救えぬくらいに無神経







俺の名前は山田太郎(仮名)。
年齢は覚えていない。痴呆で忘れたわけではないぞ。正確な年齢がいまいちわからないだけである。

現在大学生活エンジョイ中。
将来の夢は、収入の安定した公務員になってお金に不自由しない人間になること。でもきっと、公務員試験で挫折することが前提。なので、もうちょっと現実的にどこかの会社の会社員になること。
密かな野望(妄想)は世界を征服すること。(…あれ?コレって悪役じゃねーの?ここは正義の味方とか言っておこうよ、で、裏から手を回して実は真の支配者みたいな)












「よ、山田!」
「オハよ、鈴木!」


笑顔で掛けられる声に俺はにこやかに返事を返した。
久々に聴く、オレの名前。そうだよなぁ…俺は日本人だから漢字という書き順が面倒くさいヤツがあるのだよ。
それに比べて英語というものは簡単だねぇ…画数が少ないし。

なんて懐かしいやつらだろうか!





俺はなんと現実世界に帰っていた。
俺を奇跡の帰還者と呼ぶがいい。

いやぁ、ハリポタ世界でサラザール・スリザリンとしてもう駄目だ…真っ暗だぁと意識が遠のいて、ふわっとした(きっとこのとき俺の魂が抜けたに違いない)と思ったら、次に覚めたらいつもの自分の布団の中だったてのは驚いたね!


夢落ちかよッ!?
って思わず一人突っ込みしちまったからね!ああ、ヘビロクの突っ込みが愛しくて堪らない。
やはり、人間はボケと突っ込みの相互作用で素晴らしい絆を立てられるのだよ!



…なーんつっても、夢落ちとかそういうオチはいらん。オチれない。

実のところ、俺はちゃんと杖を持っていた。これぞ、俺が俺様サラ様だった動かぬ証拠!!
良かったー夢オチではなかったらしい。

「この杖…俺が庭で拾って削ったやつだし…」

サラザール家の広大な庭で拾った棒をナイフで削って作ったMY杖。ちなみに二本一組。
さらに補足しておくが、鳳凰の羽やら、天馬の尻尾、サラマンダーの鱗、などという素敵なオプションはついていない。正真正銘、薪にしても惜しくないものである。

ああ、小さかったヘビロクをこれでつついて遊んだなぁ…という、ちょっと甘い思い出もある。最近ではヘビロクはでかくなってしまったので、むしろ俺が絞め殺されそうな危機が迫っていたがな。
動物は大切に、とスローガンを掲げたい。

サラザールは天才だったから、杖がなくても魔法は使えたのであまり出番がなかったMY杖。だが、方向性や魔法の微調整などは杖があると簡単に操作できるので肌身離さず持っている。
ちなみにお名前は「素敵スティック」…というのは冗談で「ステ助」と言う。どちらにしろ、カッチョ悪い名前だ。
アレじゃね?なんかブリーチの「侘び助」に似てない?(え、全然違げぇよって?)


「まぁ、そんなことはどーでもいい。問題は俺(山田)が魔法を使えるかどうかだ」

魔法が使えたらなんとなく素晴らしい。
まぁ、ハリポタの魔法ってのはあんまり実生活に役に立たないもんが多すぎンだよ。魔法で水が出てくるわけでもなし、料理だって結局は僕妖精が作ったやつが転送されてくるだけだし。使えねぇよ、マジで。
しかし、使えないよりも使えるほうが嬉しいに決まっている。友達に自慢できるし、将来マジシャンになって稼ぐということも出来そうだ。





レッツマジック!!


……
……………












「………どーせ俺は一般庶民さ。山田太郎(仮名)さ。一般スチューデンッ。下層階級、駄目駄目。所詮は使われる人間…現は夢か幻か…人生僅か五十年…しくしく」

何一つ魔法は使えなかった。
当たり前といえば当たり前か。俺はサラザール・スリザリンではなく山田太郎(仮)なわけだしな!でも、ちょっと落ち込んだ。





■□■





どんなに頑張っても魔法は出来ずに俺は普通学生ライフに戻って早一ヶ月。

友人の鈴木一郎と一緒にコンビニ入った。コンビニって凄く便利なもんだよなぁ…21世紀にはなくてはなら無いもんだ。道路に面した雑誌コーナでジャンプを立ち読みした。俺はコミックスを買う派の人間だけど、先を知りたくなるのは人間として正しいんじゃないだろうか。
へぇ、この漫画もうこんなとこまで行ってんだ。げ、マジで?そんなことになってんの…あー次のコミックス発売日はいつなのかなぁ…と、つらつらとページを捲っているとは鈴木が俺の肩を叩いた。

「なぁ、山田」
「ん?なに?」
「あそこに外国人がいるなぁって思って」
「ああ!?外国人なんてどこにでもいるだろーが」
「いやいや、なんか腰に変なもん下げてるから」
「変なもん…?」

変なもん、といわれてヘンなもん(いや、男なんだからぶら下げているのは当然なことだ!)を露出させた変態を思い浮かべてしまった。

俺はそちらに目をやった。
ガクン、と顎が落ちた。



ヘイ!誰か説明プリーズ!


そこにいらっしゃるのは思いっきり日本への観光客丸出しの三人トリオ!日本人なら大半が映画館かテレビで見たことがあるんじゃないだろーかっていうお顔!
腰のベルトかなんかに刺しているのだろうものが裾がからはみ出している。


あれは…杖だ!魔法ステッキ!


思わず、俺の斜めがけB5バックのなかの杖を押さえてしまう。
なんで杖が通学バックに入っているかなんて、簡単なことだ。俺の杖は…二本一組、その実態はお箸にもなっちゃう優れものなのだよ!いやぁ、最近は割り箸がちょっぴり高くなったらしいので一人エコで「ステ助」を再利用しているのだ。俺ってば自然に優しい人間だな。
流石は大地とともに生きたサラザール・スリザリンの過去を持つ男!


「なんだろうなぁ…アレ」
「…いやいやいやいや…つーか、まずあの顔に突っ込め!あの顔はハリーだろ、ハリー・ポッターの役をした俳優くんの顔だろう!」

あれ?あの歳って俳優っていうんだっけ?子役、だっけ?
まぁいいや。そこら辺は知らん。

「はぁ?なによ山田、知り合いなん?」
「がぁああーー!お前は阿呆か!ハリー・ポッターと言ったら超有名魔法少年の活躍シリーズだろう!!」
「だーかーらー、何それ?ハリー・ポッターって…何?それ」
「本、映画、グッズと日本のみならず世界に旋風を巻き起こした児童書のことじゃー!お前、マジで言ってんの、ネェ!?」


ガクガクと思わず鈴木の胸倉を掴んで揺すってしまった。猛烈シャッフルに負けずに鈴木はさわやかに笑っている。や、鈴木の外見は大学入ってからハジケちゃったらしくピアスが何十個も耳に刺さっていて見ているこっちが痛いんですがね。舌ピアスも臍ピアスも鼻ピアスも眉ピアスもしちゃてるもんね。やりすぎだと思うんだが。


「マジマジマジンコ!ハリーポッターって知らんよ。有名なの?」
「…!!お前はボケで、俺とお前はボケボケコンビだと思っていたが、ここまでお前がボケだとは!むしろお前のソレは痴呆だろーー!だって一緒に見に行ったじゃんか!映画!ハリーポッターと秘密の部屋!」
「そうだっけ…?いや、そんなん俺見に行った覚えねーよ」
「この若年性痴呆が!見てみろ、店員さんだって知っているはずだ!」

鈴木の腕を引っ張って、品だしをしていた店員さんに尋ねた。

「…あの、ヘンな質問ですいません、ハリー・ポッターって本ご存知ですよね?」」
「……ハリー・ポッターですか…?さぁ、すいません。僕、あんまり本読まないンで…」

俺は呆然として鈴木の腕を離した。

「……」
「ほらなぁ?俺は嘘言ってねーよ?ハリィポッタなんて知らねーっつの」

嘘だろ嘘だろ、アメリカンジョーク?

「今日って四月一日だっけ?」
「エイプリルフールはとっくの昔に過ぎたな」
「……」
「おーい、山田?マジで大丈夫か?」








全然大丈夫じゃない。





(さぁ、侵食は始まった。次の御伽話を始めよう)