サヨナラこそが人生だ


蹂躙。










■□■









―――時は戦乱。
己が領土を広げんがため、各国の主たちは戦をしていた。



大きな国ならば、主導となり戦を推し進める。勝てる確証があれば、国は強引に戦に持ち込み征服する。
だが、小さな国はどうすればいい?小さな国は従属となるか滅ぼされ吸収されるか…。

はっきりと言おう。
よほどのことがない限り、上に立つものは誰でも同じだと平民・農民たちは思っている。
戦に出て殺し合いがしていのならば、国主どもが一騎打ちでもすればいい。

農民には欲はない。出来るならば、畑を耕し、妻や子供とともに多少貧しくとも平和な一生を終えることを望むだろう。

だが、どうだ。
降伏すれば畑を荒らされることもない。戦場に出て死ぬ必要もなかった命が残る。


国主どもは、民のことを考えているのか?なにを思い、戦をするのか。領地がほしいのか?

領土があったところでなんの役に立つ。そんなものは、貴様ら武家どもが贅沢をするだけだろう!

小国がゆえに戦に巻き込まれる国もある。逆らえぬ大きな国に従うしかない。ああ、ああ、そうだろう!
だが、そこへ無謀にも挑戦してしまう愚かな国主もいるのだ。

くだらない誇示欲。ちんけな誇り!






国とはなにか。
国があるからこその民なのか。
民があるからこその国なのか。
農民はその他大勢。命令があれば戦場に強制的に狩りだされる。



今日もまたひとつ、村が戦火に包まれる。






良い天気だった。
あの日の回想をしようとすると、まず最初に雲ひとつない澄み渡った晴天を思い出す。

それは、その後ほどなくして起こる惨劇の前にも関わらずあまりにも強く頭に残っている。

小源太は農家の子供だった。六人兄弟の五男。
歳の離れた兄三人はすでに妻をめとり、子供もおり、すでに家を出て近くに自宅を構えていた。
太郎は残りの兄ひとりと、妹、父と母、さらには祖母と一緒に住んでいた。

小源太の歳は十二。
十分な働き手として朝から晩まで働いていた。

家は他の家と同じく質素で、冬場の隙間風は耐えがたい。
どんなに隙間をふさいでも、気がついたときには雪が家の中に入り込みうっすらと積もるのだ。

身を寄せ合って眠ることは、暖を逃さないためにも必要なことだった。
夏は涼しく、眠りやすいがその分さまざまな虫が家の中に忍び込む。始終耳元を飛び交う羽音は、一度気にしてしまえば延々と気になりつづけ、眠りに入ること を妨げる。


朝は日が上るとともに置き、近くの川まで水を汲みに行く。何度も往復し、水甕(みずがめ)がいっぱいになるまで繰り返す。
その間に朝餉の準備がされ、皆でそろって食べる。
日のあるうちは畑を耕し、収穫できるものは収穫する。母も、父も、兄も、まだ小源太よりも小さい妹も家族一丸となって仕事に励む。






トットットットッ

かがみこんで畑の土をいじっていた時だった。足元から慣れる振動が小源太に伝わった。


「あれ?」


小源太が不思議に思って、他の家族を見れば家族にも振動が伝わっているようで怪訝な顔をして地面を見つめている。

「おっとう。なんか揺れてるべ」
「ああ、そだな。なんだべが…地震どはちがうべな」
「なんじゃろな〜?」


各々が手を休め、首をひねる。
そこへ、近所に住む長兄があわただしく大きく手を振り、大声を出しながら走ってくる。

「おおーい!!でぃへんだ!他国の兵士たちがぐるでぇ!!」
「なんだど!な、なじでや!」
「わしがしるか!けんど、たいへんだべ!みんな手に武器さもってた!!馬にものってるべ!」
「それを早ぐいえ!こうしちゃおれんべ!」

ドッドッドッドッ


「まって!おっとう。オラ、倉庫を見てるべな!」
「馬鹿言っでるでねぇ!小源太!帰るべ!」


はたして、村へと踵を返してしまったのは正しかったのか。

否、逃げるべきだった。一目散に、命を抱いて。






村は、殺戮の場だった。

馬に乗った兵士に、すれ違いざまに父が首をはねられた。あっさりと切られたそれ。

ゴロゴロと地面を転がり、だらりと舌を伸ばしている死に顔。
逃げる母の背中に深々と槍が突き刺さる。天へと溢れ出る血を、何に例えて表現すればいいのか。血の雨か。地獄の雨か。


父や母、大人たちはちょうど剣で首を撥ね飛ばせる高さ。

対して、子供は小さいために剣で上手く切り飛ばせない。
小源太は、なにがなんだかわからぬまま、ただただ死への恐怖に馬と人との間をすり抜け、時折突き出される槍や剣を子供の素早さを利用して避ける。
避けきれぬ刃は少しずつ小源太を傷つけた。

グイッと、大きな力で手が引っ張られ、小源太の身体が宙を舞う。


小源太が手を引いて走っていた妹が馬に蹴り飛ばされ、小源太も道連れに飛んだのだ。

小源太は家の角にほんの少しだけ積んであった藁に突っこんだ。いくら運よく藁が積んであったとはいえ、大した衝撃吸収のの役目も果たさ ず、小源太の全身は衝撃により鈍い痛みを訴える。
おかしな体勢で落ちため、右足に特に激痛が走る。

言葉に出来ない痛みに、歯をくいしめる。脂汗が全身に噴出した。

はっと気がついて今まで一緒にいた妹を探す。隣にはいない。
あたりを見回すと、小源太とは違う場所で…妹は首があり得ない方向に曲がっていた。投げ出されて壊れた壊れた人形のようなその様。






「――ッ!」






声にならぬ悲鳴がくすぶる。全身の総毛だち、穴という穴から抑えきれぬ恐怖があふれだす。
武器で殺しにくい身長の子供たちを馬で轢き殺すことにした彼らは、面白半分に子供を追いかけまわし、引きつぶす。



蹂躙はあっという間だった。
彼らは騎乗から降りることもなく、逃げ惑うものを串刺しにし、馬で撥ね飛ばし、踏み殺した。血の池とでもいうのか、真っ赤に染まった地面の上に木偶人形の ごとく村人が倒れ伏す。

馬に乗っている兵士が、夜でもないのに火のついた松明を掲げた。
仕上げとばかりに、家々を火にかけ、さらには年貢などが保管されていた食糧庫にも火をつけた。

そのまま、この村には価値がないとでもいうように過ぎ去っていった。
彼らにすれば、通り道にあった石を蹴り飛ばしたと同じような感覚だったのだろうか。

女も子供も老人も、男も。
全てが平等に殺され、のどかだった村を血まみれの死人の街に変えていた。




村には動くものがいなくなった。燃え盛る家々のみが生き物のように黒煙を吐きだしている。
小源太は動けない身体を引きずった。折れた足が痛い。ズルズルと途中からはいつくばるようにして地面を移動する。少し進むたびに、地面には血の跡が出来 た。

あのまま村の中にいても、いつ先ほどの兵士が戻ってくるか分からない。
いや、兵士ではなく、山賊の類が火事の煙を見て嵐に来るかもしれないし、または、野ざらしにされた村人の死肉をあさりに獣が来るだろう。

森の中に逃げ込んだものの、腫れあがった足では遠くに行くこともままならない。ほんの少し森に入っただけで歩くことが出来なくなった。

腫れあがった足は、 まるでそこに心臓があるように熱く波打つような激痛だ。
このまま、森の中で野たれ死ぬのだろう。


小源太はうっすらと死を思った。



「あー、やっぱり間に合わなかった。いや、間に合わなくていいんだけど。間にあったら間にあったで面倒くさいし。で、君はどうする?」



その男が現れた。
足音もしなかった。気配もなかった。突然、頭上から降ってきた声に小源太は朦朧とした意識の中で目を開けた。

眼前には誰かの足。のろのろと目線をあげていけば、年若い男が立っていた。
いや、もしかしたら小源太とそれほど歳は変わらないのかもしれない。

地に伏し、見上げているからこそ相手が大きく見えているだけか。


「……(ダレ)」
「あれ?声が出ないの?いわゆる過剰なショックとかストレスによるもの?」



相手が何を言っているのか分からなかった。

「……」
「君はどうしたいの。その怪我…普通に治るけど」


父も母も兄も、妹も。全員死んだのに俺だけ生き残ってなんになる。
口だけを動かす。

「……(死にたい)」
「じゃあ死ね」


同情を求めたわけではなかった。いや、求めていたのかもしれない。

どこかで甘えがあった。
死ぬといった自分を引きとめてくれるのではないかと。そんな無条件の甘えをさせてくれる肉親など、すでにこの世にいないというのに。

ましてや、相手は他人。他人、他人、他人なのだ。何の縁もゆかりもない、関係性すら何一つない。

それが赤の他人の生き死になどに関心を示すだろうか。示すはずがない。




「…(なっ)!?」




にっこりと涼やかにけれど、その瞳には慈悲はなく。
止める間もなく、俺は……死んだ。









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次に目が覚めたとき、俺の前には二コリと笑う一人の男。



「てめぇの命はなくなりました。なので、俺様がどう使おうが勝手です!」



軽やかに口上を述べ、彼は手を差し出した。




「なので、今から君の名前は…」




※現在の夏仕様カラーに似合わない話…。