柘榴の残火



「ありえねぇ…」

ナルトは思わず手持ちの武器を確認してそう呟くしかなかった。
なぜだろう。今日の任務の為に、ちゃんと裏用のポーチを持ってきたはハズだ。なのに、持っているのは表用のどうでもいいポーチだ。辺りに注意を配りながらも、土の上に中身を逆さにしてみる。緊急携帯食のつもりで入れておいたチョコレートと、アメ。緊急手当て用のソーイングセットと、包帯、消毒液。…そして、クナイがたったの一本。

「コレって…普通にやばくないか…?」

クナイ一本で、これから敵と戦うのか?…出来ないことも無いが、圧倒的にこちらの命の危機が増えることは確かだ。

「今から引き返す…ってのは、無理か…」

すでに敵陣のまっただなかに進入してしまった。入ることは簡単だった。同じように出ればいいだけの話しだがあの入り口には今はもう交代で新しい見張りが立っているはずだ。見張り交代の僅かな間にナルトは敵陣へと進入した。

「仕方ない…今日の任務は盗むだけだし…人と会わなきゃ殺すこともないだろう…」

今回の任務は、火の国の元大名:佐瑣末トンマの屋敷から彼が不正に入手した彫像「泣く乙女」を取り返すことであった。大名の前に「元」が付いているのにはワケがある。近年、佐瑣末トンマは奥方を亡くし、それからというもの手当たり次第に彫像を集めるという奇行が現れ始めた。その奇行に耐えかねた火の国王が佐瑣末トンマを懲戒免職。…しかしながら、元大名と言う立場であったので、その後の生活にはなにも苦労はないと思われる。

「…大体…この地図描いたの誰だよ?マジでさっぱりわかんないし…ちゃんと作戦部通ったのかよ?」

ナルトが懐から取り出した小さく畳んだ紙。細かく佐瑣末屋敷の見取り図が描かれているのだが…。

「…よく分からない…」

代々続く大名だった佐瑣末屋敷は増築、増設を繰り返し今の形となったため、見取り図か読みにくいことこの上ない。ナルトは赤くバッテン印の付いている箇所をなぞりながらため息を吐いた。

「はぁ〜…まぁ、…なんとかなるだろう」

ナルトの言葉は、そらぞらしく床下にこだました。



■□■



「居たか!?」
「…いや、こっちには居ないみたいだ!」

バタバタと屋敷の中の用心棒があわただしく行き来している。

「…なんでだ?」

慎重に慎重を重ねて、見つからないように宝物庫を目指している。なのに、どうも屋敷内が騒がしい。ナルトは口に手を当てて思案する。

「別口で、誰かが潜入したのか…?」

音を立てずにナルトは廊下に降り立った。

「居たぞ!!」
「はぁッ!?なんでこんなにタイミングよくオレってばっ!!」

そこへタイミングが良く敵がナルトを見つけて声を上げた。ナルトはさっと、クナイを構えるが…投げれない。たった一本のクナイ、投げることはできない。なのに、相手が持っているのは飛び道具…しかも、例え受け止めたとしても自分の武器に転化することの出来ない銃弾だ。

(オレ、任務失敗…?)

迫り来る雨霰の銃弾。あっけなさ過ぎ…覚悟したような痛みは無かった。オレは今、かなりの大変な状況に陥っていたはずだ…。なのに、オレが今見ている背中は…。なんで、シカマルが…?

「オイ、大丈夫かよ、ナルト?」
「え…?」

声に、我にかえった。ナルトを背中に庇うようにしながら、シカマルがホンノ少し首を後ろに回して立っている。

「あ〜…大丈夫かよ?」
「ナルトっ!大丈夫っ?」

一瞬にして敵を蹴散らしたカカシが駆け寄ってくる。ぎゅっと暑苦しく抱きつかれて、ナルトは慌ててその腕を振り払った。

「カカシにシカマル!?なんでお前等がいるんだよ!」
「折角助けてあげたのにナルトってば…そんな言い方するんだ…」

俺の驚いたいい方に、カカシが不服そうな目をにした。そんな目をされても…驚いたもんは驚いたんだ。

「で?ほんとに何でお前等がいんの?」
「オレらも任務だぜ?ナルトとは別口だけど…」

シカマルがあくびをしながら言った。緊張感がないやつだ…。カカシは倒した敵を邪魔そうに足で蹴って端へ寄せている。

「…今、別口って言ったよな?」
「ああ?」
「…じゃあさ、オレが敵に囲まれたのってシカマルたちのせいじゃない?」
「…はぁ?なんでそうなるんだよ?」
「だってオレ、完璧にばれずに侵入したのに騒がしくなったんだぜ?それって、シカマルたちが下手に侵入したからじゃねぇ?」
「…でも、あの程度の奴等に抵抗してなかったのはナルトでしょ?」

この馬鹿カカシが…。オレにだって、理由があるんだよ!

「仕方ないだろう!オレ…ごにょごにょ…」

はっと、ナルトは言いかけた言葉を飲み込んだ。クナイ一本しか持って来てないだなんて恥ずかしくて言えない。

「なんだよ?」

訝しげにシカマルがナルトを見る。

「いや、なんでもないです。で、カカシたちは何しに来たんだ?大体、なんで、お前等が一緒に任務してんの?ヘンな組み合わせ」

ナルトの言葉に、シカマルとカカシは揃って顔をし構えた。お互い、内心ではなんでオレがコイツと…と思っている顔だった。

「ナルトは・・・あーっと?」

なんだっけ?と、カカシが首をかしげる。

「あれだろ、像を盗みに来たんだろ?お前が使った侵入経路はうちの解部のほうでしたんだぜ?」

シカマルがナルトの代わりに答えた。

「…マジで?」

シカマル…お前があの、めちゃめちゃ見にくい地図をオレに持たせたのか…?お前、オレに何かうらみでもあるのか…?

「苦労したんだぜ?オレとカカシが入る場所とかもすっげー入り組んでてさ…悪りぃな、そう考えると、確かにオレらの侵入が駄目だったのかもしんねーや」
「…だよねー…、あまりに分からない地図だったらから、オレがシカマルなんかとこうやって任務してるんだもんねー」
「…喧嘩売ってんスか、カカシせんせー?」

にっこりと、シカマルがカカシに笑顔を返す。『センセー』と言う呼称をわざと付ける辺り、シカマルも意地が悪い。ナルトは気が付かないが、ナルト以外の第三者が見たら二人の間に火花が散っていることが分かるだろう。ナルトは、彼等がこの上なく珍しいタッグを組んだ理由を分かり納得した。あの地図は…読めない。

「地図が読めないからシカマルがカカシに付いてきたのは分かったが…カカシ自身の任務はなんなんだ?」
「佐瑣末トンマの暗殺依頼だよ」
「暗殺依頼…?」

え、そっちの任務のほうが簡単じゃない?オレが盗むのって、重い像だし。持って逃げるのは結構骨が折れる仕事だ。

「…カカシ。中には入れたし、オレ、これからはナルトと行動するんであとは勝手にしてください」
「はぁ?何言ってんの、シカマル?オレの仕事なんか一瞬で終わっちゃうことだから、オレがナルトと行動するよ?」

すすす…と、カカシとシカマルがそれぞれナルトの隣に立つ。

「…あのさ」

ナルトが躊躇いがちに声を出した。

「なんだ?」
「なぁに?ナルト?」

「お前等の仕事、オレも一緒についてっていいか?ついで、その後、オレの仕事を手伝ってくれると嬉しいんだけど…」

二人は、ナルトがそんなことを言い出したことに目を見張った。しかし、次の瞬間嬉しそうにぶんぶんと頷いた。ナルトの為なら、頼まれなくたってなんでもする。

(良かった…)

…正直、カカシとシカマルが来てくれたことは…助かったと、ナルトは思った。雇われていた男たちにそれぞれ化ける。カカシとナルトは、悪人面した用心棒。

「…なんでオレが捕まった忍びの役すんだよ?」
「…カカシ、お前は大人だろ?」

カカシには侵入して捕まった忍びの役をしてもらう。理由は一重に、カカシがこの三人の中で『大人』だからだ。

「オレとシカマルは大人に変化する」
「…シカマルが捕まった役すればいいんじゃない?」
「まぁ、オレはそれでもどっちでもいいんだけど…」

演技に関しては、ナルトは絶対の自信がある。見破られないだけの演技をすることが出来る。

「シカマルは…頭いいから、上手いこと相手の話に乗ることが出来るだろう。それに、もしオレが変なこと言ったらフォローしてくれそうだしな…」
「ああ、任せとけ」
「えー?オレだって、ちゃんとするよ?」

カカシは、陰から潜んで相手を暗殺することを得意とする忍びだ。駆け引きには向いていない。

「だから、オレたちがしゃべるから、出来るだけカカシはふてぶてしくしてろ。でもしゃべるな。カカシがしゃべるとボロがでそうで怖い…」

ナルトがカカシのことを縄で縛りながら忠告をしている。褒めているのか、貶しているのか…。




■□■




「コイツですか?本日私に屋敷に入ったのは?」

詐瑣末トンマは、神経質そうな細身で、神妙にしているカカシをじろじろと眺めた。眉毛が薄く、手には扇を持ち、口元を隠している。ただ、瞳は狡賢く、油断なく光っている。

「ええ…何人か殺されました」
「…一人だけ?」
「そのようです」

ナルトは、頭を垂れたまま縄の端を掴んでいる。

「あなたはどちらの里の忍ですかね?」
「…」

カカシは顔上げて、一段高いトンマを睨んでいる。流石は、元暗部の眼力。とてつもなく冷たい。

「ふん…」

多少はひるんだ様子だが、視線を外さないトンマもなかなかだった。

「…まぁ、答えなくともあなたの額宛を見ればわかるんですけどね…」

カカシ額宛にちょんとこずく。

(もっとも、気が付かないだけの馬鹿って可能性もあるけどな…)

「なにしに私の屋敷に入ったのかは…知りませんが…貴方誰に頼まれてきたんですかね?」
「…」

そんな質問に、答えるような忍びはいない。秘密厳守は命を掛けてもしなければならないのである。

「…口はそう簡単には開きませんかね…まぁ、そんなことはどうだっていいんです」

興味なさそうに自分の頬を手でさすり、トンマは化けたナルトとシカマルを見た。

「…よく捕らえてくれました。では、このまま殺してください…と、ついでに貴方たち死んでください…」
「は?」

トンマは、口元を歪めた。
途端、トンマのいる壇を境にして天井から無数の長針がナルトたちの上を降り注いだ。


!!


「…やはり、仲間でしたか。木の葉の里…火影なんてクソですよ…」

トンマは、残された変わり身を皮肉げに呟いた。


「…あららー…なんかばれちゃったみたいだねー…」
「なかなか油断ならねー奴だな…面倒だ…」
「…暗殺しそこねたな…」

長針を咄嗟に変わり身の術を使い、ナルトたちは人気の無いところまで駆けていた。トンマが、完全に化けたナルトたちを見抜いていたわけではないだろう。わからなかったからこそ、用心の為に、用心棒ともども危険な目に晒した。本物の用心棒であったらあの量の長針に串刺しにされているはずだ。考えられるのは、ナルトたち用心棒を一緒に殺してしまうつもりだったということだ。三人は変化を解く。

「間が悪くてトンマの暗殺は一時失敗した。…先に、オレの任務のほうを遂行してもいいか?」

ナルトは薄暗い中で二人に尋ねた忍びが三人もわざわざトンマの目の前に姿を表したということは、当然、狙われているのはトンマ自身の命ということになる。トンマは今、警戒心を高めているだろう。ならば、先にナルトの任務を遂行し、帰りがけの油断し始めたときに再び襲撃するのが最良の策だ。

「ああ、いいぜ」

シカマルも、ナルトと同じように考えすぐに同意を示す。

「次あったときは殺せるでだろうし、いいよ〜」

気楽にカカシも首を縦に振った。

「んじゃ…」

ナルトは懐から差瑣末邸の地図を出し、シカマルに渡した。

「?なんだよ?」
「オレより、シカマルの方がこの地図分かるだろ?だから、シカマルが案内してくれよ」
「めんどくせぇなぁ…」

はぁ〜とシカマルは観念したようにため息をつくと、地図を受け取った。その地図へ目を走らせるとシカマルは戦闘に立って誘導した。右へ行ったり左へ行ったり…迷路のように入りくんだ廊下を進み、ナルトたちは地下室への扉をくぐった。

「…大丈夫だ」

鏡で、内部の様子を映し見てカカシは手を振った。その合図にナルトとシカマルはカカシの後に続く。薄暗い地下室の湿気と、冷たい空気。所狭しと、ガラクタのようなものが並べられている。わずかにある廊下らしきものを通っていく。やがて、少しだけ広い空間に出た。

「…これか?なんか気味悪い…」

ナルトが盗む…というか、取り返す為のものがそこにはあった。大人の女性の等身大銅像。其の名を、「泣く乙女」。

「ねぇ、なんか下のところが変色してないか…?」

台座の一番下が色が変わっていた。カカシが指先をこすり付け、鼻を近づけて舐める。

「血…みたい」
「血?」

何の血だ?そんなところに?

「どいて、ナルト」

カカシは背から刀を抜くと構える。

「おい!?依頼品は、この彫像自体だぞ?なにをやろうとしてるんだ!?」
「…ナルト、これ、上からまた石膏を重ねてある。…本物、かも知れないけど、本物の価値はもうないんじゃねーの?」

シカマルがペタペタと彫刻を触りながら言った。…確かに、シカマルの言ったように、これが本物であったとしても…、重ねて修繕されてしまっているのなら、その価値は『紛い物』でしかないのだが…。

「けれど!」

…ちょっと、まずいんじゃないか、それは?と、ナルトは内心焦る。そのナルトを他所に、シカマルとカカシは相談をしている。

「…刀で銅像って切れるのか?」
「…わかんないけど…切れるデショ?チャクラとか溜めれば」

精神を集中し、一気にカカシは刀を振るった。ガツッ!!鈍い音とともに、銅の外側が割れた。

「…これは…人…?」

割れた隙間から覗くのは…人間の身体?

「…人、だな。かなり干からびてる…ミイラ、って言ったほうが正しいかもな」

シカマルが、眉を顰めながら中の人体を検分する。

「たぶん、女だな…」

女?どうして…「泣く乙女」の中に女が入っているんだ?…なにはともあれ、死体が「泣く女」の中に入ってるなんてそんな馬鹿な話聞いていないし、依頼人には『中には死体が入っていました。…本物は、破壊されて、作り変えられた模様です』って言うしかないかな…。ああ、シカマルじゃねぇけど、メンドくさいなぁ…。ナルトが思案した時だった。


ドンッ!!


辺りに、拳銃の音が響く。銃弾は、全く別の方向に飛んでいったがナルトたちは身構える。

「お前たち!そこでなにをしてるんだ!?」

若い男の声だった。薄闇の先から、男の姿が現れる。

「…誰だ、お前たち…ここでなにをしている!?」
「なにをしてるって言われてもねぇ…お前こそこんなとこでなにしてんのさ」

カカシがわざと見当違いな言葉で答える。

「…佐瑣末トンマの息子だ…」
「息子?アイツが?」
「確か、ランマ」

隣のシカマルが子声でナルトに耳打ちした。ナルトはまじまじと男に目を凝した。頼りない蝋燭の光を持って、病弱な感じで色の白い男はナルトたちを見詰めた。

「お前たち…やっぱり、侵入者か…?」

小さな弱々しい声。体格も細く…その点だけが唯一彼の父親のトンマに似ているといえた。震える手で、持っているのは硝煙を上げる拳銃。

「カカシ…」
「あいさ〜!」

カカシの目が鋭く変化する。
気に走り、ランマとの間合いを詰めた。

「!」

拳銃を手から叩き落とす。何が起こったのかわからない、という顔をして、ランマ。重さの消えた手を不思議そうに見て、はっとして今度は腰から短剣を抜く。それでカカシを刺そうとするが、軽々とカカシはランマの腕をねじりあげた。掴んだ腕の細さと筋肉の無さに、カカシは少し驚く。

「…あきらめなよ?君、格闘とか慣れてないデショ?」

素人がどう見たってスペシャリストの格好をしているカカシたちに勝負を挑もうとしているのが土台無理な話だ。

「…止めとけ。オレたちの狙いはお前じゃない、用があるのはお前じゃない…」
「殺しゃしねーよ、な?」

ナルトもシカマルも、あっけなく捕らえたランマに言う。

「殺すなら、殺せ!!」

気丈にトンマはナルトたちを睨んで言った。

「…オレたちに、お前を殺す意味はない」
「僕は負けたんだ!!殺せ!!」

殺せ、とトンマは急かす。

「おいおい…なんでそんなに死に急ぐんだよ?」

シカマルが呆れたようにランマを見た。ぐっと、ランマは唇と噛む。

「負けちゃいけないんだ!僕は、誰にも!」
「…なんで?」

ナルトが聞きとがめる。

「だって、負けたら父さんは僕をいらないって捨てるんだ!」

泣きそうな声になって、ランマは言い沈黙した。…一体、こいつは何歳だ?どう見たって、二十は過ぎてるだろう…。それを捨てるだのなんだのって…。子供か、コイツは?

「…馬鹿だろ、あんた」

ため息を付きながら、ナルトは肩を落とす。そして、カカシよって縄で巻かれて柱にくくり付けられたランマの目線に屈みこむ。

「お前は、俺たちに負けた。それでお前がお前の親父に捨てられたのなら…そしたら、お前の世界が広がる」
「…?」

分からない、とどこか幼いしぐさでトンマは首を傾げてる。

「負けを認めることは、認めないことよりは余程いい。目指すべき対象があるんだからな?」
「…わからない…」
「…お前、取り合えず誰かが助けにしたらこの屋敷を出てみろよ。そうすれば、親父がちっぽけなものに見えるさ」

ナルトは立ち上がる。

「…もう、この場所には用はない、カカシたちの任務の方へ行こう」
「ああ」

薄暗い物置にランマを置き去りに、トンマ暗殺のため彼等は道を引き返した。

物音に、ランマは暗闇の中で目を開いた。

「誰だ…?」

さっきの侵入者たちが戻ってきたのかとランマは緊張を色濃くする。彼等の言っていた意味は分からないが、"世界が広がる"と言う言葉に心惹かれた。今度、この屋敷を一回出てみるのもいいかもしれない。出てみて、彼等の言った意味がやっぱりわからなかったらこの屋敷に帰ってくればいいだけのことだ。

「…誰だ?」

再度、ランマは暗闇に呼びかかけた。

「…負け、ましたか…」
「!?」

小さな声とともに、一線の銃弾の軌道がランマの眉間を貫いた。


ドン!!


「なんだ!?」

ナルトたちは振り返る。銃の音…自分たちを狙ったものではない。だが、近いところで発射された音だった。

(…胸騒ぎがする…)

ほんの小さな引っ掛かりだが、ナルトには一瞬誰かの声が聞こえた気がした。

「なぁ…一旦、さっきの物置に戻ってみねぇ…?」

シカマルは、なんとなく気にするように後ろを見詰めたまま言った。

「シカマル?なんで?」
「いや…なんか、嫌な予感っていうか…。あの場所って、きっと使用人とかはいらなそうだったから、トンマって、あのまま見つけてもらえずに死んじまうんじゃねぇの?」
「そうだねぇ・・・弱かったしネ。どうしよっか、ナルト?」
「オレはどっちでも・・・オレの用事は終わった。あとはお前等の仕事についていくだけだ」

像は偽物。それが確定された時点で、ナルトの任務は終わっている。残っているのはトンマの暗殺のみ。ここから先は、カカシとシカマルの仕事だ。余計な口出しをする気はない。
・・・お手並み拝見。そんな気分だ。

「…っち。カカシ、どーするよ?」
「…ん〜…イイんじゃない?」

あっさりと一言で終わるカカシとシカマルの会話。

(何気に、ツーカーの仲だよな…)

いつも、原因はよく分からないのだが、いがみ合っている二人なのだが実は結構気が合うんじゃないかとナルトは思った。声に出したら、思いっきり否定されるのは目に見えていたので心の中で思っただけだったが…。



■□■



早足に物置に戻った。そして、そこにあった光景に、ナルトは目を細めた。

「あんた…自分の息子に何したんだよ!?」

シカマルが叫んだ。乾いた、虚ろな目を暗闇に向けたまま額から血を流すランマ…。その正面にたち、ランマを打ち抜いたであろう拳銃をだらんと右手に持っている。

「見れば分かるだろう?負けるような子供はいらない…だから殺したんだよ?」

にこやかにシカマルの問いに答えるトンマ。実の息子を殺したというのに…コイツは一体なんだ?

「お前…」

ナルトはトンマと視線を合わせる。ぞくりと…狂った者から発せられる空気がナルトの肌を泡立たせる。

(イっちまってやがる…)

ナルトは、人より数倍相手の目から感情を読むということに長けている。物心付いた頃から晒されていた里人たちの目。いかに、善人ぶって近づいてこようと、瞳を見ればあるていど相手の本心の真偽を見極める術が身に付いていた。今、トンマの瞳をみて感じるのは狂気だけ。息子を手にかけたことに、いくぶん興奮しているようだ。

「…」

ナルトは細く、長く息を吸い込んだ。

「…さて、君たちにも死んでもらうよ?」
「…お前みたいなやつに、なんでオレたちが殺されるんだっつーの…」

呆れたシカマルがボソっという。どう考えても、身体能力はこちらが上。自分たちが負けるような要因がこれっぽちも見出せない。

「そうかな?やってみなくちゃわからないと思うよ?」

くるりと、トンマは手元の拳銃を回転させるとポケットにしまった。唯一の対抗武器をしまうとはそういうことだ?とナルトが考える間もなく、トンマは背中に手を回した。

「他にも、こういうものも持ってるしねぇ…」

薄ら笑いを浮かべながら、背中に背負っていた細長の凶器…そうそう表に出回らないとされる、最近の武器のマシンガンを引き抜いた。それには流石に、カカシも驚いたようにちょっと目を見張った。裏ルートからの流れものだと思うが、それでも手にいれる為には相当な金を積んだことだろう。チャクラを操る必要もなく、誰でも簡単に扱える鋼鉄の武器は、安易に人を優位に立たせる。
なんて勘違いなことだろう。人が恐れるのは、その人そのものでは武器そのものなのに…。

「これが実力の差だよ!はは!!」
「…そうかよ…?じゃぁ、俺とお前の実力の差ってやつを見せてやるよ…」

狂ったように笑ってマシンガンを乱射するトンマ。ナルトは押し殺した声で言いながら、姿を消した。その場に残ったのに身代わりの術の丸太。

「どこに行った?木の葉の忍者よ!!」

カカシとシカマルも繰り出される弾丸の数の多さに、周りに積み重なっているガラクタの影に隠れた。

「…ナルトがヤル気みたいだけど…オレたちどーしよっか?」
「…傍観?ぐらいしかねーんじゃね?」

カカシは軽い調子で言うが、目はずっとナルトの動きを追っている。シカマルも、物陰からじっとナルトの姿を探していた。

「万が一にも、ナルトが怪我するようなことがあったら、オレがトンマ瞬殺するから」

カカシはぽつんの呟いた。どう見たって過保護なカカシのナルトの扱いに、カカシのナルトに対する好意がうかがい知れる。シカマルは呆れるのと同時に思った。

(お前に瞬殺出来るぐらいだったら、ナルトは怪我なんかしねーっつーの!)




【影分身の術】

ナルトの影分身がトンマをあざ笑うように次々と出現し、トンマに無駄な銃弾を消費させていく。弾が当たったかと思えば、影分身は陽炎のように消えて行く。余裕の表情のトンマに、しだいに苛立ちが見え始めた。ナルトは積み重なった荷物の一番上にしゃがみこみながらそれを見ていた。薄暗い中で、ナルトの目が青く冷たく輝く。
おもむろになるとは腰からクナイを抜いた。今日、己の命を託す、たった一本のクナイだ。
ナルトはクナイを構えた。


「くそ弾が!!」

つに弾が尽きた。それを隙と受け取ったナルトが行動に移した。クナイを片手にトンマの目の前に姿を表した。トンマは自分の間合いにはいったナルトを確認してにやりと笑った。トンマはマシンガンを放り捨てた。

(!?なにを!?)

傍で見ていたシカマルはその笑いにはっとする。トンマは、腰に掛かっていた刀を抜いた。貧弱な身体で銃に頼っていたのに関わらず、トンマは目にも留まらぬ速さで刀を抜いた。

「…アイツ…!抜刀の名人かッ?」

シカマルが舌打をする間もなく、ナルトの眼前に刃が迫り来る。

「危ない!」
「ナルトッ!」

カカシとシカマルが警告の声を発した。

カキィーン!!

甲高い音が鳴った。トンマの刃はかろうじてナルトのクナイに阻まれた。金属質の音に、チッとナルトは舌打ちをした。よく手入れされている刀なのだろう、そして申し分のない重みが加わって手首がジンと僅かにしびれた。クナイで刀を押しやって、身を後ろに飛びのく。距離をとって、ナルトは自分のクナイを眺めた。トンマの刀を受け止めた場所が欠けている。刃こぼれだ。あーあ、また新しいの支給してもらわなきゃなぁ…と、かなりどうでもいい感想を抱いた。

「つか…なんだよ。カカシもシカマルも、叫んで。オレがこいつなんかに負けるわけがないだろう?」

危ない、と叫んだ二人に対してナルトは淡々と言った。その様子は気負いでもなんでもなく事実を言っているだけである。決してトンマを甘く見ている分けではない。一般人としてはいい腕だろう。

「そこでぼんやり見ている暇があるんだったら、その銅像の中身でも検分しててくれよ」

ナルトは横目で、ナルトの本来の目的であった「泣く乙女」の銅像を示唆する。依頼主は「泣く乙女」を奪ってこなかったナルトに対して証拠や詳しい状況を説明するように要求するだろう。そのときの言い訳のためにシカマルにでももうちょっと銅像と中身のミイラを調べてもらっておこうと思ったのだ。
…大体、何もせずにじっとオレの戦いを見られていても居心地が悪いっつーの。だが、この言葉に反応したのは他の誰でもないトンマだった。一瞬だけ正気に返った目をして、ナルトの背後、シカマルたちのさらに後ろにのある「泣く乙女」の銅像に視線を凝らした。薄暗闇の中で、トンマは大切な中身が飛び出したそれを見て顔色を変えた。

「お前たちの目的は…彼女か!!渡すものか…!アレは絶対に渡さないぞ!!」

今までの狂気の中にあった冷静さをかなぐり捨てて、トンマは喚いた。その変化に誰もが顰めた。シカマルがすばやく「泣く乙女」に近づいた。

「近づくなぁ!」

トンマは大声で恫喝する。今にもシカマルに飛び掛りそうな勢いだが、まだまだ冷静な判断力は失っていないらしくその場は動かない。ぎらぎらとした目で、シカマルの行動を射るように見ているだけだ。ナルトははその執着ぶりにただならぬものを感じた。先ほど、シカマルが言ったようにアレは石膏で新しく上から固められている。"本物"としての価値はない。
そう…本物が"中身"でなければ…。

「あれは、まさか…あれこそが、"泣く乙女"なのか?」

ナルトはぽつりと呟いた。彫刻としての価値ではなく、中身の価値が真の「泣く乙女」の価値なのならば?神経を張り詰めてさせているトンマは耳ざとくナルトの呟きを聞きつけて、馬鹿にしたように鼻で笑った。

「あなた方は、あれの価値を知らずにきたのですか?…これはとんだお笑い草ですね」

トンマは口元に嘲笑を張り付かせたまま刀を一度振った。空気を切る音が重くする。トンマは口元を歪め、思案する表情になった。

「…いや、貴方方に依頼した者も知らなかったのかもしれませんね、あの銅像の真の価値に…」
「どういうことだ?あれは…彫像だろう?」
「はっ!だから頭の足りない忍びは嫌いだなんですよ。あれはそんなつまらないものではありません」
「なら、なんだ?」
「聞きたいですか?」

心なしか顔を高潮させてトンマは興奮気味に言った。全身から、聞きたいだろう?そうだろう、聞きたいって言え!的オーラが溢れている。

「…聞きたいけど、聞きたくないかも…」

心底嫌そうにカカシが小声で言ったのを無視して、ナルトはトンマに向かってうなずいた。

「ならば、冥土の土産に教えて差し上げましょう」

ウキウキとしてトンマは両手を広げた。

「あれは、人間に不死をもたらすと言う人魚のミイラですよ!」

目が点になるというのはこういうことなのか?ナルトは呆気に取られた。表情になんら変わりないが、かなり内心動揺していた。なんだよ、今までのシリアスなのはなんだったんだ。もっとすごいものだとおもったのに…期待したオレが馬鹿だった…。

「ふふ、驚いているようですね。あれさえあれば、私は死ぬこともなく生き続けられる!!」
「…そんなに長くは生きてたいとも思わないけれどね、オレは」

ナルトはあまりの馬鹿馬鹿しさに興味が失せた。今までのナルトの人生、幼い頃からナルトは誰よりも生きることに執着してきたといってもいいだろう。九尾の器であるがために、九尾に恨みを抱くものから何度も命を狙われ続けた。ナルトは九尾自身ではなく、封印の器に過ぎず、ナルトにはなんの恨みを受ける覚えはないのに。だからこそ、そんな理不尽な死に方はしたくなかったら足掻いて力を身につけた。そんなやつらに殺されやるほど、オレはお人よしではない。けれど…今、年老いた自分の姿は想像できない。
人魚の肉の伝説は知っている。食らえば不老不死になれるという与太話だ。そんな話を誰が信じるのか。いや、目の前にいるこの男は信じているのだろう。先ほど見た像は寝そべるような形であり、ナルトが見たのは上半身だけである。見ていないので、下半身は魚ではないとは断言できないが…。

「人魚を食べた私は死なないのさ!」

これで、どこから来るのか分からなかったトンマの余裕の自信がどこから来るのか分かった。大方、人魚の肉…というか、ミイラの一部を砕いて粉末にしたものでも胃に治めたのであろう。だから、トンマは空を飛べると信じる子供のように、自分は絶対に死なないと信じている。

「親が親なら子も子か…」

はき捨てると、ナルトはクナイを構えた。もういい、こいつの話を聞いているのも時間の無駄だ。真偽のほどはこの際どうもよかったが、トンマが信じている人魚のミイラとやらが入った「泣く乙女」はいちおは依頼主に届ける義務がある。

「面倒だ。さっさと終わらす。遊びは終わりだ」

冷たい声で言うナルトの体からはあたりを威圧するような殺気が出ている。

「そんなクナイ一本で何が出来る!」
「何でもできるさ!」

ナルトは一本だけのクナイをトンマに向って放った。ナルトが何かの印を組む。

「ふん、そんな一本なら…」

叩き落してやるとトンマが言いかけたが、表情が驚愕のそれに変わった。

「クナイ影分身の術!!」

ナルトが印を完成させて叫んだ。
途端にナルトの投げたクナイが数百の数に増えた。クナイの大群の向こう側が何も見えないほどの量のそれは、逃げようにも広範囲にわたって広がっているので、一歩や二歩動いたところでなんの回避にもならない。正面から限りない数のクナイがトンマに襲い掛かる。それでもトンマは一方動いた。

「遅いよ」
「ぎゃぁあああああ!!」

トンマは成すすべもなく刀を構えたまま体中にクナイを生やし、床にと倒れて転げまわった。影分身であったクナイはトンマが叫んだ瞬間に消えた。しかし、確かに実体を持ってトンマの身を傷つけたそのである。刺さっていたクナイが消えたことで、栓となっていたものが無くなり、体中の全身から血が噴出した。あんまりいい光景じゃないと、ナルトは思いながらじっとトンマの阿鼻を静かに見つめていた。

「あぐぐううう…死なない、私は死にたくない、死にたくない、あんな風に死にたくないんだ……」

顔面だけはかばってたので、眼球はクナイによってつぶされなかったようだ。ほこりが薄っすらと積もった床を、トンマは這って進む。どれほどの激痛が身を襲うのか。血の色が床にこすり付けられてどす黒く変わる。

「大したもんだな…」

カタツムリよりも遅いその行進の目指す先は「泣く乙女」。出血量からしてすぐに死んでもおかしくないと思うのだが、瀕死の状態でありながらトンマが動いていることに感心した。

「嫌…だ。私は死なない…あんな死に方はいやだ…」

トンマはかけなしの体力…もはやそれは精神だけの力であるといってもいいだろう。ずるずると前へ進もうとしている。その、人間が生きたいと願う浅ましい姿に強い感心と共に強い嫌悪を抱く。

「とどめ、刺さないの?」

隣にたったカカシが聞いてきた。

「…どっちでも」
「そ。んじゃ、オレが刺しとくよ」

軽く言うと、カカシはさっとクナイを投げた。脳天に直撃すると、トんマはぴくぴくとしてやがて動かなくなった。

「死んでる?」
「死んでるだろ」

カカシは足でつんつんと動かなくなったトンマをつついた。人魚の肉がどうたらと言う話は信じていないが一応慎重にしているらしい。完全に死んでいることを確認してカカシはクナイを引き抜いた。

「はい。任務完了ー」

カカシはクナイの血を懐紙で拭うと、はい、とナルトにクナイを差し出した。

「なんだよ」
「これ、ナルトのクナイだよ。拾っておいた」
「…ああ、そういうこと」

影分身のクナイの中、一本だけの本物のクナイ。ナルトはクナイを受け取った。

「これ、どこにあった?」
「トンマにはあたらなかったみたいだよ。トンマの後ろの方に落ちてた」
「そっか…クナイの影分身なんか使ったの初めてだったからなー…」
「はぁ!?なに、それ!初めてだなんてオレ聞いた覚えないよ!」

しみじみと言ったナルトにカカシはびっくりする。影分身を得意とするナルトだから、てっきりクナイ影分身の術は得意な術なのかと思っていた。

「オレも言った覚えはない」

冷たくあしらわれるカカシ。

「……っていうか、何で一本?」

めげないカカシは疑問に思ったことを聞いた。一本程度のクナイを投げられたら、叩き落される可能性は高いだろう。だが、手持ちのクナイの五・六本を一気に投げつけてやれば落とすことは難しかっただろう。それを、なぜわざわざナルトはクナイ一本しか投げず、なおかつそれを影分身にしたのだろうか?

「シカマル!終わったかー!」

突っ込まれたナルトは、ふいっと顔をそらしてミイラのところにいるシカマルに呼びかけつつ駆け寄った。

「ああ。…あんま分かったことはないけどな」
「そっか」
「どうせコレ、持って帰るんだろう?」
「そうするつもりだ」

持って行くの、結構重いよなー、とナルトはしみじみと「泣く乙女」の像を見つめた。

「あ、そうだ」

ナルトは忘れるところだったと、トンマの息子のランマの死体に寄って引きずり始めた。

「何してんだよ、ナルト?」

ナルトはランマの死体をランマの近くに置いた。

「こんな父親でも、こいつにとっては大事な、親父だったんだろう…」

だから、せめて傍に。
オレ自身は親の背中や姿を見たことないから、そういう親を慕う感情って理解できないけれど。

「さて、帰るとしますか!」

カカシがこれで任務は全部終わったとばかりににっこりとして言った。

「ナルト。オレが一緒に持ってやろうか?」

重そうな「泣く乙女」は一人で持つより二人のほうが楽だろうとシカマルが申し出た。ナルトは首を振った。

「カカシ、頼んだ」
「え。オレ?」
「そう」

カカシは自分が荷物もちに指名されて困った。別に持って行くのは構わないけれど、

「ナルト。オレとお前で運べばいいだろう?そのほうが楽だ」
「えー。でも重そうだぜ」
「二人なら軽いだろ?それに…オレ、敵と戦うの面倒だから前を走るのが嫌だ」

カカシ一人に持たせたら、ナルト、カカシ、シカマルの順で走ることになるだろう。この城から抜け出るとき、主人が死んだことを知らずに忠義を果たそうとする者もいるだろう。だったら、ナルトと二人で持ってカカシ一人に護衛をがんばってもらう方が楽な気がする。

「なるほど」

納得してナルトはカカシを見上げた。

「カカシも、今回の任務、出番がなくて退屈だっただろ?思う存分していいぜ」
「な、オレ一人で撃退すんの?」
「オレとシカマルは仕事をしてたけど、カカシはオレの戦いを突っ立って見てただけだじゃんか」
「そうだぜー。カカシせんせーには楽勝だろ?」
「…分かったよ。オレが頑張ればいいんデショ!」

ナルトとシカマルに揃って言われて、カカシは投げやりに了承したのだった。

(…オレって…なんか可哀想…)

年下どもにこんな扱いをされている自分は可哀想だとカカシは思った。







epilogue


差瑣末トンマの一件から三日後。シカマルとナルトは下忍の任務のあとに二人で会っていた。森の中でぼけーっとして過ごしていると、シカマルが言い出した。

「…あれだよ。アイツ、死ぬときに"あんな死に方したくない"とか言ってただろ。ちょっとだけ調べてみたんだ」

ナルトは仰向けで空を眺めていた身を起こした。次のシカマルの言葉を待っている。シカマルは寝転がってぼんやりと空を見つめたまま、言葉を続けた。

「妻が、すんげー病気で死んだんよ。見ているこっちが結構嫌になる、体が腐っていく病気で」

シカマルは目を瞑って、ため息を吐いた。

「耐えられなかたったんだろうなぁ…。生きながら腐るって最愛の妻が死ぬのを見て」

死体が腐っていくのはいい。それはすでに死んでいるのだから。けれど、生きながらに腐って行くのは?苦しみながら、美しかった姿形が目に見えて腐臭を放ち、醜くなっていくのは…?
…耐え難い。

「だから、胡散臭い本に書かれていた"泣く乙女"の人魚の肉を求めたんだ」
「…あれって、本物の人魚のだったのか?」
「まっさか!石膏を足元の方まで砕いてみたら、魚の尻尾みたいなのはついてたけどな。あれは明らかな人間のミイラの上半身を、でっかい魚の尾にはめ込んだだけだ」

稚拙なもんだったぜ。とシカマルは笑った。人魚の存在自体を最初から信じていないナルトだったが、あることに唐突に気が付いた。

「…あのさぁ、シカマル。オレ、思うんだけど、それって本末転倒だよな」
「どういうこった?」
「だってさ、人魚の肉は"不老不死"なんだろ?だったら、食べても、その病気で死ぬことが出来ずに永遠に苦しむだけだぜ?」

死ねないって。すごい怖いことだと思う。どんな痛みだってやがて死んだら感じなくなる。けれど、不死ならば…それがどんな苦痛でも逃れる術がないことになる。それは、生きながらの地獄と同じではないか?ブルリとナルトそれを想像して寒くなった。

「あ…ああ、そうだな。そういわれりゃそうだ」
「馬鹿だな、あいつは」
「まーな。人なんて、死んでなんぼの人生だ」

ちょっとそれは違うぞと思ったが、ナルトは何も言わなかった。




二人で見上げた空から、ちょうど大鷹が急降下して目の前を通り過ぎようとした野うさぎを強靭な爪で窒息死させた。