女神の微笑みは救いであり警告だ










「我はサラザール・スリザリン」





クイーンズ‐イングリッシュよりも、さらに古き響きの英語で彼は名乗る。

平凡な東洋の顔立ちから、信じられないほどの美貌へと一瞬へ変化する。ぽかんと、阿呆のように皆がその姿に見入った。
魂が抜かれそうなほどの美しさ。

神か悪魔か。
どちらにしても、美しすぎる存在と言うものはその美しさそのものが《力》となる。


「……サラザール・スリザリンだと?ハッ、そんな戯言は大概にしろ」


唯一、魅入られることのなかったのは、人面瘤ヴォルデモートであった。声が少し震えているように思えるのは、ヴォルデモートがその名に人一倍の思い入れがある所為だろうか。それとも、やはりその美に圧倒されていたからだろうか。



「信じてないね。おっと、その前に…」


肩を竦めて、彼は現れ出でていた幽霊騎士どもを流し見た。

幽霊騎士…いや、精霊騎士とも呼ばれている彼ら。実際に目にするのは初めてであった。各寮の姿無き守護霊として存在は確認されてきたが、彼らは人形のように反応がなく、現ることも数百年に一度あるかないかという程度なのである。

魂の抜けたようにまどろむだけの形だけの守護霊として認知されている。



「…そこのターバン、殺せ」



『コロセ』 艶やかに冷然と命を下した。


《 御意 》

ホグワーツの七騎士は恭しく返事をした。

相反する毒を放ち、命ずる姿は精霊王のようだと言ってもけして大げさではないだろう。 それだけの万物の王のような容姿だ。
彼らは頭上高く剣を捧げ、彼の命を聞くことを至上の喜びを感じているのが感じられる。
比類無き美しい人に身も心も捧げ尽くす!当人にとっては幸せだろう。だが、共感出来ぬ者にはすべてを捧げる忠誠心など狂気だと映る。彼は何人もを納得させるオーラを持っていた。



彼の姿はヴィーラもかくや、眩むような美!
美!美!彼の者を美といわずして、何を美というのか!!美という言葉すら陳腐な響き!表す言葉がみつからないとは!!





「ヘビロク、ヘビロック!」





伝説に等しい地下に住むバジリスクを呼びつけ、歯の隙間から挽き漏らすような蛇語を操り、互いの紅の瞳を輝かせ再開を喜びあう一人と一匹。

生憎、我が輩はパーセルタングを理解出来ぬのでさっぱりであったが、かつてトム・マールヴォロ・リドルと呼ばれていた若い姿の帝王と何故かハリー・ポッターが驚きも露わな表情をしておった。
ヴォルデモートがサラザール・スリザリンの血筋であり、パーセルタングを使える魔法使いであることは周知の事実だ。

自然の中、種族を問わずに多く生物と言葉を交わすことが出来るパーセルマウスとされる稀代の天才(中には、異才という表記をされていた魔法史の文献も見つかっている)のサラザール・スリザリンであるならばを、それは極自然なことなのだろう。

その様子は側から見る限りは伝説の場面を再現しているような美しい情景であった。

白蛇のような滑らかな光沢さえ放つような手が、かしずくように首を垂れたバジリスクの頭を撫でる。懐かしそうに、嬉しそうに目を細めて綻んだ口元。あのほんのりと色付いたパールのような唇はいかほどに甘く、冷たいのか。

残酷なる氷の神が一瞬にして慈愛にみちた春の神に変容する、微笑みというその奇跡!

クィレルの惨殺の悲鳴を聞き、顔面を蒼白にし今にも倒れそうであった生徒どもがうっとりと頬をそめ、熱に浮かされたような恍惚の表情で彼らを見つめる。今し方の恐怖や怯えなど忘れたかのように。


さもあらん!
幾多の蝋燭の淡く暖かげなゆらめく光を受け、陶磁器のような、間違えれば生気すらない白磁の肌が仄かに赤みを持ち彼が我々と同じ生き物、人間なのだと知らしめる。
横顔に白銀をまぶしたような遠目からも一本一本が数えられそうな長い睫が光に儚く揺れる。


バジリスクの頭上に乗り、高笑いをする姿など……何人にも出来ぬ偉大なことである! (ネジの外れた馬鹿そのものだ!)

『てか、目線高!!こわ!ベビロクってばデカくなったな!』
『こちとら、千年超える脱皮を繰り返しとんねん!デカくもなるわな!』





■□■





――…ざわり。



にぎわっていた広間が漣のように揺れる。

現れたのだ、サラザール・スリザリンが。
彼が大広間に足を踏み入れたことを歓迎するように天井の模様が華々しく移り変わる。見たことのない変化に若干の驚きを覚えながらも、視線は天井よりも彼に向く。


「見て…!」
「ああ、あの人が…スリザリンなんだよな?」
「…なんで、あの姿なのかしら?」
「東洋人の姿じゃん…」


こそこそと、あちらこちらで彼を凝視したまま小声で会話が交わされる。

彼の姿は、最初にイチロー・スズキと名乗っていた茫洋とした東洋人なのである。
唯一、サラザール・スリザリンの面影があるのは紅玉のような瞳のみ。


サラザール・スリザリンがそのままの姿でホグワーツ内を闊歩すると、その日は多数の硬直者が発生し、マダム・ポンフリー の保健室は大盛況となる。そのため、彼は本来の姿で歩かないように教師陣が頼み込まれたのだ。
マダム・ポンフリー がいくらどんな病気でも治せる優秀な校医と言っても、見惚れるという症状を治すのは至難の業だ。

「ええー…まぁ、いいけど」

以外にすんなりと応じてくれて助かった。魂抜けを起こしたような生徒の相手では、授業が進まぬ。


『シュー…』

首周りからひょっこりと頭をもたげて真っ赤な二枚舌をちらちらと威嚇を振りまくソレ−−−小さくされたバジリスク。小さいと言っても、大人の二の腕ほどの太さの長さはニメートルはあるだろうか。
ゆったりとしたローブの上からはわかりずらいが、おそらく、螺旋にサラザール・スリザリンの体に巻き付いているのだろう。優しい手つきてバジリスクの頭を撫でて、サラザール・スリザリンは何事かを囁く。


『おま…!腰の締め付けもうちょっと緩くしろ!内臓がはみ出そーよ、俺!』
『すまんすまん。力加減がワカランのや。こんくらいでええか?』
『うっぷす!締まった!むしろ締めやがったなこんにゃろー!』
『こりゃうっかり』
『お腹と背中がくっついちゃうの(はあと)ってレベルじゃねーぞ!裂ける!絞め殺す気か!貴様のことをアナコンダと呼ぶぞ』
『いやや!なんであんな低俗で品のかけらもない蛇と一緒にするねん!』



…我輩には分からないが、なにか高尚な会話でもしているのだろう。サラザール・スリザリンの表情は読みにくい。






あの日、バジリスクの頭上で笑ったスリザリンは言った。


「皆のもの、苦しゅうない。面を上げよ。すでに存じておろう、我はサラザール・スリザリン。我は《記憶》でも《転生体》でもない。この身ひとつに千を越える年月を積み重ねている。諸君!我が天命によって創立せし、ホグワーツで学べ!脳みそが破裂するまで学ぶがいい!少年少女、老いやすく学なりがたし…!!」



秘密裏にホグワーツに魔法省並びに各方面の最高位の魔法使いが召集された。
彼が真なるサラザール・スリザリンなのか審議会が開かれた。

誰が信じられよう。何千もの昔の者が生きているなどと!


彼らとサラザール・スリザリンの間にどのようなやりとりがあったのかは、一介の教師に過ぎん我輩には知らされておらん。

自称東洋からの留学生、イチロー・スズキ改め、偉大なる創始者、サラザール・スリザリン。
彼は地下の秘密の部屋に住み着いた。例のあの人…若き姿の闇の帝王…かつて、トム・マールヴォロ・リドルと呼ばれていたヴォルデモート卿と共に。

ダンブルドアとニコラ・フラメルの共同研究によって精製に成功した賢者の石が製造に成功したのはこの六百年の間だ。不老不死に限りなく近づいたともされるその製造は、しかし、肉体の細胞分裂の限界という弱点がある。
ひきかえ、霊のような存在は肉体という枷を越え、永遠とも言えよう。
彼がそのような魂のみの存在として生き(逝き?)長らえていたのならばすんなりと認めることが出来たであろう。

しかし、彼は言ったのだ。 『我が身は、血肉の上に年月を過ごした』と…。
かくして、半信半疑…いや、あの姿形と特徴あるスリザリンの証、瑪瑙の瞳とバジリスクを意のままに操る様子を実際に目にしなければ、話を聞いただけの者は十中八九、サラザール・スリザリンを語る詐欺師、あるいはもの狂いの戯れ言と断言するだろう。




ああ!しかし、彼は本物であると、認められたのだ。

その場で何があったのかただのいち教師でしかない我が輩には知らされておらん。
ただ、数日後に目にする機会のあった参加者たちは一様に浮かされたような茫洋とした表情をして、 『あの御方は本物だ…!』 と、呟いたことがが印象に残っている。


分かっていた。
あの日あの場所にて彼の姿を目にしたものならば、理性ではなく、本能で知り悟ったのだ。


彼の者は如何に類を見ぬほどの美貌を誇り、何千年もの太古のものがあのような若さを保ち、生きているのである!
あのように容易く我々の魔法の効力を消滅させ、我が輩も怪しんでいたクィレルに憑いていたヴァルデモートを得体の知れない魔法(あれが果たして魔法なのか!杖も振らず、詠唱する、アレが!)により肉体をもたらした。


彼はダンブルドアに嫌悪感を抱いているようだ。平気でダンブルドアのヒゲをパンチパーマにしたり、ミミズに変えたりとした幼稚で悪質ないたずらを繰り返す。
我が輩もよくグリフィンドールの問題児、赤毛の双子に悩まされることがある。
彼らのいたずらが成功した場合、彼らは達成した喜び(その後の説教をさておき)にしてやったりと笑う。だが、サラザール・スリザリンは違う。

虫けらを……いや、虫ならばまだ生き物と認識されている。
彼はその玲瓏とした美しき容(かんばせ)に微笑を掃き、しかしながらその瞳は無機質に有象無象を見る眼差しなのだ。
我が輩を見ているわけではないと分かっていても、あの類い希なる貌にてあのような瞳で見据えられたら衝動的に自殺したくなる。

…実際、日に日にダンブルドア校長は目に見えてやせ細っている。


かく言う我輩も、あの方がおっしゃった一言が頭から離れない。




「なんかお前って人気があるから見てみたかったんだけど、想像以上に………(髪の毛、脂っぽくて汚いなあ)」




おい!想像以上にかなり…なんのだ!
続きはなんだ!なぜ、我が輩を哀れみを込めた目で見る!我が輩に言いたいことがあるならはっきりとおっしゃって下さい!(半泣)




最近、髪に白いものが混じってきた。





■□■





後日。



「スネイプよ、これをやろう」
「は!ありがたき幸せ…!」


………椿油シャンプーを頂いた。
こ、これは一体どういう意味なのですか、スリザリン様!







(「東の湿原」から来たとされるサラザール・スリザリン。彼の者は東洋の奇跡のように、奥が深い。深すぎて底が見えない!)




※ヴィーラ (Veera)
髪はシルバー・ブロンドで肌は月の様に輝く。非常に美しく何もしなくても男を誘惑することが出来る…っていう種族?

六巻がちょっと読みたくなった。スネイプが校長をピーするなんて知らなかった…!!orz スネイプ視線あんまり面白くなかった…。
  • 080113