end
09.5
シ キ
夢を見た。
幻を見た。
大地と天が赤く染まる。揺らめく炎が全てを覆う。黒き男達が戦場を支配する。
青から紫に変わる瞳全ての虚無を漂わせて感情もなく紅蓮の炎を背景に立ち尽くす男。
あれは何だ、アレは人間か。あれは…――
初めて感じた恐怖に我武者羅に突っ込んだ。心に生まれてしまった恐怖の芽を再び土に還すため。
記憶が飛ぶほどの攻防を繰り返し、終には腹部を灼熱が襲った。噴出す己が鮮血の海に沈みながら、俺は人ではないモノを視界に焼き付けた。
俺 は 死 ぬ の か
死を、覚悟した。
暗転。
誰かの気配を感じた。
虚ろな意識の中、咄嗟に腕を掴んで組み伏せた相手は戦場に場違いな負抜けた微笑をたたえていた。首に手を掛けてナイフで今にも頚動脈を抉りそうな俺に対してまるで何も知らない子供のように微笑んでいる。
コイツは、分かっていないのか?俺はお前を殺そうとしているんだぞ?
静かに笑ったまま男の腕が伸びて、そっと俺の髪を撫でた。その動作に何故か胸が震えた。男の姿は俺の視界が曇っているせいか、酷く不安定に見えた。男の容姿に、男の笑顔に。
――…大丈夫だ。
男の口が声なく動いた。
困惑した。何が、大丈夫だというのだ?この状況で、この体勢で、なにが、大丈夫だと?お前は誰だ?馬鹿か?お前は一体…
「―…お前は…」
誰だ?誰何の声は誰も聞くことなく土に消えた。
何故なら、男の姿が一瞬のうちに消えたのだ。文字道理、目の前から跡形もなく消えた。思わず、瞬きをして確認するが、一瞬前まで俺の下にあった男の姿はない。最初から存在しなかったかのようにいなかった。
「……俺は…幽霊でも見たのか?」
非現実的な考えが浮かぶ。霊なぞ、いるわけがない。
俺はどうした?死んだのではないのか?
うずいた腹を見下ろすと深く切り裂かれたはずの腹部が、完璧とまではいかないまでもそれなりの処置が施されていた。
覚醒し始めた頭が今の状況を把握しようと物凄い速さで動き始める。この処置を、あの人間ではない化物がやったものとは思えない。アレは、人を生かすモノではない。殺すモノだ。流れ続ける赤の血に出血多量でこのまま死ぬのだと覚悟した。
死ぬのだと、憤怒と憎悪と狂気に色どられながらも身体の活動は止まりそうになった。あのまま放置されていたのでは、確実に俺は死んでいた。
では、誰が俺を生かした?
答えは簡単に出た。
「あの亡霊か…」
消えた亡霊。あの亡霊が俺を生かすための処置を取った。そう考えるのが妥当だった。あの亡霊が存在していた証拠は己の腹に巻きつけられた治療の跡だけ。
戦場の亡霊。誰に言おうが、幻覚だと片付けられるだろう。いや、自分でさえ本気では信じられない。
しかし…――ヤツが命の救ったことには変わりはない。
感謝しよう、戦場の亡霊よ。俺に再び生を与えたことを。
しかし、生あるものよ、心せよ。
俺は生きている。
生きているゆえに、力を求め、弱者を踏みにじり、あの頂点を目指す――――…!!
脳裏に浮かぶのは、俺に恐怖を与えた男の姿。
この湧き上がる硫酸のような憎悪、衝動、屈辱!!俺は必ヤツを殺し、越える!!!
「ウオォォオオオオオオ!!」
雄叫びをあげた。茜色に染まった空に向かい、その色で化物を染め上げると誓った。
ふと、亡霊の笑顔が目の裏に過ぎった。
救援部隊が来たのは、それから五時間後のことだった。
□■□
「ははッ……!まさか、こんなところにいるとは…なんたる、僥倖」
笑いが胸のそこから湧き出した。
――…見つけた。
もう、逃がしはしない。消えさせない。
亡霊は現実に。
お前は俺の傍に。
「――…存在していたんだな…PHANTOM(ファントム)」
変わらない微笑。漆黒の髪と瞳。
確かなる存在。生きている存在。
手に入ることがないと思っていた、亡霊。幻だったお前さえ。
全 て を 手 に 入 れ る 。