サヨナラこそが人生だ



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「長(おさ)、次に畑に蒔く種と、他の蔦のことだが…」



のほほん、と縁側に座って犬と戯れつつ、お茶をすすっていた俺に向かって声をかける男。
紅茶でアフタヌーンティーというのもいいが、やはり日本茶のほうが庶民的でほっとする。うまうま。



「いいよいいよ、もう全部お前に任せるっていってるじゃん。勝手にやってくれよー」
「いや。そうは言われても」
「大丈夫だって、もう全部お前に伝えたもん。出来る出来る、やれるやれる、お前はやれる!!」
「……つーか、だためんどいだけでしょう、この駄目長」



男が若干イラッとしているのは間違えじゃない。お、怒るなヨー。
お前の顔、渋谷とかにいそうなヤンキーでみたいで怖いんだっつの。なんで眉毛にそりこみいれてるの?

しかも髪の毛が逆立ってるのってどうやってんの?
てか、なんで髪の毛赤いの?赤毛って日本に生息してるの?お前赤毛サルの擬人化したやつなの?





「小太郎…」

と、彼の名前を呼ぶ。





「はいはい、なんですかー駄目長(だめおさ)」
「…おま、俺の扱いがひどくなってるヨ。あのさ、お茶のお湯がなくなったんで。おかわり!」
「自分でいれろや」


思いっきりチンピラのように「はぁあ?」という見下した眼光とともに睨まれる。
いや、ホント、怖い。ごめんなさい!と思わず言ってしまいたくなる、一般人でチキンな俺。


ほら、山田太郎(仮)の本体の場合、絶対にお近づきになりたくないタイプですよね、絶対。断固拒否する。
クラスメイトだったら、絶対しゃべらない。
俺、大人しめな優等生だからあたりさわりなーくお付き合いするんだ。声をかけるのはプリントを回す時ぐらいだな。不良怖い。じゃれてるとか言って、首にヘッドロック食らって生死の境目をさまようんだ。



「あうあう…!は、反抗期なんだよネ!」



突き出した湯のみ茶碗を引っ込めて、小太郎の顔をうかがう。
気弱な俺の態度に、小太郎はあきれたように肩をすくめた。なんたる欧米態度!けしからん!貴様は日本人だろう!



「あんたねぇ駄目長と呼ばれたくなければ、少しは仕事してくださいよ」
「…いや、だから俺は長なんて役職はお前に譲るっていってるじゃん」


トップになるのって、いろいろと面倒で嫌いなんだよ。……責任が重いし。


もういいよ、俺の手足となって働いてくれる子はいっぱいいるんだからさぁー。
最初の子供を拾ったときから、すでに十五年。
子供は立派に成人男子になっている。だったもう、すべてお任せしてしまってもいいんじゃないだろうか。




俺はこの家の縁側で、犬と戯れつつ、お茶をすすり、三色昼寝付きのニート生活をおくんだい!!あ、嫁さんはいつでも募集中であるヨ!!




「仕事をしないでただ飯くらって…他の子供たちに示しがつかねぇ!働かざるもの喰うべからず!あんたが最初にみんなに行ったことだろうが!」
「ソウダッタケ?シラネ!」
「自分の発言に責任を持て、あんたはこの村の長だろうが!」


先ほどから俺(山田)が「長(おさ)」と呼ばれているが、簡単なことに、俺はちっさーな本当にちっさーな村の長なんてものをやっているのである
。当初は、俺が拾った子供たちで十五人ぐらいだったかな…山間の辺鄙なところを切り開いて、こじんまりとした住処を創り、さらに子供をホイホイと連れ込んだ結果である。



ショタじゃないよ!ロリでもないよ!!誘拐だなんてとんでもないっ!!




「こんのただ飯喰らいがッ!」




怒った小太郎は怖い。赤い髪と青筋が立った赤い顔で、さながら赤鬼である。あ、俺今うまいこと言った。
にやりと自分の想像に笑ったら、さらに、小太郎の目がつりあがった。


「あんたまた、しょーもないこと考えてるんでしょう!こんの極楽トンボの穀潰しがっ!!」
「そ、そんなこと言うと…出て言っちゃうよ!家出しちゃうよ!」
「はぁ?出来るの?駄目長のくせに。」



鼻で笑われて、侮蔑を含んだ目線で見下ろされる。
な、なんたる屈辱!お前を拾ってやったのは誰だと思ってやがるのだ。

俺は、まるで だめな おさ 略して マダヲじゃないよ!と、心の中で反論してみる。あくまで心の中でね。




「じゃあ長、ちゃんと采配を考えておいてくださいよ。みんなどこに行くのか気になって、気が気じゃないんですからね。また夕飯時に聞きにくるんで」
「面倒くさいって…ほんとにお前が勝手に決めればいいだろうが」
「…聞きにくるんで。いいですか、逃げるんじゃねーですよ」



駄目押しして、小太郎は我が家から去って行った。
そのうしろを見送りながら、俺はため息をひとつ。



「…あ〜…小太郎の勝手にやりゃあいいじゃん」



…子供たちがだんだん大きくなって、俺のことを定年した無力のおっさんに向けるような目をしてきたので、肩身が狭い。おかしいな、昔は俺のことを尊敬の目でみていたはずなのだが…。
くそう、これが世の中のお父さんたちの気持ちなのかッ…(涙目)


大きくなった子供たちは青年になり、俺が教える最低限のことはマスターした。
そんじょそこらの者には負けないだろう。優秀な人材たちだ。この戦乱を自力で生き延びることの出来る。





ことり、と湯呑を置く。
こう、一か所に留まっていると、唐突に外に飛び出したくなる時ないか?

基本はヒッキー上等で、座敷わらしのごとく家憑きになってもいい気がするんだが…無性にリアルを感じたいときとか…。



今がまさにその時。
ぼんやりと【円】をして、小太郎がすでに村の端、五百メートル先に移動していることを確認。
いやぁ、小太郎を拾ってからすでに十数年…いやはや、時の流れとは早いものである。

庭に植えた桜の木も、ひょろっと大きくなって、春には美しい桜をみながら桜もちを食べるのが至福であった。




おもむろに部屋の隅から紙と、墨をひっぱりだす。
ほとんど使わない机の上で、文字を書く。






【たびにでます。さがないでください。 かぜまかせ〜】






文字が全部ひらがななのはアレだ…筆を用いて漢字で書こうとすると、滲んでミミズの字になって相手が読めないから…。

画数の少ない漢字はとてもいい。
小学生の頃の習字の時間など、下手に画数の多い漢字の名前を持つ者に同情したものだ。
俺なんて、山田太郎なんてシンプルな名前だから、唯一「郎」の字が書きずらかっただけである。

熊だの、龍だの、画数の多い漢字の名前の奴に同情するな。絶対滲んで読めない習字を提出したはずだ。




「よし、こんなもんかな!」
「ワン!」
「わ!犬っころー!駄目だろー!」



犬の前足が湯呑を誤って倒した、手紙が濡れた。
…せっかく書いた文字が滲んでしまった…つい、紙を使ってしまったがこの時代って紙は貴重だから、わざわざ書きなおすのが面倒だった。



「まぁいいか。たぶん、読めるし」





ぺらぺらと風に乾かそうとするが、滲みが酷くなっただけだった…読めるかな、コレ。









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「さぁてと、行くか」
「ワンワンっ!!」
「なんだ、お前も一緒に行ってくれるのか?」

よしよしと、頭をなでてやり聡明そうな瞳を覗き込む。



他領に新たに潜ます「種」、すでに侵入済みの「蔦」…四方に散った「草」そんなもろもろの管理はもう必要ない。この何十年かの間に情報は得たし、この世界での生活方法も習得した。

彼ら子供たちは大人になり、立派になった。
俺が教えた知識は彼らを各々の道に進ませるだろう。





……グータラだと、いろいろ周りから文句言われてうるさいんだよ!!
お前らは俺のかーちゃんかっ!俺は基本は引きこもりのインドア派なんだよ!!


うわーん!こんな場所家出してやる!









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長がいなくなった。
俺は呆然と、屋主の消えた家の中で立ち尽くした。



「嘘だろ…」
「いや、見ろ。あの人部屋にあったものが全てかたずけられている」


夜太郎の言葉に我に返り、部屋の中を何かないかと探せば、湯呑を乗せた盆の上に一枚の紙が乗せられている。
身をかがめ、そっと慎重に紙を持ち上げる。盆の上では湯呑が倒れ、紙が濡れているようだ。




墨が滲み、最後の一文が読めない。


「『さがさないでください』…とな、最後のこれは…水が滲んでいてよく読めないが…」
「俺にも見せてくれ。最後に書かれて言えるということは…おそらく手紙としての構成を考えると、署名だろう。ん、ん…なんだろうな、か、ぜ?いや、ざ?ま…?」
「かざま?ああ、そうかもしれない。オレも「かざま」に見えてきた」



この里…いや、里というには大きすぎる。すでに  村と呼べるほどの規模となっているこの里。
ほとんどが住んでいた村を戦により破壊され、生き残った者たちばかりだ。


その一人一人の手を引いて長は里に導いた。



黒髪に黒目と、俺たちと同じ色彩を持っていながら、なんとなく俺たちとは違う顔立ちをしていた。
黒の瞳はともすれば、光の加減で銀のようにも見えた。





生きるためには何が必要か?
―― それは強さだ。狡猾さだ、と長は言った。




長は強かった。
長は子供たちを鍛えた。それは、間違えれば命を落としかねないほどの徹底した訓練だった。生き延びるためには力がいる。それは誰もが痛感している事柄だった。
死にたかった。でも、死にたくなかった。



弱かったから、親兄弟たちは死んだ。殺された。






ならば、今、ここで、俺が死んだら俺は―――  親兄弟と同じ、弱い モノ ?






長は戦い方を教えた。
―――いや、あれは戦い方ではない。もっと深い、殺し、暗殺の技術だと、歳を重ねるごとに理解した。





一体どれほどの訓練を積めば、あのような技へとたどり着くのか。
わが身が里一番の使い手と周りから持て囃されれば、持て囃されるほど違う!と声を大にして言いたかった。
わが身と長との目に見えることすらかなわない圧倒的な差が、どうして分からない!

目に見える差ならば、誰もが分かる。
だが、目にみることすらかなわない、そんな差は……。    



ぶるり、と小太郎は身を震わす。


小太郎は覚えている。
かつて、自分の名が「小源太」であったときから、彼の背中について行った。


子供がふたり、三人と徐々に増えるにつれ、長は定住地を探した。受け入れてくれるような場所はなく、自ら彼は村を創った。
山間の少し開けた場所に住処を創ろうとした時、彼は土地を平らにした。

全ての木々を一瞬にして薙ぎ払い、更地にしたのだ。さらに、家を創る材料として周りの木々を目にもとまらぬ素手で切り倒した。
我が目を疑った。何が起こったのかまるで分らなかった。今でも分からない。


まだ子供たちが幼かった頃、彼は自ら森へ赴き動物を狩ってきた。(俺たちにはまだ狩りは出来なかったから)
身の丈以上の熊を、楽々と背負って帰ってきたときなど、肉を食べられることの喜びよりもこの細身の男のどこに熊を殺せるほどの力があるのかと思った。



長は、普段の気楽さから想像できないほどに冷酷だ。
ある一定以上の人間に対し、情けはなかった。
訓練に脱落したものに対し、長は驚愕とも不思議ともとれる表情でつぶやいた。




「……何で死ぬの(このぐらいで死ぬのか、普通の身体は…。やべ、マジで俺ミルキの肉体でよかったわー!憑依万歳。てかやべぇ、死ぬとか…訓練もっと自重しよう…)」



この程度のことで死ぬとは思ってもみなかった。
とばかりの表情で、じゃあ長は一体どんな訓練を積んだのだと尊敬よりも恐怖が勝った。





長は知識があった。それは、誰もが知らぬことばかりだった。



「長、どうして」
「それはな、」



空の上には何があるのか。


「それはな、」



それは、人が知ってはならぬ知。




「それはな」
「それはな」



人ではないのならば、彼は何者か。あやかし、ようかい、もうりょう…




「あの人の名前だろうか?」
「どうだろう…ずっと、名前を聞いても教えてくれなかった長の名前…」
「かぜま何某とおっしゃるのだろうか…」




おそらく、名字で間違えないだろう。
かざま、と。下の名前が滲んでいるのが口惜しい。



長よ、貴方は一体何者だ。
あやかし、ようかい、もうりょうでもなく、さらに正体のつかめぬ者。






――― 誰のそばにもいるするりと忍び込む影のような。





「なぁ、この里はずっと名無しの里だった。…行くあてのない者たちが集まる」




長は、魔だ。
魔が差す、とある。
どこにも潜む、誰もが心に持ちうる影。





「これより、俺は風間(カゼマ)…いや、風魔(フウマ)となのろう。この時より、俺は風魔の小太郎と」






最後に、長の家を後にするときにもう一度振り向いた。
ひょっこりと長が現れるような気がして、けれどあり得ない幻想に首を振り背を向ける。


俺は「養父(ちち)」の名を引き継ぐべくして道を進む。









風の魔となるべく。









※ よくあるパターン!