期限付きの恋




「この牛のガキ!十代目に気安く近づくんじゃねー!!」
「ちょ、獄寺くん!ランボはまだ子供なんだから、そんな言い方…!」
「オレっちは牛のガキじゃない!ランボさんだぞ!」

ツナの背後の隠れて、足元にしがみつきながら顔だけ覗かせながらランボがあっかんべーをしながら獄寺を挑発する。その姿を見て、ますます獄寺はものすごい形相になってダイナマイトを取り出した。いつもながらの早業で、一体服のどこから出したのかツナには皆目分からない。っていうか、分かりたくない。
いつもながら、どこに大量のダイナマイトを隠しているのかと不思議に思う。

「ああ、もうランボも黙っててよ!獄寺くんもダイナマイトはやばいから!」
「くっ。十代目!なんでそんな野郎を庇うんですか!」

獄寺はランボに殺気の篭もったガンを飛ばしながら、ツナを責めるように声を上げる。十代目がオレ以外のヤツを庇うのは許せん!手に持ったダイナマイトにいつでも点火出来るように煙草の火はすでについている。ダイナマイトは止めて欲しい。
家を一体何回爆破すれば気が済むんだろう、リボーンといい、獄寺といい…。日常的な場面でダイナマイトを使うのは間違っている。ダイナマイトなんて、一般市民が生きているうちにお目にかかる機会はまずない。一本でも威力がでか過ぎるダイナマイトで被害を被るのはツナの家だ。
毎度半壊するツナの家の修理費は獄寺の家から出されているらしい…。

「いやだって、子供だよ」
「子供って言ったら、リボーンさんの方は赤ん坊じゃないですか!」
「う…。そう言われると言い返せないけど…ランボはすぐ泣くから!」

ランボは泣き虫だ。
他愛の無い(?)ことでよく泣く。行動はりボーンに喧嘩を売ったりと無謀なことこの上ないが、やっぱり泣いている子供を見ているのは気分がよくない。なまじ一人っ子のツナはちょっとだけ兄貴気分な感じでランボを気にかけている。馬鹿な子ほど可愛いっていうのはこういうことを言うのかもしれない。
リボーンは…最強すぎて庇う気も起きない。あの家庭教師兼ヒットマンはこの家にやってくる誰よりも大人の精神を持っているだろう。

「ぐっす…」

鼻水をすする音にツナはハッとしてランボを見る。ランボは涙をこんもりと盛り上げてふるふると震えている。

(し、しまったぁぁ!!)

ツナはランボを庇うつもりで、「ランボはよく泣く」とランボに言ってしまったことに気がついた。

「すぐ泣くお前には、リボーンさんを倒すことなんて出来ねーよな」
「獄寺くん!」

さらに追い討ちをかけるように獄寺が鼻で笑いながら言った。ダァァァーと鼻水と涙がランボから滝のように溢れ出る。

「が・ま・ん!!」

すでに馴染みの言葉が吐き出される。慌てて獄寺を諌めてランボの目線にかがみこもうとするが、それよりも早く目にも留まらぬ速さでランボは十年後バズーカーを自分に向かって構えた。

「ちょ、馬鹿!」

ツナの身体が動く。

ズカーン!!


+++++++++++++++++++


もくもくと煙幕が晴れていく。こほこほと咳き込みながらもツナは目を凝らした。

「けほっ。ここ、どこだろ…?」

ツナは身を起こした。ツナが横たわっていたのは柔らかな皮で出来たソファーの上だった。

改めて見慣れない室内を見る。年代ものらしい重厚な質感を持った机や棚が並んでいる。
広い机の上には書類らしきものが散らばっている。椅子側に回ってその書類を手にとってみるが、中身は日本語ではないため、全くツナには読むことが出来なかった。英語でないことは確かだった。
斜めに目を通してみても知っている並びの単語が一つも無い。諦めてもとの位置に書類を放るとツナは差し込む光に目を留めた。机の背後には小さな窓があり、その眼下に見えるのは海だった。岸壁を背にこの建物は建っているらしいことが伺えた。

「…えっと?マジでここどこ…」

窓に手をついて外を見て、途方にくれるが、なんとなーく予想はついていた。その予想とは、十年後バズーカーで十年後にいるということだ。ツナは自分でも結構落ち着いているなぁと思った。

「ま、ここがどこか分からないけど、五分なんてすぐだしね」

たぶん、十年前の自分の知っている人間を実際に目にしていないからこんなに冷静でいられるんだろう。もし、目の前に十年後の誰かがいたら、きっと信じられなくてあたふたするだろう。机の椅子に座ってみると、身体が包まれるように沈み込んだ。

「うわぁ、いいなぁこの椅子」

ふかふかの感触に、ツナはうっとりして目を閉じた。

(ここで眠れたら最高かも…)

ツナにとって心安らげる場所であった家は、リボーンやらなんやらで毎日がお祭り騒ぎだ。おちおち静かな気分で昼寝のひとつもしてられない。

コンコン。
控えめにドアを叩く音に、ツナは飛び上がった。

「十代目。失礼します」
「ちょ、待って!」

どこかに隠れる場所はないかと首を巡らすが特にない。

ガチャ。
と、無情にも扉が開いて誰かが入ってきた。

「十代目ー?何外なんか見てんスか?」
「…」

ツナは冷や汗だらだらかきながら椅子に身体を沈み込ませたまま固まっていた。くるりと座っていた椅子を机から窓側に転換させたはいいが、その後が続かない。ツナは祈るような思いで両手を握り閉めていた。

「眠ってんですか?十代目…?」
「……」

返事をしないツナに対し、相手の声のトーンが低くなった。気配が動いて、ツナの座る椅子に近づいてくる。


(来るな来るな来るな来るなぁー!!)


ツナは心の中で念仏のように唱えるが、そんなものが聞くわけがない。普段は別段信じていないくせに、こんなときだけ縋られても仏さんも迷惑だろう。椅子の背に手が掛かった。ツナはぎゅっと目を瞑った。

「え…?」


絶句した声がツナの上から降ってきた。ツナは恐る恐る片目を開けた。顔に驚きを張り付かせた、秀麗な顔。見たことがある…たぶん、いつも隣にいる彼が成長したらこんな感じ…。

「…十代目ッ!?

男が叫んだ。

「え。え…も、もしかして、獄寺君?」

ツナは口をあんぐりとあけて大人な獄寺を見た。

(なんか…か、カッコいい!)

中学生な今でも、十分に男くささを発揮してカッコいい獄寺だが、この大人の獄寺は中学生のころの獄寺にはない、妙な色気があった。だらしなく胸元を変えた黒のスーツの中に覗くのは真っ赤なシルクシャツ。チャラチャラした金属の装飾具は相変わらずだが。似合っているのでよし。

「十代目ー!!」

キラキラと目を輝かせた獄寺がツナに抱きついた。

「うわ。ちょっと、獄寺く…!」
「やー!可愛い!小さい!可愛い!十代目ーー!!」

ツナがもがくのも気にも留めず、獄寺はツナをしっかりと抱きしめる。

「十代目!今何歳ですか?いや、十年バズーカーですよね?ってことは今十三歳ですか?」
「そうだよ!オレ苦しいよ!!」
「…あ。すいません」

照れた笑いをして、獄寺は少しツナから身体を離した。ツナは大きく息を吸って、うわぁと子声で叫ぶと顔を赤らめた。
二十センチほどしか離れていないところに獄寺の顔がある。どんな女の子でも見とれてしまうような整った顔立ちの中に、蕩けるような優しい笑みをツナに向けている。ツナは首の後ろまで真っ赤にすると獄寺から目を彷徨わせた。

(ヤバイ…なんでオレ男に照れてんの?)

十年後の獄寺の予想以上の格好よさに、ツナは戸惑ってしまった。くすっと獄寺は笑った。

「可愛い…」

なんだこの大人な余裕は!ツナはぎゃー!と叫びだしたいのを必死で堪えてバクバクしている心臓に「落ち着け落ち着け」と繰り返した。これは獄寺だ。毎度騒ぎをかき回してくれる獄寺だぞ。と、自分に言い聞かせる。

「十代目、昔のオレと今のオレ、どっちがいいですか?」
「どっちって…?」
「オレに見惚れたでしょ?」
「ちが!オレ見惚れてなんかいないって!」

ブンブンと首を振って否定するが、真っ赤な顔では説得力がない。

「やー…やっぱり十代目は今も昔も変わってないですねー。食っちゃいたいくらい…」
「え…?」

ツナがハテナマークを頭に飛ばした途端、視界が埋まった。ほのかに暖かい感触が唇に落ちた。

(なななななn…!?)

混乱して頭の中がぐちゃぐちゃになる。
瞑ることも出来ず、見開いてしまった瞳は、同じく目を開いたまま射抜くようにツナに視線を合わせる獄寺がいた。

真剣な瞳の色に、ツナは赤くなったまま固まる。口付けはそれ以上深くなることはなかった。触れるだけの口付けに、ツナはなぜか悲しくなる。もっと…と言えればどんなに楽だろうか。
逸らされることのない彼の瞳を見ればわかる。

獄寺くんは強くオレを求めている。
今でも…中学生の獄寺くんからも時折感じる強すぎる想いを込められた眼差しに、オレは時々動くことが出来なくなる。知らないふりをして笑っているのは簡単だ。獄寺くんの想いは重すぎて大きくて…今はまだ、オレは受け入れることが出来ない。なのに…獄寺くんは見返りを求めずにオレを守る。

「…十代目…なんで泣いてるんですか?」

静かな獄寺の問いかけに、初めてツナは自分が泣いていることを知った。頬を伝う涙に獄寺が困ったような愛しむような不思議な表情をして涙を指先で拭った。

「あ、あれ?」

ツナは自分が泣いていることに動揺した。
何が悲しくて泣いているんだろうか。どうして、こんなにも心が寒く感じるのだろうか。

「…泣かないで下さい。オレが十代目の傍にいますから…」

獄寺が椅子に座るツナの手を取り、一歩下がる。大切そうにツナの手を押し頂いて、片膝を着く。中世の騎士が主君に忠誠を誓うように。

「…十代目」
「やめてよ…」


弱弱しくツナは首を振る。

聞きたくない。
オレはあんたの十代目なんかじゃない。本当に十年後のオレがボンゴレの十代目になっているとしても、それは不確定な未来の話しだ。
今のオレじゃない。

十年後の獄寺くんもオレを守っているだろう。
命をかけて。
この人は、十年後のオレの人。
今の僕の人ではない。

だから、そんな優しすぎる目で見ないでよ、獄寺くん…。

再び盛り上がってきた涙が、獄寺の姿を隠した。


++++++++++++


気がつくと、元の部屋に戻っていた。
頬を染めたランボがなぜか膝の上にいて、獄寺が呆然とツナを見詰めていた。どうしたんだろう?とツナが繭を寄せると、我に返った獄寺がおろおろとして叫んだ。

「十代目っ、なんで泣いてんすか!!」
「や、別に」
「別にって!目が赤いですよ!」

肩に掴みかかる勢いで獄寺はツナを心配する。ツナは涙を指で拭いながら「心配しないで」と言った。

「大丈夫か?ランボさんの大好きな飴でもやろうか?」
「…ううん。大丈夫。心配してくれてありがとな、ランボ」

膝の上から見上げてきたランボが、珍しく大好物の飴をあげようかと聞いてきた。ツナはありがたく辞退した。たぶん、そのくれる飴すらも、ツナがあげた飴だろう。

「十代目。どうして泣いてたんですか?向こうで、誰に会ったんですか?」
「…秘密」
「秘密って!教えてくださいよ!」
「それより!オレに会ったんだろ?オレ。どうだった…?」

それがとても気がかりだった。あの獄寺が仕えている"十代目のツナ"はどのような人間なのだろうか。
大人の獄寺は「変わらない」と言った。…けれど、何か…あそこにいる自分の残り香のような気配にどことなく違和感があった。馴染みある中に、どこか冷たい空間。

(一体…十年後のオレってどうなってんだ?)

「すごい優しかったぞ!それにすごい美人だったぞ!」
「び、美人…?」
「オレっちのことを可愛い子って言いながら抱きしめて飴をくれたんだぞ!ランボさんは可愛いんだぞ!」
「うん、ランボが可愛いのはオレもそう思うけど…オレが美人?」

ツナは自分の容姿が人並みであることを自覚している。同年代と比べたらチビだし…頭悪いし…。

「…マジで?」
「ええ!十代目はそりゃあもう美しかったです!クールでした!ビューティーでした!惚れ直しました!」
「あ、そう…」

獄寺に聞いたのは間違えだった。ツナのすることなすことに盲目的に従う獄寺が例え「十年後のツナ」に対しても客観的な評価を下せるとは思っていない。ランボは子供だし、審美眼にいまいち信用が置けない。
美しかったなぁ…あの人…と、ちょっとイッちゃった目をした獄寺だったが、珍しくすぐに現実世界に帰ってきた。

「で、なんで泣いてたんですか?」
「それは言わないって言ったじゃんか!」
「どこのどいつです、十代目を泣かしたのは?オレが消します」
「や、っていうか…」

もし、オレが十年後の獄寺くんの所為っていったら…獄寺くんどうするんだろ?きっと死ぬほど謝り倒して来るだろう。こっちが許すといっても土下座して謝り続けるだろう。

…そういうのは、嫌だ。
だから言わないことに決めた。

「ランボー。オレと一緒に駄菓子屋でも行く?飴買ってやるよ」

話を逸らしながら、ランボを抱きかかえて立ち上がる。
ランボは大人しくツナの腕に抱かれた。最近気がついたのだが、ランボはツナに抱き上げられたこの位置が気に入っているらしい。獄寺は嫉妬しまくりの視線でランボを睨んでいる。部屋の机上にあった財布を掴んでジーンズの後ろのポケットに突っ込む。

「本当か!…どうしてもって言うなら、オレッち一緒にいってやらないこともないぞ!」
「うん。どうしても一緒に行こうよ」
「十代目!オレも一緒に行きますよ!」
「いいよ。獄寺くんはこなくても」
「そ、そんなぁ!十代目、オレを置いていくんですか!」

獄寺は情けない声を出してツナに縋るような目をして、ランボには睨みを発射する。

「置いて行ったって、獄寺くんは…どこまでも付いてくるんだろ?」
「もちろんですよ!オレは十代目の傍から離れません!!」

自信満々な朗らかな笑みで、獄寺は宣言した。ツナは獄寺を見て、かすかに顔を伏せる。

(…オレなんか)

ランボは俯いたツナの顔を見て気遣った。


「おい、どうしたんだ、ツナ…?」
「なんでもないよ、ランボ」
「でも…お前」

ふわふわの髪の毛を安心させるように撫でてやると、ランボは心地良さそうに目を細めた。






(オレが、十年後の獄寺くんに早く会いたいと想うのは、いけないことなのでしょうか?)



隣に今の獄寺を感じながら、ツナは空を見上げ、十年後の獄寺に想いを馳せた。





the end


※大人獄寺にちょっとフィーリングらぶって感じ…。リボーンキャラ練習。