向日葵を直視できなかった、夏 02






火曜日





なんていうか、並盛中は先生よりも権力を持っている生徒がいるらしい。あれだな、うちの学校で言えば跡部みたいなもんだな。アイツは学校への寄付金が半端ないことと、自身のカリスマ性で下手な教師よりもよっぽどすげぇやつだった。
アイツに集う人間もまぁなかなか面白いヤツが多いんだよなぁ…。跡部は就職活動しないで実家を継ぐって言ってたし…。
俺もこの実習が終わったら本腰入れて就活しなきゃなぁ…跡部が「俺さまんとこに来てもいいぜ?」とか嬉しいこと言ってくれてたけど、まぁ、いちおう就活して全て駄目だったら頼もう。そもそも、俺は今のバイトを止められるかどうか分からない…止めていいよなぁ…?だって俺バイトだもん。強制的にそのまま就職させられたらどうしよう…。
あ、なんか自分で言っててちょっと寂しくなった。

先生って中学生のときは部活はなににはいっていたんですか?」
「いや、俺は入ってなかったよ」
「先生ってちょっと文系っぽいですよね」
「…ま、でも一通りはスポーツ出来るよ。友達ともよくテニスするしね」
「テニス!うわぁ、カッコいいですね!」

中学生の女の子に囲まれるが、別に嬉しくもなんともない。子供に興味ないし…。この年頃の女の子なんて特に意味分からないし。ただ、この歳でもう化粧してるのってどうなの?一年前まで君ら小学生でしょ?
……若いうちから化粧で誤魔化さなくたってお肌ピッチピチなのになぁ…もったいない。

「いやいや、俺より友達が凄くてさぁ。俺は球拾って返すので精いっぱ……ッ!」

突然、右後方からの殺気に咄嗟に体が反応する。いつでも肌身離さず持っている鉄扇で受け止める。
ガギン!と中学校の廊下には相応しくない重い打撃音が響く。

「ひ、雲雀さんッ!」
「きゃー、す、すいませんでしたぁっ!」

女の子達は顔を青ざめて何に対してだかよく分からない謝罪をすると、俺を見捨てて逃げていく。こっちは何がどうなってるのか分からないんだから、説明ぐらいしてから逃げろっての。…いや、むしろ女なんているだけ邪魔か。

「ワオ!見ない顔だね、君が実習生?たしか…
「そうですよ。学ランてことは、風紀委員だっけ…」

ブレザーの学校にちょこちょこと見え隠れする学ランの不良ご一行様。どうして学ランがいるのだろうと不思議に思っていたのだが、実は学校を支配しているのは一見不良にしかみえない風紀委員を率いる風紀委員長なのだそうだ。
おいおい、生徒会はどーした。普通は生徒会が学校支配するもんだろ?少なくとも俺の高校時代はそうだったんだけどなぁ…。
ただ、目の前の少年は学ランを着ているが、髪型が昔風の不良ルックではない。
ということは…

「……不良ルックじゃないってことは、君が委員長なのかな?」
「まぁね」
「で、なんで俺は突然は君に攻撃されたんだろうね?」

酷く機嫌がよさそうに委員長さんは目を細めた。…純粋に戦うことが好きなタイプか?そうは見えねぇのに手荒なことが好きなんだな。いやいや、戦うことは男の本能だよなぁ。強い相手と戦いたいってのは、どんなことでもさ。

「群れてたからだよ。僕の前で群れたら、噛み殺す」
「……そりゃあまぁ、単純明快な答えをありがとう」

群れるのが嫌いなのか…お前はどこの孤独星の子なのだろうか。あれか、小学校時代に苛められて孤独でひとりでいたので、中学生になったらそういう固まってる人間がムカツイちゃってボコッちゃうの?うっわー可哀想な子!

「どういたしまして」
「ちょ、もう群れてないじゃん!」

ガガガン!と委員長が武器を振り回す。俺も仕方が無いので攻撃はせずに守りの一途を辿る。
ほら、生徒傷つけたら不味いしね。教育実習まだ二日目だよ?二日目で生徒を殴るのは流石にやばいでしょう。しかもここ、俺の母校じゃないし。母校だったらどうにか教師を丸め込んで無かったことに出来るのだけれども…。

打撃を受けながらも、向ってくる委員長くんを観察する。うっわー…なんて楽しそうに殴りつけてくるのだろうか。
瞳がきらきら輝いているよ。うん、跡部たちもよくこんな目してたなぁー。
委員長君の武器は…あー…トンファーだっけ?中国系?委員長君切れ長の目をしてるし、どっかに華僑の血でも入ってんのかな?ああ、華僑で中国といえば、張さん元気かなぁ…。

それにしても……いい加減、飽きてこない?

単調っちゃあ単調な攻撃に防ぐばっかりな俺は少々つまらない。というか、面倒くさい。
楽しそうにトンファーを振り回されても、こっちが楽しくない。

キーンコーンカーンコン

爽やかな十分休みの終わりを告げる鐘に俺はっと我に帰る。廊下には誰も生徒がいない。いかんぞ。

「俺、次授業入ってるんですけど、そろそろ止めてくれませんかー?」
「ヤダ」

下手に出て止めて貰おうと思ったのだが、一刀両断「ヤダ」と来たもんだ。おいおいお兄さんもちょっとその我侭っぷりは困るなぁ。

「ね、止めようね?君も授業あるでしょ?」
「ないね」

…おっちつけ。

「…いやいや、君はまだ義務教育中の生徒だしね、サボるの?」
「サボる?関係ないね、僕はいつだって出たいと時に出るだけさ」

…いやいや、堂々とサボり宣言されちゃったよ。分かるぜ、その気持ちわよぉ、サボりたいよな?授業なんてつまんねーよな?特に数学なんて消えて無くなれって思うよな?うんうん、だよなぁ。
俺が自分で受け持つ教科ながら、俺も数学嫌いだ。…矛盾してるが仕方が無い。だって俺、経済学部なんだもん。

つか、こんなことしている場合じゃないぞ。
俺は実習をしに来たんだ。今日、この日のために俺がどんな思いでバイトを休んでいるのかテメェが知らねぇから!
間違っても学校で戦いをするためじゃない。そう、そしてこんなことをしている間に、俺が受け持つ数少ない授業時間が着々と削られていくのだ。

「いい加減にしろッ!!」

俺は鉄扇を握り締め、委員長くんの後ろに回り込むと手加減無しの手刀を首筋に打ち込んだ。


「失礼します。先生いますかー?」
「はい…って、実習生の…」
「あ、良かった。コイツが廊下で倒れてたんで連れてきました」
「ひ、雲雀くん!!」

保険医が引きつった笑みを浮かべて手にしていたペンを取り落としたのが印象的だ。ほほう、この委員長くんは「ひばり」というのか。名前かな?苗字かな?…ま、苗字だろうな。他人には名前で呼ばせたくなさそうな感じだよな。俺も気に入った人間以外に下の名前で呼ばれたくないし。
馴れ馴れしくするなら段階を経てからにしろっつの。
保健室は懐かしい消毒液の臭いがした。校庭に面しているので、ぽかぽかと陽気が暖かく、室内は明るくて、時間の流れがゆっくりとしている。

「気ぃ失ってるみたいなんで、寝かして置いていいですか」

どっこいしょ、と背中に背負っていたひばりくんをベットへ降ろす。おー…このひばりくんは何歳なのかなぁ。寝顔は案外あどけない。一年ってこと無いだろうし、あの暴虐武人ぶりで三年?いや、二年ってこともありえるけれども。。

「じゃ、あと宜しくお願いします、先生!俺、急がなきゃならないんで…!」

俺の指導教諭に怒られてしまう!