「知っている天井だ…」
ホントは知らんがな。有名なアニメの主人公の台詞をはいて私は起き上がった。
「ここ、どこだ?」
「ここは中立地帯のホテルだよ。すっごい苦労したんだからねー?全く、感謝して欲しいよ。気絶してるアンタをここまで運んで来たんだからさ!」
呟いた言葉に返事が返されて私は声の方に振り向いた。そこには椅子に座って足をぶらぶらさせている少年の姿があった。
「リン?」
「うん。そーだよ。あんたの名前は?」
恐る恐ると確認で聞くと、あっさりと肯定されて私の名前を聞かれた。っていうか、夢の続き?いや、現実?いや、夢なら私が死んだ時点で醒めてるよな。
「…です」
「ふーん。そ。つか、普通にしゃべってくれていいよ。なんか急に敬語になられても気色悪いし」
「じゃあ、普通にしゃべる…なんで、服が変わってんの?」
「ん?だって血まみれでガビガビしてたし。どうせ落ちないだろうと思ったから着替えさせてあげたんだよ?」
「……あのパジャマ、お気に入りだったのに…」
今着ているのは膝丈しかない迷彩色のパンツだけだった。…ああ、赤のチェック柄でリンと似た柄だなぁと思ってたパジャマ、結構お気に入りだったのになぁ…としみじみとした私だったが、ふと、上半身が裸なことに気が付いた。…ああ、胸がスースーすると思ったよ。…やっぱり胸が無くなってるね。男の子になっちゃたんだな、私…。と、妙に冷静に思いつつ、やっぱり裸の胸を晒しているのは恥ずかしいのでシーツを手繰り寄せてそれとなく胸を隠した。
ん?つーか、私の服を着替えさせたのはだれだ?下のズボンが変わっているということは誰かが着替えさせたんだよね?リン、だよね?ってことは…
「……リン。私のパンツ見た?」
「うん、みたけど。それがどっかしたのー?」
「ううん…なんでもない…」
…ああ、そっか…そういや寝る前に刷いていたパンツはスポーツパンツだった。あの、男の子みたいなボクサーパンツみたいな形したやつ。もちろん、社会の窓はついてないけどね。
「あのさ…出来たら上に着る服も貸してくれない?あと、さ。……鏡持ってる?」
「いいよー。上もなんか着せてあげようと思ったんだけどさ、腕通すの大変だったんだよね。ごめんねー。じゃ、これあげるよ。ついでに今はいてる服もあげる」
はい、と黒の無地のTシャツを投げて寄越してリンは気前のいいことを言ってくれた。さすがはリンだ!ケイスケに武器を上げちゃうぐらいのいい子だもんね!ちょっと腹黒だけど、基本はいい子!おねーさん…いや、おにーさんは嬉しいよ!
「え!それは悪いよ」
「いいのいいの。その服俺の趣味じゃないし。にあげるって!人の好意は素直に受け取っておくモンだよ」
「あ、ありがとう…」
お礼を言うと、にーっこりとリンが笑った。可愛えーー!萌えー!ブルブルと震えて私は顔を俯かせた。ヤバイよ、顔がにやけちゃうよ。リン可愛い!萌えだ!Tシャツを着て胸を隠してやっとなんか落ち着いた。
「どういたしまして。で、これが鏡ね。ちっちゃいけど」
手のひらサイズの鏡を手元に渡されて、私は意を決して鏡を覗いた。
そして私は息を呑んだ。鏡には少年が映っていた。元はなんとなーく私の面影が有るようなないような…微妙。
なぜなら、上に美が付く少年の姿だったのだ。私の面影があるはずなんだけど、美少年。ヤバイ。鏡の中の自分(?)に惚れる。私、男の方に生まれたほうが綺麗だったのかな…と、何かもの悲しさが生まれた。
切れ長の瞳の目元が涼しげで、やっと後ろで結べるほどの長さに伸びた濃茶の髪はうなじに掛かっている。黒にホンのちょっとだけ茶色を混ぜたような色。ダークブラウン。
元はちょっと丸顔だったのにすっきりとしていた。…うーん。
男の子になったんだなぁ…と自分の顔を手でなぞってみて実感。思えば、少しだけ声も低くなってしまっている。この声で私とか言ってもキショイかもしんない…。一人称、「私」を辞めるか?
私、僕、俺、…ん、やっぱオレでいこう。
……伊達に男主人公のドリーム小説を読んでいるわけではない。私は今こそ男夢主になる!!元々私口悪いし。一人称変えればいいんじゃん?ここの一人称はやっぱオレ?オレだよね?僕でもいいけど、僕っこあんますきじゃねーし…。
「…ん、ありがと」
「もういいの?その鏡もあげよっか?」
「いいよ。ちょっと確かめたいことがあっただけだし…手鏡って、持ってると便利だし。ありがとう」
「そ?」
リンはオレから手鏡を受け取ると腰のポケットにしまった。やっぱ、頭ン中で考えてるときも「オレ」の一人称使うべきだよね。突然「私」とか言っちゃいそうだし?
「…あのさ、ごめんね。俺、に手荒なことしたよね」
「へ?何が?」
「シキと…会ったんだろ?シキと会って生きているヤツ見たの久しぶりだったから、つい…」
「あ〜…なるほど」
オレは視線を泳がせた。シキと会って生きてる人間って確かに少ないよな…。アキラとかリンとか、そういう早々たるメンバーぐらいだもんね。っていうか、オレ、シキに殺されたと思うんだけど?胸を突き刺された時の命が失われていく感覚、オレは忘れていない。ブルリと、その時の感覚を思い出してオレは無意識に震えて自分の身体を抱きしめた。
死んだ、よね?
じゃあ、なんでオレは生きてるの?
――…もしかして、主人公特権キタ?
あの、異世界にトリップすると特殊能力が勝手につくとか、力が凄くついてるとか、そういう主人公特権?いや。っていうかオレ主人公じゃないしなぁ〜主人公はあくまでアキラだもんなー。アキラに会いたいな〜ここまできたら夢のまた夢だった【アキラ総受けハーレム萌えプロジェクト】妄想計画を実行したいなぁ…!!全ては、ぜーレのために!!……いかん。また某アニメが混ざった。
クツクツと俯いたまま笑うオレをどう思ったのか、リンが心配そうな声を掛けてきた。
「大丈夫?」
「大丈夫!助けてくれてありがとう。あのさ、オレってどこで見つけたの?」
「裏通りで、シキが出たっていうから行ったら六人ぐらいが死んでてタグあさってたらさ、が急に寝言みたいなの言ったんだよね。だから、生きててびっくりしちゃってさ」
そうなんだ…オレ以外にも死んでたんだ。
や、っていうかもうそのあたりはどうでもいいや。重要なのは、【アキラ総受けハーレム萌えプロジェクト】の要、アキラだよね!略して【AMP】!
そのためにはアキラだ。アキラはどこだ!アキラに会いたい!!ここはリンに聞くのが一番だろう。かといって、「アキラ知ってる?」な〜んて単刀直入に聞いてはいけない。もうちょっと遠回りに…。
「リン…あのさ、イグラって始まった?」
「イグラ?……、見ない顔だと思ってたんだけど、イグラに参加しに来たの?」
「うん…まぁ…」
言葉を濁す。あれ、っていうか今見たらリンって普通にタグを首に掛けてるジャン。ってことは始まってるってことなのかな?
「リン、それ…」
「ああタグね。イグラ、昨日から開始だよ。ようこそ、めくるめくイカレタキチガイのパーティへ!!」
バッチコーイ!!!
忍者のように走っては身を潜め、走っては身を潜める。
普通に闊歩してたら何時襲われるか分からない。トシマはそんな町である。っていうか、ライン使ってて理性飛んじゃってる人が多いんだよね、うん。
オレはちょこまかと走りながらこれからどうしようと考えていた。なんかイグラに参加しちゃったけど、生き抜ける自信はない。白ケイスケモードよりもない。
目下の目標は一に身を隠す場所を見つけることだ。どこかいいところないだろうか。シキとかが住んでたところってどこにあるんだろう。
あそこってアパートみたいなとこなのかな?探せば見つかるか?
……見つかるわけないよなぁ…。
じゃあ、ここはやっぱり【APM】のアキラを探しに行くしかないなか?今日が二日目だとしたら、きっとアキラがトシマに来たばっかでどっかでリンに軟派されたはずだ。やるね、リン!何気に逆ナンだよね!
「…よし、行くか」
まぁ、普通に目指すところは『Meal of Duty』(ミールオブデューディ)ネットで翻訳したらと、食事の任務?だったような。全然意味わかんねーよ。つか、どこにあるんだよ、その店。知るかよ。
あ、あの青い人に聞いてみようっと!
「すいませーん!聞きたいことあるんですけど…」
「ッツ!なんだテメェ!?」
もんの凄い勢いで振り返られ、なおかつとっても警戒心あらわに威嚇されますた。ひぃーーー!そこらの不良さんも真っ青ですね!手に持ってるその武器は不思議な形をしていた。っていうか…っていうか…青い髪のお兄さん!貴方はッ!!
「猛くんじゃないですかーーー!!」
「テメェなんで俺の名前知ってんだッ!?」
ぎろりと猛はオレを睨みつける。手に持った鎌のような曲線を描く武器が怖い。
「うわぁーー!暴力反対!!女子供に手を挙げるなんて妹さんが泣くぞーー!?」
「テメェは男だろうがッ!!……って、ちょっと待て、妹って何で知ってんだよ?」
「だってアンタ猛でしょ!?だったら妹が居るんでしょ!」
「お前…カマっぽいしゃべり方すんな…キモイ」
ガビーン。猛にキモイって言われたぁああーー!!よよよ、とオレは泣き崩れる真似をして壁に手を突いた。うう、そうだね、確かに今のオレの「〜でしょ!」のしゃべり方ってカマっぽかったね。つか、元が女だったんだからしょうがないじゃん?うん、もっと男を磨きますよ、オレ。
「テメーに言われたくねーよ!このシスコン!!」
「シスコンッ!?」
「シスコン!可愛い妹置いて来てんじゃねーよ、この野郎!!」
「カマに言われたくねーよ、チンコ付いてんのかよテメェッ!?」
「く…うわ…思い出させんなよ…」
オレは口元を押さえた。さきほど尿意を催して立ちションをしようと思い、やっとオレの一物とご対面を果たしたのだ。や、うん…
まぁ、こんなもんかな。デカクも無く小さくもなく、普通サイズだと思うよ。わかんないけど。やー…リアルだった。チンチンに手を添えて尿を出すときの感覚とか、未知だったね。初めての経験。
「……テメッ…やっぱりカマか!?」
カマじゃねーっつの。猛がオレと距離を取りやがった。
「テメェテメェ五月蝿いな。オレはって言うんだよ、猛くんよ」
猛って結構ノリがいい子だったんだねー。猛が死ぬ直前の回想シーンでの由香里ちゃん抱きしめてるスチル、アレの猛ってこの青いトサカとは大違いだよね。やー…人間って外見で随分変わるねー?
由香里ちゃん可愛かったな〜あんな子が妹だったらおねーさんウハウハだよ。……でも、腐女子にするのは申し訳ないないので、由香里ちゃんには清く正しく生きてほしいなッ!!
オレは気を取り直して猛に話しかけた。
「猛くん。オレはMeal of Dutyに行きてーんだけど、場所知らない?」
「ハァ?」
「あ、知らない?猛くんも来たばっかだっけ?」
CFCに居たんだよね?
「……いや、知ってる。この道を左に曲がって四個通りを抜けたところだ」
「マジで!?やった!サンキュ!」
ありがとう!と笑顔で猛にお礼を言ってさぁ、いざアキラのところへ!と駆け出して、二十メートルぐらい離れたところで立ち止まって猛を振り向いた。猛はなんか突っ立ていた。良かった〜…猛に言っておきたかったんだよね。
「あのさ…猛くん!アンタCFCに戻ったほうがいいよ。マジでさ!」
「なんだと…」
「由香里ちゃん、待ってるよ。それにさ、今ならアキラが居ないから、Bl@sterで勝てるよ。だから…戻ったほうがいいよ、絶対に。…じゃないと、アンタ死ぬよ!!じゃね!!」
言い捨ててオレは速攻で逃げた。後ろで猛が何かを叫ぶように言った気がしたが、シカト。いや、つか猛が死んでもどーでもいいけどさ、由香里ちゃんが猛兄ちゃんいなくなったら可哀想ジャン?猛は金が欲しいんだから、こんなトシマまでわざわざ赴くこともなく、CFCで由香里ちゃんと暮らしながらBl@sterやればいいんだよ。
Meal of Dutyの中に入ると、一斉に視線が刺さった。でもそれは一瞬のことですぐに興味もなく彼らは各々の興じへと戻っていった。ここは中立地帯だ。安全な場所だ…ケイスケが、黒ケイスケする前までは。
オレは薄暗い明かりで落ち着いている店内を見回してアキラたちがいないかと探したが居ない…。あちゃ〜…アキラたちとすれ違いになっちゃったのかなぁ…。
がっくりと肩を落としてオレはMeal of Dutyを出た。
どうでもいいけど腹が空いた…。トリップってアレだよね、使えるお金とかないから現実的な問題としてひもじいよね…。
うう…この後動いてもどうしようもないもんなぁ〜日も暮れ始めているので、やっぱりオレは今日の寝床を探しにウロツキ始めた。
寝床はどこだー…歩きつかれたオレはビルの入り口にある階段に腰を下ろした。歩き回って足が痛い。日もすっかり暮れている。うむー…眠い。眠い。瞼がくっついてしまいそうだが、それを必死で頭を振ってやり過ごそうとする。
こんなところで眠っちゃったら寝込みを殺される…。う〜…う〜…ZZZZZZ。
「おーい?猫ォー?何してんのー?」
あぁ?五月蝿いなぁ…。
「猫じゃないだろ。普通に人間だろ」
「ジジィは黙ってろってぇのー。おーい?生きてるかぁー?」
「死んでんじゃねーの?」
寝てるんだってば。起こすんじゃねーよ。
「うにゃ?息しているし。……どっこらしょ」
「おい、何してんだよ」
「猫拾った」
「猫じゃねーだろ!拾ってねーだろ!連れて行くのかよ?」
「ん」
ドナドナ。
……メーデー!メーデー!
誰か助けてください。オレの目の前に金髪で素敵な刺青を身体に入れたオニーさんがいらっしゃいます!!これは誰ですか!あれですね、グングングンジですね!どこかの部屋にオレはいる。
壁に掛かっている電子時計は午前十時を表示していた。
グンジの顔を見て、プレイ前にグンジとキリヲって名前が逆だと思ってたことを思い出した。
プレイし始めて名前が逆なことにビックらこいたからね!キリヲって軍カラー着てるからグンジって名前っぽいし、グンジって黄色で切り裂き魔っぽいじゃらキリヲって名前っぽくない?…とかって、言ってる場合じゃなく。
「…お、おはようございます…」
基本は人間挨拶です。
「んあぁー?あぁー…起きたんだ猫」
「いえ。オレ猫じゃないですから。人間ですから。人間は猫に変身できませんから」
「ん?でも猫は猫だろぉ?」
――…話通じないよ…っていうか、グンジカッコいいなーーー!!
近くで見たぐんぐんの容姿は綺麗だった。ヤバイカッコいいよー!!萌だ、萌え!!そのピンクパーカーから晒されたなまめかしい刺青の肌がッ!!っていうか触りてぇ!生肌!!
ふらふらと吸い寄せられるようにオレは手を伸ばしたけれど、我に返って止めた。殺される!そうだ、殺されてしまう!!オレはベットみたいなのに寝かされていたが、彼らと距離を置こうとして棚とベットの間に転がり落ちた。
「い、痛い…」
「あー?何やってんだ」
頭を打ち付けて痛みに呻いて丸まったオレをグンジが引っ張り挙げた。グンジの手がオレの腕を掴んでるーー!
引き上げられた際に見たグンジの顔にオレはうっとり。ああ…綺麗な顔だなぁ…グンジ超好きだー。なんつか、グンジは猫好きらしいけど、実際グンジ自体が野良猫っぽいよね。
「あ、ありがとう…」
「つかさぁーなんで落ちんの?」
「いや、グンジのお顔に驚いちゃいまして…っていうか、オレはどうしてここにいるのですか?」
「拾ったからー」
……拾われた?っていうかそれを人は誘拐と呼ぶのだよ?分かっているのかな、グングン?
「お、眼が覚めたのか?」
と、男っぽい声がして部屋の中にキリヲが入ってきた。キリヲ。肩には愛しのミツコさん。…ミツコさんって名前、どっからきたのかなぁ…。母親の名前とかだったら笑えるって言うか、微妙キモイよね。マザコン?あはは!
「キリヲ?うわぁ、処刑人勢ぞろい?」
勢ぞろいって言っても、二人しかいないけど。オレは腰が引けてベットの方へと後ずさった。殺される?背中につめたい汗が流れてくる。…くそう!まだアキラに会ってないから死ねないんだよ!!主人公に会わずして、誰に会えって言うんだよ、糞野郎!
「ビビッてんじゃねーよォ。別に取って喰いやしねーって」
「信じらんないね、気まぐれコンビ!!」
ビシィ!と指を突きつければやる気なさそうにグンジが言った。
「あー?ジジィとコンビ組んでるのはビトロに言われたでぇー、ジジィはジジィ過ぎて痴呆だからなぁ」
「ジジィって歳じゃねーって言ってんだろが」
「は?俺より年上な時点でージジイだろー」
「世の中の大多数がテメェにとってはジジィだな、そりゃ」
「あの…」
オレの存在はアウトオブ眼中なのようなので、恐る恐る提案してみた。オレ、なんも違反やってないし、ここでグンジとキリヲを観察しても「萌え〜」をしていたい気も山々なんだけど、こう、オレとグンジたちの間には「絆」というか「安全保障条約」というか…そういうものが結ばれていないわけで。命はとっても惜しいので、早々にこの場から出たい。そして、アキラに会いに行きたい。
「オレ、帰っていいですか?」
勇気を振り絞って腹に力を入れて言ったら、「グゥルウウー…」と、獣の唸り声のような音がした。二人の視線がオレを見る。
い、今のハまさかッ!?
「…今のってさぁ…」
「アアァ」
二人が私を見ながら頷きあう。オレは赤面した。
「「……―腹の音?」」
あんぎゃー!言わないでーーー!!そりゃ、おならよりはマシだけど、可笑しいよ、なんだよ今のオレの腹の音は!?「グゥルウウー…」ってなに?オレの腹の中には九尾でもすんでんのかいっ!?お約束過ぎる!ありえない!オレは天然ぶりっこお約束少年かッ!?やーめーれー!
「信じらんねー!!獣みたい音なんて始めて聞いたぜ!?」
「人間の腹の音じゃねーなァ!」
グンジとキリヲは爆笑した。腹を抱えて。
あうあう…誰か、オレの切ない乙女心を返して…(つっても、オレは今男なんだがな)。オレはよよよと泣き崩れた。
「腹減ってんのカァ〜猫ォ〜?」
グンジがしゃがみこんでオレの頭を撫でた。撫でた!?ガバァっと顔を上げてグンジの顔を凝視してします。グンジは「ん?」という感じにオレの髪を撫で続ける。
「猫じゃねーだろ。お前、名前は?」
「…、です」
「ねぇ…。あれ?なんかコイツの名前聞いたことある気がすんだけど」
「あー?名前あんの?ふ〜ん…でも猫だから猫でいいよなァ?」
「…や、猫じゃないんで、出来れば名前の方で呼ばれると…こう、オレが幸せになれるって言うか…」
期待を込めてグンジを見つめる。グンジは不思議そうな顔をして口を開いた。
「?」
「―…ッ!!!」
へらぁりとオレの顔が緩んだ。もう幸せで一杯一杯だ。オレの顔を見て、グンジの頭を撫でる手が止まった。や、でももう頭の中ではグンジの「」がエンドレス・リピートでしゅ!
グンジがじいっとオレを覗き込んだ。なんかもう、オレの顔は崩れっぱなしです。今なら「にゃあ」とでも鳴きます。三回回って「にゃあ」と言います。
「……って呼ばれたい?」
「是非とも、呼んでください!」
グンジに名前呼ばれるなんて、一生のうちにあるかないかだよ!グンジENDなんて、アキラ、名前も呼ばれずに犯り殺されたんだよ!?(や、もしかした死んでなくて気絶しただけかもしれないけど…)
「んじゃぁ、。腹減ってんの?ミルクでいい?」
「……―乳製品のミルクなら」
「その間はなんだよ」
「いえ…。喰いものなら何でもいいです。腹減ってます」
ミルク、と呼ばれては白濁のアレを思い浮かべたオレは駄目な人間ですか?ええ、そうでしょうとも、腐女子ですから!!(腐男子って生息してるのかしら?)
「んーじゃあなんか持ってくる。…ジジィ!オレが居ねー間に殺すんじゃねーぞォ!」
「分かってる」
グンジが部屋から出て行った。オレはああ、グンジが去ってく後姿を眼で追いかえた。オレの飯を取りに言ってくれたのか、あのグンジが!?あの、なんつか、血と絶叫が大好物で、ぶっちゃけ殺すの大好きな彼が!?
口をぽかんと開けてると、ぐいっと顎を捕らえられた。見れば、存在を忘れていたキリヲが居た。や、キリヲおにーさんもカッコいいですよ?ワイルドですから!低音な声が腰にくるから!!
「お前、運良かったなァ…ま、アイツにとって人間に見られてねーってことだけどな」
「イタ、痛いです、顎!!」
大きな手はオレの顎を掴まれて溜まったもんじゃない。本当、デカイ手だな。大きくて、暖かい。
「つかさ、さっきの顔面白いぐらい崩れてたよなぁ…初めて見たぜ、あんな顔」
「あんな顔っ、て…?」
「砂糖菓子が溶けたみたいな甘ったるい顔。…胸焼けを起こしそうなぐらいのな」
それは…グンジに名前呼ばれたときの顔ですか?キリヲがオレを床に押し付けた。咄嗟に抵抗しようとするが、キリヲはびくともしない。キリヲの身体からするキリヲ独特の男の香りと、染み付いた鉄臭い血臭が鼻腔を擽った。
「何すんのッ!」
「甘そうだよなァ…お前の、の血は…」
ねっとりとした低音がオレの耳元で囁かれた。ゾワゾワと腰の辺りが痒くなる。耳を暖かい息がかすって、耳朶を舐められた。
ひぁあーーー!!アレですか、貞操の嬉々危機ですか!!
キリヲの男らしさにくらくらする。オレはキリヲの胸を必死で押し返した。でも、オレの抵抗なんてキリヲにとってはそれこそ猫の抵抗みたいなもんだ。ピシャ、と湿った音が耳をかき回す。キリヲの舌がオレの耳の中に入ったーーー!?
「ひんぎゃーーーー!!」
色気も糞も無い悲鳴をオレは挙げた。腐女子ですから。二次元に萌えていた女子ですから!生身に耐性はないのでござるーー!!
「ジジィ!!何してんだッ!!」
オレの悲鳴にヒーローの如くドアを足で蹴っ飛ばして現れたのはグンジ!グンジ!君が王子様に見えるよ!えらい、俗的な王子様だけどッ!!
キリヲは舌打ちをしてグンジを睨んで、オレを押さえつけていた力を抜いた。
「ッチ。帰ってくんの速ェーんだよ、ヒヨコ!!」
「俺の猫にちょっかいかけんなッっつたろォが!」
「殺すなと言っただけじゃねーか。犯るなとは言ってねーだろ」
「そういうのが詭弁っつーんだよ」
オレはドアを蹴破って入ってきたグンジに救われた。やる気が削げたキリヲの下から這い出して部屋の隅っこへと逃げた。うわー怖かった!別に女じゃないから処女だどーのとか言うつもりないけどさ、怖いスよ、やっぱ。穴だよ?穴だよ!ケツだよ!痔とは比べ物にならないほど痛いんだよ!きっと!
グンジがちょいちょいと手を招いたのでオレはグンジへと近寄った。キリヲの横を通り過ぎたときは警戒心バリバリで睨みつけながら移動した。
「飯」
「あ、ありがとうございます…」
両手の上に載せられたのは牛乳のパックと、サランラップで包まれたサンドイッチだった。受け取ると、ジュルリと口の中に唾液が溢れた。おなか空いてたんだよねーそれも、すんごく!立ったまま食べるわけにも行かないので、オレはまた部屋の隅っこの方に行って座り込んでサランラップを明けた。紙パックの牛乳にもストローを指して、まずは飲み物を飲んだ。それから、サンドウィッチを口に運んだ。うまい〜…。しかも、これ、ピーナッツクリームだよ。ああ、疲れきった身体にはやっぱり甘いものだよねぇ…。と、モグモグとひたすらよく噛んで咀嚼する。さて、二個目、と手を出して一口食べたところで止まった。
「どーしたァ?」
グンジが聞いてきた。
「…あのぉ、チーズ食べてくれません?」
「なんで?」
「……嫌いなんです」
「いーけど。貸してみ」
ひょいっとオレの手からサンドウィッチを取ると、グンジはパンを開いて中のチーズだけを摘んで食べた。その食べ方が、すげー可愛い…こう、わざわざ顔を上向きに天井に向けて、上から垂らしたチーズをぺろり、とね!!
萌え!むしろオレがチーズになりたい!!
「ほい」
「あ、ありがとう…」
ちょん、とグンジと手が触れた。ああぁああー!!この手もう洗えないッ!!永久保存版にする!
「よーく噛んで食べろよぉー。ジジィみたいに喉に詰まらすなよー」
「詰まってねーっつの!」
三つ目のサンドウィッチはいちごジャムがは挟んであった。ここで食べておかないと次に何時ご飯が食べられるか分からない。っていうか、ここで殺される可能性だって無きにしもあらずだ。ヒィ!そうすると、オレの最後の飯はいちごジャムサンドなのか!?
持ったないとしみじみと手についた赤いジャムも舌で舐め取った。
「…」
「…」
「あの、なにか?」
視線を感じて顔を上げれば、処刑人コンビがこちらを見守っていた。静かな処刑人って、実は怖いね。いつもぺらぺらぺらぺら舌が良く回ると思うぐらい喋り捲ってるくせに。そんなヤツらが静かだとなんかあるんじゃないかって怯えるよね、フツー。
満腹になってちょっと幸せ。そんな気分のままで彼らに向って声をかけた。
「あの…オレもイグラ参加してるんで、取りあえず、外に出てもいいですかね?」
「イグラ参加してんのかよ?止めとけ、テメェみたいなヤツはすぐ死ぬぞ」
「んじゃあ、俺らと一緒にくればいいんじゃねぇのー?」
暢気にグンジが言った。「そろそろ外行って掃除しねぇーと、ビトロのヤツが煩セェし」と呟きながら部屋の端に転がっていた鉤爪…なんていうんだけっけ?グンジのあの武器を手に嵌めた。
キリヲもそうだな、と頷きながらミツコさんを肩にトントンと叩いた。