受け継がれてきた血が体内で暴れだす。
目覚めろと、凶暴な遺伝子が咆哮する。
――大丈夫さ。当の昔にオレの中のマフィアの血は覚醒しているよ。
さぁ 天国に招待しようか?
何故だ。
僕は思った。
一匹、二匹、三匹…カウントをして沈めたはずだ。なのに何故、自分の攻撃を受けたにも関わらず、この子供だけが平然と眼を覚ました?攻撃を手加減したつもりはさらさらない。
少年は酷く驚いた顔をしてダウンしている二人の友達の名を叫んだ。それからあとの行動はおかしかった。高速の軌道をかいた何かが少年の額に当たった。僕にはソレが弾丸であり、少年の額を貫いて一瞬鮮血を噴出したように見えた。
まさか!
自分の目で見たものが信じることが出来ない。弾丸が頭を貫いて生きている人間などいるはずがない。僕の考えを肯定するように、三人の少年の中で見た目からして一番非力そうな少年は元気良く自分の服を切り裂いた。
「死ぬ気でお前を倒す!」
「なにソレ?」
右ストレートを軽く避けて、僕はトンファーを振る。
「ギャグ?」
もしギャグなら、こんなに低レベルなギャグはないね。手に鈍い痺れが伝わって、間違いなく顎の骨に当たった感触がする。
「あご割れちゃったかな」
でも、最近の医療技術はいいからね。しばらく入院していればすぐに繋がるよ。
「さーて後の二人も救急車に乗せてもらえるぐらいグチャグチャにしないとね」
今度こそ目を覚まさない。この少年とともに、今だ床に伸びている二人ももっと壊して救急車に乗せてもらえるようにしなければならない。群れてた三人で一緒に病院に送られるんだ。コイツラにしてみても嬉しいことだよね。二人に向かおうとして僕は、少年に背を向けた。
その時、背後に気配を感じた。
「まだまだぁ!」
咄嗟に振り向くと同時に右頬に鈍痛を感じた。何が起こったのか分からなかった。ジンジンとしてくる頬に、やっと思考が動き出す。
僕が…
…少年に殴られた?
その受け入れがたい事実に呆然としてしまった僕に、追い討ちをかけるように後頭部を何かで叩かれた。パァァン!と小気味良い音の割には痛みはない。僕はよろけながら目の端で、僕を叩いた物体を見た。
…スリッパ?
……僕を、馬鹿にしてるの?
「ねぇ…」
久しぶりだよ、こんなに虚仮にされたのは。
「殺してもいい?」
俯いたツナの肩がぴくんと揺れた。今までの鬼気迫る勢いが波が引くように少年から薄れていく。僕が再びトンファーを構えたときだった。
「そこまでだ」
突然の声に僕は振り返った。
気配を感じなかった…。窓枠に腰掛けた黒尽くめの格好をした赤ん坊が一人。赤ん坊が中学校にいるということにはさほど驚きは無い。この僕に気配を気づかさせずに後ろを取るような赤ん坊が、ただの赤ん坊であるはずがない。
「やっぱつえーなおまえ」
本心から言った言葉だったようだ。けれど、今は君に構っているほど暇じゃないし、機嫌が良くもないんだよ。
「君が何者かは知らないけど僕は今イラついているんだ」
だから…しばらく眠ってろ。僕は一気に間合いを詰めてトンファーを赤ん坊に叩きつけようとしたが、防がれた。
「ワオ。素晴らしいね、君」
まさか…今日は楽しくもイラつくことが一杯だ。こーんな赤ん坊に僕のトンファーが止められるとはね。
「まぁあな。伊達や酔狂でこの仕事をやってるわけじゃねーんだ」
仕事ってなんだろうと思ったが、僕が聞き返すよりも先にちらりと赤ん坊は僕の後方を盗みて、被っていた帽子のつばを押さえた。
「…今のオレの仕事は二人と連れ出すことなんだ」
「二人…?」
僕が相手をしたのは三人だ。
誰を残していく気だ?僕の不審気な顔に、赤ん坊は微かに口元をほころばした。僕は自分が話しに付いていけないことに眉を顰めた。
「良く分からないけど、君が彼ら三人の代わりに僕の相手をしてくれるんでしょ?」
「…おっと。お前の相手はオレじゃねーぜ」
赤ん坊は自分に戦う意思がないことを示すように真鍮の棒…江戸時代の捕り物で使われた十手を閉まった。赤ん坊の他に誰が僕の相手をするっていうのだろう。皆仲良く床とお友達をしているのに?だが、僕の疑問はすぐに解消された。
「リボーン。二人を連れて消えろ」
幾分高めのボーイソプラノの声が背後から聞こえたからだ。僕はまさかと戸惑った。話せる状態ではないはずだ。だって、僕は顎を砕いたのだから…。
「…ああ。悪い、ツナ。遊びが過ぎたな」
リボーンと呼ばれた赤ん坊は、命令口調にもさして気を悪くした風でもなく、僕の後方にいるであろう人物に肩を竦めて謝るとと窓枠から飛び降りた。テケテケと歩いていくリボーンの後姿を追うようにして僕は、彼に向かい合った。僕は目を細めて少年…ツナと赤ん坊が呼んだ彼をじっと見た。
ツナがポケットに両手を突っ込んだ形で立っていた。さっきまでパンツ一枚だったのに、何時の間に着たのかズボンをはいていた。流石に敗れたシャツは着れなかったらしい。
「君、打たれ強いね。顎割れてなかったの?」
「生憎とね。そんなにやわに出来てないんだよ」
ツナはフンと鼻で笑って肩を竦めた。最初はえらく大人しそうな脅えた小動物的印象だったのが、次に妙に熱血系少年になってたよね?それが今度は…
「…なんだか、印象が違くない?」
妙に落ち着いた雰囲気だ。先ほどの赤ん坊と共通する雰囲気がどことなくある。僕の言葉にツナはにっこりと笑って可愛らしく小首を傾げた。
「それが、一番最初のか弱い雰囲気の君だったらちょっとは可愛かったんだけどね。…今の君じゃあ、ね」
今のツナの外見も可愛いといえば可愛いけれど、瞳が全てを裏切っている。その瞳は、なんの感情も浮かんでいない…。
「それが本当の君?最初のは演技?」
「さあね…」
はぐらかす様に微笑してツナは表情を失くした。無表情になった。
「オレはね、結構怒ってるんだよ」
ツナは抑揚の無い声でゆっくりと僕の目を見据えながら言った。一瞬、ツナの目が燃えるような炎が宿ったように見えた。しかしそれは錯覚だった。
ツナの目は…深い青をしていた。
僕は目を軽く瞠った。最初、彼の瞳は茶色をしていたはずだ。断じて、青い瞳はしていなかった。
「…さっきはよくも僕の部下を傷つけてくれたね」
ゆらりと蒼い炎が揺れる。
「殺していい?ってオレに言ったよね」
「うん」
「…オレもオレのファミリーに手を出されたら、オレはお前を殺すよ」
ゾクリと背筋が震えた。彼から伝わってきた、冷気にも似た冷たい風。
「ツナはつえぇーぞ。オレには劣るけどな」
リボーンは呟くと、二人を両肩に乗せて引きずるようにして応接室の入り口から出て行った。広い応接室に残されたのツナと僕。二人で微動だにせず静かに佇んでいる。先に沈黙を破り、口を開いたのは僕だった。
「君…ツナ君って言ったけ?」
「お前はヒバリだろ?不良の頂点に立つ、風紀委員ってね」
「へぇ、知ってたんだ」
「有名だろ。群れるのが大嫌いなヒバリって」
「…僕は君の事を知らないんだけど?」
不良の頂点に立つ風紀委員…まぁ、そういう風に僕が裏で言われてるのは知ってたけどね。面と向かって僕にそう言ったのは君が初めてだよ。そこで僕は、はて、と「ツナ」という名前が記憶の片隅に聞き覚えがあることに気が付いた。
「…そういえば聞いたことがあるな。最近学内を騒がしている一年の"ダメツナ"ってね」
このところ、学内が妙に騒がしい。どこかの馬鹿が上級生と決闘をして、髪の毛を全部引っこ抜いてしまったり。どこかの阿呆が校庭で大爆発を起こして、三流大学卒の学歴詐称教師を解雇させたり。
それらの全てに関わっているダメツナと呼ばれる少年がいるらしい。
「君がそうか」
僕の問いにツナは無言であった。打てば響くような返答を求めている僕としては、いささか感に触る。僕は隙の無いツナを伺いながらじりじりと間合いを詰める。
隙が無い。
先ほどの赤ん坊もほとんど隙はなかった。いや…あの得体の知れない赤ん坊のことだ、僕が攻撃できるようにわざと隙を作っていたのかもしれない。僕は踏み込むタイミングを掴むことが出来ず、僕は彼らが最初に応接室を訪れた時の体勢に戻った。軽くソファの背もたれに腰掛けながら、くるくるとトンファーを弄ぶ。
「君、誰?何者?」
僕は単刀直入に聞いた。
だってさ、興味が湧いたんだよ。
群れは群れでも、普通の群れとはちょっと違うから。気に食わないけど、気になるじゃないか。その群れの中で、影のように中心になっているのはこの少年だ。
「さっきの赤ん坊といい、二人のナイトといい…」
君ってば、まるで守られるお姫様って感じだよね。
「言ったろ。オレのファミリーだって」
「ファミリー、ね。マフィアごっこかなにかしてるわけ?」
「いいや。正真正銘のマフィアさ…。少なくとも、獄寺くんとリボーン、そしてオレはね」
「へぇ!」
感心したような相槌を打ったけど、本当はあんまり信じてない。マフィアなんて言われて誰が信じられる?
「信じる、信じないはお前の勝手だよ。でも、ひとつだけ言わせて貰う」
小柄な少年の身体から、刺すような威圧感が漂う。
空気が重い。
「…二度目は無い。オレたちに手を出すな」
蒼い目が僕を映し出す。
それに妙に高揚する気分を味わいながら、僕は唇を舐める。
「出したら?」
「…オレが、ソレ相応の報復をさせてもらおう」
「目には目を、歯には歯をって?ハンムラビ経典ってわけ」
「そんなもんじゃないよ。オレが遊んでやるだけだよ」
「なにをして遊んでくれるの?」
「さぁ?」
ツナはぺろりと誘うように唇を舐めて目を細めた。
姿形は小動物の癖に、肉食獣みたいだ。
食うか食われるか。
ゾクゾクする。
いいなぁ、屈服させてみたくなるよね。その、余裕な表情を涙に濡れさせてさ、許しを請わせるの。ツナは僕に軽やかな足取りで近づいてきて、十センチほど前で止まった。何をする気だろう。少なくとも殺気はないから、今更攻撃を仕掛けてくるわけでもないだろうと僕は微動せずに行動を見ていた。
ツナは、グイッと僕のネクタイを引っ張った。前かがみになる僕。
「もしかしたら…天国への招待かもよ?」
僕の耳元で囁いて、すぐにネクタイから手を離した。
「そりゃあ、光栄だね」
僕はソファから腰を浮かして、少しだけ屈みこんで、ツナのネクタイを手に取った。徐々に蒼みを失って茶色に戻っていく瞳から目を離すことなく、僕はツナのネクタイに口付けを送る。無感動な目でそれを見るだけのツナに苦笑した。
「天国に、君が連れてってよ」
欲しい。
蒼い目をした君を、僕の下に。
the end