(…ああ、なんで僕って孤立してるんだろ…)


夕暮れの放課後の教室で、セナは打ちひしがれながら帰りの支度をしていた。
窓側から二番目の列の前から三番目がセナの席だった。

高校生活が始まって早三日間。
セナはなぜかぽつねんと一人孤立していた。

近くの同級生に話しかけてみようとするのだが、皆が顔を赤くしてぶっきらぼうに短い返事を返してくれるだけだ。
短すぎて会話が続かなくて、セナは怯えてそれ以上突っ込んで話を続けることが出来ない。そうすると、男でも女のようなグループ分けが存在するようで、セナはだんだんと周りの人に声を掛けるのが躊躇われるようになった。セナは今のところいじめっ子に会わない幸運に感謝しながらも、誰からも距離を置かれているようなこの状況に少し不安を覚えていた。
肉体的(パシリとか)なストレスは無いが、どうも精神的にこの状況は痛い。


(僕…このままこの学校でやっていけなかったらどうしよう…)


大体なんで僕は男子校なんてところの男くさいところに来てしまったんだろう…。

セナは本日何度目かわからないほどのため息をついて黒い鞄を斜めに提げた。これから家に帰るのに二時間は掛かる。その間の電車に揺られる時間に何をしようか考えながらセナはとぼとぼと教室を後にするのだった。


■□■


次の日、セナのクラスは体育があった。
セナは教室の中でのろのろと着替えながら、妙に教室の雰囲気が静かなことに気がついた。
なんでこんなに緊張した空気が流れているのだろうか?

ただ一人だけ、場違いに明るい声を出しているのは一休と一休の友人たちの一角だった。セナは一休が一緒のクラスだとわかって心強かったかが、席順が遠いいこともあり、今だ言葉を交わしていなかった。

一休は持ち前の明るさと騒がしさですぐにクラスのムードメーカー的存在となっていた。
どうやら、このクラスにはあくの強い人間が多いようだ。
この数日の間でそれが随分とよく分かった。
クラスに目立つ人物が二人いた。

一人は細川一休、もう一人はクラス委員長。

この二人がどうやらクラスの人気を二分する人気を集めているようだった。
セナは鈍感さによって周りの一部から熱烈な視線を送られていることに気がつくことなく、その華奢な身体を野獣たちの目にさらして着替えを済ました。
綺麗に制服を畳むと、みんなの流れに合わせて自らも体育館へと足を運んだ。

そこで問題が起こった。
準備運動のために、ペアを組む人間がいなかったのだ!

「あ。あの僕と…」

手近にいた同級生に声をかけると、相手は驚いたようにかすかに顔を赤くして頷こうと…した傍から、

「おい!お前は俺とやるって言ってただろ!」
「え、ちょっと…俺は小早川と…ッ」

と、誰かに横から連れ去られて行ってしまった。
それは、セナが誰かと一緒に体育のペアを組むのを嫌がっているように見えた。
…いや、それは正しいことなのだが、セナが思っているようなニュアンスとは若干どころかかなり違っていた。

すなわち、
『小早川瀬那への抜け駆け禁止!』の誓約の元、彼らは動いていたのだ。(発案者は一部噂では一休だったとか、クラス委員長だったとか…)


一体何時の間にそういう組織が出来たのか。
それは、入学式の後、セナが雲水に背負われて教室に向かっている最中のHRでとり決められた。

はっきり言って、この男くさい(本人たちにも自覚があるようだ)神龍寺の中で、まるで砂漠に咲いた一輪の花のように小柄で愛らしいセナの姿は目の保養である。

自分たちの幸運に涙を流して仏に感謝した。

新入生、在校生のほとんどは学校に隣接した寮で生活をしている。セナが考えたとうり、この学校に入学してくる生徒の多くが仏教の関係者だ。日本中の寺の跡取り息子や、寺に働く僧侶の息子が集まる学校なのである。セナのような全く寺と関係無関係な人間はむしろ珍しい。かならず親類には仏教関係者がいる。神龍寺はそんな学校だった。

親と離れ、自立を求められる彼らのほとんどは寮に入れられてしまう。寮に入ると、朝は五時起きで、寒風摩擦をして、体操、ことに寄っては滝に打たれるという荒修行まで存在する。今はまだ入学したてなので、流石に滝に打たれることはないが、上半身裸で外でする寒風摩擦は寒かった。


…いや、本当に。
マジで。
身体よりも心が寒かった。


しかも、寮に入ってしまったものは特別な用事でもない限り山を降りることが出来ない。(例えば、部活動や、実家に帰るなどということ)そのため、凄まじく女子という生物に接する機会がなくなるのである。

そう。
ここまで言えば多少は感ずいていただけると思うが、小早川瀬那という少年はまさに飢えたライオンの檻に入ってきた子兎ちゃんなのだ!!この男だらけの学園の中で、標的にされることは必須。

標的?
ってなに?とはカマトトぶってはいられない。

男子校。それは男子校という閉鎖した同性しかいない空間で起こってしまう宿命なのだ。

…平たくヒトコトで言ってしまうと、同性愛。

入学式の中、セナの周りにいたクラスメートたちは、それとなく瀬那の周りに壁を気づき、他のクラスの生徒たちには見れないように防波堤を作っていた。もちろん、セナは眠気と痺れと戦っていてそんなクラスメイトたちの行動には気がついていなかったが…。

壱年弐組の生徒たちは不可侵条約を結んだ。
自分を含め、まわりの外敵からセナの純潔を守ってやることに!

セナにはどこか人が構ってやりたくなるような小動物的な雰囲気がある。おどおどと見上げてくる瞳など、かなりクル。いじめ倒すか、構い倒すか、どっちかに天秤が激しく揺れて、限りなく構ってやりたくなるのだ。それを自制するのはなかなか大変なことだった。よって、セナに話しかけられたものは嬉しくなってしまうのだが、それとは反対に誓約のことを思い出し、ついついセナに邪険な態度を取ってしまうのだった。だが、そんなことはセナにこれっぽっちも分かるわけがない。


(…僕、ほんとに嫌われてるのかも…)


セナは悲しみに潤んでくる瞳を瞬かせ、周りを見回した。

「小早川、オレと組もう?」

そこへ、セナに笑顔で手を差し伸べたのはクラスの委員長だった。セナはびっくりして 彼を見上げ、おずおずと差し伸べられた手を取った。セナの周りでは、『セナと体操のペアをする権利』をめぐるジャンケンに敗退した男たちが悔しげに 二人を見詰めていた。


「…」
「……」


体操を一緒に組んでくれる相手が見つかったのはいいが、どうやら委員長は無口だったようだ。
人好きのする好青年的な笑顔を浮かべてくれていて、セナは随分慰められたが、セナは自分自身の口下手さを呪った。

…そんな二人の様子に、一休を初め、生徒たちは思いのほかセナとクラス委員長のファーストコンタクトが上手く言ってないことに安堵した。


■□■


「…一週間がたった。今日より、小早川セナと自由に話すことを解禁する!!」

教壇の上に立った一休の宣言に、壱年弐組の生徒たちはわっ!と湧いた。


まだ登校時間まで三十分もある、八時。セナを除く壱年弐組の生徒たちが教室の中に集まっていた。どこぞの秘密結社かお前らは!と、突っ込みを入れたくなるようになぜか教室内は薄暗い。

「分かっていると思うが、小早川瀬那はかなりこの人里から隔離された神龍寺の生徒…特に、寮生活していて女の子という生物に疎い人間には保護欲を誘ってしまうだろう。それを我々は食い止めなくてはならない。小早川瀬那を悪の毒牙から守らなくてはならない!」

クラス委員長も同じく、壇上に上がって熱意を込めて言った。


「「「おう!!」」」


クラス全員の心は一つだった。


その日、セナはいつもと同じくぎりぎりに学校に登校した。家から遠く、学校までは山を登るので、いつもは始業チャイムぎりぎりに来るセナだ。そして、ほとんどのクラスメイトがすでに登校している教室の中を後ろのドアからこっそりと入るのである。その際、いままでの一週間で「おはよう!」と声を掛けてくれる生徒はいなかった。一休でさえそうだ。

(はぁ〜…今日も一日が始まるんだ…)

セナは、重い気持ちのまま教室の扉を開けた。



「おはよう!セナ」
「小早川、おはよーー!!」
「うす。セナ!」
「げ…げげげ、元気?小早川くん?」
「今日も君は僕の可憐な花だ!」

呆気に取られてセナは口をあんぐりとあけて固まった。

「…セナ、セナって呼んでいいかい?」
「え。えええッ?」

頬を赤くして生徒の一人に問いかけられて、セナは聞き返した。

「あ、オレもオレも!セナって呼ぶから!」
「オレはぁ…出来たらセナちゃんって呼びたいなぁ…」
「最初は小早川でいい?」
「セナ!オレさ、お前の名前可愛いなぁって思ってたんだよー」

一人を皮切りに怒涛のごとくセナに人が押し寄せた。


…ここ、どこ?
あ、あれ?
ここって僕のクラスだよね…?


セナは慌てて廊下の表札を仰ぎ見た。間違えてはいない。ここはセナのクラスだ。
なのに…今までの無愛想さが嘘のように扉をあけた途端に次々に満面の笑顔で声をかけてきた彼ら。あまりに突然のことに、セナは自分がパラレルワールドにトリップしてしまったような気がした。表札とクラスメイトたちを見比べていると、廊下を談笑しながら歩いてきた生徒がセナの肩に軽くぶつかった。

「うわ、あ」
「あ、ごめん。大丈夫?って…ああ…!」

身が軽いセナは、軽く肩が当たっただけだったに関わらず、後ろに尻餅をついた。驚いた生徒はセナに助け起こそうとして手を差し出したとき、相手がセナだということに気がついて慌てて辺りを見回した。

「違う!これは!」

生徒は慌ててセナの後ろに向かって声を上げた。セナがその声に釣られて後ろを振り向くと、そこには、険しい顔をしたセナの名前も覚えていない同級生たちが腕組みをしてずらりと並んでいた。

「おーまーえー!」
「なに突き飛ばすだなんてひどいことしてんだよ!?」
「てめぇの馬鹿でかい図体で怪我でもしたらどうすんだ!」

呆気に取られるセナを他所に、彼らはセナとぶつかった生徒に強い調子言った。セナは一度もしゃべったこともない同級生までもが一緒になって、ぶつかった生徒に対して詰め寄っていた。
なんだか後ろで怖いことが起こっている!セナは今まで培っていた危険を察知するセンサーが反応した。

(振り向いたら駄目だ、振り向いたら駄目だ。振り向いたら駄目だ!!)

呪文のように唱えると、セナはすばやく教室の中に滑り込んだ。

「おはよ、セナ!」
「あ…おはよう、一休君」

机に鞄を置いて一息ついたセナににっこり笑顔で話しかけてきたのは一休だった。同じクラスになってからここまであけすけな笑顔で一休に話しかけられたのは初めてで、セナはどきまぎしながらも笑顔で返事を返した。一休はセナの前の席の椅子を引いて、椅子の背もたれを前にまたぐように座るとセナに話しかけた。

「あのさ、今日って体育測定ジャン?一緒に回んねー?」

今日のこの日は、全校生徒が一日かけて身長、体重、視力、歯科、そして、体力測定をするのである。
全種目の記入カードが配られ、午前九時から午後四時の間に全ての項目を埋めることを絶対条件である。測定を受ける順番も好きなものからでよく、一人で周ってもいいし、友達と周ってもいい。
体力に自信のないものにとってはかなり辛い一日である。また、クラスに打ち解けていないセナにとっても、今日はひとりで回らなくてはならないと思っていたので学校に来るのが辛かった。よほど「一人でいるのが好きだ」とか言っている人間でもないかぎり、やっぱり一人で行動するのは寂しいのだ。


がーん!
一休に先越された!

と、周りではセナがどんな返事を返すのかと固唾を呑んで見守っている。もしこれでちょっとでもセナが嫌がる素振りを見せたら自分が声をかけようと、獲物を狙うハイエナのようにセナと一休に注意を向けている。

「ほっ、ほんとにいいの…?」

つまはじきになってる僕なんかと一緒に周ったら、一休くんが皆になんか言われるんじゃ…。そう思ってセナは勢いよく頷いたものの、尻つぼみになりながら一休を見た。

「いーのいのーの!つーか、オレからお願いするって。俺と一緒に周ってくれねー?セナ?」
「うん!僕こそお願いするよ!」

へらりと笑いながら言った一休に、セナは嬉しげに笑って一も二もなく頷いた。
どうしてか分からないけど、セナとしても多少は親しみのある一休と一緒に周れるならこんなに嬉しいことはない。

(良かったー流石に一人で周らなきゃいけないかと思ってて…今日は朝から学校に来るのが気が重かったんだよね…)

「んじゃ、決定な!」

一休が言った途端、

「「「一休ーーーー!!」」」


クラスメイトが一休を取り囲んだ。
セナに見えないように壁を作り…一休に制裁が加えられた。

セナは一休くんと一緒に周れるんだぁ…と体育着を頭から苦戦しながら被りながら考えていたので、一休の口を塞がれずたぼろにされているのは見なかった。


■□■


着替えも済ませ、思い思いで教室の中でくつろいでいると先生が入ってきた。
簡単な体育測定についての説明と合わせて、測定結果の記入カードが配られる。

見開きに出来るそれはハガキくらいの大きさで、見開きが出来るようになっている。表紙には『神龍寺健康録』とかかれ、その裏側には各測定の行なわれている教室が指定されている。中側には測定結果を書き込むようになっている。右端には穴が開いていて長い紐がついているので、首からカードを下げれるような仕組みになっている。測定場所の係りに渡せば、結果を書いてもらえるのでえんぴつなどの筆記用具も持ち歩く必要もない。

「ということで、全部の項目埋めるまでは帰宅しちゃだめだからなー。本校舎の一階のフロアに最後に提出するように。オーケイ?」

と、担任は言い残すとさっさと教室から出て行った。先生が出て行くとすぐに一休がセナに寄ってきた。

「セーナ!最初、なにやりたい?最後になにやりたい?」
「えっと、僕はなんでもいいよ。一休くんは?」

そんなことを聞かれても、別にやりたいものとか考えていなかったセナは言葉に詰まって聞き返した。周りの連中はセナたちと一緒に行動(ストーカーのように後をつけよう)と思っているので誰一人教室から出て行こうとするものはいず、セナと一休の会話に耳を大仏様の耳のようにでかくして傍耳をたてている。

「オレ?オレかぁ…最初は身長、最後は50メートル走かな」
「じゃあそうしようよ]
「そうだな、そうしよっか」
「うん」

(最後に五十メートル測定か…。一休君って走るの得意なのかな?…僕が得意なのは…反復横とびだけだし…)

セナは僕って運動音痴だからなぁと胸の中で呟きながら、一休と連れ立って教室を出て行った。それから数歩もいかないうちに、

「あ、ごめん。ちょっと忘れ物したからちょっと待ってて!」

と、一休は二メートルもない教室にかけ戻った。
一休が教室に入った瞬間、今まさにセナと一休の後をつけようとしていたクラスメイトたちとぶちあたった。


「お前等!オレとセナの後付けて来るなよな!」

ぴしゃりと後ろでで教室のドアをしめ、一休はきつく彼らに向かっていった。

「…はぁ?誰もお前のあとはつけてないよ。僕らは小早川くんのあとをつけようと思ってるんだよ!」
「セナが怖がるだろうが!止めろ!」
「ずりーよ、一休!お前ひとりだけセナと一緒に行動しちゃたりしてさー!」
「オレはいいんだよ!セナを邪な目では見ていないから!」
「うわ!失礼しちゃうなぁ…。まるでオレら瀬名のことをいけない目で見てるみたいジャンかよー!」
「オレらだって小早川とオアシスな学園生活を送りテェよー!」

そーだそーだ!オアシスと独り占めするなー!
と、クラスメイトが声をそろえて一休にブーイングした。


ブーブー!


…こ い つ ら!

セナがどんなに気弱で貧弱なやつかってことは知っているだろうが!
絶対小学生や中学生のころそこらへんの馬鹿なガキ大将に目を付けられて、「好きな子ほど虐めたい」みたいな感じでパシられてたに決まってる!そんなセナに学校生活になれてもらうためには、大勢で押しかけたらセナが戸惑うじゃないか!だからここはまず、クラスの代表としてオレがまず最初にセナと仲良くなってやろうとしたんじゃないか!

第三者が聞いていたら、「やっぱお前も小早川のこと狙ってんだろ!?」と激しく突っ込まれそうな思考だったが、誤解のないように言っておくが、一休には好意はあっても恋愛要素はない。

なので、ブーイングされる筋合いは断じてない。ないったら、無い!


――プチ。



どこかで堪忍袋の緒が切れる音がして、一休の背後からどろどろと後光のような光が満ち溢れる。額の真ん中のほくろがなんとなく一回り大きくなった気がした。








『あの時の一休はむっちゃ怖かった』のちに、クラスメイトは震えながらそう語る。

「貴様等…オレとセナの後を付けたら、三途の川に渡してやる…」

そこに一人の修羅がいた。


■□■


「あ、一休君。忘れ物見つかった?」
「おう。きっちりみっちりあったぜ。待たせてごめんな」

きっちりみっちり?よく分からない形容詞だけれど、とりあえず一休の言っていた忘れ物はあったのだろう。セナは納得して「良かったね」と言った。

「えっとじゃあ、最初は身長だよね。そういうのは…二年の教室みたい。身長のとなりに体重があるよ。とりあえず、三階の健康測定系をやっちゃおうか?」

ここで、神龍寺の校舎の構造(※捏造)を今一度思い出して頂きたい。
一年は二階、二年は三階、三年は四階に教室を構えている。

一年生はまだ慣れない学校生活を考慮して、集合場所はおのおのの教室であったが、二・三年は朝の集合場所はセナたちが入学式で使った講堂のほうだった。
今日の測定のために、前日に二・三年の教室には急遽測定のために機材が運ばれている。

「よーし。行こう!」
「うん!」

似たような身長の二人は、内心『きっと オレ/僕 の方が セナ/一休くん より身長高い』と思いながら三階へと上がって行ったのだった。



■□■


「あぶなーい!!」
「え?」

誰に対する危険を示唆する声だろう?とセナが声の方向に振り向いたときだった。セナの顔に影が掛かった。え?と思うまもなく…。


ごんがらがしゃーん!
物が倒れる盛大な音とともに、セナは下敷きにされた。
衝撃で、何が起こったのかセナはわからなかったが、右足が痛んだ。

「セナ!大丈夫か!?」

一休が大急ぎでセナの傍に駆け寄った。一休の驚いた顔に安心して、セナは自分に起こっていることがやっとわかった。校庭の端っこに立てかけられていたパイプが倒れてきたのだ。その一本がセナの足を下敷きにして当たっている。

「足、挟まれた…」
「うわ…ソレ、腫れるな。保健室行こうぜ。立てるか?」

散乱しているパイプを一休はどかして、セナに手を伸ばして立たしてやった。

「あ、僕が一人で行くからいいよ。って。痛!」
「痛がってるじゃねーか。立てないんだろ?どうしよ、オレがお前を背負えるかな…」

身長も体重もほぼ変わらないが、たぶん一休の力だったらセナのことを背負えるだろう。

「いや、ほんといいから!」
「そうは言われても…それ、きっと後から腫れるぞ?」
「でも、測定の残りってあと五十メートル走だけでしょ?それだけなんだし、僕は一人で保健室に…」

そう。
体力測定はさしたる障害も無く、ここまでは順調に終わり、残すところは五十メートル走ただひとつになっていた。
しかし。最後の最後になぜかセナに不運が見舞ったのだ。

「まぁ、五十メートルは、オレの華麗なバック走をセナに見せてやりたかったんだけど…って、あんなところに暇そうな人が!」
「え?」

一休が何かを見つけて、手を上げた。
暇そうな人って一体だれだろうとセナは一休に肩を貸してもらって立ちながら思った。

「阿含さーん!今暇ですかー?暇ですよね!ちょっとこっちに来てくださーい!」

阿含って誰?とセナは顔を上げた。

(ひぃいいー!!)

セナは心の中で冷や汗をだらだらと流して叫んだ。なんだか怖そうな人がゆっくりとした足取りでこちらに向ってきていたのだ。いじめられてきたいじめられっこのアンテナを舐めてはいけない。
セナは一発で分かった。



彼はヤバイ。目つきがヤバイ。髪型がヤバイ。雰囲気がヤバイ。



「阿含さん!はーやーく!」
「いっ、一休くん!?」

阿含をせかす一休の遠慮の無さに、セナは一瞬足が痛いのを忘れて青くなる。
っていうか、なんで一休のような普通な人があんな怖そうな人と知り合いなのだろうか。誰がどう見たってあの人は暇人なんてものじゃない。暇に見えたんだとしたら、それは単純にダラダラとサボっていただけだ。

近づいてくる彼の足音が、胸に響いて痛い。足の痛みなんて忘れられる。

彼は、危ない人だ。怖い人だ。関わりたくない人だ!

足が痛くなかったら、もしかしたらセナは一休も見捨てて逃げているかもしれない。折角出来た友達を大切にしたいセナだが、今の阿含なる人物に感じる危険度は確実に三本の指に入りそうだ。セナは身体を回して一休の背後に隠れた。これはもう無意識の行動だった。

「うるせーよ。何俺を呼びつけてやがんだこの野郎」
「まーまー。いいじゃないですか、鬼暇でしょ?」
「あー?暇じゃねーよ」
「まぁ、まぁ。コイツ、保健室に連れて行ってくださいよ!」

言いながら、一休は背中に隠れていたセナをずいっと阿含の前に出した。
セナの心境は、さながら生贄に出される羊の気分だった。一休に悪気はないと分かっているだけに、悪い。阿含のサングラスの向こうの瞳が愉快そうに細められたことに、彼らは気が付かなかった。気が付いていたら、一休は自分がとんでもないことをしていることに気が付いていただろうし、セナは這ってでも逃げただろう。

一休にしてみれば、阿含は確かに怖い先輩ではあるが滅法女好きな人間だから、セナを任せてもまぁいっかなぁー的な考えだった。下手にそこら辺の男に任せるよりは手を出されることもないだろう。だって、阿含は女に不自由してないし。セナにめろめろになるのは欲求不満な男だけだと一休は思っていた。

「へー…保健室?…ふーん。いいぜ」
「あ、マジっスか。よろしくお願いします」

あっさりと頷いてくれた阿含に一休はほっとしたように笑顔を見せた。

(だからなんて了解しちゃうのー!?)

セナは滝の涙を流していた。
一休はセナに笑顔を見せて、耳元にこそっと小声で囁いた。


(阿含先輩は女好きだから安心しろ、セナ!)
(や…!女好きとか、僕に関係ないじゃん!)
(なに言ってんだよ!この学校で過ごすお前にはそれが鬼重要だろうが!)
(……は?)


男子校においての己が身の危険を理解できていないセナは、ここでもまたハテナマークを頭に飛ばして首をかしげた。さっぱり理解できてないセナの様子に、一休の心は「やっぱりコイツは俺が守ってやらないとなー」とすっかりほわんか保護者気分だった。それでいいのか。もう少しセナに身の危険性を説いたほうがいいと思う。

「保健室に連れていくだけでいいですから。オレも五十メートル計り終わったらすぐに行くんでー!」
「おう。任せろ」

早く行けという風に阿含は猫にするように一休に向って手を払った。
一休は急いで五十メートルの列に向かって走っていってしまった。

(いやいや!任せなくていいからー!)

セナが虚しく一休の背中見守る中、阿含はセナの腕を取った。
大きくて硬い手に、セナはビビッて恐る恐る阿含を見上げた。

大きな目だ。ちっさい顔と唇。掴んだ腕も細そっこい。
阿含が力をちょっといれたらボキっと折れてしまうだろう。
高校一年には到底見えない。中学生にしか見えない。

「発育悪りぃな、お前…」
「は、はぁ…」



引きつった表情でいかにも怖がってます、なセナの表情に阿含は口元を歪めた。
怖がられるのには慣れている。
恐怖、によって場を支配するのは得意だ。

それは、俺の持って生まれたものだから、いまさら周りに合わせて愛想良くするだとかいうことは出来やしねー。
狭い日本の中の常識やルールだとか、そんなもんはどうだっていい。
俺は好きなように生きる。楽しんで生きる。勝手に生きる。

俺にはソレが許される。


「歩けんの?お前」
「あ、はい。たぶん…」

言いつつ、セナは打ったほうの右足を一歩力強く踏み出してみた。

「ふぎゃ!」

セナは痛みに叫んだ。痛みに泣きそうな顔をしているセナに、阿含は面倒そうな顔をした。
歩けないのならさっさとそう言えばいいものを。

「歩けねーじゃん。とりあえず、保健室行くぞ」

一休に大声で呼ばわれたとき、別に無視してしまっても良かった。
けれど、遠めに見えた、一休の隣にいた少年に気がついたので阿含はわざわざ歩いてきてやったのだ。
特殊な髪型と、一休よりも小柄な印象を与える姿ですぐ分かった。
たった一人の血を分けた兄の雲水が気に入った新入生だ。
雲水は人当たりが良くて誰にでも公平であろうという人間だ。面倒見がよくて、誰からも慕われる努力の人。
弟である阿含によって、凡才、努力、忍耐を常に背負って生きていたために、温厚。
しかし、血を分けたからこそ阿含は知っている。
雲水の人当たりのよさは、自分以外の誰も特別ではないからだ。雲水からしてみればみんな同じ水平線の上にいるのだ。
特別はいない。いるとしたら、それは比べられ続けた阿含だろう。

肉親に対する慈愛と、それと同等の憎悪。
そんな兄が気に入ったと言った少年。
これに、興味の惹かれないヤツはいるだろうか?

(いいや、いねーな)

阿含はにやりと笑う。
兄も、所詮は俺と同じく凶暴な獣を内に飼っていることを知っている。

いつもは、理性と忍耐に隠されているが。

「うわ!」

セナは突然抱きかかえられて驚いた。地に足をつけなくていいのは痛くなくて嬉しいが、この怖い人に抱き上げれられていると思うと身体が氷のように固まってしまう。抱かれたことで、間近に見える阿含のとがった顔。サングラスの向こうの瞳までうっすらと見える。

(って、あれ?近すぎないかな…?!!!)

セナははっと自分の状態に我に還った。

…ちょっと!なんで、この抱き方なんですか!?」
「ああ?文句言うのかよ、キャンキャン煩せぇヤツだなぁ…」
「お姫様だっこはおかしいですって!」
「べつにいいだろ。本当にうるせぇな…」

なんだか固まっていたくせに急に暴れだしたので、阿含は仕方なく一度セナを下ろし、背負い直した。硬い背中に背負われて、さっきのお姫様抱っこよりはマシだと思って、セナはほっとして力を抜いた。高校生にもなって、お姫様抱っこは恥ずかしすぎる。

(こないだも、雲水さんに背負われちゃったし…最近僕、情けないなぁ。…あれ?なんかこの背中…)

阿含の背中から受ける感覚が雲水のそれと似ているような感じがして、セナは考えこんだ。

「…お前、変だな」
「…え。ど、どこがですか…?」

ふと、阿含が言ったので、セナは背中にしがみつきながら聞き返した。変と言われたのは初めてだ。弱そうとか、いじめやすいとか、パシリやすりとか言われたことはよくあるけど。そしてそのどれもが当たっていたけけれど。

ホント、変なヤツー。
阿含は思った。
めちゃくちゃ阿含のことをビビって固まっていたかと思えば、どうでもいいことではっきりと嫌だと主張した。
本当に心底阿含のことを恐怖していたら、言い返すことなんて出来ないだろう。死ぬほど弱そうなくせしやがって…。
まあ、そんくらいじゃなくちゃ面白くないけどな。

「鬼塚ちゃーん?」

校庭から保健室へ直接入る。しかし、中には誰もいなかった。
保健室独特の清潔な消毒薬の匂いだけが漂っていた。

「…誰もいないみたいだな」
「あ、そうですか…あの、阿、含さん?後は僕が勝手にやるんで…」

誰もいない保健室にこの怖い先輩と一緒にいたくない。
阿含はセナの言葉に耳を貸さずに、ポンッとベッドにセナを座らせると薬品棚の中を漁り始めたのだった。



「一休じゃないか。お前、一人で回ってるのか?」

五十メートルの測定待ちの列に並んでいた一休は、横を通りかかった雲水に声を掛けられた。
雲水は全ての測定を終え、本校舎へ提出し終わって再び帰ってきたところだった。体育委員で、測定が中々出来ない友人に代わって、測定役をしてやるためだ。教師たちが着いている測定もあるが、多くは体育委員会の委員たちである。生徒の人数は教師だけでは裁ききれない。彼らは前測定が速く終わったクラスメイトに係りを交代してもらって、自分の測定に向かうのである。

「雲水先輩!違いますよー。セナって言う友達と一緒に回ってたんですけど、そいつが足怪我しちゃったんです」
「セナ?…それは小早川のことか?」
「うお!?なんで雲水先輩、セナのこと知ってるんですかー!?鬼吃驚!」

飛び上がる一休に、雲水は苦い笑いをした。一週間で人の名前を忘れるほど、雲水は物忘れが激しくない。

「そうか、一休も弐組だったな。で、小早川は保健室に行ったのか、一人で?」
「いや、阿含さんが暇そうだったんで、セナのこと保健室に連れてってもらいました」
「阿含に任せたのか!?」

雲水はぎょっとなった。一休は阿含の知っているだろう。そんなヤツに小早川を任せたらどうなるか分からない。

「ええ。だって、阿含さんは根っからの女好きですからねー。あはは」

あははじゃない!と雲水は思ったが、口には出さなかった。確かに、そういう意味で阿含がセナに手を出すとは思えないが、あの時、阿含はセナの後ろ姿を見ていたのだ。妙な胸騒ぎがした。

「保健室に行ったんだな?」
「そうですよ。あ、オレの番もうすぐなんで、すぐにオレもセナんとこ行きますよ」
「ああ、俺も行ってみる」


雲水は早足に保健室に向かった。
一休はスタート位置について、後ろ向きに走り出した。(それでいいのか!)




明日に向かって全力に後ろ向きに走れ!


■□■


「足だせ」
「はいッ!」

元気のいい小学生のような返事をして、セナは足を出した。適当に引き出しの中から氷嚢袋を、冷蔵庫の中からは氷を出して水と一緒に入れた。阿含はほとんど怪我をしない人間だが、一通りの怪我への対処法ぐらいは知っている。
阿含は出された足の赤く腫れたところを手で軽く押した。

「痛っ!」
「ここだな…それにしても、お前…結構いい足してんじゃん」
「は?」

阿含はセナの足を両手で触りだした。
細い足だが、思いのほか筋肉が発達している。こうやって触ってみるとわかるが、柔らかくて弾力性のあるいい筋肉だ。

「ふーん…お前、三十ヤード何秒ぐらいだ?」
「三十ヤードって、なんですか?」
「はぁ?知らねーのかよ。ヤードってのは単位で、三十サードはメートルに直すと、四十メートル」
「…分かりません」
「分からねーのかよ。自分のことなのによ」
「冷た!」

氷嚢を腫れたところに押し当てられるて、セナは首を竦めた。

(なんかコイツ…無性にいじめたくなるなぁ)

気弱で小動物的。
そのくせ、言いたいことははっきりと言う。
アンバランスなヤツだ。
傍に置いておいたら面白いかもしれない。
苛めた押してからかい倒したい。

「お前、アメフト部はいれ」
「はいっ!って…は?アメフト?」

反射的ノリで返事をしたセナだが、え?と首を傾げた。

「ああ。入っとけアメフト。入らなかったら…殺すぜ?」

ゾクリ。
サングラスをずらして上か睨まれて、セナの背筋に悪寒が走った。


(怖い…)


今まで出会ってきた人間の誰とも違う。身体の芯が震え上がるような、恐怖。

逆らっちゃダメだ。
逆らったら…殺される!
本能だった。

セナの顎が取られて、無理やり上を向かされた。

(な、殴られる!?)

セナは、眉間に皺が寄るほどぎゅっと目を瞑った。


「阿含!何やってる!小早川、無事か!」


飛び込んできた怒声に近い声に、セナは目を目を開いた。
顎に掛かっていた手を外される。
ドアのところには、雲水が眉を思いっきり顰めて立っていた。

雲水はさっと保健室の中の二人を確認する。
阿含に顎をおもいっきり掴まれて上を向かされている小早川。明らかに無理やりだ。

「阿含!お前はまだ測定を終わらしてないだろう!遊んでないでさっさと行って来い!」
「はいはい。んだよ、いちいち…」
「行け!終わったら部活に来いよ!」
「はいはい。あ、セナ」

雲水に怒鳴られて、かったるそうに阿含は保健室から校庭に出て行こうとしたが、途中で立ち止まってセナに振り向いた。
セナは、言った覚えのない名前を呼ばれて驚いて目をぱちぱちさせた。

「お前、オレの言ったことを忘れるなよ、忘れたら…」


―ぶっ殺すぜ?
と、声には出さない声を残して、阿含は去っていった。


「…まったく、阿含のヤツは…。小早川、何もされなかったか?」
「え。あ、大丈夫です」

物騒な阿含の言葉に凍結していたセナは、雲水の心配そうな声に解凍された。そういえば、なぜここに雲水が現れたのだろうか。いや、殴られそうだった(とセナは思っている。真偽のほどは分からないが)ところへ雲水が現れてくれたので助かった。
ありがとう雲水さん!と今頃にセナは感謝を湛えた瞳で雲水を見た。
相変わらず、無防備を撒き散らしているなぁと雲水は苦笑しながら、セナの傍に寄った。

「小早川、怪我をしたと一休から聞いてきたんだが…」
「一休君から聞いたんですか?うわ、わざわざ来てくれてありがとうございます」
「いや、オレはもう測定を全て終わって暇だったしな。小早川はどこを怪我して…」
「ここです。阿含さんが氷嚢作ってくれて…」

と、セナは足元から氷嚢の除けて、腫れた部分を雲水に見せた。傷こそついていないものの、赤く腫れている部分は後日もっと痛みを訴えることだろう。また、阿含が小早川のために氷嚢を作ってやったというのは意外だった。

「鬼塚先生はいないのか?」

保健室のおばちゃんこと、鬼塚保健医がいないようだ。

「いなくて、だから阿含さんが…」

言ってみて、セナはあの見るからに人の面倒なんかみないような人がよく自分の為に氷嚢なんか作ってくれたものだと思った。なんだか、大きな借りを作ってしまったようである。
どうしよう、今度会ったときに何か無理なこと言われたら…。

「阿含がなぁ…」

あの阿含のことだ、いつもの気まぐれが働いただけだとは思うが…妙な興味を小早川にもたれても困る。
アイツの気まぐれに、どんな風に小谷場皮が傷つくか分からない。
あらゆることに冷めやすい性分の阿含だ。


「最後の、阿含の言ったことって、なんだ?」
「………えっと…」
「なにか脅されたのか?」
「やー、まぁ、脅されたっていうか…脅されたかなぁ…」
「言ってみろ。あいつのことだ。無理難題を言い出したんだろ?」
「別に無理ってことじゃないんですけど…アメフト部に入れって…」
「アメフト部に、入れ、と、阿含が言ったのか?」
「そうです…僕、運動苦手なんですけど…」
「そうか、アメフト部に入れと…」


顎に手を当てて、雲水は考えた。
考えてみれば、小早川と言う少年の身(の貞操)が心配なのだから、いっそのことアメフト部に入れてしまえばいいのだ。
アメフトの面々の強烈な個性と、学内においての知名度。
阿含や雲水自身を含む、いわゆる"学内で顔の利く者"の傍にセナを置いておいたほうが、安全だ。

阿含がどういうつもりで小早川をアメフト部にさそったのかは分からないが、自分から言い出したのだから、本当に小早川がアメフト部に入っても、文句を言うこともないだろう。一休も小早川と一緒に身体測定を回るほど仲がいいようだから、小早川がアメフト部に入ることは大賛成だろう。
ゴクウたちも、最近では可愛いマネージャーが欲しいなぁなどとぼやいていたから、小早川のような子が入れば喜ぶことは想像にかたくない。

…それに、なにより、オレ自身が小早川の無防備さが危なっかしくて見ていられない。
こうなれば、アメフト部全面を上げて小早川を保護したほうがいいだろう。

「いいな。それ」
「えぇ?」
「うん。そうだ、それがいい。小早川。アメフト部に入れ」
「ええ!ちょっと、なんで話がそうなるんですか!」

雲水さんまで、そんなこというんだ!僕に阿含さんの生贄になって血祭り(…絶対パシリなんて生易しいものじゃない。きっとサウンドバックだ!)に上げられろっていうの!?

「考えてみると、それが一番いいんだ。阿含もたまにはいいことを言うみたいだなぁ」

落ち着けるように肩に手を載せて、雲水は柔らかに笑った。
その笑みにちょっとほんわかしたセナだったが、すぐに打ち消して声を上げた。

「だって、あの怖い人がいる部活ですよ!僕嫌ですよ!」
「落ち着け。あいつは全然部活に出てこないヤツだから、その心配はない。それに、アメフト部にはオレも一休もいるぞ?」
「え!雲水さんも、一休君もアメフト部なんですか!?」
「ああ。どうだ?スポーツが苦手だっていうなら、いろいろな雑用で主務とか、そういうのでもいいぞ?」

セナの心はかなり揺れた。阿含さんは怖いけど、雲水さんも一休くんもいるんだったらいいかもなぁ。雲水さんは優しいし、一休君は面白いし。
考え込むセナに、雲水は立ち上がった。

「セナー!大丈夫かー!」

飛び込んできた一休に、雲水は入れ違いにドアへと歩いた。

「…返事はすぐじゃなくていいが、考えてみてくれ」
「はい。ありがとうございます、雲水さん」

雲水が保健室から出て行くのを一休は会釈して見送った。

「セナ、足はどーなった?」
「阿含さんが氷くれた。ねぇ、部活って、一休君はアメフト部なの?」
「おう!オレは神龍寺ナーガのコーナーバックだぜ!」
「コーナーバック?」
「ポジションのひとつだよ。ナーガはめっちゃ鬼つえぇんだぜ!」

嬉しそうにアメフトについて説明を始めようとする一休にセナはふむふむと頷いた。

「そうだ。セナは部活はなにか入るのか?」
「いや…家から学校まで遠いいから…帰宅部にしようかなぁ…って」

一休がセナの答えにえ?と見返してきた。

「あ、ソレ駄目だぜ?うちの学校みんな部活は強制参加だから」
「嘘!」
「ホント!」

セナは本格的にアメフト部に心引かれた。






健康測定編終了。





※続きを書きたかったんですが、致命的な間違い(すなわち、一休って、セナと同じ年じゃないよ!彼、二年生だよ!)ということ―に気がついてしまったために挫折。公式データブックが出る前にフライングすると、こういうミスが痛いですね。

※保健室のおばちゃんこと鬼塚(名前だけ登場)は、オリキャラです。