撃ち殺せ!



「あーあ。ツナの奴はよぉ…こっちの身にもなってみろって言うんだ」



山本は残されていた手書きの置手紙に呆れつつ、くしゃりと握りつぶしてポケットへと押し込んだ。ファミリーの一人がドンの部屋から音がしないのを不審に思い、山本に言ってきた。ドアには鍵が掛かっていたので山本が蹴破って入ると、中にはいるはずのツナがいない。
変わりに机の上にはツナの字で走り書き。
しかも日本語で。

「車を回せ。十代目を迎えに行く」
「はっ!」

すぐに玄関に横付けにされた車に乗り込み、山本は行き先を手短に告げた。音もなく発進する車のシートに身を深く沈みこませながら、山本は目を瞑った。

「抜け駆けたぁ、いい度胸じゃねーか」


撃ち殺せ!




獄寺の投げたダイナマイトの爆風によって、レストランの内部は大変なことになっていた。
テーブルや椅子が半壊し、真っ白だったテーブルクロスは煤けている。崩れそうな天井からは鉄筋とコンクリートが少し覗いている。逃げ遅れてテーブルの下に隠れていた一般市民は爆発音の後、静かになった店内にテーブルから顔を出した。瓦礫となった室内は埃がうっすらと立ち込めている。

人々は、その中に一人立ち上がって姿を晒している少年を見た。その視線の先に背を向けて立つ、長身の青年はダイナマイトを三本ほどに平行に延ばした右手に持っている。明らかに青年は危ない人種の一人だ。
小柄な少年に向って、危険だ、まだ隠れていろと声をかけようと息を吸い込んだ男性は、埃が喉に絡み咳き込んだ。青年が少年に振り向いた。銜えた煙草、眉間による皺、取り巻くオーラ、全てが整った顔の青年を近寄りがたいものとしている。
少年はそれに気が付かないのか、道を歩くのと変わらない足取りで彼の正面に立った。
じっと二人は見つめあう。

「…うう…」

うめき声に、少年は額から血を流して床に転がっている柄の悪い男に目を向けた。次のツナの行動に、人々は目を疑った。少年が、その男の腹を思いっきり蹴ったのだ。小柄な少年の行動に、男はますます呻いて血の混じった胃液を吐いた。
ツナは冷たく見下ろすだけだった。

「…ねぇ、ハヤト。なんでこいつら生きてるの?」
「…っ。すいません」

ツナの言葉にハヤトは深く頭を下げた。

「…オレ、言ったよね?殺せって」

非情なツナの獄寺への言葉に、人々はまさかと思いつつ、二人の関係を推測した。

主は、少年。
従者は、青年。

まさか、二人が同い年だとは思っていない。

「すいません!一般人が結構店内に残っていたもんで、火薬の量、減らしました」

獄寺が理由を言うと、ふーんとツナは頷いて改めて店中を見回した。幾人もの一般人が顔をモグラのように出している。人々は、ガラス玉のように透き通って、何も映していないような瞳に息をつめた。
なぜか、この少年は恐ろしいと感じた。

「…ああ、確かに」

小さく呟く。幼い顔立ちにもかかわらずその眼光は氷のように冷たく、人を見るような目ではない。

「ハヤトの言うとおりだね。無関係な人間が多い」

実際にはなんの感情も客たちには持っていないのではないか?人々にそう感じさせるような投げやりな言葉だった。


+++++++++++


そのとき、店の入り口の向こうに黒塗りの車が四台、列を成して停車した。爆発に店先に野次馬に来ていた者たちはぎょっとなった。そのうちのひとつから出てきた男は、右ほほに大きな傷を持っていた。

「あーあ、派手にやったなぁ」

半壊になっている店を見上げ、彼は面白そうに言った。

「オイ…あれってまさか…ボンゴレの」
「オレも噂には聞いたことあるぜ…。側近だろ?十代目の」
「なんでこんなとこに来んだよ?」

ささやきが大きな波になって伝わり、野次馬は車から降りた青年を盗みた。刈り込んだ黒髪に、一度見たら忘れられない右頬に斜めに走る傷。山本はよっこらせと店内へと入った。がらがらと崩れ落ちている。山本は鋭い目で店内を見渡した。面白いほど緊張し、ボンゴレの構成員…それも幹部級らしい青年の登場に息を凝らしている客がいる。
愉快そうに山本は口元を歪めて、パッと表情を明るくした。見ていたものたちはその明るい少年のような笑顔に驚いた。

「よっ、ツーナ!」
「っち。山本も来たのかよ…」

獄寺がツナとの二人っきりでのデートもこれまでか…と思いながら舌打ちをした。陽気な山本のツナへの呼びかけに、ツナはハッとして目を瞬いた。表情の無い人形のようだった顔に感情が戻る。

「や、山本!」

まずい。
書置きを読んで追って来たんだ…。やっぱり、山本にひとことも言わずに獄寺くんと勝手にアジトから出て行っちゃったのはまずかったかな…。ツナはあははと空笑いをして、獄寺の後ろにそれとなく姿を隠した。単にツナが山本に黙って出てきてしまったことに軽い罪悪感を感じているツナが決まり悪くて獄寺の後ろに隠れただけなのだが、獄寺は「ああ、十代目がオレを頼ってくださっている!」と喜んで山本にガンを飛ばしまくる。
これが通常の山本の十代目以外に対する対応なのであるが、それを知らぬ者が見たら、喧嘩を売っているようにしかみえずにかなり怖い。

「また派手にやったなぁ…。ツナは怪我ねーか?」
「オレは全然」
「オレが十代目を怪我させるわけねーだろーが!」
「獄寺くんの武器ってダイナマイトだから、どうしても破壊規模がでかくなちゃうんだよね」
「…すいません」
「はは。まー、ダイナマイトだしな」
「ダイナマイトだしね」

ダイナマイトだからと言うことで話が落ち着いた。獄寺も銃は扱えるが、やっぱり一番使いやすい武器はダイナマイトで爆発させることなので、言葉がない。

「で、飯は食えたのか?」
「…途中までは食べれたよ」

はぁとため息をつきながらツナは答えた。

「途中からそこらへんで焦げてる奴らがいきなり銃撃始めやがったんだよ」
「超迷惑だったよねー」

獄寺もデートが邪魔されたことでご立腹だった。銃撃さえ始まらなければ、もっと長く十代目といちぃいちゃした時間を過ごせたかもしれないのに…。焼き加減はレアではなくてウェルダンか黒焦げにしてやれば良かったと獄寺は思った。飯よりも十代目と自分を邪魔したことは罪が重い。

(あんたらの爆発のほうが迷惑だったよ…)

客は笑いあって話す彼らにそっと思った。もちろん口には出さないが。そんなこと言ったら、あの爆発男に殺される。

「じゃあ帰ろうぜ」
「仕方ないな…残念だけど帰ろうか。獄寺くん?」
「はい。…仕方ないですね…」

がっくりと肩を落として獄寺は頷いて足を進めた。こっそりとツナは獄寺の後ろから小声で言った。

「ホント悪い。オレが無理言ってつれてきてもらったのにさ」
「いえ、いいんです。気にしないでください」

にっこりと獄寺はツナに笑いかけた。
めちゃくちゃになった椅子や机を踏み越えて、ツナは獄寺と山本を従えて店の入り口から出た。照明が割れて、薄暗くなってた店内から外に出た途端、一瞬だけ目がくらみそうだった。それは太陽の光の所為もあるが、ずらりと並んでいた黒服と黒車の姿だった。三人が車に向うまでのほんの二・三メートルの道の両わきに黒服が整列。

…ツナは重いため息を吐いた。
これだから嫌なんだよ、普通に行動できないっていうのはさ。

「山本…連れて来すぎ」
「いやぁ…気がついたらみんなが付いてきてた」
「…止めてよ。オレが沢山で行動するの嫌いって知ってるだろ?」

山本は苦笑して頬をかいた。
そんなこと言われても、最初は二台くらいで来るつもりだったのだが、気がついたら後ろからどんどん付いてきていたのだ。付いてきた彼らは純粋に十代目であるツナを慕ってきているわけだし、途中から追い返すことも出来なかった。黒服の男たちに守られる、少年のような優しげな青年。

「出迎え、ありがとう」

ツナは黒服の男たちに少し微笑みかけた。



「どうぞ、十代目」

山本が後部座席に先に乗り、次にツナが獄寺に促されて乗った。


誰もがわかった。
あれが、ボンゴレの十代目だと。





the end

優秀な〜の話は、本当はここまではいる予定でした。ツナたちが23歳だから、山本も来伊してるのです。