04 Magic is the world of a child!




ゆっくりと瞳を開いた。薄暗い部屋の中木目の天井が目に入る。カーテンの隙間から入る明るい太陽の日差しが部屋の埃をまるで銀粉のように光らせている。
瞳だけをきょろりと動かす。右へ、左へ。そして、ゆっくりと布団を払って身体を起こした。
ここはどこだ?断じて無機質に金属的な場所ではない。
俺は立ち上がって、僅かに光が差していたカーテンを開いた。煌々と入ってくる光に僅かに瞳を細め、俺は外の景色を眺める。窓の外は森のだった。鬱蒼と茂った森は最後に【HH】でセイとナガレと最後にともに行動した場所に似ている気がした。見える限りの範囲に建物は見えない。まるで、どこかの自然とは、命とは、というの光景をそのまま絵に切り取ったような猛々しく生命力に満ちた景色だ。だが、そんなことよりここはどこだ?ガラスの反射で移る自分にそっと、指を這わせ、映る己が頬を輪郭に沿ってなぞる。――…冷たいガラスだ。。
いい加減慣れてきた。目を瞑って開いたら別の場所にいたというのは、また別の【世界】に来たようだ。
俺はガラスから手を離し、部屋のなかを見回した。置物はベットとサイドテーブル、机、たくさんの本が詰まった大きな本棚と溢れかえった本がちらほらと点在しいている。それから、黒のように深い緑をした柔らかそうなベット変わりに使えそうな大きなソファ。
…本当に、ここはどこだ?今までにない待遇だ。ふと、ソファの上に投げ出されていた本を手にとって捲ってみた。中身は普通の英語の文だった。斜めに目を当してみて、俺は眉を潜めた。
英語は多少だったら読める。まるでなってない日本の英語教育を義務教育で八年も習って来たのだ。単語を拾って大まかに読むことぐらいだったら出来る。…とても大まかな訳なので、大体のことしか掴めないが。そこに書かれている内容は…――読めなかった。もちろん、俺が読める前置詞だとかbe動詞だとかは理解が出来るのだが、間あいだにある英単語が全く俺のボキャブラリーに存在しないものなのだ。なんて書いてあるのか分からない。俺はあっさりと本を放った。俺はその【世界】の言葉を話すことは出来るが読み書きは出来ない。言葉が通じる、読み書きは出来ずともそれだけで十分だ。本を読むよりも誰かを見つけて話しをしたほうが速い。この部屋を出てみようと思いながら部屋の中を改めて見直すと、ベットサイドのテーブルに白い封筒が載っているのを見つけた。

手紙…?
注意をを引かれたので悪いかな、と思いつつ手に取ってみる。

さま。

封筒の表には流暢なローマ字で俺の名前が綴られている。
は間違えなく俺の名前だ。そう、これは間違えなく俺の名前だ。俺が俺である証で、同時にオレを表す固体記号に過ぎないもの。俺は自分以外の誰にもなる気はないし、なるつもりもない。俺は【世渡り】をするたびに心も殻kだも壊れて言っているが、自分がという人間で生まれたことを覚えている。最悪なことに【世渡り】の長い間に俺が生を受けた【現実世界】の記憶が酷く遠くなってどういう風に毎日を生きていたのか忘れそうになることもある。
これは俺への手紙と考えていいのだろうか?まぁ、俺の名前が例えローマ字だとしてもあからさまに書いてあるのだから俺宛だろう。ビリッと手紙を封を開ける。裏にはご丁寧なことに時代錯誤な蝋で封をされていたが、別にビリビリと横に破いてしまっても中身を見ることには違いはないだろう。

『Dear Mr…

We are pleased to inform you that you have a place at Hogwart school of Witchcraft and Wizardry.
Please find enclosed a list of all necessary books and equipment.
Term begins on 1 Sptenber. We await your owl by no later than 31 July.
Yours sincerely.



「『ディあ、ウィーあープレアセッドトゥーインフォームユーザットユーハブあプレスあットホグワーツスクー』……あー…、」

声に出して読むのを途中でやめ、額に手を当てて天井を仰いだ。ホグワーツ、ホグワーツ!ホグワーツ!ああ、なんてこった。ホグワーツだと?ここは有名な児童書、【HARRY POTTER】だというのか?…いや、きっとそうなのだろう。全世界でベストセラーになった児童文学。児童文学というわりには幅広い年代に読まれていた児童書。俺も暇つぶしと流行に乗って読んだ。

「あ〜あ…【HP】かよ」

ふざけるな、という気持ちも無くは無い。どうして俺が!とは言うものの、それは意味のない問いだ。何故俺がと叫び何ども自問し、空へ語りかけ、けれど誰も答えを返すことは無い。俺がどうして、そんなことを考えても答えは出ない。そのことについては考えることに疲れたとも言えるだろう。流されて…生きていく。まぁ、それが弱者の生き残る術だ。そもそもこの舞台…一体何年前に読んだのかは…覚えてない。いちおうこれでも、映画も観たから大体のあらすじは分かっているつもりだ。とはいっても、主要人物の名前もそこそこしか分からない状態だが。
ハリー・ポッターという稲妻の少年が、親の仇である…えーと、闇の帝王とか言うやつと長い時間をかけて成長しながら戦う話だ。恐らく、ハリー・ポッターとその周辺の主要人物に関わらなければ俺自身への危険は回避されるはずだ。
まぁ、闇の魔法使い達と接触する機会が薄いのはホグワーツだろう。ホグワーツに居れば。おそらく命の保障はそこらへんで暮らしているよりも高いだろう。……いや待て、もしかして逆か?ハリーがホグワーツにいたせいで帝王関連が度々やってきたのか?ああ、それよりも、どうして俺に入学案内が来ているのだ?それのほうがおかしいだろう。俺が最初に【HH】行ったにときから身体の成長を全くしていないとはいえ、二十代前後の歳に見える。ホグワーツはもっと若いローティーンが入学するものだ。俺に入学案内が来るのはおかしいし、なにより、この世界に来たばかりの俺に手紙が届くのはおかしい。おかしいというよりも通りこして不気味だ。

ギギ…と軋んだ音を立ててドアが開いた。俺ははっとして手紙をポケットに突っ込んで音に目をやる。
そこには…一匹の醜い小人が居た。

「あぁああ!!」

醜い小人…――いいや、これは人ではないな。むしろその異形さに俺が軽く叫びたい。嫌いなんだよ、キモチワルイものは。こういう生物は何と言ったっけ?…しもべ妖精?記憶をさっと探して思い当った種族の名に「妖精って柄じゃないだろう」と内心で突っ込む。しもべ妖精は驚いたように目を飛び出させ(これはもともとかも知れないが)キーキーと高い声で叫んだ。しもべ妖精の持っていた水を張ったお盆がガシャンと落ちて見る見るうちに床に流れてしみを作る。俺はソレを見て眉を潜めた。誰が掃除をするんだ?

「…しもべ妖精?」
「は、はははいであります!!」

ああ、最初に見たのがしもべ妖精でよかったと俺は思った。俺が確認のように呼ぶと、しもべ妖精は飛び上がって返事をした。この慌てよう。慌てているものを見ると逆に冷静になれるタイプと自負している俺はしもべ妖精をまじまじと見た。なんというか…下手にうまい特殊メイクをしたような外見だ。これが普通に存在している生き物だとは信じられない。今までの【世界】ではいなかった生物だ。俺が今までいたところって全体的に普通な人間ばっかりだったからなぁ…。

「しもべ妖精…ここはどこ」
「ここは、貴方様の家であります!わたくしめはヤールであります!!」
「家?誰の?」
様、であります!」
「……」

衝撃、といえばいいのか。このしもべ妖精は名乗ってもいない俺の名前を知っていた。それだけで十分驚きなのに、ヤールと名乗ったしもべ妖精は足元の水に目をやると、さっと杖を振って何事かを唱えた。すると一瞬にして水溜りが消えた。
…――魔法、だ。
水が消えた場所と杖を見比べる俺に恐る恐るとヤールが声をかけた。

「どうかなされたのでありますか、様?ご気分でも?」
「あ、いや。俺はどうしてここに?ヤール?」

首を振り、名前を呼ぶと「はい!」と嬉しそうにヤールは返事をして嬉々として説明し始めた。

「わたくしはヤールというのはすでに申し上げたであります。わたくしは様がいらっしゃったらお世話をするように仰せ使ったのであります。どなたがおっしゃったのかは、わたくしは時期ではないと固く口止めされているのお答えしかねるであります。しかし、様がいらっしゃったのをヤールめ、拝見したときは心臓が震えたであります!これから誠心誠意ヤールは御使えさせていただくであります!!」

ビシッ!と敬礼でもしそうな勢いのヤールに俺は頷くが疑問が湧く。俺を世話するように仰せつかった?俺がここに来ることを知っていた誰か?ソレは誰だ?ちらりとヤールを見るとキラキラと瞳を輝かせて俺を見上げている。その妙な輝きに気おされながらも俺はいちおう聞いてみる。

「その、俺を世話するように言ったのは…?」
「駄目であります!ソレばっかりは俺言うわけにはならないのであります!例え殺されそうになっても、絶対であります!!」

これ以上はいえない、というようにヤールは自分の口を自分で塞ぐ。許しを請うようにタダでさえでかくて飛び出している瞳がぎょろりと回る。

「そうか…なら仕方ないな…」

しもべ妖精は確か主の言葉は絶対だったはずだ。死ぬ目になっても忠誠を尽くす。あれかな。【服従の呪文】とかの場合は例外なのだろうか?すげー、俺、覚えてるじゃん、ハリポタの魔法の名前。ほっとしたようにヤールが再び口を開いた。

様?まずは屋敷を見て回るでありますか?それとも、食事にするでありますか?」

俺に害なすものでない、と取り合えず判断しておこう。まぁ、魔法が使えるしもべ妖精の方が俺より有利だろうが、なんとなく上位関係では俺のほうが持ち上げられている感じがする。

「この家に俺以外はいないんですか?」
「はいであります」
「そうか…じゃあ、まずは案内を頼める?」
「はいであります!!どうぞこちらへ!!」

ヤールに連れられて部屋を出て、俺はこの家が屋敷といえるぐらいの広さを誇ることを知った。
俺が居たのは二階で、出ると円状にドアが並んでいて真ん中に緩い螺旋の階段があった。さらに上にも階段は続いている。手すりからを見上げると、上は天体観測のようなものをする場所でもあるらしい。

「夜になると本物の星などが見えるであります!」

二階には部屋が八つ。一つが俺の部屋で、残りの四つは鍵がかかっているから空かないのであります、とヤールは申しわけなさそうに言った。そしてもう三つの部屋を空けてくれた。

「こちらは書庫でごあります!どの本も保存状態が良好に保っているであります」

図書館のような見上げるほどの本棚の数。…おいおい、一体ココには何万冊あるんだ?あれだ、映画で見たハリポタのホグワーツの図書室のようだ。

「何かお探しの本がありましたら、ヤールめにお申し付けを。すぐに見つけるであります!」
「…どこに何があるか、覚えてるの?」
「大体ならば」

…悪い。俺、絶対覚えらんないと思うんだけど。それ以前に、恐らく俺は英語で書かれた本は読めない。無理だ。

「残りの二つは客間であります」

階下に下りて、…ここはどこの大豪邸だと絶句した。広々とした大広間の床はどうやら大理石のようなもので出来ていて、ピカピカと光っている。百メートルトラックが有る学校の校庭ほどの広さの大広間の両側には俺が三人ぐらいで両手を広げないと円周が測れない柱が四本ずつ立っている。

待て。ほんとにここは誰のうちだ?俺んち?俺んちじゃないから、絶対。

「階段の裏の扉を開けますと、談話室であります!」
「へぇ」

赤々と燃える暖炉があって、壁にはそう高くない本棚が並んでいる。居心地のよさそうなふかふかの大きなソファーには八人ぐらいが寝そべって座れそうだ。あちこちにたっぷりと中身の詰まったクッションも転がっている。クリーム色をした絨毯が床に敷かれていてその上には脚の短いテーブル。

「いいな、ここ…」

一番ここが落ち着けそうだなぁと思った。



□■□



ヤールは俺にまず一本の杖を渡した。

「こちらをどうぞ」
「杖?」
「はい。イチイとドラゴンの涙で出来た杖であります。振ってみるのであります」

言われたとおりに振ってみる。…何も起こらない。
どきどきして振った割には何も起こらないので拍子抜けてしまった。

「何も起こらないんだけど」
「ええ、当たり前です」

当たり前なのかよ。最初から分かってるなら渡すなよ。

さまには魔力はありません」
「………は!?じゃあなんで俺に入学許可証がきたんだ?」
「まぁまぁ、というわけでこちらを預かっていたのであります」

赤いビロードを張ったトレーの上に一つの装飾品があった。小さなシルバーの指輪だ。なんの彫刻も無いただのシンプルな銀の指輪。

「…なんだこれは」
「指輪であります。この中には膨大な魔力が封じ込められてあるのであります。どうぞ、嵌めてみるのであります!」
「…変な呪いとかかかってないよな?」
「もちろんであります!」

きっぱりと断言するヤールに一抹の不安を覚えたが思い切って右手の薬指に嵌めてみた。チクッと針に刺されたような痛みが一瞬あったがすぐに消える。じっと指輪を見てみるがなんら変化がない。

「なにも変わらない気がするんだが?」
さま、何か呪文を唱えるであります!」
「呪文…?そんなの知らないぞ、俺は」

ハリポタ世界の呪文とか?そんなの…禁術三つしか覚えて無いぞ、俺。なんだってこんなに記憶が偏って覚えてるんだろうな、俺…。

「なんでもいいであります!」
「なんでも、ねぇ…?」

俺は考えた。…何がいいかな。覚えてるもの?そんなのすぐにピンとこない。なんとなく思いついたものを言ってみた。


「『浮け』」


ふわりと、足が地から浮いた。


「うお!」
「ななな、なんと!!」

俺も驚いて空中で体制を崩しそうになったが、浮き上がった俺を俺よりも驚いて面玉飛び出しそうになって見上げているヤールの表情は凄かった。うわぁ…マジで飛んでるよ、俺。足元がないというのはなんだか不安定だったが、それも俺の身体は空中に浮かんでいた。
ぞくぞくとした喜びが背中を走る。だってアレだろ、こんな浮かぶとか…人類の夢だろ?

さまさま!降りてくるのであります!」

天井のとこまで浮き上がってシャンデリアに触っていた俺はヤールに呼ばれて渋々と床に戻ってった。あれだな、これは外でやったほうが面白そうだ。

さま、こちらを」
「杖?さっきとは違うのか?」
「さっきのでもよろしいでありますが、まずはこちらから試してみるのであります」
「ん、じゃあ…」

今度は先ほどとは違い黒い杖だった。長さとしては二十八センチほどか?
俺は無造作に振った。―…何も起こらない。

「……」
「……、おい」

二人の間に沈黙が落ちる。
ヤールは飛び上がると、「忘れていたであります!」と叫んだ。

さま、何か呪文を言うのであります!」
「って…さっきみたいの?」
「はいであります!!」

そんなことを言われても…と俺は思ったが禁術三つのほかに短くて覚えているハリポタ呪文が一つあったのを思い出した。

「『ルーモス!光よ!』」

杖の先から光が溢れた。

「出来たな…」
「良かったであります!…えー、さま、実はその杖、ただの黒檀なのであります」
「は?」
「ですから、黒檀を削っただけであります」
「ドラゴンの涙とか、不死鳥の羽とか、一角獣の尻尾とか…」

そういう、伝説的幻獣のブツは?

「そういうのは一切含まれておらぬであります。様は杖が無くとも魔法が使えるであります。偉大なる魔法使いは杖無しでも魔法が使えるのであります」
「そうなのか?でも、俺はこの指輪が無ければただのマグルってことだろう?」
「そうであります」
「…ちょっと、持ってて」

俺は指輪を外してヤールに投げた。ヤールは小さな指輪を慌てて落さないようにキャッチした。俺は黒檀の杖を再び構えて呪文を言った。分かりきっていたことだが、やっぱり魔法は使えない。俺はため息を吐いて、ヤールに指輪を返してもらった。

「よく分かったよ。やっぱり俺は無力なマグルだ。…しかと、確認した」

指輪がなければただのマグル。それが俺だ。力の無いマグル。魔力のない。そもそも、魔力という概念が分からない。魔法が使えたことで己を過信するな。俺は弱い、弱いマグルだ。驕り高ぶるな。突然巨大な力を得たものは、それが特別だと思って助長する。それが人間だって分かっているが、俺みたいなヤツが自分を過信したら速攻で死ぬ。

「で、俺はヤールからなにを学べばいいのかな?」

俺は魔法は使えない。念だって使えないし、錬金術も使えない、うわぁ、駄目駄目人間だな。人より優れてることって俺になんかあるのか?…戦争で人殺したことがあることぐらい?それって全然特別でもないと思うけど、人間生きているうちに人殺しする人生ってのは日本人には少ないから、それぐらいなのだろうな。
要するに、俺はちょっとばかり人を殺すことが出来るに普通の人間である。
―――…それを、心に刻め。


「そういえば様。ホグワーツの入学の手紙はお読みになったでありますか?」

ヤールがコップに紅茶を注ぎながら聞いてきた。目の前には山ほど詰まれた食事。から揚げやサーモンのサラダ、コーンスープ、トマトピザやポテトサラダ…その他諸々。美味しいです。すごい美味しい。けど、食べきれるわけが無い。控えめに見たってこの食事は十人前ぐらいあるぞオイ。
暖かい紅茶で舌を濡らしながら、ああ、と返事をした。

「読んだ」
「どうなさるでありますか?」
「いや、というかね。俺はこの歳だし、入学するって言うのは無理があると思うのんだけど?」
「いえ、それは大丈夫であります!指輪の魔力にて年齢操作が可能なのです!」
「は?どういうこと?」
「わたくしもさほど知らないのですが、出来るはずです。ただし、今の外見よりも歳を取ることは出来なく、出来るのは今の外見よりも下だと聞き及んでいます」
「マジで?」

俺は指輪に眼を落として、半信半疑で呟いた。

「『十四歳になぁーれ!』…なんちゃって」
「おおッ!!」

え、嘘。成功ですか?
指輪を嵌った手が小さくなっている。ついで、立ち上がってみる。うわぁ、目線が低いよ。ヤールと目線が近くて、ますますその異形っぷりにキモチワルイよ。近くで見るもんじゃねーな、こういうモンスター系は。

「『戻れ』!」

なんのタイムラグもなく、一瞬にして目線が高くなる。ほっとする。

「マジで年齢変えられるみたいだね。…そうだな…行くよ。ここにいてもいいかもしれないけれど、ホグワーツはある意味とても安全な場所だと聞いたことがあるし」

俺は渡されたペンで名前のサインを書いた。ヤールは預からせていただくであります、と返事をして俺から手紙を押し戴いた。

「俺が責任を持って預からせていただくであります。ホグワーツに届けるであります!」
「宜しく。サンキュ」
「滅相もないであります!!」

ヤールは封筒を預かると、とことこと食堂から出て行った。ヤールが出て行くと同時に、俺はほっとして息を吐いた。食堂は二十名は余裕で座れそうな長テーブルだ。長テーブルの上座、俗に言うお誕生席を勧められえたのだがそんなところに座ったら居心地が悪くなることは必死なのでその角に座った。俺以外に食べる人間がいないテーブルっていうのは寂しいものだなぁと思う。

「ごちそうさま…」

言うと、どこで誰が聞いてんだよと突っ込みたくなるほど一瞬でテーブルの上の食べ物たちが影も形もなく消えた。あれだな、今度は普通に一人分でいいっていうか?あ、でもあの残りの食べ物をしもべ妖精たちが食べて後片付けするのか?
…ヤールに今度聞いておこう。



□■□



ホグワーツの入学式までは二ヶ月時間があった。それを長いと見るか短いと見るかは自分次第だろう、
最初の一ヶ月は基本的な呪文を習った。俺は杖無しでも魔法が使えるということが分かった。基本的にはイメージで魔法が使えるらしい。だったら最初から杖いらなくないか?と聞いたら、「杖を持ってない魔法使いは怪しいのであります!」と言われた。そうか、怪しいのか…。っていうか、魔法使いルックってのすでに怪しいよな。
基本呪文を少しずつ覚えながらどんな呪文を使えるかを手探りで探した。結構いろいろ出来た。呪文自体はそんなに正確に言えなくても俺が思ったとおりのことが出来る。これはかなり便利だ。思わず俺ってすげーと思ったりするが、指輪を取っても同じことが出来ないから俺って全然凄くない、と思い直す。

二ヶ月目は闇の呪文を習った。なんで闇の呪文?と思ったが知っていて損はないと言われた。何度かヤールによってかけられた服従の呪文…はっきり言って、対抗する術を俺は持っていないと思った。闇の魔術について勉強して闇の魔術の防衛術を覚える。そんな毎日。
この【世界】の魔法って攻撃魔法が少ないよな。スレイヤーズみたいな攻撃呪文がさ。…イメージで出来るんだったら、俺ももしかして『ドラグスレイブ』とか使えたりするかな?…いつか、そういつか試してみよう。とちょっと心にメモ。

一番辛かったのは英語で文章を書くこと。日本語しか使えない俺としては、英語で文章を書くなんてことはかなりの頭の働きを強いられた。ヤールに「…英和辞書とか、和英辞書とかない?」と聞くと一時間ほどして抱えて持ってきた。あの膨大な書斎(あれは書斎ではなく図書館だ)分厚い辞書は使いにくかったが、この家に日本語の辞書があるとは驚きだった。書き取りは問題だった。こればっかりはヤールもスパルタで教えてくれたが、俺の低脳では無理だった。言っていることは分かるのだから日本語で書き取るしかなかった。うん、無理だから英語を書き取れるようになることは諦めた。どーにかなるだろ。
ヤールは実に優秀で忠実なしもべ妖精だった。ありがとう、とふと口を付いて出るお礼の言葉にいつも大仰に恐縮して嬉しそうに笑って頬を染める。こんなところはしもべ妖精だ。まぁ、外見がキモイから可愛くないけれど。(いや、これはキモカワというやつなのか?)ヤールが居なかったら…この屋敷が無かったら俺は行くところもなく大変な思いをしていただろう。誰とも知らぬ家の主に感謝の気持ちが湧く。好きなことが出来るというのはかなり楽しい。【撫子】での研究所時代もそれなりだったが、やっぱり自然があるところはいい。あの白い場所は息が詰まる。

八月の終わり、俺は初めて屋敷の敷地内の外に出た。行き先はダイアゴン横丁だ。
二ヶ月の間は魔法界の基礎知識やらなんたらでヤールは外に出る許可をくれなかった。まぁ、許可もなにも俺が命令すれば泣く泣く許可をくれただろうが、俺のことを第一に考えて行動してくれているヤールの忠言に逆らおうとは思わなかった。ヤールが居なければ外の魔法界では右も左も分からない俺だ。
家からの暖炉からフルーパウダーで移動するようだ。必要そうなものを全部持って暖炉の前に立つ。もちろんヤールも一緒について行く。

「いいでありますか。この粉を暖炉の中に入れるでありますそして、唱えるであります、『ダイアゴン横丁!』…」

言い終わらぬうちにヤールが暖炉から消えた。
俺を置いて行くなよ…と消えたヤールに突っ込んだが、ヤールはすでにダイアゴン横丁のどこかの暖炉へたどり着いてしまったのだろう。ならば、俺も追うしかない。

「ダイアゴこ……げほっ…!」」


咽た。俺、カッコワルイ。
視界が揺れる。気持ちが悪い。


ドサァッ!!
俺は何かの上に落ちた。

「痛ぇ…」

背中を打ったようで痛い。咄嗟に受身を取ったので頭は無事だ。…これ以上馬鹿になったあどうしてくれる…と思いながらよっこらせと立ち上がる。
どこだここは?とあたりを見回して…凍りついた。
この薄暗さと得たいの知らない胸が悪くなるような匂い。…誰がなんと言おうとここはダイアゴン横丁ではない。
まさか、と俺の巡らした目にひっそりと飛び込んでくる錆びた緑色の標識を掠めるの…その名もノクターン横丁。夜想曲って素敵な名前をつけたのは誰だ…。俺が落ちたのは奥の細道のようだ。ゴミが積んである。ここはゴミ捨て場か。俺は捨てられたのか…シクシク。と一人でボケてみたがそんなことをしている場合ではない。
俺はローブのフードを深く被った。俺のような者はこのノクターン横丁には全く不釣合いだ。ここは危険なので早々に立ち去ろう。
今俺は子供の外見だ。大人の姿で来ても良かったんだが、それじゃあローブなどの仕立てに支障が出るだろうから子供の姿で来た。ヤバイ、大人の姿に戻りたいと思ったが、それじゃあ今着ている服がはちきれたりしてそれはそれで見苦しい状態になるのは必死だ。
俺は出来るだけ下を向いて周りを見ないようにする。本当はいろいろな店があるので見て回りたい衝動を堪える。この漫画チックな禍々しさがなんと言えずに不気味愉快である。ちらりと上げた視界の中にはどうみても薄気味悪い浮浪者のような魔法使いがごろごろと歩いている。人相がいかにも闇の魔法使いで違反をしているようなものばかりだ。目を合わせないように合わせない歩き続ける。

「なぁ、待てよ」
「迷子かな〜お嬢ちゃん?それともお坊ちゃん?」
「おじさんが送ってあげようかキャハハ」

次々にかけられる声をひたすら無視して歩いた。歩くのは遅くも無く早くも無く、あくまでマイペースで。俺はビビリだが、怖がっていると思われたくない。

「なぁ、待てよ!!」

シカトに誰かが、俺の肩口を左後ろから掴んだ。咄嗟に俺は相手の手を振り払って後ろを向く。手には腰に挿しておいたナイフが握られている。…―−ああ、これはある意味、身についた習慣だな。最悪だ。何も持っていない敵(からかいという悪意は持っているだろうけれど)に武器を向けるなんて。リーチが短いので寸でのところでナイフは止まった。危なかった。大人の姿だったら確実に喉に突き刺してしまっていた。大体、俺の目が見えない左後ろから手を出すのがいけないんだ。

「俺に触れるな」

下からの伸び上がるように男の喉仏にピタリとナイフを当てているため、俺のフードが後ろへ落ちた。相手の男は目を見張って沈黙した。が、それも一瞬のことで男は下卑た笑いを浮かべた。

「…へっ。なんだ。お嬢ちゃんじゃなくてお坊ちゃんかよ」

俺は片手ですぐにフードを被りなおした。ウザイと思った。

「『眠れ』」

俺が小声で早口に唱えると男はガクリとその場で倒れた。周りに居た他の魔法使いが驚いたように俺へと視線を向けたが、どうでもいい。こんなところに出入りしている闇の魔法使いの中でヴォルデモートに繋がっている闇の魔法使いは少ないだろう。
俺は再び勘のままに脚を勧めた。
やっとの思いでダイアゴンまでたどり着く。この奇跡的な俺の土地勘に自分で満足だ。ダイアゴン横丁にヤールがいることは確実なので今度はきょろきょろしながらダイアゴンを歩き出した。やっぱりダイアゴンは活気があって明るくてみんなが楽しそうに歩いている。陰気なノクターン横丁とは大違いだ。
ダイアゴン横丁で買い揃えるものは決まっている。教科書だけだ。制服や学用品はヤールが全てどこからか揃えてくれていた。家での勉強は書斎にあった膨大な本を参考にしていたのだかいかんせん、幾分古い本が多い。最新の本は少なかったのだ。それでもヤールが毎年新しい本を選別して追加していると聞いたときは驚いた。一体誰のために集めているのだろうか?

はぐれた時の待ち合わせ場所は決めては居なかったが、おそらくヤールが待っている可能性が一番高いのは本屋だ。それらしい書店をやっと見つけた。入り口の前には一匹の全身フードで隠したしもべ妖精が背伸びをして待っていた。道の前を通り過ぎる何人かがあからさまにしもべ妖精に気が付いて笑ったら嫌そうに顔を顰めたりしていた。そっか、しもべ妖精っていうのは人前に姿を現さないものだったんだよな…。

「ヤール」
「ああ、ご主人様!!」

ヤールは俺の姿を見つけると飛び上がって駆け寄ってきた。感じとしては親に駆け寄るはぐれた子供だ。って、はぐれたのはどっちかっというか断定して俺だが。

「ご主人様?」

ヤールからはいつも様と呼ばれていたのになんでご主人様?
不思議に思って聞き返すとヤールは飛び上がった拍子に晒してしまった顔を俺を同じようにフードで慌てて隠して小さな声で言った。

「外なので、さまの名前をむやみに言うのは…しもべ妖精は本来主人のことはお名前で呼ぶことはないのであります…」
「なるほど。分かった」

納得してヤールと共に本屋に入った。広いなぁと感心したが、自分の家の書斎もまけず劣らずなのでそれほど吃驚することは無かった。ヤールは俺の前を歩いて行くと店の主人らしく男に声をかけた。

「失礼するであります。ヤールであります」
「やぁ、これはヤールさん。今日は…?」
「ホグワーツ入学一年生用の教科書を一式欲しいであります」
「ホグワーツ!なぜそんな…」
「ご主人さまが入学するのであります。ミスター・ブロッツ」
「ご主人様!?」

ブロッツは驚いて顔を上げるとご主人さまは誰なのかと首を回して探すような動作をした。そして、ヤールと同じような格好(フードを被っている俺)を見ると目を止めて慌てて会釈してきた。

「お待ち下さい。今、一式揃えますので…」

ブロッツは言うとさっと杖を振った。
遠くの本棚やら近くの本棚から本が飛び出してきてブロッツの前の机にあっという間に詰まれた。

「【基本呪文集】【旧新魔法史】【新装魔法概論】【簡単変身術入門】【保存版薬草ときのこ千種】【魔法薬調合法】【幻獣の生き方】【闇の力護身術入門書】…以上でよろしいですかな?」
「はいであります」

ヤールが確認してガリオン金貨を払っている間、俺は本屋の中を物珍しく回っていた。難しそうな本や意味の分からない本、いろいろあったが、俺が探していたのは実は漫画だ。難しい本は読めないことはないがやっぱりさらさらと読める漫画が読みたい。ここってイギリスだからどんな漫画があるんだろうなぁ…アメコミっぽいやつか?アメコミはあんまり好きじゃないんだがな…。

「どこかな…、あ」

本棚の上の方に家にあるのと同じ魔法書があった。題名は【闇の魔術の応用学】。うちに同じ本がある。実はうちのは辞書を片手に読み解いているときにあの上に紅茶を零してしまったので中がパリパリと寄れてしまっているのだ。
結構中身としては面白い部類に入る本(ヤールお薦め)だったので出来れば綺麗なほうも欲しいな。俺は背伸びをしてその本をと取ろうとしたが届かない。…いや、うん、手が届かないっていうのは高さを見てなんとなく気が付いてはいたんだが…今現在の俺の身長は子供サイズだ。本来の身長がならば届いてるはずなんだがな…。そう、俺の背は…

「…これか?」
「そうそう、それぐら…」

それぐらい高いんだ、と続けようとした言葉は途切れた。気づけば俺の後ろから伸びてきた手が【闇の魔術と応用学】を掴んでいた。

「あ、ありがとうございます」
「いや…」

振り向けば、見知らぬ男がいた。銀色の髪の毛は純日本人の俺からしてみれば…染めてるんですか?と一度は聞いてみたい質問だ。もちろん、そんなことは言わないが。冷たいアイスブルーの瞳で俺を見下ろしてくる若い銀髪の男。外人が日本人の区別が付かないように、日本人の俺も外人の区別はあまり付けられない。長いこと一緒にいた人間ならもちろん別だが。グレンとか。だが、俺から見てもアメリカのハリウッドスターのように整った容姿をしている男だと思った。
銀髪の男は手元の本の題名に指を滑らす。白い、女みたいな手だ、と感想を持った。

「【闇の魔術の応用学】…か。闇の魔術に興味を?」
「いえ。別に」
「ほう…」

男の目が細まった。もともと冷たい印象の瞳が、ますます酷薄になった。射抜くほどの冷たい瞳だ。関わりを持たないほうがいい人かもしれないな、と思ったので当たり障り無く此の場を終わらせようと手を伸ばす。

「あの、本…」
「興味も無いのに、こんな本を?」

ひょいっと、銀髪の男は本を俺が届かないところに掲げる。その詰まらない動作に少し苛立つ。

「…俺の為に取ってくれたのでは?」
「別に?闇の魔術に興味もない者には必要ないだろう?」

どこか楽しそうな声の調子だ。

「ええ、そうですね」

闇の魔術というのは、それ自体が闇な分けではない。ただ、闇の魔術は普通の魔術よりも殺傷能力が高いものが多いために「闇」と冠詞がついてしまっているのに過ぎない。俺はそれだけ言うと男の横を通り過ぎようとした。どうせ同じ本は家にあるんだ。この男と言葉遊びをしてまで欲しいものではない。通り過ぎようとした俺の腕を男が掴む。思いのほか強く握られた腕が痛い。だから、払う。

「なんですか」

邪険に振り払われたことに何も言わず、男は言った。

「欲しかったんじゃないのか」

と、今更本を差し出そうとする。俺はちらりと見て、首を振る。

「別に、うちにも同じものがあるので…では」

もう会うこともないだろう。俺はヤールのいる入り口まで早足で戻った。怖い。銀髪の彼は怖い…。怖いことにはかかわりたくない。ヤールは重たそうに教科書を抱えて待っていた。小さな身体では重そうで仕方が無い。よろよろと歩き出したヤールに声をかける。

「ヤール、俺も持とうか?」
「いいえ!ヤールめにお任せであります!!」
「そっか…」

言い出したら聞かないヤールだ。任せておこう。俺たちはダイアゴン横丁を歩いた。次に入ったのは制服のための洋服屋と鍋とかいろいろ雑貨物。それから、鞄屋でトランクと、俺が気に入ったウエストバックをひとつ。あとは俺が物珍しさに立ち止まって少しずつ買いたいものを手に入れた。ほとんどは小物ばかりだ。ウエストバックに入るぐらいの。お菓子屋にも寄った。餓鬼っぽいかと思ったけれどガムと飴を買った。

「そうでありました!様はペットはどうなさるでありますか?」
「ペット…?」

思わず眉を顰めてしまった。自慢じゃないが、俺は生き物を飼える自信がない。生き物は嫌い…というか面倒くさい。

「俺、飼える気しないんだけど…だから、いらない」
「そうでありますか…」

ヤールは残念そうにしたが、俺がいらないのなら、と話を締めくくった。
こうして無事に教科書などを揃えて俺たちは家へと帰った。

はっきり言って糞疲れた。思い返してみれば、あんなに人が平和にたくさんにぎわっているところに言ったのは数年ぶりだという事実に気が付いて驚いた。



□■□



九月一日、ロンドン。キングズ・クロス駅。
俺は昨日は早くに寝て今日の為に備えていた。お陰で悠々と出かける準備をして駅に到着した。。
十一時発だというのに、俺が来た時間は十時だ。…むしろ、早く着すぎた。なんだか遠足を楽しみにしていて一人先走った子供みたいだ…俺の年齢って何歳だっけ?…二十台後半だよね?もういい年下親父だのような気が…まぁ、今の外見はむしろガキですが?俺、永遠の二十歳でいいや。
幸いだったのはすでに電車はホームに入っていたことだった。ヤールに中まで荷物を運んでもらって適当なコンパートメントの席に座った。荷物はトランクケースにひとつ。本当はヤールが「これは絶対必要です」とどんどん詰め込んでいったのでいつの間にか二つになりそうだったのをいらなそうなものは切り捨てて小さく纏めた。足りないものがあったら後から送ってもらえばすむことだ。実に名残惜しそうにするヤールに「クリスマス休暇に帰るから、それまで家を宜しくと頼む」と言うと、涙を流してヤールは「はい!」と返事をした。

ヤールを送り帰し、俺さっさと制服に着替えた後、ウエストバックから小説を取り出した。黙々と読書をしていると戸がノックされた。

「はい?」
「ここ、空いてる?」

ひょいっと戸を開いて顔を覗かせたのは金色の髪をした少年だった。ネクタイをしていないことから俺と同じ新入生なんだろうとあたりをつける。

「構わないですけど…他のところは?」
「サンキュ!それがさぁ、他のとことは一杯なんだよね。あ、オレはニコラス・ホルサー」
「もうそんな時間なのか…?俺はです。よろしく」

腕時計を見ると、十一時十分前。

?…まぁ、顔見て分かったけど、東洋人だよね?」
「ああ」
「へー。オレ、あんまり東洋人みたこと無いわ。ああ、てか、敬語とかいいよ。ネクタイしてないとこみると、俺と同じ新入生っしょ?」

向かいの席に腰を下ろして、興味津々に藍色の瞳で見てくるニコラスにもう読書の時間は終わりだな、と俺は本を閉じてしまった。

「あ!悪い!読書してたのに、オレ邪魔したよな?」
「いや、暇を潰していただけだから構わない。早く着すぎちゃったんで、時間潰してただけだから」
「そうなのか?は何時ごろ着たんだ?」
「…十時」
「十時!?一時間前って早すぎじゃねーの?」
「…俺もそう思う。けど、着いてしまったものは仕方ないじゃないか…」
「まぁ、そうだけどねー。なに、ホグワーツ行くの楽しみにしてたの?」

俺はちょっと考えた。

「まぁ、多少は。あそこは安全な場所らしいし…」
「安全って…」

コンコンと、躊躇いがちなノックがされて俺たちは揃って戸に目を向けた。

「すいません。ここ、お邪魔してもいいですか?」
「オレはいいよー。は?」
「俺も構わない」

そばかすを顔一杯に散らした茶髪の少年は嬉しそうに笑った。俺やニコラスに比べても小柄な少年だ。

「僕はヨシュア。ヨシュア・アレクセイです。宜しくお願いします!!」

…ハムスターっぽい。と思ったのは俺の秘密だ。差し出された手を握手し返す。

だ」
「ニコラス・ホルサーだぜ」
にニコラスですね、覚えました!あの、二人は一年生ですよね?」

躊躇いがちに見上げてくる髪と同じ茶色い瞳だ。

「そうだ」
「オレももヨシュアも皆一年生だな!」
「良かったです。もし上級生の席にお邪魔しちゃったんならどうしようかと思って…」
「あはは!だよなー!新入生はビビルってのな!」

バンバンとニコラスは隣に座ったヨシュアの背中を叩く。

「痛!あの、痛いんですけど…」
「ああ、悪い!つい癖で…」

ヨシュアが訴えたのでニコラスは慌てて謝った。俺はそんな様子を微笑ましく思いながら笑ってみていた。

「悪いが、ここ、いいか?」

突然聞こえた声にぎょっとして三人が振り返った。
戸のところには一斉に向かれたので少しだけ吃驚したように瞳を瞬かせた少年がいた。

「ああ、驚かせたか?悪い。ここいいか?一人分空いてるだろう?
「あ、うん…」

ニコラスが頷いた。
ヨシュアもニコラスも目をぱちぱちさせている。俺は俺でこの少年の姿を見ていた。青みがかかった銀色の髪に黒い瞳。滅多にお目にかかれないような整った顔をした少年だった。いや、俺からしてみればヨシュアもニコラスも十分西洋の美少年という感じがするのだが、この新たにやってきた少年はなんというか…。必然的に四人が座れる席で空いているのは俺の隣なので、少年は俺の横に腰を下ろした。座った重みで少し椅子が軋んだ。

ビィー!!と出発を告げる笛の音が聞こえた。氷の上を滑るように発車する。最初はゆっくりと…どんどんと早くなっていく。

「オレはブラッド・フォスターだ」

三人の視線を一身に集めながら少年は言った。

「フォスター!?」
「うお。マジで!?」
「……ああ」

淡々と告げられた少年の自己紹介に、ニコラスとヨシュアが声を上げた。それに、肯定するために頷くブラッド。…とは言うものの、俺はフォスターなんてのは知らない。
はて、と首を傾げて聞く。聞くは一時の恥じ、聞かぬは末代の恥。

「なぁ、フォスター家ってなに?」
「え!?」
「知らねーの!?嘘だろ!?」

ニコラスとヨシュアが物凄い勢いで俺の方へ身を乗り出して着たのでちょっと焦る。そんなフォスター家なんての、家で勉強した魔法年代史には出てなかったような…。

「…お前、マグルか?」

隣から聞こえた低い声に、一瞬身を強張らせる。マグルか?なんて聞くのは…あれだ、純血主義っぽいヤツラだったんだよな?怖ぇよー…ここで「マグルです。実は指輪が無けりゃ魔法は一切使えません、マグルです」とか言ったら絶対殺さ…るまでは行かないけれど、なんかされる。
俺は曖昧に笑った。いや、ちょっと顔引きつってるかもしれないけど。

「…さぁ?」

はぐらかしてみた。

「オレの家を知らないということは、マグル出身だろう?…ならば、俺に話しかけるな」

感じ悪。と思った。あと、なるほど、これが純血主義者ね。と納得。まぁ、別に俺に危害を加えないのならどうでもいいんだけど。子供にしては冷えた目だなと思うが、まだ人の全てを射抜き晒そうとするまでの狡猾さはない。…本屋であったあの銀髪、彼は怖かったが、まだ、このブラッドの視線には耐えられる。耐えられるっていうか、所詮は俺よりもガキの視線だ。流星街、戦場、研究室での俺の人に対する耐性を舐めんなよ。

「その言い方からすると、アンタ、純血だね。希望の寮はスンザリンかな?」
「……」
「俺と話す気ない?ま、別にいいけど…。ニコラスとヨシュアは?俺と話すの止めとく?俺はどっちでもいいんだけど…」

シカトをぶっこきやがったブラッドにこのガキと思いながら、俺はこいつらよりも大人だ大人だと言い聞かせながらニコラスとヨシュアに伺った。ニコラスはニパッっと笑って首を振った。

「いんや?俺も純血だけど…つか、珍しい東洋の入学者が純血なワケないことぐらい入った瞬間から分かってたし」
「…僕も純血だけど…。うん、でも、話はしたい。珍しいですよね、東洋の人って」

俺は珍獣かなにかですか。東洋人なんてそんな珍しいものじゃないと思うのだか。ヨシュアはちょっとブラッドを恐る恐る伺いながら言った。ああ、良い子だなぁと感心。俺は別に「ヤダ」と言われてもさっきの続きで本を読んでるだけなんだけど。

「そう?じゃ、なんか話そうか。…ブラッドくんは話したかったら適当にどうぞ。ってことで、ニコラスとヨシュアってどこの寮に入りたいんだ?」
「オレはねー、スリザリンかグリフィンドールか、ハッフルパフか、レイブンクロー」
「いやそれ全部だから」

ニコラスが指折りで全部の寮の名前を言ったので反射的に突っ込んだ。

「えっと、僕はね…ハッフルパフか、…レブンクロー」
「オレはもちろんスンザリンだ」

ヨシュアは恥ずかしそうに言ったすぐ後にきっぱりとブラッドが口を挟んだ。

「聞いてねーよ、おい」
「……」

横から唐突に言って来たブラッドに小声で突っ込む。小声って言ったって小さなコンパートメントだ、全員にもちろん聞こえている。ヤベ、と自分で思っても後の祭り。ブラッドからの機嫌の悪いオーラに、さっとニコラスが俺に話を振った。

「っで、で?はどこがいいの?」
「俺は……そうだなぁ…」

グリフィンドールは勇気、スリザリンは狡猾、ハッフルパフは忠実、レイブンクローは賢明。…俺が過ごしていくうえで差し当たりがないならどこでもいい。けれどその考えでいくと、純血主義のスリザリンはいちおう遠慮しておいたほうが良いだろう。

「取りあえず、スリザリン以外で」
「はっ!マグルがスリザリンに入れるわけがないだろう」

…ブラッド、鼻で笑いやがったよ。と思ったが、今は無視しておこう。大体俺に話しかけるなと言ったくせに自分から話掛けてくるとはどういう了見だ。

「で、さっきの話の続きなんだけど…フォスター家ってなに?ニコラス?」
「フォスター家って言うのはだな…」
「いや、だからブラッド。俺はお前に聞いてない。ニコラスに聞いているんだが?なぁ、ヨシュア?」
「え!?あ、うん…」
「はいはい!!ブラッドもも睨み合わない!可哀想に、ヨシュアってば怯えちゃってるよー?」
「っち」

ブラッドが舌打ちをした。俺が舌打ちしたい。そう思ったが折角仲介に入ってくれたニコラスに悪いので俺は椅子に深く座りなおして窓の外を眺めた。いつの間にか市街地を過ぎて、周りには森が広がっている。
気まずい沈黙があったが、やがてニコラスが口を開いた。

「あのさ、フォスター家についてオレから説明してもいいけど、折角ブラッドが居るんだから、直接聞いたほうがよくね?オレも知ってるって言ったって、所詮は人から聞いたことだし、本人いるのに適当なこと言ってたらヤだしさ?な、フォスター?」

こくこくと同意するようにヨシュアも頷いて俺とブラッドを見る。冷たい目で彼らを見返したブラッドだったが、ゆっくりと口を開いた。

「……フォスター家は純血の中でも名門だ。代々偉大なる魔法使いを出している」
「オレんちとか、ヨシュアんちはたぶん、魔法使い中でも中堅の家だけど、フォスター家はかなり名門だぜ」
「へー…」

ブラッドの全然説明になっていないフォスター家の説明に、ニコラスが補足する。

「…あのさ、車内販売っていつからか分かりますか?」
「?ヨシュアおなか空いたの?」
「ええ…実は急いで来たんで、朝ごはん抜いちゃって…」

照れたようにヨシュアが口を挟んだ。自分のおなかのあたりに手を当てながら首を傾げた。なんというか、ヨシュアって保護欲をソソル。

「今何時だ」

ブラッドが俺を見て言ったので、俺は腕時計を見た。

「十二時ちょっと過ぎ。ヨシュア、腹減ってるんなら、これでも食べる?」

俺はウエストポーチから銀紙に包まれた飴を出した。包装紙の色は茶色、黒、白の三種類だ。

「紅茶味か珈琲味、あと、ミルク味。どれがいい?」
「そんな、悪いですよ…」
「いや。沢山持ってるし。ニコラスとブラックもいるか?」
「あ、じゃあオレは紅茶で」
「僕は…ミルクで」
「オレはいらん」
「うん。ブラックはそういうと思ってたから、俺は珈琲味で。はい、ヨシュアはミルクでニコラスは紅茶」

俺はもともと三個しか出してなかったので、それを皆に配れば手のひらは何も無くなる。ブラックは俺から物なんか貰いそうにないことを見越していたのだ。
横目でブラッドを見ると自分で「いらん」とか言ったくせに面白くなさそうな表情をしていた。ここらへんはやっぱり子供だな。

「…嘘だって。ほら、お前も珈琲でいい?」
「いらないと言っただろうが」
「じゃあ、まぁ食いたくなった食えよ。いちお貰っとけ」

俺は無理やりブラッドに珈琲飴を押し付けた。後で「俺にはくれなかった」とかいちゃもん付けられても堪らない。そんなふうにブラッドと俺が話し合える日が果たしてくるのか疑問だが。

「…捨てるなよ」

いやいや受け取ってしまったブラッドだが、今にも手のひらに載せられたそれを捨てそうな素振りをしたので先に釘を刺しておく。ブラッドが俺の言葉を聞くとは思えないが。ブラッドは俺を睨むように見ると(なまじ容貌が整っている人間ってのはちょっとした睨みでも怖いものだ)懐にしまった。どうせ後で俺の姿が見えなくなったらゴミ箱行き確実だろう。

「車内販売ですよ。何か御用は?」

通路から何かガチャガチャと音がしたかと思うと、戸がノックされ髪の毛をサイドに軽く結わえたおばさんが笑顔で聞いてきた。俺たち四人を順々に見て、何をどう思ったのか笑みをますます深くする。特に俺を見たとき瞬きが一回多くした。なんだ、そんなに東洋人が珍しいのか?

「僕、サンドイッチとぼちゃパイ、それと…んー、蛙チョコレートを下さい!」
「はい。他のお坊ちゃん達は?」
「俺は要らない」
「オレも結構だ」
「オレはね、百味ビーンズとスティックパイちょーだい」
「はい」

それぞれの商品を渡され、ヨシュアは顔を綻ばせてサンドイッチに齧り付いた。よほど腹が空いていたようだ。俺はそれに刺激されて今度はチョコを口に放り込んだ。

、百味ビーンズ食ったことある?」
「…いや、無い」
「じゃあ食ってみろよ。楽しいぜ!」

楽しい?…美味しいとかじゃなくて楽しいのか。俺はニックが突き出して来た袋の中に手を突っ込んで一粒摘んだ。出てきたのは赤い色だった。

「なんだろ…これ」
「妥当なところでストロベリーかトマト。ヤバメなところで…レッドチリペッパーとか?あ、前オレがそんな色食ったときは赤ワインだったような…」
「…食わなきゃ、駄目か?」
「食えよ。こういうのはそういうスリルが面白いんじゃんか」
「……」

覚悟を決めて、口に放り込んで一回だけ租借した。
じわりと広がる得たいの知れない味…なんだこれ、鉄…っぽい?吐き出してしまいたいけど、飲み込んだ。
俺が無言で食べているのをニコラスとヨシュアは興味深そうに見ていた。

「…ブラッド」
「俺がなんだ?」
「いや、お前じゃな…いや、一緒か。今の、血だった…」
「ぐえ。んなエグイ味だったのかよ!?吐き出せばいいじゃん!」
「血って…そんな吸血鬼でもないんですから…不味かったでしょう?」
「うん…すげー不味かった」

血なんて、指先を切ったときにしか味合うことがない。俺はポーチかガムを出して噛んだ。清涼なミントの香りが口から鼻へと透ってく。あー…すっきりした。

「馬鹿か、お前は?」
「ブラッド…お前俺に喧嘩を売ってるのか?」
「いや?」
「…俺、喧嘩は買わない平和主義だから」

色々な話をした。ブラッドは詰まらなそうに話を聞いていたり、時折口を挟んだりしてきたが三時を過ぎたぐらいで俺は眠くなってきたのでひとりでうつらうつらとし始めた。あれか、早起きしすぎたか。そういや、ヤール以外の生物とこんなに長い時間は話したのは久しぶりだった。緊張していたのかな。子供の純粋さにはちょっと疲れるものがあるが、それでも明るい彼らと話しているとこっちまで子供のような気がしてくる。俺を抜かした三人が何か会話をしているのが聞こえたが放っておいた。どうせ電車の中での通り過ぎる人間だ。そもそも、おれ自身が話を振られなければ自分から話すという性質じゃない。

『後五分でホグワーツに到着いたします荷物は別に学校に届けますので…』

汽車が速度を落としていった。速い速度で走っているときよりも、遅い速度の方がガタンガタンと振動が激しい。ホグワーツにもう付いたのか。

!起きてください」

肩を揺すられた。

「あとちょっと…」
「起きろってば、!置いてくぜ!」
「置いてけ」

あたりはすっかり夜だった。列車から降りてみるとそこは少ししか電灯のともっていないくらいブラットホームだった。映画で見たのとそっくりだな。これからどうするんだ?と思っているとランプが遠くの方から近づいてきた。一年生はこっちだと盛んに叫んでいる。新入生はそちらの方向に群がっている。

「あっちらしいな」

そのランプを頼りについて行く。あの大きな身体と姿は…たぶんハグリットだかハグリッドだかの名前のヤツだろう。おお、ココまで来て初めて【HP】の主要人物にお目にかかった。暗いのがいけない。ここで俺も呪文を唱えて魔法を使ったらどうなるんだろうか?試してみたい気もするが…大人しくしておこう。狭い小道を乗り越え、先頭を行くランプの光だけを頼りに進む。時たま手や顔に枝のようなものがぶち当たるのでここは森の中を抜けているのだろう。なんでホグワーツに行くのにこんな険しい道を行くんだ。

「つーか、暗くて何も見えねー」
「だな。…あ、ヨシュアは付いてきてるか?」
「付いてってますよ!置いていかないで下さい、、ニコラス、ブラッド!!」

隣から聞こえたニコラスに同意して、一番とろそうなヨシュアを呼んだら俺たちよりも後方からヨシュアの声が聞こえた。遅れているらしい。今のペースより少しだけ歩くのを遅くしてヨシュアが追いつくのを待つ。

「…オレは先に行くからな」
「ああ、別にいいよ。どーせ最後は皆一緒になるんだし、またな」
「…ああ」

どうやらブラッドはニコラスと反対側の俺の隣に居たらしい。聞こえた声に応えてやると短い返事をして隣の空気が動いたことを知った。…ほんとに暗いな、全然誰が誰だか分からない。
狭い道がやっと開けたて現れた光景に俺は軽く感嘆した。
大きな夜染まった湖のほとりから見える光景はとても綺麗だった。湖の向こう岸に雄大に広がる高い山々が聳えたちその頂上に荘厳な城が見えた。
あんな城、ディズニーランドでしか見たことが無い。夜の星空が時たま流れ、幻想的な光景を更に脚色している。学校っていうか、マジでお城だ。あんな美麗さが学校に必要なのか?テーマパークにでもしたほうが楽しそうだな。

「流石はホグワーツ…デカイな」

俺は本当に感心した。あそこにはダンブルドアとかが実際にいるんだよなぁと思って遠くホグワーツを見上げた。

「当たり前だろ」

ブラッドが俺の隣に立っていた。

「四人ずつボートに乗れい!!」

ハグリッドの野太い声が命令したので俺は手近なボートに乗った。ヨシュアとニコラスは当然一緒に乗るとして、なんでかブラッドも乗ってきた。まぁ、別に俺に対して何をするわけでもないので四人で一緒にホグワーツ城へと向ったのだった。
あれが噂の組み分け帽か…と俺は天井に蝋燭が浮いて空に星空の立体映像が見えるホグワーツ城の大広間にオレはいる。この光景を見るだけでもただの人間には夢のようなものだろう。四つの長テーブルに座る若い少年達…いや、日本人の俺からしてみれば六年生とか七年生は二十歳過ぎているように老けて見えるんだがな。そこらへんは俺の方が実年齢は上だということで見逃そう。ああ、彼らは年下だ怖くない怖くない、と自己暗示を必死にかける。

椅子の上にはとんがり帽子。帽子がしゃべりだすだなんて、普通の家から来たマグルたちは吃驚するだろうな。帽子は皆が見守る中でもぞもぞと動き出す。ああ、歌うつもりだ…と、俺が思っていると、案の定軽快に歌いだした。こんな歌だっけ?と思いながら聞き終わると広間にいた全員が拍手した。ABC順に名前が次々に呼ばれていく。

「ブラッド・フォスター!」

ざわりと一瞬生徒席が動揺した。ブラッドって、やっぱ名前が知られてるんだな、と他人事に思った。彼がすっぽりと組み分け帽を被るとすぐに組み分け帽が叫ぶ。

「スリザリン!!」

ああ、やっぱりね。スリザリン席からの歓声を聞きながら教師席に目をやると髭面の校長を見つけた。向こうは俺に気づきはしない。それも当然か。俺はただの一般生徒だし。下手になんか目を付けられてもそれはそれで困るし。
まあ、むこうが俺を見てなんのリアクションも起こさないので、やっぱり俺ってどの【世界】でも主人公になれない脇役なんだなぁと胸をなでおろす。少しは主人公ってのに憧れるけど、所詮俺はそんな柄じゃない。戦場の片隅で震えて死ぬのがいいとこだ。

「ニコラス・ホルサー!」
「…グリフィンドール!!」

ニコラスは「グリフィンドールか…、ま、いっか」と呟きながら俺たちに向って手を振って同級生の近くの席に座ったのが見えた。
俺の名前が呼ばれた。

!」
「あ、俺だ。行ってくる」
「うん…じゃーね、

バイバイ、と寂しそうにヨシュアが手を振った。なんだよ、何も別れじゃないんだからそんな顔するなよ。俺は笑いかけてから帽子を掴んで頭に被った。そして、頭の中に反響するように響いてくる声。

『ふむ、これはこれは…』

もごもごとした声に俺はさっさと決めてくれと思った。

『いやいや…難しいのだよ。君の場合は特にね。その性質は逆らわない水や砂と同じ。けれど一つの氷を身に宿し、誰にも心を開かない。他人の痛みを知れど、それは己の痛みでない。逃げる勇気を知っている、止まる賢さも持っている、自分のこころに忠実だ、そして他人を厭わない君は………』

他人を厭わない?…そりゃあ、俺は自分が一番大事だ。

『俺は臆病で身の程を知っているだけだ。スリザリンは止めろ。他はどこでもいい』
『可笑しなことだ。君が…よりによって君が、スリザリンを嫌だというのかね?』
『俺はマグルだ。スリザリンではどうなるか目に見えている』
『いいやいいや、君はどこででもやっていける。それは私が保証しよう。…君は……』


「ス リ ザ リ ン !」


鼓膜を震わし、頭にひとわき高く響いた宣言。この帽子が…と忌々しい思いを込めて口元を歪めた。ゆっくりと帽子を脱いで、顔を青ざめたヨシュアと目が合った。グリフィンドールに目を移せば、ニコラスも似たような表情で驚いて俺を見ていた。彼らは俺がマグル出身だと知ってるからな…と思い起こし、スリザリンなんかで俺、やってけない自信があるんだけど、と内心ため息を吐いた。組み分け帽を一瞬足元に放り出して踏みつけてやろうかとも思ったがそんなことをしたら注目度が上がってしまう。そっと、組み分け帽を椅子に置き、スリザリン席へと進んだ。

「ようこそ、気高きスリザリンへ。君は…」
です」
「ふむ…」

じろじろと上から下まで舐めるように見られた。恐らくこの男が上級生で監督生とか言うやつなのだろう。差し当たりなく頭を下げる。

「君は、純血かな?」

キタ!キタよ、おい。俺は無表情を保つ努力をしながら監督生を見上げた。どうするか。俺としてもスリザリンには組み分けられるのは予想外なんだよな。

「違いますね。マグルだと思いますよ」

スリザリン席全ての視線が俺を見た、と思った。その瞳の色の冷たさにこいつら本当にマグルを同じ人間とも思っていないんだな、と痛感。スリザリンは純血しか入学できない…という、マグルとのハーフも恐らく何人か要るはずだが、生粋のマグルなんてのはそうそういないことだろう

「ヨシュア・アレクセイ」

ヨシュアが呼ばれるのが小耳に聞こえた。こちらを心配そうに見ている。

「マグル?…僕の聞き違いかな?君はマグル、と言ったかな?」
「いいえ、俺は極東の出ですよ?そんなところに純血の人間が要るわけないじゃないですか」

純血ですよ、と嘘言って場を治めるもの簡単だった。つか、そう言ったほうが楽だったけれど、日本人が生粋な魔法使いのわけがないじゃんか。。魔法使いなんて日本の歴史上にいないんだよ、陰陽師とかはいるらしいけど。(それにしたって眉唾もんだ)帽子を被る前に見た広間の生徒に俺と同じ東洋人パッと見、片手で数えられるぐらいだった。

「穢れた血、だと…?」
「そうですね」

いい加減、俺座ってもいいかな、と思うが穢れた血には席を勧めてもくれないのか?

「……ハッフルパフ!」

壇上では、ヨシュアが組み分けを終えたらようだ。ハッフルパフか…ヨシュアには合ってるかもしれない。ちらちらとヨシュアが俺のことを気にしながらハッフルパフの席に着いた。つか、ハッフルパフってすげー口が回らない。俺はため息を付いた。いつまでも席に座れずに立っている俺を他の寮生がちらほらと気にし始めている。頼むから見るな、俺を見るな。

「…先輩方が僕を嫌うのは分かります。僕は穢れた血ですから。スリザリンを荒らす気はないです。ホグワーツに籍を置ければそれだけでいいので…」

だから、席に座ってもいいですか?と伺うとしたのだがそれを遮り助け舟は以外なところから出された。

「…お前、いつまで立っているつもりだ。早く座れ」
「ブラッド?」

ぎょっとしたように先輩がブラッドを見たが、崩れない鉄仮面に先輩も俺に向って「座れ」と短く言った。俺はやっと適当な席に着くことが出来た。ブラッドにお礼を言おうかなとブラッドを見たが全然俺と視線を合わそうともしない。マグルの俺と話しているところなんてほかのスリザリン生に見られたくないのだろうと、俺は他人の振りをすることにした。寄りによってスリザリン…ここはいまいち本でも映画でも知名度の低いが安全そうなハッフルパフかレイブンクローに心を決めておけば良かった。悔いても俺はスリザリン生。

腹いっぱい食べて(食べれるところで食べておく。これは戦場での基本だ)今度は寮への移動となった。あれだな、スリザリンは地下に寮があるんだっけ?地下か…なんでそんな逃亡者が潜んでいそうなところに寮を作ったのだろうか。寮を建てる敷地面積が無かったわけじゃないだろうに…。監督生について地下へと降りていくとやがて扉が見えてきた。

「≪我らに栄光あれ!≫」

監督生が合言葉を言うと扉は開いた。流石は純血主義者のスリザリン。俺がそんな合言葉を言うのはどう考えても似合わない。マグルの俺が言ってどうするんだという感じだ。さらに階段を下っていくと、スリザリンの談話室らしきところにでた。大きな暖炉のすぐ上のむき出した石壁にはスリザリン寮の緑と銀シンボルのタペストリーが誇らしげに飾られている。まぁでも…悪くはない。もっと無機質で冷たい感じのスリザリン寮をイメージしていたのだが、感じは悪くない。

「各自自分の部屋に分かれて、今日は解散。朝食は大広間で六時から八時の間に行って食べること。分かったかな?」

女子と男子が別れて更に階段を下っていく。…スリザリンって結構階段の上り下りが激しいんだな。これはいい運動になりそうだ。

「ここか…」

部屋を見つけて中に入ると、誰もいない。

「…一人、部屋?」

ベットが一つしか置いてなく、何故かソファーが付いている。一人部屋なのはいい。大歓迎だ。俺は一人で居たいのだ。俺が持ってきた荷物が床に転がっている。部屋の中を改めて見回す。部屋にあるのはベット、ソファー、勉強机、箪笥、床に引かれたクリーム色のラグ、姿見の大きめな鏡が壁に係り、そして、小さな本棚が一つ。



□■□



朝。時計は六時半をさしていた。
地下の最大の難点は朝の光が浴びられないということだ、と思いながら俺はのそのそと朝の支度を始めた。カーテンの隙間から差し込む光が朝を朝だと認識させるのに…そんなに暗いのが好きか、闇が好きか!ぶつぶつ言いながら最後にローブを羽織る。スリザリンカラーのネクタイが枕元に置かれていたので手早くする。鏡に映った俺の顔。十一歳ってこんなもんなのかなと思いつつ手串で髪を梳く。
前髪が多少うっとおしいので軽く流して終わり。

「さて、朝飯だ」

迷いながら大広間にやっとたどり着いたら時間はもう七時を過ぎていた。赤毛の双子が持っていた『忍びの地図』だっけ?アレが欲しい。絶対校舎のどこかに迷い込んで生きて帰ってこれなかった生徒がいる気がする。各寮席はまばらに生徒が居た。皆それほど早く朝食を取りに来ないようだ。適当にスリザリンの空いている席に座って現われた焼きたてのトーストにバターを塗って食べる。飲み物はミルク。ハムやスクランブルエッグなどもテーブルに出来立てのままの状態で乗っていたが朝はあんまり食べたくない。典型的なブレック・ファーストだな。ヤールが作ってくれた日本の食膳が懐かしい…。今度、手紙を出しておにぎりでも送ってもらおうかな…。

「!」

急に肩に乗せられた手に、反射的に振り返る。

「悪ぃ!驚かせちまった?」
「…なんだ。ニコラスか…」

見知った顔が明るく笑ってたので俺は肩の力を抜いた。なんだ、ニコラスか…怖いスリザリンの先輩方だったらどうしようかと思ってしまった。ニコラスは俺の隣に素早く腰を下ろした。そして小声で話し出す。

がさースリザリンって超ビビったぜ。てっきり、グリフィンドールかレイブンクローだとオレは思ってたんだけどなー」
「オレもだ…スリザリン以外で、と言ったのにあの帽子が」
「あはは。オレもさー、ブラッドがスリザリンに行ったからスリザリンでもいいかなぁーって思ったのに帽子が『スリザリンでもいいが…これは…グリフィンドール!』とか言って、人の話聞いてくれねーでやんの。出来れば三人のうちの誰でもいいから一緒になりたかったんだけどさー、マジ皆ばらばらじゃね?ブラッドとだけじゃん、一緒なの!」
「つっても…ブラットは俺と一緒でも嬉しくもなんともないだろ?」
「えー?そうでもないんじゃん?」
「だって俺、マグルだし」
「マグルって、マグル出身なだけだろ?ホグワーツにいるなら立派な魔法使いだって!」

いや、俺、指輪が無いと魔法なんてこれぽっちも使えない、マグル以下の人間なんです。と言えたらどんなことが起こるのだろうか。
バンバンと背中を叩かれて俺は咳き込む。痛い。普通に力の加減がなってない。ニコラスのこれは癖だな、きっと。

「ああー!、ニコラス!もう来てたんですね!良かったぁ〜すれ違いにならないで!」

天使の微笑みを浮かべたヨシュアが入り口からこちらに向って走りよってきた。あれ、と俺はヨシュアを見て首を傾げる。

「ヨシュア、ネクタイは?」
「あ…自分じゃ結べなかったんです…」
「貸してみろ。やってやる」
「ありがとうございます、!」
「おら、ニコラスはどけ」
、ひど!」

ニコラスをどかして、ヨシュアが俺の隣に後ろ向きに座った。

「?ヨシュア、別に俺の方を向いてでもいい」
「あ、そうなんですか、すごいですね、!」
「いや、別に全然凄くないと思う…」

ネクタイを預かってヨシュアの首に掛けて結ぶ。キュっと軽く締めてからヨシュアの顔を伺った。

「苦しくないか?」
「はい。ありがとうございます!」
「…自分で結べるようになれよ。誰かに聞いて。同室のやつとか」
「そうですね、頑張ります」

ヨシュアのこの敬語は…これも、癖、か?普通に話していいって言ったのに。

「ヨシュアは。ハッフルパフだな!俺たち、別れちゃったなぁ」
「ですよね。ブラッドとはいいですね…僕、すごい羨ましいです…。ハッフルパフで僕、やっていけるのか不安で…」
「ヨシュアはハッフルパフで上手くやっていけると思うよ。…可愛いし」
「可愛い!?そんなの関係ありませんよ!」

赤くなってぶんぶんと手を前に振るヨシュアは可愛い。殺伐としている心が癒されるような。

「……お前ら、ここで何やってる?」

気配も感じなかったのだが、盛り上がっているところを低い声が邪魔をした。三人で振り返ると思いっきり機嫌の悪そうな少年が一人…てか、ブラッドが。

「どけ」

と短く命令してヨシュアを押しのけて俺の隣に座った。…俺の隣に座らなくてもいいじゃないか。他に席が空いてるのにさ。

「…ブラッド、お前低血圧か?」
「あぁん?」

ブラック珈琲を飲みながらぎろりと半眼でブラッドは俺を見た。低血圧だ。コイツ、絶対低血圧だ。珈琲をあくまで優雅に一気飲みしたブラッドは「あー…」とコミカメを抑えて首を振った。それから薄目を開けて俺たちを見て言った。

「ニコラス、ヨシュア。お前らこの寮じゃないだろう?」
「うん、そーだけど。が居たから」
「…さっさと帰れ。ここはスリザリンだぞ」
「グリフィンドールでも、純血だけどね。…人も増えてくるし、行こっか、ヨシュア?」
「はい!…じゃあ、、ブラッド、また」
「ああ」

離れていくヨシュアとニコラスに、ああ、俺の小さなオアシスが…と思う。隣にブラッドだけだなんて状況、微妙に気まずい。ブラッドは黙々と珈琲の二杯目を飲み、クロワッサンにチーズと生ハムをはさんで食べている。

「…サラダ、食う?」
「…ああ」

聞くと返事が返ってきたのでサラダを二人分取り分ける。

「ほら」

サラダボールを渡して、ついでに適当にドレッシングを目の前に並べてやるとブラッドがふと何かを言いたそうな目をした。…なんだろ?

「ああ…もしかして、なんか駄目?」
「いや…」

首を振ってサラダにドレッシングを掛けてフォークで突きだすものの、全然減らない野菜が一つ。

「…もしかして、ピーマン駄目か?」
「……」

黙秘された。

「…そっか…うん、俺もセロリ嫌いなんだ」

誰にでも嫌いなものってあるよな。黙々とホグワーツ一日目の朝食が終わった。

こうして一年生は始まった。
俺は出来るだけ目立たないようにとスリザリン内でも隅っこの方を歩いて過ごした。先輩方も他の生徒も俺は居ないもののように扱うようにしたらしい。うん、いいよ。俺も自分の影が薄いほうが楽だし、安全だし。この年代の人間と話してもかなり話がアレだと思うしね。ところで、闇の帝王は今、普通に存在しているらしい。ホグワーツはそんじょそこらよりも格段に安全だ。ここに居る限りヴォルデモートの襲撃は無いだろう。というか、ホグワーツがヴォルデモートの襲来が合ったなんて聞いたことないから、たぶん大丈夫。

一人部屋になったことで、気が楽なのはいいのだが中々他の同級生と話す機会がない。向こうもこっちを避けるし…ペアにならなきゃいけない授業ではブラッドがたまに一緒にしてくれる。それも俺に対して嫌味を言ってきたりするのだが、それは軽くスルーする。一人であぶれないのはありがたい。嫌味ぐらい聞いてやる。身体的苦痛は嫌だけど。
教室にいる間は先生の話を聞いて必死でノートを書き取る。俺以外の生徒は俺のノートを読んでも理解できないだろう。なぜなら、ノートは日本語で書いてあるからだ。ここ数年の【世渡り】の所為か、漢字が全然出てこなくてひらがなで書いている箇所も沢山在る。思ったんだけど、俺が持っている『全世界言語聞き取り可能能力』は良し悪しだ。聞こえてくるものが全部日本語に翻訳されているからその外国語の聞き取りが全く出来ない。
極端な話、『I like book.』って言われてる言葉が俺の耳には『私は本が好きです』としか聞こえない。元から日本語としか聞こえないから、英単語とかもぜんぜん覚えられない。

図書館に行くことで日課を過ごす。…一人大好き友達いないの典型的な行動だ。部屋にいても暇だし、テレビ無いし、ラジオも無いし、図書館の奥底に眠っていた『漫画・偉大な魔法使い全集』を読んだりして過ごしている。漫画は…う〜ん…絵はお世辞にも上手いとはいえない。むしろ下手だ。こんな絵じゃ漫画家だとは俺は認めない。でも、暇だから読む。
俺は奥まった席に陣取っている。奥の方が人が来ないし、ここは気持ち悪い題名の本が並んでいる。…こんなところに来るのは「俺は闇の魔術に興味があります」と公言しているような馬鹿だけだ。ヴォルデモートの脅威の中、自分が疑われるような真似を進んでするような人間がいると思えない。だから、あえて俺はここを読書スペースに選んだ。

?」

天気が良くて気候もちょうど良い日に外の木陰で本を読んでいると、渡り廊下からヨシュアが駆けてきた。俺は身体を起こして手を振った。

「ヨシュア!どうしたんだ、こんなところで」
「これから魔法薬学の宿題をしに行くんです」
「へー…勉強熱心だな」
「そうでもないですよ…期限が迫ってるのに忘れてて」
「ヨシュア〜!行こうよ〜!!」
「ヨシュア、…お前の友達が呼んでる」
「そうですね…じゃあ、また」
「じゃな」

どことなく寂しそうな顔をしながらもヨシュアは渡り廊下のところで待っていた、彼と同じハッフルパフの生徒のもとへ戻っていった。魔法薬学の帰り道、一人で歩いていると「ー!」と明るい声が後ろから掛かってきた。振り向けばニコラスが友達に囲まれていた輪から抜けて俺へと走ってきた。

「よう、ニック」
「よ、!これから暇?暇なら昼飯一緒に食わない?」
「別にいいけど…」

さっきの友達と食べればいいんじゃないだろうか。まぁ、ニコラスが俺との食事を希望するなら断る理由も無い。

「大広間以外がいーよな」

大広間で、グリフィンドールのニコラスとスリザリンの俺が仲良く飯なんて食ってたら先輩方への心象が悪い。

「じゃあさ、ヨシュアんのとこ行かねぇ?ハッフルパフだったらオレたちが入っても余裕っぽくない?」
「そうだな…あそこなら、スリザリンでもグリフィンドールでも大丈夫だろう」

スリザリン寮とグリフィンドール寮を行き来するのは犬猿の仲なので問題が、レイブンクローかハッフルパフなら問題は無い。多少の視線はあるだろうが、互いのどちらかの寮へ行くよりもマシだ。

「でも、どうやって行くんだ?合言葉俺たち知らないぞ」
「大丈夫だって!オレに任せろって!そこらへんのヤツを捕まえて聞くから!」
「任せる」

どーんと任せて俺は傍観している。ニコラスが気さくにネクタイがハッフルパフの生徒に話しかけているのを見ながらああいう性格に生まれたら人生円滑に進められるんじゃないだろうかと思った。

「はいはい、ごめんね?あのさぁヨシュア・アレクセイ、知ってる?」
「えっと…たぶん、部屋の方に」
「ほんと?悪いけど、呼んできてくれるかな?」

一年生っぽい少年に笑顔でニコラスが言うと彼は扉に向って「≪賢きは賢明!≫」!と合言葉を叫ぶと階段を駆け上がっていった。俺とニコラスが柄の悪い人間のようにヤンキー座りでハッフルパフの玄関にいるのはどうやら目立つらしい。

「君たち、ここはハッフルパフなのだけど、行く場所を間違えてないかね?特に…スリザリンの君」

合言葉を言ってハッフルパフに入っていく生徒たちを目で追っていると上から上級生が話しかけてきた。ブチ無し眼鏡を掛けている。その人の言葉に、やっぱりスリザリンって他の寮からしてみれば異質なのだなと思う。あれか、スリザリン生は自寮以外に友達を作らない決まりでもあるのか?

「…そうでもないですよ。俺はマグルなので」

言いながら俺はヤンキーすわりから立ち上がって裾のほこりを手で払った。

「マグルだって…?」

この先輩も一瞬なにを言われたのか分からない顔をして反芻してきた。

「言葉通りですよ。先輩?」
「そんなまさか…スリザリンに、マグルが…」

目を見張って先輩は俺を見た。

「ま、スリザリンって言ってもハーフとか居ないわけじゃないですし。生粋の純血が多いってだけですからね」
「…それが本当なら、グリフィンドール生と一緒にいるのも納得できるな。君、失礼なことを言ったね。すまなかった」
「いえ。まぁ、俺も自分がスリザリンなのは納得しつつやっぱりマグルなので他の寮が良かったっていうか…複雑です」
「だろうな。マグル出身が好き好んでスリザリンに入るとは思わん。…―帽子の気まぐれか、それとも…君がスリザリン気質なの、のどちらかだね」

きらりと眼鏡を光らせて笑って彼は言った。確かに…彼の言うとおりだ。俺がスリザリン気質ってのは合っているようで合ってないし、帽子の気まぐれか?彼は手を差し出して握手を求めてきた。うわー。こんなところは日本人には到底ないことだね。

「改めまして、僕はハッフルパフの五年。ティム・フレッチリーだ」
「俺はです」
?珍しいね、東洋の名前は発音しにくい…

何度も呟いて名前を性格に発音しようとしているティムは好ましい感じがした。和む…ハッフルパフはいいなぁ…ほのぼのとしてるし、俺もこの寮が良かった…。

「オレはニコラスです。ニコラス・ホルサー」
「宜しく、ニコラス。…すまなかったね、君の友人に失礼なことを言って」
「いやいや。スリザリンは仕方ないですよ。オレだって入学前にに合ってなかったら絶対邪険にしてましたし」

…良かった。ニコラスと合ったのが組み分け前の列車でさ。

!ニコラス!!」

ヨシュアが言いながら寮から飛び出してきた。和むー和むー。俺は顔を綻ばした。俺の笑顔に吃驚したようにヨシュアは一旦立ち止まったがすぐに俺に抱きついてきた。
―…抱きつかれちゃったよ、俺。ニコラスを見ると肩を竦めて笑っていた。

「ヨシュア。に会えて嬉しいのは分かるから…離れろって」
「ああ、そうだね!ごめんね、
「いや。可愛いヨシュアに抱きつかれて嬉しいよ?」

ぽんぽんと俺はヨシュアの頭を撫でた。ふわふわの髪…至福だ。

も止めろって!そうやってヨシュアを甘やかすの…」
「でもな、ニコラス。なんか無条件で慕われている感じがして嬉しいじゃないか。それにヨシュアだぞ?見ろ、この小動物のような愛らしさを!」
「ニコラス。別に僕は甘やかされてなんかいませんよ!今のはちょっと急には止まれなかったというか、ノリと言うか…」
「ヨシュアだったら俺は歓迎だな」
「…じゃあ、オレだったら?」
「え、ニコラスだったら…?…まぁ、微妙にオッケー」

数少ない友人(と言えそうな)ヨシュアとニコラスだったら抱きついても抱きつかれても嫌悪感は少ないだろうなと思った。

「おっしゃ!」
「ええ!ずるい!僕だけじゃないんですか!」
「は?」

ガッツポーズするニコラス、ヨシュアは何故かずるいと言い出す。お前ら一体なんだ?意味が分からないで居ると、くすくすを笑い声が聞こえ、それはすぐに大笑いになった。

「あはは!君達ほんとに友達なんだね!」
「うわ!ティム先輩!?いつからそこにいたんですか!?」
「あはは!いつからってずっといたよ!ヨシュアが気が付かなかっただけさ!」
「え、嘘!え、ほんと!?」

わたわたとヨシュアは顔を真っ赤にした。
こういうやつ、弟に欲しいな。…外見年齢は俺と同い年なんだけど全然そんな気がしない。俺の実年齢が二十代後半だってのもあるんだろうけど。一家に一台欲しい。こういう素直な少年。絶対ヨシュアって末っ子っぽいよな。姉ちゃんとかいそう。
ティムは笑いを引っ込めるとにっこりと笑った。眼鏡アイテムで神経質そうなのがぐっと柔らかくなる。

「笑ってごめんね、ヨシュア。…たちも、ごめんよ」
「ティム先輩は笑い上戸なんですから…あ、聞きそびれてましたけど、どうしてとニコラスがここに?なんかあったんですか!?」
「いや、別になんもないよ。午後暇だったからヨシュアんとこで飯食べようと思って」
「じゃあ、僕の部屋に来ますか?」

談話室ってのは基本的に他の寮の人間が入っちゃいけないみたいだけど、寮に入ることは可能らしい。連れてってもらったヨシュアの部屋は四人部屋だった。俺は自分の部屋以外の寮室を知らないのでかなり物珍しかった。こういう和気藹々とした部屋もいいなぁと思ったが、団体活動が基本的に苦手な俺だ。ニコラスのように自分から話を盛り上げることも出来ない、そして、他人に干渉されたくない…俺、やっぱり一人部屋で良かったのかもしれない…。

「他のルームメイトは?」
「さぁ?どこかに遊びに行ってるんじゃないですか?そこらへんのベットの上に適当に座ってください。二人はどこかで会って一緒に来たんですか?」
「違うよ。オレとは一緒の授業だったの。だから、その後昼飯誘ってみた」
「ああ、グリフィンドールとスリザリンが一緒の授業だったんですか?…ということは、魔法薬学?」
「そのとーり!」
「宿題出ませんでしたか?」
「出た…『マンドレイクの扱い方とその活用』調べるの面倒くせぇな…手持ちの教科書だけじゃレポート出来ないかな?」
「出来るんじゃないですか?…でも、やっぱり図書館で調べたほうがたくさん資料が出てきますよ」
「図書館!?オレ、図書館のあの静かにしなさいっていう雰囲気と本に囲まれるのって苦手なんだよなぁ…」
「そうか?俺は結構図書館好きだけど…良く行くし」

ニコラスは確かに図書館とか嫌いそうだ。外で活発に遊んでいるほうが性分に合っているような気がする。

「ええ!が図書館行くのかよ!?」
「は?なんだその反応…」
「えー…なんかって図書館とか行かなそう…部屋に篭ってそう…」
「俺はなんだ。引きこもりか」

部屋にテレビやパソコンがあったら図書館なんて行かないけどな。有る意味ニコラスの推測は正しい。

「僕もよく図書館行きますけど…と会ったことありませんよね?」
「それはきっと、俺がいる席が凄い一目に付かないところだからだと思う」
「どこら辺に座ってるんですか?僕、入り口を入って右側の妖精生物の棚の近くによくいるんですけど」
「俺は…や、あの辺り、ヨシュアが来ないほうがいいって絶対。精神上良くない…」
「そんな風に言われると気になるじゃないですか〜!」
「ま、暇なときにでも探してみれば?」
「…教えてくれたって減るものじゃないのに…」
「じゃ、今度オレと『図書館のを探そうツアー』でもしようぜ」
「はい、是非!」

勝手に決めるなっつの。俺はレアキャラかなんかですか、えりまきとかげですか。



□■□



毎週日曜日はハッフルパフ寮でのんびりと過ごす。俺はスリザリンだが、ハッフルパフでのんびりとだ。それも、ヨシュアの部屋ではなく、ティム先輩の部屋だ。ティムは監督生でなおかつ一人部屋を使っているので、俺たちに部屋を提供してくれた。ヨシュアの部屋には他に四人も同室者がいるので彼らの中に入って行くのは少し気後れする。
ティムが東洋のグリーン・ティを手に入れたと言って、手づからお茶を入れてくれた。俺も家からヤールが送ってきたカステラを持ってきたので皆で食べたりする。実に有意義なここ数年感じていないようなまったりとした時間を過ごしていたら、いつの間にか夕食の時間になってしまっていた。俺たちは急いで大広間へと向った。夕食は皆で一緒、というのがホグワーツだ。いつもなら早い時間に行って席に座っている俺だったが今日は遅れてしまったため、席があんまり空いてない。ブラッドを見つけたが彼の両脇は埋まっている。しかも、両方とも女だ。モテモテだな、と目を細めて見て、俺は俺が座れそうな空いている席を探す。

―…席が、無い。
ヤバイな、俺、夕飯立って食うのか?…いっそのこと、ハルフの席に混ざりに行こうかと考えた。(まぁ、断られるのは目に見えているけれど)

「早く座ったらどうだ?」
「あ、すいません」

すいませんって言ったて、座るとこがないんだ。スリザリンの席に目を下ろすとこちらを見ている青年が一人。…ココらへんはどうやら上級生が座っている上座に近いようで、十六、七歳ぐらいのはずなんだが…西洋人は歳が老けて見えるなぁ…。あれ?しかし、この、人を人とも思わないふてぶてしいくらいに冷たい人を凍らすような瞳を持つこの人は見覚えがある。蝋燭の光にかすかに赤みがかかって見えるが、襟足までの長さをもつ髪は本来…銀色のはずだ。

「あんた…」

本屋で会ったヤツだ。スリザリン生だったのか?いや、それよりも東洋人から見たら明らかに二十歳越えてるだろうお前。銀髪の彼は目を細くすると立ち上がって俺の顎を掴んだ。

「痛ッ」
「口の利き方がなってないな。…薄汚いマグルよ」
「……すいませんでした」

じっと切り裂くように青い瞳が俺を覗き込む。目を逸らしたいが、しっかりと顎をつかまれているので抵抗することが出来ない。下手に抵抗したら目を付けられる。反抗なんて出来るだけない。従順に大人しいスリザリン生でなくてはならない。
立ち上がっている俺と先輩の恐らく異色な組み合わせ(高慢な純血と、スリザリンの一部ではマグルと噂の俺)にスリザリン内部からの視線が痛い。

「ルシウス。―…手が穢れるわよ」

銀髪の彼の隣に座っていた、金髪の女性が軽蔑をあらわに言った。ルシウス?その聞き覚えるある名前…それは、それは、ドラコ・マルフォイの…。

「ルシウス…?まさか…」

ルシウス。知っている。俺はお前を知っている…。

「ルシウス・マルフォイ…?」
「ほう、これは意外だな。マグル如きが俺を知っているとは」

俺は驚愕に目を開き、変わらぬアイス・ブルーの瞳と目が合い逸らせない。…これがルシウス・マルフォイ。魔法使いの中でもブラック家に継ぐぐらいの勢力を持つ闇の魔法使いの一家。死喰い人とかいう、ヴォルデモート卿の手先となるが、しかし淡々とむしろ、ヴォルデモートを利用しているかのような食えない策略家…。
…スリザリン寮出身なのは知っていた。当たり前だ、マルフォイ家なのだから…でも、この時代に、ジェームズたちと同じ代に在学してたのか?嘘、マジで?ポッターマニアなワケじゃない俺がそんな細かいことまで知るかよ。うわ、有りえない。学生時代の若いルシウスなんて顔見ただけで分かるわけないじゃないか…本屋なんかにいるなよ。

「どうした、座らないのか?」

顎をしゃくってルシウスの隣を示されたけど、俺は丁重にお断りさせていただく。波風を立たさないように、誠心誠意真心込めて断わることに全力を注ぐ。

「いえ、あの…先輩方の席に座るだなんて、僕はマグルなんで恐れ多いのでどこか別のところに座らせてもらうので結構です。ほんと、すいません。失礼します」

そそくさと回れ右して、今日一日夕食が食べられなくても我慢するつもりで一気に出口へと向おうとしたが、グイっと腕を捕まれる。凄い握力で掴まれている。痛い。絶対後が残りそうな痛さに俺は顔を顰める。

「けれど、もう夕食は始まる。座りなさい」

座りなさい。とか、これ普通に命令形じゃないか?その場限りの人間なら適当に逃げることも出来るが、こう強く先輩に出られたら振り払って逃げることも出来ない。これからの俺の寮生活が掛かって来るのだ。ああ、なんだって今日に限って時間を忘れて話しに興じてしまったんだ…きっと、日本茶なんかをティム先輩に出されたからだ。久々にリラックスしてしまった。どうにかルシウスをかわせないかと視線を彷徨わせれば、馬鹿め…と忌々しげな目線をこちらに向けているブラッドと目が合った。馬鹿めと思うなら、助けてくれよ。嫌だ、なんでオレが助けなきゃいけねーんだ。と、ぷいっと顔を逸らされた。……くそ。アイコンタクトはばっちりなのに、それでもあえてシカトか!いや、俺もだれかが絡まれてたら絶対に助けない自信はあるが…自分がやられている立場だと薄情者!と思うな。

「また、ルシウスの気まぐれね…」

呆れたように女性が席をずれた。ぽっかりと俺一人分の席が空く。待て。座れと?この、スリザリンの純血至上のお兄様お姉様方のど真ん中に?だらだらと汗だにじみ出る。観ろよ、この周りの先輩方の興味と侮蔑の2:8の割合を。圧倒的に侮蔑の視線の方が多い。まだ、完全な無視されたほうがマシだ。中途半端に俺に意識を向けるのは辞めてくれ。――…敵か?お前たちは、俺の敵なのか?

「…すいません。ちょっと、気持ちが悪いんで、保健室行って来ますので、折角ですが…」

実際顔は青ざめていると思うので、小声で言ってみる。

「ルシウス、夕食が不味くなるのではないかしら?」
「わざわざ目に届くところに穢れた血をおく必要はないのではないか?」
「…嫌よあたし、マナーのなってない穢れた血…しかも東洋人なんかと…」

そうですよね、はい。お兄様お姉さま方も嫌ですよね(俺のが年上だけどさ)。俺への嫌味が聞こえてくるので俺は同感を示して頷く。この調子で彼らが反対してくれて、この席に着かないことを願う…が、願いは容易く破られた。

「俺が座れと言ったのだ」

ルシウスがその場をざっと見回して言った。声の調子は俺に話しかけているときと変わらない。けれど、先輩たちはみんな息を呑んで慌てて取り繕うような笑みを浮かべた。

――…彼らの顔に浮かぶのは、強者に対する恐怖。畏怖。そして、媚。

「座れ」

強く肩を掴まれて強引に座らせられた。…痛い。痛い。視線が痛い。ごめんなさい。すいません、俺は力いっぱい断ったんです。けれど、この男が強引に。ふわり、と何かの香りが鼻を掠めた。なんだろうと思う間もなく校長先生が現れて夕食の号令をした。あっという間に皿に現れる料理の数々にその香りは一瞬にして分からなくなる。
…くそ。こうなったら黙って腹をくくって邪魔にならないようにさっさと少しだけ腹に入れて退席しよう…。
隣に座るルシウスの視線を意識しないようにしながら手当たり次第に口に運ぶ。出来るだけ周りを見ないように、自分の手元と皿だけに集中する。顔は常に俯きがちに……根暗に見えて近寄りがたくなるように髪伸ばそうかな…。
ああ、全然飯の味がしない。生きている俺の数少ない喜びは飯だってのに。

「…『闇の魔術の応用学』はもう読んだのかね?」
「…なんですか、急に?」

まさか…ルシウスが俺と会ったときのことを覚えているとは思ってなかったので、俺は思いっきり不審な顔をして聞き返した。

「あら。『闇の魔術の応用学』ですって?ルシウス、見つけたの!」

俺の反対側に座っていた女の先輩が顔を輝かせて言った。

「ああ、まぁな。お前、前に同じものを持っていると言っていただろう?」
「まぁ!」
「そんなこと、僕言いましたっけ?」
「俺が聞き違えるとでも?」

横目で見られて睨まれているような気がしてビビル。もぐもぐと塩焼きの鳥を食べながら(これは俺の好物のひとつで、塩焼きの焼き鳥の味がするので好きだ)謝る。

「…いえ。すいません。僕言いましたね。そうですね、…うちにあるので、ぱらぱらと読みました」
「ほう…それで、理解は出来たのかな」
「理解?出来るわけないでしょう?僕は魔法を知らなかったマグルですよ?」

理解できるところもあったり無かったり…。読むのは辞書を片手とヤールの解読をしてもらったりで猛烈に遅いが、その効果さえ分かればあとは俺が作った適当な呪文とイメージで出来る。

「…そうそう。言い忘れていたが、あの『闇の魔術の応用学』は禁書扱いで普通の家にはないのだよ」
「え?」
「普通の家にはね。作者不明の本なのだが、その内容は通常知られている闇の魔術よりも強力だ…凄いだろう?」
「……」

あはは、とから元気で笑う元気も無い。…おい、何だってそんな本がうちにあるんだよ。目の前の肉を細切れにすることに神経を注いでルシウスの言葉を聞こえなかった振りをした。なんか話をしたら自分から墓穴を掘ってしまいそうで怖い。

「おい」
「はい?」
「…貴様の名はなんだったかな?」
「……ですが」
か…」
「あ、はファミリーネームですよ。俺、日本出身なんで。こっちの国とは言い方が逆なんですよね」
「なるほど。極東には魔法使いはいないのか?」
「いないんじゃないですか。でも、魔法が無くともマグルは暮らしていますよ。科学って技術は魔法と似たようなもんですよ」

このご飯だって魔法でチョチョイのチョイで出てるわけじゃなくて、それなりにしもべ妖精たちが手で作ってるんだし。細部の全てが魔法で出来てるものってないんじゃないだろうか。

「ねぇルシウス。もうすぐ、クィディッチの試合ね。スリザリンは今年も優勝出来そうかしら?」

また女がルシウスに話かけた。俺がちらりとそちらを伺えば熱っぽい視線でルシウスを見上げている。ああ、これが媚っていうやつかな。

「ああ。もうそんな時期になるな。今のチームなら、スリザリンが他の寮に負けることはない」

自信満々、というか、そういうものを越えて当たり前のように言うルシウス。
…高慢、というか事実を述べているが故に俺みたいな平凡な人間には高慢に写るのだろうか?見下された目で見られるのは…まぁ、気分のいいものじゃないけどなれてるからね。

十月になったのでクィディッチのシィーズンが始まる。(っていうか、俺、まだこの学校に入ってから一ヶ月しか経ってねーのかよ)これまた舌を噛みそうなクィディッ…発音するのが面倒だ。声に出して言ってみろよ、クィディッチ。
クィディッチは映画で見たことがあるけど、実際に見たらどうなんだろうな。あれってボールみたいな球が勝手に動き回るからどこに飛んでくるか分からなくて危ないよな。観客席もフェンスが張ってあるわけじゃないからいざというとき本当に危ない。一番早い玉なんて、間違えれば身体が粉砕されるだろう。魔法界は危険な遊びが好きなようだな。
っていうか、四つしかチームが無い(寮が四つなんだから当然かもしれないけれど)ってのは、ちょっとこう、飽きるものがあるよな。そんなことを考えながら、俺はむしゃむしゃと夕飯を食べていた。



■□■



土曜日に行われるクィディッチの試合にはほとんどの生徒が喜び勇んで自寮の応援へと競技場へ行く。
最初の二・三回は義理で観にいったけど、それほどやっぱり楽しみを感じられなかった。あれかな、俺ってサッカーみたいなのよりも野球とか、個人競技で誰もが見せ場のあるやつが好きっぽいんだよな。

「なぁなぁ、!お前さぁ今度のグリフィンドール対スリザリンのやつ、行く!?」
「行かない」
「ええっ。なんで!?」
「あんま興味ない」
「そっかー、分かった」

見たいなことがニコラスと何度か続いて、やがてはニコラスも俺が全く興味がないらしいことに気が付いて誘ってこなくなった。ちょこっとそれが寂しいなぁと思える俺自身にいい傾向だなぁと思ってみたり。いやでも、ちゃんとたまに日曜日はお茶してるよ?一緒に勉強してるよ?
生徒の中には俺と同じように興味も無いのかこうやって図書館にいる人間もいる。しかしあれか、図書館にいる連中がみんな根暗に見えるってことは俺も周りから根暗に見られてるってことか?別にいいけれど。
たまにはなんか遊びたいと思ったので、俺は一人中庭へ行った。【撫子】の研究所みたいにジムみたいなのがあればいいのになぁと思いながら手ごろな広めの空間で体を動かす。ああ、俺の日課のひとつにランニングを加えよう。いちおう身体を(俺が辛くない程度に)鍛えておくのはいいことだと思う。こうも暇が余っちゃマジで詰まらない。暇ってのは凄く楽で無駄で好きなんだけど…。


「あ、う。ルシウス先輩。お久しぶりです。今日和」

遠め見えた一団(すなわち、数人の取り巻きを連れたルシウス・マルフォイ)を回避して別の道を選ばなかった俺は馬鹿だ。そのまますれ違うかに思われたが、なぜかその一団の中心であるルシウスに呼び止められた。俺は瞬時に立ち止まって頭を下げる。
みたか、この突発的上下関係の見本のような礼を。

「先に行け。私は彼と話がある」
「分った。先に行ってるよ、ルシウス」
「行きましょう、レイチェル」

男女がルシウスを置いて歩き出す。俺も一緒に歩き出したい…去っていく一団の背中を瞳で追いかけてから、俺はルシウスに視線を戻す。随分ひさしぶるにこの人の顔を見た。向こうはかなり目立つ人間だから俺はよく見るけれど、むこうは俺のことを見る機会はそうそうないだろう。

「…ルシウス先輩、俺になんか用でも?」
「まぁ、そこまで一緒に行こう」
「や、俺は向こうに歩き出したいんであって、正反対なんですけど…………いえ、はいすいません。ご一緒させてください」

負けた。俺は負けたよ、お母さん。

「で、なんで呼び止めたんですか?」

考えろ。えーと、俺とルシウスの関係は本しかない。ということは、本の話題?

「本のことですか?うち、妙に古本が多いんですよね。なんかリクエストあれば貸しましょうか?」
「いいのか!」

と、凄く珍しくルシウスが瞳を輝かせて喜んだ。そうですか、ああ、そうですか。ルシウスさんは本が大好きなんですか…。「ふん、俺がマグルの手垢の付いた本など借りるか!」みたいに鼻で笑われるかと思ったんですけどね。…っち。いらんところでルシウスと接点を持ってしまったようだ。

「あー闇の魔術関係でいいんですか?」
「ああ。頼む」

あ、つまんねー。喜びに光り輝いていたのはほんのちょっとですぐにいつもの沈着冷静な氷のルシウスに逆戻りしたよ。自分から言っておいて、ルシウスに本を貸すのって面倒なんだけど。

「わかりました。じゃあ本についてはブラッドを経由して渡しますね」
「ああ、仲が良かったんだったか」
「仲がいいってわけでもないですけどね。普通に知人だとは俺も向こうも思ってると思いますよ」

何故かルシウスに本を貸す(ブラッド経由でだけど)という、欲しくも無い接点をを自ら作ってしまいながらも、向こうも俺も人前では全く接触することは無かったのでほっとした。良かった。人前でほんの貸し借り(一方的に貸すのは俺だけど)なんてしてたら、交換ノートをしあっている人間のようにキモイものがある。



あっという間に冬休みになった。もちろん、俺は実家に帰ります。



■□■



あっという間に一年が過ぎました。冬、春、夏が過ぎて、一年生から進級します。今日から俺は二年生です。うわーい(ものごっつ平坦な発音で)。

俺もまぁ、【HH】だとか【鋼】だとか【撫子】だとかで散々な目にあってきたからねぇ…ホグワーツでお子様たちに囲まれていると自分も童心に返ったような気になりますよ。特に、【鋼】でのイシュヴァール戦は悪い夢だったんじゃないかとね、思ったりね、するわけよ。
【撫子】では最後の方は鬱々状態だったし、きっと俺も殻に篭っちゃってたんだろうね。少し人生損してしまった気がするよ。

「そんなにだれてないでシャキっとしろよ」
「ケッ。どーせ俺はマグルさ。放っておいてくれよブラッドのぼっちゃん」
「……なんでそんなに機嫌が悪いんだ?」
「ほっとけ。てか、マジで今はそっとしておいてくれ。不測の事態だ。なんてこった」

俺はスリザリンの大テーブルに顔をうつぶせて頭を抱えていた。原因は…新入生にあった。確かに、可能性としては無きにしもあらずだった。

ありえない。ありえない。ありえない。
ゴン、ゴン、ゴン

「お、おい、!なにテーブルに頭打ち付けてんだ!?」

俺のささやかな抵抗に、本気でブラッドが心配そうな声を掛けてきた。

「ジェームズ・ポッター!!」
「おっしゃ。待ってました!」

俺は現実逃避から頭を上げた、組み分けに向う風。黒い髪に眼鏡…ああ、なんてことだ。君は、ジェームズ・ポッターか。
乱暴に頭に帽子を突っ込んで、ジェームズは小さく口を動かした。なんと言っているのか分からないが組み分け帽子と話し合っているようだ。ふむ、とでも言うように帽子が一瞬クシャリと潰れ、宣言する。

「グリフィンドール!!」

わぁ。とグリフィンドールの席から拍手喝采が上がる。帽子を脱いでジェームズはグリフィンドールに大仰に一礼すると、悠々とグリフィンドール席へと行った。

なんてこった。なんてこった。なんてこった!ここが【HP】の世界だとは分かっていた。現在が1974ということだって知っていた。闇の帝王が生きていることも知っていた。だが、俺の入学した年にハリー・ポッターの親がいるとは思わないだろう。一緒の年代に入学することでさえ、凄い低い確率だ。迂闊だった。けれど、俺のような一般性とだ先回りして入学生を知ることなんか出来るわけが無い。今回もまた主人公と関わりを持たずに脇の方でこっそりと生きるのだと思っていた。いや、きっと今回もそうだろう。わざわざかかわりを持つつもりも無い。

「ピーター・ペティグリュー」

灰色の髪を持った小さくて貧弱な身体つきをした子供が転げるように前に出て、帽子を被る。ピーターってあれだ、裏切り者の鼠のピーターだよな?んー…俺としては人を犠牲にしてまで生き残りたいっていう気持ちは分からなくもない。が、映画で見たときのピーターの姿があまりに醜かったために、好きにはなれない。

「グリフィンドール!」

ピーターは嬉しそうに笑ってグリフィンドールへと。

「リリー・エヴァンス」

緊張した様子で椅子へ向っていく少女。君が、リリー・エヴァンス。深みがかった赤い髪の毛が帽子の中に隠れる。ほんの数秒後、

「グリフィンドール!!」
「いやったーー!!リリーと一緒だぁあ!!」

リリーよりも誰よりも先に喜びに立ち上がったのはグリフィンドールのジェームズだった。リリーは顔を恥ずかしさで赤らめてグリフィンドールへ小走りに近寄った。そこでジェームズに何かを怒ったように文句を言っている様子が見えた。まぁ、こんな大勢のまであんな風に盛大に喜ばれたら誰だって恥ずかしいな。俺ならごめんだ。

「リーマス・ルーピン」

どの生徒よりも細いからだした少年だった。君が、リーマス・ルーピン。狼男の少年。

「グリフィンドール!」

間髪要れずに告げられ、リーマスが走る。

「次、セルブス・スネイプ!」

教師が呼んだ名前に俺ははっとした。組み分け帽子に向って新入生の中から歩いていく少年に目を向ける。べっとりとした黒い髪、子供らしく、少しだけ頬を高潮させている、セルブス・スネイプ。もちろん速攻でスリザリン行きが決定した。

「シリウス・ブラック!」

先ほどブラッドが呼ばれた時よりもあちこちが騒がしくなった。教師までもが背伸びをしてシリウス・ブラックと呼ばれた少年を見ようとしている。

「アレが時期当主か…」
「ブラック家って…」
「これで在学するブラック家は何人目だ?」
「絶対スリザリンだ…」

ちょっと聞こえた声に平然と黒髪に秀麗な顔をした少年は組み分け帽を被った。君が…シリウス・ブラック。悲しき血の呪縛から逃れられない少年。辺りが静まり返る。
もごもごと組み分け帽が口を動かし、「では…」と口を空いた。

「グリフィンドール!!」

立ち上がって迎え入れようと構えていたスリザリン生は愕然とした表情で亀のような動きで帽子を脱いだシリウスを見た。誰もが呆気に取られてシリウスに注視している。シリウスの顔は真っ青だった。帽子を置いたときの指先が震えて見えたのは錯覚ではないと思う。辛いだろうな、と俺は他人に思った。けれど、シリウスは大切な友達をグリフィンドールで見つけるのだよ。……だよね?もう、ほとんど覚えてないなー原作なんて。

「グリフィンドール…?」
「ブラック家の者がグリフィンドール…!?」

ゆっくりと組み分け帽の叫んだ寮が囁かれ始める。わぁ!とグリフィンドール席から盛大な歓声が上がった。ブラック家がグリフィンドールだと?なんたることだ、面白い!やった、シリウスが一緒だ!喜びの声が聞こえた。しばらくグリフィンドールの興奮は収まらない。変わりに、スリザリン席からは冷えた雰囲気が発散されていた。あーあ、俺知らねーっと。


■□■



授業中にふと窓の外を見ると、グリフィンドールの生徒たちが飛行訓練の授業で軽やかに空を舞っていた。

「どこ見てる。ああ、一年の合同訓練か…」
「うん、なんでさぁ、お互い嫌いあってるのにスリアリンとグリフィンドールで一緒な授業が多いんだろうね。俺、凄い陰謀を感じるよ」
「仕方ない」
「ま…ね。悪いな、いつも。マグルの俺とペアなんて…」
「まったくだ」

歯にもの着せぬ言い方だな。ちょっとはフォローしろよ。

「こういうのってさぁ、嫌われもの同士が組めばいいんだろうね。そうだな、例えば…」

飛んでるスネイプの姿が見えたので

「スネイプとか」

と、なんとなしに口に乗せてみる。スネイプに関わったら必然的にジェームズたちと関係を持つことになりそうなので、もちろんこれは冗談だ。

「スネイプ?セルブス・スネイプか?一年だろ、なんであんなヤツと?」

露骨にブラッドは顔を顰めた。

「あんなヤツって…同じスリザリン、しかも純血。それをあんなヤツって変じゃないか、ブラッド?」
「…まぁ、そうだか。アイツ、陰気だからな…話しかけるのは止めとけ。お前はマグルだし、関わったらお前もグリフィンドールの下種どもの標的になるぞ」
「下種?」
「グリフィンドールの…」

ブラッドの視線を辿れば、そこにいるのはグリフィンドールのジェームズ・ポッターとその一味。

「嘘!マジでもう、スネイプ虐めって始まってんの!?」
「なんだ。知ってるじゃないか。知らずに言っているのかと思った」
「嘘。マジで?…まだ学校が始まって、一ヶ月ちょっとしか経ってないじゃないか」
「ふん、気に入らぬものを苛めるのに時間が関係あるのか?」
「や、無いと思うけど。そっか…もう始まってんのか…じゃあ、やっぱ辞めよ」

セルブスに関わったらこっちまでポッターたちの標的にされるのは目に見えている。まだ先のことなのかと思っていたのだが…こんな入学してすぐから苛められてたんだ、スネイプって…。そりゃあ、ジェームズたちのこと嫌いになるよな。後にハリーに対してあんな回りくどいマネをした理由が分かる。可哀想に…七年間の間に性格が捻くれたんだな、スネイプって…。

「変なやつだな…」
「え?何がだ?」
「お前だよ…普通だったら…普通のマグルだったら虐めなどは止めさせようとするもんじゃないのか?」

ああ、そういわれてみれば…そうかも。でも、俺はどーでもいいや。

「いや。でも俺は別に関係ないし」
「関係ない…か…」

関係ないものは関係ない。だって、スネイプとか、俺が一方的に知ってるだけで知り合いでもなんでもないし。むやみやたらと人の関係に首を突っ込もうと思うほど、俺は偽善的じゃない。

「…そういう考えは…やはり、スリザリンに入っただけはあると思ってな」
「…否定はしないよ」

否定はしない。俺は弱いから、他人がどうなってもどうでもいい。関係ない。

「ねぇ、そこの先輩」
「え?」

授業も終わり、すっかり後片付けを終えて来週までにやってこいと宿題が出された。面倒くさいなと思ったが、すでに俺が予習したことのあるところだったので今日の夜にやってしまおうと思いながら教科書を整えた。小脇に抱えて教室を出て行こうとすると後ろから呼び止められた。
振り向いた瞬間、しまったと思った。
ニコニコと人のよさそうな笑顔で立っているのはジェームズ。…おいおい、勘弁してくれよ。俺が何した?

「何のようだ?」
「いえ、先輩って珍しい東洋人だなぁと思っただけですけれど?」

オイ。呼び止めとい珍しいとはなんだテメェ。その慇懃無礼さに腹が立つ。こういうところはスリザリンの礼儀正しさには大いに同感する。

「……」

黙っていると、何を勘違いしたのかジェームズがさらに笑顔になって話しかけてきた。

「先輩って、噂で聞いたんですけどマグルなんですよね。なんで、スリザリンなんかにいるんですか?」

…なるほど。コイツ、計算高い少年だ。人のよさそうな瞳はおもちゃを見つけた子供(いや、実際子供なんだけど)のようだ。こういう、大人の頭を持って子供の感性を持っているやつはたちが悪い。言っちゃ悪いが、この気質だったらブラッドの相手をしているほうが数倍ましだ。俺の心のオアシス、ニコラスとヨシュア、お前たちはいいやつだった…。(何故に過去形なのだろうか、俺よ)

「俺はマグルだ。それがなにか?スリザリンを選んだのは俺じゃなく帽子ですよ」
「で、お名前はなんておっしゃるんですか」

おい。教えたら後がどうなるか怖い。あれですか、俺は標的認定ですか?

「あ、僕の名前はジェームズ・ポッターです。こっちはシリウス・ブラック、リーマス・ルーピン。で、向うが…」
「彼は知ってますよ。…ピーター・なんとかで合ってますよね?」
「ええ…ピーター・ペティグリューですよ。他寮の名前をよく知ってましたね」
「なんででしょうね?知っていただけです。ピーターって呼んでもいいかな?スパイダーマンと同じ名前ですね」
「は?蜘蛛男?」
「…ああ、なるほど…ロンは蜘蛛が嫌いだ。だからピーターで蜘蛛男だったのか…じゃあ、失礼します」

彼らには到底理解不能のことを言い捨て廊下をダッシュ!全速力で逃げた。誰か教師が「廊下は走らないで!」と言っているのが聞こえたが無視。走っているうちに、前方の階段の下に見知った金色の髪が見えた。俺は階段を飛び越えて走る。「すげぇ!」「今見た!?飛び越えたよ、階段!」とか後ろから聞こえたような気がした。

「ニコラス!ニック!!」
「おおうっ!?どうしたんだ、!?」

後ろからタックルするように抱きついた。

「ニック!助けろ!」
「おう!いいけど、何から誰から?もしかして、ブラッドから?」
「違う!全く違う!お前んとこのガキ大将からだよ!」
「大将……もしかしてジェームズ?」
「その通り!」

ジェームズに名前を尋ねられ、ましてや興味なんか持たれてしまったらヤバい。【HP】の物語に関わってしまったら命の危険性が増える。俺に関係ないどこの誰が、それこそジェームズが死のうがどうでもいいが、俺が死にそうな目にあうのだけは勘弁だ。弱虫で結構。大体ヒーローなんてもんはおかしいんだよ、なんで関係ない人の為に命張れんの?マジ意味が分からない。

自分の命以外に大事なものなんてあるのか?

「ジェームズかぁ…、なんかしたの?」
「してない。するわけ無いだろ」
「だよね…。分かった。オレがジェームズに言っとくよ」
「本当か!ありがとう!」

お前はいいやつだ。

「いえいえ…で、そろそろ離してくれる?」
「おう、悪い」

ニコラスの背中に粉泣きじじいと化していたので離れた。そして二人で歩き出す。

「ジェームズ、嫌いなのか?」
「…ああ。駄目。アイツは嫌いっていうか、近寄りたくない。なんで俺に話かけてくんの?意味わかんねー。俺って一般生徒ジャン」
「へぇ…以外。って誰でも知り合いになれるタイプかと思ってた」
「俺が!?どこを見てそんな風に思えるんだか…お前が不思議だ」

ジェームズは恐らく友達なれば楽しい相手であることは間違いない。ハリーの父親になる男だ。そして、いたずら仕掛け人の面々。傍観者でいる分には彼らのいらずらは笑って済ませられる。だが、標的になって巻き込まれたら?…笑っていられない。彼らと繋がりを持つ?冗談じゃない!誰がみすみす危険な相手に近づかなければならないんだ。一度は原作の本に登場した人物とは接触は避けたい。(んなこと言いつつも、ルシウスとかとは接触しちまってるけど)

「でもさぁ、なんていうかってちょっと独特だよな」
「独特?どこが?俺は一般生徒だぞ」
「そうなんだけどねー…ま、たまにちょっと目つきが怖いっていうか」
「どこが!?俺が怖いって、マジか!じゃあ、メンチ切ったら脅しになるかな!」

メンチを切って、相手が俺のことを誤解して逃げてくれたらいいなぁと心底思う。いや、むしろ俺が逃げるからいいんだけど。逃げ足だけは速くなりたいと切実に思う。こうやって一杯時間がある時に体を鍛えておこう。またいつ【世渡り】する羽目になるか分からないからな。

恒例のお茶会は月に一回という少なさだがそれでも寮が違う俺たちが集まって談話するのはなかなか貴重なものがある。そういえば…とヨシュアが話を切り出した。

、スリザリンにいる生徒で…こう、ねっとりした黒髪で顔色の悪い同じ一年生なんですけど、知ってます?」
「ねっとり?」

ねっとりと言えば、スネイプか?というか、スネイプしか思い当らない。他の一年なんて名前覚えて無い。

「はい、あの…」

さらに説明しようとするのを手で止めて、言う。

「たぶん、知ってる。あれだろ、髪が黒くて陰気で、鼻が鷲鼻でひょろひょろしてて、弱そうで神経質そうな、スネイプ。セルブス・スネイプことこじゃないか?」
「ええ…その描写であってます。スネイプって、と知り合いですか?」
「いいや。知らないけど?」

一方的に名前を覚えてただけの登場人物に過ぎない。

「なんかさー、オレもそいつ聞いたことあるんだけど。あれじゃね?ジェームズたちが苛めてるやつのことっしょ?」

違う?とニコラスが言った。

「そうです!彼、グリフィンドールの生徒によく苛められているのを見るんですよ!あれ、酷くないですか?グリフィンドール生なのに、彼らは一体何してるんですか!?」

あー…ヨシュアが他人のことを怒ってるなぁと俺は冷静に思った。スネイプの虐められ現場をヨシュアは目撃してしまったらしい。というか、ニコラスもスネイプがジェームズたちに苛められてること知ってるのか…おーい、苛めるならもっと誰にも見つからないように苛めろよ。虐めってのは隠れてするものだろうが…。

「…スネイプが虐められてるのって、俺はなんとも言えない」
「つーか、気が付けよ!同じ寮だろ、えーっと…なんだっけ…そう、スネイプと!」
「そうだけどさ…、俺、同じ寮生とあんまり話さないし。そんな俺にどうしろと」
!黙ってみているつもりなんですか!僕がたまたま現場を見ちゃったときなんか、彼ら知らん振りで笑ってんですよ?」
「スネイプも腐ってもなんでもスリザリンだし、他の寮生に対抗できないならそれまでって言うか…ブラッドも興味なさそうにしていたし…」

スリザリン生だったら、狡猾に知恵を働かせて報復をすると思うんだけどな、スネイプもさ。

「大体、どうしてスネイプは苛められてるんですか?」
「あ、俺も聞きたい」

なんでいじめられてんだっけ?そんな記憶ははるか彼方で原作を忘れているよ。

「あは!オレ、その理由知ってるよ。つーか、マジ下らない」

笑いながら、けれどどこか冷たくニコラスは言い捨てた。俺とヨシュアが先を促す視線を送った。こういう冷たい言い方はやっぱり純血だからなのかな?

「あいつ等と同じ一年の、リリーって言うんだけど、その女の子にジェームズが一目ぼれしててね、何とかして気を引きたいんだけど全然相手されてないんだよね。けど、なんでだかスネイプが一人でいるのが多いからなにかとスネイプに優しく接しててさ…まぁ、スネイプ純血だし、マグル出のリリーなんかに構われるのがうっとおしいから邪険に扱ったのさ。で、なんか知らんが、ジェームズが嫉妬と逆ギレしてね。そんなん」
「…ちょっと待ってください。それって要するに、そのジェームズとか言うグリフィンドール生の一方的なあてつけじゃないですか?」

ヨシュアが険しい顔をした。

「そうかもね−。リリーはマグル出で、魔法使いの一般知識は皆無。スリザリン生に話しかけること事態が無謀なんだよ。スネイプは当然の反応を返しただけなのに、『リリーの折角の好意を邪険にするとは何事だ!』みたいな感じで、ジェームズが一言、『アイツ、気に食わない』…で、馬鹿な仲間とともに虐め始めましたとさ」

ニコラスが何故か物語口調で締めくくった。でも、実に分かりやすい。そんなのが原因でスネイプって苛められてたんだ…むしろ、スネイプの方が可哀想に思えてきたが、それ以上の感想はない。

「基本的に、しばらく放って置けばいいんじゃないか?スネイプだってスリザリン生だし、どうにかするだろ…たぶん」
「…まぁ、スリザリン生ですからね…でも、グリフィンドールって意外に馬鹿なんですね」
「グサ!酷!今の言い方オレの心にぶっささったよ!」
「ニコラス?貴方もグリフィンドールでしたね…ああいうの、目障りですよ」
「うーん…同感」

二人して瞳が冷たい。目障りとか、言い方としてきついだろう。ヨシュアがそういう言い方するとなんか怖い。二人はやっぱり純血なんだなぁとしみじみビクビク。

「一つ聞いていい?」
「なに?」
「なんですか、?」
「うん、あのさ。俺ってマグルなんだけど、平気なのか?」
「平気って何がですか?」

きょとん、と二人して見返してきた。

「マグルじゃん、俺。お前ら純血だけど、俺と話しとかしていいのかなぁと思って」
「今更ですね」
「ああ、今更だな。前にも言わなかったっけ?お前、ホグワーツに入れたんだからどれだけでエリートだぜ?それに、スリザリンに入った時点でそこらの純血よりも素質はあるということだし。だから、マグルであることを気にする必要、あんまねーと思うよ?」
「…あ、そうなの?っていうか、俺がスリザリンじゃなかったら話してくれないのか?」

スリザリンの素質なんてのは、あんまり欲しくない。けれど、そのお陰でこうして話せているのだろうか。

「いや。別にがどこの寮でも話はするだろ」
「ですね」

うんうんと二人は頷き会う。

「今度はブラッドをも呼んでお茶会できるといいですね」
「ブラッドー!?アイツ来なさそうじゃん?『なんでオレが行かなきゃ行けねーんだ』とか、言いそう」
「大丈夫ですって。今度、僕が言っておきます」
「グリフィンドールのオレが言うよりいいだろーな。あ、でもから言って貰っても良いんじゃね?寮一緒だし」
「……ん。見つけたら言っておく」

どーせ、来ないと思うけど。

「あ、ブラッド!これ、また宜しく」

教室で俺はこっそりと小さな声でブラッドに本を渡した。

「俺はあれか、伝書鳩かなんかなのか?なんで俺がとルシウスさんの橋渡ししなきゃけねーんだよ」
「ごめん。今度なんか奢るから。俺だって好きでルシウスさんに貸してるわけじゃねーよ。あの人が読みたい本が図書館に無いのが悪いんだ」
「それ、責任転換だぜ」
「わーってるよ、んなことは!頼んだから!」

俺はいつもの如くブラッドの嫌々そうな言葉を聞きながらルシウスへの本を押し付けようとした。だが、今日は何故か振り払われた。

「悪いが、俺は今日からその役は辞めるぜ」
「なんでだよっ!」

それは俺が困る!

「ルシウスさんが言ったんだよ「次回からはに持たせてくれ。話したいこともあるのでな」ってな」
「はぁ?俺には話したいことなんてないし!」
「お前の都合はどうだっていいんだよ。夜は大抵部屋にいるってさ」
「嫌だよ!部屋までなんか行きたくねぇよ。先輩がうじゃうじゃ居るとこなんて、居心地が悪い。本が借りたいなら自分からくればいいんだ」

けっとはき捨てたが、ルシウスって言う人間は放っておくと後が怖い。

「あとは昼休みにいる図書館裏の中庭ぐらいにしか先輩はいないぞ」

俺は大きくため息をついて立ち上がって、昼休みの中庭へと向った。






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