欠けない月の喜びは甘美な絶望のようだから







僕の名前はトム・マールヴォロ・リドル。

偉大なるサラザール・スリザリンの子孫である





…………ハズである。









なにをどこでどう間違えたのか(きっともう、千年以上前から間違えだったんだ!)、僕のご先祖さまであるサラザール・スリザリンが復活した。

彼いわく、

「千年間寝たり起きたり人類の進化を見守ってきたのだよ!いやぁ、魔法族って進化がないな!むしろ退化してやがんな!」

と、その神が創ったような造詣の顔を破顔させていった。






あの日、あの大広間に現れた。

月の光を織り込んだような銀色の髪、血を浸して染めたような紅の瞳、女のような絹糸の光沢のある白い肌。

サラザール・スリザリン。

まさか!と思いながらこの方が!と心のどこかが歓喜して認めた。

僕は誇り高きスリザリンの子孫として今までの行動を起こしてきたのだ。薄汚いマグルなんて死んでしまえばいい。
彼がサラザール・スリザリンその人ならば、僕のことを分かってくれるはずだ。
僕は彼の子孫なんだから。



ご先祖様、僕を見て!
(お父さん、僕を認めて!)



…で、その淡い幻想はぐちゃぐちゃに踏み潰された。
あれだね、象が蟻を踏み潰したぐらいのあっけなさだったね。

いや、流石はサラザール・スリザリンさま。僕なんか足元にも及ばない。
死の呪文が効かないなんてそれ以上どうしろっていうんだよ。(あれはバケモノだ。そうに違いない)

しかも、なんか僕は肉体を十代に戻されて復活させられた。




……いや、肉体が戻ったことは素直に嬉しいんだけどね…。




「リドルー。紅茶お代わりー!砂糖は、」
「砂糖は二つに、ミルクはちょっとですね」
「そのとーり!いやぁ、流石はリドル。俺の好みを覚えてくれていて嬉しいよ!あ、お茶請けはねー、海苔塩チップスが食べたいな 」
「…すいません。海苔塩チップスが切れてるんで、クッキーでよろしいですか?」
「ちぇ、ねーのよか…じゃあクッキーでいいよ。あ、リドルも一緒に飲もうぜ。ヘビロクは…っと、アイツはどっかそこらへんで狩りしてるか…」




…………僕って、マグル皆殺し計画を立てていたはずなのなぁ…。

ポコポコとコンロ(なんでここに、マグルの道具があるのだろうか…)でお湯を沸かして、ご先祖様に教わった手順で紅茶を入れる。
秘密の部屋のサラザール超個人私室。
ここは僕が秘密の部屋を開いたときも見つけることは出来なかったものだ。


「開けゴマー」


ご先祖様が姿見の鏡に向かってたるーくそう言ったと思ったら鏡の部分が無くなって入り口が出来た。こんな場所に入り口があったのかと驚く前に、僕はその開門呪文はなんだ!と唖然とした表情でご先祖様を見てしまった。
なんだか、僕はこの人に会ってから唖然とした間抜けな表情ばかり晒している。

「合言葉が…」
「あ、これな。合言葉を『鏡よ鏡この世で一番美しいのはだーれ?それは』にしようかと思ったんだけど、長かったから『開けゴマ』にしたんだー」

簡単だし、覚えやすいな!
無邪気な笑顔でご先祖様は鏡のあった場所を潜って行った。





■□■





本を片手に読書に耽る彼が淡い光の陰影に浮かび上がる。
静謐な様子は、破ってはいけないひとつの絵のように見えた。



サラザール・スリザリン。
僕の憧れた、遠き偉大なご先祖さま。

………いや、外見は兎も角、中身はただの…阿呆なんだが…。

はぁ、と横を向いて息を吐けば、ちらりこちらへ視線を向けてご先祖様は首をかしげて微笑んだ。
一気に生き物くさくなる。

「どうぞ、サラザール様」
「サンキュ」

トレーを彼の前のテーブルに置けばさっそくクッキーを摘んで口に放り込んだ。

「いえ、…」
「うっめー…!クッキーの味は昔から変わらないなぁ…」

ほおばる様子はまるで子供だ。
サラザール・スリザリンは喜怒哀楽が激しい。



人間くささが凄くある。
まるで、特別な人ではないように…(いや、実際は凄く選ばれた人間だ)


ようするに、彼は人間が好きなのだろう。
人間が好きでなくては、自分だってあんなに感情を表に現したりしないだろう。

そのはっきりとした表情の変化をひとつをとっても、彼が感情豊かであることがよく分かる。



「ご先祖さまは…人間が好きなのですか?」
「ん?」

きょとんと、ご先祖さまは目を見張った。






「別に」(この世界の人間はどーでもいいかな☆)






――…そう言って目を細めた姿は酷く酷薄で。







人間くさいくせに



月のように無慈悲な一面を持つ人だと、恐ろしく思った。






(無慈悲な王は気まぐれに兵を殺す)