないね!!ライトの方がカッコいいよ!」
「ミ、ミサさま?」

にこにこと無邪気に言われて、どう反応を返していいのか分からず、ライトは持て余したようにミサの名を呼ぶ。すると、ミサはぷくぅと頬っぺたを膨らまして眉間に皺を寄せた。


「ライト、私のことは"ミサ"って呼んで!」
「しかし…それでは他の天使に示しが付きません」
「いいの!私が良いっていってるんだから!ミサって呼んでくれないと、ライトのことライトさまって呼ぶよ!」
「そんな…」

押せ押せなミサにほとほと困り果てて、ライトは困惑を強くする。


「まぁ、良いじゃないですか、ライト」
「エル…」
「私もライトのことを呼び捨てですし、ミサさんのことを呼び捨てにしてあげるくらい」
「そうそう!貴方いいこというね。でも、ミサのこと呼び捨てにしていいのはライトだけだよー」
「…はぁ…」


どこまでも天真爛漫なミサにライトとエルは少し疲れた。


「ライトさま。出立の準備が出来ました」

と、背後から控えめに声をかけられてライトは頷いた。

「ああ、ありがとう」

を言い、ライトはエルとミサに向き直った。

「では、さようなら」
「ライト…ちがうよ。またね、だよ」
「そうですね、また」

…そんな日がくるのか分からないが。
卵のようなポッドの中にライトは身体を横たえた。

人一人が入れるほどの大きさのポッドは全方位透明なので瞳を閉じ、眠るようなライトの姿が良く見える。


「ライトー、ライトいってらっしゃーい!!」


傍でミサが大きくライトに手を振っている。
目をつぶっているライトには見えぬのに。


シュー…
蓋が下がり、閉じる瞬間。
ライトの唇が動いた。エルの瞳が見開かれる。ポッドの蓋は閉じられ、透明だった外装は銀色へと変化し、密封がなされた。そして、天高く天空から宇宙区域へと排出された。

ポッドは光速の軌道をかき、一瞬にして見えなくなる。天使たちがライトの出立を見届け、去っていく中、エルだけあその場から動くことが出来なかった。リーが行きましょうと促しても、地に根を下ろしたように動かない。
不審に思ったリーが肩を掴もうとしたとき、エルは唇を震わせて言った。


「…な、ぜ?」

エルは呆然として呟いた。リーは、なににエルがそんなに驚いているのか分からない。


「なぜ、その名を…?」

忘れたはずだ。彼の名に関係するものは全て廃棄されたのだ。彼を失い、ライトは壊されたのだ。ほかならぬ神によって…。
その名をなぜ、ライトは口にしたのだ?






++




―――キラ、だよ。


知らぬ名だ。
知らない。僕は、そんな名前は知らない。ぎゅっと胸元を押さえて、ライトは首を振る。キラと名乗った天使は、きっと眦を吊り上げた。


『これでも分からないというのか?ふざけるなよ、あの偽善者め!!』


激しい怒りにキラは顔を赤く染める。
その怒りの表情さえも、キラの美貌を美しく彩るに過ぎない。


『ライト、僕の名を呼べ』
「いや…だ」
『呼べ』


いやいやをするライトに容赦なくキラは言う。
その命令に従うように、キラは口を開く。


「キ…」



言え。
言うな。
思い出せ。
思い出すな。
彼は知っている人だ。
彼は知らない人だ。
心の中を飛来する矛盾した考え。


『ライト』


さぁ、とキラが先を促す。
彼が深い青の瞳をしっかりとライトに合わせた。
その瞳に引き込まれるようにしてライトは最後の一線を越えた。





「キ、ラ」




それがキーワードだった。
ライトは突然襲ってきた
頭の中で警報がなる。
ガンガンと何かを思い出そうと、ココロが動き出す。


誰。
誰だ?
僕の心の奥底にいる人。
身体の細胞が悲鳴を上げる。

体がばらばらに崩れていく。


『ライト』


低く僕の名を呼ぶ神の声。


違う、神よ、あなたじゃない。
僕の隣にはもっと近いものがいた。
僕が愛した。

そして愛されたものが。
愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる。
僕の全てをかけて、あなたを愛している!!!



「嫌だ、助けて」


怖い。怖い。
知らない激情に支配され、ライトは頭を抱えて悶える。


「思い出せ、ライト。僕のことを」


それは怒りの中に切なさを含んでいた。
キラはライトの身体を力の限り抱きしめる。


(――お前の痛みは、僕の痛みだ)


奪われた。
僕の愛しかったひとは神によって奪われた。

共に食べたりんご。
二人であわせた手のひら。
微笑みあった、幸せな時間。
記憶の深淵に沈んでいた記憶。


キラ、キラ、キラ!
どうして僕は忘れていたんだ?
壊れていた、粉々に砕けて、拾うことさえ出来なかったココロが戻っていく。
欠片がぴったりとあるべき場所へと戻っていく。
すげ替えられて歪になっていたものが正常な形になっていく。

長い苦しみが終わる。
……そうだ、そうだった。


僕らは離れられない存在だった。
ゆっくりとライトは頭から手を離し、自分を抱きしめるキラを見つめた。
ライトの澄んだ青とキラの深い青が交差する。


「「…そう、僕たちはひとつだった…」」


no.04

※キラ×ライトがメインCPなのです!!でも、たぶん親愛だと思う…半身的な。

なぜ、忘れていたのか




「「…そう、僕たちはひとつだった…」」


わたしあなた


きみとぼく
たいようとつき
おもてとうらがわ
ひかりやみ

ふたりひとつ











夜神月の身体が冷たいコンクリートの上に倒れると同時に、雲に月が隠れた。
歪な暗黒が星々の頼りない光すらも覆い隠す。
そして、世界のありとあらゆるものが光を失った。

家でくつろいでいた者は突然の停電に慌てずに、こんなこともあろうかと用意していた懐中電灯の光をつけようとしたがスイッチを押しても何も反応がない。

地下鉄で帰宅途中だったものは、携帯電話の画面開き電灯の代わりにしようとしたが、画面は暗く沈黙するばかりで光はつかない。
充電が切れたのかとも思ったが、それはありえないと首を振る。つい先ほど見たときの充電は三個残っていた。
ならばなぜ?



世界は今、ライトを失い闇に包まれた。


星星さえも息を潜め、待っていた。
闇を切り裂き、新たなる煌きが生まれるのを。


キラめきが現れるのを。

光よりも眩い闇が現れるのを…。

唐突に暗き天を裂き、一筋の光が漏れた。
ほんの微かな針のような一点に過ぎなかったそれは、徐々に大きくなっていく。
ぽっかりと真闇に浮かぶ、満月の円形サーチライトのようなヒカリはただ一点にのみ降り注ぐ。



光<light>。
あるべき、ライトの身の上に。
舞台の上の死んだ主役を照らす光の道を、


ふわり、


辿り、堕ちてくるのはなにか?

ふわり、


空気よりも軽く、

ふわり、

光を練り縒った、


ふわり、



その、


ふわり、



白き一枚の羽は、

地に倒れ伏したライトの指先に舞い落ちた。



吸い込まれるように消えていく白い羽。
瞬間。
あたりを埋め尽くしていた隙間なき黒き闇が、嵐の如く吹荒れる!


「…くっ!!」


咄嗟にLは顔面をかばうように両腕を交差ささせた。
腕を掠っていく何かが皮膚を切り裂いていく。


(なんだっ?)


ピリピリとした痛みに、Lは腕の隙間から薄めを開けて向こう側の空間を見、驚きに目を見開いた。
そこにあったのは黒き闇色の羽の乱舞だった。

暗闇は、全て無数の黒い羽の集合体だったのだ。

光に少しでも触れると、氷のようにたちまち溶けていく。
何を自分は見ているのか?

わけが分からない。


Lは、その明晰な頭脳を持ってしても分からないことに頭の中がぐちゃぐちゃになる思いを味わった。
熱に蕩けていくチョコレートのように。

度重なる、不可解な現象。
常識と言う範疇をすでに超えている。


常識とはなにか?
普通とは一体?
世界は、果たして本当に存在しているのか?


分からない。
分からないが、今、間違えなく私を超越した事象が起こっている。

この時、エルは腹を括った。
もう、何が起きても驚いてやるものか、と。
ぎゅっと、一度強く瞼を瞑り、再びLは切り裂く羽の中で目を開いた。



「…!?」


そして、先の決意もむなしく、Lは驚いた。

闇の中、光の道の上に浮かぶ姿。
黒き羽を背に生やし、俯いた顔には濃淡が色濃く輪郭を浮かび上がらせる。
浮かぶ…。

そう、"彼"は浮いていた。
地面から離れて羽を広げ。人間は宙に浮くことなど出来るわけがない。


Lは思う。


"彼"は誰だ?





++



リュークは、ぶるりと身体を震わせた。
或るはずもない体温が、一気に冷えていくようだ。

今、見ているものはなんだ?


夜神月は死んだ。

他の誰でもないオレが殺した。
死神のデス・ノートに震えた指先で一言一句間違わずに名前を書き込んで。

リュークはギョロ目を瞬く。
死神の目が鈍く輝き、地面から浮かびあがった"彼"の姿。


"彼"は誰だ。
いや、姿形だけを見れば、"彼"は夜神月の姿をしている。


地に伏していたはずの彼が、背から大きな羽を生やし、俯きがちに浮いているのだ。


人間は羽は生えない。
人間は空を飛べない。
人間は死んだら生き返らない。
それらの人間像をことごとく裏切り、大きく黒き翼を背から生やす"彼"。

このような状態をしたものを表す言葉を、ひとつだけLは知っている。
天使。

…いや、悪魔か?

ごくりと、想像上の生物に過ぎないものの姿に、Lは喉を鳴らした。だってほら、夜神月の姿をした者の生命時間はゼロが並んでいる。



リュークは、ただ起こっていることに瞬きを忘れて見入っていることしかできない。ライトと同じ貌をした彼の背から生えているのは黒き羽。死神にも取り出し可能な羽が生えているが、羽毛のような羽は、死神が持つものではない。死神は蝙蝠の羽のような膜状のものが常である。

…いや、リュークはただ一人、羽毛の黒き翼を持つものを知っていた。でも、あの御方が人間界にいるわけがないのだ。

なぜなら彼は…神が悪魔達を封じた氷地獄<コキュートス>の氷柱に閉じ込められているはずなのだから。





++



ゆっくりと…"彼"の睫が震え、瞳が開かれる。

―――ああ、彼はライト君とは別人だ。
Lはすとんとその事実を受け止めて、ほっとした。

なぜなら、ライトは、優しげな茶色の瞳だ。
――"彼"の瞳は、深い青の瞳だ。

ライトは、柔らかそうな亜麻色の髪だ。
――"彼"の髪は、艶めいた漆黒だ。

そして、こんな風に、酷薄な笑いを口の上に乗せたりはしない。
そう、彼は…例えるなら、今、私の前にいるのは…


―――神になろうとした、キラ、そのものだ。



夜神月と同一人物であるはずの"彼"。


髪の色と、瞳の色さえ抜かせば、何一つ違いない他の全てが同じはずなのに、青年から受ける圧倒的な違いはなんなのだろうか。
夜神月を知っているものが見たら、誰もが「彼は夜神月だ。けれど、違う」と言うだろう。全てが同じであるに関わらず、漆を刷毛でひと塗りしたようなそんな艶を放つ。


ふぅ…。

花を揺らすような緩やかなため息を夜神月の姿をしたものは吐いた。鬱陶しげに彼は自らの前髪を掻き揚げ、ちらりとLの姿を認め、皮肉気に眉間に皺を寄せた。表情が動いた、ただそれだけで人形のように整った貌に、血が通ったように見えた。


『…まさか、お前とまた会うとはね、エル』

物憂げにその髪を掻き揚げつつ零された声は、ライトと寸分たがわぬように聞こえた。けれど、どこかライトよりも低いと思うのは、なぜだろうか。彼とライトの違いといえば、柔らかそうなライトの亜麻色に対し、闇のような漆黒の髪。…Lは彼が久しぶりに会ったような言葉を投げかけてくる"彼"に疑問を感じた。

夜神月とは捜査本部で毎日のように顔を合わせていたから、今更「また」と言われるようなことはないはずだ。

『Lebst du noch?(まだ生きていたのかい?)ライトの周りをうろちょろしているのか?エル?』


自分の名であるはずなのに、夜神月は"ライト"と、自分自身を呼んだ。

おかしい。
自分のことを"ライト"などと普通呼ぶか?

Lは、じっとライトの姿をした別の彼を大きな目で凝視しつづけた。さも親しげに、けれど憎憎しげに語りかけてくる彼はどこか懐かしいものでも見るように眼を細めた。

『変わらないな。昔と…。記憶を失っても、ちょこまかとライトの傍にいるとはね…』

嘲るように肩を竦め、"彼"は、冷たい目をLに向けた。その瞳の冷たさに、流石のLも押される思いがした。

『何度言ったら、お前の愚かな頭で分かる?ライトは、オレのものだ。例え、神であろうと、オレとライトの仲を裂くことは出来ない…そう、神さえもな!』

最初は含みを持って諭すように語り掛けていたのが、最後の部分で激昂した。

キラはギラリと天を睨んだ。まるで、はるか遠くからこの光景を見ている神に挑むように。


(どういうことだ?彼とライトは別人なのか?二重人格?)

ライトはオレのものだ。

と言う言葉は、明らかに"彼"と"ライト"は同一ではない。と言うことを表している。"Lは、最初に感じたまるでキラそのもののような"彼"を"キラ"として整理することにした。夜神月は二重人格で、本人格の"ライト"と"キラ"がいたのではないか?可能性のひとつとして考えていたあまり信憑性にかける、「無自覚での殺人」というものがこの場合は当てはまることが出来るようだ。
ふと、キラが背後の虚空に目線を向けた。

『…ああ、ごめん。お前のことを忘れていたよ』

凍りついたような声に、優しい熱が加わった。誰に向っていっているのだろうか。とリュークとLは訝しげに眉根を寄せた。


『もう少しだけ、待て。"ライト"』


どうやら彼は目に見えぬライトに向っていっているらしい。

リュークとLは、彼が明らかに視線を固定して見ている場所に目を凝らした。二重人格の場合は内に話しかけることはあっても、こうもしっかりと、まるで本当に"見ている"ように誰かに語りかけるのは珍しいといえた。Lは何も見えないのでさっさと目線をキラに移したが、リュークは目を丸くしてその場所に見入った。

しかし、リュークには、キラが見ていた場所に薄っすらと、浮かび上がっている淡い輪郭が見えた。ふわりと、軽くキラの体の肩に手を乗せ、困ったようにしながらも嬉しそうにキラの耳に耳打ちするライトの姿を…。ライトはリュークの視線に気がつき、小首をかしげて微笑んだ。


リュークの顎は外れた。
あれは…ライトだ。ずっと、リュークが付き添っていたライトだ。

けれど、今まで傍らで感じていたどこか黒々とした純粋すぎるほどの邪気がない。もともと、夜神月という人間は自身の利己(最終的には新世界の神であったが)の為にデス・ノートを使っていたのではない。その心にあったのは、紛れもなく世界の犯罪に対する痛いほどの純粋な嫌悪であった。

幽霊のように見える"ライト"。彼は、デス・ノートを受け取る前のライトに一番近いようだった。

『…リューク、と言ったな?』

キラが言った。リュークは、ライトから目を逸らし、キラを見て、しっかりとキラに己の姿が見られていることを知った。また、Lは己の姿を完全に無視されたことを分かった。


(リューク!また、リュークと言った!それは誰だ?この場に、私とキラ以外の人間がいるのか!?)


Lは先ほどから夜神月が"リューク"と言ったときに夜神月は心臓麻痺を起こしたように倒れた。
リューク。それは名前か?なにを表しているのか?

ふと、『えるしっているかしにがみはりんごしかたべない』という言葉が閃いた。


(死神!目に見えぬ死神がいるとでもいうのか!この場に!)

湧き上がってくる言葉。けれど、声を出すことが出来ない。言葉を封じられているようだ。


『リューク。ライトを連れて一度、死神界へと戻れ』


こくりとリュークは操られるように頷いた。
ふ、とキラは微かな笑みを零した。元が鋭利な印象がほころぶのは、とても貴重な一瞬を見たような気がしてリュークとLはしばし呆けた。キラが両手を広げ、天に向けて高らかに叫んだ。





『Gott der Allmachtige ist tot!(全能なる神は死んだ!)
Die Glocke lauten!!!(鐘を鳴らせ!)
Bald wird ein Krieg ausbrechen!(まもなく戦争が始まるだろう!)』



「「さぁ!今こそ始めよう!!オレたちにとっての聖戦を!」」




――この世界に、僕たちは再び生きる。



天が割け、光が世界を満たした。




To be continued…
※ちゃんとした更新はココまでで力尽きた。以下は、更新しなかった部分です。
キラは、一人称が僕だったり、オレだったり。ライトは基本僕です。







―――さぁ、始めよう!!!



「…聞こえた」

彼は暗闇の中、地獄の底にいるような何万もの人々の阿鼻叫喚を聞きながら、ゆっくりと暗闇の中で両手を天に向けた。
その天井を超えた先にある、空に浮かぶ月へと。

「やっと、見つけた」

うっそりと呟き、彼は舞台の上からきびすを返して闇へと紛れた。




no.05



白き光が世界を覆った。
けれど、それはただの光ではなかった。

果たしてその光源はどこにあるのか、それは太陽の光ではなく、ただ白き純白の光だった。


「…さてと、リューク。死神界に行こうか?キラも行けって言ってたしね」


音も無くつま先で地面へと降り、ライトはリュークへと首を向けた。

『ライト、か?』
「ああ。僕はライトだよ。キラは今、僕の奥深くに眠っているよ」

恐る恐る聞くリュークにライトは答えながら、愛しそうに胸の辺りを押さえた。
ここに、キラがいる。とでも言うように…。


「理解できないって顔してるね、リューク」
『…ああ、なにがなんだか分からん。だ」
「ふふ…死神も神とナを付けているならもっと考えなよ。いくら出来損ないの作り物でも分かるだろう?僕は変わらず"僕(ライト)"さ。あれ、エルも気絶してるね。光が強すぎたかな?」

ライトは赤ん坊のように丸くなって倒れているエルたちを見て笑った。

「さて、扉を開けてもらえるかな?僕は<light>だから、あいにく<Death Gate(死の門) >を開けない。だからリューク、開けろ」
『死神界に…行くのか?』
「そうだ」
『…了解した。…■■■■■」

リュークやしつこく聞き返すことも無くボソボソと人間の耳には到底聞き取れない音を発音して手を前にかざした。
忽然とリュークの前に黒い門が現れる。

リュークの体よりも二周りほどもある大きな観音開きの門だ。
どこかゆらゆらとしていて蜃気楼のように揺らめいて見える様子は空間がねじれているようだった。


『ほら』
「ああ…」
ライトは足を踏み出した。
二人の姿が門の向こうへ消えると同時に、扉は初めからそこに存在しなかったように掻き消えた。



++


男は歩行の速度を速めることなく一定の速度で歩いていた。
夜の街はざわめいていていつもと変わらぬ姿を取り戻している。
男は進む。
人の中を魚のように進んでいく。


「ねぇあれって…?」
「嘘嘘、ホンモノ!?」

いくつかの似たような驚きを含む声が聞こえていたが、それら一切を男は聞こえていなかった。

――行かなければ…

気持ちだけがはやる。

――あの人に、会いに…


それはずっと忘れることなく覚えている想い。

あの人の"気"を頼りに。
聞こえた声の方向へと。

頼りにしていた気が消えた。
男は愕然とし、そして、猛然と走り出した。





++





少女は長い睫を震わして黒い眼帯の下で目を開いた。心配そうに傍らの死神は少女へと手を伸ばす。触れられないと知りつつも。

『ミサ…』
「…そう、私はmisa…」


反復するようにミサは可憐なピンク色の唇を震わせて言う。


「――神を裏切り、あの人にすべてを捧げた女…」
『ミサ、どうしたんだ急に…」

すでに死神のノートを捨てた彼女に自分の声が届かないと知っていても、レムは声を掛けずにいられなかった。
海砂という少女が夜神月に捧げる想いはレムには良く分からない。

両親を殺した犯人を殺してくれたから…と最初のときに彼女は言った。どうしても会いたいの、会ってお礼を言いたいの。
最初はだたそれだけを目的に海砂はキラという人間を探そうとしていた。
レムは手を貸した。彼女のことを守り死んだ死神の変わりに、彼女の願いを叶えるために。

遠くから初めて"キラ"の本名と顔を知ったとき、海砂は一瞬呆然として、ついで、本当に嬉しそうに小さく微笑んだ。

「―…ねぇ、レム。あの人は…とてもカッコいいね」

確かに、人間の美意識からするとライトは整っているだろう。だが、職業がら海砂が接する人間は皆整った容貌を持っていたように思う。

ことさらにライトを賛美する海砂の気持ちが理解できない。どこがカッコいいのか、とレムは海砂に聞いた。
すると、「綺麗なの…あの人は、とても…」と、夢見るように呟いた。


『ミサ、ミサ?大丈夫か?意識が戻ったのか。夜神月め…ヤツはどこに…』


独り言を言い出したミサの精神状態を思い、レムは臍をかむ。
だが次のミサの言葉にはっとした。


「レム。いる?」
『!?ミサ!』

彼女がレムの名前を

「…居るのね、近くに。じゃあ、お願いがあるの。私を縛り付ける、この忌まわしい拘束具をとって」


凛としてミサが口を動かした。気絶する寸前に見せた混乱振りが嘘のように、落ち着いている。


『本当に、私のことを思い出したのか?でも、なぜ…』
「レム、早くして。あの人が…ライトが一人で行ってしまう!」


焦燥に駆られたミサの言葉にレムは考えることを放棄した。





++




荒涼たる大地。いや、ここは大地ですらなくただの平面でしかない。
命なき死の地は乾いた空気だけが満たす。風が吹くことなく。雨が降るわけでもない。
朝も夜もなく。全ての時間が止まっている。

ここは…―そう、人間の言葉に直し、伝えるとしたら『死神界』。

生と死の狭間であり。
死人でもあり神でもあり、…そのどちらでもないものたち。

デス・ゲートより姿を現したライトは荒涼と荒んだ大地に懐かしさを覚える。







強制終了。



※どうしよう…普通に読み返したら萌えた(笑)…誰か続き書いて!(お前が書けよ!)(だが断る!)←