その心に愛はあるか



たぶん、あの時僕は一度壊れたんだ。
だから、僕の全ては継ぎ接ぎだらけ。
いつもはセロハンテープで止めてるけど、ほら、いとも簡単に壊れてることが晒される。

―…なんて、出来損ないなモノ。








「好きだ。お前が」
「…は?」


酷く真面目な顔をしてラビがアレンに言った。
ここは本部の食堂で、夕飯時の今は人がたくさん詰め掛けていた。
すぐ傍で食べていた人がかちゃんとスプーンを取り落とし、アレンとラビを見比べてて、

「ラビがアレンに告ったーーー!!」

と口からスパゲティを吐き出しながら大絶叫した。
汚いな、とアレンは眉を心なしか顰めた。しかもミートソースのスパゲティだったらしく、その赤い色はひどく歪で気にいらない。
ますます汚いな。名前も知らない彼は探査部隊(ファインダー)だったので、白い服にケチャップ飛まつが付いた。
あれって、洗濯して落とすの大変なんだよな、とアレンは心の片隅でしみじみ思った。

「えええええええーーーー!?」
「うそ!ちょっとマジかよ!?」
「はぁ!?ありえねー、いや、ありうるーーー!!」

たちまち、食堂にいた人々が大騒ぎで叫びだし、アレンとラビに一斉に視線が集まった。
二人で向かい合っているアレンとラビの姿に、ごくり。と、誰かが緊張したように息を呑んで、食堂が潮が引くように静かになった。
アレンはため息を吐きたくなった。なんだって、よりによってこんな人前でそんな冗談を言うんだか…。

「ラビ?こんなところで冗談は止めてくださいよ」

アレンは困ったように笑ってラビに言った。すると、ラビはムッとしたようにして唇を突き出した。

「冗談じゃないさ」

冗談じゃない?それじゃあ、尚悪い。

「じゃあ、なんかの×ゲームですか?」
「違うって言ってるだろーが。オレはお前が好きだ。アイシテルって言ってもいい」

食堂では外野が何事か再び楽しそうに騒ぎだしていたがそんなのは耳に入らない。
じっとアレンを見つめるラビの瞳にからかいの色が無くて、なおかつ、ラビの言葉に、アレンは自分の顔から表情が消えていくのが分かった。





「ア イ シ テ ル ?」




アイシテル、だと。僕に?僕にアイシテルと言ったのか?
なんてことだ。ラビはそんなことを言うことはないと思っていた。この教団の中にいる人たちは、皆そんな人じゃないと思っていた。
かなり好きだったラビにそんな言葉を言われて、アレンの心は冷えていった。
この人にもまた、裏切られた。と思った。

「…冗談でもやめてください。アイシテルなんて…」
「愛してる人に愛してると言って、なにが悪いさ」

息が苦しい。

苦しい。助けて。
視界が赤く染まる。


「アイシテル。ダカラ、死ネト?」


細胞が喚く。
酸素をくれ。



いつもよりも低い声で呟かれたアレンの言葉に、食堂を一瞬にして得たいのしれない寒気が襲った。
アレンの貌からは感情が抜け落ちて蒼白になり、身体が小刻みに震えている。



―…ねぇ、アイシテルわ。アレン。だから、死んでちょうだい?



あの人は言った。
そっと、長く細い指を僕の首に巻きつけて。

―…アイシテル。から、僕を殺すの?
―…ええ。


冷たい指が僕の喉に食い込む。ゆっくりゆっくりとそれは優しくさえ感じられるほどの時間をかけて絞められる。

苦しい。苦しい。


「イヤダイヤダイヤダ…」


僕は死にたくない。


「アレ…ン?どうした…」

ガタガタと震え、焦点の定まらない虚ろな目になったアレンに、心配そうにラビが手を伸ばしたが、


バシッ


容赦ない手加減の無さでで叩き落とされた。

「-…ッ!」

ラビは手の甲を押さえてた。
アレンは敵を見るような目でラビを見上げた。

「誰が死ぬものか。誰が殺されてやるものか…例えそれが、ラビ、貴方だとしても」」

今まで見たことも無い―…いや、対AKUMAの時には見ている表情だが、それを実際に向けられたラビは微かな恐怖をアレンに感じた。
触るものは全て切る。とでも言うような硬い表情。

「何を言ってるのさ、アレン…」
「なに―…?貴方こそ、何を言っているんですか…?」

困惑するラビに、アレンはふと表情を柔らめ小さな子供に目線を合わせるよう首をかしげた。
真っ白な髪が揺れる。

「アイシテル。つまり、僕を殺したいってことでしょう?」
「なっ―…」

全然違う。

「アレ、ン…」

なぜ、『愛している』が『殺したい』という意味になるのか?ラビが何か根本的なことをアレンが誤解していると、さらに明確な言葉で気持ちを伝えるべく名を呼んで言葉を続けようとした。。
しかし、ラビの言葉を遮るように、

「…――少なくとも、僕の母は『アイシテル』と言って僕の首を絞めました」



―…ヤメテ!母さん!!!


壊れる壊れた僕は死ぬ。


ラビを初め、食堂にいた全員が思いもよらないアレンの言葉に絶句した。

「それは、違うさ、愛なんかじゃない!」
「?何が違うんですか?だって、クロウリーだって愛していたから殺したでしょう。エリアーデを…」

アレンは目を細めて微笑んだ。
綺麗に無邪気に透明に。

「ラビ…」

先ほどとは逆に、アレンが手を伸ばしてラビの頬へと指先を滑らした。
体温の感じられないアレンの冷たい指先に、死体に触れられているような感覚に陥り、ラビは身を強張らせた。

つま先を伸ばしてアレンは、ラビの顔へと己の顔を近寄らせる。
ラビは覗き込む。


アレンの瞳の暗い色を。





「アイシテルなんて、二度と言わないでくださいね。ラビ?…もし再びその言葉を口にするようでしたら、僕は貴方をコロシマス」




ソレはきっと、アイ。