who are you?




彼女は言葉に出来ないほどの圧倒的な美貌を持って俺の前に現れた。俺は口を半分あけて彼女を見つめた。相手から見ればさぞかし馬鹿面に見ていていることだろう。
こんなに綺麗な少女は見たことが無い。世の中にはさまざまな美の価値観があるとだろうが、その全ての個人差の価値観を全て超越させるように、彼女の外見は一点の曇りも無く美しい。誰もが、彼女を綺麗だと賛美するだろう。人間がこれほどまでに美しい外見を保有できるものだと、初めて思い知った。造作の一つ一つが絶妙な稜線と影を作って滑らかに彼女を形作っている。ともすれば理想の限りを尽くした等身大の人形がそこに立っているのかとも思う。
黒のワンピースから覗く雪にも負けないほどの白磁の手足をむき出しにして、彼女は俺に向って小さな手を差し伸べる。ほんのりと色付いた頬をさら高潮させ、潤んだ澄んだ泉のような蒼い瞳で俺を見つめる。他の誰でもない、俺を見つめる。澄み切った瞳で…――全てを見透すように。
あたり一面のを覆う全てを凍えさす冷たき氷の結晶。吐く息は白く白く宙に消え、地へと落ちずに消える。

「―…やっと、見つけた」

それは嬉しそうに微笑んで彼女は言った。
鈴を転がしたような、どこかガラスを弾いたような硬質さを感じさせるような声だったが、その中には明らかに甘い感情が含まれていた。

「ずっとずっと探してたんだよ、貴方を。…酷いよ、わたしを置いていくなんて」
「―…あの?人違いじゃないかな?」

かすかに唇を尖らせて、彼女は拗ねたように言う。俺は怪訝に彼女に尋ね返した。彼女がしゃべったことにより、非現実的だった彼女の身を縛るような呪縛から開放された。吸い込んだ空気が肺に冷たい。つかの間、彼女に見とれて息をしていなかったことに気が付き自分でも驚いた。吸い込んだ冷気が頭を冴えさせる。吐いた息が俺の眼鏡を白く曇らす。彼女が突然に現われたために一旦遠のきかけた現実世界が戻ってきた。彼女は誰だ?彼女はまるで俺を知っているような口調で話しかけてきたが、生憎と俺は彼女を知らない。こんな美しい女だったら一目見たら絶対に忘れるはずがないと自信を持って言えるだろう。
―…だから、よけいに得体の知れない不審が募る。

「また、そんなこと言って…。見て?わたしの姿」

彼女は俺の言葉を全く取り合わずクスリと笑うと、くるりとその場で一回転して見せた。腰に届くほどの銀色の髪が雪の中できらきらと舞い踊った。ふわりと空気を孕んで軽やかに黒いスカートは蕾み開いた花のようにに広がり…白の上に黒が舞い、黒の上に…赤が…――赤だと?どこを見て赤を連想したんだ、俺は?
瞬きをして幻想を追い払うように首を振る。睫の上に乗っていた氷がパリパリと砕ける。彼女はピタリと元の位置に止まると、にこりと無邪気に微笑んで、お姫様がするようにスカートの両脇を摘んで首を傾げた。

「成長したでしょう?綺麗になったよ。"あなた"の隣に相応しいように」

「見て」、と彼女は一歩雪の上を近づいてくる。俺は逆に一歩後退した。さくりと、無音の白い世界でオレの足跡が大きく響く。

―…どうして、この白銀の世界はこんなにも静かなのか。

まるで、彼女と俺以外が存在しないかのように。誰も存在しない。

―…いいや、"俺"が存在しないのか?

隔離されているのはどっちだ?俺か、世界か、彼女か、全てか。

「どうして逃げるの?ねぇ…」

悲しそうに美しい弧を描く眉をひそめて彼女は言い募る。万人の男が慰めてやりたくなるような女らしい憂いを含んだ表情で。美しいだろう。目が奪われるだろう、その貌に。
しかし、俺には違和感を感じさせるものだった。こみ上げてくる彼女へのこの気持ち…そう、これは、例えるなら―…

「―…俺はお前をなんとも思っていない」

操られるように、無意識に俺は言葉を紡いだ。
すぐにハッと我に返り、俺は自身の口元へと手を持って行く。
なんだ?俺は今何を言った?
俺の狼狽をよそに、彼女はその美しい顔を凍らせた。その一瞬醜く歪んだ表情に俺は背筋が凍りついた。醜い醜い、今の貌はなんだ?目の錯覚だったかと思うほど鮮やかに、彼女はとって付けたかのような艶やかな微笑を顔に吐き、ゆっくりと口を開いた。赤みが差したピンク色の唇が今は血のように赤い。白の中で、浮き立つ紅。
薄っすらと覗く、白い白い真珠のような歯。その奥に色ずき蠢く真っ赤な果実。血を啜ったような唇で…

彼女は、微笑む。

「そう―…、でも、わたしはあなたを愛しているの。三千世界の中の、"あなた"を」

彼女の発した言葉ロゴスに俺の身体は貫かれた。

爪が剥がれる、鼻がもげる、眼球が潰れる、鼓膜が破ける、耳が落ちる、肉が削がれる、骨が砕ける、肺が破ける、心臓が軋む、脳が溶ける、四肢が分断する、魂が千切れる。

やめろ、やめてくれ。
俺は痛みに耐えられない。俺は痛みが大嫌いだ。


こんな無常な地獄のような痛み……我慢できるか死んだほうがマシだ。
どうして俺が痛みを受けなきゃならない。痛みなんて嫌いだ。大嫌いだ。嫌いだ嫌い嫌い嫌い嫌い。無くなれ無くなれ無くなれ全て無くなれ痛みも無くなれ消えろ消えろ消えろ消えろキエロ


俺は…おれは俺はオレガ…


オレがキエた。


誰がいる。世界には誰が居る。
俺がいるお前がいる君がいる誰もがいる世界がいる。

世界が廻る。光が閉ざし闇が溢れる。
世界はひとつではない。幾千もの星降る世界。

廻る廻る世界は廻る、色を変える、万華鏡のように、幾千もの有様を。



             くる
   くる
         狂
 くる



「ねぇ――…愛してるわ、■■」



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