蒼天に雨


01


「どうしたんだ…?」

長い里外任務を終え、木の葉に帰ってくると里は異様な空気に包まれていた。外を歩いている里人が極端に少ない。稀に見かけても、早足に怯えるようにきょろきょろしながら歩いている。
人を捕まえて聞こうとするが、目が合ったとたんに逃げるように走っていってしまう。
ともかく、人のいるところに…詰め所に行こう…。
灰色の空の下、廃墟のように静まる里をサスケは歩き出した。

「…くんっ!?サスケくんっっ!!」
「サクラ…?」

道中、遠くから桃色の髪を乱しながらサクラが走ってきた。

「サスケ君、いつ帰ってきたの?もうっ、帰ってくるって知ってたら迎えに行ったのに!!」

里の重い雰囲気と不釣合いに嬉しそうに話し出すサクラ。成長し、伸びた髪を後ろで軽く結んだサクラは、里でも知的な女性となっていた。
のびのびと自分の能力をし然るべき場所…管理運営課の管理部で持ち前の頭脳を発揮できるようになった。しかし、明るく生き生きとしていたはずのサクラの顔色は化粧で誤魔化しているようだが、悪い。サスケは疑問に思ったことを聞いた。サクラなら答えてくれるだろ。

「サクラ…里でなにかあったのか?」
「え…別に、なにもないわよ?」

すぐにサクラは否定したが、一瞬口元が引きつったのをサスケは見逃さなかった。
せわしなく動かす瞳は明らかに挙動不審だ。

「おい…。なんで、隠す?」
「隠してなんかいないわよっ!!ただ…」

そこで言葉を切ると、サクラは怯えたように誰もいない辺りを見回した。
まるで敵に囲まれて神経を張り巡らしているような慎重さだった。活気をなくし、寂れてしまった里に"なにか"がいるように。

「…?」

不思議がるサスケに向かい、意を決したように、縋りつくようにサクラはサスケに向かって口を開こうとした。

「サスケ君、あのね…あのね…」


その時。


「お帰りだってばよ〜!サスケ♪」
「ひっ!!」

唐突に、ナルトの声が頭上から振ってきた。サクラはナルトの声が聞こえたと小さく悲鳴を上げたが、サスケはさして気にしなかった。ナルトの声のしたほうに分かりづらい表情ながら、嬉々として仰ぎ見る。

「ナルト!」
「そうだってばよ!今日、帰ってくるって聞いたから、わざわざ来てやったぜ?」

木の上に寝そべるように、にこにこと笑顔で手を振ってくるナルトにサスケはほっとする。
ナルトは変わらない。
子供の頃から驚くほど成長した。

太陽の日差しに、金色の髪が梳けるように輝く。
十四の頃から伸ばし始めた髪は、今では腰に届くほどになり邪魔毛に後頭部で一本に結んでいる。相変わらず青空のように澄んだ瞳は昔と変わらずいたずらっ子のように輝いている。その、綺麗な瞳が怒りや悲しみに眇められるのを、自分は幾ほど見たであろうか。それは自分のためではなく、他人のために輝くことが多かった。

今ではもう、ドベとは言えなくなった。
それでも、子供の頃から苦難をともに乗り越えてきたナルトのことは自分が一番よく知っているという自負からついつい「ドベ」と呼んでしまう。共に上忍までにあがった自分がナルトと対を成す存在だとサスケは思っている。
サスケは里でも一・二を争うといわれる美貌を綻ばせると、ナルトのいる木に向かって手を差し伸べた。ナルトは広げられた腕に苦笑と呆れを混ぜた表情をすると、軽やかに木から踏み出す。

―…ストン
重力を感じさせずに、軽やかにサスケの腕に向かって飛び降りる。

頭一つ分低いナルトの金髪がわずかにサスケの顎のあたりをくすぐった。ナルトが勢いよく顔を上げると、サスケの歳を経て穏やかになった黒い瞳とぶつかる。瞳と瞳がかち合ったて、二人はどちらともなく笑顔になった。

「おかえり」
「ああ、ただいま」

ナルトに迎えの言葉を言われ、やっと木の葉に帰ってきたと実感する。今度の任務は長く、里の土を踏むのはかれこれ一年半ほどだ。

「…いやぁ…」

後ろから小さく聞こえた声にサスケが振り向くと、ナルトの姿を恐怖に目を開き、小刻みに震えているサクラの姿があった。まるでバケモノでも見るようなサクラの様子に、サスケは不審に思う。ナルトが現れる前から少し様子が変だったが、昔ながらのナルトを目にしてもこの脅えようは…?

「…サクラ?」
「来ないでッ…!!」

心配げに傍に寄ろうとしたサスケだったが、サクラに拒絶の声を上げられる。ナルトはサスケのすぐ傍で、面白そうに口を半月に笑みサクラの様子を観察している。サクラは明らかに怯えていた。切羽詰った声で叫び、一歩距離を取るように後ずさった。

サクラは何に怯えているのだ?

サスケはその要素を考える。
二人で話していたときは普通だった。少なくとも、オレには怯えていなかったのは確かだ。では、今サクラは一体何に怯えている?先ほどとは違う、要素。

サクラの視線の先を辿れば、…それは…ナルト?

「あ〜あ、サクラちゃんったら、バケモノでも見たような顔したら俺だって傷つくってばよ?」

能天気なナルトの言い方に、サスケはナルトを見た。ナルトは脅えたサクラを見て、楽しそうに首を傾げていた。

「おい、ナルト?」

サスケの問うような視線を無視して、ナルトは一歩サクラに向かって足を踏みだした。サクラはヒッと叫んで頭を抱えて身を守るように地面にしゃがみこんだ。

「お願い…近寄らないでッ!!」
「サクラ!?」

その、尋常でない脅え方。さして気にした様子もなく、ナルトは「はぁー…」とため息をついた。それから、打って変わってサスケに満面の笑みで笑いかける。ナルトとサクラの対比についていけず、サスケは眉間に皺を寄せる。

「サクラちゃん、最近オレと遊んでくれないんだってばよ?…だから今度、サスケがオレと遊ぼうな!!」
「それはいいが…?ナルト、里はどうなってるんだ?」

サクラを気にしながらも、サスケはナルトに話しかけた。サクラは脅えきって話しにならないし、今ここで話を聞けるのはナルトだけだろうと判断したのだ。

「…う〜ん。その質問には答えてあげる。…空に吐いた唾が自分の顔に戻ってきた…ってこと…だってばよ!!」

明るく言って、ナルトは茶目っ気たっぷりにサスケにウインクをした。サスケはナルトのウインクにガラにもなく照れそうになりながらも、眉間の皺は保持した。

「なんだ、それは?」
「直ぐにわかるって!!じゃ、オレはこれから用事があるからまた後でね?…サクラちゃんもvv」
「…ヒッ!」

目を細めて笑うと、ナルトは姿を消した。

「ひっく…」

ナルトが消えると、サクラは幼子のようにしゃっくりを上げながら泣き出した。

「おい?どうしたんだサクラ?お前、おかしいぞ?何泣いてるんだ?」
「…っ!!おかしいのは、この里全部よ!!

腕を引いてたたせてやろうとするが、サクラは子供のようにいやいやをして地面にうずくまったまま声を荒げた。それから、涙に濡れ、どこか疲れた老女のようにをぐちゃぐちゃにした顔をサスケに向けた。

「サスケ君、この里が今どんな風になってるか知りたいって言ったわよね?」

以外にはっきりした口調でサスケに問う。

「ああ」
「なら、教えてあげるわ。ナルトは…今、火影の候補に挙がっているわ」
「ナルトが!?」

驚くサスケを他所に、サクラはサスケが驚かせたことに対する暗い優越感に似た光を湛えた視線を空に彷徨わす。
ふふ…と、サクラは素直に驚いたサスケに童女のような笑い声を上げる。

「ナルトは、強かったの…」

ぽつりと、独り言のように。

「私たちなんかより、この里の誰よりも強かったのよ!!!」

叫ぶ。

「私たちは、まったくナルトに信用されてなかった!!仲間だと思われてなかったの!!」

それは、慟哭の叫び。

「そして、私はあのとき、ナルトを否定してしまった!!」

ことの始まりは些細なこと。

02




ことの始まりは些細なこと。

それはサスケが里外任務より帰ってくるに半年前のことだった。中忍のサクラ、上忍のナルト、同じく上忍のシノらは任務に当たっていた。依頼されたのは、敵陣の将軍の側近の首を上げていくことだ。

あえて大将の首を狙わず、大将の側近だけを狙って殺していくことで、大将に対して甚大な精神的恐怖を与えることが目的だ。忍びを使うのはそれだけで、表向きの勝敗は各陣のぶつかり合いで決めたいとのことが依頼主の意向であった。忍びを使ってストレスを与えながらも、決着はあくまで己が忠実なる兵士らとともに着けたいという心意気だけは高く、ならば、初っ端から忍びの力なの借りなければいいものを…とナルトは依頼主を下目に見ていた。

その依頼主の周辺の警護について移動していたとき、相手方の敵が襲ってきた。全くの不意打ち。しかも、相手は他国の上忍と来た。手練の、避けきれなかったクナイがカチンと軽い音を立ててシノのサングラスが弾き飛ばした。
サクラがはじめてみる、太陽の下に晒されたシノのサングラスに隠された瞳。
…白く白濁し光が見えているのか疑わしい、その瞳。ぱっと片腕で眼前を庇ったその隙を敵は見逃さなかった。シノの足元を狙って鎖鎌が投げられて、シノをすくい、そこへ爆薬が投げつけられる派手な爆発音に地面にシノが転がった。もぞり、シノの体中の蟲が宿主のダメージに呼応する。

「シノ!」

ナルトがシノの名を呼ぶ。

ガサガサガサガサ…


葉っぱがこすれるような音が耳をざわめかした。シノの服は爆風によってところどころ裂かれ、その隙間から蠢く虫が覗いた。這い回る黒々とした無数の虫は、生理的な嫌悪を覚えさせた。思わず、サクラも不快を感じて眉根を寄せた。

それは、引き金だった。

「醜悪な…」

誰が言ったのか。見るに耐えんと零された言葉。

「…黙れよ」

低く、低く腹のそこから聞こえてくる声。
ねぇ、この声は誰が出しているの?

ザシュ…!!
一瞬にして、サクラの目の前で敵の首が飛ぶ。

それは、いっそスローモーションのように、サクラの目に焼きつく。
これを成したのは、誰?
血飛沫のカーテンの向こうで、無表情に立つナルト。

きらきらと光る赤い雫がサクラにまで降り注ぐ。

ナルトの両手の指に巻きついた糸――それは鉄すらを切り裂く鋼糸である――が鈍く輝き空中に軌跡を描く。ひらり、と舞踏をするようにナルトの指先が糸を繰る。音を立てずに、絡みつく鋼糸はさして力が掛かっていぬように見えるのに、いともたやすく敵の四肢を断絶した。
サクラは震えた。四肢を切り落とされて絶命する彼らの姿が怖かったからではない。


怖い。
私は、ナルトが怖い。このナルトという生き物が怖い。…血に染まったナルトは、他の生き物のように生き生きとして見えて…。
人でないような…。

「大丈夫か、シノ?」

シノの傷ついた腕を取り、ナルトはなんのためらいもなく虫が這う傷に唇を寄せた。

「…浅いみたいだ。このくらいなら、後でオレが治療してやる」
「すまない」
「ああ…だが、いいのか?」
「なにが?」

シノは無言でサクラを顎で杓った。

「ああ…いいよ、なんかもう面倒だし…準備は、整ってるし」

ナルトはシノの腕に薬と包帯を巻き終えると、サクラに向かった。

「…っ!!」

サクラは無意識に腰のクナイに手が伸びた。

違う。
ナルトは味方なの。だから、構える必要なんてないの…。でも、体が勝手にクナイをナルトに向かって構える…。

「サクラちゃん?危ないからしまえよ、クナイ」
「あ…あんた、…ナルトなの?」

いつもと違うナルトの話しかたに、サクラは戸惑う。もしかして、別の誰かがナルトに変化しているんじゃないの?

「う〜ん…そういう反応か…ま、いっか」
「えっ?」

一瞬で、ナルトが目と鼻の先にいた。見えなかった、いつ、ナルトが動いたのか、全く。少しでも動けば、鼻と鼻が触れ合いそうなくらいにナルトがいる。

怖い。怖い。怖い。私は…ナルトが恐ろしい!!!!

がたがたと歯の根が噛み合わない。震える手から、クナイは今にも落ちてしまいそうだ。けれど、これは私の武器、私の牙。
落としたらいけない。

やさしく、ナルトが微笑んだ。いつもよりも大人っぽい微笑に、私はほっとするどころか背中に冷や汗が流れた。逃げたい、ナルトから。

「こっちの『オレ』がホンモノ。ニセモノはどうだった?サクラちゃん?」

ニセモノ?
このナルトがホンモノだというの?

「オレが怖い?サクラちゃん?殺れば?それが人の本能なんだから…」

混乱する私の目を覗き込みながら、私のクナイを持つ手をそっと導き、ナルトは自分の首の頚動脈へと持って行った。触られた手が、一気に鳥肌が立った。

気持ち悪い、私は一体"ダレ"に、"ナニ"に触られているの?
キモチワルイ。

「バケモノ…」

私の喉の奥から搾り出されたかすれた声に反応してたのか、ナルトの動きが一瞬止まった。次の瞬間、ナルトの顔に、冷たい笑みが浮かんだ。
私はクナイを落とし、無様に腰が抜けた。


+++++++++++++


「ナルト、サスケに会ったんだって?」
「情報が早いな」

端のテーブルに座っていたアスマが声をかけてきた。
サスケでとの軽い接触に満足しながら、ナルトは中忍待機所に立ち寄った。中にはうずまき派と呼ばれる者たちが詰めている。
うずまき派とは、その名が示すように、ナルトの部下となることを望み、火影の管轄から離れた者のことを言う。里の忍びの約半数…下忍から中忍の若手を主戦としての構成がなされている。

ナルト自身は17歳。若手といっても、ナルトより年配の者のほうが多いといえた。

「あったり前デショ?オレはナルトことは全部知ってるもん!!」
「…それはストーカーって言うんだ馬鹿者」

煙草をふかしたアスマが、呆れた顔して突っ込む。

「ストーカーじゃないって!オレは、ただ、ナルトの担当だったから、当然のこととして…」
「言ってろ。そういう無自覚なのが一番たち悪ぃんだぞ」
「アスマ…。カカシのことは頼んだぞ?」

掛け合いに、ナルトは呆れたように息を吐いてアスマに言った。ナルトは手近にいた中忍を捕まえて、指示を出した。

「分かりました」
「頼んだ。誰でも、選んで連れて行け」
「はい…では」

指名された中忍は、ナルトにニッと笑いかけながら言った。

「ウドンと、モエギで」
「…相変わらず、仲いいな…」
「ええ、でも、ナルト兄ちゃんとシカマルさん達には敵いませんよ、コレ!」

木の葉丸の軽口に、ナルトも薄い笑みを漏らす。普段が無表情…笑ったとしても、作り笑いが多いナルトの自然な笑みに、周りの者は見とれる。
ポンと、木の葉丸の頭に手を置いて、ナルトは出て行った。後ろ姿を皆が憧れのまなざしで見送り、木の葉丸はよっしゃ、頑張るぞ!とウドンとモエギの座っているテーブルへと駆けていった。アスマは、ナルトが消えるのを見計らってから煙草を取り出して咥えた。

「なんでオレがカカシの面倒をみなきゃねんねーんだよ…嫌だっつ〜の。オレはナルトと里のことで手一杯。カカシなんか面倒見ている暇はねぇ…」

もういないナルトに向って応えながら、あははと笑うカカシをぎろっと睨んだ。
こいつがこうもたるいのがいけない。こいつのこれが忍者としてのポーズであるということは十分に承知しているつもりだが、やっぱり、ふとした瞬間にこちらが脱力してしまう軽さだ。ちっと舌打ちして煙を吐いて、カカシを見やると、思いのほか真剣な眼差しで見返してくるカカシがいた。

「…ナルトにとって、サスケも『特別』な位置に収まってるからネェ…」

友達だから、ライバルだからと言うわけではない。



友達?
いいや、ナルトは本性をさらしていなかった、サスケを信頼していなかった。
友達ではなかった。友達ごっこをしていた。

ライバル?
馬鹿を言うな。サスケが実力において、一度でもナルトの横に並んで立っていたことがあったか?
ナルトは一歩二歩三歩、先へ進む。
誰の姿も見えない道へと、急ぐように、誰も彼もを追い越そうとする。


しかし。
サスケはナルトの『特別』の一人。なぜならサスケは命を懸けた。
ナルトの為に。見返りも求めずに、ただ、ナルトの為に命を張った。

そして『死』んだ。
本当に、よく死んだものだ…とカカシは黒髪の元教え子を思い出す。

下忍時代の二人が三人一組として並んで立っている姿を見て、あるとき、黒と金という光と闇を表すような色の対比にため息が出た。いつか、二人が成長した暁には、金と黒の双璧として忍界にその名を轟かすだろう、と胸が躍った。
しかし、日が立つに連れ、ナルトの隣に立つべき"黒"を纏うものは、黒き復讐者サスケだけではないことを知った。


ひとり、黒き影シカマル
ひとり、黒き蟲シノ
ひとり、黒き獣キバ
ひとり、黒き華ヒナタ


彼らは、ナルトと共に虎視眈々と自らの力を秘密裏に磨いていた。
経験ではまだ自分たちが勝っていることもあるだろう。しかし、あくまで忍術だけ、力だけの技比べであったら自分でも勝てるかどうか分からない。それほどまでに彼らは努力を重ねていた。それを知ったときの衝撃、木の葉の里の世代交代が起こるのだと言うことを察知し、自然、自分もナルトを支える一派に加わった。


「木の葉の里は変わる。ナルトを中心にして木の葉を舞い上がらす竜巻が起こる」
「ああ…そうだな」



アスマとカカシは窓から活気の薄い生ぬるい風しか吹かぬ木の葉の里を眺めた。


03


「…それからよ、ナルトが回りを気にせずに行動し始めたのは…」

サクラに正体をばらしたことを契機に、薄皮一枚がはがれるように、ナルトはその本領を発揮した。

的確な指示。
豊富な知識。
緻密な作戦。
最強の殺術。
美麗な容姿。


自らで覆っていた殻を、自らで解き、ナルトは里にその存在を知らしめた。

動揺したのは大人たちだ。
急に、大人たちはナルトを恐れるようになった。
なぜだかわからないが、ナルトが里の誰もが持ち得ないほどの力を持っていることがわかると、外に出歩かなくなった。

代わりに、ナルトの周りに集まったのは、里でも若手の忍びたち。

崇拝、傾倒、尊敬…。

そんな言葉が似合うように、ナルトの影となって付き従うものたち…うずまき派。ナルトの里への影響力は…三代目火影をもしのぐ勢いだ。

「これが、今の里の状況よ…」

淡々とサクラは語った。

サスケが里を空けていた、半年の物語を。サスケは何も言えずにただ聞いてることしか出来ない。ふふ…とサクラは思い出したようにサクラは小さく笑った。

「知ってる?ナルトね、下忍のころ…ううん、下忍になる前から暗部に所属してたんだって…」
「なんだとっ!?」

ありえない。

ドベのナルト…。
頭角を現し始めたのは、初めての中忍試験のときではないのか!?

それが、下忍になる前から…暗部に?昔のことを思い出してみてもそんな様子はまったく思い当たらなかった。…いや、無いと言えば嘘になる。いつも自分は予想外な活躍を見せるナルトに対して思っていたではないか。

「―…お前は一体何者だ?」と…。

サクラの言葉を否定する自分がいて、納得する自分もいる。サスケは軽く混乱した。

「本当よ…。カカシ先生と何度もペア組んで仕事してたんだって…」

自嘲気味にサクラは笑う。

「私たちは、誰も、ナルトの本当の姿に気が付いてなかった…」

流るる涙を拭いもせずに。

「いつも、私と馬鹿やってたのは演技のナルト。…でも、本当の『ナルト』は、私たちのことを遥か上から見下ろしていた…」

サクラは、強く地面を叩いて号泣した。


+++++++++++++++


「ナルト…サスケに会ったって?」
「っていうか…お前まで、なんで知ってんだよ…?カカシといい情報早すぎ…」

どこをどうめぐれば、十分ほど前のことがココまで広がっていくのか…。ナルトは疑問に思いながらも、苦笑するしかない。大仰に手を広げて見せてナルトはその時の様子を説明する。

「サスケ、な〜んにも分かってない顔してやんの!シカマルにも見せてやりたかったぜ」
「ほう…それはそれは…」

あのスカしたサスケの事態を飲み込めていない顔なんて、そうそうお目にかかれるものではないだろう。
思い描いて、シカマルは鼻で笑った。
誰よりも近くにいながら…その奇跡のような現象を省みることのなかった男。

一族の復讐だと?
そんなもの…オレたち忍びがどれだけのものの恨みを買っていると思っているんだ?オレたちに一族を皆殺しにされたものも居るだろう…。

「そういやナルト。シノがお前のこと探してたぜ?」
「ん!シノが?」
「ああ…なんか、ついさっきまでここにいたけど…」

「ナルトはどこだ?」と聞かれて「ナルトの居場所?知らねぇよ」と答えると、「そうか」と答えてふらりとまたどこかへ行ってしまった。

「大方、新しい虫でも森に探しに行ったんじゃないのか?」
「かもな…」
「…って言うか、サスケも帰ってきたし…やっと、出来るな」

心持嬉しそうにナルトは頬を緩ませる。みんなが揃った。

「だよなぁ…でも、サクラがお前のことスゲー怖がってんだろ?」
「んー…まぁね。あの時、シノの悪口言われてオレってばちょっと頭に来てたからさー…」

少しだけ困ったように頭を掻くナルトにため息を返して、シカマルはナルトと視線を合わす。
シカマルは自分よりも若干低いナルトの頭に手を乗せる。
ナルトは目を閉じる。

「お前、シノに頭なでられるの昔から好きだよなー…」
「うん。シノの手、大きいし」

人との第一次接触…肌のふれあいを嫌うナルトの頭を撫でられることを出来るということは誇れることだ。
それだけ、ナルトに心を許されている。

それが堪らなく…嬉しい。
シカマルはニッと笑う。

「もうすぐ…だな?」
「ああ…もうすぐだ」

もうすぐ、皆が、自らのしたことを省みる。


04


その日は突如として訪れる。重要な発表がある、と通達があり、緊急に里中の忍びが火影邸の屋外に一同に集められた。列の先頭にはそれぞれ上忍、特別上忍、中忍、下忍…と位が低いほど後方に整列していた。

まず、三人のご意見番が口を開いた。

「皆の衆にココに集まってもらったのは他でもない…紹介しよう…」

言いながら、ご意見番は後ろへと退いた。
途端に舞い上がる風。


「久しぶりです。木の葉の皆さん。四代目火影です!」


にっこりと笑みを浮かべて姿を現したのは…金色の髪と、空色の瞳を持つ、英雄。
誰もが毎日一度は見上げている、この里の象徴の火影岩に刻まれた顔。



――四代目火影。




「よ、四代目!?」
「生きてっ…」
「え、あれって四代目なの?」
「死んだはずじゃ…?」

年配の忍びは忘れもしない四代目の顔に驚き、信じられないものを見るように目を開く。
若い忍びは初めて見る四代目に驚きながらも、死んだとされる四代目が実際生きていることに驚いた。

「いかにも、僕は十二年前まで木の葉の四代目でした」

にこにこと人の良い笑みを浮かべて注連縄は言う。


「僕は九尾の襲撃によって力を使い果たしてずっと眠っていました。紹介しましょう…僕の、息子です」
「暗部零班隊長、うずまきナルト。御前に…」


一瞬にして黒い影がご意見番の真正面に頭を垂れた形で現われる。黒い忍衣装に、口元を覆い隠すような覆面。額にした木の葉の額宛は鈍く輝くが、それを越える輝きを放つ黄金の髪が揺れる。黄金の髪を持つものは木の葉の里でそう多くない。


「零班…?」
「なんだそれは…それに、あれは…うずまき…」
「うずまきナルトが、息子だと…四代目の、息子だというのか…?」


里人たちは大いなる勘違いをしていた。
九尾を封印された「うずまきナルト」という少年について、その時生まれたばかりの赤子だったということは知っていても、誰の子供だったのかということを気にしては居なかったのだ。

―…いや、誰の子供かなどと言うことは考えすらしなかった。これは九尾そのものなのだと…九尾とナルトを同等のものと考え、嫌悪したのだ。

そうなら、もしそうなら…命を掛けて九尾を「実の息子」に封印した四代目は…


「…他人行儀だね、変わらず」
「……」


悲しそうに瞳を曇らせる注連縄を意に介さず、無言でナルトは正面から顔を挙げて注連縄を見ているだけだ。
曇りのない空色の瞳、金色の髪、その全てが注連縄の若いころに似ていた。

幸せになって欲しかった。生まれたばかりで、ほんの数分しか抱いた記憶は無いけれど。自分の息子が生きていく里を、未来を、守ってやりたかった。

自分には力がなくて、九尾を完全に消滅させることは命を捨てても無理だった。
あのとき取れた最良の道は封印をすることだった。

きっと、子供は九尾を身に宿し、犠牲になったものとして大事にしてもらえると思っていた。

――…けれど、その願いは思いのほか深かった里人たちによって呆気なく踏みにじられた。
その可能性が無いわけではないと考えなかったわけではない。考えなかったわけではないけれど…木の葉の里の人たちが、そんなにも、愚かだとは、…信じたくなった。


「僕のいない間の…この子に対する仕打ち、本当なら…皆殺しにてやりたいんだけど…」


笑顔で、さらっと物騒なことを舌先に乗せる四代目。殺気だったオーラがじわりと皮膚を舐めるようにすべり、人々は息を呑んで後ずさった。停滞している生暖かい風が、体中を舐めるように動き、更なる恐怖をあおった。

「ま、自分のしたことを恥じてるなら、どっかで殉職でもするか、切腹でもして死んでね」

これが、自分に出来る償いだ。
愛しい子供が望んだ、たった一つの願い。


「僕は、そうするから」


え?と誰かが間の抜けた声を上げた。

鮮やかな、すがすがしい笑みを浮かべて英雄四代目が目にも留まらぬ速さで腰から抜刀をすると、自らの腹に深々と突き立てた。
吹き上がる赤々とした血潮が四代目の立つ場所を赤黒く染めた。

「…ごめんね、ナルくん」
「…お心、しかと…。四代目」

ぐるりと眼球を回し、注連縄が地面に膝を突く。ナルトは無感動な瞳で注連縄を見ているだけだった。手を差し伸べて、身体を支えるでもなく、腹からあふれ出る鮮血を押さえる注連縄を見つめている。

「ぐ…はっ…ぁ」

無様に身体を支えられず、叩頭した。

腹から臓腑を取りこぼしたの見て、やっとナルトが動いた。注連縄の背後にたったナルトが無言で、背後の刀を抜き放つとゴギリと骨を立つ音がして、ごろりと注連縄の首が広場に転がった。


「四代目火影、注連縄ここに自害」


淡々としたナルトの声が場内に響いた。

転がった注連縄の髪を掴むと、ナルトは開いたままの瞳を手を当てて閉じさせる。
そして、皆に見えるように首を掲げた。まるで、敵将の首を取った武将のように。風に揺られる金髪を見ながらナルトは目を瞑った。


――結局のところ、自分は一体誰を恨んでいたのだろうかとナルトは思う。


++++++++++++++


「…目が醒めましたか、四代目?」
「―――」

誰かが顔を覗き込んでいるのが分かった。誰だ、と聞いたはずなのに、喉はシューシューと無駄に息が漏れるだけで言葉として成さなかった。
注連縄は曇った眼鏡から外界を見ているようだった。全てが遠くて、ぼんやりとしている。

「ああ、声が出ないんですね。…ゆっくり、『あーっ』て言ってみてください?」
「ヴ、あー」
「はい、その調子で。身体でどっか可笑しいところとかないですか?っても、身体の筋肉が衰えてるんで動けないと思いますが。大丈夫なら瞬きを一回。どっか痛いなら瞬きを二回してください」

注連縄は瞬きを一回した。

「良好ですね。暫くはオレが面倒見るんで。まぁ、ゆっくりとしてください」
「ぎ、ギミ…」
「あ、オレの名前ですか?オレはシカマルです。じゃ、そういうことで」

事務的に言うと、シカマルと名乗った青年―…声の高さから注連縄は若いと判断した―…が遠ざかっていく気配がした。
待ってくれ、ここはどこだ。どうして身体が動かないんだ!?

聞きたいことは沢山あった。大声を出して呼び止めたいが、ざらざらとした喉の奥でそれも叶わない。ふと、シカマルはドアのところで立ち止まって振り向いた。

「ああ、言い忘れてましたけど、この部屋からは出ないでくださいね?…つっても、身体の筋肉は著しく低下しているんで、そんなこと無理だろうけどな…」

シカマルは必死に目を動かして何かを言いたげにしている注連縄を冷めた目で見つめると部屋から出て行った。ドアを出たところでは、壁にもたれてナルトが立っていた。腕を組んで、たった今シカマルが出てきたドアから微妙に視線を外してシカマルに向っていった。

「目ぇ冷めたの、アイツ」
「……ああ。自分の目で見てくればどうだ?」

そのほうが早いだろう、とドアに向って顎をしゃくるシカマルだったが、ナルトは薄く微笑んで首を振った。本人は普通に笑っているつもりだろうが、瞳は笑っていなかった。

「止めとくよ。今、オレがしゃべっているアイツを見たら…すぐにでも殺してやりたくなる」
「怖ぇ怖ぇ。…ま、今殺すのはまずいからな。舞台はもうすぐ整う。それまでの辛抱だ」
「辛抱、出来るかな、オレ」
「…頼むから辛抱してくれ。十二年間辛抱できたんだ。一週間や一ヶ月、酒の摘みみたいな時間だろーが?」
「その例えはどうかと思うけどな、シカマル。…けどまぁ。やっとココまできたんだ。…我慢してみせるさ」
「頼むぜ?」


シカマルは肩を竦めた。



05


何日が過ぎたのだろうか。
毎日、寝ては醒めてはの繰り返して、時間の感覚がない。
光になれてきた瞳は室内の様子を注連縄に伝え始めた。

真っ白い部屋だ。
病院の無菌室のように繭で覆われた中に注連縄はいた。
だんだんと霧が晴れていくように頭の中がはっきりとしてきた。



それは変哲のない一日からの始まりだった。
僕の愛する妻と僕の子供が生を受けた日だ。


――その日、僕は九尾と戦った。


怒り狂うな九尾よ、何があった、どうしてそんなにも荒ぶるのだ。
怒りを沈めよ、正気に戻れ

九尾よ…


なんどもガマブン太の上から呼びかけた。

けれど、僕の声は届かなかった。
大地を避けさせ、破壊を繰り返す九尾の進行方向には木の葉の里があった。

その先に行くな。
そこには僕の里がある。

皆がなんとか九尾の進路を避けさせようとする。
そのたびに振られた九つの尾によって無残にも人のみは宙へと木の葉のように舞う。


止まれ止まれ止まってくれ


―…止まってはくれなかった。

このままでは九尾は止まることなく木の葉の里を通るだろう。
そして、目に付いた邪魔な障害物でしかない木の葉の里を存分に破壊するだろう。

僕は意を決した。
僕を拾って育ててくれた木の葉の里を滅亡の憂き目に立たすことなど出来なかった。


生半可なことでは九尾を止めることなど出来ない。
神に近い獣を人間ごときが殺すことも出来ない。

殺すことも出来ないのならば封印するしかない。
もし失敗すれば僕自身の命もなく、その封印の器となるものも死に、九尾だけがのさばるだろう。

「ごめんね、ナルくん…」

僕は生まれたばかりの自分の息子に九尾を封印する術を施し…

今に至る。




そこまでつらつらと回想し、注連縄は憂いいつ自由に動かすことの出来る目で、いつも注連縄の面倒を見てくれている青年を見上げた。
自力で半身を起こすことだ出来るようになり、食べ物が点滴から固形物…スープを中心とした食事になった。彼は隠密活動をするときのように、頭まですっぽりと覆う覆面を被っていて見えるのは黒々とした瞳だけだ。
彼はとてもよく面倒を見てくれていた。栄養剤の点滴を替え、身体をタオルで拭き、軽くマッサージを施して筋肉回復を手助けしてくれている。なんとか動かせる口でいろいろなことを聞くが、彼はそれとなく上手に話を逸らしてしまう。
頭の回転が速いようだ。注連縄のカマにも引っかかることなく軽く受け流してしまう。

弱った足腰の復活が一番厄介だった。生まれたばかりの小鹿のように立つことさえ出来なかったがそれもこの数ヶ月で立ち上がって数歩の距離を歩けるようになった。徐徐に身体の自由を取り戻すたびに、ここはどこなのかと注連縄は考える。

「ご馳走様」
「はい。お粗末さまでした」

箸をおいて箸をおいた。

「ねぇ、そろそろここから出してくれてもいいんじゃないの?」
「…いいえ。まだ駄目ですよ」
「せめて、ここはどこなのか教えてくれないかな?…木の葉のどこかなんだよね?」
「その質問には答えられません。最初にそういいましたよね?」
「九尾の暴走は止まったのかな?ねぇ、みんな平和に暮らせているのかな?…あの子は…元気にしているのかな…?」

脳裏に浮かぶ泣き顔の赤ん坊の姿。
あの子はどうしているだろう。注連縄は記憶の中にある赤ん坊の輪郭をもっとはっきりと追おうとして瞳を閉じた。
だから、覆面の中から覗くシカマルの瞳が苦しそうに、悲しそうに…そして、苦々しそうに揺れたことに気が付くことはなかった。シカマルはお盆を持ちあげた。
注連縄は再び視線を上げてお盆で両手が塞がっているシカマルを多少鋭さを増した瞳で伺った。今はほぼ身体の体力は戻っている。自由に歩きま廻れるし、多少の時間なら走ることも出来る。
ここでシカマルに対して攻撃し、態勢を崩した隙に逃げ出すことぐらいは出来るかもしれない…と注連縄は一瞬考えた。

「力ずくで…って言ったら?」

いつもよりも幾分低い注連縄の声に、シカマルは薄く笑った。

「―…オレの影縫いの術はいくら貴方でもそうは簡単に抜け出せませんよ。…体力は回復しても、ほとんどのチャクラを使い果たしてしまっている状態の貴方にはね」
「!」

注連縄はそこでやっといつのまにか影が影によって縫い取られていることを知った。
白い部屋では目立つ黒い陰がぴったりと注連縄の影と溶け合っている。
小さく息を呑み、ためしに指先を動かしてみようとするが、ピクリとも動かなかった。

注連縄は大きく息を吸ってため息を吐いた。
肩を竦めて諦めを示そうとして、ああ、そういえば影縫いされてるんだから動けないんだ。と思ってどうすることも出来なかった。

「わかってくれましたか?」
「そうだね…」
「…今日は貴方に会いたいっていう人がいるんです」

シカマルはお盆を下ろすと、それが合図のように扉が開いた。
そこから現われた人影に注連縄は目を見開いた。

「初めまして、四代目」

微笑みかける青年…―少年の時期を抜け出したばかりのような若々しい―…の顔は自分に良く似ていた。



これは誰だ。
いや、答えは分かっている。

君は…


「…そう、オレは血縁上ではあんたの息子ですよ」
「ナ、ルト?」
「ええ、誰が付けたか知りませんが、オレの名前はナルトです」

酷く冷たい氷の瞳で少年は微笑んだ。

「…オレがこの日を待ち望んでいたのか、あんたには分からないでしょうね…ずっと」

ナルトがゆっくりと注連縄の正面に立った。
傍らに立つシカマルが心配そうに見守っている。

「ずっと…この日を」

睦言でも囁くような甘い声に、しかしながら目は冴え冴えとした光と放ち続ける。注連縄はその目から目を逸らせない。刃のような瞳で動けば殺されるような錯覚さえ与えられた。
ほとんど背丈の変わらぬ目線に注連縄は年月の長さを痛感させる。膝にも満たなかった赤ん坊がこんなにも同じぐあいの身長に伸びてしまった。本来ならば一番間近でその成長ぶりを見守っているはずだった。それが親としての特権であり、愛情だった。

「今日はお願いがあって参りました。これがオレのただ一つ、最初で最後の我侭です。もちろん、叶えてくれるでしょう…?」

例え、どんな願いでも叶えてやろうと思った。


それが…―



「――…皆の前で死んでください」


――……父上?

最後ほとんど囁くように言われた言葉に胸が締め付けられた。




それが、僕が出来るただ一つのこと。


06




「四代目火影、注連縄ここに自害」

ナルトがぱちんと指を鳴らすと一気に注連縄の遺体が日に包まれた。ごうごう燃え盛る炎をは注連縄の身体を舐め、あっという間に身体が灰と化した。風によって舞い上がり、消えていく灰の行方を追うことなくナルトは掲げていた首を下ろした。ポタリポタリと切り口からは血が点々と地面へと落ちる。

その血を見下ろしながら思う。
幼いころから向ってくる相手は向ってくるから殺していた。一言で言えば正当防衛だ。誰が大人しく殺されてやるものか。

手を出してくるからやり返す。それだけだ。
自分から殺してやりたいと思ったことはない。

アカデミーに入り、共に歩めるものたちとであった。出会いは偶然だったが、共に森を駆け、技を磨き、笑いあった。自分がまだ笑えるのだと初めて知った。心に浮かんだのは喜びだった。
生きていてもいいんだと思えた。彼らさえいれば、どんなことにも耐えられると思えた。

けれど、すでに頭しか残っていないこの男だけは別だった。
この男だけには死んで欲しかった。肉親。唯一、同じ血の通う父親。

出来ることならば、この手で縊り殺してやりたかった。しかし、このみなの前で死ぬことに意味はあった。真実は明かされ、死に損ないは今度こそ死んだ。
全ては終わった。


(――なんて呆気ない…)


カカシがいつの間にやら傍によって、その首を大事そうに受け取った。

「師匠…お疲れ様でした…」

小さく誰にも聞こえない声で囁き、広げた懐紙に載せて木箱の中に詰め込んだ。
それを見計らったようにしてご意見番の一人コハルが口を開いた。

「ここに、五代目火影に……うずまきナルトを任命する」
「―ッは!」

一連の出来事に付いていけず唖然としていた忍びたちは我に帰った。基本的には民主制である木の葉の里、木の葉の忍びを纏める火影は主に候補者を数名選出し、その中から選ぶことになっている。呆然と指名された名前を耳に焼き付ける。

鳥が歌う 花が飛ぶ 風が揺れる 

――歓喜する

「やった!ナルトにーちゃん!」
「ヒュー♪」

鳥が落ちる 花が散る 風がなびく

――憎悪する

「なぜ…!?」
「どういうことだ…狐がッ!?」
「黙れ!これは遺言だ。…四代目火影のな。四代目は願っていた。自分の息子が里を救った英雄となり、幸せに暮らせるように…」

鋭い水戸門ホムラの一喝、さらにそれに続く言葉に一同は口を噤まざるえなかった。さまざまな感情を木の葉の住人に植え付けながらも、ナルトは深く頭を垂れた。

「拝命いたします…」

五代目火影の誕生の瞬間だった。ナルトが立ち上がって整列する忍びたちを睥睨する。その瞳の圧力に忍びたちは一瞬にしてこの場はナルトによって支配されたことを悟った。
目の前にて我らを見下ろすのは五代目火影。我ら忍びを意のままに死地へと赴かせる、木の葉の里の道標。この圧倒的な光、目を背けていたカリスマ。

―…誰が、潰せるのか。
踏みにじられ、嬲られて来てもこの光を保つことの出来る存在に、ちっぽけな闇の住人(忍び)如きが太刀打ちできようか。

いいや、出来るはずもない。
認めるしかないのだ。


「―…来い」

呼応するように、ナルトの背後に四人の黒い影が現われる。その出現に一同は驚く。一体どこから現われたのか分からなかった。

「暗部零班、奈良シカマル」
「同じく、日向ヒナタ」
「右に油目シノ」
「同、犬塚キバ」

闇は光を求める。
例えソレが偽りの光であっても、闇は光になれるものへと恋焦がれる。

闇は光に塗りつぶされ。
光は闇に塗りつぶされる。

相反する色。
境界があるようでないもの。

ナルトの前に膝を折った四名の髪の色は全てが黒く影そのもののようだった。

「これより、汝らにはオレの補佐を勤めてもらう」
「「「「御意」」」」

異口同音に答えるシカマルらの姿に、ナルトとしては笑みがこみ上げてきてしまいそうだったが、ナルトはぐっと我慢した。
こんな大事な場面で笑うわけにはいかない。

「次いで秋道チョウジ、山中いの、日向ネジ、是へ」
「ハッ!」

整列した忍びの中からいのとチョウジ、そしてネジが進み出てナルトの前に膝を折る。
入れ違いにシカマルら四名はナルトの背後へと控える。

「同じく、補佐に」
「「御意」」

奈良、日向、油目、犬塚、秋道、山中…いずれも木の葉の中での名家とよばれ秘伝忍術及び血継限界を持つ一流の忍びの一族。
彼らが次々にナルトに跪き、頭を垂れる様子はそのまま里がナルトに従うことへの了承だった。

ナルトは満足そうに頷くと、再び整列する忍びたちへと瞳を向けた。
そして、一人の男を捕らえた。

「……最後にうちはサスケ、――前へ」
「…ッ!ハッ!」


サスケはぎこちなく前へ出た。
すでに立ち上がり、側近らしくナルトの両脇にたつシカマル、ヒナタ、シノ、キバらのどこか敵意を持っているような瞳に晒され、流石のサスケも冷や汗を掻く。
彼らはこんな、少しでも自分を怖気させるほどの眼光を持っていたのか?そうは思いながらもサスケは同じだけの眼光で彼らを見返した。伊達に幼少の頃からスカしたやつと冷たい目で見られていたわけではないし、何よりそこそこの戦場を経験している。


「―…黒き復讐者サスケ。その身の黒をオレのために使うつもりはないか?」

サスケは驚きに目を見張った。
どうして、自分が?と、瞳がなにより雄弁にナルトに問いかける。滅多に見せないサスケの素の表情に、ナルトと背後のものが微かに笑う気配がしたが、サスケは気にしなかった。

蒼い瞳がサスケに注がれる。
黒い瞳と交錯する。




――…ああ。



黒き中でこそ生かされる輝き。
それがナルトの真髄である。



背後からの太陽の光がナルトの頭上を照らし出す。

輝く金色。
触れることすら躊躇われるほどの空より降り注ぐ光の粒子。

答えは決まっていた。

いつものとおり、口角を吊り上げるだけの皮肉気な微笑を吐き、サスケは答える…。






蒼天に雨。


【蒼天】
@あおぞら おおぞら
A春の空
B上帝 天帝 創造主