向日葵を直視できなかった、夏 06






水曜日





指導教諭と一緒に教室まで向っている途中、思い出したように俺は聞いた。

「真柴先生。並中には生徒がトイレで子供を生んで死なせてしまった事件とかありませんよね?」
「何を急に…そんな話は聞いたことがないぞ」
「……そうですか、そうですよね。僕も聞いたことないですよ」

先週は、気のせいかなって思ってたんだ。
廊下を移動したり、授業中にふと窓の外に目をやったりしたときに黒い影がさささと通り過ぎるのだ。最初は黒い服の端だけ見えて、気のせいかなぁと思っていたのだが、二週間目に入った今日、全体像を見てしまったのだ。

赤ん坊だった…二足歩行して、スーツ着ている赤ん坊だった!
あれか、あれは学校で産み落とされた子供の霊が大人になりたいがためにスーツ着ちゃっているとかそういうのなんじゃねぇの?あれだな、霊関係といえば滝に来てもらえば一発で除霊してもらえるんだが…。
取り合えず、俺の周りには塩をまいておこう。

「ああ、言い忘れてたが、今日からしばらく獄寺は学校にこないぞ」
「獄寺はどうしたんですか?」
「獄寺はなんか実家に帰ったらしい。アイツの実家はイタリアだから、しばらく帰って来ないと思うよ」
「へぇ、イタリアかぁ。スパゲティとか美味しいよね、イタリア」

ピザ、スパゲティ、トマト、ビザの斜塔、オリーブ、そのぐらいしか知らないな。

先生は外国行ったことあるの?」
「はい…高校のときの行事で。外国に交流校があるんですよ。それで」
「へぇ、外国に交流校か。うちの学校は国内にだって交流校なんてないよ」
「いいじゃないですか、俺、外国行くの面倒でしたもん」

異文化万歳!と俺は叫ばない。日本万歳!と俺は叫ぶ!!
本気で三日も外国にいるとラーメンとかおにぎりとか、醤油味のものが食べたくなるのはどうしてだろうな!外国でフルコースの料理が出たりするとほんっきで肩が凝る。
礼儀作法の一環だとかいってフルコース!

「そうだ、あのときナイフとフォークの置き方を間違えたばっかりに、メイン料理が半分しか食べてなかったのにお皿を下げられてしまったんだ!ああ、あのときの肉は俺の胃袋に納まることなくゴミ箱に廃棄されたのかと思うと、今でも悔しさに視界が歪むっ……ってあれ、先生?」

過去に思いを馳せていたら、前を歩いていたはずの指導教諭が消えていた。
あれ、俺置いてかれた…。

「チャオ!」
「…チャオ…?」

反射的に言葉を返してしまった。廊下の窓枠に腰掛けスーツの赤ん坊がいた。
これは俺の目の錯覚だろうか。見れば見るほどこの赤ん坊だ。ひょいっと軽い動作に窓枠から飛び降りる。俺の膝にも満たない高さの赤ん坊だ。
でも二足歩行してる。すげぇ…子育てしたことないけど、赤ん坊って立てるものなの?赤ん坊が俺を見上げてきたが、あまりの身長差に赤ん坊の首が後ろへと折れてしまうのでは危惧し、俺はしゃがみこんだ。

「君、何してるの?ここ、学校だけど、まだ君には義務教育って早いよね?」
「まあな。俺は大学は出てるから、義務教育は関係ねぇ」
「…へぇ。大学出てるんだ?じゃあなんでここにいるの?」

至近距離でみた赤ん坊の目はキラキラ輝いていて、なんかキモチワルイ。
赤ちゃん言葉で話しかけなくてよかったなぁ…なんでこんなに言葉がぺラぺラなんだ。

「俺の生徒が通ってるからな。俺は家庭教師をしてるんだぞ」
「…家庭教師、ね。誰の?」
「沢田綱吉だ。お前のクラスの」
「沢田って…あの、ちょっとドジっ子っぽい子のこと?獄寺くんを手懐けてる…」
「そうだぞ」

頭のなかのクラス名簿を捲って、沢田綱吉を思い出す。小柄で、天然の茶色のした子。妙におどおどしたところがあって、気の強い人間から見たらイライラしてちょっかいかけたくなるような感じの。
ああいうタイプははっきりいって苛められる。でも、いつも周りを気にしているからその分、環境の変化に敏感で洞察力が付きやすい。

「お前はどこのもんだ?」
「どこって…氷帝学園大学のですけど」
「ッチ、そういう意味じゃねぇ」

うわ…赤ん坊が舌打ちしたよ…。

「俺はリボーン。ヒットマンだ」
「リボーンくんね。ヒットマンって…殺し屋ってことだよね?あー…俺の友達に[殺し屋]って呼ばれてるやついるよ」

沖縄出身のヤツで「くん、ゴーヤ喰わすよ」っていうのが口癖。ゴーヤぐらいどうってことないと最初のころ食べてみたが、駄目だった。苦くて青臭くて変な味で…それからヤツがそう言い出したときは、速攻で逃げる。
大体、学部が違うんだから俺に構ってくるんじゃねーよ!というお話だ。あいつは経営、おれ経済!
まぁ、四年になってからは顔合わせてないがな。元気かなー…あの無駄にインテリな眼鏡を一度でいいから投げ捨ててやりたいというのが密かな夢なのに…。

「ちげぇよ。俺は本物の殺し屋だ」
「…そうなんだ。そうだね、……本物の銃口向けられちゃ、認めるしかないよなぁ…」

本物かニセモノか、拳銃の真偽はすぐに分かる。向けられている拳銃は間違いなく本物。おもちゃのレプリカ拳銃ならまだまだ微笑ましいが、本物を向けられちゃあ、こちとら勝手が違うってもんだい。

「もう一度聴く。。お前は何モンだ?刺客か?」

でもま、こちらは別にコイツに敵対しているわけもないし、撃たれる理由もないので俺はへらりと笑った。この笑顔は俺の素なのだが、よく「お前のその顔、こっちの気が抜けるからすんじゃねぇ」と言われる。ひどい、俺の素敵笑顔に向ってよぉ!

「いや。さっきも言ったけど、俺は氷帝学園から来たただの実習生だよ。リボーンくんが張ってるここに来たのは偶然」
「それで?」
「……まぁ、一般人ってわけでもないけどな。殺し屋ってフリー?」
「今は雇われて家庭教師をしてるんだ」
「そっか…俺はバイトで雇われてボディガードをしてるんだ。だから、ちょっとだけ腕には自信がある。俺は守りが基本だし、自分から喧嘩売ったりしないぜ。だから、刺客とかはお門違い」
「嘘じゃねぇな」
「嘘じゃないよ」

リボーンくんは銃をしまうと、くいっと帽子の鍔を軽く触った。

「跡部財閥って知ってる?」
「ああ、…」
「そこの一人息子のガードマンなんよ。

あの我侭大王は今頃何をしているのだろうか。