MAOU!

ごおぉ。
頭上を通り抜けるはた迷惑なジェット機のエンジン音。

慣れないものが聞いたら耳を塞ぎながら眉をしかめて空を睨み付けたくなること間違いなしだ。
ポケットに両手を突っ込み、鞄を腕に下げたオレは学校帰りの道を歩いていた。簡素な住宅街では猫が時たま眠たそうに鳴き、住宅からはおばさんのけたたましい笑い声がテレビの雑音に乗って聞こえてくる。ジェット機なんかよりもあっちの笑い声のほうが神経に障る騒音だ。年季の入った金貸しの広告が張られた電柱の角を曲がると、オレの住むぼろアパートがある。
オレは階段の横になぜか設置されている、雨風によって錆びた色合いのポスト受けの中を見る。手紙なんかわざわざポスト入れじゃなくて新聞受けにいれればいいのにと思う。
オレは入っていた一枚の茶封筒の裏の差出人を見ながらぎしぎしと軋む階段を上った。

北側の一番端の部屋がオレの家だ。冬は寒くて結露するし、凍え死にそうになるほど寒い。オレがいるのは北海道か!?と布団を頭から被りながら震える日々である。夏はちょっと西日が当たる程度である。
手紙の差出人の名前はしばらく会っていないオレの母の名だった。部屋に入ってかばんを放り投げて床に胡坐をかきながらオレはビリビリと封筒を破いた。三つ折された白い手紙。
開くと、書かれているのはたった六文字。


ご め ん な さ い


「はぁ?」

なんだ、これは。
オレは他になにか書かれていないのかと封筒の中をもう一度みるが、何も入ってはいない。

「なんなんだよ…この手紙は…」

不審に思っていると突然携帯電話が鳴った。
電話番号しか表示されていなかったけれど、出た。

「もしもし」
『あ、あの!!沢田綱吉さんですかっ!』

男の上ずったような声が聞こえた。

「…そうですけど」

自分の名前を名乗りもしない、オレの知らない声に、自然対応する声が低くなる。

『今、ご在宅ですかっ?』
「……」

在宅してたらどーすんだ。

『や、別にご在宅うんぬんはどうでもよろしいのですが…。今、お一人ですかっ?』
『一人ですけど?』

だったら最初からご在宅かどうか聞くなよ。いっそのことこのまま電話を切ってやろうかと思った。けれどオレはそれをしなかった。

『あ、あのですね、これからオレが言うことを電話口に向って叫んでくれますか?』
「は?どーゆうことですが?」
『お願いします!!!!いいですか、いち、に、さん・ダー!!』

――ブチ。
オレは電話を切った。

どうやら頭のおかしい人からの電話だったようだ。関わりたくない。携帯電話を操作して、今掛かってきた番号を受けないように設定する。ほっとした途端、また電話が掛かってくる。今度はちゃんと相手の名前を確認した。オレの友達からだった。

「はい、もしもーし」
『ちょっと、なんで一緒に叫んでくれないんですか!?叫んでくださいよ!?』
「…なんで、あんたなの?」

飛び込んできた声は、先ほどの男だった。
なんでだ?確認した名前は、友達のものだったのに…。オレはちょっとした恐怖に襲われた。

『お願いですから叫んでください。そうしなきゃヤバイんですよ!』
「…あんたの方がやばいと思うよ」

なきそうな声でオレに言い募ってくる男の声に、オレは冷静に対応した。こういう輩には話が通じないので、さっさと話を切り上げて電話を切るに限る。

――ブチ。
再び切った。
もう一回くらい掛かってくるかなぁと少し携帯電話を手に身構えていたのだが、鳴らなかった。

…なんだか期待はずれだ。
まぁいい、それよりもこの手紙の意味を母に尋ねなくてはならない。と言うことは、電話をしなきゃ…ならないなぁ。冷蔵庫からボトルジュースを出して、口を付けながらじっくりと手紙を再び見ると、とても思わせぶりな手紙だということがよく分かる。
よく見ると、紙面はところどころ水分を吸って乾いたような跡がある。よく言う涙の跡だろうか?…まさかな。あの母親にそんな愁傷な感情があるとは思えない。

『私はあんたの母親失格だから、頑張って一人で生きてね!』

と、オレのような大きな子供がいるくせに、見た目二十代、下手したら十代という驚異的な外見でキャピキャピと言ったのだ。
いまさら『ごめんね』と謝られる覚えはない。向こうも謝る気もないだろう。オレは母のその言葉どうりに中学生だというのにさっさと家を自分から出て、一人暮らしをしている。
本当なら保護者と未成年の法律にどこか引っかかるのだろうけれど、このぼろアパートを貸している人間が母の昔からの知り合いなので融通が利いているようだ。じゃなかったら、中坊が住むことを認めてくれないだろう。
この手紙に残る涙の後のようなものも、大方、花粉症の鼻水とか風邪の鼻水とかそういうおちだろう。オレは一人でそこまで帰結させて紙を両手で丸めてゴミ箱に放った。

ドンドン!!
ドアを強く叩く音にオレは立ち上がった。このぼろアパートにはインターホンだなんて高尚なものは付いていない。

「はい。どちらさまですかー?」

はっきり言おう。
オレは馬鹿だった。このとき、なんでドアを開けちゃったんだろう。
いや、もっと元を正せばどうして知らない番号の電話なんてものを取ってしまったんだろう。

開けたドアの隙間に、すばやく足を挟みこまれてドアが閉じないようにされた。

「!」

吃驚するオレをお構いなしに招かれざる客はオレをサングラスのかけたまま見下ろして言った。

「すいません。来ました」
「…なっなっ…!?」

一瞬、強盗かと思い、こんな家を選ぶなんてこれから先強盗として目利きが出来てないぞ!と激しく見当違いばことを考えてしまったオレだったが、声を聞き、固まった。
これが本当に強盗だったら、オレは家の中に入らせて、盗るものはなにもないということを強調しただろう。
けれど、この声は別だ。この声は先ほどの電話の頭のおかしい人だったのだ。うわぁ、ありえねー。なんでそんなヤツがオレの家の玄関にいるんだー!?

見上げた男は、頭のおかしい人間にしてはクールな着こなしをしていた。サングラスに隠された瞳は見えないが、全体の印象から、かなり整った容姿をしているのではないかと推測される。可哀想に…こんな人でも頭がやられちゃってるんだ…。

「あの、中に、入ってもいいですか?」
「いいも、悪いも、あんたもうすでに入ってるじゃん…」
「あ、そうですね…すいません」

身体をドアの間にねじ込んで玄関にとっくに入っている男は、困ったように頭を掻いた。
ざっくばらんに外にはねた髪の毛が揺れる。オレは仕方なく彼を見据えながら後退した。初めて見た人間に無防備に背を晒すことなど出来ない。後ろから殴りかかられたら終わりだ。

「お邪魔します」
「靴!靴脱げよ!」
「すいません!」

男は靴のままで上がりこもうとしたので、オレは注意した。…コイツ、外国暮らしかなにかか?っていうか、こいつ、さっきからオレに謝ってばかりだな。

「沢田綱吉さんで間違えないっスよね?」
「そうだけど…あんた誰?なに?なんでオレの名前とか電話とか住所とか知ってるわけ?」

オレは警戒心を解かずにピリピリと気を張って男をにらみつけた。今のご時世個人情報管理法とかなんとか言うやつでどこでも個人情報には結構気を使っているはずだ。

「オレの名前は獄寺…、です。えっと、あなたの身柄は、オレたちのほうで預からせていただきます」
「………は?」

居心地悪そうに床に座った男は真面目な顔で言った。えっと…これはどういうことなのだろうか?身柄を拘束って…逮捕?いや、逮捕とかじゃないだろ。どう見てもこの男の年はオレよりちょっと上って感じで十代だ。そんな権限はない。

「あなたのお母さまにはもう話をつけてあります」
「もしかして、売られた?オレ、売られたのかよ!?」

オレは憤って立ち上がった。
脳裏に流れるのは、母がまたなにかにお金をつぎ込んでしまってオレを借金のかたにいれたとか、そういう展開だ。いや…オレってちょっとドラマの見すぎか?そんなことはない。オレの母さんはちょっとぼけてるっていうか、人がよすぎるっていうか大変な出来事でもあんまり大変だと思わずにのほほーんとしているのだ。
それにしても、拘束だなんて言葉は穏やかじゃない。

「とんでもない!そうじゃないッスよ!」
「じゃあ、なんなんだよ!」
「煙草、いいですか…?」
「…いいけど」

なんで、突然煙草?とオレは思ったが許しを出してあげた。

「ども。ありがとうございます。いいですね、煙草は。人間が考え出したもののなかで、五本の指に入るほどですよー」
「あっそ。話を先に進めてくれない」
「はいッ!えーとですね、まず、コレを見ていただきますか?」

獄寺は煙草を飲みながらサングラスをさっとはずした。オレは驚いて息を呑んでしまった。…ありえない!つーかマジでありえない!!

「…赤い瞳ってどーよ?」

どーよっ?って、本人に向って呟いてしまったオレってどーよ?獄寺の瞳は赤かった。マジでありえない。いや…アルビノとか、生物学上ではありえるのか?

わー、分けわかんないしー!
獄寺はオレの心などどうでもいい感じに、嬉しそうに輝かせた赤い瞳でオレを下から見上げた。

「迎えに来ました、あなたは110代目の我らが魔王…」


魔王って何さ!?


01




あの人が、世界のどこかで生を受けた日。

オレは生まれた。

オレが生まれたのはただ一人のため。
生まれた意味は、ただ一人のため。

その一人に出会うことが出来なければ、オレに生きている意味はない。


我が主。
我が王。


…我が、愛しきボンゴレ110代目。


+++


「110代目を迎えに行け」


リボーンさんの一言に、オレは息が止まる思いを味わった。何か言葉を発しようとする息と、肺に吸おうとする息が衝突して、呼吸がマジに止まった。むせ返ったが、オレはすぐに貌を上げた。苦しいんだったらいっそ息などしなくていい!窒息しようが今はそんなのどうでもいい!

「みみ、見つかったんですか!!」

聞き返した声は、自然とどもって大声になった。そりゃそうだ!これで喜びのひとつも表すことができねーんじゃ、男が廃る!って言うか、死ね!
…いや、人間みたいに男と女と言うよりは、オレたちの性別は雄か雌っていう風に分けたほうがいいのかもしれない。オレは人間なんつー弱弱しい種族なんかじゃない。じゃあ、オレは一体なんだって?

…いいか、そこのお前!耳ん中かっぽじって聞きやがれ!

オレの名前は獄寺。種族、高位魔族。
生まれたのはちょうど十三年前。

どんな魔王にも、誕生したのと全く同じ瞬間に生まれた魔族がいる。その魔族のことを、俗称で"楔"( クサビ )と呼ぶ。その魔族と魔王は、生まれた瞬間からかたーく結ばれてしまうのだ。魔王が死ねば、"楔"も死ぬ。
まぁ、"楔"が死んでも魔王はしなねーけどな。


オレは、110代目の"楔"だ。


我らが偉大なる、次代の魔王110代目が世界のどこかで生を受けた日、オレは生涯彼にだけのモノとして生まれたのだ。
本来ならば、伴侶以外に自らの口から教えてはならない【魔名】を捧げる相手…。

オレが付き従うのは、110代目のみ。それ以外の奴らはみんなどうでもいい。死のうが生きようが知ったこっちゃない。つーかオレと110代目の間を引き裂こうとするやつは問答無用で死ね。オレが110代目の片腕として、生きていく。それだけが決まっていることであり、オレの生きる意味である。

だから、【魔名】を教えるのは後にも先にも110代目だけでいい。

六歳を迎え(魔族の成人は六歳である!)、魔王城ボンゴレに向ったオレは期待に膨らました胸に大きな失望をバズーカーで打ち込まれた。

なんと、110代目は、行方不明だったのだ!

っていうか、それってどういうことだよ!
オレにはボンゴレ110代目の"楔"の証である『印』が付いているだぜ!?109代目の顧問補佐だというリボーンさん( ぶっちゃけ、この人は109代目よりも恐ろしい )は、

『あいつは行方不明だ。まぁ、そのうち見つかるだろうから、それまでせいぜい腕を磨いておけ』と言った。

もちろん、オレはそれからと言うもの腕と魔力を磨きつつも110代目の捜索に世界を翻弄した。しかーし、110代目は依然として行方が知れない。もしかして、どこかでオレの助けを待っているんじゃ…?どこかで遭難して、助けを求めているんじゃ?どこかで囚われてるんじゃ…?
…などなどと、オレはいろいろなことを考えて毎日を鬱々と過ごしていた。

ボンゴレに来てから、早六年。
ああ、一体いつ会えるのだろうか、オレの110代目!!

…とまぁそういうわけであったのが、この、リボーンさんの迎えに行け発言はめちゃめちゃオレに衝撃を受けさせた。
だって、六年だぜ?
六年、ずっーーとオレは110代目を探し求めてきていたのだ!

「ああ、見つけてやったぞ。つーことで、迎えに行って来いって行ってるんだ」
「はい!行きます!どこでも行きます!110代目をお連れします!地の果てまでも、地獄の一丁目までも訪ねます!行ってきます!」

と、オレは速攻で駆け出そうとしたがリボーンさんに止められた。

「待てコラァ。まだオレは110代目の居場所を言ってねーぞ」
「あ!そうでした!そうでした!110代目はどちらにいらっしゃるんですか!?」

勢い込んでオレは聞いた。
リボーンさんは、いつも黒い帽子の鍔も手をやってくいっと持ち上げた。

「110代目は、異世界にいる」
「はい!異世界ですね、じゃあ、行ってきま…はぁあああ!?」

再び駆け出しかけたオレだが、三十歩ほど行ったところではっとして振り返った。
え?オレの聞き間違えってことはねーよな?
今、リボーンさん、異世界って言ったよな?イー世界の間違えじゃないよな?じゃあ、異性界?
いや、それじゃあ意味不明だって。

「110代目は異世界に生まれてる。だから、こっちの世界に連れてこい。今から、お前をオレの力で異世界に送ってやる。帰ってくるときの合言葉は、獄寺と110代目の、二人揃って『いち・に・さん・ダーーー!』だからな」
「いち・に・さん・ダーって…なんで」

なんで異世界に生受けてんだよ、っつーことよりも、むしろなんで合言葉( 呪文? )がいち・に・さん・ダー!なのかの方が気になった。


「オレの趣味だ」


趣味かよ!?
リボーンさんはきっぱりと言いながら、彼の魔獣レオンの頭をなでた。

「110代目の向こうの世界での名前は、沢田綱吉。性別、男。…まぁ、それだけ分かってれば、なんとかたどり着けるだろう。…なんたって、お前はツナの"楔"なのだから」


惹かれあう。魅かれあう。

それが、"楔"。

どんなに離れていても、感じあえる。


「どうしても見つからないときは、向こう魔族の手を借りればいい…では、お前は一度死ね」


と、リボーンさんは魔獣レオンを魔銃に変化させ、パンとオレ向って軽く引き金を引いて打った。
痛いとか、そういうのは感じない。

ポンっと、オレの眉間に弾が貫く。
瞬間、魂が抜けて、浮遊感があった。どこか、脳裏におぼろげに誰かの微笑む姿が浮かぶ。


…ああ、もうすぐ、会えるんですね。


オレの、110代目。


そしてオレは目を閉じた。

02


「はい、せーのっ!!」
「「いち・に・さん・ダー!!!」」

叫んだ途端、オレの身体はまるで重力を失って底なし砂に堕ちていく感覚を味わった。
うっわーありえねーし…。
あーなんかどうでもいいや、もう。

++++


獄寺と名乗る、不法進入者は礼儀正しかった。
オレを押しのけて部屋に入ってくると、さっと床に正座して語りだした。

いわく


「オレの名前は獄寺…です。あ、これはさっきいましたね。で、オレは上位魔族です。110代目の唯一無二の片腕"絆"として十三年前にボンゴレ国に生を受けました。オレは、ずーっと、ずーっと、ずーーーーっと、110代目のことを探していたんですよ!今回、やっと貴方がこちらの世界にいるとリボーンさんに教えていただき、参上したしだいです!!さぁ、110代目!一緒にボンゴレ国に帰りましょう!いいですか、合言葉は『いち・に・さん・ダーー!』ですよ!?それを言ってくれないと、魔界へ帰るための膨大な魔力がリボーンさんから送られてこないんです!それ、いち・に…って!110代目、一緒に叫んでくださいよ〜!」


一気にまくし立てて、そーれと腕を上に振りかざして叫ぼうとした獄寺だったが、オレが冷たい目でその様子を眺めて一緒に叫ぼうとしないことにものすっごく困った顔してみてきた。

オレとしては、そんな得たいの知れない与太話を信じて『いち・に・さん・ダーーー!』と叫んだと単に「実は、どっきりでした(はぁと)]とか言われちゃたまらないので無言でいた。マジでそんなことされたら、オレはいつもののんびりモードをかなぐり捨てて、冷血モードになるぞ。

「…話が全然分からないから、帰ってくれない?」
「あう!そんなこと言わないでくださいよ!オレは貴方に会うことをどんなに夢見てきたことか!抱き枕を作ろうにも、貴方のご尊顔を拝見したことがなかったので、作るに作れなかったんですよ!110代目のためにオレが見繕った衣装とか、城には沢山あるんです!ね、110代目!オレと一緒に叫んでください!!」

オレはさりげなく彼が叫んでいる言葉の端々にストーカーじみたヤバさを感じて、それとなく獄寺から距離をとった。見た目カッコいいのになぁ…もったいないなぁ。黙って街角に立っていれば逆ナンとかされそうなのになぁ。
誰がこんな性格をした人間(いや、彼の言葉を借りるなら魔族?)にしたんだろうか。再教育をほどこしたほうがいいと思うなぁ…。オレは獄寺の顔を見ながらぼーっと考えた。すると、なんだか獄寺が妙に恥らう乙女のように頬を染めた。
…気色悪い。

「…えーと、獄寺…くん?」
「はいっ!なんでしょー110代目!!!」

名前を呼び捨てにしてもいいのかどうか迷ったけど、ここは無難に「君」を付けて呼んでみた。獄寺…くんは、犬だったら尻尾を振っているんじゃないかってくらいの眼差しでオレを見上げている。可愛い女の子のそういう視線だったら大歓迎だけど、男の獄寺くんにされてもなぁ。

「…叫んで、何も起こらなかったらこの部屋から出て行って、オレの半径百メートルには近づかないでくれる?」
「いや、一緒に叫んでくだされば、必ず魔界の方に戻れますから、そんな心配はしないでいいですよ!」

いやいやいや。
オレとしては半径百メートルに近づかないで欲しいといったことのほうを気にして欲しかった。
…コイツ、なんかどこまでも着いていそうだなぁ…。一回だけ叫んでやって、何も起こらないことがわかったも引き下がらなかったら電話で警察呼んで、ストーカー被害を受けていると訴えてやろう。オレとしてはあんまり警察ざたにしたくないので、獄寺がすみやかに引き上げて言ってくれることを願うだけだが。

「やぁ〜。叫んで魔界とやらにオレとしてはいけると思えないんだけど…」
「まぁ、叫んでみれば分かります!さぁ、ご一緒に…はい、せーのっ!!」
「「いち・に・さん・ダー!!!」」

とまぁ、ここで冒頭に戻るわけである。


+++++


「110代目!目を開けてください!付きましたよー!!」
「五月蝿い…」

顔を覗き込むようにしてかけられた声に、オレは機嫌悪く応えながら目を開けた。

「うわぁ!」
「大丈夫ですか!ご気分でも!?」

真正面の至近距離に獄寺くんの顔があったので、オレはめっちゃ驚いて顔を背けた。その時獄寺くんがめっちゃ残念そうな顔をしたことはオレは幸い(不幸?)にも見ていない。

アレ?視界に入ってくるものがおかしい。なぜか、草むらと土が見える。においもする。
ついでに、ちょっと向こう側には木々が茂っている。
……。

「…えーと。ここはどこ?オレは誰?」

ちょっと古典的なボケをかましてみた。

「ここは魔界です!そして貴方はオレの110代目です!」

誰もお前のもんになった覚えはねーよ…と思いつつも、マジでここは見知らぬ場所だった。

「魔界…?マジで?魔界ってのはもっとどろどろと暗くて変な魔物とかがうじゃうじゃいるんじゃないの?」
「はぁ?何をおっしゃってるんですかー。魔物なんてのは下級のペットみたいなもんですよ。しかも、暗かったら毎日が夜じゃないですか!そんなんじゃ一日のリズムが狂っちゃうでしょ?普通に朝昼晩がありますよ」

にこにこと獄寺くんは笑顔を見せながらオレの手を取って立たせて、身体に付いた草を払ってくれた。(なんというかその笑みが上機嫌すぎて手を取ってもらうことに逆らえなかった)オレは改めてぐるりとあたりを見回してみた。三百六十度、森が広がっている。ここはどうやら森の真っ只中のちょっと開いた空間の原っぱのようだ。

「魔物ってどんなのなの?」
「魔物、魔獣ってのが基本的に人体の形はしてなくて動物みたいですね。魔物は下等なヤツしかいませんけど、魔獣は中級・上級もいて、上級になるといろんな特殊能力や人型にもなれるんですよ。力としても魔獣の上級は魔族するやつもいますし。ちなみに、オレの魔族はみんな人型ですが、下級・中級・上級に分かれます」
「へぇ…なるほどね…」

魔族、魔獣、魔物というのあるのか。
オレはすばやく現状を理解しようと頭を働かせた。なんかもう、どうでもいいや…ここはドッキリでもない限り、マジで魔界とか言うところなんだろう。そういうことにしておこう。
原理とか証拠とか、そういうことは横においておいて、これは魔界だ!と納得しよう。分けの分からん計算式で、なんでここにこれを当てはめると答えが出るんだろう…?と思うのを「これはこういうものなんだ!」と自分を無理やりに落ち着けるのと同じことだ。

「じゃあ、ボンゴレ城に向いましょうか?大丈夫ですか?」

一歩前に足を出してみて、はたと気が付いた。
オレ、靴を履いてない。当たり前だ、一瞬前まで部屋にいたんだから。

「靴がない…」
「あ、大丈夫です!オレが持ってきました!どうぞ!」
「……あっそ」

手品のように獄寺は服の懐からオレの一番気に入ってる白に緑の線が入っているスニーカーを取り出したのだった。

…もう、何も言うまい。

オレはかがみこんで靴を履いた。こういうとき、一番いいのは流されていくことだ。それでいて、冷静にものごとを見極めることだ。母親にそう教わって育てられた。今から思えば、こんな時のためだったのかなぁ…。
森の中を獄寺の先導で進んでいくと、思いのほか森の中はすがすがしい雰囲気だった。初めて森の中を歩いていることもあり、オレは多少の珍しさ(ここが魔界であるということを差し引いても)に木々を見ていた。都会に住んでいるオレは緑と触れ合うのは公園ぐらいでしかない。
突然ガサリ、と草むらが動いて、なんだ!?と思うまもなく、身のたけ二メートルほどのバケモノが現れた!

「ガオオーー!!」

そいつの顔は知性のかけらもなくて、例えるなら熊に角を三本付けて、顎から飛び出るほどのマンモスの牙を与えてやったようなやつだった。身体を覆っているのは、毛むくじゃらじゃらなくて、ぬめぬめと光る蛇のようなうろこだったので気持ち悪かった。基本的に爬虫類は嫌いなんだよね、オレ。

…って、そんなことを悠長に考えている場合じゃなく。

ヤバイね。これって山の中で熊にあってしまった登山中の一般市民って言う感じだろ?
やーオレ死ぬよ、やばいよ!こういうときってどうすればよかったんだっけ…固まって、死んだふりとか?いや、でもアレって実は全然効果ないとか聞いた気がする。

「ガオオー!」

と口の端から涎をたらして、「うへへ!こんなところに食料が!」みたいな感じでオレたちを見ている化け物。ぎゃー!食われちまうよ!と心の中で絶叫(ただし、顔には出ていない。というか、なんかもう、全てが諦め始めている)をしながら、ちらりと、獄寺のほうを見てみた。

(おお!)

獄寺は平然としていた。なんだか分からないが、ちょっとだけ男らしさを感じだ。


「下級魔物風情が…110代目の御前に図が高い!果てろ」


スッと煙草を咥え、目にも留まらぬ速さで何か光の弾のようなものが獄寺の手から繰り出された。
ピンポンボールぐらいの大きさで、まったく強力そうに見えなかったのに、それは魔物の脳天に当たると一気に燃え上がった!

「ガウウオウウウー!!」

魔物は一瞬にして火に包まれた頭部を抱えて地面を転げまわった。

「……すげー…」

ぶすぶすと魔物の肉の焦げる、ちょっと香ばしいような匂いがしてきて、オレは呟いた。どうしよう、やっぱりマジなんだ。なんか魔法使ったよ、獄寺のやつ…。魔族って魔法使えるんだ…いや、魔力があるんだろうから、そういう魔法っぽい攻撃が出来るんだ…。

「ここんとこ、こういう勘違いの下等魔物がうじゃうじゃいるんですよねー。ここはもうボンゴレ支配化のひとつなんで、ひとつキツーイお灸をすえてやりましたよ!」
「…ボンゴレって、なに?ボンゴレの支配下ってどういうこと?」
「あれ?オレ、もしかして言ってませんでしたか?」
「聞いてない」
「すいません!えーとボンゴレっていうのは魔族の一族の名前です。ボンゴレの王、110代目が貴方なのです」
「ってことは…魔王って、何人もいるの?」
「ええ、みんな各ファミリーを代表して統括してますよー」
「…へー」

新たなる驚愕の事実!魔王って沢山いるんだ…へー。

「あ、歩くの疲れましたか?だったら、城まで空間渡りますか?」
「空間を渡るって…いや、うん」

空間を渡るってなんだろうと思ったけど、瞬間移動みたいなもんだろう。
大体、異世界?魔界に来ているんだからむしろ空間を渡るくらいやれないと魔族とはいえないよな。

「はい!いやぁ、じゃあ、玉座の方に行きますね!城内への空間渡りは、魔王か"絆"しか出来ないんですよー!」
「"絆"…?って、うわ!」

ぐいっと腰の辺りをつかまれて見上げると、ちょっと照れたように笑う獄寺の顔があった。

…男相手に照れるなよ、お前…。
っていうか、飛べるんだったら、最初から瞬間移動しろよ…。

「じゃあ、しっかり捕まっててくださいね!まだ、110代目は覚醒していないみたいですので、オレが引率します」


そして、ボンゴレ城へと飛んだ。

03



「無理だよ、無理に決まってるじゃん!お前、なに考えんだよ!」

オレは叫んだ。
思わず、変態の獄寺くん(オレの中では獄寺はカッコいい変態であると認識されている。なんだカッコいい変態って?)を盾にして身を守ろうとした。獄寺くんはといえば、「ああ…110代目がオレを頼ってくれている…!」とかなり見当違い名ことでじーんと打ち震えていた。(すでに獄寺の大体の考えは掴んできた)

「無理じゃねー。お前には109代目に代わって、立派なボンゴレ110代目魔王になってもらわなきゃなんねーんだ。そこで人間界の醤油くせぇ身体をいっぺん浄化して、生まれ変わって来い」

醤油臭いってなんだ。
ツナは突っ込みたくなったが、今はそんなことは重要じゃなかった。別にオレは立派な魔王なんてものにはなりたくない。ちょっと、間違えでこんなところにきちゃっただけだ。お願いだから早く帰らせてください。

ボンゴレ城に瞬間移動をすると、そこに待っていたのは赤ん坊の形をした悪魔だった。ここはボンゴレ城の玉座のある場所だそうだ。目の前には赤いビロードと黒で装飾が施された豪華でいて繊細な椅子がある。アレが魔王が座る場所なんだなーとかって思うと凄い。映画のセットとかで見るのとはまた違ったホンモノの豪華さと年代を伝えてくる。その玉座のすぐ横に黒いスーツで身体を固めた赤ん坊が立っていた。なんで、こんなところに赤ん坊が?と思ったのもつかの間、リボーンと名乗った彼は、二言目に、

「じゃあ、魔王になるための『地獄の黙示録第一』を行ってみるか」

地獄の黙示録第一。
一言聞いただけでなんだかヤバイ凶悪感がひしひしと伝わってくる。なんていうか、この題名だけで死ぬこと確実。みたいな。しかもそれを言うのが本来なら哺乳瓶を抱えていてもいいような赤ん坊だ。違和感がありすぎてめっちゃ怖い。

「まず地獄の黙示録第一。クリアは簡単だ。森を生きて抜けて来い。イ(逝)ってこい.」
(今、絶対"逝"って言った!"行"ってじゃなかった!!)

些細なニュアンスの違いを聞きつけてオレは青ざめる。

「大丈夫ですよ、110代目!オレたちはここでしっかり遠距離モニターで見守ってますから!」
「それ、全然安心できないし!」

にっこりと無意味に整った歯を見せて笑った獄寺の言葉を否定した。
っていうかアレだろ。
それって、ぶっちゃけ見てるだけじゃん!!!

「出血大サービスでレオンをつけてやる。んじゃ、死ぬ気で逝って来い。」

パカ!と、小気味よい音がして足元の床が抜けた。

「えええええーーーー!!」

大した説明も何も無く、オレは暗闇の中に落とされた。なんつーか、これこそ地獄まっさかさま?




……
………
……………




「うわ!」

目を開けたら赤い目が自分を覗き込んでいて、ツナは驚いて体を起こした。よく見ると、それはカメレオンだった。

「あれ…お前…確かリボーンの帽子のとこに載ってた…」
「シュー」

肯定するように、カメレオンが息を吐いて、ちょこちょことツナの肩に乗っかった。肩口に乗ったカメレオンは賢そうな赤い瞳でツナを見返している。

「…カメレオンなんか、」

渡されて、どうしろというのだろうか。
ツナは途方にくれた。

「お前、なにか必殺技とか、ピンチのときはアイテムに変身するとか?」

まさかね、とツナは肩を竦めてカメレオン…リボーンが「レオンをつけてやる」とかなんとか言っていたような気がするので、これがカメレオンのレオンだろう。なんて安直なネーミングセンスだ。ツナがいるの妙に暗い森だった。都会にいたら公園ぐらいでしか感じられないような緑のにおいと土の匂いがぷんぷんしている。いかにも魔物が出そうなドロドロじめじめしたところだ。ボンゴレ城に向うとき、獄寺と一緒に歩いた明るい森とは大違いでこれこそ魔界っぽい。

「あー…オレが馬鹿だったなぁ…なんでいかにも怪しい獄寺くんなんかにドアを開けちゃったんだろう…。っていうか、そもそも母さんの手紙。書くんだったらもっと詳しく書いて送れって言うんだよ。意味わかんない」

ぶつぶつとツナは独り言を言いながら歩き出した。最初はボンゴレ城の地下にでも落とされたのかなぁと思ったのだが、木々の割れ目からいちおう明るい空が見える。ってことは、ここは外、だよね?床が抜けたくせに、出た先は森のど真ん中の外かよ…。おそらく、獄寺が使ったみたいな瞬間移動をされたのだろう。
一箇所にいたってしょうがない。歩かなければ活路が開かれない。今頃獄寺たちが遠距離モニター?(きっと水晶とかそういうの)でオレの肝試しに向っているみたいな風情を見守っているのだろう。
迷子のときはその場所に留まって待ちましょう…なんてことはこの際は横に置いておく。リボーンは森を抜けるのが試練だといっていたからこの場に留まって誰かの助けを待っていても仕方がないだろう。

ガサガサ!
近くで物音がするたびに、ツナはビビル。
これが普通に生活を送っていた日本なら、例え車のクラクションの音を鳴らされても無関心でいけたのに…。

一時間ぐらい歩いた。一体ここはどこだろうか?

(…絶対楽しんで見てるんだろうなぁ…)

「ハァハァハァハァ…」
「…ん?」

なんか荒い息が後ろから聞こえてきた。
そう、まるで電車にぎりぎりで走りこんできた中年のおっさんの荒い息のように…、はたまたは電車の中で興奮してしまった女子の大敵の変態痴漢おじさんのように…
ぎょっとして振り向くと…


いた。
魔物がいますた。

三つの頭を持つ、犬だ。
涎をだらだら流して、とてもお腹が空いていそうだ。地に着いている四本足は鋭く爪が尖り、触れたら身体が引き裂かれ抉り取られるだろう。現に、地面に足を付いているだけなのにその部分がえぐられた形に変形している。
武器もないのに…オレにどうしろと?

「…えーと、オレを食べても美味しくないです」

魔物に向かっていっても通じるはずもないが言った。

逃げよう。
逃げるべきだ。

一歩ツナは後ずさった。
それを合図のように三つ首の犬が猛然とツナに襲い掛かろうと飛び上がった!!
真っ赤な口内の大きな牙がツナの前にと迫り来る!

「助けてーーーーー!!」

ツナは絶叫を上げた。
誰も助けてはくれないと分かりながら。

(…ああ。オレって薄幸だったなぁー…)

と、早くも諦めかけたその時だった。

「あいよっと!」

ツナの悲鳴に若い男の声が答えた。
ビチャと、ツナの顔に生暖かい液体がかかった。

「へ?」

間抜けな声を出しながらツナは目を見開いた。ツナを食べようとしていた三つ首の犬の一つが地面に転がっていた。
残りの二つの犬は「ギャンギャン!」と鳴いて後先振り帰らずに逃げていった。スッとツナに手が差し出された。助けてくれた男が逆光を背に立っている。ぐいっと手を取られて立たせられた。オレってちょっとピンチを助けられたヒロインっぽいと思いながら立ち上がった。

「危なかったなー。どこも怪我してないか?」
「あ、ありがとう。貴方は?」

抱きとめられるような形になりつつ、ツナは見上げて聞いた。

「オレ?オレは山本だ」

ニカッと笑った青年の人好きのする笑顔(ただし、頬のところに血糊が付いていて少し凄みがあった)に、ツナは魔界に来て初めてまともそうな人を見つけたと思った。死を覚悟して潤んでいた瞳で見上げるツナを山本はジーっと見た。

「なんでお前みたいなのがこんな森にいるんだ?」
「え…それは…その…山本こそ?」

ツナは山本が持っている日本刀のような剣を気にしながらも、質問に質問で返した。

「オレ?オレはこれを取りに来てたんだ」

ひょいっとポケットからガラス水晶の垂体ようなものをツナに見せた。この薄暗い森の中でも不思議に光を反射するように光輝いている。

「この<暗き森>にしか生えない、魔石だ」
「えへぇー…(流石は魔界。そんなマジックアイテムがあるのか…)」
「で、お前は?」
「あ、オレはツナです。えーと気が付いたらこの森に」

嘘は言ってない。

「ツナ?…ふーん。ま、ここらへんはうじゃうじゃ魔物が出るから、取り合えず町に来るか?」
「行く!」

間髪いれず、ツナは首を縦に振った。


++


暗い森を抜けると白い煙が見えてきた。
それはどんどん近づいて塀で囲まれた町が見えてきた。

「すげー…中世みたいだ…」
「ツナ。ちょっと待て。ここでチェックがあるから」

アーチ型の門の中心にある丸い白い石がはまっていた。山本がそれに手を当てると、その石は青色に輝いた。

『丸!青色』『大丈夫』『合格☆』『どうぞ、お入りなさいませ〜』『君は人間だ』

と、石の部分から何十にも重なって声があふれ出した。

「ほい、ツナもやってみ」
「う、うん」

(オレ…魔王とかいうやつらしいけど…大丈夫なのかな…)

ごくりと唾を飲み込んで、ツナは手を当てた。

『あれれ?』『微妙』『三角』『たぶん人間?』『分かりにくい』『黄色』

微妙といわれてツナは慌てて手を黄色く光だした石から外した。おろおろとして山本を見上げると、面白そうな顔をして山本が顎をさすっていた。

「こ、これって…!?」
「んー?黄色なんかオレも初めて見たからなぁ〜…青だと人間族。赤だと魔族。黄色は…なんだろ?ま、『たぶん人間?』とか言ってるし、大丈夫だろ!!」

山本は豪快に笑っていった。


(いや…オレ、魔王らしいから大丈夫じゃない、ような気もする…)


なんだか、細かい(?)ことを気にしない山本が他人事ながら心配になってきたツナだった。



「ナミモリ村へようこそー!ツナ!」

04



村の中は、RPGの中世みたいな感じだった。石造りや木造の家が並んでいて、屋台なんかが出ている。
子供達が何が楽しいのかさっぱり分からないが笑いあって追いかけっこをしながらツナの横を通り過ぎた。

「あ!山本にーちゃん!」
「よう!気ぃ付けて走れよ!」
「はーい!」

山本に気が付いて子供一人が声すれ違いざまに声をかけると、山本も軽く手を上げて笑いながらそれに答えた。
ツナはきょろきょろと周りを見回して、ほっと息を吐いた。どこからどうみてもオレと同じ人間が沢山居た。初めてオレと同じ人間を見て、ツナはやっと安心した。実は、中に入ったら実は魔族の町でしたとか言われたらどうしょうかと思っていたのだ。まぁ、最初の石による謎のチェックがあったから大丈夫だと思っていたが、それでも用心に越したことはない。

「ツナ。これからオレんち行くけど、それでいーか?」
「もちろん。オレ、行くとこないし…」
「ふーん…てか、ツナなんも荷物持ってないけど、荷物はどーしたん?」
「荷物!?荷物はその…えーと…魔獣に襲われたときにどっかに落しちゃって…」
「そっか。荷物より命だよなー」

苦し紛れに言った言葉は山本はあっさりと納得したようだ。

(…そんで、オレは魔王なんてのはなんかの間違えだよな…)

ツナは精一杯の空笑いを山本に向けながら、心の中で自分が魔王なんて物騒なものであることを否定した。そんな魔王だなんていう大層な人間(っていうか、魔族)だったら、なにか特殊能力のひとつやふたつ、あの世界でも使えてるはずだ。
そんなことは一切無かった。悲しいぐらいになかった。

財布を落したときは絶対に財布が戻ってくることはなかったし、テストで間違えて解答欄を一個ずつずらしてしまったときも最後まで気が付かなかったし、普通に道路を歩いていたのに余所見運転の車が突っ込んできて足の骨を折ったし、黒猫が目の前を通り過ぎたその日に限って干してあった洗濯物が雨にぬれたし、バルサンを焚いたその日にゴキブリに顔に乗られたし…。中学校に入ってからの出来事の数々を思い出してズーンとツナは影を背負って暗くなった。

「どーかしたのか?」
「…なんでもない。えっと、ここってどういう村なの?」
「知らない?ここはナミモリ村っていって、数少ない人間族の住む村の一つかな。オレたちはさっき見せた魔石を加工して魔族に対抗できる武器を作り出すのを主な名産としているんだ」
「魔族に対抗って凄くない!?」
「ああ、つっても魔族はむやみやたらとこっちを攻撃してくるわけじゃねーし。魔族はオレたちが手を出さなければなにもしてこない。問題なのはツナを襲っていた知能の低い魔物たちだ」
「そうなんだ…」

どうやら魔族と人間族の仲はそれほど悪くないらしい。
魔族について話す山本の表情からは魔族に対しての悪感情は見当たらない。
てっきり魔族っていうのはよくあるファンタジーらしく、人間を狩ったり殺したりしている『悪』のイメージを持っていたツナはちょっとだけ魔族を見直した。獄寺とかリボーンの第一印象がかなり悪かったので見直したといってもスズメの涙ほどだったが。
山本の後についての村を歩いていく。改めてじっくりと観ると、両脇にある家々は石造りだったり木つくりだったりして、おおむね二階まである建物が多かった。窓の部分には草花がそれとなく飾られていてほのぼのとしてメルヘンチックだ。

「ほら、今ってここの支配者が弱ってる時だろ?だから魔物が好き勝手しだしてるらしーぜ?」
「支配者って…?」
「ここの支配者はボンゴレだよ。知ってるだろ?ボンゴレぐらい」

山本が少し声を落してツナに言った。

「ボンゴレっ…え、それって!?」

ボンゴレ、という馴染みある単語にツナは反射的に聞き返してしまった。

「…お前、マジでこの<領域>(テリトリー)からきたんだ?」

その反応に目を細めた山本の眼差しが、思いのほか鋭くてツナはびくりとして後ずさる。

ボンゴレといえば、数ある魔族のファミリーの中でも別格だ。ボンゴレという魔族ファミリーを知らぬものはいない。
魔界創生から109代も続く、由緒あるボンゴレファミリー。魔王の中の魔王とさえ言われるボンゴレ魔王は、絶対的な支配者として富と繁栄をつかさどる。
慌ててツナは言葉を付け足した。

「えっと、うん。知ってるよボンゴレぐらい。あれだろ、獄寺とかいう魔族とかがいるんだよな…」
「ゴクデラ?いや、オレはそんなん知らないけど?」
「え?リボーンとかは?」
「…ツナー…お前なんでそんなきわどいヤツは知ってんの?」

リボーンといえば、泣く子も黙るリボーンしかいない。滅多に表に出ないが、彼はアルコパチーノが一人<守護主>(ガーディアン)。

「ガーディアンって…?なにソレ?」

ツナはガーディアンといわれて、これまたよくPRGに出てきて助けてくれたりする可愛らしい姿をした妖精を思い浮かべたが、あのリボーンが妖精なわけがない。と、素で聞き返す。

「ガーディアンはガーディアンだって。…まぁ、守護主のことを知ってるやつは珍しいからツナが知らなくても問題ないけどな」
「みんな知らないのに、なんで山本は知ってんの?」
「え?!んー…まぁ気にスンナ!」
「めちゃめちゃ気になるよ!」
「そっかぁ〜?お、ここがオレんちだ。ただいま〜オヤジ!」

上手い事話を逸らすようにして、山本は軽快にすぐ横の家の扉を開けた。

「おう、お帰り!」

奥から精悍な中年が出てきた。

「ほらよっと、魔石とってきたぜ。そんで、コイツはツナ」
「ご苦労さん。コイツの友達かい?初めて見る顔だな!」
「あ、今日和、ツナです…」

ツナは山本の親父に向かい、ぺこんと頭を下げた。近所付き合いを円滑にするためには最初の挨拶が肝心だ。そして、深く突っ込まれないために、先手を打った言い訳を。(ツナは中学生にして一人暮らしということをしていたので、隣向かいには「母は夜の仕事をしているので、ほとんど顔を合わすことがないでしょうが…うんぬん」と言って、いつも一人な理由をつけていた)

「えっと、オレ、田舎から出てきたんですけど、途中でいろいろと酷い目にあって…荷物とか、落しちゃって…」
「マジかい!?そりゅあ災難だったなぁ!おい、そんなとこに突っ立てないで、ツナくんを上に案内してやれや!馬鹿息子!」
「はいはい。ツナ、上がれや。狭いうちで申し訳ねーけど遠慮すんなって!」
「お邪魔しますー!」

どきどきわくわくな気分でツナは山本の家に上がりこんだ。

「山本の親父さんはなんの仕事してんの?」
「親父は魔石を加工して刀を作る職人なんだよ。結構いい腕してんぜ、息子のオレが言うのもなんだけどな」
「鍛冶屋さんってことだよね?すごいね」
「んなことねーよ…」

山本はぶっきらぼうに言ったが、少し照れていることがツナは分かった。なんだか心が温かくなる。山本の部屋に腰を落ち着けて、ツナは久々に良く歩いたなーと足を伸ばした。山本とちょこちょこ話しながらごろごろとした。最初のうちは遠慮して座っていたが、三十分もするとその遠慮もなくなって、山本のベットに転がっていた。そのまったりとした時間はほどなくして破られた。

「大変だ!山本坊!魔獣が村を襲ってきやがった!?」
「あはは!平川のおっちゃん、あんた冗談言えたんだなー?」

と、血相を変えて山本の部屋に転がり込んできた男に山本は笑って返す。まともに取り合ってくれない山本スマイルに、男は震えているのか首を振っているのか分からないほど首を動かして震えた声で言い募った。

「ほほほほほ本当だって!本当にままっまま魔獣が襲ってきてるんだ!」
「や、山本!この人の言ってること本当っぽくない…?」

ツナは演技には全く見えないおじさんの恐慌ぶりに、山本に進言した。山本はふと真面目な表情になってツナをちらりと見ると(ツナはその視線がなんだかちょっとだけ怖くて、首を竦めた)、おじさんに向って聞いた。

「どうして魔獣が村に入れるんだよ?」

村の高い城壁には決壊が張られていて力の弱い魔物や下級の魔獣は触ることが出来きずに弾き返される。
人間の出入りする入り口は三つあり、その全てに魔石による検問が待ち構えている。ツナがナミモリ村に入る際にしたものがそれである。魔獣や魔族は変化すると人間との違いを見分けるのが難しい。その違いを見極めるために設置されているのが検問なのだ。しかし、強力な力のある魔族が本気でちょっと人間を甚振って遊ぼうと思ってきたのならあっさりと城壁は破られることは想像に難くない。
それでも結界に魔に属するものが接触した時点で村の中に警報が鳴り響くはずだ。それがないのは何故だ?
山本の疑問は次の平川の言葉であっさりと解決する。

「空からだ!門からじゃくて、空からきやがった!!急げ、武器を持って応戦しなきゃマズイぞ!!」
「空から?」

忙しく壁に懸かっていた剣を手に外へとかけ戻るのを見ずに、山本は窓から身を乗り出して空を見上げた。
青い空を燃やすような青白さを帯びた赤い巨体を持つ取りが羽を大きく羽ばたかせて飛んでいた。

「…魔妖鳥<カミーラ>!?」

山本が驚愕して声を上げた。
火の玉を口から吐き出し、羽の羽ばたきは熱風となって人の皮膚を焼く。それが魔妖鳥カミーラ。頭頂には金色の長い冠羽がまるで王冠のように誇らしげに生えている。身体は先端に行くほど赤から青、尾に至っては白くと色が変わっている。
通常カミーラはこのナミモリ村よりはるか東南の火山層の連なる山脈に生息しているので、ナミモリ村に住んでいる人間達は実際に生でカミーラを見る機会に恵まれたことはなかった。なぜ、カミーラが突然にナミモリ村を襲ったのだろうか。
…いや、今はそんなことを悠長に考えているときではない。今この時もカミーラの羽ばたき一つで熱風が吹き荒れ、吐き出される火球は破壊を創造する。

「ツナ!行くぞ!」
「う。うん!」

マジなモードに突入した山本も、自ら自室の壁にかかっていた剣を肩に引っ掛けるとツナに言った。ツナは本心では一歩も家から出たくなかったが、ツナが付いてくるのは当然と言ったように飛び出していく。ツナはビビリながらも後に続いた。
町の中は混乱していた。誰もが右往左往して、走り廻っていた。熱風を浴びないために家の中にいても、そこへいつ火の玉が飛んでくるかわからない。ゆえに人々は安全な場所を目指して外を駆けずり回っていた。右へ左へと一定の流れのない人々の間をすり抜けるように山本は走る。ツナは何度も人の波に飲まれそうになりながら、それでも必死に山本の背中を見失まいとするが……ついに、見失った。

「や、山本ーーー!?」

きょろきょと迷子になった子供のように立ち止まって山本の名を呼ぶが、そんな声は誰の耳にも入らない。ツナはドコドコと路傍の石のように人々に遠慮なくぶつかられて、人の波にもまれまくって、いつの間にか人気のない裏路地へと押し流された。

「どこだよ、ここ!…山本ー山本ー?」

路地を進んでいたツナだったが、ドゴーン!と爆音が後ろから響いてきた。後ろを振り向いたツナはちょうど裏路地の入り口らへんに火球が直撃したことを知った。

(死ぬ!)

ツナは顔色を変えるとそのまま路地を真っ直ぐに駆け抜けた。後ろへ戻ったらあの火球による家事が発生しているだろう。闇雲に逃げ出したツナは路地を抜けた。

「うわ!ここもヤバめ!」

飛び出したところは半壊した建物がひとつあり、それから起こった火事が今にも隣の家へと燃え移りそうになっている。ツナはたたらを踏んだ。

「誰か助けてくださいーー!ヘルプですーー!!」
「え?」
「助けてくださいー!助けてくれなきゃ…死んじゃうーーー!!」

一瞬空耳かと思ったが、確かに誰かが助けを呼んでいる声がした。ツナはきょろきょろとあたりを見回した。
建物の下敷きになっている少女がぶんぶんと大きく手を振っている。

「ど、どうしたの?」
「足が挟まってて抜けないんです!どけて助けてください!」

ツナはあたりを見回すがこの路地はマイナーな路地らしく、人影が自分以外に見当たらない。
火の手はますます広まってきていてツナは途方にくれた。今すぐに助けてあげたいのは山々だが、助けてる最中に火が彼女のところまで廻ってきたらツナ自身の身が危ない。

「お願いしますーー!だずげでぇーーーー!」
「…くそっー!」

ツナはやけくそ気味になりながら少女の元へと駆けた。


05



「はぁはぁ…だ、大丈夫?」

ツナは汗だくになりながら少女の脚もとを挟んでいた瓦礫をどけた。少女は挟まっていた足の部分を痛そうに顔を顰めながらさすって、小声で何かを言った。そして、ぱっとツナを見上げて満面の笑みを零した。

「ありがとうございますぅー!あなたは戦場に現われたメシアですね!」
「は?」

(なんだろうこの子…ちょっといたい子かな?)と、ツナはちょっと引きながら思ったが、その女の子は興奮してツナの両手を掴んでぶんぶんと振り回して涙をぽろぽろ零しながらお礼を何度も言った。

「ありがとうございます!私、三浦と申します!お陰で助かりました!」
「う、うん、良かったね…いちおうこの場所から早く離れたほうがいいと思うよ!熱くて息が苦しくなってきた…あの、オレ、人を探してるんだ。山本って言うんだけど、知らない?」

きょっとんとして三浦は首をかしげ、次いで「ああ!」と手を打った。(ちなみに二人は火の手を避けてすでに走り出している)

「山本さんって、鍛冶屋の山本さんの息子の山本ジュニアの方ですね」
「?う、うん、そうだけど…?」

ツナはどうしてそんなに回りくどい言い方で山本が山本であることを説明するように確認するのだろうかと思った。

(あれ…?そういや、山本の名前、オレ聞いてなかったな…それに、獄寺の名前も…)

目の前の女の子、三浦もそうだ。苗字は名乗ったが、名前を名乗る気はないらしい。

「貴方のお名前はなんておっしゃるんですかー?」
「オレ沢田ツ…」

ツナヨシ、と続けようとした名前は三浦の変な声で遮られた。

「はひょ!?沢田さん!今、魔名を言おうとしましたね!?デンジャラスなことしないでくださいよ!私思わず聞いちゃうところだったじゃないですか!危ないなぁもう!!私たち、まだ出会って間もないんですから、こういうことはもうちょっとしっかりとお付き合いしたあとじゃなきゃ!」

三浦は耳を塞ぎながら一気にそういった。
当然、ツナはその三浦の反応に瞳をぱちくりさせて困惑するばかりだ。

(マナ?マナマナ…真、名?ってことか…もしかして…?)

ファンタジーとかに良くある、真実の名前、すなわち真名のことを言っているのだろうか?そう思い当ってみても、すぐに三浦に聞くことは出来ない。三浦に変な目で見られてしまうに決まっている。(ツナが脳裏に書いた感じはのは【真名】であるが、本来は【魔名】である)ツナは質問したい気持ちをぐっと抑えて角を曲がろうとした。

「沢田さん!そっちは行き止まりです!こっちです!」

三浦に呼び止められて手をつかまれた。

「え。ちょ…」

しっかりと三浦はツナの手を引っ張って路地を縦横無尽に掛けていく。三浦は女の子であるのに足がツナよりも速く(というか、ツナの足が遅いだけである)、ツナは何度もつまずきそうになりながらへとへとになって走った。

「ここまでくれば大丈夫です!」
「…うっぷ!」

三浦が急に止まったので、ツナは三浦の身体に突っ込んだ。

「沢田さん!大丈夫ですか!?」
「う、うん」

図らずも三浦に抱きとめられる形になってしまい、ツナはカァァ―と顔を赤くして急ぎで三浦から距離を置いた。ツナは今まで女子との接触を持ったことが無い。中学校ではあれよあれよと押し付けられた委員会で毎日言いように使われてる。ツナ自身、あんまり運動神経もいいほうでもなく、そんなに人付き合いがいいほうではないので男子も女子もなんとなくツナから距離を置いている感がいなめない。ツナは早く中学を卒業して高校生になって、母の仕送りではなくて自分自身のバイト代でなんとか食べていけたらなぁと思っているので、別に中学三年間さっさと過ぎてくれればいいと思っているので、友達が少なくても、そんなに寂しくは無い。繰り返すようだが、入らされた委員会が毎日忙しくて大変なのだ。

(あれ…けど、最近あの人学校に来てなかったなぁ〜…)

ツナはふと学校のことを思い出した。
そのいつも無理難題を押し付ける委員会の人が居なかったので、あの日…獄寺が家に訪ねてきた日はあんなに早く帰宅していたのだ。
あの人だったら、こんな世界に来ても強く生き抜いていけそうな気がする。

「沢田さん!あっち側が空いてますよ。向こうに行きましょう!」

二人がいるところは大きな広場だった。いかにも逃げていた村人達が身を寄せ合ってる。
丸い円形の広間の真ん中にはツナの頭くらいの魔石が配置されていた。魔石が真ん中に配置指定あるここは、村の中心部であり、魔石は広場をドーム型に覆い四方八方からの攻撃に耐えられる。村の最後の砦であった。

「ここなら安全ですよ!山本さんもどっかにいるんじゃないですか?」
「そうだね。ありがと、三浦!」
「いーえv沢田さんは命の恩人ですからvそれに、きっと沢田さんは三浦の運命の人なんです!!」
「あ、そ、そうなの…?えー…山本ー!山本ー!?どこーーー!?」

ツナはポッと頬を赤らめて恥ずかしげに見上げてきた三浦をツナは意識的に避けると、山本を探して歩き出した。
三浦がとことこと後ろから付いてくる気配がした。
山本ー?どこだー?と探し回っていると、ふいに足元に影が出来た。周りが口々に騒ぎ出して空を指差した。

「きゃー!カミーラがきたわ!」
「耐えられるか、この結界は…!?」
「みんな、中心に一箇所に集まるんだ!中心部の方が強固だ!!」

空を覆うようにカミーラがこちら側に向って羽ばたいていた。無色透明な結界から直接見るカミーラは、遠くから見るよりも遥かに大きく、今にもくちばしを開け、獰猛な足鉤によって人をたやすく引き裂いてしまう錯覚を起こさせた。カミーラは火球を続けて二発、口から吐きだした。
迫り来る恐怖に、ツナも三浦も思わず頭を抱えてしゃがみこんで目を瞑った。ビーンビーンと、弦を弾くような音が二度ほどしたが、それ以外の衝撃は来なかった。結界は熱を吸収したのか無透明から仄かなオレンジ色に色を代え、さらにどこか漣のように揺れていた。結界はもう何度もカミーラの攻撃から耐えることはできないだろう。人々の心に共通してそんな考えが浮かんだ。

「な?あれは…!?」

誰かが叫んだ。

「見ろ!」
「魔族よ!…」

空の上から雲を切り裂くようにして急降下してくる物体があった。ツナも声に釣られて手を額にやって首を空へと向けた。青空から翼を広げた大きさが三メートルほどの鷹のような鳥が飛んでいた。
ツナは目を凝らした、逆行でよく見えないがその鷹の足元には何かが、ぶら下がって…る…?

「こ、子供ぉおお!?」

ツナは驚愕して叫んだ。金色と思しき髪の大半が頭に巻かれたバンダナで隠されている。、子供はどこからどうみても長い銃にしか見えないものを器用に肩に担ぎ、魔妖鳥カミーラに照準を合わせていた。
ちらりと、金髪の子供の青い瞳がツナを見たように思った。こちらが見透かされるような透き通った深い青い色をした色だった。
ツナはどきりとした。

「アブねぇぞ!コラァ!!」
「へ?」

真っ直ぐにこちらをみた彼の口がそう動いた。
聞こえるはずもないのだが、ツナにははっきりと子供の言葉が聞こえた。だが、その忠告を聞いてもどうすればいいのか分からないツナは周りの人間と同じように空を見上げて立ち上がったままだ。
―チッ、と子供が明らかに舌打ちをして顔をしかめたが、行為を止めることなくカミーラに対抗するには小さすぎるライフルをぶっ放した。弾丸の閃光は背後からカミーラの背中の部分に当たり、ちょうど心臓部分を突き抜けた。

「ギャオーーーン!!」

カミーラが痛々しげに啼いた。身の内から血が噴出して、文字通り頭上から血の雨を降らせた。
弾丸は威力を落すことなく、ツナたちに向って飛んできた。


――パリン
ガラスが割れるような、いや、卵の殻を割るような音がして結界が一瞬にして崩壊した。

「沢田さん!」

三浦が咄嗟にツナを押し倒してその爆風から身体をはってツナを守った。結界が吹きとばされて、三浦は意識を失った。
一方、守られてしまったツナは三浦の意識を失ったため重くなった身体を退かせて空を見上げた。
カミーラは傷ついた身体を引きずって頼りなくふらふらと村から離れていったところだった。ツナはほっとして、同時に当たりの様子を改めてみた。
皆が結界が破られたときに爆風を受けたものでばらばらに吹き飛ばされて意識を失っているものが大半だった。

「コラァ!」

突然、頭上から降ってきた声にツナがはっとすると、カミーラを撃退した金髪の子供が軽やかに鷹の足元から飛び降りてツナの目の前にたっていた。ダークグリーンの軍隊の野戦服のようなものを着た子供は機嫌が悪そうだった。今は構えてはいないとはいえ、肩には身長を越えるほどのライフルを担いでいる。そうだ、この子供は身長こそツナより小さく、子供だが、あのカミーラを一撃で撃退した恐るべき子供だ。
…恐ろしい子供、浮かんだ言葉にツナはリボーンの姿を思い浮かべた。

「テメェ、なんでテメェがこんなところに居やがるんだ?」

子供はイライラした調子で言った。

「そんなこと言われても…っつうか、お前オレを知ってんのかよ!?」
「知ってるに決まってるだろう、コラァ!リボーンから聞いてねーのか、オレたちのことを?」
「やっぱりお前、リボーンの仲間か!?」

そうだろそうだろ!リボーンの仲間以外でこんな非常識なヤツがいるわけがない。とツナは納得した。こんな子供が世の中にごろごろ転がっていたら大変だ。世の中が速攻で破滅だ。

「ああ?仲間ってわけじゃねーよ。同じなだけだ。クソッ、あの馬鹿、自分の首を突っ込んでいることは最初から最後までちゃんとやれっつーんだ、コラァ!」

最初の方はツナに、後のほうはツナに聞かせるわけでなくぶつぶつと呟くと、金髪の子供はツナに向き直って見上げてきた。激しい身長差だ。

「オレはコロネロだ。テメェは…あれだな。いや、お前が誰かは分かってるからなにも言うんじゃねー。なんでこんなとこにカミーラが出たのか分からなかったが、テメェがこんなとこにいるからカミーラがこんなところに引っ張り出されんだ」
「どういうこと?」

コロネロはツナが誰だか知っているようだ。リボーンのことを知っている時点でツナはたぶんそうだろうなぁーとあたりをつけていた。しかし、コロネロの言う「ツナがここにいるからカミーラが引っ張り出された」という部分に敏感に反応した。どういうことだろうか。それはつまり、ツナがナミモリ村にいたからカミーラが来た?

「…とっとと就任して、さっさと治めろ。それが出来んのはテメェだけなんだからな、コラァ!」

コロネロはツナの問に答えずにツナをにらみつけた。なんでこんなに喧嘩調で言われなきゃならないのだろうか。ツナは特徴のあるしゃべりかただなぁと思った。
コロネロは言いたいことだけいってすっきりしたのか短く口笛を吹いた。すると空に待機していた鷹がゆっくりと降りてきた。コロネロは鷹の背によじ登った。ツナは急いでその小さいが堂々とした背中へ名前を呼んだ。

「コロネロ…だっけ?
「ああ?それがどーした文句あるかコラ!」
「いや、あのさ、村の人たち守ってくれてありがとう」

聞きたいことが山ほどあったが、ツナは今この場で一番に言わなければならない言葉を言った。
虚を疲れたようにコロネロは目を見張ったが、すぐにムッとしたような顔をして睨んできた。

「………別に。ソレがオレたちガーディアンの仕事だ」
「ガーディアン!?」

ツナが大声で問い返したがそれは羽ばたいた鷹の羽音にかき消された。呆然としてツナは空を見つめ続けた。


06





気を取り戻した三浦は広場で父親と合流すると家の様子を確かめに帰っていった。
ツナはと言うと、ツナを探しに着てくれた山本によって再び山本の家へと戻ることが出来た。ツナは山本の隣の客室ようの部屋を与えられた。今日みたいな日はさっさと寝ちまえ!と山本の親父は言っていたがツナは当然の如くなかなか寝付くことは出来なかった。枕が違うと眠れないというわけではなく、コロネロの「ツナがここにいるからカミーラが引っ張り出された」という言葉、それが頭から離れない。

(オレがいるから、あの鳥が村を襲った?オレが標的だったってこと?)

ツナは自分の意思とは関係なく、ボンゴレ魔王110代目になることが決まっている。ツナが泣こうが喚こうが、魔王になることは生まれたときから決まっている。就任の儀式を済ませていないツナは無防備だ。この時点でツナを殺すことは容易いことだといえる。敵対する魔族(…例えば、人間狩りを好む魔族だとか、人間族を奴隷ぐらいにしか思っていない魔族だとか)が、目障りなボンゴレ魔王の後継者を殺してしまおうと考えることは十分に考えられる。

(…オレがいたから、村の人たちが…死んだ?)

カミーラの攻撃によって、死者こそ片手で足りる数だったが建物などの崩壊による怪我人の被害は大きかった。今も重傷者が多く村医者のところへと詰めている。
ツナは硬いベットの上で布団に包まりながら悶々と考えた。コロネロはリボーンと同じ「ガーディアン」だと言っていた。あの言葉に嘘はないことはツナには分かっていた…ならば、ツナはこれ以上この村に留まっているわけにはいかない。リボーンに言われたとおり塔を目指さなければ…。
ツナはのそりとベットから降りた。山本のお古の洋服を寝巻きとして借りていたのでそれを脱いで、壁に掛けてある洋服に着替えた。ツナの服装は学校の学生服で、上着の下には黄色のパーカーを羽織っていた。
寝巻きを丁寧に畳むと、ツナは音を立てずにそっと部屋でて出て階段を下りて外へと出た。夜の空気はひんやりとしていて冷たく、月の光が自然な照明となってあたりを照らしていた。ブルリと身体を震わすとツナは意を決して歩き出した。

「っても…どこへ行けばいいのかな…」

ナミモリ村の例の門を潜ってツナは一人ごちた。
右も左も東も日も分からない。果たして『塔』とやらはどちらへ行けばあるのだろうか。まるっきり塔が立っている場所と反対側に進んでしまったら延々と『塔』にはたどり着けない。もういっそのこと、古典的な方法でそこらに落ちている木の枝を拾って倒れた方向に向って進んでみようとかしたツナだったが、つんつんと何かが足元で蠢いた。
なんか変なものでもいるのかと見下ろしたツナの足元には、緑色の物体がいた。

「レオン!?お前いたの?」

レオンはツナの服をよじ登って肩へと収まった。
そして、「あっちへ行け」とでもいう風に一定方向を指差した。

「…そっちに向えってこと?」

疑しげに聞くと、レオンは赤い瞳でじっとツナを見てこくりと小さく頷いた。
ツナは二時間ほど歩きこのあたりでいいかと木にもたれて腰を下ろした。今日は(すでに今日は昨日になっているが)一日いろいろなことがありすぎた。
眠さに体が悲鳴を挙げている。ツナは体育すわりをして丸くなって眠った。
レオンはじっと守るようにツナの傍にいた。


+++;


「おきろー。ツナー」
「うう…もうちょっと…」
「起きろって。起きないとくすぐるぞー?」
「ん…」

ツナはいやいやと首を振って瞑ったままでも分かる微かな光を意識から追いやろうとした。ツナは寝汚いほうではない。毎日携帯に目覚ましをセットして遅刻することなく(たまには遅刻するが)学校へと行っている。一人暮らしだから当然といえば当然だろう。昨日のありえないことの連続でツナは疲弊していた。出来ることならこのまま夢の世界に寝かせておいて欲しい。
夢の世界のほうがよっぽど現実味がある…そうだよ、魔界ってなんだよ…魔族ってなんだよ……オレが魔王ってどういうことだよ!!
ガバッっとツナは跳ね起きた。

「お!おしいなー…くすぐってやろうと思ったのに!おはよ、ツナ!」

と、目を覚ませたツナに向って光輝くような活発な笑顔を見せた山本がいた。

「山本!?なんでいんの!?」

ツナはまだ夢でもみているのかと思ったが、リアルすぎるので夢ではないことにすぐに気が付いた。

「あはは。後を追ってきたからに決まってんじゃねーか。水くさいなーツナ。どっか行くならオレに一言行ってくれれば一緒に支度したのに!」
「そんなこと言われても…」
「ほい、飯」
「あ、ありがとう、ちょうど腹減ってたんだー…じゃなくてっ!」

渡されたパンを喜んで受け取ってしまってから、ツナははっとして首を振って山本に詰め寄った。

「なんで!?山本とオレは昨日初めてあったんじゃん!どーしてオレの後追っかけてきたんだよ!?」
「んなこと言われても。…あ、スープ飲む?熱いから気をつけろよ」

あまりに自然な動作でコーンスープの器を渡されてツナは思わず両手で茶碗を持て一口飲んだ。少し塩辛いがコーンの味がふんだんどろっとしたスープが嚥下されるごとに身体の心から暖める。

「美味しい!」
「だろ?まだあるぞ」
「って、いや、話逸らすなって、山本!親父さんとか、村とか壊れてんのに、なんで山本がここにいるんだよ!?」

あやうく朝食に流されそうになったツナだったが、なんとか踏みとどまった。山本は話を逸らせなかったことに苦笑いをしてぽりぽりと頬をかいた。
山本も本心をいうとどうしてツナの後を追いかけてきたのか分からない。夜、微かな物音に気が付いてドアをほんの少し開けると、階段を下りていくツナの姿が見れたのだ。最初はトイレにでも行くのかと思ったのだが、着ているのは寝巻きではなく、最初に会ったときの洋服だった。トイレに行くだけなのに着替えをするということはまずない。ということは、この家から出て行くつもりなのだろう。こんな夜中に?どうして一目を避けるように?
山本はひょいっとリュックを掴んだ。いつでも旅に出れるように万事準備は整っている。山本は手早く寝巻きを着替えると外套を羽織った。そして、父親にメモを残すとツナの後をこっそりと追いかけたのだった。山本は十分距離を置いてツナの後を追いかけた。月の明かりの下でツナを追いかけて行くのはそう難しいことではなかった。

「いや、なんつーの?…ツナから離れちゃいけないような気がしたんだ…」

居住まいを正して、山本はじっと真剣な瞳でツナを見つめた。ツナはたじろぎながらも、そんな理由で…ともごもごと呟いた。

「うん、そうだ。オレはツナと離れちゃいけねーような気がしたんだ。だからついてきた」」

きっぱりと言い切り、にぱっと爽快に笑った山本にツナは困惑した。
山本はツナと離れては行けないと感じた自分の直感を信じている。自分でも咄嗟に後を追ったとき、黙って出て行くつもりのツナをそのまま見送ってやらないんだと思った。ツナと離れちゃ駄目だ。そう心の奥底から思った。自分でだって、どうして出会って一日もたっていない相手にこうも興味を引かれているのか分からない。
分からないけれど、離れてはいけない。


(――そう。オレはツナから離れてはいけねーんだ)


今はただ、それだけが山本の真実だった。

++

「で、ツナはどこに向ってんだ?」
「……塔ってとこなんだけど、山本知ってる?」
「!塔!?」
「え。なに。塔ってヤバイの…?」
「いや…っていうか、すぐそこなんだけど…」

山本が指差した方向をツナの視線が追うと、確ツナの後方に五百メートルほどのところに塔は建っていた。


07


どうしてこんな近くにあるのに気が付かなかったんだろう…とツナは軽く落ち込んだが朝食を食べ終え、塔へと向った。
聳え立つ塔をツナは見上げた。

「これが塔かぁー…」

形は円柱で、ちょうどイタリアのビザの斜塔ほどの高さであるが幅は斜塔の二倍ほどあった。石つくりのようで、つなぎ目はかみそり一枚入らないほどの精密さで作られている。ツナはたった一日半ほどでたどり着けたことにほっとした。半年や一年懸かってしまったらどうしようとかと思っていた。半年や一年…いや、僅か三日だとしてもツナの場合は野垂れ死ぬ可能性の方が高い。
ツナは大きな扉の前に山本とともに立った。虎だか獅子だかのノッカーを叩いてみる。が、内部からの反応はない。

「…反応がない」
「空いてんじゃーね?」

山本が無造作に扉を押すとギギッと簡単に動いた。

「空いたなー」
「……空いたね」
「ほら、ツナ」
「えっと、お邪魔しマース…と」

と、なんだこの行き当たりばったりな展開だとツナは思った。
山本が先に入って、そのあとにツナが続こうとした。

「ちょ、ちょっと待ってくださいーーー!!」
「ぐはっ!」

後ろからドンと衝撃があり、ツナはそのまま体制を崩して山本へともつれ込んだ。

「おっと」

山本はやすやすとツナの身体を抱きとめる。良かった…地面に激突しないですんで。きっとこの勢いで倒れていたら顔面を打って鼻血が出てただろうなぁ。

「あ。ありがと、山本」

ツナは山本にお礼を言うと腰の辺りに抱きついている相手に振り返った。

「なんで三浦がここにいるんだよ!?」
(あれ、この台詞さっき山本にも言った気がする…)

ツナに抱きついているのは三浦だった。

「酷いですー!私は沢田さんについていくって言ったじゃないですかー!運命の人と別れることなんか出来ませんよ!」
「いつオレについてくるって言ったよ!?聞いてないって!それに運命って何だよ!?」
「はひ?そうでしたか?でも、絶対に運命です!」

…もう、どーでもいいか。とツナは諦めた。諦めはツナの美徳であって欠点でもある。
騒がしい三浦をどうすればいいのだろうと考えたツナだったが、それもあっさり諦めた。どこか強引なところがある三浦がツナの言うことを簡単に聞くとは思えない。むしろこっちが言葉で言い負かされそうだ。

「ツナー?お前って苗字は沢田なの?」
「え?あ。うん、そーだけど…?」
「オレ、てっきりツナが苗字かと思ってたんだけど…ツナカワとか、ツナシタとか…そういうの省略してんのかと」

ああ、だからか。なんかツナの発音が『ナ』が上がってるなぁとは思っていた。普通だったらツナ↓と下がるところがツナ↑となっているのだ。

「違うって。沢田が苗字で下の名前が…ツナョ…モゴ!」
「言うなって!」

ツナは訂正をしようとフルネームを言いかけたが、首にヘッドロックをかけられて言葉は喉元で突っかかった。山本はすぐに腕を外した。

「モゴ…ぷはっ!…あーとなんだっけ、『真名』とか言うのだっけ?」

忘れかけていた(というか忘れていた)が、この世界には『マナ』って言うものがあるのだ。

「魔の持つ力…【魔名】。…だから、自分からむやみやたらと名前を言うな。…誤解されるぞ」
「へ?」
「…魔名ってのは個人の名前が宿す魔力をそのまま表すんだ。よっぽど心が通じ合っている相手とかなら相互作用で特に両者に問題はない。けど、特別な制約のある関係でも無い限り、相手に魔名を明け渡せば両者の関係は支配するものとされるものになるんだよ」
「…えっと…要するに…?」
「結婚するヤツラが互いの魔名を交換するのが一般的だ。心が繋がってない場合だと、例えば敵国に捕虜になったとき相手に魔名を自分の口から告げた場合、相手に従属しなければならなくなる」
「そうなんだ…。じゃあさ、特別な制約ってのは?」
「【絆】と言われるのは魔王しかもって無い特別な関係だな。あとは、滅亡したダークエルフとかカテゴリーが違うもの同士、かな」
「…魔族と人間族だったら?」
「それは問題ねーだろ。人間族って魔力ないし。でも、魔名ってのは一種の願掛けみたいなもんで、大事なヤツ以外には言ったりしないな。まぁ、自分の口から相手に直接伝えることに意味があって、ほかのヤツから相手の名前を間接的に聞くぶんにはなんの力も働かないらしいぜ」
「じゃあ別に山本とか三浦がオレの名前知ったってどってことないんじゃない?」
「まぁ、そうだな」

山本は相槌を打ったがそれ以上この話題を展開させることなく、首を傾げてツナを伺った。

「で、中に入ったのはいーけど、このあとどーすんだ?」
「え…」

塔に着いたのはいいが、この後どうすればいいのかなんてツナは知らない。

【上がってこい。一番上がゴールだ】

「なんだ、今の声?」
「どっから聞こえたんですかぁー?」

三人はきょろきょろとあたりを見回した。

「…今の声、リボーンだ…」
「リボーンって…守護主の…?ツナ、ずっと思ってたんだけどお前って一体なにモン?守護主と面識があるやつなんか魔界でもそう多くねーぞ?…それに、お前の肩にずっと乗ってる魔獣」
「!?」
「…それって、結構高位な魔獣だよな?赤い瞳ってのは魔力が高いやつにほど現われやすいんだよ、一概には言えないけどな」

ってことは、あんな獄寺くんでも魔力は高いってこと!?つか、カメレオンの癖に高位な魔獣なのか、レオンって!?と、ツナは見当違いなところに驚いた。

「なぁ…お前、もしかして新しいボンゴレの王か?」
「!?」

山本はツナを見据えた。嘘は許さないという苛烈な瞳で。
ツナは息を呑んだ。

「はにょ!?ボンゴレって、ボンゴレですかっ!!」
「なに言ってんだよ!!…オレは普通の人間だよ!!110代目じゃない!!何かの間違えだよ!」
「何かの間違えって…それってやっぱ、ツナが110代目ってことか?」
「う」

三浦は飛び上がってツナを振り仰いだ。ツナは慌てて誤魔化そうとしたが墓穴を掘った。

「まぁ、そうじゃないかなーとは思ってたんだ」
「は?」
「私も沢田さんはグレートな人だと思ってましたよ!」
「え?」

二人は仲良くうんうんとツナの頭越しで頷きあっている。ツナは一人置いていかれて目を点にしている。

「ここ数百年ほど109代目の調子が悪いってのは風の噂で聞いてたんだよなー。そっか。109代目の力が衰えてるから末端の魔物たちが暴走しだしてさー…そろそろ代替わりなんじゃねーかなぁっオレらの間でも噂になってたんだよ。そっか、ツナが110代目かー」
「うわー!沢田さんってば魔王ですかー!三浦は頑張って着いてきますね!」
「いや!?っていうかナンデ納得してんの!?」

どこか山本と三浦は似ている。この何もごとにも動じないおおらかさはなんだ。オレにも分けて欲しい。


塔の外側の沿って小窓のある螺旋階段をぐるぐると上っていく。多少の光は窓から入って来ているがそこかしこに日中だというのに蝋燭の光が揺れている。日ごろの運動不足がたたっているのか息が上がり、ツナは最上段を登りきると前かがみに成って荒い息を整えた。山本や三浦は平気そうな顔をしていることにツナは不甲斐なさを感じた。

「や、やっと付いた…」

そこにはリボーンと獄寺がいた。
だだっぴろい無機質な空間だけがそこに広がっている。

「おう、たどり着いたか」
「110代目ー!!ご無事で!」
「うわ。獄寺くん、苦しいって…つか、離せよ!」

獄寺に抱きつかれツナはぐらりと傾いだがぎゅっと抱きとめられているので間抜けに倒れることは無かった。ちょっとだけこのまま獄寺くんに持たれちゃえば楽だよなーなどと思ったが、そんなことをしたら自分の身が危うい気がするので手で突っ張って獄寺の身体を押しやった。
山本が横からツナの腕を掴んで引き寄せた。

「ああ?」

じろりと獄寺が山本をにらみつけた。ニパっと山本をは笑いながら言った。

「ツナも迷惑がってるし。離してやったら?」
「…んだと、テメェ。オレと110代目はテメェには入れない絆があんだよ!?遠距離モニターでずっとみてたんだよ。110代目にべたべたべたべたしやがって!!」
「いや、べたべたしてくるのは獄寺も一緒…」

ツナの言葉は誰も聞いてやしなかった。

「テメェ…果たす」
「ん?やるってのか?」

獄寺は険呑な目で山本を睨みつけ、山本は楽しそうに目を細めて笑っている。どっちもツナにしてみれば近寄りがたく怖かった。じりじりと後退して壁の花となる。その横にはリボーンがいつの間にか立っている。反対側には三浦が。二人の間に渦まくオーラが見えるようだ。獄寺の方が一見すると殺気を撒き散らしているのが分かるが、山本の余裕な笑いも何を考えているのか分からなくて薄ら寒い。
三浦はぴったりとツナに寄り添って「山本さん、頑張ってくださいー!」などと応援している。

「リボーン!二人がやばいよ!止めてよ!」
「いーや。面白そうだからやらせとけ」
「面白そうって…!」

山本は人間だ。それが魔族の獄寺くんに勝てるわけないじゃないか!!

山本が腰から日本刀を抜いた。日本刀のように反り返った形をしているが、刃の部分が鋼ではないようだ。どこか赤銅色をしている。獄寺は日本刀を見ると「チッ」と舌打ちした。
赤銅色の剣は魔力含有量の多い魔石を高温で溶かしたことで出来るものだ。一度溶かした天然の魔石は再び形を整えて固めると魔法による干渉をほぼ受けなくなる。獄寺はパッと腕を壁に懸かっている装飾用に見えた剣に向けた。
剣はガタガタと動いて獄寺の手に飛び込んだ。ツナは念動力!?と目を丸くした。獄寺は剣を軽く振ると山本に向って構えた。普通に生きている分にはおそらく一生お目にかかることが無かっただろう場面だ。同い年くらいの男が真剣を持って構えているなんて。ジリジリと高まっていく緊張感にツナは耐え切れずゴクリと喉を鳴らした。それが、合図になった。

「果てろ!!」

獄寺が叫びながら右手を振り上げ下げた。ツナが初めて見た魔法…魔界に来てから最初に出会った魔物を倒した獄寺の光の玉だった。あのときは一瞬のことでなにがなんだか分からなかったが、今改めて二度目にするとそれが光の玉というよりも炎の玉と言ったほうが正しかったことを知る。炎の玉は山本に向って飛ぶ。

「しゃらくせぇ!!」

山本は避けることをせずに、野球でホームランを打つようにして炎の玉を両断した。真っ二つに割れた火の粉が山本の両脇をすり抜ける。チリチリと熱気に晒されて髪が踊ったが、山本は微動だにしない。真っ直ぐ前を見据える山本の姿にツナはおおっ!と感嘆した。

「すげ!山本」
「ふん!」

獄寺は面白くなさそうに鼻を鳴らして更に二弾を連続して打った。だがそれは山本に真っ直ぐ飛ばずに途中で速度を落して山本の足元の床へと落ちる。山本は構えたままで自由落下していく炎の玉を呆れていた。

「どこ撃って…うわ!!」

炎の玉は床に当たった瞬間大爆発した。
まるでダイナマイトのようだ、とツナは思った。咄嗟にハルを胸に庇って爆炎をやり過ごす。

「けほっ…」
「うう!ハ、いえ、三浦はツナさんにドッキドキですー!」

なにか三浦が目を潤ませて言っていたがツナは聞いてなかった。

「山本はっ!?」

顔を上げて山本の安否と獄寺を探す。






威力がなくて床に落ちたかに見えた火球は実はフェイクだと山本は悟った。足元に落ちた火球は床に触れると同時に爆発を起こし、咄嗟に腕を前に交差した。破壊された床が細かな粉塵となって山本の視界を遮る。

(これを狙ってたのか!)

薄っすらと開いていた左目が、粉塵の中できらりと光るものを捕らえた。
ガキッィ!と、刃の交える硬質な音が反響して跳ね返る。力の押し合いでビリビリと腕がしびれる。打ち合いが始まった。ツナは映画の一場面のような激しい刃の攻防にひやひやしながらも目が離せない。剣道の試合などとは違う、型もなにもない、真剣による削りあい。


首を逸らしたところに獄寺の剣がすり抜ける。

「…おおっと、アブねぇ!!」
「避けてんじゃねーよ!」
「避けるってば。当たったらイテェじゃん」

爆発によっておきた煙幕を利用して一気に間合いを詰めて山本に攻撃した獄寺だったが刃は交わされた。振り下ろした剣を振り向きざま横に切りつける。山本は後ろへ飛びのくも服の胸の部分が切り裂かれた。ぺろりと切れ端が捲れた。

「!?お前!」

獄寺は山本の切り裂いた服の間から覗く胸部を見て弾かれたように動きを止めた。目は食い入るように山本の胸元を凝視している。「なんで…」と獄寺が小さく呟いた。

「え?」

山本が聞き返すと、猛然と獄寺が叫んだ。

「なんでテメェが、その【印】を持ってやがんだ!?」
「?何のこと言ってんだ?」
「ふざけんな、ふざけんな!その【印】はオレの証だ!」

獄寺は顔色を青くさせ、震える指で山本を指差した。

「あ?印ってこの痣のことか?」

山本はきょとんとして自分の胸元の痣を見下ろした。そこには黒い蝶のような形をした痣がくっきりと浮かんでいた。
あっ、とすぐ隣で三浦が息を飲んだ。ツナも驚いて山本の胸元に目を凝らした。

どうして、なぜ、コイツに…?
ぐるぐると獄寺は考える。一瞬、

「オレのは生まれたころからある痣で…」
「あーー!!山本、オレなんでオレと同じ痣持ってンのーー!?」

ツナが遠くから叫んだ声に獄寺は我に帰る。
そうだ、これは110代目も持っているはずのもの…

「ツナ。上半身裸になってみろ」
「脱げ」
「え、あ、うん」

ツナはリボーン、山本、獄寺、三浦の視線に晒され、恥ずかしげにトレーナーを胸元までたくし上げた。
ツナの日焼けして無い白い胸の真ん中に対比するような黒い蝶が浮かぶ。


―――butterfly.(蝶)
それが、ボンゴレの象徴の紋章。
証の形はずっと変わらない…変わるのは色のみ。
109代目の証は紫色だと伝え聞く。


110代目は、黒。


「それが魔王の証ってことで、ツナがボンゴレ魔王なのは決まってんだ。だから諦めろ」

リボーンが淡々という。




「駄目ですー!沢田さんは三浦のいい人なんですーー!!」
「一人でほざいてろ!この妄想女!」
「ふふふ。そーんなこと言っちゃっていいんですか?…ねーツナさん」

くふふと楽しそうに瞳を光らせて三浦がツナの腕に引っ付いた。

「な、なんだよ、三浦!」
「ちっち。私のことはハルって呼んでください、ツナさんv」
「え?ハルって…!?」

もしかして、名前?と聞き返そうと「ハル」と口に出して確認をしたとたん、ドクンと胸の蝶が羽ばたいたような錯覚を覚えた。
う、と胸を押さえた。が、ヒートアップした獄寺と三浦ハルは気が付かない。

「てめっぇーーー!なにドサクサにまぎれて魔名ってやがんだこの野郎!!」
「だって私にもあるんですよー、その蝶の痣v」

ハルは身をくねらせて、それとなくツナに流し目らしきものを送った。
山本がさっとツナを背後に庇った。

「はぁ!?どこにあんだよ!?見せてみろっつんだよ!?」
「駄目です!見せられません!ソコを見せるのは…ハルのお婿さんだけです!きゃv」
「…よーするに、見せられないとこにあるの?」

ぼそっとツナが呟いた。つか、山本の話だと、【楔】って一人の魔王に一人なんじゃないの?なんで山本も【証】を持ってて、三浦まで自称【証】を持ってンの?
…なにその、【証】の大売出しみたいなの…。
どーせオレは一位山いくらで売ってるような人間だからって、一人だけなのが三人もいるのってんどーなんだよ…。

「沢田さんっ!!」
「は、はい!?」

獄寺が急に呼んだのでツナは小学生のような返事を返した。
山本を押しのけ、獄寺はツナの手を両手で取った。

「オレは…貴方のためにいるんです」

いや、そんなことをマジな顔で言われても…。

「貴方が生まれたからオレが今居る。自分が【楔】だと分かったときから、オレは貴方に会う日、貴方に仕える日だけを夢見て生きてきました。…だから、オレを選んでください。オレが貴方の【楔】です!!」

いやいや、意味が分からないから。
なんで突然選ぶとかそんな話なの?

「えっと、それは獄寺くんの勝手な思い込みであって…オレが魔王になるとかそーいうのって別に了承したわけじゃないんだけど…?」
「ツナ。お前はボンゴレの110代目にならなきゃなれねー。それは絶対だ」

ツナが引きつりながら返事をすると、いつの間にかツナの肩に乗っていたリボーンの銃口がツナの頭に向けられていた。リボーンの黒々とした丸い瞳がツナを見る…その奥に宿る感情を…ツナは昔、知っているような気がした。

嫌だ。
…なんで、どーしてオレが魔王なんかにならなきゃならないんだ。

「まぁ、諦めろ。お前は生まれたときからボンゴレの110代目になる運命なんだ」












――…運命ってなんだろう。







ボンゴレ110代目、襲名。