リボーンに来た依頼。
それはボンゴレの九代目よりのじきじきの命だった。
一人の気弱そうな少年の写真と簡単なプロフィールを渡された。
捲ったプロフィールの内容はお粗末なものだった。運動能力、成績、人脈、性格…すべてにおいて人並み以下だ。
「その少年をボンゴレの後継者に仕立ててくれ」
「本気で言っているのか?」
彼が冗談を言わない人間だと分かってはいるが、思わず聞き返してしまった。こんな人間を巨大な組織ボンゴレの頂点に据えるというのか?よほど、ボンゴレの血を引かない優秀な他者にファミリーをくれてやったほうがよいのではないか?
「お前に任せる…最後の選択を」
なるほど。とリボーンは目を細めた。
「オレの目に適えばそのまま教育。適わなければ消せと?」
「…ああ」
ボンゴレの血を受け継いでいるということに価値がある。もし、少しでもボンゴレを引き継げるような更生が成される見込みがあるなら出来るだけ後継者としての教育を。だが、まったくボンゴレを任せるにあたらない更生のしようがないほどの人間ならば、将来のボンゴレの行く末を考えて殺してしまえ。
ボンゴレの血筋がハゲタカどもに利用されぬように。そうすれば…少なくとも、幾人もいる優秀なボンゴレ幹部の中から次代の十代目が選出されるだろう。
「日本か…」
最強の殺し屋、リボーンは深く帽子をかぶりなおした。
いつかの空、いつかの笑顔
「くだらない…」
忌々しいほど澄み渡った空を見上げ、少年は呟いた。
少年の名は沢田綱吉。中学一年生。
中学に入学してから二ヶ月ほどたっているが、いまだ親しい友人が出来ていない。暗い性格と言うわけではない。話をしてみれば、意外と喜怒哀楽が激しい感情豊かな少年だ。
体育の時間では運動音痴なことがはっきりと証明されていて、同じ体育のチームにはなりたくないとは思われているが、だからと言ってその所為で友人が出来ないわけではないだろう。
運動音痴でも、友達の一人や二人はいるものだ。
…ならば、なぜ、ツナには友人がいないのか?
「さってと、帰って漫画でも読むかなぁ」
帰りの会も終わって、部活やらなにやらに散っていくクラスメイトたちを尻目に、誰に呟くでもなくツナはのんびりと鞄を手に教室から出た。
教室の喧騒は後ろへ消えていく。ツナはゆっくりといつもと変わらぬ帰り道を歩きながら、道々の両脇を目に留めている。たんぽぽやら、煙草の吸殻やら、転がっている空き缶やら、路傍の石やら…。誰もが目を向けないものに目を向け、ツナは歩いていく。誰にも邪魔されないこのささやかな帰り道がツナは好きだった。
ふと、ツナは唐突に道で足を止めた。
くるりと何気なさを装って背後を振り返るが、不審な人間は見当たらない。
(気のせいか…?)
微かに感じた妙な気配。のんびりとした生活臭の漂う住宅地に不釣合いな鋭い、首筋にチリリと殺気。
「あ、猫だ」
塀の上を軽やかに歩いていく猫を見つけ、ツナは目で追った。
けれど、それは猫を見ているようでそれとなく周りの電柱の影などを探っていた。へっぽこぴーな演技をしている自分を好き好んで付けているような相手はいないとは思うのだが、物騒な世の中だ。どんなことがあるのかわからない。
いきなり「そこにいたから」なんて理由で殺されたりするような恐ろしい世の中なのだ。ツナはポケットに手を突っ込んで歩き続け、スッと角を曲がった。
それを影は追った。ツナは角を曲がったところで立ち止まり、壁に背を持たれて腕を組みながら影を待っていた。
「…オレに、なんか用?」
「……」
小さな子供…いや、幼児がツナの後をとことこと付いてきた。
胸元には可愛らしいおしゃぶりを下げていて、大きなつぶらな瞳を持っている幼児だ。けれど、上から下までビシッと黒い帽子とスーツで決めている幼児なんてそうそういるものじゃない。ツナはにこっりと笑いながら幼児に向ってしゃがみこんだ。
「赤ん坊、オレになんか用?」
「…ああ。お前に用だぞ」
リボーンは標的であるツナが自分の追跡に気がついたことに多少驚いた。
もっとも、その驚きがポーカーフェイスの顔面に現れることは無いが。リボーンは比較的愛想のいい顔をしてツナを見上げた。写真で見たとおりの優しげな、どこかほわわんとした幼い顔つきがリボーンを見ている。
この少年を、時期ボンゴレの頂点に据えるのか?
「へぇ。なんの用?どっから来たの?」
「イタリアだ」
「そう。イタリア。遠いいね」
「ああ、会いに来たんだ」
「誰に?」
「お前に」
二人の視線は混ざり合うが、そこには油断せずに相手を観察しあっている節があった。
ツナは小首を傾げた。
これはどうやら癖のようだ。もし、彼が意図して首を傾げるという動作をしていないのであれば。
ツナにはイタリアに知り合いはいない。遠く昔には外国人の血が入っているらしいが、詳しくは知らない。自分の顔を鏡の中で覗いてみても、少しだけ色素が薄いかなと言うぐらいで完全な日本人だ。
イタリアねぇ…イタリアと言えばなんだろうか?
長靴型の地形で、オリーブオイルやピザの国って言うのがイメージだ。乏しい己がイタリアへの認識にツナは自らをあざけった。
「オレに?オレ、イタリアに知り合いはいないけどなぁ…」
不思議そうにツナは言い、ねぇ、とリボーンに呼びかけた。とても気になっているものがあったのだ。ほんの少しだけ不自然に膨らんだ幼児の懐。
「ところで、懐に入ってるのって、おもちゃ?」
ツナは口を笑みの形にしたまま、目を細めた。ツナが指差したのはリボーンの左側に入っている拳銃だった
リボーンは一回瞬きをした。
(こりゃあ、報告と違うんじゃねーのか)
リボーンの気配に気がついただけでも凄いのに、ツナは幼児というリボーンの外見にも惑わされること無く真っ直ぐにリボーンを見ていた。その瞳は、どこか無機質な印象をリボーンに与えた。外界に興味が無く、どうでもいい…そういう風に感じているものの目だ。
「そんなの持ってると危ないよ」
「オレの本職だから手放せない」
「何してるの?」
「殺し屋だ」
どんな反応を返すのか少し興味深かったが、ツナの反応は馬鹿にするでもなく淡々としていた。
「人殺しか。そっか。面白い?」
「……」
リボーンは返事をせずに無言だった。ツナはこの幼児の目を見ながら話をしていたので嘘をついているような目をしているように見えなかった。それに…相手がなんだろうと、結構どうでも良かった。後をつけてきたのがどういう人間なのか分かればそれでいい。
答えられないリボーンにツナは話を変えた。
「で、オレへの用事は?」
追ってきたのが自称"殺し屋"。それが分かっただけで興味は薄れた。それが本当でも、嘘でも。
リボーンは九代目の言っていた言葉を思いだす。
(オレが任された、最後の選択)
殺すか。
生かすか。
リボーンは楽しげに口元を歪めた。
面白い。
この年で、そんなにも世の中を覚めた目で見ている。冷めた目ではない覚めた目だ。夢も迷いも眠りも無く、現実を見つめている覚めた目でみる少年。もし、ここでリボーンが銃で突きつけ脅したとしても、この少年は現実を綽々として受け入れるだろう。
現実を見ているがゆえに。
「……お前をマフィアのボスにする」
オレが、お前をドンにしてやる。
「マフィア?」
ツナは怪訝に眉を潜めた。マフィアのボスとはまた…大きいことを言いだす幼児だ。
「ああ、イタリアの、ボンゴレ・ファミリーの十代目に」
「オレにマフィアが何のようなのさ?」
「お前の先祖が創立したマフィアだからだ」
「…へぇ。初めて知ったよ。でも、興味ないよ」
「それでも、オレがお前を十代目にする」
「…強制かよ」
「ああ」
オレの意見は無視かよ?と、ツナは立ち上がった。
「あのさ、オレ、いまの人生で結構満足してるんだよね」
「…そんな、詰まらないやる気の無い人生で?燻っているだろう」
ツナは肩を竦めた。
「…オレも子供だけど、お前みたいな幼児はあんまり好きじゃない。…こっちが一生懸命優しい演技をしてやってるのに、それを見抜きやがる」
ツナは冷たい目でリボーンを見下ろすと、口元をゆがめた。
その時、リボーンはこの少年が第一印象のとぼけた様子からは見受けられないが可愛らしいというよりは綺麗な顔立ちにしていることに気が付いた。そして一瞬、ツナの瞳の中に燃え上がった青い炎。
燃え盛るわけでもない燻っている青い瞳に、リボーンは柄にも無く口笛を吹いてやりたい気分になった。
「…夏に、また会いに来る」
リボーンはくるりとツナに背を向けた。
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紅い血が散る。
「十代目…?」
呆然と呟く声に。
オレは。
やっと巡り合えた忠実なるファミリーに酷薄に笑い。
硝煙を吐いた銃を。
懐にしまった。
the end
もういいです。中途半端万歳。不完全燃焼万歳。最後の場面は、そのうちいつか、ばれたときのひとこまですよ。リボーンは一回春に来日してて、色々準備して夏に家庭教師しにきたんですよ。(と、いう捏造)