なんでだろ…なんで僕、男子高なんかにはいちゃったんだろう!!


小早川瀬那は、ガタぶるしながら辺りを見回していた。
周りにいるのは男!男!男!

女の子のキャピキャピした華やかさなど欠片もない。中学生の時だって、ろくに女子と話したことのなかったセナだが、女子の姿が視界の端っこの方に写っているだけでも目の保養になっていた。身近にかなりの美少女とされる姉崎まもりがいるが、彼女との間にある感情は弟が出来る姉を思うのと同じものだ。
「好きか?」と問われれば「好き」だが、それは肉親への愛情と同じものだ。とセナは思っている。

(…っていうか、制服?コレって制服なの?むしろ…和服?)

周りを見ながら、自分の着ている制服を引っ張ってみてセナは自問した。変…と一言で言ってしまえばそれまでだが、セナの半径五十メートル以内にいる生徒は、皆セナと同じ制服を着ていた。

「…例えるなら、少林寺拳法を習う小姓さんが着ている服?」
「…それをいうなら、道着じゃないか?」

そういえばそうかも知れない。
道着って言ったほうがしくっりくるなぁと、セナは納得して頷きかけて、はたと首をひねる。

「……?うわッ!びっくりしたー!」

いつの間にか隣に立っていた少年にびっくりしてセナは飛び上がった。セナが心臓を押さえて息を付いているのを見て、額の真ん中に黒子(イボ?)がある少年は呆気に取られたようにセナを見詰めた。

「お前、鬼反応遅すぎー!」

次の瞬間、ケタケタと笑い出して、セナは笑われたことに赤面する。その様子を見て、少年は笑いを納めた。

「…お前…」

じろじろとセナを上から下まで見て、少年は難しそうな顔をした。

「どうかしたの?」
「…お前、名前は?オレは細川一休」

(一休?一休さん…?)

セナの頭に、かの有名な『一休さん』のとんち物語がちゃらりらー♪と流れていく。

(あー…まもり姉ちゃんに、昔読んでもらった覚えがあるなー…)

ほのぼのとセナは『一休さん物語』にトリップする。


「おい?」
「あ、ごめん!僕は小早川瀬那」

セナは我に帰って、一休を見た。もしかして、高校生活最初の友達ゲット!?と、内心思っていることは秘密だ。

「小早川セナか…お前、鬼気を付けねぇと、この学校では生きて気ないぜ」
「え?どういう意味?」
「…ほんっとうに、気を付けろよ?」
「?…う、うん?」

念を押されて、セナはよく分からないと思いながらこくこくと頷いた。

「一休ー?行くぞー!」
「おう!今行くー!」

遠くから呼ぶ友人の声に一休は振り向いて手を上げる。

「セナ!誰かに声かけられてもほいほい付いていくなよ?分かったか?」

まるで幼稚園生に言い聞かせるように一休はセナに言った。心配そうに後ろを振り替えりながら一休はセナから離れていった。

「…あー…行っちゃった…どうせだったら、一緒に入学式上まで行って欲しかったなー…」

セナは折角声をかけてくれた一休の後ろ姿を見送りながら、ため息を吐いた。セナと同じ泥門二中から来た子は皆無だった。

(まもり姉ちゃんと同じ学校に入りたくて、頑張って勉強して泥門高校を受けようとしたのに…。どうして、こんなとこに居るんだろう…)

神奈川県の学校まで、長い電車に乗り継いでこようと言う生徒は居ないようだ。神龍寺には寮もある。セナの生来のいじめられっこ体質から、びくびくしながら下を向いてとぼとぼと歩き出した。物憂げに伏せられたまつげ、抱きしめたら折れそうなほどの細い体。(悪意あるものは"貧弱"などという)

「「「「ごくん…!」」」」
「…え?」

セナは聞こえた変な音に訝しげに顔を上げた。すると、慌てて何人もの生徒があからさまに不自然に、慌ててセナから目をそらした。

「??」


意味が分からなくて、セナは大きな目を瞬きしてなんだろう?と思う。

(…きっと、僕のことがいい虐めターゲットだとか思ってるんだ…)

小・中学生の頃からのいじめはセナを後ろ向きな性格にするには十分な出来事だった。
セナは、ますます下を向いて体育館を目指して歩き出した。小早川セナは、入学式のために講堂へと入っていった。とても大きな講堂は、六角形をしていて日本武道館を思い起こさせるような形をしていた。中に入って、真っ先に目を引くのは最奥に置かれている巨大な仏像が鎮座していた。

「わー…」

京都の寺めぐりでしか見たことがないような立派な仏像にセナは感嘆して声を出した。しかし、次の瞬間には口を噤んだ。

(…トンでもないとこ来ちゃった!僕、トンでもないとこきちゃったよ!)

セナの家は、ごく一般的な日本家庭だ。別段信仰する宗教もないし、宗教とは縁と遠いい生活を送っている。だから、セナは中にいる新入生は皆、座禅を組んで瞑想しているのを見て…どうしようもなく逃げ出したかった。

(…ここって、仏教入門かなんかの学校なの!?)

お坊さんとかになりたい人が入る学校なのだろうか?いちお、仏教系の学校だとは書いてあったが…ここまで、徹底した仏教学校なのだろうか?もしかして、書いてはいないが周知の事実なのか…。

(もう嫌だ…!)

入学式すら始まっていないのに、早くもセナはくじけそうになる。
こんなんだったら、試験の日に風邪なんかひくんじゃなかった…。けれど、すでに告知されているクラスの待機スペースには行かなければならない。入り口で靴を脱ぎで、板の間の冷たさを足の裏に感じながら、セナは、自分のクラスを探そうとした。

「新入生か?」
「はひぃいー!」

どうして、こうも神龍寺の生徒は足音を消すのが上手いのだろうか。セナは、今まで気配も音も感じなかった相手から急にぽんっと肩を叩かれて変な声を出した。

「…す、すまん。驚かせたか?」

頭をすっきりと刈った男がセナの驚きように困惑しながら立っていた。

「あ…す、すいません!僕、驚いちゃって…」

セナはわたわたして謝った。和服の着こなしがいやに似合っている男だった。

「いや、新入生だな。クラスは分かるか?」
「はい。えっと、弐組です」
「弐組か…なら、こっちだ」

男はセナを案内してくれるらしい。セナは男の後を付いていった。先を良く男は、全く足音を立てなかった。セナの体重は重くはないが、それでも板の上を歩くときにキュキュという軋む音がする。どうしてだか、皆は修行を積んだ僧侶のように音もなく床を歩けるらしい。

「ここだ。適当に座禅でも組んでればそのうち入学式が始まるだろう」

まばらに座禅を組んでいる生徒の居るところに案内して、男はさっさとその場を離れようとした。

「あ、あの!」
「なんだ…?」
「ありがとうございました!」

親切に案内してくれた先輩に対して、セナはぺこんと頭を下げた。

「…お前…気をつけろよ」

男は、素直すぎるセナの姿を見て眉を顰めた。


■□■


「雲水テメェどこ行ってたんだ?」
「先生に伝言を頼まれて、ちょっと式場へな」
「はーん…どうした?浮かねー顔して?」

阿含は眉間に皺の寄った双子の兄に投げやりに聞いた。

「あ、ああ…一人、頼りなさそうにしている新入生を案内したんがか…あの子がどうもな…」

雲水は式場付近で突っ立ていた少年の姿を思い出した。
いまにも泣き出しそうな顔をしていた。お礼を言ったときの素直さと、大きな目、細い体といい…。

「危ないな…」

呟いた雲水を、阿含はちらりと見やる。あぁ?とウザそうに雲水を見返して、阿含は口元を歪める。

「…さしずめ、狼の群れに入り込んでしまった兎ってか?」
「その通りだ…今年は荒れるぞ…」


雲水は少年の平穏無事な学校生活を祈った。


■□■


セナは今にも眠ってしまいそうな睡魔と戦っていた。お経…いや、校歌がろうろうと響き渡る。足はとうの昔に痺れて限界を超えてしまって、すでに感覚がない。

(…はは…もう、このまま眠っちゃいたい…)

乾いた笑いを漏らしながら、セナはぐるりと頭をめぐらした。新入生は目を閉じ、校歌を唱えている。手には、新入生全員に配られた紫の数珠を持っている。

(限界!…僕もう限界だよぉ〜!)

セナがあくびをかみ殺しながらうつむいた。しばらくして、夢と現実が交わる世界に没頭しそうになったセナはハっと頭を振った。もう少しで、頭から前のめりに床に沈むところだった。


(うわッ!危なかったー!)

一人バクバクしている心臓に手をやって、誰も見てなかったよね…?と、周りを見回すと、…何人かと目があった。

(うわぁ…!見られたッ!)

セナはカァっと顔を紅く染めて俯いた。

『以上を持ちまして、神龍寺高校入学式を終わります』
『…保護者の方は、右手出口から退出願います。新入生は、これより教室へと向かいますので、指示に従ってください』

進行係りの低い声が聞こえて、セナは心底助かったとほっとした。
教室までの案内係りとして、壱年弐組の前に立ったのは大きな男だった。

「壱年弐組はワシが案内する」

(山伏?)

道着ということばが浮かばなかったくせに、セナが山伏を思い出せたのか不思議だが、ともかく、目の前に立った先輩は肩にもこもこしたボンボン(?)を下げていた。…どちらかというと、天狗ファッションといったほうが分かりやすいかもしれない。その男が、弐組の面々を見回して、くわっという感じでセナを見詰めて目を見開いた。

(ヒィイー?なんで、どうして僕を見てそんな顔するのー?)

セナはビビリながら、へらっとお愛想笑いをした。半径二メートル以内にいた少年たちは、その可憐な笑顔に『うっ』と、心臓を押さえた。

「ハッ!いや、ゴホン…」

その姿に、セナ以外の一年弐組の面々は白い目で山伏を見上げている。山伏は、わざとらしく咳払いをすると、弐組の面々に立ち上がるように言った。

(あー…やっと立てる…)

セナは、立ち上がろうと片足を立てたところで…固まった。


痛い。
とても痛い。
痺れてる。
痺れてて、立てない!!

「んッ…!」

ぐっと、力を込めて立ち上がろうとするが、立てない。セナは、情けない声をだして、座りこんだままだった。周りの生徒は皆、スッと『痺れってなんですか?』とばかりに立ち上がっている。そんなわけで、セナは皆は立ったのに、ただ一人立ち上がれずにもがいていた。

「…おい、お前大丈夫か?」
「す、すいません!もうちょっと…」

山伏は立ち上がれないセナに上から声をかける。その際、セナは下から上目使いに泣きべそを書いているという、まさに、必殺的なポーズとなっていた。

「ぐおぉお!」

クリーンヒット!に、山伏は鼻を押さえる。日ごろの鍛錬の賜物か、鼻血の噴出は抑えられているが、いつ噴出してもおかしくないような煩悩だ。

「煩悩退散煩悩退散煩悩退散!」

セナの隣にいた眼鏡をかけた少年がぶつぶつと呟くので、セナは一気に顔を引きつらせて引いた。

「あの…すいません!大丈夫ですか?」

なぜだが呻いた山伏に、セナはおろおろした。だが、そんなことより立てない。

(恥ずかしい…!)

セナは顔を真っ赤にして俯いた。

「あーと、そのなんだ。ちょっと待ってろ誰か呼んでくるから!」

山伏は、どたどたと走って行ってしまった。何時までたっても立ち上がれないセナに視線が集まっていたが、セナはそれどころではなく、ひたすら下を向いて、痺れる足を摩って痺れを和らげようと頑張っていた。


■□■


「すいません…」

セナは恥ずかしすぎて顔を上げられなかった。
高校にもなって、足が痺れて立ち上がれないだなんて…穴があったら入りたい気分だ。

「気にするな…なんというか、縁があるな」

背負われて、只管恐縮するセナに男は苦笑を漏らした。
広いがっしりとした背中のぬくもりを感じながら、セナは頷く。山伏の連れてきたのは、セナを助けてくれたあの丸刈りの男だったのだ。山伏はセナの他の生徒を引き連れてすでに入学会場を後にしている。残されたセナと雲水は二人は人気の少なくなった学校内を歩いていた。神龍寺の学校はどこをどう見ても寺としか言いようが無かった。
それも、場所は神奈川の山に隣接していてどこから見ても寺!と言った風上である。そして実際に校舎に隣接されている寺は本物で、そこに在職する修行僧たちと同じような修行も授業カリキュラムに配分されている。

「へぇ〜すご〜い…」

講堂から、校舎へと辿り着き中に入ったセナは背負われていることも忘れてキョロキョロと校舎の中を見渡した。実は、セナは神龍寺の校舎に入るのは初めてであった。入試試験は東京地区の試験会場で受けた。そして合否結果も輸送だったため、パンフレットで神龍寺校舎はパンフレットで見たぐらいだったのだ。

学校は外見は巨大な六角形の寺を思わせるが、中はとても明るく広く、近代的だった。
五重の塔とかけているのか、五階まである建物は、真ん中が吹き抜けになっている。天井からは淡い自然光が入ってくる仕組みである。

一階:職員室と購買。
二階:一年
三階:二年
四階:三年
五階:校長室と食堂。

なお、各階には瞑想・座禅室が完備されている。
エレベーターも完備しているが、使うものは少ない。

一階の吹き抜けフロアでは、毎朝に読経がなされる。時に校長によるありがたい説法が説かれる時もある。



「あの・・・僕は小早川セナです。先輩は…?」
「オレか?オレは金剛雲水だ」
「金剛さんですか?」

今更ながら、セナは雲水に名前を聞いた。変わった名字だなぁと思いながら、セナはオウム返した。

「ああ…でも、下の方で読んでくれるか?…一人、兄弟がいるもんでな、混乱を招く」

久々に名字で呼ばれた雲水は少しくすぐったくなった。
教師も友人も、みな名前で呼ぶ。ほぼ同一の遺伝子を持つ、誰よりも己に近く、また遠いい双子の弟と明確な線引きをするように。
母御の腹の中にいたときは…共に臍の緒で繋がっていたのだろうに。どこか根底では"同じ"である血を分けた兄弟。
憎むべきは、天才と生まれた弟か。それとも、才能を持って生まれてこなかった己自身か…。


「え、兄弟がいらっしゃるんですか?」
「ああ…出来のいいようで悪い双子の弟がひとりな」
「双子!すごいですね!僕、ひとりっこだから兄弟って憧れます」

一人っ子のセナは、兄弟に多分に憧れている。まもりは姉代わりの役目をしてくれるが、それでも同じ同性の兄弟で遊んでみたいと思う。どうしたって、まもりとはプやっぱりロレスごっことかは出来ないだろうし。まもりは活発だけれど、やっぱり女の子で…。守ってあげたいと思う女の子だ。

「…そうか?」
「ええ!」

大きくセナは頷いた。首をめぐらしてみたセナの顔は、本当に心からそう思っている様子が窺える。ふっ、雲水は微笑を漏らした。兄弟なんて、そんなにいいものではないが、この子が欲しがっても手に入らないものが自分の手にあるということは、なんとなくくすぐったい。
穏やかな微笑に、セナは自分もほんわかした気分になって笑い返した。もしかしたら、自分兄がいたらこんな感じなのだろうか?大きな背中が心強い。セナは、足の痺れが消えていることに気が付く。

「あ、足…痺れが取れてきました!」
「ならば、もう歩けるか?」
「ええ、もう大丈夫だと思います!」

雲水は背からセナを降ろした。ちょうど、二階の階段を上りきったところで、セナの教室である一年壱組はもうすぐそこだ。ぴょんと、雲水の背から飛び降りるセナ。雲水の胸の辺りぐらいまでしかない小さな身長。

「雲水さん、ありがとうございました!」
「いや。小早川の教室は、この先を右に曲がったところだ。もうHRが始まっているだろうから、目立たないように気をつけろよ?」
「はい!いろいろありがとうございました!」

可愛らしい笑顔をセナは惜しみなく雲水に向けた。ちょこちょこと小走りで角に消えたセナの後ろ姿を見送って、雲水はため息を吐いた。

「…阿含。お前、いつからそこにいた?」

雲水は誰もいない空間に向かって言った。

「…たった今」

ふらりと階段の影から姿を表したのは阿含だった。階段の影に隠れ、尚且つ雲水は背後を振り返ったわけでもないのに阿含の気配に気がついていたのだ。
これも、双子のなせる業だろうか?

「まだHRの最中だろうが…」
「あんなツマンネーの聞いてたって時間の無駄だろ?つか、後ろ姿しか見えなかったんだけどアレが雲水の言ってた子兎ちゃんか?」

今はすでに在校生・新入生ともどもホームルームが行なわれている時間だった。
それなのにこの弟は…こうも簡単にサボりやがって…。糞面白くもないHRの話なんぞ、ハナから聞く気もなく、阿含は最初の二十分を寝て過ごし、それから教師が止めるのを貴聞かずに教室を出た。
小腹が空いたので、購買にでも行こうかと、階段を下がってきたら雲水に背を向けて走り去る小柄な生徒が見えたのだ。後ろ姿だけでも、随分と華奢な体と特徴のある跳ねた髪が目に入った。

「…お前、手を出すなよ」
「はぁ?オレが男なんか手を出すわけねーだろうが?」
「…それもあるが…あらゆる意味でだ」
「ふん。まぁ…な」

阿含は肩を竦めた。
この兄上どのが様々なことで釘を刺すのはいつものことだ。
…その釘を、阿含が守ったことがあるのかどうかは別として。

階段を上がっていく雲水の背中と、一年生が消えていった廊下を交互に見ながら、阿含は薄っすらと笑った。






「…いいんじゃね?」


ぺロリと唇を舐めて、久々に楽しくなりそうな学校生活に、阿含は上機嫌で口笛を吹いた。


入学式編終了。

NEXT TO 健康診断編