05 Where is my place to stay?






衝撃に目を一瞬瞑り、ぱっと開くとそこは光の届かない場所だった。
なんだ、ここは、と首を巡らせばぐちゃぐちゃとしたゴミの上に俺は落ちていた。腐った匂いに顔顰める。ゴミの上に放り出されるのは初めてではない。今はすでに昔の話になってしまったが、最初の【世界】は盛大なるゴミ山の上にご招待されたものだ。

体を退かせて起き上がり、ゴミを払う。すぐ横の建物に汚物を擦り付けるように手を触れてみた。服で生ゴミの汁を拭いたくはない。ざらざらとしたレンガ造りの家だ。
落ちたのは路地裏、建物の様子から見てもここには生活圏があることだけは分かった。いきなり回りに何も無い砂漠や高原、森の中に落とされたわけではないので生きていく術はいくらでもある。

【世界】は個々に臭いが違う。海外や生まれ育った町以外に足を伸ばしてみたことがある連中にはなんとなく分かるかもしれない。肌に触れる空気が違うのだ。

盗み殺人、脅し…やろうと思えば何でも出来る。生きることに貪欲に、死ぬことには…寛容に。
ただ、参ったことはひとつ。俺の姿は本当の姿…すなわち、二十歳前後の姿であるということだ。折角の魔法アイテム、これで俺も魔法使いになれる!という少年への変化魔法アイテムの価値はなくなっていた。俺は、卒業間近な七年生のため、外見を少年にする必要性がなかったからだ。ただ、魔法を使うためにずっと指輪は嵌めっぱなしだった。しみじみとホグワーツの六年と少しの間を思い浮かべた。それなりに面白い時間だった。

齢三十そこそこのオレからしてみれば、子ども達の中に紛れ込んで過ごす時間は多少の苛立ちもあったものの、戦場や実験体生活でささくれだっていた俺の心を癒したといってもいい。
ホグワーツのある【世界】は俺の生まれ育った【世界】の平行世界だった。ありがたいことに、懐かしき故郷ーー日本も存在していた。
だが、俺は存在していなかった。時間軸が違うのだからしかたがない。
将来、父や母となるだろう人はいまだ子どもだった。あれはまだ俺の親ではなく、俺の知る人間ではない。

三度目の正直として【HP】の世界で止まってくれればいいと思っていたのだが、やはり俺は【世界】に快く思われていないのだろう。
四度目の【世渡り】。



はぁ、と深いため息を吐き手元に視線を下ろせば例の魔力の源である指輪が目に入る。指輪は合いも変わらず俺の手元に存在する。ということは、魔法が使えるのではないか、と希望的観測が胸を掠める。
自分の目線の高さまで指輪を翳し、呟く。


「『ルーモス』」


ためしに呪文を唱えてみるが、何も起こらない。
……心の底から落胆した。これじゃあ、この指輪は無意味じゃないか。
ただ、幸いなことに俺が「こんなこともあろうか!」と身につけていたものは無事だった。

二の腕と足首に幾重にもつけている細い腕輪。全部純度の高い純金だ。あとは片時も離さないウエストポーチの中に非常食と水ボトル、それから金の延べ棒。なにやら守銭奴的に黄金が多いが、黄金宝石の価値は大多数の【世界】では変わらない……と信じたい。

「で、……どこだ、ここは」

裏路地を歩いていると雰囲気はどこか【魔法】に通じる西洋風だった。石畳の上にはほんとうにぼんやりとだが電灯がある。看板の文字は…英語でないことはたしかだ。では、どこだ?
寝静まった夜の町を猫のように足音鳴く歩く。空気は湿っていて、近くには海があることを窺わせる。取り合えず、そちらのほうを目指してみるかと足を向ける。
ちょうど、出かけるところだったので靴を履いたままだったのは良かった。これで裸足だったら厭なものだ。



「…!…!!」

なにやらどこかから声が聞こえる。寝静まった街に反響する。
どこから聞こえているのだろうか。俺は耳を澄まし、声を頼りに歩き出した。



「…っ、てめぇっ!ここまでついてきて…!!」
「ああん?ふざけんなテメェが勝手に引きずり込んでケツ撫で回したんだろうが?いたいけな美少年捕まえておっ勃ててる野ブタが。あああ?きめぇんだよ、その芋虫みたいな指で俺に触るンじゃねーよ」
「て、めぇっっ…・・・」

鈍い音が聞こえる。

「ぃってぇなぁぁ、殴りやがって…死んじまえ、ブタが!」
「グ、」

見れば、小柄な影と大振りな影。
おぼろげに揺れる電灯(いや、あれは恐らく、ガス灯だろう)の光にゆらりゆらりと影が映る。


「……なに見てんだよ、テメェ。なんか文句あんの?お前も俺のナイフつきたてて逝かせてやろうか?」


特に足を忍ばす理由もないので、カツンと音を鳴らして足を止めればハッとしたように、小さな影がこちらを振り向いた。
血に塗れた目をしている子供だった。
年のころは…六つか、七つか。

人を殺すことに特に躊躇いは無く、崩れ落ちた男の頭を容赦なく蹴り飛ばし、笑う。
昔の俺だったらその光景に腰を抜かして、どうしてこんな子供がそんな目をしているんだ。人殺しはいけないことだ!などと、さも自分が正かのように言っただろう。

そんな気持ちはとうに無い。ま、多少過剰防衛じゃねーの?と思いもするが、男と少年の体格の差などを考えると、刃物を使うのもひとつの手だ。



「なに?ああ、もしかして言葉わかんねぇとか…」

俺の一目で人種が違うとわかる顔立ちに、ことばが通じないと思ったらしい。

「…いや、分かる」
「ふーん…ま、いいけどよ」

子供はジロジロと俺の全身を観察した。

「こんな時間に出歩いんじゃあ、襲ってくださいっていってるようなもんだぜ」

じゃあ、子どものお前はなんなんだよ、と突っ込みたいが口を噤む。



「教えてもらえる?」
「ここは美しき魔都、イタリアがシチリアさ!ようこそ、東の国から酒と麻薬と女の国へ!」


口の端を、いっそ清清しいほどの毒々しい邪悪さで吊り上げた少年は、俺を迎え入れるように両手を広げた。





■□■





少年の名前はアヴィッチ。
【無間地獄アヴィッチ】を潜ませた名を持つ少年。


母親の名はマリア。
【聖母マリア】と同じ名を持つ淫猥なる娼婦。


赤みが掛かった黒髪と、青い瞳を持つふくよかで冷たい脂肪の乗った淫猥なる娼婦の女から生まれたのが彼だった。
マリアが何を思って子供にアヴィッチと名づけたのかは誰も知らない。そもそも、マリアが名づけたのではないかもしれない。周りの連中が気がついたときにはすでにアヴィッチは【アヴィッチ】と呼ばれていた。

アヴィッチは可愛らしい赤ん坊だった。
生まれたばかりのころは他の娼婦のおもちゃとなっていたアヴィッチだが、それも三歳になり言葉が流暢になるとともに一種の異物のように見られるようになった。
アヴィッチの口調は最低だった。一体どこからそんな言葉を学んできたのかと卑猥、或いは下品な言葉使いにも慣れているはずの娼婦が思わず絶句するほどに。それが外見が可愛らしい子供から出るのだ。周りの娼婦はなんとか言葉を矯正しようとした。
だが、飛び出す言葉全てが嘲笑と悪意に満ち、さらには言っていることが的確に相手の弱いところを突き刺すのだ。
対面している娼婦達はその言葉のナイフに傷つけられ、なぜ、そんなにも自分のことを見透かしているのかと恐怖を覚え、アヴィッチと距離を置くようになったものがほとんどだった。

母であるマリアは、元からアヴィッチには興味がなかった。彼女はアヴィッチを愛してはいなかった。アヴィッチも彼女を愛してはいなかった。それは彼らにとっては当たり前のこととして認識され、通う情は無く、血のつながりはあるというのに他人そのもの。




ある月の無い夜、唐突にアヴィッチは一人の男を連れてきた。
足元までの長いローブを纏い、表情にあまり変化の無い、不思議に淡白な顔つきをした男だった。
瞳と髪は闇のように黒く、着ているものは上等だが、アンダーのカッターシャツのみが白く、他は全て黒色に統一されていたため、彼のもたらす印象は<黒>。





それは誰だ、どうしたのだと娼婦の女の一人が言うとアヴィッチは答えた。


――拾った。


拾った?なんのために、どうして、なぜ連れてきたと、さらに娼婦は問うた。


――飼うためだ。


人間に向って飼うとは…呆気に取られた娼婦に粗野に笑いかけ、後ろに佇む黒の男にチョイチョイと指を振った。
一歩進み出た男は、しなやかに身を屈めて礼をした。その流れるような所作に、ここには似つかわしくない上流者の香りを見て取るものも一人、二人いたが、ほとんどのものは演技かかった大仰な礼をするやつだ、と鼻で笑った。



。…暫く世話になる」



宿代代わりに、と取り出した金の腕輪の装飾は見事なもので娼婦宿の女主人はしぶしぶと認めた。かといって、上等な部屋を分け与えるわけでもなく、部屋は狭くかび臭い半地下のアヴィッチの部屋にいることを認める、という程度だった。
衣食まで恵むつもりは無い。アヴィッチのような悪童の傍にいれば、おのずと手を焼き自分から去るか…イカれた悪童に寝首でも掻かれるだろう。
十代後半に見える黒髪の男は、子どもの扱いに慣れているようだった。娼婦達のあからさまな挑発的誘いにも、男達の嘲りの仕掛けにも反応せずに子どもの相手をし、時おりふらりと消えてはまた戻ってきた。


働き口はあまり無かったが、港へ行って取引の通訳をすることにした。ただひとつの特技として、俺は全ての言語を操ることが出来る。様々な船が行き来するイタリアの港町、取引物はワイン、煙草、チーズ、チーズなどの加工食品が主だ。フリーで通訳の活動だったが、それなりに小金はもらえた。



また、金のものに目が眩んだ売春宿の用心棒気取りがを痛めつけようとしたことがあったが、見事には彼らを返り討ちにした。その手並みの鮮やかさ、一瞬にして殺気の塊を通り越し、全ての感情を根こそぎ放棄したようになり、そのくせ口元にはかすかな愉悦を滲ましたような表情…――


(ああ、暴力だ。骨を折る音、肉を切り裂く音、どくどくと波打つ血管を断ち切り、ゆっくりと相手を死に晒す、この――)


左の手の甲のタトゥーが淡く光を放つ。


(――快感?)(いや、違う。それは……俺が欲しくない感情だ)


自分の思考に、感情的な部分が異議を唱える。


体の中ではいまだ燻っている何かがある。


(殺される前に殺っちまえ?それもひとつの真理だろうよ)







「はぁあ?このオレさまがあの犬も食わねぇ落ち目なボンゴレさんの七代目候補だぁ?寝言は死んで言よ、今すぐ殺してやろうか?そしたら寝言も言えねぇぜ」


カチ、カチと、撃鉄もてあそびながら、アヴィッチは鼻で笑った。
相対するする男はその音に時折眉間を動かしている。ま、周りを加減のガキが故に知らなそうなヤツラに囲まれ、ニヤニヤと見下されたように見られていれば、自然と怒りもこみ上げるだろう。
鬼子と呼ばれた幼い子どもは、今は十八歳…今じゃここらの糞ガイどもを束ねるギャングのボスだ。
ギャングってのは不良少年の集まりだ。大人ほど狡猾ではないが、悪知恵が働く。


「……娼婦マリアはボンゴレの六代目の息子の贔屓で、長い間囲って他の男には指一本触れさせなかったそうです。時期を考えると、あんたはポリニの息子のはずだ」
「だからそのポリニっつーのはどーしたよ?六代目さまはその乳離れで出来ねぇおっっきい子供がいらっしゃるんだろ?なんでこのオレがんな面倒クセェマフィアなんぞの後継者になんなきゃなれねーんだって聞いてぇんだよッ?テメェ頭悪ぃなぁ。聞かれた質問が理解できないっつの?そんな腐ったスカスカな脳みそなら今ここでぶっ放して中身を犬のションベンで洗ってやろうか?あああ?」

ジャキ、とニヤニヤと口元に笑いを履きながらも瞳は全く笑わずに拳銃を額に押し付けられて、男は慌てて首を振る。
ほんっとうに心底この少年は口が悪い。聞いていてこちらがまぁ耳を塞ぎたくなるような下品さだ。おまけに俺まで口が悪くなりどうだ。疑問なのはどこからアヴィッチは語彙を集めてくるのだろう。俺こそテメェの頭んなかをカッ開いて半分腐って壊死してんじゃねぇかと確かめたくなるぜ。

「……アヴィッチ」

俺が声をかければ、眉間に立て皺を三本ほど刻んだアヴィッチが凶悪な目で振り向いた。眼光は鋭く、暗い。だが、俺にしてみれば可愛いものだ。俺が行ってしまった境地、イシュヴァールで皆が持っていたものにはまだ遠い。

先日街の男らと乱闘騒ぎになったとき頬にナイフが掠り、頬が斜めに切り裂かれている。よくよく見なければ分からないほど薄くなった傷だが、アヴィッチは大層逆上した。いつもはよく動く口が噤まれ、目にも留まらぬ速さで繰り出された銃弾が相手の脳髄を削り突き抜ける。本当ならば、もっと痛めつけて殺したいらしいが、カッとすると拳銃で頭をブチ抜いてしまうのが常だ。
アヴィッチは拳銃が好きだ。路地裏で空き缶に何発連続して銃弾を打ち込めるか、そんな子供の遊びを繰り返し、正確無比の命中率を誇る。

囲まれた子どもの大国の孤独な王。
俺はその後方でひっそりと立つのが定位置だ。


「んだよ、
「お客さんがビビッてしまってんるだろう。そういうときは丁重に引き取ってもらえ」

どうやってだよ、と目で先を促すアヴィッチに、ニヤりと笑いことばを続ける。

「指とか目とか、部品を丁重に送り返してやるのがちょうどいい。向こうさんの反応を見ぬんのか?めんどうくせぇな…俺拷問とか出来ネェよ?切り刻んでハンバーグにして送ってやったらいいんじゃねーの?」

アヴィッチの表情を真似たような笑みを零して男を見遣れば、相手は怯んだ。
いやだな、冗談に決まってるじゃないか。

「会ったこともねぇヤツラに突然呼び出されて、ホイホイ出向く筋合いもねぇ」
「直系の人間はほかに何人もいる。だが、ボスは…ボンゴレ六世は、アンタのことを持ち出した」
「へぇ、そらまぁ…ありがたいこって」

ビールを仰ぎ飲み、空になった空き瓶を床に叩きつける。その破裂音に一様に皆がビクっと身を竦ませる。




「伝えろ」


銃をピタリと相手に向ける。
銃口の奥に見えるぽっかりとした暗闇。







「……来るならテメェが来い。ココ、は俺のホーム(家)だ」







皆が帰った後、しんとした部屋で俺はアヴィッチに聞いた。

「どーすんだ?ボンゴレ七代目候補…たぶん、お前のとこまで回ってくるなんてのはよっぽどだな」

基本的に血のつながりがどうのこうの言っている連中だが、他にも愛人を囲って子どもを幾人も生ませているだろう。
なのに、わざわざこの子どもをボスの候補にするとは…な。大博打が過ぎるぜ、ボンゴレY世(セースト)。


「ハンッ。なんで俺が血がつながってるって分かるんだ、それこそ眉唾もんじゃねーか。あのアバズレ女が一人の男で満足して囲われてるわけねーだろーが」
「六代目のじいさんがお前が血を繋がっていると言ったんなら、そーなんだろ」
「なんでだよ」
「超直感、かな」
「超直感?なんだ、それ」


胡乱な目つきでアヴィッチが聞き返す。

「俺も知らねぇよ。マフィアなんかにゃ縁が無かったし…ただ、ボンゴレは小耳にはさんだことがあるんだ」

主に、はるか昔に漫画でちょろりと読んだだけだがな。
人物名やストーリーなどはおぼろげに覚えている。忘れている名前も、名乗られればきっと思い出されるだろう。なんつー漫画だっけなぁ・・・なんとかリボーンだ。そう、魑魅魍魎の如く赤ん坊が銃をぶっ放す意味不明な世界。言っちゃなんだが、よく考えると【魔法】世界よりも性質が悪くねぇか?



それにしても…




再誕re born、ね」



なんとも!
是非とも、俺をもとの【世界】に再誕させて頂きたいものだ。



「ボンゴレは呪われた血族。ボンゴレはその栄光を血で贖う。ボンゴレが勢力を誇るのはひとえにボンゴレの血に宿る超直感の賜物だ。超直感は…まぁ、そのまんまだな。コイツは嘘を言っている、なんだか厭な予感がする、そういう勘が異常に冴えている。その勘は書類一枚にも通用する。だから、ボンゴレの采配には間違いは少ない……ま、見通す目みたいなのを持ってるようなもんさ」
「はっ!神の目(ゴットアイ)かよ!」
「いやいや…悪魔の目(イービルアイ)だろ」



そんな力は普段の生活の中では幸せだが、汚れた世界じゃ悪魔の目さ。



「…忘れんな。自分がしたことは、全て自分の身に降りかかる。やられる覚悟とやる覚悟、どっちも同じだ。どうせいつかは廻り巡って還ってくる。暴力しかふるえねぇのはただの馬鹿だ。時には臆病になれ、逃げろ逃げて逃げて、頭を使え。おめぇら皆屑だ。俺も含めてな。デカイことには責任がある。止めるも終えるもお前しだい。デカイ組織の下には、いつでも吹き飛ぶ命がある。たかが一卒兵、たかが、モルモット、指先ひとつで死はすぐそば」


どこにでも、使われるやつらはいて、上には肥えたブタがいる。
能無し共がはびこるのが世の常とは。




つくづく、どの【世界】も優しくない。





■□■





そして、転機はどんな時でも訪れる。

ボンゴレ…現在、19世紀初頭。
ボンゴレの勢力は今、衰退し始めていた。新参者のギャングマフィアが台頭し、伝統も格式もあったもんじゃねぇ。

ルールのない陣地の奪い合い殺し合い。
暗黙のルールを勢いだけの馬鹿どもが、ところ構わずのろしを上げて好き勝手。

積み上げてきたものを崩すのはたやすく、築くのは難しい。

手をこまねいていたわけじゃない。ただ、この街には…こんな、港があるだけの田舎町には関係のない話だと思っていたのだ。
関係のない話が、実は以外に身近な話だった、なんてのは良くある話だ。

仲間が…いや、仲間というか知り合いだ。
仲間というほど親しいわけではない、けれど知らないわけではない。それほど大きくはない街なので、多くの人々はどこかで繋がりがある。

アヴィッチの顔見知り(ひいては俺の顔見知りでもある)が、次々と身を落とした。
原因は簡単だ。
売りさばかれてきた酒に混入されていた麻薬。
麻薬自体に手を出すことはなくても、酒は水代わりに皆が飲む。

そこをついた商法だった。
麻薬を混入させた酒を最初は安い値段で売り出し、徐々に値段を上げていく。
それはひっそりとやられていたので、皆が気がつかなかった。気がついたときには遅かったのだ。酒を飲んだやつらが蝕まれて中毒になっていた。



「…どこのどいつだ」



幼馴染のひとりが死んだ時、アヴィッチは低く俺に尋ねた。
まぁ、俺としても答えてやりたいのはやまやまだが、答えを知らぬので首を振るだけだ。ちっ、と舌打ちを返された。おいおい、別に俺が役立たずなわけじゃないぞ。何でもかんでも俺が知ってると思うなよ。


「【神の芳香ambrosia】だぁ?とんだ腐った卵を売りさばきやがって…見つけてブッ殺す」


見本に一本入手した酒ビンをなぎ払う。床に落ちた赤い色が広がる。


「どこのだれとは分からないが。どっかの誰かさ。ここの支配者であるボンゴレを引きずり下ろそうとする、有象無象…外のヤツラさ」
「vaffanculo!!(糞ったれ!!)ボンゴレの野郎はなにしてやがる!ここもヤツラのシマの一部だろうがッ!!」
「Y世は動けないんだろ。元々、Y世は穏便派というか…」


内情がどうなってるのかはさっぱり分からないが、ボンゴレのY世がこっちまで足を運ぶことがなかったのは確かだ。



「自分の家守れ腑抜けはさっさと隠居させろ!!俺がその背を押してやる」











…――ボンゴレZ世 《 継承の儀 》。
当たり前だが、俺のような部外者がその儀に立ち会うことは出来なかった。

その日、俺は夢を見た。







暗黒の球体の中、繰り返される過去のヴィジョン。

それは踏みにじった記憶である
それは裏切りの記憶である
それは殺しつくした記憶である。
それは略奪の記憶である。

全ての記憶はいつか、わが身に降りかかる未来。
ソノ中で、咆哮をあげ、何もない漆黒の天井―夜空に向かい銃を掲げ、咆哮した。


「ここは俺のホームだ!俺の世界に踏み込むヤツは、殺す、根絶やす、はらわた引きずり出して荒野にその首晒す!」


奪い続けなければあっという間に地へと落ちる悪の栄光。
止まることはしない。止まれない、止まればそこにあるのは死だ。


「俺が全てを支配する!俺の物は俺のものだ。俺のものを奪うことは許さねぇっ!!」


それは、彼の持つ矜持。


カルマだぁ?ハッ!……背負ってやるさ、業のひとつやふたつ」


ここは俺の支配する場所。

オレが、オレこそが





<<無間地獄を支配する者なりI rule over the worst hell.>>



六つの光が闇を舞う。
ニヤリと、不敵に笑うアヴァッチの影を仄かにてらし、全てが闇に消えた。










お披露目パーティは盛大だった。多くの幹部連中が集まって、会場を埋めている。
その片隅で壁の背を持たせながら俺は周りを観察していた。雰囲気自体は【魔法】でのパーティを大人の世界にした感じだ。

それにしても、衰退していると言っても、そこはボンゴレ。
並ではない調度品が並び、人々の格好も無駄に華美だ。

趣味がいいのか悪いのか、赤い絨毯の上に続く二股に分かれた大階段。その上から傲岸不遜に踵を鳴らして下りて来た少年――アヴィッチ。
燃えるような髪の毛を撫でつけ、身を包むのは着慣れぬスーツ。
足首を捕らえるような毛羽立った絨毯に妨害されることもなく、羽の上を歩くように優雅に歩く。(内心、どんなに足元に関して悪態をついていようと、表面上は上等だ)





「お初にお目にかかります、俺さまこそがテメェの清く正しく血濡れたボンゴレの血を継いでテメェらの命を預かります、七代目、アヴィッチ=ドン=ボンゴレZ世(セッティモ)」





広間にいるものどもを生まれながらの残虐な支配者のように睥睨すると、心臓の真上に片手を当てる。
形ばかりの慇懃な礼の癖に、まるで上流階級者のような流れるような優美な動作に、集まった関係者はこのアヴィッチという男の判別をつきかねた。
俺がちょっとばかり、【魔法】で培った礼儀作法を教えてやってたのだ。猫は被るに越したことはない。最初の相手は騙して何ぼだ。


「それでは、蹴落され堕落したボンゴレの復興を願って……」

手にしていたワインの入ったグラスを掲げ……


グラスを逆さにした。



ぴちゃりとと零れた美しいロゼッタのワイン。
乾杯の音頭は台無しだ。なに考えてんだ、あの餓鬼…。

「ものども!敵に血を流させろ。支配者はだれか骨の髄に刻み込め!!」

持っていたグラスを力を込めて握る。バキンとグラスが割れて、破片が手に食い込み、散る。
ああ…あの馬鹿…手ぇ怪我しやがって…救急箱ってどこにあんのかな…。


「文句のあるヤツはいつでも来い!!俺がじきじきに殺してやるからよ…ただ、牙を剥いたものの一族恋人友人に当たるヤツラ、全員ぶっ殺してミンチにして豚の餌にしてやっから覚悟は決めてこいや」


血が流れる手に舌を這わし、ニヤリと笑うと背を向けて血に濡れた手を後ろでに振った。


「地獄で会おうぜ、下種ども」


ボンゴレZ世劇場第一部、退場。





■□■





「馬鹿か?」

開口一番に言ってしまった。アヴィッチにこんな口を聞いていいものか。いいんだ。
ピンセットで手にささった硝子を抜き取り、消毒する。結構深く切ってるものもある。しばらく、シャワー浴びるのも辛いだろうに。

「ちゃんと利き手じゃねぇほうだろーが」
「まぁ、そこは偉いが…手ぇ怪我するといろいろ面倒だろ」
が世話してくれんじゃねーの?」

ニヤニヤと笑うアヴィッチの頭を叩きたくなる。おい、誰がお前の世話するだよ。んな面倒なこと誰がするか。俺はベビーシッターじゃねーっつの。

「お前、ボスになったんだからそこらへんの美人なねーちゃんにしてもらえ」
「あー…ま、それでもいいかもな」

そういえば…と俺は包帯を巻いてやりながら思い出す。
微かに憶えていた【再生】の世界。ボンゴレの直系、特にドンとなる人間に必要不可欠な《超直感》。

「…灰色はいたか?」

あの大舞台の上から人々を見下ろして、腹に一物持っているものを見つけられるもんなのだろうか。
その血のみで、そして、Y世とのたった一度の面談でボンゴレリングを譲られ、Z世を引き継いだアヴィッチ。

当然の如く風当たりは嵐のようだ。
上手く隠しても、ちらちらと悪意が漏れる。……だた流しして、誰にでも分かるような下手な仮面しか被れないようなやつは無能だが。


「いたいた。灰も一杯、黒はちょっぴり、白もちょっぴり。ま、そのうちは灰も黒になって尻尾だろ。尻尾振ってついてくるしかねぇ、お手も出来なねぇ駄犬はさっさとぶち抜いてやりてぇぜ」


クルクルと利き手で銃を遊ぶ。
来るものは拒まず、去るものは死を。


ぐるうり、一回転した銃口が火を噴いた。


「…市井で育ったんなら、なにも出来ねぇぼっちゃんだと思ったが…目つきはいっちょ前だな」
「誰だ、てめぇ」

のそりと現れた一人の美丈夫だった。

「よう、初めましてだな、七代目」
「オレの銃弾が挨拶代わりだ。なんだったらも一発いるか?」
「可愛くねぇガキだな…」
「…お前もな」

にらみ合う二人の間に晒された俺はため息を吐く。おい、アヴィッチ、てめぇの撃った銃弾がオレの髪を掠ったぞ。
怖くて玉が竦みあがっちまったじゃねーかよ。(ああ、こんなとき銃弾の画く進路が目で追えるというのは有る意味、怖さが増す)

「おい、アヴィッチ。お前はまだ会場での挨拶周りがあるだろ。とっとと行けや」
「…ああ、行くけど。は?」
「俺はちょっとコイツと話がある。終わったら俺も行くから、ちゃんとボンゴレ様をやってろよ」

アヴィッチを部屋から追い出す。手当ては終えたのだ。
お披露目会場に本日の主役が居なくては始まらない。

救急箱を閉じて、美丈夫に向き直る。





「さて、アルコバレーノ…」


男が目を細める。
…いやぁ…これってアルコバレーノとかいう人だよな?虹とかいう…誰だかは分からないが、成年がおしゃぶりを首に掛けているってのがなんとも可笑しい。
姿かたちがいいだけに、物凄く変な人間に見える。


「Z世が拾ってきた狗か…テメェ、知ってたのか?やつが…ボンゴレの血に連なるもんだと」
「さぁ?こちとら、俺を拾った子どもがボンゴレさんの後継者になるなんて露とも知れず…」

肩を竦める。本当のことだ。
まさか、俺を拾った悪童が、あのボンゴレの人だったとはね…。

「お前のことは調べた。、ジャッポーネらしいな」
「へー…調べたんだ。別に何も出てこないと思うけど」
「……ああ、出てこなかった。何一つな」

ああ、だから俺を疑うのか?
アヴィッチがボンゴレの血に連なるもので、"もしかしたら"の万が一後継者になるかもしれないから送り込まれたモンだって?

まさか!ただの縁さ。




「そらどうも。日本かぁ、いいな。俺も故郷に帰りたい…」


とはいうものの、最近では自分がどこに帰りたいのか分からない。

帰りたいって?帰ってどうするんだ?
てか、帰って俺の居場所はあるのかよ?



険しい目で俺を吟味する相手に気がつき、少し笑いかける。
彼から感じる張り詰めた空気は、俺が変な真似したらすぐに対応できるように隙がない。



「……あのさ、俺がここにいるのはたまたまだから」


【HH】時代のコアな部分は俺にはまだまだ残っている。
ほんと、【HH】で殺しの基礎と攻撃のかわし方を教わらなかったら【鋼】では生き残れなかったと思う。
その後、【鋼】で銃の使いを学んだ。命中率は低かったけど。
【撫子】時代はシュミレーションでの反射能力テストなどで実物そっくりな質量、標準の銃を扱い。シャドウとのミラー実践訓練行ったりした。
正直、何を目的としてナノマシンの開発をしていたのか、あの研究所はよく分からない。

俺は、肉体強化ナノマシンの影響により、人よりも筋力はもとより、体力、瞬発力、聴覚、嗅覚、動体視力などは常人よりも優れている。
単純計算で、常人の約三倍ほどと思われる。
でも、超人のヤツラの中に入ってしまえば、そんなのは平凡に変ってしまう。



なぁ、どうせ俺はいつかは消えるのだろうから。
ああ、そうさ、俺はきっとまたこの【世界】から弾き飛ばされるのだろう。



――…どこともしれない、リアルなフェイクに。



「俺さ、それなりに戦えるよ。俺が死なない程度には、アヴィッチの面倒は見るよ」


俺の命が凄く脅かされる事態が起こったら、たぶん、俺はアヴィッチを見捨てるだろうけどね。
まぁ、アイツは…そう、子どもみたいなもんだからさ。









ボンゴレになったらすること。守護者を選べ。


「守護者、選ぶんだろ?」
「めんどくせぇ、めんどくせぇっ!七人の守護者ってなんだよ、意味ワカンネーよ!俺は白雪姫かよ?あぁん?七人の小人ならぬ守護者に守られるなんて冗談じゃネーよ。守るだぁ?笑わせるな、俺の、この俺の、何が分かるってんだ、他人風情がッッ!」

激昂した様子で、足元にあるものを蹴り飛ばし、手当たり次第に壁に向って投げつける様子は癇癪を起こした子どものようだ。

「――お前が勝手に選べ、お前は俺の飼い犬だ」

これは、依存なのか?信頼なのか?
ぎらぎらと光る瞳を見て、俺はなにやら教育を間違った親の気持ちになった。

「はいはい、仰せの通りに、ボス」

それほど辛い仕事でもない。なんで俺が秘書みたいなことやってんだとも思うが。敵前にさらされることもあるが、基本的には俺たちのところまでたどり着く前に部下に阻まれ、殺される。
今はもう俺の身長を優に越している。食生活の割りに、外国の人間はなぜざらに180を越えるんだ。180に永遠に届かない俺はどうすればいいんだ…。

「…ああ、でも、最後はお前の超直感で決めろよ。人は集める」

そうして選ばれた男女。
…まぁ、そこらへんは深くは語る必要もないだろう。

選んだ七人の書類を提出し、その枚数が七枚あることにアヴィッチは気がついた。

「…おい、お前は【守護者】になんねーのかよ」

【守護者】は七人。アヴィッチは俺も【守護者】になるものと思っていたようだ。おれはお前に【守護者】になれなんていわれてねぇよ。

「ああ、俺はならない。俺は【裏】に、行く」
「【裏】?」
「ウォリアー(戦闘員)の中の戦闘員……ボンゴレの汚れ仕事…裏の裏の仕事をする独立暗殺集団のことさ」
「…いたな、そんなやつらが。でも…が?」
「そうだ」

頷くと、アヴィッチは「あ〜?」と頬を掻いて少し考える素振りをして宙を見た。

「……お前、血とか嫌いだろう」
「ああ、嫌いだ。自分がなってたら痛そうだな、と思って」
「なのにヴァリアーに入るとか、ばっかじゃねーの?」

アヴィッチは露骨に馬鹿にした。

「…いいだろ。なんたって、あそこは独立部隊だから。お前と対等に近いし…ま、適当に働いてやるよ」

重厚な仕事机の上に散らばっている書類に目を通す。目ぼしいものはすぐに見つかった。
戦場にいたために勉強なんて出来なかった【鋼】だが、こっちでは多少の勉強をして文字は読める。それだけの時間はあった。

「ラッテラファミリーと、グレフィンドファミリーだな。潰すか?」

書類をつまみ出す。

「潰せ!ぶっ潰して壊し肥溜めに捨てろ!ブタの糞と一緒に肥料になりやがれ!」
「じゃあ…初仕事として、俺たちを使え」

俺はアヴィッチを見つめた。

「ヴァリアー、を?」
「ああ」

頷く。
さあ、言えよ。


「じゃあ、任せる。逝け」
「ああ、生くよ」



扉を開けば、そこに佇む六つの影。
漆黒の闇を持つもの。

「ボス」

俺を筆頭に、アスター、カマエル、サリル、バール、モレクス、ラハッブ。
六人の悪魔の主と、一人の王と地獄そのもの。


さあ、地獄は何処だ?

(すぐソコにある地獄。ごめんな、俺のために死んでくれや)





■□■





十年後。

二十歳そこそこの姿から変化をしない外見に、初めは軽口で「ジャッポーネは童顔だなぁ」とはやし立てていた声が徐々に小さくなり、やがては怯えを込めた畏怖の視線に変わる。

そして…――人は俺のことをこう呼び始める。



「バケモノ」、と。



参ったね。
俺が今までいたとこは全て十年にも満たないサイクルで点々としていたため、こんなにも長い間ひとつのところに止まったことは無い。
そのため、「バケモノ」なぁんて呼ばれたことはなかったのだ。
成長しない外見は、確かに気持ち悪く――不老不死なのではないか、と夢を見る。生憎と、常人よりもあらゆることで勝っているが怪我をするし、痛覚はあるのでいたいし…ただ、体が老いぬというだけで。





□■□





時は早くも三十年と過ぎる。
ボンゴレは順調にその栄華を取り戻し、押しも押されぬ安定期に入った。
変化といえば、俺が【表】に現れることをしなくなったぐらいか。俺が会うのは限られた人間だ。
俺の部下とも言えるヴァリアーの面々、アヴィッチとその守護者たち、他数名のアヴァッチの子どもたち。
はいはい、俺はどうせ歳を取りませんよ。周りから見たらキモチワルイことこの上ない。

アヴィッチには女も男も性欲の対象だ。求めるのが一時の快楽ならば、男も女も関係ない。もちろん、女の方が好きなようだが。
気が向けば抱き、種を植え付ける。時に血まみれで息絶えた全裸の女性がアヴィッチの寝室に転がっていました、なんてのもざらだ。
女がどんなに甘く囁き、アヴィッチの寵愛を得ようとしてもそれは叶わぬ。彼は、女を侮蔑し、男を貶める。何人もの女性がアヴィッチの子だと薄汚れた赤子たちを連れて訪れたが、アヴィッチが認めた子は数少なかった。



「雌ブタどもが」



超直感とやらで、ボンゴレの血が入っているか入ってないか、そのぐらいは分かると嗤っていた。
アヴィッチの【炎】の力は、歴代のボンゴレの中でも特に弱いものだと囁かれている。その分、超直感には優れていると自ら豪語するアヴィッチ。実際その言葉には偽りは無い。

【炎】は弱いながらに研ぎ澄まされ、それは鋭く尖った針のように敏感だ。

さん…どうも、お久しぶりです」

長男もすでに大きくなり、成人してしまっている。
アヴィッチの長男、ベネデットは茶色の髪を揺らしてペコンと頭を下げた。無口な性分のようだが、慎ましやかに変わる表情は見ていて微笑ましい。
正直、あのアヴィッチの息子に、良くこんな穏やかな人間が出来たなぁと感心する。


アヴィッチにとって、男も、子どもも、女も、老人…血を分けた子どもにすら容赦は無い。

じゃあ、俺は?という疑問ももっともだ。

恐らく、父を見ているのだ。
彼にとっての理想的な父であり、兄であり、弟であり、裏切ることのない飼い犬?
(飼い犬になった憶えはないがな)まぁ、それなりの贅沢と自由を貰っている身としてはどのように見られても構わないが。…たぶん、俺にしてみればアヴィッチのような性悪でも弟(実際に弟なんぞいたことは無いが)か、出来の悪い息子を見ているような気分なのだろう。

向こうでもこちらでも俺も好きなように女を抱かせてもらったが、いくら中出ししようと女が孕むことはなかった。俺の種が悪いのか、女の機能に問題があるのか。
――それとも、この【世界】の住人ではない俺の因子を持つ人間を【世界】が生まれることを阻止しているのか…。なんて、哲学的に考えてみても、俺は科学者でもなんでもねぇので分からない。…ま、【撫子】時代に精子サンプルを取られたときに特に何も言われなかったことを見ると、精子自体の働きが駄目というわけではないだろう。
そうなると、やはり、単純に【世界】に受け入れられていないということだ。


はい、簡単!


「……」

おずおずと、その兄の背中に隠れている歳の離れた子ども。
俺を上目使いに見つめている。なにやら、小動物のようで可愛らしい。

「可愛いなぁ、エンマは…」

別腹の歳の放れた兄の背中に隠れている大人しい子どもだった。
日本人とはまた違う、艶が少ないがさらさらした髪が風に揺れている。人見知りが激しい子で、いまだ俺になれてくれない。
俺ってそんなに怖いのだろうか。少し落ち込む。

子どもはいいねぇ…と微笑ましい気分になりながらエンマの頭を撫でてやろうと横から手を伸ばす。
が、途中でベネデットの顔目がけて飛んできたものを手で摘んで遮断した。人差し指と中指の間に挟まっているのは、先が鋭く尖ったダーツの矢。

「っぶねぇな。子どもにダーツなんてモン投げてんじゃねーよ!アヴィッチ!」

今に始まったことではないが、次代の後継者…八代目として有力候補ひとりのベネデットに攻撃を仕掛けることはいただけない。

「うぜぇうぜぇ、用が済んだら出て聞け、糞餓鬼ども!」

アヴィッチは子どもたちを追い出した。
外見だけなら洒落た男になってきているのに、口が悪い。それなりに話すことも出来るのだが、地が地だ。
外では歳を重ねてインテリ野郎といわれているらしいが、俺に言わせればどこもインテリじゃない。

「アイツはお前の後継者だ。八代目か…さてさて、お前に似ずに無口だが礼儀正しくまともそうだな」
「馬鹿いうんじゃねーよ。ボンゴレの血は残虐非道。それが根元だ。俺はたまたまそれ強く出ただけさ…見てみやがれ」

笑い、アヴィッチは指先に死火を集めた。青白く揺らめく。それは超死ぬ気の炎。

ユラユラと揺れるそれに、俺はなにか昔話で読んだ蝋燭の話を思い出した。
どこかに蝋燭が一杯の場所があり、その火が消えるとどこかで命がひとつ消える……ああ、アレはなんの話だったかな。


それから数日後。

「七代目ぇ!エンマが…浚われました!」

慌しく転がる勢いで飛び込んできた男の報告に「それで?」とアヴィッチは気のない返事だ。自分の子どもの一大事に顔色のひとつを変えてみせれば可愛いものを…いやいや、目つきの鋭く、口ひげを生やしいかめしい男に向って可愛らしさを求めてはいけないな。
細く鋭い目は獲物を狙う鷹のようだった。


はてさて、可愛いエンマちゃんは無事かねぇ。





■□■





晩年、すでに[世に座を譲り、俺とアヴィッチはお昼のティータイムを庭で取っていた。

ああ、空がいい天気だ。
澄み切った薄い青空の下で飲むお茶は格別だねぇ…欲を言えば、紅茶よりも日本茶の方がいいだけどな。今日はアヴィッチにあわせて紅茶だ。
いちおう日本茶も俺のわがままで輸入してもらってるんだけどな。

「いい天気だなぁ…」

老年となった彼の姿形に、しみじみとコイツといた時間の長さを感じ入る。…目じり、口元の皺、その骨ばった手にある皺が現れてきている。

二人でこうして茶を飲んでいる姿なんて、知らぬ人間が見たら孫とじいさんだと思いかねない。
俺ももう、八十歳ぐらいなんだがな。

「なぁ、お前はどうして…歳をとらねぇんだ?」
「さぁ、どうしてだろうな?俺にも分かんねーよ。もうずっと…ま、でもまだ一世紀生きてない人間だから」
「ケッ。人外め」

頂点に立つものは、例外なく孤独だ。
傲慢なまでに孤独に、ファミリーには弱さを見せることは出来ない。

異国からきた俺にだけに少しだけ見せてくれたのだろう。


「…お前は空気だ」

ポツリ、アヴィッチが呟く。ほとんど聞こえないような声だが、俺の耳は拾った。

「お前がいたから俺は息が出来た」

ゆったりとした仕草でカップを下ろす。

「空と地を繋ぐのは…空気だお前が空と大地の間を支える柱だった」



目にも留まらぬ速さで抜かれた銃が火を噴く。
庭の木々の間、死角に隠れていた暗殺者が転がり出てくる。続けざまに銃声が庭に響き、木々の間から驚いた鳥たちが空へと舞い上がる。


ああ、この屋敷のセキュリティー駄目だな。責任者を後で呼んでこよう。

優雅な足取りで暗殺者に向って歩み寄った手の甲と両腕、両足に銃穴を開けられて逃げることが出来ない暗殺者に見下ろす。
にやにやと笑い、撃ち抜いたあとを足で思い切り踏みじりる。痛そうだな…。呻きを上げて芋虫のように転がる男を嬲る。


酷く冷笑する。








「這い蹲れ、あがめ奉れ、テメェらの行き先は無間地獄アヴィッチ、―――俺の腸(はらわた)の中だ」


両手に握られら、二丁拳銃からは煙が細く立ちのぼっていた。









071117
※標的187だけ読んだよ。七代目にいろいろショック受けた。全ての登場人物の名前はまったく原作と関係ありません。公式で出たらどうにかするかも…。