about


お茶を濁ごしてぱーとすりー。
ボツですから、もちろん、さらに更新される予定はこれっぽちもございません。


針@ポタのボツネタ


※敗因
逆行はね、無理なんだよ、筆力的に…。そして私は、主人公にあまり愛を注がないタイプらしい。というか、ハリーがあんまり好みじゃない…。
四巻ぐらいまでしか読んでない当時のものなので、いろいろアレ。



世界は再び闇の恐怖に包まれた…


我等が英雄ハリーポッターは漆黒の闇へと堕ちた。

其れは死。
永遠に醒めることのない安穏とした眠り。
母なる混沌への回帰。
彼の者は英雄であった。

彼のものは偉大であった。
それゆえに多くを得、そして失った。

全てを守るために、仲間たちは死んでいった。
ただ一人のために、希望を繋ぐために、そして全てを救うために。
だが、そのたった一人が本当に守りたかったのはなんなのか。

命を賭けてでも守りたかったのはなんなのか…。




憎き敵の姿を、死ぬ間際だというのにその深い稀有なエメラルドの瞳で睨みつけた。
憎悪した。
人間が、他の人間をこれほどまでに憎むことが出来るのか。
自分の心を燃え立たせる黒い憎しみの炎。
あらん限りの、憎しみのベクトルがその者に向かって膨れ上がり、限度というものがない。
これほどに、人は人を憎めるのか。
瞳だけで人を殺せるのならば確実にその瞳の力だけで他人を殺せるだけの殺気が篭もっていた。
血走った瞳の筋は、中心の美しいエメラルドの瞳に辿り着こうとするように伸びている。

コイツさえ居なければ…!
からからに乾いた、鉄の味がする口をわずかに震わせ、声無き声で叫ぶ。
湧き上がってくる、どす黒い感情。
全ては幸せに過ごせたのだ!!
全ての諸悪の根源よ!!

僕から全ての幸せを奪っていった仇よ!
お前だけはッ!!

闇を具現したどこまでも闇が深き場所。
光といえば、揺らめいているのは僅かな蝋燭の火と、天井に瞬く星々。
冷たい磨かれた大理石の床。

ピクリとも動かない指先。
胸の辺りから流れていく温かい命の水…。
まだだ!
僕はまだ戦える!
コイツを殺すんだ!!
ヴォルデモート!!
お前を八つ裂きに!!
僕の大切な者たちを奪った、お前を!!
動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動…
どんなに強く念じても爪の先ほども動かない。


だんだんと冷たくなっていく身体を、どこか慈愛すら含んだ眼差しで見下ろす者から、最後まで視線を逸らせまいとする。

ああ、こんなにも近くにいるのに。
殺したくて堪らないのに…なんて不甲斐ない僕の体!!
すでに死は決定された者だと言うのに、その眼力は熱く強く生命の輝きそのものにギラギラと生きている。

「ヴォ…ル……」

震える唇は乾き、かさかさに乾いた口内にはじんわりと血の味が染み渡る。

だが、その視界も強固な意思の力に反してだんだんとぼやけてきた。
立ち暗みを起こしたように周りから徐々に黒い闇に覆われていく。
…飲み込まれる…死の闇へ…
最後の見えた光の中、彼女の姿が浮かんだ。

…ハーマイオニー…


彼は己が命の火が消える瞬間、最も愛しいものの名前を呼んだ。
思えば、何度、彼女を泣かせただろう。

数え切れないほどだ…。
泣かないで…

僕は…僕は君をもう…大切な者を

失いたくないんだ!!
例え、僕の命を失っても!!
例え、全てを失っても!!
例え、全てを滅ぼしても!!
二度と、君を!!!


それは純粋な願い。
狂気のように傲慢な願いだが、真に純粋なる願い。
……闇が、答えた。

(ならば、お前の最も大切なものを捧げよ。全てと引き換えに僕がその願いを叶える機会をあげるよ…)

闇の中、どこからか差し出された手を、彼は掴んだ。

(でも、君は永遠に闇の中を彷徨うこととなるだろうがね…)

クスクスと楽しそうな笑い声がハリーの耳に聞こえた。
悪魔の囁きか、天使の囁きか…いや、そんなことはこの際どうだっていい。
例え…悪魔にこの魂を売り渡そうが…君だけは…


++


「むしろ、グリフィンドール!」


ハリーは、何かが頭の中で大声で叫ぶ声が聞こえて、ビクッと身体を強張らせた。
金縛りにあったように体が動かない。
目を開いている感覚はあるのに辺りは、真っ暗だ。

闇だ。
先が見えない闇。
瞬きを繰り返してみるが、闇は一向に晴れない。
ハリーはいきなり闇のなかに放り込まれたことで混乱した。

身体はどうだ?
両手両足五体感覚はある…。
ここはどこだ?
僕は敗北し、死したはずだ…。

ならば、ここは?

「おや…?どうしたのかね?君が望んだグリフィンドールなのだが…やはり、スンザリンに入るかね?」
「…なッ?」

ハリーは懐かしい昔の学びやの名に反射的に聞き返した。
声が出る!

ハリーは声が出たことに安堵した。
それとともに、体の感覚が指先から徐々に戻ってくる。
ハリーは何か固いものを握り閉めながら小声で言った。

「誰だ?」
「誰だ?とは酷いことだ。さっき私の自己紹介は済ましたであろう?なにを寝ぼけておるのかね?まぁ、私の内側は真っ暗で眠るのには最適だろうがね…実際に眠ったのは本当に少ない」

ククっと楽しそうに喉を鳴らすような音が、外からというよりも内面から聞こえた。
何が起こっているのか見極めようと心を静め、ハリーはどこかで聞いたことのある声を思い出そうとしていた。
手が使える動く。
掴んでいるのは椅子の肘掛か?

「君はグリフィンドールでこれから七年間学校生活を送るのだ。私としては、スンザリンでの君の道を見てみたかった気もするのだがね…君はきっと偉大になる。そう、誰も成し遂げられないほどに」
「グリフィンドール?七年間?」

頭の中にサッと天啓のようにある考えが閃いた。
在り得ない考えだ。

方法はあるかもしれないが、それは禁忌だ。
ハリーは頭に乗っていたものを乱暴に脱いだ。
目が隠れるほど目深に被っていたのは古いぼろぼろのとんがり帽子だった。
そしてそれがなんなのか、ハリーはよく知っていた。
そう、ホグワーツ新一年生だけが最初にかぶる、組み分け帽子。

濃い漆黒が晴れ、光に包まれた。
それは夜に月にかかった雲が晴れ、月光が照らし出したかのようだった。

ハリーに眩しい光景が飛び込んだ。
古めかしいが、質素な中にも重厚な雰囲気を醸し出している大広間。

天上から浮かぶ何千もの揺らめく蝋燭。
突き抜けるような夜空が天井を通り越して天空の星のきらめきを教える。

四つの長テーブル上には金色のお皿とゴブレット、席に着く、これからの未来に満ち溢れた幼く若い顔、顔、顔!!
そこには全てがあった。
ハリーが等の昔に失くした幸せな時そのものの姿があった。

「…本当に…?」

ハリーは、大広間に沸き起こった割れるような大歓声の中を、ゆっくりと信じられないものを見るように見回した。

「ポッターを取った!ポッターを取った!」

ロンの双子の兄、ジョージ・ウィーズリーとフレッド・ウィーズリーが嬉しそう早いで手を叩きあっている。
他のグリフィンドール生も立ち上がって嬉しそうにハリーを歓迎するように拍手をしている。

これは夢か?
ーーいいや、夢じゃない。
ハリーは自問自答する。
ジョージ、フレッド、パーシー、ネビル…まだ、組み分けの終わってないロンは、ハリーに青褪めた顔で手を振っていた。

そして…。
ハリーは、一人だけ澄ました顔をしてグリフィンドールの席に座っている栗色の髪の少女に目を留めた。
見間違えるはずが無い。

どんなに精巧な幻影でも、本物とは間違わない自信がある。

君の体から発せられる、煌くオレンジ色のオーラよ。
ハーマイオニー・グレンジャー。

ああ、やっと君に会えた。

歓喜が、身体を突き抜ける!!
ブワァッと、広間の中に一陣の風が吹いた。
蝋燭の全てが一気に揺らめき、炎の大きさを増した。

それらは一瞬の出来事ですぐに元どうりになったため、感じた生徒は少なかった。
何人かの感のよい生徒、先生方が不思議そうに辺りを見回したが、それだけだった。
ハリーは一歩椅子から踏み出した。
ハリーは限りない優しい眼差しをハーマイオニーと皆に注いだ。

グリフォンドールの席に着くまでの短い道のりでもあのハリー・ポッターを見ようと首を伸ばす生徒が幾人もいた。
ハリーは前回と全く同じ席に座った。
椅子に座ると、かなりテーブルが大きく感じられた。

自分の身体の大きさを改めて見直してみると、一年生の頃、こんなにも自分は貧弱な身体だっただろうかと思った。

記憶にあるこのころの自分の姿より、なんだかもっと細い気がする。
もうすぐロンもグリフィンドールの席に来るだろうし、近くにはハーマイオニーもネビルも、ジョージとフレッドもいる。
どの顔も子供らしい幼さを残している。
笑顔でグリフォンドールの席に座るみんなの顔を一人ずつ見てからハリーは貴賓席に顔を向けた。
一番手前に座っているハグリットに向かって、ハグリットよりも先に小さく親指を立ててみせる。
「よかったな」とハグリットもハリーの親指たてに気がついていたずらっぽい笑顔を返してくれた。
こっそりと同じようにハリーも親指を立てて返した。

貴賓席に座る先生たちのほとんどをハリーは懐かしく思った。
一人一人の先生にそれなりに思い出がある。
真ん中には、何歳になっても変わらぬ外見のダンブルドアが慈愛に満ちた優しい瞳で生徒の組み分けを見守っている。

ダンブルドアを見るとハリーは胸が一杯になる。
この人ほど、尊敬に値する素晴らしい人はいないと思う。
何度か、ダンブルドアを疑ってしまうこともあったが、彼は本当にハリーのことを考えてくれていた。
…多少、ハリーのことを子供だと思い、本当のことを中々話してくれなかったりはしたが。

じっと見詰めているとダンブルドアが気がついたようにハリーに視線を向けた。
はっきりと視線が絡まるとダンブルドアは少しだけ不思議そうな顔をしたが、パチンと片目を瞑ってハリーにしか分からないウインクをした。

ハリーは、ダンブルドアの瞳の奥にあるハリーに対する苦渋を感じた。

彼はハリーの背負わされた重荷がハリーを潰さないようにいつも気遣ってくれている。
ハリーは俯きがちにそっと目を伏せた。
その動作を相手がどう思うかは知らない。


ただ単に瞼を伏せただけと思うか、一礼をしたと見るか…ハリーとしては感謝の気持ちを表していた。

「ロン・ウィーズリー!」

ロンは最後から二番目に名前を呼ばれた。
青ざめた顔で、マクゴガナガル先生が頭に組み分け帽を載せるのを脅えた上目使いで見ていた。

「あれって、ウィーズリー家の?」
「そうじゃない?だって…赤毛っだし」

ロンの容姿に気がついた上級生たちが小声で言い合っているのが聞こえた。
在学中の双子のフレッドとジョージはいたずら名人の問題児として有名だし、兄であるパーシーはそんな双子とは全く正反対の品行方正の規則に五月蝿い優等生だ。

こんどはどんな六男が来るのだろうかとみんな興味深深のようだ。
先生方でさえ、「ウィーズリー家の子か…」とロンに注目していた。

ハリーはロンはグリフィンドールになると分かってはいたが、やっぱりドキドキしながら祈った。

「グリフィンドール!」

と、組み分け帽はすぐに叫んだ。
ロンはすぐさま帽子をを脱いで、転がるように椅子からグリフォンドールの席まで辿り着いた。

「あー…すっごい緊張した…」

ロンほっとしたように顔を紅潮させ、ハリーの隣の椅子に崩れるように座った。
グリフォンドール以外の寮に入れられてしまったらと、ロンは気が気ではなかったらしい。
一息ついて、にじみ出ていた冷や汗をローブの端で拭っていた。

「ロン、よくやったぞ。えらい」

隣に座っていたパーシーが言った。
ロンは聞いているのか聞いていないのか分からない顔をしてほっと息を吐いていた。
新一年生全員の組み分けが終わった。
マクゴナガル先生はすぐに巻紙と帽子を片付けて脇に寄せた。

ダンブルドアは片付け終わり、マクゴナガル先生が貴賓席に着いたのを見計らって立ち上がった。
腕を広げて皆を抱きしめるように親愛の動作をしながら、満面の笑みを浮かべている。

「おめでとう!ホグワーツの新入生、おめでとう!歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。では、いきますぞ。そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!以上!」
かなりめちゃめちゃな祝辞の言葉だ。

ダンブルドアが満足げに微笑して席に座る呆気に取られた一年生を除く、全てのものが拍手して歓声を上げていた。
ハリーも笑いを堪えながらも拍手をした。
ハーマイオニーはその祝辞に目をパチパチとさせていた。

「すごいわね…」

ハーマイオニーが高いテンションと意味の成さない言葉に呆れたように呟いているのが聞こえた。
ハリーは苦笑しながらも、皆と一緒に声をあげながら、そういえば…と思い出した。
ハリーはこの意味不明な言葉を聴き、隣のパーシーにダンブルドアの頭がちょっぴりおかしいのかと聞いたのだ。
あの人の言動は時たまわけが分からないことは確かだ。
おちゃめなのだ。

前の僕はなんて浅はかだったんだろう。
たかがおちゃめな言動に目が言ってしまって、彼の本質をわかっていなかった。

「…あの人は世界一の魔法使いだ」

そして、僕を慈しみ過ぎた人。
ハリーはかみ締めるように呟いた。


++

「なによ?さっきから私のことみて…」

ハーマイオニーは居心地が悪そうにみじろいだ。
それもそうだろう。
ハリーは、ずっと張り付いたような微笑を浮かべてハーマイオニーをにこにこと見ているのだ。
その微笑に作り物めいたものは見当たらないが、淑女として、食べているところを見られているというのはなんとなく恥ずかしい。
それに、ハリーとは汽車の中で一方的にハーマイオニーが話しをしただけだ。

妙に好意的な視線にハーマイオニーは戸惑った。

「そうだぜ、ハリー。ハーマイオニーなんか見てないで、これ食べなよ」

色気よりも食い気。
組み分けが終わって、安心したらドッと食欲が湧いてきたのかロンはよく食べていた。
ロンがハリーのお皿にポークチョップとにんじんを載せてくれた。

テーブル一杯に広がる美味しそうな食事の数々。
初めて…この食事に有りつけたときは、心の底から感謝したものだ。
ダドリー一家での食事は、成長期のハリーの身体を歳よりも幼く見せていた。
ハリーはホグワーツに来てからぐんぐんと身長が伸びたのだ。

再び自分の今の身体を見下ろしてみて、思わず貧弱な身体に苦笑が漏れる。

「ちょっと、ロンッ!?"なんか"とはなによ、"なんか"とは!失礼ね!」
「ありがとう、ロン」

怒った顔も可愛いなぁと思いながら、ハリーはのんきにポークチェップを食べた。
前回と同じように、ハリーは全種類の食べ物を少しずつお皿に載せていたがあんまり手をつけていなかった。
在り得ないこのトリップ…"時間移動"にハリーは胸が一杯だった。
時間移動…この魔法は、確かに存在している。
三年生の時、ハーマイオニーが並行して授業を取るために使っていた魔法道具。

タイムターナー。
ある意味、時間移動とは禁忌の魔法に近い。

…けれど、これは魔法か?
ハリーは確かに聞いたのだ。

死ぬ直前に脳裏に響いた男とも女とも着かない声を。
あれは…なんだったのだ?

「ハリー!全然食べてないじゃないか!」
「いかんよ、ハリー、食べなきゃ大きくなれないぞ!」

考えに沈みこんでいて、フォークを持つ手が止まっていた。

見咎めるようにジョージとフレッドがハリーの傍にやってきて、ちょっかいをかけてきた。
ほとんど同じ顔がハリーの横で笑いかける。
ハリーは我に帰って二人を見上げた。

「フレッド、ジョージ。心配しなくてもそれなりに成長するから大丈夫だよ」

ロンと同じ赤い髪の同じ顔した双子は、このときから陽気だった。
どんなときでも、この二人は明るく楽しくをもっとーに生きているのだ。
ジョージとフレッドのいたずらのための発明品は目を見張るものがたくさんある。
その才能はいたずらの天才といっても過言ではないだろう。
誰もが考え付かないびっくりするようないたずら道具を作れるなんて、凡人には出来ない。

「…ふふ」

ホグワーツでの双子の様々ないたずらをハリーは思い出した。
彼等二人のお陰で助かったこともしばしばだが、それを越す被害を被っていた。
特に、ホグワーツから出て行くときのいたずらは最高だった。

今でも胸がスカッとする。
あの意地汚い女。

今はまだ出来てはいない双子の語り継がれるいたずら伝説の華々しい終わりであり、また始まりのファンファーレだった。

「いやいや…そんな希望的観測を言っても未来のことは誰もわからないさ!」

ちっちと二人して顔の前て指を振る。

「そうだな、フレッド。このままハリーは貧弱なままかもしれないぞ?」

「余計なお世話だよ、フレッド!」

ハリーは笑いながらも反論した。

「…違うよ?僕はジョージだぜ?」
「そう、フレッドは僕!」

フレッドとジョージは顔を見合わせて馬鹿にしたようにハリーを笑う。
だが、ハリーはくすくす笑いながら投げやりに手を振った。
ハリーの目は誤魔化されない。

「あーはいはい。でも、僕の言ったのが正解でしょ?右にいるのはフレッド、左にいるのはジョージ!!」

自信満々にハリーは言い放った。

その、根拠のないが確信した声に、フレッドとジョージはお互いの顔を見合わせて、ハリーの顔をマジマジと見た。

「「…マジで、見分けてるの?」」

「もちろん。僕の目は君たちをちゃんと別々の存在として見分けてるよ?」
「「…」」

フレッドとジョージは真剣な目をしてハリーを見詰めた。
ハリーの目は笑いながらも冗談抜きだった。
二人にしてみれば、今までこんなにあっさりと二人の違いを看破したものは皆無だ。
沈黙した二人に、ロンはびっくりした顔で銜えていたチキンから口を離した。

「フレッドとジョージを見分ける!?すごい、ハリーってばほんとに?兄弟の僕でさえたまに分からないのに!」
「というか、うちの家族は辛うじて母さんが間違えずに見分けてくれれるぐらいだよな、フレッド?」
「ああ、そうだね、ジョージ。僕らはこうも全く違う存在だというのにね」

にっこりと心から二人は笑顔で言った。

ジョージとフレッドの胸に、喜びが溢れてきた。
誰も、僕たち二人の存在を見分けて、別々に見てくれる人はいない。

フレッドとジョージ。
ジョージとフレッド。
この二人はまるで同じ人物のように扱われる。
確かに、同じように行動し、考えているところはあるだろう。
なんたって双子だ。

誰よりも二人の意識は深いところで繋がっている。

けれど、僕ら二人でしか、自分自身の存在を確かめられない。
果たして、僕はジョージなのか?
本当に、僕はフレッドなのか?

その境界線が、遊んでばかりいると分からなくなる。
その、自分たちの境界線の曖昧な恐怖!

なのに、かのハリー・ポッターは、出合って間もないのに僕たちのことを見分けた!!

なんという、貴重な存在か!!

「「僕ら二人の見分けられるんて、素晴らしい!」」
「そう?」
「「ついては、僕らがポッターをお守りしよう!」」
「あ、僕そんなのいらないから。間に合ってるし」

感極まった様子の双子の申し出をハリーはにべなく断った。

「くっ敵は手ごわいぞ、ジョージ」
「本当だ。これは手を考えなければ…」
「…ジョージ、フレッド。君たちは僕の味方になりたいの?それとも敵になりたいの?」

敵だったら、容赦なく殲滅するから。

さらっと言ったハリーの一言に周りの生徒たちは固まった。


「…なんだか、ちょっと見ない間にずいぶんと図太くなったわね、ハリー?」
ハーマイオニーは汽車の中でみたハリーとは全く違うような気がして、少しだけ驚いたようにハリーを見た。
「ハーマイオニー。君にそう言ってもらえると嬉しいよ」

そうだ。
弱いままではいられないんだ。
弱いままではいられなかった。

僕には背負うべき戒めがある。
それが、生まれる前から定められてしまった。
選ばれてしまったのは僕だった。
逃れられぬ印を受けたのは。

…弱いくせに、うぬぼれていたから、向こう見ずだったから、本当に大事なものを失った。
ハリーはそっと目を閉じた。
目まぐるしく脳裏を過ぎて行く『過去』…いや、これから起こる『未来』。
浮かび上がる幾人もの仲間の顔。

生と死。
敵と味方。
裏切りと信頼。

今、この瞬間にも彼ヴォルデモート手の内の者の脅威は迫ってきているのだ。
ハリーは、手元から顔を上げて改めて教師たちの席を見上げた。

厚みのあるターバンをぐるぐる頭に巻いた、気弱そうな男…クィレルがおどおどとスネイプと話していた。
チリリと額の稲妻の傷がうずく。
ハリーにとってはつい先ほど、二時間も前に完全体の復活を遂げていたヴォルデモートと戦っていたのだ。
あそこにいるのは、一部とはいえ、ヴォルデモート!
カッと、頭に血がのぼりハリーの身体は熱くなった。
このまま、クィレルを灰に変えてやろうか!

そうすれば、これから起こるだろう事態は防げる。
そう、賢者の石を壊して、ニコラス夫妻が死ぬこともないだろう。
けれど…と、スネイプとクィレルから無理やり目を放して手元の皿に集中する。

ハリーは熱くなった考えを振り切ろうと、一心にステーキを細切れにしていると横から冷たい空気が寄ってきてハリーの頭を冷やした。


「なにをそんな難しい顔をしているのかね?そんなに美味しそうな食べ物を前にしてもったいない…」
「…そうだね、ニコラス。生きてるってことは食べてるってことだよね。こんな美味しいご飯が食べられないだなんて…幽体って悲しいね」
「おお!私のことを知っているのですか?」
「…まぁね」


ニコラス…通称、『ほとんど首無しニック』はハリーが正確に名前を呼んでくれたことに嬉しそうに声を上げた。
ちょうど、賢者の石を持っていたニコラス夫婦と同じ名前だったのを思い出しただけだった。
ハリーも『ほとんど首無しニック』のほうが愛着があった。

ハリーは細切れになったステーキを口に運び、咀嚼する。
肉の旨みが口いっぱいに広がった。
…これは僕が一人で解決していい問題ではない。
これから七年間の間、毎年のように起こる事件たち。

いや、事件とはいえない。
これは戦いだ。
ヴォルデモーテとハリーの仲間との。
それらの戦いを、ハリーたちは一緒に切り抜けて成長してきたのだ。

だから、これから起こる戦いは最終決戦に向けての糧になっていくのだ。
そうだ。
最後に勝てさえすればいい。
ハリーはもう一度、クィレルに視線を向けた。
(…今は泳がしておいてやる)
そして、僕の手で滅してやる。

お前の中にある憎きヴォルデモートと共に。
ハリーは肉をかみ締めながら固く誓った。


色とりどりのありとあらゆる味のアイスクリーム、シャーベット、アップルパイ、糖蜜バイ、レモンパイ、チョコレートケーキ、エクレア、シュークリーム、ジャムドーナツ、トライフル、いちご、メロン、ゼリー、ババロア、ライスプディングなどなど…。
世界中のお菓子が集まっているのではないかと思えるほどのデザートが食べ物の代わりに現れた。

「…デザートは別腹とは昔の人は上手いこと言ったものだよね」

食べきれないほどの山と盛られたデザート。
皆が家族や寮生活についての話を交わしながら今度は次々とデザートに手を出していく。
育ち盛りといえど、こんなにお菓子を食べて太らないのだろうか…?
ハリーは食べ過ぎてダドリーみたいに太ったらどうしようと思いながらも、こんな骨だらけの身体だったらしばらくはいくら食べても標準に近づけるだけで、ダドリーみたいなデブにはならないだろうと結論つけた。

なので、遠慮なくデザートに手を伸ばす。

「甘ッ…」

どれもこれも甘くて美味しい。
こんなに甘いものを思いっきり食べたのは久しぶりだと感じた。
ヴォルデモーテとの戦いが佳境に入るに連れてものを味わって食べるということが無くなった。
仲間たちが一人、また一人…と命を落とす中、ハリーの味覚は心と一緒に麻痺しだした。

きっと、誰も気がつかなかったに違いない。
ハリーはずっと皆の希望を砕かないために、夢想するであろう"英雄"の姿を演じ続けたのだから。
ちょっと暗い気分になりながらも、ハリーは糖蜜パイを食べた。
手が蜜でべとべとになったがハリーは気にしなかった。

「僕はハーフなんだ。パパはマグルで、ママは結婚するまで魔女だと言わなかったんだ。パパは随分ドッキリしたみたいだよ」と、シューマスが苦笑しながら言った。(それって奥様は魔女みたいだよね…)
それはきっとパパは腰を抜かすほど驚いたことだろう。
魔法使いの存在は、ほとんどのマグルは知らないのだから…。

「ネビルはどうだい?」
ロンがネビルに話を振った。

ネビルはちょっと困ったように微笑んでから話し出した。

「僕の家族はズーッと僕が純粋のマグルだと思ったみたい。アルジー大おばさんときたら、僕に不意打ちを食わせて何とか僕から魔法のチ亜kらを引き出そうとしたの――僕をブラックプールの桟橋から突き落としたりして、もうすこしでおぼれるところだった。でも八歳になるまで何にも起こらなかった。八歳のとき、アルジー大おばさんがうちにお茶しに来たとき、僕の足首を掴んで二階の窓からぶら下げたんだ。どのちょうどその時エニド大おばさんがメレンゲ菓子を持ってきて、大おばさんたらうっかり手を離してしまったんだ。だけどい、僕はまりみたいにはずんだんだ――庭に落ちて道路までね。それを見てみんな大喜びだった。ばあちゃんなんかうれし泣きだよ。この学校に入学することになった時のみんなの顔を見せたかったよ。みんな僕の魔法力じゃ無理だと思ってたらし。アルジー大おじさんなんかとてもよろこんでヒキガエルを買ってくれたんだ」

息継ぎをしながら一気にネビルは話した。
ハリーはネビルの話のなかに一度も"お母さん""お父さん"という単語が出てきていないのに気がついた。
出てくる家族の名前は全て"大おばさん"か"大おじさん"、そして育ての親の"ばあちゃん"。
…それもそうだろう。

ネビルの両親はヴォルデモーテの配下に正気を失うまで拷問を受け、「ヤヌス・シッキー病棟」のベットに寝ているのだ。
ハリーは改めてネビルを見た。
もしかしたら、ネビルこそが"生き残った男の子"となっていたかもしれない…。
ネビルも立派な魔法使いに慣れる素質があるのだ。
彼には弱気なところに隠れがちだが、間違えなく勇気がある。

「ネビル」

ハリーはネビルに呼びかけた。

「え…。な、なに?」

名前を呼ばれてネビルは振り向いた。
声をかけてきたのはあのハリー・ポッター。
ネビルの憧れの人だったのでネビルは驚いてどもった。
"例のあの人"を退け、マグルに育てられた少年。

額には例の"あの人"に付けられた稲妻型の傷。
野暮ったく額を隠すような真っ黒な前髪…その奥の、眼鏡から覗く澄んだ緑玉の瞳。
ネビルはあまりに静かなハリーの瞳にドキリとした。
どことなく悲しみを湛えたような緑玉はネビルを真っ直ぐに見詰めていた。

(なんで…こんなに悲しそうな目をしているんだろう)

ネビルは思った。
ハリーもなんとなく呼びかけてしまって焦った。
ネビルは心細そうな感じで見上げてくる。

「ネビル…君の両親に宜しくね…いつか、会いに行くから…」

微笑んでそれだけ言った。
ネビルの顔は途端に強張ったが「あ…うん」と曖昧に頷いた。

「これ美味しいね」

横からロンが星の形にくりぬいたクッキーを摘いながらハリーに勧めた。
狐色に焼けたクッキーはさっくりとして確かに美味しかった。

「そうだね!…部屋に持って帰っちゃってもいいかな?」
「……いいんじゃない?」

ハリーの提案に、ロンはにやっと笑って頷いた。
ハリーはポケットに入っていた買ったばかりの清潔なハンカチに手軽に食べられそうなクッキーを包んだ。

「止めなさいよ、そんな意地汚いこと…」

ハーマイオニーが目ざとく二人のしていることを注意してきたが、「まぁまぁ」とハリーは宥めるように言ってすばやく懐に包んだクッキーを隠した。
このくらいの可愛いつまみ取り、誰だって許してくれるはずだ。

「お主も悪よのぉう…」
「ふふ…お代官様ほどではありませんよ…」

お前等一体どこの国の人間だ。と突っ込みたくなる会話を横からジョージとフレッドが囁いてきた。

「いやいや…お二方こそ…」
一緒になってハリーもおどけながら笑う。

笑う。
笑顔。
ただ、幸せ。

ハーマイオニーがいて、ロンがいて、ジョージとフレッドがいて、ネビルがいて…皆が生きて、居る。
それだけで涙が出るほど幸せを感じる。
ああ…そうだ。

…お前さえ、居なければ…。
来賓席では何十にも巻かれた重そうなターバンを頭に乗せたクィレルとスネイプが何事かを話している。
ターバンの向こう側から覗くスネイプの視線は暗く鋭くクィレルを監察している。

「なに見てるの?」
「いや…あの人、なんか恐そうだなぁって…」

ロンが尋ねたので、ハリーはスネイプを指差してみた。

「ああ!僕知ってるよ。あれはスネイプっていうんだよ。確か魔法薬学を教えてるんだったけな?兄たちが話してくれるんだけど、グリフィンドールを目の仇にしてるんだってさ…」
「そうだよ。僕がいくらちゃんと統括していても、スネイプはいちいち文句を付けて来るんだ。クィレルの闇の魔術の席を狙っているらしいってことは皆が知ってることさ」

ロンの言葉を引き継ぐように、パーシーがいらだたしげに言った。
自分はしっかりと監督生を出来るという自負があるパーシーには耐えられないことだろう。

「だから、フレッド、ジョージ!おまけにロン!お前たちは頼むからちゃんとして問題を起こすなよ!」

強い調子で双子とロンを睨んでパーシーは釘を押した。
ロンは「はいはい」と適当な返事を返したし、フレッドとジョージは「「合点承知之助!」」と腕を捲くりをして答えた。
…絶対、問題を起こすに気だ。

「ううッ…お前らはぁ…!」

パーシーは胃の辺りを押さえた。…パーシーは今年は胃が痛くなりそうだと思った。

「ハーマイオニー。君の家はどうだったんだっけ?」

ハリーはスネイプとクィルレから視線を外した。
ハリーはハーマイオニーに何か話しかけるきっかけが欲しくてそう聞いた。

「私?汽車の中でもいったと思うけど、私の家族には誰も魔法使いはいないわ。…そうね、こっちの言葉で言うなら家族みんなはマグルよ」
「じゃあ、この魔法界のものって全部不思議だよね。僕も最初は全部に吃驚したんだよ」

初めて魔法界に来たときは全てが珍しくて驚きの連続だった。
カエルチョコレートや動く有名魔法使いカード、それに百味ビーンズなどは人間界には絶対にない。
僕も若かったなぁ…と思い出し笑いをするハリーを、ハーマイオニーはちょっとだけ気味悪そうに見た

「変な人ね、ハリー。最初って…あなたは魔法使いの両親から生まれたんでしょう?」
「あ、うん。そうだけど…」

いけないいけない。

ハリーは慌てて話題を変えた。

「えっと…あー…僕についての本、読んだんだよね?」
「そうよ。あなたのことは全部参考書で読んだって…これも、汽車の中でいったわよね?」

同じことをなんども言わせないでよ。と、ハーマイオニーは眉根を寄せた。

「どこまで僕のことが書いてあったの?」

ハリーはあんまり自分の乗っている本は読んだことがない。
『近代魔法史』『黒魔術の栄枯盛衰』『二十世紀の魔法大事件』etc…。
近年に発売された歴史書や黒魔術に関する本にはハリーについて書かれているらしいが、自分に記憶のない、赤ん坊の時にヴォルデモーテを退けたことをについてのことを読むだなんて、まるで他人のことを読むのと同じようなものだ。

「…そうね、あなたがの魔の手を逃れて稲妻の傷を額に受けながらも、なんらかの力があなたを"例のあの人"から守ったってことね。どうしてかは詳しく書いてなかったけれど、あなたに撃退された"例のあの人"は消滅した。…ってとこまでかしら」
「そこまで書かれているんだ」

感心したようにハリーは頷いた。

「あなた、自分のことなのに興味がないの?」
「興味?あるといえばあるけど…ないと言えばないかな?」
「…どっちなのよ?」

からかうような言い方に、ハーマイオニーはムッとした様子だった。

「だって、僕は僕だもの。僕のことは僕が一番よく知っている」

そんなものを読まなくてもね。
確信に満ちたハリーの言い方にハーマイオニーは目を見張った。
柔らかに微笑むハリーの表情はどこか自嘲気味に見えた。

「そう…ね。自分のことはきっと自分がよく知っているのかもしれないわ…」

ハーマイオニーもふと自分を内省してみた。
参考書を読んだだけで、実物のハリー・ポッターという少年ことをほとんど知っていると思っていた。
でも、それは間違いなのだ。
"生き残った男の子"として、魔法使いたちはみんなハリー・ポッターのことを"知って"いる。

けれど、本当に"識って"いるわけではないのだ。

「でしょ?きっとハーマイオニーも自分の事は自分が一番分かってるよ」
「ええ…」

柔らかく微笑んだハリーに、釣られるように微笑みかけながらハーマイオニーは頷いた。
きっと。
自分のことは自分が一番分かっている。

私の悪いところも…いいところも。


++



お菓子の夢もようやく終わりを迎えた。
もうこれ以上はお腹がパンクすると皆が満足したところで、銀皿からはデザートが消えた。
消えてしまうとそれはそれで残念な気もしたが、お腹が一杯になったことでどことなく眠気が忍び寄ってきている。

「ああ…、僕もう眠いや…」

ロンがあくびをしながら口に手を当てた。

ダンブルドア先生が再び立ち上がった。
ちょっとだけ手を上げて、静かにするように促すと生徒たちは聞き分けのいい犬のように静かになった。
広間が静かになると、ダンブルドア先生はにこっと笑って「エヘン」と咳払いをした。

「全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言、三言」

ダンブルドア先生の言葉に返すように、こっそりとジョージが耳打ちしてきた。

「…本当だよな。僕たちを肥えらせてへーゼルとグレーテルみたいに食べちまう気かね?」
「しっ!黙ってろ、フレッド!」

パーシーが同じように小声で怒った。

「僕はジョージだってーの…」

肩を竦めながらジョージはフレッドと一緒に鼻でパーシーを笑った。

「新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせしたいことがある。一年生に注意しておくが、構内にある森に入ってはいけません。これは、上級生にも、何人かの生徒たちに特に注意しておきます」

ダンブルドアはきらっと瞳を光らせてウィーズリー兄弟を目に留めた。
ハリーは「フレッド、ジョージ!」と小声で二人をこずいた。

「管理人のフィルチさんから授業の合間に廊下で魔法を使わないようにという注意がありました」

思わずハリーは広間の扉の近くに猫のミセス・ノリスを足元にたっているのを見て呟いた。

「…僕、フィルチ嫌いだ…」
「っていうか、アイツのこと好きっていうやつはホグワーツにいないだろう」
「そうかも…」

耳ざとくハリーの呟きを耳にしたフレッドが言った。
今度はパーシーも同意見なのか、パーシーは苦い顔をして二人を睨んだだけでなにも言わなかった。
ちょっと笑えた。

「今学期は二週目にクィディッチの予選があります。量のチームに参加したい人はマダム・フーチに連絡してください」

ああ!クィディッチ!
ハリーはクィディッチと聞いてやりたくてうずうずした。

ハリーは箒で空を翔ることがとても好きだ。
誰もいない空を切り、雲を突き抜ける!
あの爽快感は一度知ったら病み付きになる。
どこまでもどこまでも飛んでいけるのだ。

「…最後ですが、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入ってはいけません」

とっても痛い死に方ってなんだろう…。
と、ロンが嫌そうに顔を顰めていた。
何人かの生徒は笑ったが、先生たちの表情が真剣なので笑い事じゃないんだと慌てて顔を引き締めていた。

「面白そうだよな」
「ああ」

ジョージとフレッドが面白そうに言ったので、ハリーは真剣な顔で双子に顔を向けた。

「止めておきなよ。死にたいの?」

本気で言ってるハリーの様子に、双子はちょっとだけたじろいた。
…ほんの、ちょっとだけ。

「…でもなぁ、隠されていると知りたくなるのが人の性っていうものだと思わないかい、ハリー」
「フレッドの言うとおりだ。秘密は暴くためにあるんだよ、ハリー」

双子の言葉を無視して、ハーマイオニーがパーシーに聞いた。

「パーシーは監督生なんだから、なにか知っているんじゃない?」
「いや…僕も聞いてないよ。おかしいな…。どこか立ち入り禁止の場所があるときは必ず理由を説明してくれているのに…せめて、僕たち監督生にはわけを言ってくれてもよかったのに…」

納得いかない顔をしてパーシーは顎に手を当ててダンブルドアを見上げながら言った。

「パーシーも知らないのか。なら、ますます興味が湧いてきたな、フレッド」
「ああ、ジョージ。是非とも秘密を知りたいね!」

コイツら絶対行く気だ。と、ハリーは思った。

三頭犬のフラッフィーのいる四階の"禁じられた廊下"へ。
たぶん、彼らは止めても行くだろう。
フィルチやミス・ノリスに妨害を受けてそこまで辿り着くことは難しいかもしれないが、なんたってこの二人はいたずら仕掛け人。

フィルチよりも沢山の秘密の通り道を知っているから行ってしまうかもしれない。

「…二人とも…」

だったら…と、ハリーは声を潜めた。

「……もし、本気で行くつもりなら、絶対に抜け駆けしないで僕に行ってからにしてよ」

双子は顔を見合すと、嬉しそうに大きく笑った。

「なんだ!ハリーも一緒に行きたかったのか!」
「もちろん。ハリーも誘うさ!」

よし。
これで二人だけで勝手に行ってフラッフィーのところまで行ってしまうのは避けられるだろう。


…たぶん。


「では、寝る前に校歌を歌いましょう!」

機嫌よくダンブルドアが杖を振った。
「自分の好きなメロディーで。では、さん、し、はい!」
ホグワーツ ホグワーツ
――僕は再びホグワーツに戻ってこれた
ホグホグ ワツワツ ホグワーツ
――絶望からの希望
教えて どうぞ 僕たちに
――けれど…何故戻ってこれたのか?
老いても ハゲても 青二才でも
――いいや…そんなこと、彼女が、仲間がいるんだ…
頭にゃなんとか詰め込める
――僕の頭にはこれから起こることが分かっている
おもしろいもを詰め込める
――楽しかったこと、悲しかったこと、…悔しかったこと、身を引き裂くような…
今はからっぽ 空気詰め
――死んだはずの僕
死んだハエやら がらくた詰め
――死んでしまった人たち
教えて 価値ありものを
――仲間、友達、勇気…そして、諦めない心
教えて 忘れてしまったものを
――忘れない。僕はあの時無くしてしまった
ベストをつくせば あとはお任せ
――僕は精一杯、彼らを守る。
学べよ脳みそ 腐るまで
――戦おう、僕の身体が朽ち果てるまで



みんながバラバラに歌い終わった。

やがて歓迎会も終わって校歌を歌ってお開きとなった。
席を立って一年生はパーシーの後に続くネビルとすれ違いざま、ハリーはネビルの肩に手を置き囁いた。

「…僕が…絶対に仇は取るよ」
ネビルはハッとしてハリーの横顔を見上げた。


++



最後までだらだらと謳い続けた双子たちの陽気な歌声を耳に残し、途中でキーキー声で話すポスターガイストのピーブスに会ったりしたがそれは
ハリーは半分夢見心地のままグリフィンドール寮の自分ベットにパジャマに着替えて倒れこんだ。
「すごいごちそうだったね」
ロンがカーテンごしにうっとりしたようにハリーに話しかけた。
お腹は満腹で眠気がとろとろと寄せてくる。
ベットの横の台にのった卓上カレンダーのページは、1990/09/01。
「うん…夢みたいだった…」
ハリーはうとうとしながらも指先でその日付をなぞって答えた。
ああ、本当に全てが夢のようにふわふわとしている。
けれどこれは現実なんだ。
ふふふと堪えきれずに小さく笑いながらハリーはふかふかした枕に顔をうずめた。
「スキャバーズ、やめろ!」
ロンの叫びに、ハリーの眠気は一瞬にして消し飛んだ。
近くに、スキャバーズがいる!
ハリーは咄嗟に枕もとの杖を掴んだ。
杖を手放して寝ることはハリーには考えられないことだった。
いつ、どこから闇の手先となったものが仕掛けてくるのか分からないからだ。
手になじんだ杖の硬い感触。
それが心強い。
「こいつ、僕のシーツをかんでいる!」
ロンが呆れたような声で言った。
ハリーは獲物を前に気配を消した堂蚋息を詰めてじっとしていた。
今、し切りのカーテンを払いのければ、向こう側にはこの手で殺してやりたい相手がいるのだ。
いや、殺しても殺したりない。
父親と母親の仇。
友達だったくせに、父さんたちを裏切り、シリウスに罪をなすりつけ、あんな…あんな言葉にするのも汚らわしい冷たい、闇深い場所に十三年間も閉じ込めた。
ごそごそとシーツでロンが身じろくかすかな音が聞こえた。
「ロン…スキャバーズは…」
ハリーはロンに囁くように呼びかけたが返答はなかった。
変わりにスースーと規則正しい寝息がそこかしこから聞こえてきた。
おそらく、ロンは疲れて、あっという間に夢へと落ちてしまったのだろう。
ハリーは困ったことに目が冴えてしまった。
スキャバース、薄汚い裏切り者。
一番身近にいる許せない仇だ。
今すぐに抹殺してしまいたい相手が多くいるようだ。
ハリーは大きく息を吸い込んで深呼吸をした。
落ち着け。
いちいち、殺意を抱いていたら冷静に行動が出来なくなるような気がした。
――…スキャバースは殺せない。
彼にはやってもらう重要な役割があるのだ。
シリウスの身の潔白を証明してもらうために、彼は喉から手がでるほど必要だった。
シリウスが自由に外の世界を闊歩できるようにするために。
明るい日差しの太陽の中を歩き、青い空を見上げる光の世界を彼に…。
音を立てないようにベットから起き上がり、外の見える窓まで歩いた。
身体を押し込めるように窓枠に背をあずけ、夜空を見た。
都会では見れないような満天の星空が広がっている。
星が幾つも流れている。
ハリーにははっきりと読み取れない空の模様だ。
そして、ひとわき大きい月。
黄色のような緑のような赤のような…地球に届くまでに幾多の障害を乗り越えて色に染まった不思議に輝く月が見えた。
月。
ルーピン先生を思い出す。
ルーピン先生は今どこにいるのだろうか。
そして、生きているシリウスは、今何を思っているのか?
「シリウス…」
ズキンと胸が痛んだ。
シリウス!!
ああ、あなたのことを思うと今だ胸が痛い。
忘れられるはずが無い。
あなたを。
初めて父親の代わりのように親愛を注いでくれたあなたを。
僕の名づけ親よ…!
愛する名付け親。唯一の肉親と呼べる。
いつかともに暮らすことが夢だった。
それは、どんなに素晴らしいことだったのだろうか。
…それは、叶わぬ夢だったが…。
「これは…夢じゃない」
今はまだ、何も起こっていない嵐の前の平穏の時。
ヴォルデモーテが復活のために力を溜め始めはじめたとき。
「…誰も、まだ知らない」
これから起こることを。
「……どうすればいい?」
どうすればいいのだろうか。
…いや、どうするもなにも、心はとうの昔に決まっている。
「…今度こそ、僕が殺す」
殺す。
どちらかが死ななければ、終わらないのだ。
それこそが予言。
定められた運命。
逃れられない宿命。
犠牲を払ってでも、完膚なきまでに、存在すら残さないようにヴォルデーテをこの世から消す。
…そのために、立ちふさがるもの…それが例え誰であろうと…。
誰で…あろう…と…。
「ううッ…」
ハリーは胸をかき抱いた。


…殺した。
僕は殺した。

殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して…
誰か、僕を殺して!!


痛い。
頭の中を針で刺されるような頭痛がした。


…なんだ?

僕は、何か忘れている?

"戻って"くる来る前の、ヴォルデモーテに辿り着くまでの出来事の一部が…思い出せない。
殺している。

僕は…僕は…。



誰かの屍を越え、ヴォルデモーテの辿り着いた…。

分からない。
ハリーは首を振って頭痛をどうにかしようとした。


痛みは額の右側…ちょうど、稲妻方のところから発生しているようだ。



(…眠ろう…)



ハリーは痛みに顔を顰めながらも寝床に戻った。
無意識のうちに自己防衛に心閉術を使っていた。

もはやそれは身に付いた習性だった。
何人にも心の中を覗かせない。

それは硬い堅い殻だ。
自分を守るためと、他人を守るための。
ハリーは夢の中へと溺れるように落ちていった。



++



ここはどこだろう?
僕は確かにベットの中に眠りに落ちたはずなのに。
そこは赤い世界だった。
寄せては引く、赤いワインを零したような赤い海。
全てが生命の赤の色。

「やぁ、来たね」

若い少年の声に、ぐるりと世界が反転した。
一回の瞬きの後、ハリーの真正面に一人の少年が立っていた。
年の頃は十代前半だろうか。
ハリーは少年の容貌に息を呑んだ。

銀色の髪。
真紅の瞳。
玲瓏の肌。
不思議な神秘的な空気を纏い、穏やかに微笑みながら少年はハリーを見ていた。

「あなたは…?」

一見して、彼の持つ色を除けばどこにでもいるような少年だったが、ハリーは頭の片隅で少年が普通ではないと感じた。
言葉使いも無意識に敬語を使ってしまった。
なんだろう。
ヴォルデモーテを前にしても感じたことはない、「彼には絶対に敵わない」という思いが生まれた。

「僕は…シンだよ」
「シンさんですか…?あの、ここは一体?」

ハリーは周りを見回した。
血のような鉄くさい匂いが辺りには充満している。
夢の中の癖に、いやにリアルティがある真っ赤な海と風景だった。

「ま、座りなよ」
「え?」

どこに座るところが…とハリーが聞き返そうとする前に、いつのまにか砂浜に丸いテーブルがあった。
手品?

いや、魔法?
…こういうのが、すぐに出せる魔法ってあったけ?

首をかしげながらもハリーは椅子に座った。

「僕の自己紹介はもういいよね。君はハリー・ポッターくんだよね」
「あ…はい、そうです」

「すごいよねぇ、魔法が超普通にある世界だなんてさ。僕の世界なんか、ロボットだよ?」

「は?ロボットですか?」
「そう!人造人間とか言っちゃってさ、しかもストーリーは現実系で、すんごいどろどろした人間関係。…んー…ど
うなんだろうね?魔法と人造人間。どっちが現実的なのかなぁ…。僕が思うに、どっちかっていうと魔法のほうが非現実的って気がするけどね」
「…はぁ。まぁ、僕も初めて魔法使いがいるって聞いたときはそんな馬鹿な!と思いましたけど…」
「だよねぇ…。いきなり君は魔法少女だ!みたいなこと言われたって、なんじゃそりゃって感じだよね?」

しみじみとシンは言った。

…どうして、こんなに和やかに会話をしているんだろうか?
ハリーは疑問に思いながらも、テーブルにいつの間にか乗っていた紅茶をすすった。
落ち着け。

ここはきっと夢なんだ。
やけに美味しいお茶だが、これは夢だ。

「いや、夢じゃないからね?」

ハリーの考えが聞こえたようにシンは突っ込んだ。
まさか心が読まれたのか?

と、ハリーは疑わしげにカップののみ口からシンを疑ったが、にっこりと安心させるような笑みを返されて「はぁ」と間抜けな声を出した。

「…どっかであったことありましたっけ?」
「…あー、忘れちゃったかなぁ…?」

ぽりぽりと、頭をかきながらシンは苦笑いをした。

「君は死ぬ間際だったしね、覚えてないのも仕方ないかもしれないけど…契約、したでしょ?」

契約?
――ならば、お前の最も大切なものを捧げよ。全てと引き換えに僕がその願いを叶える機会をあげるよ…

脳裏に浪浪とした声がリプレイされた。

厳かに響いた、悪魔の囁き。

「ま…さか、あなたが…あの声の…?」


にっこりと笑顔で彼は微笑んだ。
無邪気で…どこか、怖い笑みだった。

「さて…さくさくと話を進めようか?」
「あ、はい…」

世界樹というものがある。
枝分かれした世界。
無数の世界。
無限の世界。

「僕はあんまり君の世界には干渉しないから。それだけは覚えておいてね。あと、君の持っている前回の記憶…言い方としては"前世"でいいかな。

その記憶、あんまり過信しないほうがいいよ。これは僕の経験からの忠告ね」

「あ、あの?」

ハリーが質問する隙を与えず、シンはぺらぺらと話していく。

「…連絡係は特典付きで選んどいたから。まぁ、そのうち分かると思うけどね」

どんどんとシンの姿が遠ざかっていく。
ハリーは周りの景色が渦を巻くようにして吸い込まれていく。

「それと、たぶんこの夢は起きたら忘れてると思うけど、必要なときには思い出せるから気にしないで。んじゃ、ばははーい」



++



ハリーはすっきりとした気分で目を覚ました。

窓から差し込む光は明るく、全てを照らしているようだ。
意味もなく幸福感で顔が緩んでいく。
世界が明るい。

体を包んでいるのは戦いに備えての暗い高揚ではない。
生きている未来に対しての明るい希望だった。

「…あれ?なんか夢見た気がするんだけど…なんだっけ?」

とてもすっきりした頭の端っこの方が、霧が掛かったようになっている気がしたが、頭を一回振るとすぐに消えてしまった。
ハリーはベットから起き上がると、ベット脇の時計を見た。

朝食の時間までまだしばらくあった。
ハリーは懐かしき学び屋の散歩に出かけた。
グリフォンドールの談話室、暖かい気候の今では暖炉の火は燃えてはいない。
城自体が石作りなので、どことなくひんやりとした涼しさを感じた。

ハリーは寮から出た。
太った婦人は早朝から起こされて不機嫌になったが、ハリーは「ありがとう」と笑顔で言った。
密やかな朝日に包まれた静かな校内は、夜の寝静まった無人とは違っている。

ふらりとハリーは今だ薄暗い城を歩いた。
あちこちに掛けられた肖像画の人物はスヤスヤと心地よさげに眠っていた。
時折聞こえる意味不明な寝言に耳を傾けながらハリーは進む。

やがて辿り着いたのは狭い廊下の奥だった。
ハリーはそっとドアを開けた体を滑り込ます。掃除をあまりしない場所なのか、ほこりっぽい匂いがした。
ハリーは目を細めた。

「あった…」

机と椅子が積み重なっておいてあり、使わない教室のような中身ばかりがあるなか、隠すように壁の端へ寄せられている教室の備品として関係がなさそうな鏡。
ほこりが鏡のふちにつもり、いかにも使い道のまったくない古ぼけた鏡という風体だ。
ダンブルドアがいつこの鏡の中に"賢者の石"を移すのかハリーは知らない。

(急いだほうがいいな…)

必要なのはなんだろうか?
誰も知らない場所。
僕意外が入れない場所。
ハリーは考える。

「…あそこが一番いい」

ハリーはみぞの鏡が今はまだこの場所にあることを確認すると、踵を返し、その足である場所へと向うのだった。

++


「あら?朝のお散歩は済んで?」
「うん、お土産に花を摘んできたんだけど…これって、どうすれば貴女にあげられるかな?」
「まぁ!わたくしにプレゼント?」
「朝露が乗ってて綺麗だったからね」
「わたくしにプレゼントしてくれる生徒なんて、何十年ぶりでしょう!あなたはいい子ね、ハリー」

ハリーは城の中庭に咲いていた小さくも、生き生きとした美しい花を摘んできた。
朝露を含んだ花は輝いている。

太った婦人は本当に嬉しそうにハリーに笑いかけた。

「でも、あなたの気持ちだけをいただいておくわ。受け取れないのよ」

残念そうに太った婦人は摘まれたばかりの可憐な花を見詰めた。
オレンジの明るい花の名はすえつむはな…紅花だった。
絵の中にあるものなら触れもすれば感触を確かめることもできるが、絵の外の現実世界のものには触れられないのだ。

太った婦人は気を取り直すようにハリーに笑いかけると、中に入らなくてよいのかしら?と聞いた。
そろそろ起床時間時間のようだ。

「あ、うん。カブート ドラコニス」
「よい一日を」

そして、一日が始まる。

「ほら!あれが例のアノ人に打ち勝った…ハリー・ポッター!」
「見て、見てよ!」
「唯一、生き残った男の子?」
「本物?」
「赤毛の隣のヤツだ」
「…見て、ほんとに額に稲妻型の傷がある!」

ハリーが校内を歩くと、皆が不躾な視線でハリーを窺った。
誰もが一目英雄と言われるハリーポッターを見ようと鈴なりになる。
ハリーの冴えない外見にあるものは落胆し、あるものはメガネの下の素顔を想像する。
だが、周りにどんなに注目されようと、ハリーはどこ吹く風だった。

何年も『最も偉大な魔法使い』…『最強の魔法使い』と言われ、常に衆目に晒されてきた。
名前を言ってはいけない"あの人"に打ち勝った、只一人対抗できる魔法使いとして。

「すごいな…君が有名だってことは知ってるけど、ここまで皆に見られるとは…」
「気分としては動物園のパンダかな?」
「動物園?それって、マグルが檻の中で無理やり生物を飼っているやつだっけ?」
「そうだよ」
「すごいね!もしかしてドラゴンとかも飼ってるの?」
「そんなものはいないよ。せいぜい、普通にマグルの動物図鑑に載っている生物ぐらいだよ」

ハリーは珍しくダドリー一家に連れられて動物園に行ったときの事を思い出した。
あの時逃げ出した蛇。

あのあとすぐに捕まって檻の中に戻されてしまった。
そしてハリーは知っている。

尊敬の目と軽蔑の目の両方を。
いい意味でも、悪い意味でもハリー・ポッターの名前は有名すぎた。
ハリー・ポッターの名前は、ハリーが生まれたとき…いや、両親が死に、ハリーだけが生き残り、印のついたその
瞬間から、ハリーの意思を離れ、一人歩きをしていた。
ハリーの名前には必ずヴォルデモーテが付きまとう。

魔法界に来てから、見られるとこには慣れている。
大体、見られて減るものなんて一つも無い。

ハリーはハリーだ。
それ以外の何者でもない。
それに…『最も偉大な魔法使い』だと…?




「クッ…」


ハリーは喉で笑う。


笑わせる。
大切な人を守れずに。

大切な人たちを守れずに。
最強が聞いて呆れる。

最後の大勝負に負けたハリーは、ヴォルデモーテに一歩及ばなかった。
ハリーが唯一最後のヴォルデモーテと力の拮抗した存在だったというのに…。

みなの期待と命を背負い、仲間たちの死と引き換えに勝負を挑んだというのに…。
僕があの最後の時で負けた。
それが揺るぎのない事実だ。


「ハ、ハリー・ポッターさんですね、私、あなたのファンなんです!」


突然、女の子が一人、群れから出て上気した顔でハリーに握手を求めてきた。
差し出された手にハリーは躊躇う。
ロンは吃驚した顔でニヤニヤ笑っているが、ハリーはその女の子が見ているのはハリーではないと知っていた。

彼女が握手を求めているのは、名前ばかりが有名になったハリー・ポッター。
彼女が見ているのはハリー自身ではない。
ハリーの幻想だ。


「…ごめん」


緑の瞳が揺れる。
ハリーはその手を握れなかった。


その横をちょうどよくハーマイオニーが胸を張って通り過ぎた。

「あ、ハーマイオニー!一緒に行こうよ」

ごめんね、とハリーは握手を求めた少女にもう一度謝るとハーマイオニーの後を追った。
ロンもハリーについて来る。

一緒に並んで歩き出したハリーをハーマイオニーはちらりと横目で見た。

「さっきの、何で握手してあげなかったの?」
「見てたの?」

ハリーは変なとこ見られちゃったなぁと頬を掻いた。

「ええ。あの子、少し可哀想だったわ。勇気をだして言ったのでしょうに…」
「僕もそう思った。なんで?可愛い子だったじゃん」

ロンもハーマイオニーと同じ意見だったようだ。
もったいないと口をすぼめた。

「だって僕、ハーマイオニー一筋だから」

誤魔化しにし、大きな本心を込めてハリーは言った。

ロンは「はぁ?」と大口を明け、ハーマイオニーは立ち止まった。
(あ、この頃って目線あんまり変わらないんだ)
ハリーはハーマイオニーとの身長差がほとんどないことに気が付きちょっと嬉しくなった。

すぐ横に顔を向ければほぼ水平の位置にハーマイオニーの愛らしい顔がある。
あと二・三年もたてばハーマイオニーはハリーを見上げなければならなくなるはずだ。


「貴方…実はレディ・キラー?」


ハリーから心持ち身体を離して距離をとりながら、ハーマイオニーは胡乱気に聞いた。
「まさか!」
にこにことハーマイオニーを見つめるハリー。

疑わしげにハリーを見て、次にロンを見、ハーマイオニーはじりじりと後退すると、

「じゃあ、先行くわね!」

走って行ってしまった。

「…ロン。どうしよう。ハーマイオニーに振られちゃったよ」
「……僕、ハリーが分からないよ」

それはそれは悲しそうにハリーに言われ、ロンは力なく首を振った。




++




寮生用の大浴槽もあるが、ハリーはそこまで行かなくてもよいかなぁと思い、各部屋に備え付けられているシャワー室を使っていた。
ホグワーツに来てからシャワーを浴びるのは初めてだった。
昨日は入学式の後は服を着たまま寝てしまった。
今日は一日に荷物の整理をしたり、ロンと一緒に寮内を回ったりとしたので服も埃っぽい。
眼鏡を外してぽんぽんと服を脱ぎ捨て、最後の時の口の中の血の味や身体に染み付いているような気がする血のにおいを流しておこうハリーはシャワーを捻ねった。

「うわぁ!!」

ロンはシャワー室に引っ込んだハリーの叫びに驚いて飛び跳ね、バスルームの扉を叩いた。

「ハリー!?どうしたの、大丈夫か!」
「あ、あ。大丈夫だよ、ロン。ちょっとお湯の調整を失敗して、あっついの浴びちゃったんだ」
「本当に?やけどとかしたの?」
「いや、してない。大丈夫だよ。ありがとう」

なんとか平常心を取り戻し、曇りガラスの向こうでロンがドアから離れたのを確認してからハリーはバスから上がり、眼鏡をかけた。

バスルームに設置されている鏡に近寄った。
蒸気で薄っすらと曇った鏡を手で拭いてクリアにした。
広間で我ながら自分の身体が貧弱だと思い、十二歳の頃はこのぐらいの弱弱しい身体だったのだろうと納得していたのだが、今、鏡に写る自分の身体はハリーの予想を超えた凄惨なありさまだった。

服の下に隠されるようにあったのは、痛ましい痣だらけだった。これはハリーも良く知っている。
昔ダドリーたちによく殴られたときのものだ。子供ながらに悪知恵が働き(あるいはバーノンに言われていたのか
もしれないが)顔を殴らずに服のしたの表には出ないとこだけ殴るダドリーたちには頭にきていたものだ。
…それにしても、我が身体ながらここまで痣が残るようないじめは受けていなかったように思える。

ハリーは鏡に向って背を向けて首を後ろにめぐらした。
先ほど、シャワーを浴びたとき、一番痛く染みたのは背中だったのだ。
鏡に映る、自分の背中。

「あぅ…」

ハリーは信じられない思いで喘いだ。
右肩からの背中半分が皮膚が醜く引きつっていて、無事な左側をさらに蚯蚓腫れのように赤い線が走っている。
ハリーは片手を背に回して、その筋をなぞった。ぴりぴりとした痛みに、呻く。
全体を醜い引きつりった痕はケロイドだ。

なんだ、この傷は?
そう。例えば鞭とか、定規みたいな長いもので叩いたような…。

普通の生活、ダドリーにいじめられているぐらいのことでは、こんな跡は付くはずが無い。
ぶるりと身体が震えた。

…まさかとは思うが…この世界の僕は、虐待されていたのか…?

そんな、馬鹿な。ハリーは鳥肌の立った肌を押さえた。
確かにダドリー一家は酷いマグルで、部屋もハリーが家畜か何かと勘違いしているような人権を無視した階段の下。

与えられるものもダドリーのお下がりや、余った残り物ということが多かったが…ここまで、身体に傷を付けるほどにいたぶられた覚えは無い。

ならコレは、ヴォルデモートと戦いの日々の名残かとも思ったが、それをハリーは心の中で否定した。
確かにヴォルデモートと戦いの中、身体に傷を負ってはいたが後が残るような傷を負う事は少なかった。

あの、最後のときに貫かれた胸。命の実のつぶれる音。あれこそが、最大にして最後の傷だった。
ハリーはこの肉体が自分のものであって、自分のものでないことを自覚した。
言うなれば、魂だけが別次元の自分に入っているのだ。

確か、シンがそう言っていた。
(シン?ソレって誰だ?)


一瞬浮かび上がっていた誰かの名前に眉をしかめるが、すぐに紅い夢を思い出す。

脳裏に浮かぶ、血のように赤いシンの瞳。
そう、まるで…賢者の石のような…。
ハリーは背中の傷に爪を立てた。

とろりと血が流れ、感じる痛み。
この肉体に入っているのは僕の魂。

ならば…本来のこの身体の持ち主の"僕"の魂はどこへ行った?



++



「…天空を星が流れた。そして、星が再び輝いた」

青い瞳で空を見上げて一人、呟いた。




++



ハリーは自分の身体の傷跡に悶々としているうちにも、毎日は過ぎていく。

「へぇ、流石だね、ハーマイオニー」

ハーマイオニーは当然のように先生の話がよく聞こえる一番前の席を陣取っていた。
ロンは前の方の席に座ることを嫌がったが、ハリーはハーマイオニーのすぐ後ろの席に座った。
今はマクゴナガル先生の変身術の授業だ。
マッチを針に変えるという授業で、皆が苦戦するなか、ハーマイオニーだけがマッチを針に変えることに成功した。
銀色に輝くすらりとした鋭利な針をつまみ上げ、ハリーは感心した。

「そんなことないわよ」

褒められて、ハーマイオニーはまんざらでも無さそうに嬉しそうに笑った。

「本当にすごいよ。初めてでここまで出来れば大したものだよ」
「ハリーは?出来たの?」

ハリーは机に乗ったままのマッチを指差して肩を竦めてみせた。
変化のないままのマッチは机の上にぽつねんと寂しげに置かれている。
ハリーの隣では、ロンが必死で呪文を唱えてマッチと格闘している。
ロンが真剣な顔をしているほど、傍から見てると滑稽だった。

「あー!出来ないよ、ハリー!」
「うん、僕もだよ、ロン」

ロンがお手上げ!とばかりに両手を挙げた。
ハリーも同意を示したが、ハリーはやろうと思えば出来た。
ホグワーツをいちおは卒業し、フクロウ・イモリは受けてきた。
ハリーはホグワーツに入るまで全く魔法というものを知らなかったし、他にもマグルの子供もいくらかは入学してきていた。

"純潔"と呼ばれる両親に魔法使いを持つものでも、魔法のきちんとした知識を知らない。

本能で出来る術に、理論を付けられて正しい魔法を教わるのには骨が折れるようだった。
ハリーはもう一度、彼等と机を並べて一緒に授業が学べることが嬉しかった。
クレィル先生の授業闇の魔術の防衛術では、ハリーは一番気合を入れていた。

闇の防衛術には実地で培った経験がある。
闇の防衛術は基礎が大事だと言うことはDA…ダンブルドア軍で皆に教えたときにますます高まった。
クィレル先生は教室でおどおどと皆を見渡した。

ハリーの頭を視線が通過するとき一瞬、瞳があらぬ方向に向かって泳いだように見えた。
目の鼻の先に、一部とはいえヴォルデモーテがいる。

ハリーは天敵を前に薄い微笑みを浮かべて、何も知らない子供のように熱心にクィレルの黒板を書き取った。
額の傷跡が少しうずく。

もしかして、クレィルの授業を受けるたびに痛みが現れるのだろうか?
ハリーは自分がヴォルデモーテに対して敏感になっていると思った。
その日、初めて(今回では初めてという意味だ)ハリーにヘドウィグが手紙を運んできた。
そうだ!記念すべき最初の手紙はハグリットだった!ハリーはいそいそと手紙を開いた。


「ロン。今日の午後は空いてる?」
「空いてるよ、なんで?」


オートミールをすっかり食べ終えたロンがスプーンをおきながら聞いた。


「あのさ、今日の午後一緒にハグリットのところへ行かないかい?」
「ハグリットって…あの、森の番人をしている大きな人だよね」
「ああ、とても気のいい人だよ」
「僕も行っていいの?」
「当たり前。だってロンだもの」
「それってどういう理屈か分からないけど…僕も会ってみたいな」
「オッケー」


ハリーはロンから羽ペンを借り、すぐさま手紙の裏に返事を書いた。
ヘドウィグが飛び立つ。
可愛く小さく、たまに気分やだがいつでも忠実な使いのヘドウィグ。
うきうきしながらハリーはロンと一緒に教室に向かった。



++



城の中でも地下にあるスネイプの教室は、階段を下りていくのと同時にじめじめしたカビっぽい匂いがして陰気にさせる。
ロンは階段を一歩ずつ下りるたびに足に子鬼かぶら下がって重くなっているようだと思った。

ハリーはロンの隣を歩いていた。
先にたって歩くことも、後ろについて歩くこともない。
無意識なのか意識的になのかロンには分かるところではなかったが、ハリーは常にロンの真横を歩いた。

汽車で一緒の席に座ったのが縁だったのか、ここ数日の教室移動や行動をロンとハリーは一緒にしている。
もちろん、他の新しい友達と話したりすることも多いが、断然一緒に時を過ごしているのはハリーだ。
ハリーとはまだ一週間程度しか付き合っていないが、実は彼がホグワーツの構造に驚くほど詳しいことをロンは知っている。

ロンはまだ完璧にホグワーツの構造、どこになにがあるのか、ということを理解していない。
広い城の中、どこをどう行けばどの授業の教室があるのかなんてさっぱり分からなかった。

迷子になってどこかに迷い込んで、一生見つからずに干からびて死んでしまった生徒がいるとジョージとフレッドが言っていたから、自分もそうなってしまったらどうしようと考えていた。

けれど、嬉しいことに教室に辿り着けなかったことはない。
ハリーが教室の場所を完全に把握していた。
ロンが間違った道に行こうとすると、それとなく正しい道を教えてくれるのだ。


「うへぇ…。なんか、囚人になって地下牢に向かっている気がするよ」
「そうだねぇ…じめじめしてて地下っていやだよね」

そこらへんにキノコでも生えているんじゃないだろうか。
毒キノコとかが栽培されていそうだ。
影になっている薄暗い端っこのほうに目を凝らしてしまう。


「ああ、さよう。ハリー・ポッター!われらが新しい――スターだね」


嫌味の篭もったスネイプの声に、危うくハリーは噴出しそうになった。
笑いを飲み込んで、ハリーは殊更真面目な表情を作った。
スネイプの陰険さは一種のポーズでもなく、ただの地であるとハリーはすでに知っていた。
スネイプのべったりとした黒い髪、ハリーを見詰める瞳は、冷たくて、虚ろで、ハリーを見てはいない。

ハリーを通して、ハリーの父であるジョームズを見ているのだ。
父がスネイプにしたことは、はっきり言ってハリーも父に嫌悪すらを抱いた。
それは、ダズリー一家で屈辱と受けてきたハリーには信じられないことだった。

スネイプに同情すらした。
スネイプのことを本気で疑い憎んだ時期もあったが、それはすでにハリーの中でほとんど消化されている。
彼は最後まで味方であったし、最後までともに戦ったものの一人なのだから。

「いいえ。僕はスターではありません。スネイプ先生」
「そんなことは知っておる!誰が発言を許したのかね?」
「すいません、先生」

初っ端から怒られた。
クスクスとマルフォイとその手下の冷やかし笑いに、ハリーはそちらに目を向けた。
幼さを残した銀色の髪をしたマルフォイ。
これから、僕とライバルの関係になるマルフォイ。

共に牽制し、高めあう仲となるだろう。
腐れ縁の仲として、互いを罵り合いながら。

彼は…彼はなにも悪くはない。
最初は、なぜ彼にそこまで嫌われ、憎まれるのか分からなかった。

ぶつけられてくる悪意に、ハリーも悪意で返した。
…もしかしたら、それが悪かったのかもしれない。

今はもうおぼろげなマルフォイとの最初の出会いと、二度目の会話。
…どちらが先に相手を敵としてみなしたのか。
もしかしたら、握手に差し出された手を握り返し、その上で互いを理解しようと譲歩しあえたかもしれない。
マルフォイは…ドラコは、父の背中を見て育った。
ドラコは黙って見詰めてくるハリーを怪訝な表情をした。
にっこりと好意的に微笑んでやると、目を丸くして、次にむっとしたように睨んできた。
相変わらず、プライドの高さは一級品だと思う。

スネイプの授業をハリーは楽しみにしていた。
スネイプを怒らせてはいけないことを皆が肌で感じているのか、スネイプが魔法薬についての説明をしている間に
私語はない。
皆が飼いならされた子兎のように大人しくスネイプが言葉を発するのを待っている。
前回ではハリーはスネイプを一方的に嫌っていたから、授業そのものが嫌いだったが…。
授業以外でもなにか真剣に会話をして見たいとも思っている。
今のハリーはスネイプが抱えていたハリーへの…いや、ハリーの父親であるジェームズへの対抗心と復讐心からくる複雑な心境が分かる。

ハリーはスネイプが不器用な捻くれ者であると考えていた。

「ポッター!」

突然、スネイプがハリーを名指しした。
ハリーは瞬間的に椅子から立ち上がった。

「アルフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか?」
「眠り薬です」

間髪居れず、ハリーは返答した。
ピクリとスネイプの眉が動いた。大方、ハリーには答えられないと踏んでいたのだろう。
ロンが、「凄い!」という風にハリーを見上げていた。

ハーマイオニーは、パッとあげた手をしぶしぶと下ろしていた。
答えないほうが良かったかな?とハリーは思った。
折角、ハーマイオニーが意気込んで手を上げていたのに、反射的に答えてしまった自分にハリーは舌打した。
でも、これからの授業でハーマイオニーがその明晰な頭脳を発揮する場面はいくらでもある。

(っていうことで、ごめん、ハーマイオニー)

心の中でハーマイオニーに向かって手を合わせる。

「……よろしい。では、もう一つ聞こう。ペゾアール石を見つけて来いといわれたら、どこを探すかね?」

気を取り直したように再びスネイプは質問した。ふらりとハリーは視線を彷徨わせた。
ペゾアール石とは山羊の胃から取り出す石だ。
昔、ハリー自身が薬の調合実験を行なうために山に登り、じきじきに山羊の胃を裂いたことがある。
その時の記憶まで蘇ってきて、ハリーはかすかに口元をあげた。

魔法で山羊の胃からペゾアール石だけを取り出す手もあったが、そのときハリーは自らの手とナイフを使って、山羊の腹を裂いた。
自らの手で裂くことが、自分の実験のために犠牲になる山羊への精一杯の感謝の気持ちだった。

「…まず、山で手ごろな山羊を見つけます。そして、一瞬にして痛みを感じさせないように殺し、その後で腹を割いて胃を引きずり出します。…一瞬で殺すためには、喉笛を作のが一番です…。腹を裂く際、胃と共に腸などの臓物もあふれ、血が噴出するでしょうから、汚れてもいい服と後で手を洗う水の準備が必要です。べゾアール石…答えは、哀れな山羊の胃の中、です」

なぜか生々しいハリーの言葉に、生徒たちは固まった。
スネイプでさえ、飄々としたハリーの言い方に無表情のままで固まったように見えた。

「…よろしい」

声が震えているのは、決してハリーが正解した所為だけではないだろう。

「アルフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものは、強力すぎる眠り薬になるので、『生ける屍の水薬』とも言われておる。また、ペゾアール石は、大抵の薬に対する解毒剤となる…」
ハリーの答えを補うようにスネイプが言う。
「スネイプ先生、僕座ってもいいですか?」
「…よろしい」

やっとハリーは腰を下ろした。

尊敬の眼差しを送ってくるロンに片目を瞑ってウインクをした。

「…諸君、なぜボーっとしているのだね?今のノートに取る必要などないと考えているのか?なるほど、君たちは私の授業をとる必要のあるウスノロとは違うと言うことかね?だったら、誰か前に来て我輩の変わりに授業するか?」

スネイプはイライラと声をあげた。

全くもって、スネイプの言葉は八つ当たりだった。
皆が弾かれたように一斉に羽ペンをノートに走らせる。
ハリーもちょこっと簡単にノートに書きながら、ぼんやりと考え事をした。
今ここに自分がいる瞬間に…まだ、シリウスはあの悪名高き牢獄に閉じ込められているのだ。
すぐにも助けだしたかった。

そして、彼の身の潔白を証明し、彼の病んでしまった精神をゆっくりと直していかなければならない。
彼に必要なもの。

それは自由に他ならない。


(…僕が一人で動くのは難しいな…)


準備が必要だった。
今度こそヴォルモーテを殺すために。


「では、マルフォイ。モンクフードとウルフスベーンとの違いはなんだね?」

スネイプがマルフォイを当てた。
マルフォイは余裕ぶって立ち上がって、じろっと一回ハリーを睨んだ。

「その二つは同じ植物です。別名を…アナコイトといいます。また、トリカブトのことです」
「いいだろう!実に模範的な答えだ!それに引き換えポッターは、私の質問をわざとはぐらかして答えたな。グリフィンドール、一点減点!」
「そんなの横暴だ!」


ロンが、ハリーの隣で小さく罵った。


(あー、やっぱりスネイプはこうじゃなくっちゃね)


手玉に取られてくれるスネイプも捨てがたいが、このくらいの嫌味がスネイプはスネイプといえない。
マルフォイが「僕にだって、このくらいのことは朝飯前さ」とばかりにハリーに嫌な笑いを向けてきた。
ハリーはロンとハーマイオニーを交互に顔を向けて、呆れたように苦笑いをした。
そのあと、ハリーはおできを直す薬の調合も完璧にこなし、ネビルが間違えないように助言し、なにも問題はなかったのにも関わらずスネイプは鍋の跡かたずけが悪いといちゃもんをつけ、結局合計二点減点された。
一番最初に教室から出て、地下牢から地上に上がっていく際に、ロンが俯いたままのハリーに慰めの言葉をかけた。


「ハリー、気にするなよ」
「ふふ…うん。全然気にしてないよ、たかが二点ぐらい」

顔を上げたハリーは肩で笑っていた。
俯いていたのは、笑い顔を見せないためだったようだ。
スネイプが引いた一点の理由!ハリーから点を引こうと、スネイプが無理やりひねり出した因縁なのだろうが…。
あまりのちっぽけさに、ハリーは理不尽さに怒るよりも笑ってしまっていた。

なんとか教室を出るまでは笑いを堪えていたがもう駄目だ。
笑いがこみ上げてくる。

「え…あっと、そう?そうだよね、ジョージもフレッドも、いつも沢山点数を引かれてるから、気にするほどのことでもないかもね」
「だろ?」

こんなのジョージとフレッドがいつもする減点のすずめの涙だ。
たって二点しか引かれなかったのが不思議なくらいだ。
前回ではいろいろとたくさん点を引かれまくっていたので、一点や二点ごとき、どうとも思わない。
てっきり落ち込んでいると思ったロンは拍子抜けたが、落ち込むよりはいいだろうと一緒に笑った。

「じゃあ、ハリー。ハグリットのところに行こうよ!」
「そうだね!…あ、でも一回寮に寄ってからでいいかな?」
「別にいいけど…なんで?」
「うん、折角招待してくれたんだから手土産の一つは持っていったほうがいいかなぁって思って」
「ふーん…」
ハリーは変なところで大人みたいだなぁとロンは思った。
それから大急ぎで一旦部屋に戻って、ハリーは幾つかのお菓子を袋に入れてから城を出た。
二人は校庭を横切って、ハグリットの住む「禁じられた森」の端へ向かった。
「禁じられた森の近くに住んでるって、なんかすごいよね。でもさ、どうして禁じられた森には入っちゃいけないって先生たちは言うんだろうね」
「んー…まぁ、理由があるんだろうけどね…」
「理由かぁ…教えてくれてもいいのにねぇ…」

曖昧に答えながら、ハリーはまたしても考え事を始めた。
ロンは黙り込んだハリーを横目で見て、どきりとした。

真剣に何かを考え込んでいるのか、ハリーの目は鋭くて、何か近寄り難い。

「ハグリット、招待ありがとう!!」

笑みを浮かべて言うと、ハグリットは驚いたように

「よう、ハリー、よく来たな!!」
「今日和ー」
「お。お前のその赤毛は…ウィズリー家の子供だな?」
「そうです…」

何で知っているんだろうと不思議そうな顔をするロンに、ハグリットは

「それにしても、ハリー。お前さん、最初のころより明るくなったなぁ…」

しみじみとした様子でハグリットは笑うハリーを見ながら言った。
ハリーはどきりとする。

「そうかな?最初のときの僕って、どんなだったっけ?」

気安い調子を装って言うと、ハグリットとロンがちょっと困ったような顔をして、顔を見合わせた。

「そうだなぁ…その、なんていうか…」

と、ハグリットが顎鬚をいじりながら言い淀む。


「いいから言ってみてよ」
「…うー…ハリー、怒らない?」
「怒らないってってば!」

じゃあ…と、ロンは口を開いた。

「なんて言うか、すっごく暗かった」

すると、ハグリットもロンに同意をするように頷いた。


「ああ、愛想もなくて、オレが誕生日の祝いをしてやったときも、口が利けないのか思うほど無言だったし」
「電車のなかでさ、覚えてる?席が無いからって僕の隣に座るとき『隣、いい?』って無表情で聞くんだもん。僕、結構ビビッてたんだよ」
「だなぁ…オレも最初、反応が返ってこないから何を話していいのか分からなかった」
「だね、マルフォイの握手とかだってさ、マジでシカトだったじゃん。周りに興味ないって感じ?あれは凄かったねー」
「随分な言われようだね、僕…」

違う。僕はハグリットが十一歳の誕生日祝いをしてくれたとき、飛び上がるほど喜んだ。
初めて出来そうなロンという友達に、嬉しくってにこにこと会話をしたはずだ。

「ハーマイオニーの時だって、『ああ』『うん』ぐらいしか返事しなかったじゃん。実は僕、もしハリーが寮の部屋が一緒だったらやっていけるのかなぁって心配してたんだよ。でも、組み分け終わってから明るくなったから、良かったなぁてホント、安心したんだぜ?」
「今思えば、あの時はハリーは緊張しておったのかなぁ?」





++




必要なのはなんだろうか?
誰も知らない場所。
僕意外が入れない場所。
ハリーは考える。

「…あそこが一番いい」

++


「あら、どうしたの?ハリー?今日は随分と嬉しそうね?」
「ああ、だって僕は嬉しいんだ!」

ハーマイオニーに抱きつきながら、ハリーは満面の笑みだった。

「ちっ…ちょっと、ハリー!いきなり抱きつかないでよ!」
「あ、ごめんごめん」

ハリーは名残惜しげにハーマイオニーの身体を離す。
どうも最近、自分はずっと笑っている気がする。
お陰で、ちょっぴり根暗に見られがちな外見を払拭してハリーの顔は生き生きとして見える。

「で?なにがそんなに嬉しいの?」
「それはね、ハーマイオニー。今日から飛行訓練が始まるんだよ!」

落ち着き払って聞いたハーマイオニーにハリーは嬉しそうに答えた。

飛行訓練。
掲示板に張り出された文章に、ハリーは小躍りしたいほど楽しみだった。
グリフィンドールとスンザリンの合同授業というのは…まぁ、致し方ないとしても。
むこうはこちらを一方的に敵視しているが、ハリーにはどうだっていい。

邪魔になるようなことをしたら、それなりの報復はさせてもらうつもりだが…。

「まぁ、そんなこと?」
「『そんなこと?』だって?ハーマイオニー、君には空を飛ぶ男の浪漫がわからないのかい?」

ロンがハリーの横から口出ししてきた。

「そうだね、ロン!空を飛べるって気持ちいいよね!」
「だろ、ハリー!!」
「…あなたは魔法使いの家に生まれたから、箒で飛ぶのはなれっこかもしれないけど、私はまったく経験がないのよ!」

不安一杯の顔でハーマイオニーは怒鳴った。
それはそうだろう。
予習でどうにかなる薬草学などとは違って、箒で飛行するのは本当の意味で"魔法力”…"魔力"が必要になるのだ。

「あのなぁ、僕だって、自分用の箒があるわけじゃないんだから…もっぱら移動手段は粉だったんだぜ?スタートとしては君と一緒だよ。ま、確かに兄たちの飛ぶ姿とかは見てるけどね」
「…私、たくさん飛ぶことに関してのコツを書いた本を読んだのよ。でも…やっぱりこればっかりは理屈じゃどうしようもないわ…」




「や!なにをそんなに困った顔をしてるんだい?ロニー坊や?」
「なッ!どっから出てきてんだよ、フレッド、ジョージも!」
「…どっからって…別に僕たちは幽霊じゃないんだから…」



「フレッド!今日は飛行の授業があるんだよ!」


必要なのはなんだろうか?
誰も知らない場所。
僕意外が入れない場所。
ハリーは考える。

「…あそこが一番いい」


「へぇ、そうか。そういやこの時期だったね、箒に初めて触れるのは」
「…ジョージってさ、絶対一目を盗んで授業の前に箒に乗ったでしょ?」
「はは!なにを言い出すのかな、ロンは!」
「誤魔化すなよ!僕はちゃんと知ってるんだぜ!  の箒をジョージたちが使って母さんにこっぽどくしかられてたのを!」





。。。。 ち か ら  つ き た 。