向日葵を直視できなかった、夏 01






月曜日





「始めまして。今日から二週間、皆さんと一緒に勉強させていただく、氷帝学園大学部四年のです。受け持つ授業は数学です。至らないところもあると思いますが、気軽に話しかけて下さい」

一年A組に教育実習生がやってきた。
黒いフォーマルなスーツを隙をなく着こなしている様は素直に大人っぽくてカッコいい。眼鏡を掛けているのが、さらに理知的で大人っぽい。クラスの女子が「カッコいいね」と話し合っているのを聞きながら、俺もそう思う、と綱吉は頷いた。黒髪は大学生にしては染めていないのか(或いは、教育実習のために染め直したのか)黒く、野暮ったくならない程度の長さを保っている。話す声は少し低い。

「宜しくお願いします」

にこやかな笑顔で、は頭を下げた。



あー…並盛中学なんて知らない学校になんで俺は教育実習に来てるんだろ。
普通教育実習って母校に行くものだよな?周りに知ってる先生とかもいないし…しかも、この学校狭いし。教育実習さえ終われば教師免許はもらえるんだし、この二週間は大人しく過ごそう。
なんにしようかなぁ…コンセプトは優しいお兄さん先生?イメージキャラクターは長太郎で良いかな…。

にこにこと笑って俺の担当するクラスをそれとなく見渡す。中学生ってこんなもんだったかなぁ…。特徴の無い生徒が多いなとさらに視線を勧めれば、中々に顔の整った少年がいた。っていうか、首とか手首とかにジャラジャラとシルバーアクセサリー付けやがって…。あぁん?
中坊の癖に色気づいてんじゃねーぞ、ザコが。

「そこの君。校則ではアクセサリーとか禁止だよね?」
「ああぁ?」
「ちょ、獄寺くん!先生にそんなけんか腰に…」

獄寺…ああ、ああ、ああー…なんか担任の先公がクラスの問題児の一人として言ってたなぁ。貰ったクラス名簿の顔写真載ってたわ。いやいや、写真写りがめっちゃ悪いな獄寺隼人。四割増しで悪人図らしてらぁ。
下から睨んできた目つきなんてもう、そこらのチンピラはビビルな。……っていうか、一人や二人殺したことがありそうな目だなぁ。
最近の中学生ってこうなの?ぶっそうになったものだなぁ、日本も。

「そうだぞー。ええっと、沢田君?の言うとうり、実習生とは言え先生にそんな口聞いちゃうと…」

獄寺くんを慌てて諌めてくれた気弱そうな顔した少年…脳みその中でクラス名簿を捲って顔を照合。…沢田綱吉か。中々カッコいい名前してんじゃねーか。犬将軍だっけ?生類哀れみの令を出したのって。
にこにこと笑ったまんま、後ろの席の獄寺くんに近づいて身を屈めた。

「ブチ殺すぞ、クソガキ」

耳元でことさら睦言でも囁くように低く掠れた声で言ってやれば、獄寺とやら椅子を倒す勢いで立ち上がった。その顔が真っ赤で、初心だなぁとちょっとだけ微笑ましくさえ思える。言ってやった言葉は物騒だが、声だけで誰もがイケるという声だ。
中一なんてまだまだチ●コの毛も生え揃ってねぇお子様だ。俺さまの声に勝てるわけがねぇ…ってヤバイ、なんか地が出てきた。

「顔が赤いね。気分でも悪いんだったら保健室に行っていいよ。付いていってあげようか?」
「ててて、てめぇッ!」

優しく問えば、獄寺くんは激昂した様子で懐に手を入れた。
なんだ?ナイフでも持ってんのか?そう思って、その腕が懐に入る前に掴む。唖然とした様子で見上げられるとなんか、俺が子供を苛めてるみたいじゃん?掴んでいた手をパッと離してやるが、ん?と近距離で獄寺くんの臭いをかいで首を傾げた。

……めっちゃコイツから煙草の臭いがするんだけど…。うわ、クソ最低。中一の分際でもう煙草吸ってやがんの?
なんかすげぇ冷めたわ。ちゃらちゃらしてんのはいいけど、煙草とかすう中学生なんておりゃぁ嫌いだ。
自然と冷めた目になった俺を、獄寺くんは敏感に気がついたようだ。はっと恐れたように表情が怯んだ。怯もうがどうしようが、関係ないね。俺、お前みたいなヤツ嫌いだわ。
ニッ、と口の端だけを上げて見下してた嗤ってやった。


「先生、今日のお昼ゴハン一緒に食べませんか?」
「あー…ごめんね、職員室で手伝わなきゃならないことがあるかもしれないんだ。ごめんね」
「いいえ!気にしないで下さい!また誘いますね」
「ありがとう、笹川さん、黒川さん」

俺のクラスのふわわ〜んとした、例えるなら春のようなぽやや〜んとした女の子にお弁当を誘われた。中々に変わいらしい女の子だ。その後ろにはキツメの女の子。髪の毛は染めてないけどウェーブだよ?パーマかよ、お前歳幾つだよ?
笹川京子と黒川花。二人は仲のよい友達のようだ。おっとりの笹川さんとしっかりした黒川さんの取り合わせは、なんだか凹凸コンビっぽいが、そこはなにやら女の子同士のフィーリングで仲良しらしい。

「あたしら、いつも教室で食べてるんで気が向いたら先生も来てください」

黒川さんはさばさばした感じだけど、にこりと笑って誘ってくれる。ああ、俺この子に嫌われていないようだ。良かったー…クラスに一人はいる姉御肌っぽい感じなので、そういう子に嫌われると授業を教えるときにボイコットされそうで怖かったんだよなー。

「ありがとう、黒川さん」

必殺いい人ぶりっこ笑顔でお礼をいれば、黒川さんは頬を染めて照れて下を向いた。
初心だな…お兄さん、ちょっと自分が薄汚れているんじゃないかと思うよ…。