01 Where am I ?




謝るから、勘弁して欲しい。いや、俺が何に対して謝っているとかそういうことはどうでもいい。取りあえず、謝るから取り合えず許してくれ。や、許してください。お願いします。土下座します。俺が一体何をしたのですかね?
俺はキラキラと星の輝く夜空を見上げていた。無数に光る星は数えることも出来ない。こんなに夜空を見たのは生まれて初めてだった。都会に生きて空を見上げるようなことはほとんどなく、地面ばっかり見て過ごしているような気がした。なんて綺麗なんだろうと、柄にもなく感動した。こんな星空は家族旅行で黒部ダムへ行った時以来だ。が、その美しい光景も鼻を突く悪臭には耐えられなかった。俺は鼻を摘んで仰向けだった身体を起こした。口で息をしていてもこの臭さは鼻腔から消えることは無い。臭い。臭すぎる。よっこらしょ、と年老いたおじいさんのように立ち上がり、あたりを見回して口を開けて絶句する。ここはどこだ?いや、大学生になって、飲み会で飲みまくって意識が飛んでいつの間にか知らない場所に居るっていうことは、三回ぐらい経験したことはあるけれど、いや…マジでここはどこだ、オイ。
俺は山の上に立っていた。山、と言っても自然に出来た土の山じゃない。ゴミ…産業廃棄物やら、なにやらが無造作に山済みにされた小山の上に居た。言葉通りの「ごみの山」だ。周りを見ればほとんど光明がない。星と月の光だけ頼りに見回せば見れども見れどもゴミの荒野しかない。なるほど、電灯が無いからあんなにも星が良く見えたのか。っていうか…あれか?ここは夢の島のゴミ処理場か??そうであってほしいと切実に思う。
体中に吐き気を催すような異臭がする。夏の真っ盛りに生ゴミの日にごみ収集所の近くを通るときの匂いの数倍濃い。コレはすでに悪臭兵器だ。服のあちこちに腐った細かい食べかすや鉄くずがべったりと着いている。その汚らさと臭さに思わず鼻を押さえてしまう。ここは口で息をするしかない。鼻から息を吸っては駄目だ。体中にダイオキシンに犯されるようだ。
取りあえずこのゴミだらけのところから抜け出そう。このままでは鼻がひん曲がる。俺は一歩踏み出したが、ズボッと足がゴミに取られて体制を崩した。ガシャガシャと崩れ落ちる音を立てて再び俺は仰向けにひっくり返った。ちくしょう…痛ぇ…。

「どこなんだよ、ここは…」

不覚にも、涙が滲んできそうだ。これが人の姿が見える都会の裏路地だったりしたら、大声で助けを呼ぶか、近くの住所版を見たりすることも出来る。けれど、この闇の中はにっちもさっちも行かない。

「ここは何でも捨てて許される場所、だよ。少年」
「…ッ」

急に顔が翳ってひょっこりと誰かに顔を覗き込まれた。吃驚して飛び起きようとしたが上から体重が掛かってきて押し倒された。背中に硬い鉄の感触があって打ち付けた痛みに息を詰めた。今の、なんか打ち身になって青タンになってそうだ…。
俺が必死に眼を凝らそうとしていると相手の顔が間近になった。

「ここいらオレたちのテリトリーなんだよね。出てってくれない?」
「ひ……」

怯えて俺は言葉も出ません。だって、首元に冷たい感触があるんだよ。これ、アレでしょ?どう考えても刃物っしょ?動いたら切り裂いちゃうぞ!みたいな感じっしょ!?俺は硬直してうんともすんとも言えない。

「セイ、ソイツ怯えてる」

何も言えないで、恐怖で震えている俺の様子を別の声が示唆した。

「え〜…そんなことないっしょ。こんなとこで悠長に寝てたくらいだし」
「じゃあ馬鹿だろ。ただの馬鹿」

両方とも声は高い。俺に対して言っていることは失礼この上ないが。

「どーすんの。殺しちゃっていい?」
「オレはどっちでもいい」
「僕も…ってことは、どーしよ」
「お、俺、死にた、くっな、い、です!!」

頭上で交わされる物騒な会話。俺は勇気を振り絞って生きたい意志を伝えた。歯の根がかみ合ってなく、凄く情けない声だ。いや、なんというか日々生きているときは痛くないなら死んでもそこで終わりだから別にいいかなぁ〜とか思っているんだけど…こう、土壇場になるとやっぱり死ぬのは怖いわけで。
この少年たちは真面目にオレを殺す気らしい。っていうか、殺す、とか…え、マジ?良くは見えないが、視線が刺さった。

「って、このゴミは言ってるけど」
「放っておいても朝になれば他の連中に殺されるか、鳥が突つくよ」

鳥のえさですか、俺は。

「い、意味、わかん、な…ないで、す!こ、こは、どどこです?」
「は?知らないよ、アンタがどーしてここにいるのかなんてさ。捨てられただけでしょ?」
「捨てられ…?」
「言ったじゃん。ここはなんでも捨てていいところ。――…流星街ってね」
「流星、街……?」

えー…たんま。ちょっと待ってくれよ?ここはどこだ?「ゴミの山」この少年は何て言った?ここは「流星街」?
…夢ですか。これは夢なんですか。夢だと思っていいですか?

「夢だろ…?」

流星街なんつー、どっかの中華街のような名前。聞いたことあるよ。俺は某少年誌は愛読書のひとつだったしね。中学ん時までは買ってたけど、高校に挙がってからはコミックス派になった。大学に挙がった今では実際に自分から漫画を買うことはそう無く、もっぱら借り専だ。そんな漫画のひとつ、その名は【HANTER×HANTER】。結構楽しい部類に入る漫画だ。浅く多くの漫画を読む俺なので詳しい大雑把に興味あることしか覚えていない。
うん。でさぁ、俺の記憶が確かなら…あれですよね、クロロとか幻影旅団の生まれた地?

「夢でも嘘でもないしぃ〜。ここは流星街…おーい?」

目の前でひらひらと手を振られたが俺は半分魂飛ばしてしまっていた。

「折角流れ星が落ちたみたいだから見に来たのにさぁ…変な子拾っちゃったな、もう」


結論。
マジでここは【HANTER×HANTER】の世界っぽい。以上。
だって、何度聞きなおしても流星街なんですよ?流星街なんて…素敵に恐ろしい名前を付けてる町は現代日本には無いだろう。ゴミの島にやってきて、「ここは流星街ごっこ」をするような物好きも…たぶん、絶対、いないと思う。
俺を拾ってくれた心優しいような優しくないような…いや、やっぱ優しいんだろうな、俺のような身しらずのものを拾ってくれたんだから。普通だったらあのゴミの山に放っておいて終わりだしね。あ…今最後の分が「終りだ死ね」って脳内で変換されたよ。

「あの…ここって流星街なんですよね?俺はこれからどうすればいいんでしょうか?」

オレを拾ってくれた少年二人は、名前をセイとナガレと言った。共に流星街育ちの親なし子だ。現在、ゴミ山から貴金属やリサイクル可能なものを拾って回収屋に売ったりして細々と食いつないでいるらしい。ちなみに住処はゴミの中に埋もれるようにして場所を確保している。

「は?僕に聞いても分かるわけないじゃん」
「オレも知らねーよ。てか、さっさと出てけば?」

…つ、冷たい。仕方ないけれどさ。俺はこれからどうすればいいんだ?俺は…いや、あんまり現実世界に未練は無い…いや、嘘、未練はある。大学が…今年、就職な現代に戻って浦島太郎状態になるのだろうか、この場合。うわ、頼むから止めて欲しい。そういう、俺の一年の猛努力の就職面接の成果が…。
っていうか、何がどうしてどうなって、俺が【HH】の世界に?そんな天文学的数字で起こらないことに、俺以外に熱狂的に来たいって言う人間がたくさんいるだろ。何で俺?
なんの取り得もなく、痛いことも嫌いだし、根性入れてなんかするのも嫌いだし、集団行動もあんまり好きじゃない。そんな俺が【HH】とかいう死ぬか生きるか的な場所で生き抜いていくのって駄目じゃね?
これがまだ【テニスの王子さま】とか、【アイシールド21】とか、そういう学園もので生死が掛かってない作品ならまだしも…。マジ死ぬって。一般人よ、俺?平凡な大学生よ?ダラダラと暮らしていくことが将来の夢なのに…。
死ぬ気根性で【念】の取得を目指してみる?…いや、無理だろ。才能ないし。一般人だし。努力やだし。よりによって、なんでトリップ(で、いいんだよな?こういう現象って?他になんか言い方あったっけ?)先が……【HH】?

?なんか考えてるみたいだけど、出てくならさっさと出てって欲しいんだよね〜。僕とナガレで暮らしていくので精一杯だしさぁ…」
「というか、お前は外でたらすぐ死ぬな。死ねるな」

ナガレとセイは容赦ない。俺の繊細な心が痛いよ…。

「あの…此処が流星街ってことは分かったんですけど…。幻影旅団って知ってます?」
「?いや、聞いたことないな」
「え?」

俺は眼を瞬いた。俺の反応にナガレが胡乱に眼を細めた。いや、だって、幻影旅団って流星街が排出した有名なヤツラだろ?ここって流星街じゃないの?流星街間違い?

「A級首の盗賊集団ですよ?幻影旅団!つーか、この街に生きてて知らなきゃ嘘でしょ!」

声を大きくして再度幻影旅団の名を出せど、ナガレとセイは呆れたような顔を還してくるだけだ。明らかに俺を馬鹿にしている眼だった。なんで、知らない?流星街違いで、どっか全然関係ない世界に来ちまったのか?

「あの、つかぬことを伺いますが…このハンターって職業はありますよね?」
「ハンター?」

げ、なんか微妙な表情されているんだが。

「あ、それ知ってる。あれだろ、去年から始まった変な資格のことっしょ?」
「…ああ、アレか」

セイが言えば、思い出したようにナガレが相槌を打った。なーんだ、やぱハンターって職業があるならここは【H×H】の世界か!良かった良かった!…な〜んて安心している場合じゃなくて、待て待て待て待て!
今、去年、って言わなかったか!?去年から始まったって!?
ありえんありえん!だって、ゴンたちが受けたのって287回目のだろ!?キルアが切りのいい感じな288回で受かったのをなんとなく覚えてたんだけどさ!!

「嘘だろ…」


お父さん、お母さん。今俺は【HH】の世界に居ます。そして、それは本編が始まる285年前に居るようです。

++

セイとナガレに拝み倒して俺はなんとかこの場所に居候させてもらえることになった。
セイとナガレは十代後半ぐらいで、セイは明るくて灰色の髪で黒目甘い顔立ちで、やることが大雑把という正確だ。ナガレは黒髪で青い目で沈着冷静というか、細かいことを気にするヤツだ。俺から見ても二人はいいコンビだ。
彼らはこの流星街を出て行くのが夢らしい。だから、コツコツとお金を貯めている。流星街ではこのゴミ貯めの屑の中からなんか良い物はないかと探す人間が多い。そして、殺したり殺されたりするのは日常茶飯事なのだ。漫画でそんなこと言っていたのは覚えてるし、確かにそんな町だったら殺したり殺されたりするのは当たり前だよなぁ…弱肉強食?なんて感想を持っていた俺だが、実際に俺は弱者なのでここでは生きた心地があまりしない。大きな襤褸布を貰ったのでソレを頭からすっぽり被って、いかにも廃棄物汚染されているゴミ山を漁る毎日。最初は何も被らずにゴミ拾っていたのだが日射病になって倒れた。それからは出来るだけ頭から身体まで全体を布で覆っている。あれだ、砂漠の民は何であんなに頭から体全部を包み込む暑苦しい服装をしているのかと思っていたのだが、意外と身体全部を覆ってしまったほうが快適だ。
頭上ではハゲタカだかなんだか分からないが獰猛な鳥が五月蝿く鳴いている。流星街でも人肉を食べる連中は少ない(いないこともないらしい)ので、放置された死体を食べるために空から監視しているらしい。
放置されて腐敗した死体はまだ見たこと無いが、ゴミの間に挟まっている骨は何度か見た。最初は驚いてしまったが、よくよく見れば犬が銜えているドックフードだと思えばそれまでだった。骨はそんなに怖くない。葬式でだって火葬すれば骨を摘むじゃないか。ディズニーランドのカリブの海賊で散々骨は見た。
ナガレとセイのところに居候させてもらうのは、もちろん無償というわけではない。俺も細々ながら食費ぐらいを稼がなければいけないのでゴミ山の中から鉄くずやらリサイクル可能なものを探しているのだ。だって、そうしないと俺の分の食費が稼げない…。貢献しなきゃ、追い出される。
今日も今日とてゴミ山を漁っていた。背中には拾ったものを入れる為のズタ袋を背負っている。半分ぐらい埋まって、ふぅ〜と額の汗を腕でぬぐって俺が一息ついたときだった。

「セイんところ、だな?」
「え…」

振り向いたら、ガタイがいい男が五人。俺は顔を引きつらせた。いや、どう見ても俺より縦も横もデカイんですが。こんな環境でどうやってそこまで大きく慣れたんですか?と、不思議だ。彼らはどう見ても俺に友好的ではなかった。というか、友好的などころか手に持っているのはどう見てもナイフだ。そして鉄パイプだ。
ぎゃー!…俺はブルブル震えると一目散に背を向けました。

「あ、オイ待て!」

待てと呼ばれて誰が待つかぁあーー!!凸凹なゴミの海を時々足を取られながら逃げ回る。しかし、相手は五人。手分けして追い詰められた。セイとナガレは、俺とは離れたところでゴミを拾っているはずだ。そこまで助けを求めに行かなければッ!!

「うわ!」

がっちりと後ろから両腕を拘束されて身体が地面から浮いた。ズタ袋が背中から落ちた。

「捕まえたぞ、手間掛けさせんじゃねーよ!テメェを殺してセイんところに死体送りつければ…」
「僕のところにナニを送りつけるって?」
「だからコイツを…――ッセイッ!?」

ゴミ山の向こう側に何時の間にやらセイが笑いながら立っている。ああ!助けて!と目で訴える。俺を拘束していた男はセイの登場にあからさまにうろたえた。俺への拘束が少しだけ緩んだ。足を後ろに振って男のすねを蹴り上げた。

「イテッ。この糞ガキ!」

男の腕から逃れて、俺はセイの方に駆け寄った。俺はセイの後ろに回りこむ。だって俺武器持ってないし?怖いもん。一般人は喧嘩になれてないもんな。男の癖にといわれても、無理なもんは無理だ。立ち向かって死ぬんだったら逃げて助かる。
だがセイは俺が後ろに隠れて盾にしたっていうのに、その場から歩いて男のほうへ行ってしまう。待て、俺の盾!追いかけようとしたら肩を掴まれて引き止められた。一瞬、男の仲間か!?と慌てて振り向いたらナガレが居た。

。セイは遊びに行ってんだ。邪魔すんじゃねーよ」
「ナガレ!でも、五対一ですよ?遊びじゃ済まないって!」

続々と男の仲間が集まってきて、セイを取り囲むようにしている。ヤバイよ!セイ、死ぬぞ!?

「セイだし。大丈夫だって」

余裕でナガレは微かに笑う。あんまり表情の動かないナガレだが、その言葉と表情の端々からセイが一対五なのに負けるとは露ほども思っていないのが伺えた。俺はじっとセイと対峙する五人の男達を見た。確かに、五人もいるのに男達はどこかセイに手を出すのを恐れているようにも感じられる。普通だったらさっさと襲い掛かって決着つけるだろうに。

「…セイって、そんな強いの?」
「当たり前だろ。今ではまともに働いてるけど昔はやんちゃさんだったからな、オレもセイも」
「………」

今だって十分若いじゃないですか。といいたい。しかも、ナガレが言うやんちゃっていうのは何かとても恐ろしいことのような気がする。セイとナガレがいつこの流星街に来たのか聞いてないので知らないが、この流星街を生き抜いて生きたのだから殺人の一つや二つ、しているのだろう。

「そいつさぁ、いちお僕たちの監視下なんだわ。弱いもんにちょっかい出してんじゃねーよ」
「この糞ガキ!!」
「だから、ガキって年齢じゃなくなってんだよ、僕」

五人がセイに襲い掛かった。

――セイ、圧勝。
セイがナイフを使って相手の攻撃を流れるような動きで避けながら男の急所を狙って一撃で仕留めていく。…そう、殺しててんだよ。ああ、殺しマジで見た…。少しだけ気分が悪くなった。ゴミの上に広がる血。
顔色が悪くなった俺を不思議そうにナガレが見て「どうした?」と聞いてきたが俺は口元を押さえて首を振った。さっきまで生きてた人間が死ぬ、別に俺の知り合いじゃないわけだから死んだってどうでもいいんだけど…う〜ん。なんだろう、キモチワルイ。不思議な喪失感?
家に戻ると、ナガレとセイがちょっとだけ真面目な顔して言って来た。

「…思ったんだけどさ、はもうちょっと身体鍛えたほうがいいよ。マジですぐ死ぬ。あんなヤツラに殺されるの?ダサ」
「ダサいとかそういう問題じゃないだろう。まぁ、そんなんじゃオレたちがちょっと目を離した隙に殺されるな」
「ええッ…ンなこと言われても…!!」

俺は一般人だ。一対一でも負けられる人間だ。どうしろって言うんだよ!

「まぁ、死なない程度の護衛術は学ぼうな。今日からオレとセイで教えるから」
「……嫌だ…」
「ん〜?っち?死ぬのと生きるのと殺されるのと殺すの、どれがいい?」
「……生きてコロシマス…」
「ん。聞き分けのいい子だな」

いや、俺は「子」っていう歳じゃないんだけど。…「HH」の世界に来てから絶対に俺の方が生きている年月は長いはずなのだが、セイとナガレにはいつだって年下扱い、子供扱いだ。いや、まぁ、この流星街で生きて行くってことに関してはよちよち歩きだから別にいいんだけど。コレでも俺は普通に二十歳を越えて成人しているんだが。アレか?俺の言動や性格がガキっぽ過ぎるのか?もう少し大人な落ち着きを持てと?そういうことなのか?な?

次の日から地獄の特訓が始まった。
ゴミ山の上で毎日セイに追いかけられる。俺は全速力で逃げているのにセイは余裕に一定の距離を保って俺の後を追っかけてくる。それならいい、追いかけっこだけならいいッ!

「死ぬ!」
「こんくらいで死ぬわけないじゃん。ほら、ちゃんと避けてね〜」
「避けれるかぁッ!!頭の後ろに目は突いてないんじゃぁあああーーーー!!」
「あはは!大丈夫だって!避けれてるって!」

後ろから走りながらとてもとてもこの上なく楽しそうにセイは手当たり次第にゴミを投げてくる。最初のうちは当たっても死なないような比較的柔らかいものばっかりで、当たっても「あ〜当たっちゃったよ、えへへ」ぐらいで収まっていたんだが、どんどん投げるものが容赦なくなって来ている。腐ったリンゴ、鉄くず、プラスチック、釘、コンクリート、岩屑、…一歩間違えば大怪我したり打ち所が悪ければ死ねるものだ。それがセイのお前は高校球児かッ!?と疑いたくなるほどのスピードで俺に投げつけられるのだ。俺は後ろから投げつけられるそれらを必死なって避けながら走っている。いや、実はたまに背中に当たってる。マジで痛い。身体中は青タンだらけだ。酷い虐めにあっている気がする。当たっているのが釘とか先が尖ったものじゃなくて、なおかつ、後頭部に当たってないのが救いだ。セイといいナガレといい、あの細っこい身体のどこに秘めた力を持ってんだ?流石は【HH】の流星街。凡人は生き抜けない。基本的身体能力が違いすぎる気がする!

「セイ、!何時まで遊んでンだ。そのぐらいにしてジャンク拾え」
「ちぇー!いいとこだったのに…」

独り真面目に鉄くずを拾っていたナガレが止めるように声を掛けてきた。セイは残念そうに手に持っていた先が不自然に尖っている鉄パイプを投げようとしてる体勢から元に戻った。…オイコラ、待て。それは投げたら槍のように俺の身体に突き刺さるんじゃないですか?俺の身体貫通しますよ?古代兵器ですよ?血が噴水のようにブシャアァアー!と吹き上げますよ?俺はソレを横目に見ながら、バッタンとゴミの中に倒れこんだ。ああ、ゴミの匂いが臭い。

。サボってないで拾って集めろ」

疲れた体と心に、ナガレに足で軽く蹴りを入れられる。

「…こぉんの、一人だけ涼しい顔したポーカーフェイスめ」
「この顔は地だ」

いい顔ですね。俺もそのぐらい美男子に生まれたかったです。黒髪に青眼…俺も、カラコンいれたら似合おうかなぁ…?いいや、似合わねーな。元の顔だ平凡すぎる。そんな小物で特徴作っても誰も気が付いてくれなそうだ。己が十人並みの容姿を省みている間にも、ナガレは淡々とゴミを拾っていく。俺もよっこらせ、と立ち上がってゴミ山を掻き分けてちょぼちょぼと拾い集めた。

「まぁでも、も逃げ足は速くなったよな。これで速攻で流星街のヤツラに捕まることないんじゃーの」
「ナガレ…逃げ足だけ?俺って、逃げ足だけなの?」
「……他にお前は誇れるものはあるのか?あるならほら、言ってみろ」
「…いえ、無いです」

がっくりと俺は肩を落とした。だが、逃げ足だけでも誇れるんならそれはそれでいいことじゃないか。別に戦って怖い思いするのも痛い思いをするのも嫌だ。俺の心も身体もそんなに強く出来ては無い。
セイとナガレは二人で別々に俺の個人強化を図ってくれている。セイのはあの追いかけっこばっかりなんだが、ナガレは真面目に一対一で教えてくれている。最初に言われたのは「まずはハッタリで相手を威嚇しろ。ハッタリで相手が怯んでくれたら、とりあえず逃げろ」だよ?え、俺に戦い教えてくれるんじゃないんですか?ナガレいわく、ハッタリは大事らしい。ナガレはセイと違って無駄なことをするのが嫌いなので戦わないですむならそれでいいんだと。うむ。俺も戦いを避けられるんならそのほうがいい。相手が逃げてくれるならこっちは無傷で済む。
後は弱い部分を強化する知恵。生身で人殴ると指の骨を折るからナックルの変わりに指輪を嵌めておくといい、足はくるぶしまで隠れるブーツのがいい、髪の毛は長ければ長いほど首周りの保護になる、視線を相手に悟らせないためにはサングラスがいい、一番卑怯で楽なのは毒物だ、とか色々豆知識みたいなものを教えてくれてる。もちろん、他には簡単な組み手…っていうか人体の急所を的確に狙ったヤツとか…実技もある。俺の見よう見まねの攻撃がナガレに当たったことは一度たりともない。一度くらいは俺の自信のために当たってくれてもいいじゃないかと思う。此処らへんは優しくないヤツだ。(兆が一にも当ててしまったらその後の報復が怖い気もするが)組み手では腹に強烈な打撃を食らって悶絶して胃液を吐き出したこともある。…ねぇ、マジでどーしてこんな思いをしてんの、俺は?アレだ、自分のためだってのは分かってはいるんだけど…こんなことやってても意味がねーんじゃねーの?って思う。なんでこんな胃液を吐きながら、汗水血を垂らしながら頑張んなくちゃいけないわけ?
そんなこんなで毎日を過ごす。たまに流星街の市にも二人のどちらかと一緒に出てみたりした。漫画で見た時は普通にビルとか立っていたような気がするんだけど…そういう大きな建物はほとんど無く、戦後すぐの日本の闇市みたいなたたずまいの家が立ってたりするだけだ。

夜の食卓。
俺はごちゃごちゃに食べ物を煮込んだスープをすすりながら聞いてみた。

「もしかして、ナガレとセイって凄い?」
「凄いんじゃない。僕たち生まれたときから流星街で生きてるし。凄いんだ」
「だな。普通だったら死んでる」
「…ですよねー…」




俺は今日のナガレとの物資調達の市での出来事を思い出した。

流星街にどんな人間が住んでいるのかいまいち把握できてないが、かなり多くの人間が暮らしていることは間違いない。たった一人で一匹狼で生活しているものも要れば、生き残るためにグループを作っているものもいる。

「いつも思ってたんですけど、通り歩いてると視線が痛いんですが」

ナガレの後方一歩後ろを歩いていた俺は小さな声でナガレに話しかけた。当然の如く俺は頭からフードを被っている。いや、ナガレの隣に立っていると自分の面が引き立て役になりそうだから隠しているとか、そういう卑屈なものではない。普通に俺は人並みの顔だ。第一、俺の顔が引き立て役になるほどナガレの顔が超絶に整っているわけではない。……平凡以上に整ってはいるがな。ナガレやセイと一緒にいるせいで俺のことにいちゃもんを付けてくるやつが多いのだ。だから出来るだけ顔は相手に見せない帆がいいと思った。本当ならこういう人が多いところにも来ないほうがいいのだろうけど…気分転換は必要だ。毎日毎日毎日セイやナガレと顔を突き合わせているのは苦痛じゃないが新鮮味が無い。人間というものは常に新しい状態を求めるものなのだよ、君。

「そうか?オレは別に感じないぞ」
「…鈍感って、言われません?」

コレだけの周りの人たちからの視線を感じないのはある意味偉大だ。

「いや、用は慣れだ。ウザイか?」
「ウザイつか、凄く落ち着かないですね。…なんかすごい敵意バリバリだし…」
「んじゃ、散らしてやるよ」

ナガレが立ち止まると、ゆっくりと辺り睥睨した。それだけで場の空気がなんとなく張り詰めた。俺が呆気に取られて身を強張らせているなか、俺たち(もっぱらナガレに。俺はおまけのグリコみたいなもんだ)に執拗な敵意の篭った視線は逸らされた。闇市の店の店番や、他の買い物客たちが怯えながらナガレから逃げるように顔を伏せる。オイ、なんだこの流星街の住人達の反応は。
ちらりとナガレを見上げると、「どうした。行くぞ」と、さっさと荷物を持って行ってしまう。俺も緊張を解かれて慌てて小走りに後を追ったのだった。


あの流星街の住人達の反応…ぶっちゃけ凄い怖いんじゃないの、この二人。いえ、最初から何気に強い人たちですから凄いなぁと思っていたんですよ、俺も。でもでも、流星街の荒くれ者のあの反応…そんな二人に保護というか一緒にいて貰えているなんて…幸運なのか、それとも、コイツラと一緒にいるおかげでコイツラに恨みを持つ人間に狙われるのか、と微妙なところで俺は唸った。
口をつけていたおわんをちゃぶ台に下ろして、はぁー…と俺はため息を吐いた。

「セイとナガレって…ほんと超人だよな…もしかして、『念』使ってんじゃないですか?」

ああ、俺もなんつか、こういうところに来てしまった不幸な人間特権で『念』に目覚めるとかそういうの無いんですか?身体能力が上がるとか、超絶美形になるとか…そういう夢はみさせてくれないのか?

「ネン?」
「…なんだソレ?」

セイとナガレが興味を示したのか、食べている手を止めた。

「『念』は『念』ですよ…んー…なんだったかな」

必死で頭の中で記憶している【HH】の漫画のページを捲る。

「『念』って言うのは生物が誰もが持っている生体エネルギーを自在に操る力のことらしいです」
「生体エネルギー?」
「はい。なんつのかな…オーラ?」

うん、そんな感じのものだったよな…。

「オーラは人によってさまざまで…まぁ、細かいことは置いといて、その『念』をマスターすると、超人的なことが出来るんですよ」
「例えば?どんなことが出来るんだ?」
「それも人によってだけど…そうだな、オーラを放出したり、物質化しあたり、俺が知ってるやつだと、相手の記憶を読んだり、大岩砕いたり、人操ったり…まぁ、六系統に分けられるらしいですよ。大まかに」

俺はお碗のスープを下を向いて啜りながらかなりかいつまんで説明した。いや、もう少しはちゃんと覚えてはいるんだよ。友達、ハンターズガイドも貸してくれたから授業中に暇つぶしで読んだりしてたから。でも、口だけで説明するのは面倒なので凄く省いた説明だ。いや、説明にすらなっていないかもしれない。大体、マニアでもない俺が重要でない細かいことなんか覚えてるわけねーんだっての。

「面白そうだね〜ソレ!」
「え」

俺はお椀顔を上げた。ニコニコとそれはもう凄くいい笑顔で俺に向ってセイが笑っている。なんだ、なんかちょぴり嫌な予感がするぞ。八重歯が良く見えるこの笑顔はいいことであったためしがない。

「ああ。やってみたいな。、もっと教えろ」
「は」

横を向けばナガレも珍しく興味をもった顔で言ってくる。

「え?ええっ?」

ちょっと待て。これはあれか?俺は薮蛇を突いてしまったのか?ここまで興味深い瞳で二人に迫られているのは初めてだ。俺がどうして流星街に来たのかも彼らは聞かなかった。俺も聞かれても「異世界から来ました。いや、むしろ現実世界」とかの説明をするつもりもなかった。聞かれたら聞かれたでどう答えようか考えてはいたのだが、何も聞いてこない。まぁ、流星街に居る理由を聞かないのは暗黙の了解のようなものだ。俺自身も彼らにいつから、どうして、流星街にいるのかを聞いたことは無い。
俺はいつも二人のどちらかと行動をともにしているが、それは全てを話す仲というわけでもない。では、この関係はなんだろう?共同生活?……むしろ、俺がお荷物な寄生虫ですか?あぁーそうですか。

が言っているのは面白そうだ。初めて聞いた『念』か…実際に使い手を知っているからこそ言っているんだろうな?もし、「うそだっぴょーン」とかほざいたらこの場で殺るぞ?」
「ナガレさん!真面目な顔で寒い言葉使いしないで下さい!!俺の言ってるのは本当ですよ!」

冗談をあまり言わないナガレが「うそだっぴょ―ン」なんて言うと、あまりのギャプに鳥肌が立った。コワイヨー。

「じゃあ、どうすれば覚えられるんだ?」
「教えてよ!」

俺としては命も惜しいので出来る限り正確に思い出して彼らに伝えなくてはならない。ええっと…最初はなんだっけ?

「そうそう…最初は、念を覚えるには時間をかけて修業しながら覚える方法と、精孔をこじあけムリヤリ速攻で身につける方法とがあるのですよ…うん」
「じゃあ、僕は速攻の方がいいな!」
「オレも」
「いやいやいやいやいや!速攻に精孔こじ開けるのは、『念』の使い手しか出来ないんですって!俺は出来ないですよ!」

無理無理!と両手を顔面で振って俺には出来ないことを力一杯伝えた。出来るわけがないじゃないか。そんな念使いみたいなこと!精孔こじ開けれるのって、手練だけじゃなかったっけか。

「っち。使えねーヤツだな」

舌うちされて、マジ顔で使えないヤツ宣言されて凹む。どーせ俺は役に立たない一般ピーポー。

「や、でもちょっと待て?……」

と、俺は顎に手を当ててある可能性を考えた。はっきり言って、セイとナガレは結構人外的なことをよくする。なんか凄いジャンプしたり(人の頭の上を平気で助走なしで飛び越えたり)、気合で相手をビビらせたり(はっきりって殺気みたいなのが肌で感じられる)。もしかして、精孔ってすでに開いてんじゃないの…?今日のあのときの隣から感じたプレッシャーっていうの?そういうのはもしかして『念』的なものなんじゃないのか…?や、俺のような何も出来ない人間が言うのもなんですが…。

「……あの、試してもらっていいですか?」
「何を?」
「目ぇ瞑って精神集中してください」
「えー。目ぇ瞑ったら僕寝ちゃうよ。三秒で眠れるよ」
「自然体でいいんで、目を瞑って精神集中してください」

お前はのび太くんか!な発言をしたセイを軽く流して指示を出す。セイが立ち上がって心なしか肩幅に足を開い立つ。うん、正しく自然体だ。

「オーラは身体から常に垂れ流しの状態です。それを身体に留めることを意識してください」
「え、わかんない」
「……血液みたいなものだと考えてください。貴方の周りにあるオーラは体中を巡っている。身体を切られたら血が出るでしょう?そういう血を身体に溜め込むみたいな感じで…たぶん」
「………」

セイは目を瞑って動かない。俺はオーラとかもちろん見えないからさ、全然今の状態がどうなってるのかわからない。なのですんごい憶測でイメージを伝える。しーんとした空気が満ちる。

「セイの気配が消えた…」

どうなっているか分からないので困っていると隣でナガレがぽつりと言った。

「え?」
「セイの気配…が消えてる…ほら」

ほら、といいつつナガレが目を瞑った。いや、目を瞑っても気配で相手の位置が読めるとかいうそういう技を持っているんですか、ナガレさん。生憎、俺にはそんな高等技術はないのですが。ほら、と言われても分かりません。
っていうか、気配が消えてるって…それってさぁ…『纏』じゃなくて『絶』じゃね?

「…えーと、その気配が完全に消えた状態が『絶』って言います。でも、いまやって欲しいのは身体にオーラを発した状態で留める『纏』ってやつなので、身体に膜を張る感じでお願いします」
「……こんな感じ?」
「俺に聞かれても分からないんですけど…えー…セイが大体身体に留められていると思えればいいんじゃないですか」
「…たぶん。身体がいつもより暖かい気がするよーな」

いまいち不確かな返答だ。俺には分からん。

「オレもやる」

ナガレも立ち上がって自然体になった。そして目を瞑る。セイもナガレの隣に立って二人してオーラを巡らしているらしい。俺には分からんけど。俺が言った言葉を実践しているようだが、実際には俺は分からないことなので残りの夕飯を胃に掻き込んだ。ナガレのもセイのもまだ夕飯が半分残ってるのに…飯を食ってから他のことしろっての…。
俺が完食した後も、二人はその状態で動かない。…おーい、立ったまま微動だにしない状態で三十分立ったよ。いい加減にしろって。

「セイ、ナガレ?」

控えめに呼びかけると、二人は示し合わせたように同時に目を開いて俺を見た。

「あのさ…飯、食べてから続きしたらどうですかね。とっくに飯冷めてますけど」
「あ…ああ、そっか」
「分かった」

二人は珍しく俺の言った言葉を素直に聞いて冷えた飯を食べ始めた。いつもはべらべらとしゃべっているセイまでが黙々としているので俺は居心地が悪い。ナガレは口数が多いほうではないので黙っているの普通だ。俺は「あ〜…」と沈黙に耐えられなくなった感じで口を開いた。

「まず第一段階です。まずは、『纏』の状態をいつでも持続させることを身に付けてください。一番基礎がそれなんで」
「えぇ〜…いつでも「纏」ってことは飯の時も、寝るときも!?」
「もちろんです。二人がどんな時でも『纏』は完璧だと思ったら、俺に言ってください」

その日はそれで終わった。セイたちはご飯を食べ終わった後は『念』について聞いてくることはなかった。てっきりご飯食べ終わった後は『念』ついて質問攻めにされることを覚悟していたのに拍子ぬけた。次の日になっても、また次の日になっても、二人は何も言ってこない。『念』のことを忘れたかのようだ。俺の言った『念』なんて眉唾ものだと思われたのだろうか…。なんも変わらない毎日。変わらずゴミを拾ってジャンク屋に売ったり。
そして、数日後。



ナガレが茶碗の手をふと止めて呼んだ。

「なに?」
「『纏』は完璧になった」
「僕も」
「……へ?どういうことですか?」
「だ〜か〜ら〜…『纏』の次はなに?さっさと次を教えてよ、!」
「嘘!マジスか!えっと…じゃあじゃあ…なんだっけ…『テンを知りゼツを覚え、レツを経てハツに至る』…だったかな?」

驚きながら俺は基礎の『念』の標語を思い出した。誰が言ったんだっけ?ウイングだっけ?中々いい標語を残して(や、未来か)置いてくれてありがとう。

「テンを知りゼツを…なに?」
「『テンを知りゼツを覚え、レツを経てハツに至る』……ってなんだ」
「あー…俺自身は『念』を使えるような人間じゃないんで、あれなんですけど、説明、聞きます?」
「聴く」
「聴くに決まってるだろ」
「………『纏を知り絶を覚え、練を経て発に至る』。『纏』は終わったんでしたら、今度は『絶』の練習です。『絶』っていうのは、こないだセイがやってたヤツ。気配を完全に絶っちゃうことです。身のうちにオーラを全部閉じ込める…息を肺に閉じ込めるみたいな?」
「分かった!僕、それはすぐに出来る気がする。よーするに全部隠せばいいんだろっ!」
「そうですねー…たぶん」
「分かった。それも一週間ぐらいでいいか?」
「ええ…」

そうか『纏』を教えてから今日でちょうど一週間だ。コイツラ、一週間ひたすら『纏』をしていたのか?…うわぁ…なんか地味に努力してんだな、コイツラ。そんなそぶり一切見せないくせに。
で、再び一週間後二人は言った。

「「!!次の『練』!!」」
「…………『練』は『纏』と『絶』とは変わります。えー…これは長時間出来るとかではなくて、攻撃系です。なんて例えればいいのかなぁ…」

スーパーサイヤ人みたいな感じ、というのが一番分かりやすいイメージなんだけど…そんなものをコイツラが知っているわけがない。

「オーラを爆発させる感じ?『纏』は身体に纏わり付かせているだけだけど、一気にオーラを高めて気合を入れるような…」
「分かりにくい説明〜…」
「一気に爆発?……分かった」
「えー…ナガレ、今の説明だけで分かんの?僕わかんないんだけど…ねぇ、?」

僕にも分かるように説明しろ、と言った暗黙の視線が痛い。

「ごめん、俺の説明が悪かった。ちろちろ燃えてる火に燃えるものに油を注ぐとその火が一気に大きくなるだろ?あれだ。あんな風に、『纏』を一気に燃え上がらす感じです。こう、燃えろ!俺のオーラよ!みたいな…」

俺は一所懸命説明した。

「あー!今度のはなんとなく僕も分かった!よっしゃ、やろうぜ、ナガレ!!」

パァと顔を明るくし、セイは言った。

「ああ。…じゃあ、『いっせーのせ』で『練』だ」
「おっしゃ!いっせーの、」
「「せっ!!」」

チリリと、俺の肌の産毛が風を感じた。俺は見えないのだがそんな気がした。気のせいかもしれないけど。うん、たぶん気のせい。

「どうどうっ、!僕たちってば出来てるっぽくない!?出来てるっしょ!?」
「なんというか…気分が高揚するな」
「あー…そうなんですか。それは良かったですね。ソレが出来るだけ修行して出せるオーラを増やしておくといいですよ、たぶん」
「修行でどーにかなるものなのか?絶対量とか決まっているんじゃねーの?」
「さぁ?まぁ、修行して減るってことはないと思うんで、自分が納得できるぐらい『練』を出来る用になっておくといいんじゃないですか。あ、でもきっと、やりすぎるとオーラ消費してグタグタになるかもしれません。そういうときは『絶』とかして体力回復してください。それから、基本生活は『纏』で。じゃ、また一週間ぐらい繰り返してください。はい、今日の授業はコレまでということで」

なんで俺が『念』の先生みたいなこと言ってんだ…自分使えないくせに。むしろ俺が『念』の使い方を教えて欲しい。精孔ってどうやったら開くんだろうなぁ…。念の師匠が俺が欲しい。

「次は、『発』です。『発』は分かりやすいです。えー…このゴミの山の向こうに、冷蔵庫のゴミがありますね。ポンコツですね、アレに向ってオーラを飛ばします。そうすると、空気砲な感じでアレが吹っ飛びます」

カメハメ派みたいな感じです。と説明してやりたがったが、これもきっと通じない。

「あー…じゅあ、『練』が出来ちゃったところで、水見式をします」
「はい!!水見式ってなに!」
「水見式は、『念』特性を見極める儀式らしい。よく分かんないけど、とりあえず、ここにコップに入ったただの水と紙があります。この紙を水の上に浮かべます。はい、じゃあセイからやってみよー!」
「なになに?どーするわけ?なにすればいいの?」
「このコップに手を向けて『練』をしてみて」
「『練』ね、ほいさっと」

ボコボコ

「うわぁ!水が溢れてるよ!すげー!」
「…セイは強化系です」
「すげーなこれ!これってさぁ、水不足悩む必要なくない!?溢れてんでしょ!」
「あー…どうなんだろー」

強化系か。ゴンと同じだな。単純。

「次、ナガレ!」
「……」

ユラユラ

「…紙がダンスを踊ってるんだが…」
「…ナガレは操作系」
「操作系?」

疑問系を無視して、操作系って誰と同じだったけなぁと考えて、やっとのことで幻影旅団のシャルル?シャルルはフランスの歴代王のことだな。シャルルっぽい名前だった気がするんだけどなぁ…忘れた。顔は思い出せるんだけど。

「ねぇねぇ、はやってみないの?僕、見て見たいんだけどなぁ」
「あー無理です」
「やってみろ」
「出来るわけないですから。俺、『念』系統、全部出来ませんからやるだけ無駄です。あー…じゃあ、やっと此処まできたからちゃんと『念』説明する」

六角形とか巧く描けないから俺は六星芒を地面に描いた。真ん中に『発』と書き、周りを六つの特性で埋める。

「とまぁ、強化系、変化系、操作系、放出系、具現系、そして特質系がある。あ、この図は結構適当だから。系統によっても相性とかあるんだけど、この図適当だから覚えないでいいよ。覚えたらむしろまずい。んで、ナガレは紙が動いたから操作系。セイは水が溢れたから強化系、となるわけだ、誰が考えたのかは知らんけど。で、ここまで出来て見極めも終わったから、今度はそれぞれに合った能力『発』を高めていくのが主な修行になるわけです。まぁ、これで『念』らしきものがやっと使えるようになるわけだ。おめでとーございまーす」
「なんか全然心がこもってない祝いの言葉だね、
「え?そ、そんなことないですよ」
「そこでどもるな、見苦しい」
「……はい、すいませんです」
「で、オレとセイは操作系と強化系なんだろ?その見合った能力ってのはなんなんだ?」
「あ、うん。それは確か、操作系はなんかを操ったりすることが出来て、強化系はなんかを強化することが出来る」
「文字のまんまじゃねーか」
「うん。そりゃあ」

それ以外に上手い説明もない。

「他のはどーいうやつなの?なんだっけ、変化系とか具現系?」
「他のは…変化系はオーラの性質を変えられたり、放出系はオーラを放出したり、具現系は物質化したり、んで、最後の特質系は特殊で俺もよく分からん」
「例えば?例を出したらどんなのがあんの?」
「あー…説明しずらい。待て、思い出すから」

【HH】の登場キャラと思い出そうと眉間に皺を寄せる。や、名前はあんまり良く覚えてないけど顔はなんとなく一致しますよ。

「操作系は脳みそにアンテナさして人操ってた。放出系は指から機関銃みたいに念弾をドドンと。具現系は鎖を表して相手をとっ捕まえたり、あとは特質系だけど…相手の念能力奪ったり?そのくらいしか知らん」
「へぇ…人間っていろいろ出来るもんだねぇ…」

ああ、俺も心の底からそう思いますよ。同じ人間とは思えない。

「あとの修行方法、俺知らないから適当に頑張ってください。俺があと説明できるのは【円】【凝】【堅】【陰】だけです。他にもなんかあるかもしれないけど、俺が覚えてるのはそれだけだし。イメージで説明すると、【円】は自分のテリトリーを広げて相手の気配を察知することで、【凝】は一点にオーラを集中させることで相手のオーラを見破ったりその場所がめっちゃ頑丈になったり、【堅】もまぁ防御系で固くするってので、【陰】はオーラを隠して一般人を装えること…みたいな感じ?」

はっきり覚えているものなんてそんくらいだ。あんまり覚えようと思って【HH】を読まないからなぁ…。なんとなく覚えている応用技なんてのはこんなもんだ。後は俺に教えられることはない。

「…まぁ、基本技と応用技を複合して頑張ってください」

そうとしか、言えない。ほんと、後は自分勝手に頑張ってください…。
ほんと、皮肉なもんだよな、【念】を使えない俺が人様に教えてんだからさ。


+++++++++



ゴミの島…もとい、流星街に住み始めて二年の月日が経った。もうこの流星街の悪臭も悪臭とは思わない。流石に芳しい匂いとは思わないが、鼻が腐って落ちるんじゃないかと思った期間はとうの昔に過ぎた。人間とはある意味順応できる生き物だ。その場所に生きられるように徐徐に進化(或いは退化)していく。

「え?今なんて言いました?」

俺は自分の耳を疑った。

「ハンター試験と、言ったか?オレの聞き間違えではないのなら」

ナガレと俺は手を止めてまじまじとセイを見つめた。ああ、やっぱり俺の聞き間違いってわけじゃなかったんだな。え?嘘、マジで?ハンター試験とか言っちゃったわけなの?

「うん。それ!それ、受けに行かない?」

にっこりと楽しそうに黒目を輝かして言うセイに、ナガレは一言。

「行かない」
「右に同じく俺も」
「ええ!?なんで!?いいじゃん、一緒に受けよーよ!楽しそうだと思うっしょ、ナガレもさ!」
「思わん」
「楽しいって!絶対だって!僕がそう思うんだから!」

なんでセイが楽しいって思ったら楽しいんだよ。人の心ってのは人それぞれなんだぞ?お前が美味しいって言ったネズミの肉の炒め物、俺あんまり美味いと感じたことないよ。っていうか、お前らの調理方法が下手だ。俺の方がもっと美味く作れる…とは俺の口から言ったわけではないが、なんとなく俺が料理を作る機会が多くなった。まぁ、それなりに一人暮らしで簡単な食事スキルは持っていたしな…。

「なんでなんで!?なんで行きたくねーの!?外だよ!外行こうって僕誘ってんだよ!?」

必死にセイはナガレを説得しようとしている。俺は説得すらされん。俺もいちお思いっきり断ったんだが。あれか、俺は眼中にないのか。俺の意見は無視なのか…いや、いいんだ。俺なんてそんなもんさ。

「……外?」
「うん。外、行こうよ。僕たち、もう、この街を出て行ってもいいと思うんだ。全うな金も少しは溜まったし、こんなゴミ貯めから出て行こうよ。目標の金もまぁ、溜まったし、今出なきゃ、何時出て行くの?」
「……」
「ここはさ、僕たちの故郷だよ?物心着いた時からいたし、ずっと、ナガレと一緒にいたし…でもさ、僕はそろそろ外の景色が見て見たいんだよ。こんな腐った空気ばっかりの場所じゃなくてさ、新鮮な空気、新鮮な土地!外の世界、この血だらけの胎内から抜け出して、さぁ外の世界へレッツゴー!!」
「……オレが、どうしても嫌だと言っても?」
「うん。僕は行く。と一緒に」
「待て!俺は行かないって行ったじゃないですか!」

なんかちょっと珍しく二人の間にシリアスな雰囲気漂ってるなぁ…(どきどき)と、していた俺は突っ込んだ。が、それはまた軽く視線を投げられただけでスルーされた。

「まぁ、が付いてきても付いてこなくても勝手に行くけど。引きずってでも。ほら、そうすると僕もも居なくなってナガレったらこんなゴミ箱の中で一人だよ?寂しいでしょ、ね?じゃあほら、行こう!」
「なんなんだその強引な思考は…」

相変わらず馬鹿なヤツだ…とナガレは額を押さえて首を振る、が、俺は彼の口元が僅かに綻んだのを目撃してしまった。あー…。


たぶん、出てくな。
この街から。


+++++++++++++


「今日は、ニトラル爺っちゃんとこ行くよー。ほらほら、外行く用意してよね、ー!」
「ニトラル爺さんってどちら様です?」
「行けば分かるって。あ、それ、その袋を持って行くの忘れないでね!」

家の隅っこにあったズタ袋を背負い、俺は二人のあとに続いた。どこへ行くのだろうかとセイの後ろを付いていく。歩くのが早いので俺も自然と早歩きになる。大人の肩幅がちょっとぎりぎりっぽい路地の中ほどまで行くとセイがしゃがみこんだ。マンホールをずらすとその穴へ身体を滑り込ませて降り始めた。

「早く行け」
「そんなこと言われても…中真っ暗じゃん…」

セイとナガレの間に挟まれて一列進行していた俺は尻込みをするが、ナガレは容赦なく俺の背中を突き落とした。危ない危ない!落ちるよ!わかったよ、降りればいいんだろッ!そろそろと梯子に足を掛けてゆっくりと手探り(足探り?)で下へと向う。
マンホールの地下はそれはもう強烈に臭かった。慌てて腰に巻いていたタオルを口元に縛り付けてマスク代わりにした。戦時中の毒マスクみたいなのが欲しいなぁ…シュコォ〜…シュコォ〜…ってダースベーダーの呼吸音みたいになるやつ。ついでにライトセーバーも欲しい。
錆びた梯子を下るとやがて地面に足がついた。ほっとして目を凝らすと突然に腕を何かが掴んだ。

「わっ!」
「なに驚いてんの?」
「あ…なんだ、セイですか…」
「この暗闇あんま見えてないんでしょ?はぐれると、きっとどっかで餓死するから俺の服の端でも掴んでなよ」
「おい、行くぞ」

ナガレが声がどこからともなく聞こえた。反響しているので位置が上手くつかめない。
光も無い暗闇の中で俺以外の足音が聞こえない。セイもナガレも猫みたいに足音がしないので本当にいるのかどうか不安になってくる。俺はセイの服の端を掴んでいるから、セイが前方にいるのは分かってはいるんだが…声がしないと、俺が掴んでる服って本当にセイのなのか?と怖くなる。

「………あの、で、ニトラル爺さんってのは?」

小さい声で言ったのだが妙に響いてしまったのでさらに声を落す。

「…ニトラル爺さんってのは…中立の爺さんだ」
「情報屋?っていうのかな……真ん中。何を好き好んでんのか、こんな地下に住んでるんだよ。ほんと、物好きだよねー…」

小さな囁きが答えてくれたのでほっとした。確かに、こんな穴の中で暮らしたいとは俺は今のところ思えない。タダでさえゴミの中で暮らしているのだ。なんだ、遥か昔にテレビで見た捨てられない症候群の女達、はたまたはゴミ屋敷の上を行く。あれこそはゴミの城。きゃっほー!俺はゴミ塗れ!

「ぎゃわ!」

俺は脚元を駆け抜けていった何かに飛び上がった。なんだ!?なんだ今のは!

「五月蝿い」
「今、足元を何かが通った!!」
「あぁ?んなもんネズミかモルモットかなんかだろーが。いちいちビビってんじゃねーよ。噛まれたわけじゃねーだろうが」
「そうなんですけど…そうなんですけどね…」

見えないってだけで、いつも近くにいるネズミが得たいも知れないものに感じられる。ポチャンポチャン、間をおいて、もう一度ポチャンと水に小石を投げ込んだような音がした。

同時に、前方に光が灯った。暗い中でその光はか細いものだったが、それでも真っ暗闇の中で見えたソレは視界を朧ながらに開かせた。

「急げ、三秒で消える」
「ソレ行け、ダッシュー!!」
「うわっちょっまっ…!!」

急に走り出されて俺はこけそうになりながらも走る。いや、つーか掴んでいる服の端を今にも離してしまいそうで怖い。こんなことならロープとか持ってきて引率してもらえばよかったなぁ…なんかそれって俺が犬みたいな感じで大変嫌ですが。光がどんどんと弱くなっていくが俺たちは全速力で近づいていく。

「飛び込めっ!」

ナガレが叫んで、前方を影が光に入り込む。アレって、ナガレ?俺もよく分からないがセイの服を握ったまま一緒に飛び込んだ。地面を蹴って頭から飛び込んだので衝撃に備えたのだが無かった。光に眩んでいた目を瞬きをして開けばそこは…

「……どこ、ここ?」

その場所はゴミ…いや違う、足の踏み場も無いほどの本の山で埋まっていた。本特有の少しかびっぽい匂いが鼻をくすぐる。この場所は不思議と悪臭がしない。下水道や上と比べれば遥かに空気環境がいい。不思議だ。

「っていうか、いい加減背中からどいてくれないかなぁ…」
「はっ!どうりで衝撃が少ないと思ってたら!すいませんでした!セイ、大丈夫ですかッ…!!」
「僕は全然平気だけどね」

慌ててセイの上からどくが、足の踏み場がないので戸惑った。床の本を脚でそれとなく退けて立ち位置を確保する。本はなんとなく踏んじゃいけない気がする。雑誌とかなら踏んでもスンとも思わないが。厚みがあるハードカバーの本は高そうだからふんじゃいけない気がする…。なんだって、こんなところで俺の一般人の貧乏性が出てくるんだか…。
改めて部屋の中を見渡した。幾分薄暗いがそれでも下水道よりは格段に明るい。…そう、かなり昔の図書館のイメージだ。じめじめとした薄暗い蔵書の山。俺の肩ぐらいまで平積み重なった本の一番上を手にしてみた。……題名すら読めない。や、うん、別に俺が馬鹿なんじゃなくてね、この世界の字は読めないっつーことですよ。…んー…これはどこの言語に一番近いんだろうなぁ…アラビア?ミミズ文字?ハンター文字ってどうにかすりゃ日本人でも読めるようになってるっらしいけど…んな現実生活に全然関係ないことを覚えているわきゃねーだろーが。ぺらぺらと捲ってみるが…えらい時代錯誤で宗教的な絵が描いてある。太陽に手を伸ばして闇に下半身を浸す全身をローブで覆った男。覗くのは鼻先と高く伸ばされたために捲れて皮膚が露わになった右腕なんか幾何学的なようなひび割れた刺青かなんかが浮かび上がっている。やー…基本統一された信仰宗教がない日本で一般家庭で育ったんで、こいう宗教めいたのはよく分からん。それを閉じて、表紙の文字を一度なぞってみてもとの場所に戻した。もっとこう、俺でも意訳が出来そうな絵本とかねーのかな?そういうので勉強すれば…俺だってこの世界の本の一冊や二冊、読めるようになるんじゃないですかね?

、その袋貸せ」
「あ、うん」

背負っていたズタ袋(中身不明)をナガレに渡すとナガレが本の山間を縫って進んだ。ああ、背中の重みが消えてだいぶ楽になった。
肩を本にぶつけないように慎重に進みながら歩数にして二十歩…意外に広い(なんたって本が山済みでかろうじて俺たちが歩いている場所本が天井まで埋め尽くしている。ここでなだれが起きたら俺は押しつぶされて死ぬな)部屋を横切るというか蛇行しながら進むと、畳二枚分ほどなにも本が散乱していない場所に出た。

「ここになんかあんの?…」
「このさらに下にいるんだよ」
「ひとぉっつ〜、この世はゴミ箱さぁっいらないものは捨てちまえぁ〜いるもんだけは背負い込め!そうさ、この世は掃き溜めさぁ〜〜ゴミはゴミなりリサイクルックルッ!!」

歌?

「すいません。俺、音痴な歌が聞こえるんですが」
「…いいか、?音痴というのは、人が生まれもってしまったものなんだ。仕方ないんだ」

妙に真剣な声でナガレが言った。なんでそんなに真剣?……いや、まさか、ナガレも音痴とか…まさかね、いやいや。滑り台みたいになっていた穴の中を滑り降りた。今度は上手い事着地できた。

「爺っちゃん!生きてるかぁっ!」

セイが怒鳴った。

「おおっと爺ィの遠いい耳にゃあぁ〜糞生意気なガキの声ぇっが聞こえてくるってなぁっ!!」

酔っているような調子はずれの返答がした。そして、俺にしてみれば耳慣れた…耳慣れていた稼動音。回る
とぐろを巻きうねる蛇のように大柄な身体が地面を這う。壁一面にずらりとならぶ棺おけを想像させるような黒い箱。広い部屋の中心部に青光りを発しながら鎮座するコンピューターのディスプレイ…?

「パソコ、ン?」
「ほほう。この遺物が分かるたぁ、なかなかやわな」

しわがれた声がして眼鏡…とういうか、暗視ゴーグルのような機械的な眼鏡をかけた人間が座っていた。

「よく来たな、ナガレ、セイ、それから…、だったかいな?」

機械的な眼鏡がキラリと赤く点滅して光ったような気がした。

「なんで俺の名前…」
「オレが前に言ったんだ」

ナガレが口を挟んだ。ああ、そうなのかと俺は頷く。

「ひひ。この悪童二人とつるんでる人間なんつーのは珍しいこったって、爺ィは興味深々やったんよ」
「あ、そうなんですか。……えーと、始めまして。といいます」
「こりゃまた、悪童共と一緒におるとは思えん育ちのよさそなガキやんけ」
「いえ、別に普通の一般家庭に育ちました」
「…普通の家に育ったんならなんで流星街におるんね」
「いえ、その…いつのまにか居たとしかいいようがありません。詳しいことは俺も全く分からないので…」
「老い先短い爺ィも聞く気はあらんよ。ただなぁ…」

ちらちらと爺さんの視線がセイとナガレを見比べた。そして、ヒヒッと変な笑い方をまた漏らした。薄気味悪い笑い方をする爺さんだ。ナガレが爺さんの机の横にズタ袋を置いた。投げ捨てるわけでもなく、そっと丁寧に。

「だったらさっさとくたばれ。爺ィ。借りていた本を返しにきた。それと、聞きたいことがあって…取引だ」

悪態をつきながら言った言葉に、あの袋の中に入っていたのは本だったのか…と納得した

「取引?ほほう。珍しいこともあるんな。ナガレが…お前らが爺ィに頼みごとだなんつって、明日にゃ空からゴミでも降るんじゃないかい」
「降るか、馬鹿が。欲しいのは地図だ。外の世界の地図をくれ」

爺さんの眼鏡が点滅した。あの眼鏡、一体どうなってんだ…っていうか、【HH】の世界ってコンピュータが(原作よりも)二百年も昔にあったのか?この世界って、一体どんな風になってんだ?流星街は変わらない。何百年もゴミ捨て場だ。だったら、今の外の世界ってどうなってんだろうか。漫画で読んだ限り、原作時間では栄えている土地は天空競技場だかなんだかで超高層ビルを建てられるほどの技術がある。けど、逆に飛行機とかはないっぽかったし…落差の激しい技術革新であったのだろうか。

「……流星街を出てくんかいね」

爺さんが静かな声で言った。

「そうだよ!そろそろ、いっかなーと思ってね。僕とナガレとで外の世界を見てくるよ。僕たちを受け入れなかった社会ってやつが、どんなもんかをね」
「そうか…そうか、悪童共が外へなぁ…せやけど、お前らが一番見込みがあったんもんなぁ…」
「は?見込みって爺っちゃんにいわれるほど僕ら爺っちゃんに世話になった覚えがないけどなぁ」
「そーかもしれんがな。ちったぁ爺ィの感傷ってもんを察や」
「はっ!笑わせるな。爺ィに感傷なんてあるわけねーだろーが」
「ナガレもセイも…立派に育って…」

いやそこ、感動に声震わせるとこじゃないから!と、思わず裏拳で突っ込みたいノリだったが、かなりお互いが本心で言い合っているようなので下手なことは言わずに大人しくしていた。

「そういうことだから、地図ちょーだい。交換の喰いモンもその袋のなかに入ってるから」
「くれるもんは貰っておく。ま、地図ぐらいなら選別にやるわ」
「うん、爺っちゃんならそう言うと思って、本当は最初から交換の喰いモンなんてその袋に入ってないから」
「………悪知恵しか働かさん悪童が…」
「褒め言葉をありがとう、知恵ってのは生きていくために必要だって言ったのは爺っちゃんだよ!」
「それとこれとは違がわいっ!!」


それから三日後。俺たちは外界へと出た。
目指すはハンター試験。ただ、俺はそんなもんには出る気はないけれど。





060607