転機が訪れたのは、それは激しい雷の鳴り響く嵐の夜だった。
いつものごとく出された夕飯を一口食べた瞬間に、違和感があった。
食事の手を止め、水を口に含んで余分な味覚を洗い流し、再度食べ物を口の中に入れて転がすように吟味する。
「……(睡眠薬、か?…誰が?)」
間違いない。
おそらく、無味無臭の薬だろうが、過去の経験がある俺には分かった。ほんのわずかに舌にまとわるような、異物感。
だが、今頃どうして?と首をひねる。
俺のようなヒッキーを害しても、特にこの家の連中は気にしないだろう。俺が超天才だとかそういう…のはまぁ、記憶力がいいのでこの年代にしては飛びぬけて
いいだろうが、特にそれをさらけ出しているわけではないので、知っている人間はほとんどいない。
代わりに身体能力悪いということが知れ渡っているのだが…。ほんと、嫌になる獄寺隼人スペック。
「いや、ほんと、今頃どうしてなんだ…?」
つぶやき、残りの残飯を全てトイレに流す。
部屋に備え付けてある冷蔵庫から、牛乳を出し、間食用にたんまりと用意しあるジャンク菓子をもしゃもしゃと口に含み、テレビを見ながら思案する。
混ぜ込まれているのは睡眠薬のみで、ほかの薬の味はしなかった。
ならば、純粋に俺を眠らされたあとに何かが起こそうという魂胆だろう。殺すためならば、さっさと致死量を入れてしまえばそれで終わり、ジ・エンド・O R
E orzなのに…。
幸いなのか、俺の身体はあのぐらいの睡眠薬は効かない。
そもそも、ポイズン・クッキングの毒に耐性がついた俺に、そこらの薬など効くものか。毒物の耐性に関してのみ、ミルキの頃と同等の免疫がついていると自負
している。なので、あらかたの毒類に対しての恐怖などはない。
人が寝静まる深夜。
その日は、稀に見る大あらしの日だった。
風が逆巻き、暴風雨が激しくガラス窓に叩きつけられる。窓の隙間から悲鳴のような風鳴きが耳につく。
外ではビュウビュウとの森がおどろおどろしく騒ぎ、ときおり天のいかずちが闇を一瞬、明るく照らす。それは創世のときにも似た、人智の及ばぬ自然の脅威。
そんな中であって、俺はベットに横になり健やかな寝顔をさらしていた。けして間抜け面の寝顔ではない。
「すやすや…」
もちろん、寝たふりである。
おそらく薬を盛られた俺は、こんな眠れん騒がしい夜にもかかわらず前後不覚に深い眠りについていたことだろう。
普通に眠ろうとするのが無理な騒音だ。
近所で話題の騒音ばばぁも目じゃねぇぞ。耳栓をして眠りたい感じだ。
ウィンウィンと羽蟲のような稼働音を立てていた冷蔵庫が突然止まった。
薄眼を開けてみれば、いつもつけっ放しにしている豆電球も消えており、音楽コンポの電源の色も消えている。
電気機器が全てダウンしているようだ。
雷が落ちたのか?
いや、もしそうだったとしても予備電源に切り替わるはずだ。それに、鼓膜を突き破るような轟音がもっと近くで響き渡るはずだろう。
人為的に電気を落とされたと考えたほうがいい。
そのまま眠ったふり。
――カチャリ。
細心の注意を払っただろう極小さな音とともに誰かが俺の部屋に入ってくる気配がする。
床は絨毯が引かれているので、彼らの足音はほとんどしない。耳に神経を集め、人数を把握するのに努める。
ひとり、ふたり、扉の向こうで見張りをしている人間をいれて、全部で三人。
俺のような子供一人のためには三人というのは、まぁ…妥当だろうか。
睡眠薬という点から考えても、俺を速攻で殺すとかいうのはなさそうだ。
これは、俺を誘拐して、何かをするつもりなのかな?
―――俺が本当に寝ているのか、顔を覗き込まれる。
「すぴすぴ…」
鼻ちょうちんでも出してやりたいが、あいにく、そこまで細かい芸は出来ないのでのある。おれ、芸人じゃないから。
ていうか、見たことねぇよ、鼻ちょうちん!
口にガムテープっぽいものを張られる。
…ガムテープをはがす時に、唇の皮と薄皮が粘着面にうっすらとくっついているのをみると、俺の大事な皮膚細胞にお疲れさんといいたくなるのである。あ、
今、こんなどうでもいいこと考えている場合じゃなかった。
後ろ手に縛られて、姫抱きされた。
……いや、米俵のように担がれると、肩がおなかに食い込んで苦しくなるから嫌だけど、姫抱きっていうのも考えてほしいよな。文句は言わないけど。
廊下を通り、階段を下り、調理室を通り、食料を運搬する裏口から外に出る。冷えた空気と打ち付ける雨が顔に当たる。
「…ッチ、すげー風だな」
「…黙れ。さっさと行くぞ。時間がない」
ほとんど嵐の音にかき消されていたが、それなりに発達した耳は声を拾った。
ごうごう、ゴウゴウと心の中にも嵐が吹く。
(セバス、かよ…)
それなりに、日々を一緒に過ごしていた我が執事の声だった。
…ああ、笑っちまうね。セバスが裏切った。
裏切ったな!俺の気持ちを裏切ったな!
……と、ノリノリで心の中で叫んでみるものの、セバスくんと慣れ合った覚えがさっぱりとないので、義務的に内心で罵りの言葉を吐いてみる。
最初の頃は勉強を良く見てもらったが、あいにくと出来のいい頭の所為ですぐにセバスによる家庭教師はいらなくなった。
過去の知識などを統合すれば、俺の頭
はスーパー学者レベルである。
ねこじゃらしの法則だってとけちゃうぞ!(はぁと)
勢い余って、スーパーねこじゃらしの法則だって作れちゃうぞ!!
まぁ、獄寺隼人になってからは彼と交わした言葉・時間が一番多いことは間違えないのである。主に、俺の雑用掛として。
俺は父親、母親、ビアンキ、その他の召使となんてほとんど話なんてしてないのだ。
あ、例の「性別が女なら基本的には誰でもイケる」シャマルとは交流はあったな。外部の人間だし。短時間の交流。彼のような人間を除けば、セバスと交流する
時間が一番長かったんだなぁ…。
あ〜あ…なのに裏切られちまったぜ。
汚れちまった悲しみに、俺の心はブラックモードだぜ。
とはいっても、心底信頼していた相手ならばまだしも、一時の時しかともにしていない相手による裏切りなんて、俺の心に傷を負わすことはない。
信じる?信じられるのは…己だけだろう?(さて、この考えは俺(山田)のものなのかな?)(そうじゃなかったら、誰だ?スリザリン?ゾルディック?)(は
たまた、それとも……)
「…おい、もういいんじゃないか」
「…まだだ、屋敷からもっと離れないと…」
「はっ、そいつがいないからって探しに来るような奴らがいるのかねぇ?いるわけねぇよなぁ…」
くくっ、とセバスとは別の男が濁った笑いをこぼす。
…そうだねぇ、俺もそう思う。俺がいなくなったって、せいせいすると思われるだけで、誰も捜索なんてかけてくれない気がする。
ああっ、嘘でももっと家族間の仲を良くしておくべきだったのかぁあ!と、後悔しても後の祭り。
こうなってしまったものは仕方がない。
願わくば、拷問とか痛いことせずにスパッと殺してほしい。
……眠ったふりするのも、そろそろ疲れてきたし。瞼の中で眼球がせわしなく、きょろきょろとしてしまう。むしろ、このまま放っておかれると本当に眠ってし
まいそうだ。
「…ここでいいだろ。降ろせ」
車が止まり、抱きかかえられて外に出る。
ひやりとした空気が肌に触れ、さらには、いまだ轟々と降る強い雨が冷たく身体をぬらす。
いや、これマジ風邪引くんじゃないだろうか…。
「…俺が行ってくる、お前らは待っていてくれ」
「おいおい、そんなこと言って、まさか逃がすつもりじゃなえよな?」
「そんなことはしない!ちゃんと、始末はつけてくる!」
「はーいはい。そう熱くなんな、ヴィンチェスラオ。行って来い。俺だって寒い中外にでたくねぇしな、ほれ、早くドアを閉めやがれ!シートが濡れるだろう
がッ」
シュポッと、ライターの音がして苦いタバコの香りが鼻につく。
「……行ってくる」
きゅ、と俺を抱きかかえる腕に力がこもった。
セバスだけが俺を抱きかかえ、歩きだす。残りの二人は車で待機の様子だ。
ですよねー、この雨嵐の中、外に出たいと思いませんヨ。
俺だって出たくない。
お家でぬくぬくおコタ(こたつ)でみかんとかしていたい。ネットサーフィンにポテチというコンボでもいい。
今この瞬間、出来れば暖かいホットミルクなんか飲みたい気分である。ここでウイスキーが飲みたいとか言わない俺に万歳。
未成年がお酒を飲んではいけません。ついでにタバコもいけません。
ちなみに、タバコの吸い終わりにコーヒーを飲むと、酷い匂いなるので、是非ともやめたほうがいい。
前、飲み屋に行ったときに会社員風のお姉さんが大きな声で、休憩時間にタバコ+コーヒーして帰ってきた同僚が、目の前の席に座ると、冗談ではなく余りの臭
さにオエッとなりそうと大きな声で話していた。
どうやら、タバコ+コーヒーって、臭いらしい…。
……俺、将来大きくなっても絶対タバコの後にコーヒーは飲まない派になる。(話しているお姉さんが、綺麗だったんだモン!俺の嫁にこい!俺がが婿でもいい
ぞ!意味は一緒だ!)
軽い現実逃避をしていた。
いつの間にか大分歩いて、森の深い場所についたようだ。土砂降りの雨によってぬかるんだ地面に身体を横にされる。あ、絶対服に泥付いた。
どうしよう…なんていうか、一体いつ目を開ければいいのかタイミングがつかめない。
身代金どうのって話は出ないので、俺はこのまま森の中で一人さびしく殺されてしまうのでしょうか…どうしよう。いい加減目を開けたいな。
目を開けても、俺の両手は拘束されているので、逃げられない…ことはない。
こいつら、俺の身体をろくに調べなかったが、袖口とかに飛び出す刃物を仕込んである。
やろうと思えば、手首の縄を切り外すこともできる。(…まぁ、やろう
と思えばであって、結構きつく縛られているためすぐには切りぬけないようだが、三分あれば縄抜けできる!)
まだまだ『念』が起きない俺にとっては全てが先手必勝。
もし、この瞬間に俺の命を奪うつもりならば、俺もすぐさま反撃に出るつもりだった。
他にも、腰元にもナイフも持っている。
手首の自由さえ得れば、ためらいもなくセバスを殺し、この危機からは脱出することが出来る。
だが、そうしないのは、どうも、セバスから殺意が感じられないことにある。俺を部屋から誘拐した時もそうだ。セバスだけに限らず、他の二人からも殺してし
まえ!という物騒な気配がなかった。
裏で他の誰かが糸を引いており、身代金の話が出たりするならば理解できる。
ならば、単独犯なのだろうか?俺が言うのもなんだが、獄寺父というのは結構な割合で敵も多い。味方も多いけれど…。
で、セバスは本当に俺を殺す気なのだろうか?
「………坊ちゃん、貴方には非はない。けれど、アイツを苦しめるためには、君の存在を無くすのが一番なんです」
……アイツってドイツ?(古)
「…あの女に殺された、妹の無念。そのために、俺はあの城に入り込んだ」
話が見えないのである。
「貴方が消える。それだけで、あの女は取りみだすでしょう。自分と男を結ぶ、唯一の証明だから」
ピコん!
山田くん、分かったヨ!それ、どう考えても俺の母親のことですよネ!
何したんだ、獄寺の母親!妹って、どこの妹!?誰の妹なんだー!?
話の流れからすると、セバスの妹っぽい感じだけれど、どうなの、そこんとこ?
獄寺母ったら、一体何をやらかしやがったんだ?
おとなしい顔して…なんかブッ殺した感じ?はめた?呪った?おおいやだ!女の闘争は醜いね!男も同じだけど。
――― ガツン
「……ッ!?」
殴られた!強制的に殴られて目を覚まされました。
なにすんのぉおー!と、抗議の声をあげたいが、あいにくとガムテープの所為で声が出せない。
もごもごと不明瞭な言葉を発し、セバスを見上げた。セバスの顔には濡れた前髪が張り付き、ギラギラと血走った眼を俺に向ける異様なさまである。
セバスが俺の身体を雨からかばうように覆いかぶさっていてもなお、周りから叩きつけるように振る雨が身体を打つ。
「静かに、ハヤトさま……暴れないでください」
おれ、暴れてないヨー。
目を右往左往させて、精一杯取り乱して動転している風を装う。
「いいですか。静かに聞いてください。今、貴方は私に誘拐されています。…私は、貴方を殺す」
いや、宣言されると怖いんですがネ。
出来れば、スパッと、慈悲深く一発で殺してほしいな。俺も今までそうしてたし。
もごもごと口を動かしながら、ついでになんとか縄抜けをしようと今頃になってあがきだす俺。
「……貴方を殺したと、私は報告します、虚偽を」
「…?」
「…殺すことはしません」
???
一生懸命セバスの言うことを理解しようとする。ええぇとー…、うん、分かった。ようするに、俺のことを殺さないよってことだわな。何、この良い人。
まるで童話の白雪姫のようではないか。狩人さんは白雪姫の心臓の代わりに動物の心臓を魔女に見せ、白雪姫が死んだと偽った。
「けれど、証拠は貰います」
俺の身体にさらに体重をかけて馬乗りになる。グッ、身体全体に体重をかけ、身動きが出来ない。縄抜けのために動かしていた腕も地面に抑えつけられて使えな
い。
ちょ、あともう少しで縄抜けできるのに!
「ッーー!」
ざっくりと、胸のあたりを二回、上下斜めに切りつけられた。
ちょ、痛いよ!痛い痛い痛い痛い!!
胸部からは血がどくどくと出ているのを感じる。ただ切るだけでなく、乱暴に服を切り刻むようにして脱がされる。
ちょ、なんか俺レイプされそうな服の剥ぎ方されてんですが
…え、うそ、このままアッー――!
…
……
…………
な展開とかそんなまさか…。
「このまま、この森の中で死んでくれるのが一番いい…。もし、運がよく生き残ったら…」
主に貞操の危機を感じたが、何事もなく。(はいはい、自意識過剰)
セバスが俺の髪の毛をざくざくと切りとり、血まみれになった服と一緒にビニール袋に詰め込むと立ち上がった。
改めて俺を見下ろすと、小さく首を振り哀愁漂う主人公面をしてセバスは俺に背を向けて豪雨の中を走り去っていくーいくーいくー……?(エコー)
え、俺放置?
放置プレイ?
ザァアザァ…ザァアザア…
豪雨の中、ただひとり。
じくじくと濡れて胸から伝う、赤い血。濡れた地面に吸い込まれるように消えていく。
――――やがて、雨がやむ頃にはそこに誰もいなかった。
神鳴るその日、獄寺隼人は姿を消した。
■□■
やあ、おら山田太郎(仮)!!
最近、突然脳裏に「クリリンのことかーー!!」と台詞がリフレインするんだけれど、どうしてだろう?
あれかな、新しい自分になりたいのかな、俺…。爆発したいのかな…髪の毛金髪にしたいお年頃なのかな…。
時をすっとばして、獄寺隼人in山田太郎(仮)は今日も元気です。
獄寺隼人と山田太郎(仮)って名前を並べてみると…なんか、めちゃめちゃ平成生まれと昭和生まれみたいな差があると思うんだ。なんだろうな、この感覚に訴
える差って…。
でもな、よく考えるんだ!歳をとれば、ハイセンスな名前が逆に気恥ずかしくなるもんなんだぜ。
俺の太郎なんて名前はよぼよぼになったときだって通用するのである。
あ、名前つながりで…俺、気がついちゃったんだ…獄寺隼人って…頭文字はGとH。
外国人の名前は順序が逆。すなわち隼人獄寺…HとG……… HG(ハードゲイ)…だとっ!?
絶望した!名前にすら絶望した!!
おま、っ!獄寺隼人って呪われてるんじゃないのか!?獄寺隼人ってすかしたカッコいい名前だなとか思ってたけど、前言撤回、撤回を要求するぅぅぅ
xーーー!
俺、山田太郎(仮)でいいです。TY…なんの略だろうか…ああ、そうだ、Thank You!!
ありがとうありがとう、山田太郎に産んでくれてありがとうお母さん!すべての生きとし逝けるものに感謝の心を忘れずにってかんじですね。
さて、誘拐された森に放置された俺は、命からがら縄抜けをして、雨風を避けるために木のうろまで避難した。
森で生きることは簡単さ!
サラザールの記憶、ありがとう!薬草も生えていたので、自分で傷の
治療もしたのである。
俺ってば、万能!
と、今では高笑いとともに自画自賛出来るが…実は傷口が化のうしてたから、三日三晩以上の高熱に意識朦朧でマジ死ぬような気がしたヨ!いや、死にかけてた
んだけどね!出血多量で!あはは!
復活した俺のG並の回復力に万歳三
唱!!バンざい!ばんざい!おばんざい!
お陰でげっそりとやせてしまいました…。
民家にたどりつき(服は外にかかっている洗濯ものを盗みますた)、畑から食べ物をこっそりと盗み、そこ
からまた出奔し、いろいろな街を回っていたら、いつの間にか三年ほどたっていた。
そんな山田太郎(仮)です。
三年か…。月日って早いねぇ…。
俺ももう、十歳ぐらいになってしまった。(自分(獄寺)の誕生日なんてしらない。ただ、誘拐された当時が七歳だったらしいので)
出来るだけ実家から離れた町まで電車を乗り継ぎ、歩き、走り、時には自転車をかっぱらい、俺はそこそこ栄えている街にたどりついた。
え?お金はどうしたかって?
そんなもんは、もっぱら裕福そうな人間を狙ったすりですヨ?何か問題ありますカ?
□■□
(side other)
「ッ!だれか、そのガキどもを捕まえてくれ!盗人っだッ!」
(ッチ、気がつかれたか)
さっと周りに目を走らせて、仲間たちに目配せをする。みな、心得たもので、うなずきをひとつ返すのみでさっと人ごみの中に身を隠しながら逃走した。
「捕まるか、馬鹿が!」
俺だけが声を張り上げ、周りの人間の注意を引きつける。
こうすることで、仲間に対する注意が逸らされ、あいつらはみーんな逃げることが出来るだろう。て
か、逃げてくれよー、今日は俺がしんがり当番の日に限って、こんなことが起こるなんて、ほんとーについてないなぁ。
いつもと変わらずに仲間とともにその日を生きるために、ひったくりや盗みに手を染めていた。
見事な連係プレーで、軒先の果物屋からリンゴやオレンジなどを懐に入るだけいれて、あとは素知らぬ顔で通り過ぎる通行人を装う。
あるいは、買い物をしてい
る婦人の後ろにくっついて、そっと鞄の中から財布を抜き取る。
「待てッッ!くそガキどもがっ!今日という今日は…ぶちのめしてヤルッ!!」
後ろから数人が追いかけてくる。
俺は懸命に脚を動かして、路地に飛び込む。路地に入って、入り組んだ道を行き、俺たちの領域まで入ってしまえば大丈夫だ。
華やかは商店街が光なら、俺たちが暮らす闇が俺たちを守ってくれる。
治安の悪い区域にまで追ってくることはない。
急げ急げ!走れ走れ!!
「グッ……!」
モロに何かが頭に当たった。何かを奴らが投げつけやがった。
その反動でみっともなく正面に転んだ。石畳の上を顔が滑り、膝がひりひりする。懐に大事に入れたリンゴがコロコロところがった。
(…くそっ!ドジった!!)
四つん這いになってすばやく起き上がろうとするが、後ろから髪を容赦なく引っ張られ、がくりと首がのぞける。
「くそガキが!今日という今日は許さねぇぞ!!」
「…ックソ!離せよ、くそじじい!!」
悪態をつくが、そんな言葉はジジイの神経を逆なでするだけだった。
「テメェがそんな口きける立場か!?」
怒った店主の手に握られているのは角材。
おいおい、こん棒持ち出してどうするきだっての?なんちゃって、わかーってるって。それで、俺のことボコボコにしちゃうんでデショ?やぁだなぁ、痛いの。
痛いのきらいなのになぁ。
「オラッ!」
確かに、このジジィのところからはしょっちゅう盗みを働いている。
俺たちにとっちゃ、新鮮な果物はどれも色とりどりに輝く宝石のように見える。
でも、盗む頻度だって、せいぜいに一カ月に三回、四回?俺たちだって馬鹿じゃない。まんべんにほうぼうから少しずつ盗んでいる。一か所に集中したら、流石
に見逃してもらえないから。
そっちの店の営業にとって死活問題?いやいや、俺たちのほうがよっぽど死活問題でしょー?
見てみろよ、この汚ったねぇボロ服の下にある俺らの身体をよぉ?ガリガリだぜ?自分で見ててもかわいそうになっちゃうぜ。
なにこれ、俺って人間に生まれたの間違えた?チキンの出がらしかなんかですかぁ、みたいな?
それに引き換え、ジジィの腹や顔についてるその肉はいったいなんだっつーの?
いいもの食ってんだろうなぁ。テカテカテカテカ油っぽく光りやがって、みっともねぇっ
たらありゃしねぇ。
贅肉だろ、贅肉。
贅沢な肉だぜ、まったく。
俺たちなんてよぉ、ゴミ箱の残飯あさって食ってるほうが多いんだぜ?
おなかいっぱい食べる?
あったかい場所で寝る?
そんなの、最後にしたのはいつだろう?生まれたときから、そんな経験したことがないような気もするなぁ…。
痛いな、痛いなぁ痛いなぁ…
角材でたたかれたのは最初のうちで、追いついてきた他の人間(親切な、無関係な奴ら。俺を盗人として正義は我にあり!と思ってる奴ら)が、便乗して俺を
殴る。蹴る。(ま、それも正しいとはわかっちゃいるんだけど)
「ぎゃぁああ、あ…ぐぁ、あ、ぎゃ…」
ああ、歯が折れたんじゃねぇの?
口の中にゴリ、と変な音がして血があふれた。鼻血も出てるし。俺、たぶん酷い顔。真っ赤なんじゃない。
殺されやしねぇだろうけど(したら、殺人者だ)、ちょっと、これやり過ぎじゃね?(叫んでる、俺は痛くて叫んでる。けど、俺の身を絞るような悲鳴なんて、
こいつらにとってはスパイス。ただ、興奮を煽る材料のひとつ)
俺、死ぬんじゃね?
『 』
澄んだ幼い声が、突然に耳に飛び込んだ。
ザァザァと、鼓膜が破れたのか雑音と、打撃音、それに俺自身が叫ぶ、何いってるんだか分からない言葉を押しのけて、するりと俺の耳に入った言葉。意味が分
からない。
俺だけじゃなかったみたいだ。
夢中で俺を殴ってたやつらも、思わずといった感じで手を止めた。そして、そろって同じ方向を振り向いた。
なぁ、この時の俺の気持ちをどう表したらいいんだろう。
勝手に、涙が出たんだ。
なんでだろう。なんでだろう。
おかしいよな。普通。こんなこと、普通ないよな。
でも、俺には確かに見えたんだ。
彼の身体からうっすらと空気に滲むように立ち上る、真っ赤な光が。頭上に光り輝く王冠が。
――― 主よ。われらを導きください。
(end)
□■□
『イジメ、激ダサだぜ!』
(日本語)
やほー。
獄寺隼人な山田太郎(仮)でし!
東へ西へ、南に北へ。
宙にたなびく風船のように、俺がこの山間の町にたどりついたのは、電車の中から見えた海と、隣接する森が綺麗だったから。
けして、海の幸と山の幸がうまそうだなぁと思って駅を降りたわけではない。うん。
そこで、ボコボコのリンチを受けている子供を助けました。
ぶっちゃけ、面倒なので助けない選択しに天秤が傾きそうになりましたが…まぁ、ボコッてるおっさんたち弱そうだったし。
子供、なんか死にそうだったし。
……
「一発入魂、唸れ、俺のファーストアタック―!!続いて、セカンド!間髪いれずに、サードブリッドオォオオー!!!」
握りこぶし大の石を大人の頭に思いっきり投げつける。
三連球はナイスな軌道を描き、全部大人の頭に直撃した。
酷い、俺酷い。自分でやってて俺酷い。
頭だよ?たんこぶが出来るぐらいだったらいいけど、脳挫傷とか起きてたらごめんヨ。後遺症って嫌ですよね。
やっぱり人間、スパッと死んだほうが後のちが楽だヨ…人それぞれかもしれないけど。
でも、今の俺ってなんのスパーセンスを持っていない獄寺隼人だから…こんくらい容赦なさじゃなきゃ、大人たちの手から逃げられないのである。
頭を押さえてうずくまった大人の背中に全体重をかけて蹴りをかまし、リンチされていた子供の手を引いて走る。満身創痍なので子供の足は遅い。
だが、オリーブオイルをたっぷりなご飯を食べてお昼寝なんかしまくっているイタリアの中年男の足取りのほうが重い。海外の全体的に太っているのである…い
や、日本人も同じかな。
肥満をメタボと言い換えても、結局は同じなのだ。…ああ、皮下脂肪よ、石鹸になってしまえ!
なんというか…まぁ、立ち寄ったどの町でも似たような現状だったんだな、これが。
このイタリアには不思議なほど孤児や家出少年、いわゆるストリートチルドレンが多い。俺が旅している間に立ち寄った街には全てそういう集団がいた。
なんなの?イタリアって、こんなに治安悪かったけ?
安全大国日本万歳。
安全と水はただという日本神話ですね、分かります。
若干の嘘が混ざってますが。(水はただじゃない!安全だって、お金ですよね、所詮!!)
俺は各地のそれらのストリートチルドレンの集団に加わって、過ごし、長くて数か月、短くて三日という不規則なスパンで転々と渡り歩いてきた。
いやぁ…ストリートチルドレンにもそれなりのルールに則って生きるために努力していた。まるでプチ流星街のようだった。
俺も本物の流星街に行ったことは数回しかないけどな。あんなゴミくさいところ、ごめんだヨ…。
夏の最中に横を、ゴミ収集車が通り過ぎる時に感じる臭いが二
十四時間側あるなんて軽い拷問。ゴミ収集の働く方々、お疲れさまです…。
「おーい少年、大丈夫か?生きてる?」
「う…ぁ“い、…ぉ」
ボコボコに変形して腫れあがって、たらこ唇になっている少年が声を発しようとするが、口の中が切れているのだろう、ひどく不鮮明な声しか出てこない。
たぶん、放っておいたら死にそうだったので、仕方なく引きずって、少年が力ない腕を持ち上げて指し示すほうに向かった。
裏の裏の道に入ったところで、彼の仲間とおぼしき子供たちに取り囲まれて威嚇された。
…ちょ、小さい子!痛いから石投げないで!うちどころ悪いと、俺がこれ以上馬鹿になる!!(つか、さっき俺がおっさんにやったことと同じことしないで!)
周りを取り囲まれた状態で、俺は彼らの根城に向かった。
小汚いなか、申し訳程度に布団?むしろ新聞?段ボール?が積み重なっているところに少年の身体を置く。
「ねぇ、ライおにいちゃんは大丈夫?」
裾を引っ張られると、目を向ければ薄汚い子供が心配そうに少年を見つめていた。
「ああ、たぶんな…」
他にも、各々がうすよごれたボロを着た幼い子供が七人。
年齢もバラバラで、俺と、俺の手当てをする少年を囲んでいる。
…あ〜どうするかな。
俺は旅道具が一式入ったリュックを下ろして、地面に座る。
そうすることで、必然的に周りのガキどもを見上げる形となった。子供たちは、まだ少し俺を警戒してる。まぁ、突然やってきたどこともしれない奴なんて、不
審者以外の何物でもないよなぁ…。
「水沸かして…って、水沸かせる?清潔な水あるのかココ…」
「!ちょっと、待って、て!」
どこからか持ってこられた、まぁまぁ綺麗な水で、俺の手持ちの綺麗な布を浸しす。軽く絞った布で傷口を拭いて、消毒、その上に山田印の軟膏を塗りたくる。
山田印の軟膏はスリザリンの時によく作っていた傷口・やけど等に抜群の効果を発揮す
る。抗生剤とかは入ってないから、効かないものに対しては効かないけど…まぁ、大概はなんとかなる。
山の中で薬草を集めて俺が作った。メイドイン俺である。メイドではない。…あ、つまらないなこのギャグ。
下手なものが何も入っていない、百%自然から作った天然ものである。
鼻を通り抜けるようなハーブのすっきりとした匂いが特徴だ。女性の方にもおすすめです。
海岸で拾った合わせ貝の中に入れてある。日本的に風流だろう。
あとは安静にしておけば、大丈夫かなぁ…。
幸い、骨は折れてないし、腹もうっ血しているが、触診した限り内臓はやられていないようだ。口から血を吐いてるけど…これ、口の中を切った所為みたいだ
し。
顔の変形はもう、お前整形したほうがいいんじゃない?というほど腫れあがっているけど、冷やしてしばらく様子を見て…それでも崩れたまんまだったら、御愁
傷様な感じである。
元の顔を知らないので、特に感想はない。もし、元がイケ面だったら…ざまぁとか思わないから、うん。
脳みそのほうがやられてないとは限らないが…たんこぶが出来ているが、それ以上のことは検査を受けなければ分からないだろう。
数ヵ月後になんらかの後遺症が出ていなければ脳は平気だろう。頭ぶつけた場合、後から後遺症が出てくる場合があるから、頭ぶつけたら気をつけようね、みん
な。
「…よし、今すぐ命にかかわるような感じしないけど。頭のほうも殴られてるから、後からなんか不具合が出てくる場合があるかもしれない。安静にな」
後ほどけいれんだとか、足元のふらつき、筋肉弛緩だとかが起こったとしても、こいつら金ないから医者にはかかれないと思う。
だから、言えることは「安静に」ただそれだけ。
子供たちは俺の診断にほっとして顔を緩めたが、俺に向ける目は不審者に向けるソレ。猫のように警戒心をむき出しにして威嚇してる。
いつも、俺はこういう目でストリート・チルドレンの奴らに警戒されていた。
というか、よそ者に対して警戒心を持たないような危機感のないチルドレンたちがいたとしたら、そっちのほうがびっくりである。
親も庇護してくる大人もほとんどおらず、裏街道でひっそりと息をひそめている。大人は敵である。
…まぁ、俺の姿は子供だから、もうちょっと優しい目で見てほしいな!新入りかもしれないじゃん!
まぁ、なんでか、その場所を離れることには、みんな仲良くしてくれるんだけどなぁ。
行くな!と腕を引きとめられたことは数知れず。
ふふん、俺ってば人気者なのである!(彼らにとっては滅多に手に入らない薬類…山田印の傷薬やら風邪薬が目当てだとか…そ、そんなことないんだから
ね!!)
現実世界では飲み会の誘いもあまりなく、ロンリ―なので、子供たちの人気者になれるのは現金な理由があっても多少は嬉しいのである。(痛い大人の見本で
す)
仲良くなるまでの過程では、やっぱり俺はよそ者でしかないので、冷たい瞳が俺の心に隙間風を吹かせるのである。
るるる〜俺は北風小僧のかんたろう〜♪
仲良くなるには、一緒に遊ぶことだよなぁ、と俺は、ストリートチルドレンに日本の遊びを教えながら回っている。
俺、何やってんの?と思わなくもないが、イタリアって、普通に子どもたちがわいわいやる遊びが少ないんだよな。サッカーとか…場所がないとできないし。缶
けりとか…
「……ここにいるのは、お前たちだけか?」
言葉少なに尋ねる。
俺、初対面の人間には基本無口なのだよ。最初から心の扉が全開な人間なんてそうそういない。
ちなみに、俺の心の扉は三つある。
第一の扉を開けたのは良き友人である鈴木一郎。
第二の扉を飛び越えたのは後にも先にもバジリスクただ一匹。
第三の扉を突破したものは誰もいない。そこまで心をさらけ出したら丸裸ですよ。
しかしながら、第一扉、第二の扉を超えたものが一匹と一人いるだけでも、俺の人生はある意味勝ち組であるといいたい。
………人間より、爬虫類のほうが心の友度が高いってどういうことだ。
若干ネガティブ思考をしていた俺をしり目に、子供たちはお互いの目を見て、小さくうなずきあった。
「……今は、あたちたちだけ。でもね、前はもっといたの」
「今は?じゃあ、ほかの子たちは?」
これ以上の子供がいたのかな?
「どっかいっちゃった…。ドメニコも、ルチャーノも、」
震える声で言って、ちびっこが眼に涙をためる。え、ちょっと俺が泣かしたみたいじゃないか…!やめて!
おろおろとしてしまいそうなのをぐっとこらえて、ちびっこを見つめる。ちびっこは怯えたように目を伏せて、ほかの子供の後ろに隠れてしまった。…ああ、俺
の目つき悪いもんな…(獄寺仕様です)
「ッ……ぢがう、、みんな、連れて、い、」
「ライお兄ちゃん!平気?」
「あ、あ…」
しわがれた声がして、その声は傷だらけの少年が出したものだった。口の中も切れんだから…しゃべんなよ。血の味ってまずくない?
「……どごのだれ、か、じらねぇが、礼をいう」
俺が助けた少年の名前は、ライモンド。
歳の頃は…俺よりも四歳ぐらい上かな。十四歳ぐらいかな。ひょろりとした細い体をしている。
聞けば、この集団をまとめているらしい…が、本来ならば其の役割は自分のものではないとのこと。もうちょっと年かさの人間がいてここいらをまとめていたそ
うだ。
ライモンドの話を要約するとこうだ。
――― 海に面しているだけの、時に特産物があるわけでもないこの街は、昔から寂れている。
裏通りに入れば娼婦や物乞い、弱った老人、孤児などが大勢いる。あるいは、気がついたときにすでに路地で生活していた子供などなど。
一人では力なき弱者たち。だから、集団を作って生きてきた。
彼ら子供たちのグループもいくつかあり、その日暮らしでゴミ箱を漁り、ひったくりなどの盗みを働いている。小さい子供たちは主に見張りで、少し年長の子供
がすきを盗んで屋台から食べ物を盗む。
いくつかある子供の集団にも、やはり縄張りがあるが、子供同士で争ったりすることも滅多にない。(というか、争うような余裕はない)、
そんな子供たちの間で、唐突にささやかれ始めた歌。
それは、幼い子供を寝かしつけるために語られるような子守唄。
♪ 悪い子供は、浚われる。風の悪魔に浚われる。
♪ 悪い子の手を切り落とし、悪い子の舌をひっこぬき、悪い子の目玉をかみ砕き、悪い子の魂食べちゃうぞ。
♪ 悪い子どこだ、どこにいる、風の悪魔が浚っていくぞ♪
気味の悪い歌だ。
なんていうか、音調が調子っぱずれで音痴すぎる…そこがまた、何とも言えない不気味さを誘っている。
俺が歌ったから音痴になったんじゃないからな。俺は…まぁジャイアンよりは酷くない歌声とだけ言っておこう。(あらぬ方向を見ながら)
簡単に言ってしまえば、その歌が流行りだしたころから、子供が消えるという事件が起きた。
老人や大人の姿は相変わらず道端に転がっている。ただ、幼い子供の姿だけが少しずつ裏路地から消えていった。まともな親元にいる子供にはなんら被害はな
い。裏路地に住む、ストリートチルドレン。親無し子の子供たちが、ひとり、また一人と唐突に姿を消した。
誰も気にしない。警察も、気にしない。誰も、誰も気にしない。
ああ、なんて自分本位な、他人を殺す、この希薄な存在価値!
てか、俺にそんな話をしてどうするんだろうか?
言っちゃなんだが、俺にはその問題を解決する力はないのである。
サラザールならば、ボンバー!『一発大逆転!大爆発皆殺し作戦!』
ミルキならば、ミラクルミルミル!『こっぱみじんにみじん切り大作戦!』
…などなどを決行して、無敵に華麗な山田さまを見せつけるのだが…。
獄寺隼人の能力は使い物にならない。
獄寺隼人の技術として、すでにダイナマイトの扱い方は知っていた。しかし、ダイナマイトなんて使いにくい武器でしかない。使えるのはせいぜい撹乱や陽動、
対多数に対するときのみ。
しかも、ダイナマイトって超!金がかかるのである。放浪少年の俺がそんな高価なもんをホイホイと買えるわけがない。そんな裏ルートも知らないし。
お前らみんな冷静に考えるんだ。拳銃は普通に売ってても、ダイナマイト売ってるところなんてなかなかないだろ!
ダイナマイトがやすやすと手に入るって、それは一体どんなテロリスト。俺はエロリストになりたい…。
これが、自分の意思で家出を決行したのならば俺だって城にある高価なものを盗んで、換金して、悠々自適な家出を満喫していた。
けれども、残念ながら俺が城から出たのは誘拐された所為だし。
金目のものなんか持ってない、無一文からのスタートだったし…。
………貧乏というものを体験しました。
餓死寸前とかさ、そういうのは経験があるんだが(暗闇に閉じ込められて飯抜き!コレ、ゾルの特訓ね!)、貧乏っていうのは基本的にあんまり経験したこ
となかったんですヨね。
あれだよ、貧乏人にしか貧乏人の気持ちは分からない!
金持ちのボンボンの政治家に、貧乏人の気持ちなんて分かるわけないんだ!日本の貧乏人にだって、アフリカ人たちの気持ちなんて分かるわけがないんだ!!
金持ちの政治家に、庶民の哀しさがわかってたまるかー!!
…と、人生経験がレベルアップしました。
やっぱりあれだ、俺、将来の夢(現実)は公務員になるんだ。
「へぇ、犯人とかはわかってるのか?」
と、冷たく聞き返す。
「いや…確かなことは、でも、」
「みたよ!ナルテッサはみたのよ!黒いふくのおじちゃんたちが、ほかの子を連れていくのを!」
ちっこい子供が手を挙げて、懸命に言葉を紡ぐ。…すごく、幼女です。
「ほんとよ、ナルテッサはみたにょ!ほんとに、お顔もよ!」
五歳ぐらいだろうか。幼女は自分のいう言葉が信じてもらえてないようだと感じているようで、必死な様子で言葉を紡ぐ。舌たらずすぎる…狙ってるのか?
そのところの信ぴょう性はどうなのだ、とライに問いかける。
「……暗い中で、小さい子のいうことだから…でも、ナルテッサは嘘をつく子じゃないから、たぶん、本当なんだろうとは思うんだが…」
「証拠も何もないから、やっぱり何も分からないって?」
「そうだ。不確かな証言を警察なんて、相手にしてくれねぇ」
「じゃあ…マフィアとかは?」
「ッ!それも同じだ!信用できるかッ!!」
ですよねー…。
マフィアなんて、所詮は悪。むしろ、マフィアを一番に疑ってかかるべき。
悪は悪らしく、これ、常識。
「でも、俺にそんな相談されてもなにもできない」
ここ、大事だからしっかりと言わせてもらうのである。
ライは、はっとしたように目を伏せ、そうだよな、と呟いた布団の上で握りしめた。
「……あ、あ。そうだよな。悪い、」
でも、お前なら、なんとかしてくれそうな気がしたんだ。
(…なんてライくんの小さな声が聞こえたけれど全力でスルーです。聞こえない、あーあーあーあ!!)
※ 山田隼人はいまだ十歳。