オレには息子が五人いる。
流星街からの嫁さんを貰ったことで、生殖機能が汚染されていないことは事前の検査ではっきりしていたことだが、キキョウはよく多くの子供を生んでくれたと思う。
上から、イルミ、ミルキ、キルア、アルカ、カルト。
分かる人間にはすぐに分かることだが、この名前の付け方には法則性が存在する。
イルミ/ミルキ/キルア/アルカ/カルト
オレの名、シルバにあやかった名の付け方がしたかったらしく真ん中にルを含んだ、まんましりとりな名前の付け方をしやがった。
別に名前に愛着だとかを拘る必要もねぇからどーでもいいっちゃいいが。
オレの血を一番色濃く受け継いでいるのはキルアだろう。オレそっくりの容姿を持つ、天性の殺人者。
受け継がれてきたゾルディック式教育はどんな子供でもそれなりの暗殺者にはなる。
それと後継者は違う。
後継者に必要なのはゾルディックに受け継がれた全ての集大成を実現できるもの。受け継がれた殺しへの本能。
キルアはその資質を息子の誰よりも持っている。
だが、いかんせん、いまだてんでガキで感情が甘い。甘すぎるったらありゃしねぇ。
その点、理想的な暗殺者という意味ではイルミはいい線にいっている。感情に流されることはない。あいつはきっと殺されるときにも無表情に泣き言ひとつ言わずに死ぬだろう。あいつはきっと自らが殺されるときにも無表情に泣き言ひとつ言わずに死ぬだろう。
たとえ、イルミを殺す相手がオレだったとしても。
そして、二番目の息子―――ミルキ。
こういっちゃなんだが、あいつはこのゾルディックの中でもどこかおかしい。
家族の中でミルキだけが幼い頃から遠慮なくオレに抱きついてきた。
イルミは当然そんなことをする性分でもなかったし、オレから気まぐれに抱き上げてやったことがあるのは精々二回ほどだ。柔らかくあどけない幼子の肢体は細く、オレが手加減に手加減を重ねなくてはたやすく柘榴のように潰れ弾けるだろう。うっかりと殺しそうになったことも一度や二度じゃない。
首に腕を回して無邪気に、馬鹿っぽく笑うミルキの瞳は、時たま幼いながらに妙に成熟した光を見せることがあった。
じいさんや親父が見せるのとはまた違う、「ここ」ではないどこかを見つめる眼差し。
初めて殺人を行うと、何らかの感情の変化がある。しかし、ミルキは事後、全く変化がなかった。
ただ、厭そうに顔についた返り血を拭い、
「基本……グロは苦手だなぁ…」
と、呟いた。
その晩の肉料理にも特に何かを感慨ふけることもなく、いつもどうり。数少ない毒なしの日だったので、むしゃむしゃとと旨そうに齧り付き、お替りまでしやがった。
わざとなのか意図的なのか(意図的に決まっているが)、やけに赤みかかったビーフシチューに、ローストビーフは人体の生肉を思い浮かべさせるような視覚的料理もなんのその。
お前、食いすぎだ。
□■□
「殺すなら、スパッと一発で殺してあげたほうがいいよね。痛くないし。怖くない」
「そういうもんか?」
「うん、そーゆーもんだよ」
心臓の抜き取り、という技がある。
ミルキは特にその技に対しての興味があるらしく、知らぬ間にイルミにこっそりと習っていたのは知っていた。
「この殺し方が一番したいが綺麗っしょ?あーあ、でも、胸部から血が散ってるし、俺もまだまだだね」
殺した相手の胸部は服こそ破れていなかったものの、抉り出した傷跡からじわじわと血が染み出していた。ミルキは残念そうに死体の胸部と手元の心臓を見比べた。
はぁ、とため息をひとつつくと、気を取り直したようににこりと笑い、その小さな手には大きすぎ赤い塊をグチュリと潰した。
「俺…心臓が潰れる音は初めて聞いたよ」
天空競技場へやって、腕試しをさせたが途中から音信不通になりやがった。
どっかのハンターにでも殺されたかと思ったが、そんなに仕事にかりだした覚えもないので、面が割れてるとかはまずねぇ。なにやってんだあの馬鹿は、と思ったぐらいだった。死んでたらそれまでのことだし、生きてたらそのうちどっかから情報も入るだろう。
キキョウがひとりで騒いでいたが、「ほっとけ」の一言で黙らせた。感情の起伏が激しい女だ。
そういうところはミルキがよく似たのかもしれねぇな。
■□■
「オレだ」
『アイ!ミルキです!なにー?』
明るい声が電話越しに聞こえる。かすかに反響するテレビの音がするのでどこかの個室にいるようだ。
「…仕事で近くに来た」
『ええ、マジで!?オレ今、プリズンホテルってのに泊まってるよ!』
「分かった」
ケータイを閉じて。歩き出す。
雲の多い空には半月が浮かぶ。生暖かい風がオレの心をもやもやと燻らせる。
今日の仕事は……気分が悪かった。
ホテルでは満面の笑みでミルキが迎えてくれた。
女の媚も、男の敵意も、そういうものがひとつも無い無邪気といえば聞こえがいいが、馬鹿のようにも見える無防備な姿に、一瞬片手で首を掴んで縊り殺してしまいたいような、単純に頭を撫でてやりたいような仄かな親心というものが同時に浮かんで消える。
結局オレは、かすかに笑ってミルキの頭に手を置くことに止まる。
俺の膝下ぐらいしかなかった身長もすくすくと育ち、今では臍よりも少し上になった。
「久しぶりー。なに、仕事だったの?」
「ああ、…」
「ふーん…ん?」
ミルキがオレの腕に目を留めて大仰に目を丸くした。かすかに負った傷口から血が滲んでいる。
「親父!怪我してるじゃん!超珍しい!うわぁ、マジ怪我?ケチャップじゃなくて?ウソ!大丈夫?治そうか?」
腕を掴んで、心配そうに見上げてくる。
「ああ…いや、いい。このままで」
「そう…?ま、死に至るものでもないだろうからね…ねぇねぇ、相手、どんなヤツだったの?」
オレは窓によって眼下を見下ろした。窓の外では煌々と光る電灯の下、暢気に平和ボケした市民達が笑いあっている。
窓ガラスに反射してぼんやりと映るミルキの姿を見るともなしに見ながら、今日暗殺した者を思い浮かべる。久々に手ごたえを感じる相手だった。
割りに合わねぇっつーのはああいうのを言うんだろうな。
「……幻影旅団、だ」
ベットに寝転がって足を天井に向けてストレッチをしながらテレビを見ていたミルキは、動きを止めてゆっくりとオレの背中に向く。ぽかんと口を開けた間抜け顔が引きつった笑いのような形になるのが窓越しに見えた。
「………………へぇへぇへぇ〜」
気の抜けるような返答をして、ミルキは立ち上がって冷蔵庫からコーラを手に、途中で絨毯に足を取られてこけそうになりながらもベットの縁に座りなおした。プシュと缶を開けて喉を鳴らして飲み干す。
「知っているのか?」
「…んと、まぁ俺も、噂程度にならね。蜘蛛でしょ…十二人だっけ?あれ、十三人?」
頭を傾げ、指折りをしてうんうんと唸っている。
「蜘蛛、か」
「蜘蛛だよー。俺、蜘蛛は嫌いじゃないけど、実際問題会いたくないなー」
「そのほうがいい。会ったとしても、戦うのは避けたほうが懸命だな」
なんつーか、裏の世界としては平均値?よりもちょっと上?ぐらいのミルキだったらヤツラの誰かと当たったらまず間違いなく殺られるな。
面倒くさがり屋な癖に、意外と好奇心が強いミルキにいちおう釘を刺しておく。
「俺(ミルキ)は俺(山田)。…だいじょーぶだって!ちゃんと身分相応ってことばを知ってるから!」
胸を張ってミルキは答えるが。
…かすかな不安を覚えた。裏の世界に生まれた時から浸かっていて、こんなにも妙なヤツを見たら、興味を持たないヤツはいないんじゃないか?
胡乱げに見遣ると、ミルキは親指を突き出した。
「……大丈夫だよ!いざとなったら覚悟を決めるだけだし」
ニィっと目を細めて、口角を笑いの形に吊り上げたミルキ。
面白いほどに感情が豊かで、痛みに弱く、その癖に酷く冷淡。
キキョウに似た、黒髪を闇に溶かし、薄っすらと銀が混ざる漆黒の瞳を細めて笑う。
高貴な黒猫、あるいは黒豹。
傍目には懐かない気位の高い獣のように見えるが、だが、実際はひどく人懐こい。
牙と爪を隠し持った猛獣の仔。
強いのか弱いのか、弱いのか強いのか。
違う場所にいるのかもしれない。
我が子ながら、お前は異様だ。
(意図的に欠けているのではなく、元から何かが欠けているのだ。満ちぬ、月のように)
- 070818