忘れろ夜明けに見たものを












月は人を狂わすという。
遥か太古の昔から、月の満ち欠けを人々は畏怖をした。

皆既月食の光を浴びると災いがその身に降りかかるとし、古代の王は身を潜めた。

さて、月は果たして人を狂わす力があるのだろうか?
狂っているのはどちらなのか。

人か。
獣か。
月か。


―…狂った月。ルナティックムーン。


俺の名前は山田太郎(仮名)こと、ミルキ・ゾルディックでっす!お今晩は!
月がぁ出たでぇたぁー、月がぁ出た!ア、ヨイヨイっ!
いやぁ、今日はいい月だよ!満月!最高!!
こんな日は、一人酒でも手にしてふらふらと樹海なんか散歩すると、ゾクゾクと背中に怖気が走りそうである。肝試しみたいで超怖いよなぁ。俺、普通に幽霊とか怖いんだけど。怨念とかって、すっげぇドロドロとしてて落すの大変そうじゃない?

サラザールだったときはこんな日はヘビロクの背中に乗ってよく散歩した。
リアルに妖精さんとかと出会えたよ。月夜の晩にはいろいろな種族が散歩していたよ。
部屋でごろごろしていたのだが、窓からふと見えた満月の綺麗さに屋根まで上ってきてしまった。

一人で月見酒ってのもいいものだなぁ…。
馬鹿騒ぎが嫌いなわけじゃないが、こういう風にのんびりと月を独り占めってのもまた風流だ。


夜風に吹かれながら一人酒。
ここはやっぱり月見団子があるといいなぁ…。よし、取に行こう。
台所で食べ物を漁ったのだが、饅頭がなかった。けっ、饅頭を常備しておいてくれよ!しかたがないので、冷凍庫の雪見大福を持ち出した。

「ふんふーん♪」

ついでに、お菓子と酒を失敬して屋根に戻る。
おや?屋根に顔を出すと、マハじいちゃんがいるではないか。じいちゃん、眠るの早いからいつもならこの時間には自分の部屋で眠っているはずなのになぁ…。
ああ、俺と同じで、月があんまり綺麗だから出てきちゃった?ああ、でも、今はちょっと雲で月が隠れちゃってるね。惜しいな、本当にここからは月が綺麗に見える。
ここは、ビルとか余計な高層建築が空を遮ることがないから、月が落ちてきそうなほどに大きく見える。

マハじいちゃんが、俺の残していった酒をクイっとオツな感じで傾けてる。

「マ…!」

雲の隙間から、月が姿を現した。
呼びかけようとした声は、不自然に止まってしまった。

月光が降り注ぐ。
マハじいちゃんの体が…

見る見る若返っていくぅうううーーーー!?
皺くちゃでミイラの一歩手前だった皮膚が、ピンと張りを取り戻し、目が引っ込んで、髪の毛が伸びる!
ビデオカメラで逆再生を見ているようだ!

だが、実際に目の前でそんなことが起こったら、恐怖以外の何者でもない。

驚愕のあまり、膝から力が抜ける。そのまま足を踏み外して俺の体が宙を浮きそうになった。いや、この程度の高さから地上に落ちたってかすり傷をすら負わないが、それでも俺の中の山田的常識(=一般常識)によって、「しまった!」と心の中で青くなる。

両手でどっかに捕まろうにも、俺の両手は食べ物で塞がっている。
ああっ!食い意地はってアレもこれもと持ってくるんじゃなかった!しかも、食い意地が張っているせいで、この食べ物を手放すのが惜しい!!


ぐいっ、と引っ張られた。

「うっわ…!」
「あっぶねぇなぁ…俺様の食べ物が潰れちまうじゃん」
「え…ええっ?」

ひょいっと、片手で屋根まで引っ張りあげられる。
呆然とする俺を放って、手にしていたお菓子、おつまみ、ビールと適当なカクテルを取っていく相手。俺の腰ほどにしか身長がない。ちっさい。キルアよりちっさい。いや、これはカルトよりもちっさい。

「よくやった!酒のつまみちゃやっぱりスルメイカだよなー。おお、マヨネーズ付きじゃんか!」

嬉しそうに言って、おつまみの封を開けながら、「よっこらしょ」とちょっぴりジジくさい動作で屋根に胡坐をかいて座り込む、その人。
俺は口をパクパクと呼吸困難で溺れそうな鯉みたいにして、相手を指差した。うっわ、うっわ!俺、こんなに動揺するの、超久しぶりなんですが!

「マ、マハじいちゃ…!?」
「おう、どうしたよ。テメェも早く来い」

バシバシと自分の隣を叩いて、手招きするマハじいちゃん。

俺の腰よりも小さい身長のマハじいちゃん(いや、それは元々だ)。
だが、いつもの言っちゃ悪いが、蛙のようなその顔が、普通の子どものよう…っていうか、子どもだ!
キルアにちょっと似た(いや、順番的にはキルアがマハに似ているのだ)感じになっていやがるよ!

親父やキルアに良く似た銀色の単発がそよそよと夜風に揺れる。
髪が!髪があるよ、マハじいちゃん!どっから生えたのその髪!(混乱)(いや、生える瞬間見てたけどさ!)

なんでいつもいい年したくせに短パンでジャンパー姿なんだろう?と不思議に思っていたのだが、今の姿だと全く違和感がない!

「ど、どうしたの?そ、その姿」

あれ?今俺眠ってたっけ?と、自分の頬をつねってみるが、痛い。
それでも信じられなくて、自分の腕に尖らした爪を立ててみる。痛い。
うん、夢じゃない。痛い血が出てきてしまったよ、あっはっはっ!!

「バァーカ。何やってんの、お前。自分傷つけて楽しいわけ?」
「いいえ、滅相もございません!痛いの嫌いです!」

ピアスの穴を開けるのも、ビビッてます!

「だろぉ!ホラ、お前も飲めや!」
「あ、い、いただきます!どうも」

慌てて、チューハイ缶を両手で押し頂いてしまう俺。

「いやぁ、いい月だなぁ」
「は、はい、そうですね!」
「こういう日は、血が騒ぐなぁ…無性に人殺したくなんねぇか、ミルキィ?」
「はぃ…いいえ!特に別に人殺したくないですよー!」

そんな、まさか。
語尾上がりの笑いを含んだ声で言われても…。
マハじいちゃんの隣で酒を仰ぎながらも、ちらちらと隣を窺ってしまう…!!

じいちゃんがハイペースで酒を渡してくるから、俺も勧められるままに飲み続ける。
途中から、何がなんだか分からなくなってきた。
いつもより早いペースで飲んでいるので、いい気分になって「ま、いっか!」とポジティブシンキングになってきた。だがそれは、実のところ考えることを放棄したのである。
世の中は分からないことがたくさんある!俺は酒の造り方も、冷蔵庫の仕組みも分からない!
よい、世の中、ヨイヨイ!!


「でな、シルバのやつは…」
「ほへぇ〜…」
「……となったところで、ゼノが…
「うほぉ〜…」
「最初なんて…」
「なるぅ〜…!!」

うふふ、えへへ、ぐへへなzゼノじいちゃんの初めての○○や、親父の笑える○○などを沢山聞いた。
いや、聞いたって言っても半分ぐらい聞き流している。だけど、全てに頷いて笑っている俺は相当酔っている。

なんというか、木の股を見てむらむら来る年頃とか、箸が転がっただけで笑うような年頃。
かなり陽気な気分だった。今なら空も飛べそうだ。飛んじゃうよ飛んじゃうよ!俺、いっちゃうよ!(死んじゃうよ!)





「GURRRRRRRRRRRRR-----!!!」

クルルーマウンテンに獣の咆哮が細く響く。

「…今のミケの鳴き声ですかなぁ〜」
「そうだろーな」

飲むは呑むわ!マハじいちゃん、呑みすぎ!っていうぐらいに空き缶の山が出来る。
三回も酒とつまみを調達に台所に降りたよ!最終的には酒蔵から樽ごと持ってきたし!

よっこらせ、とマハじいちゃんが立ち上がる。
う〜ん!と朝起きるときみたいな伸びをして、「さてと…」と言葉を続ける。


「俺さまは寝るかな。跡片付けは任せたぜー。おっやすみぃ」
「おっやすみなさぁーい!マハじいちゃん!今日は楽しかったよー!また飲もうな!」
「ああ、俺さまも久々に楽しかったぜ」


ベロンベロンに酔った俺は、酔っ払い特有の無邪気で馬鹿みたいな笑顔でマハじいちゃんを見送った。
マハじいちゃんが、目を細めて柔らかく微笑んだ姿は…生憎、俺は見ることは出来なかった。





■□■





次の日。
久々に二日酔いでガンガンする頭を押さえて、朝食に顔を出す。本当はベットの中でグロッキー状態になっていたかったのだが、駄目だ。そんなことしたら、キキョウが「軟弱な子ね!」と激怒する。素知らぬ顔で朝食をクリアした後、部屋で横になろう。

「おはよう」
「おはよー…お”ぁ…!!」
「……」

テクテクと俺の前を横切ったマハじいちゃんに対し、俺はズザザザと反射的に三メートルくらい距離を取った。

「マ、マハじいちゃん?」
「……」

なんじゃ?と言うようにこちらに目線を向けてきてくれるが、その姿はいつもと変わりない。
相変わらず、妖怪じみた容姿だ。

俺が何もいえないでいると、マハじいちゃんはフイ、と興味を失くしたように視線を外し、食卓についてしまった。
けれども、食事に手が付かない。
上座の親父が不思議そうに俺を見てきた。

「ミルキ?」
「……親父。我が家は奇奇怪怪だ」








(狂っているのは俺なのか!妖精さん!俺の記憶って現実だったの!?)


※一人マハじいちゃん祭り!(全然祭りではない)ビジュアルは…シルバとキルアを足して、適当に想像に任せる(笑)
  • 071215