向日葵を直視できなかった、夏 05






06:火曜日





なんか俺、別の学校に来てしまった気がする。
今日は昨日に引き続き、二年生に国語の授業を教える。その二年のクラスに入った途端、危うく廊下に戻って表札を確かめたい衝動に駆られた。なんかこのクラス、リーゼント率が高いのです。しかも、学ラン率も高いです。なんかここだけ偏差値の低い不良学級みてぇだ!
まぁ、不良学級に見える割にはクラスの統制は取れているようだ。俺が鐘が鳴ってから教室に着たら全員ちゃんと着席してるし!(すげぇ!先生が来る前に着席してるなんて!)

「えーと、皆さん始めまして。です。じゃあ授業始めます。……教科書の109ページ開いてください」

パラパラと捲る音が響く。
なんでこんなに静かなんだろう。

「はい、じゃあ、教科書閉じてください。隣の席の人と答え合わせしてください」

ざわざわと隣の席と向かい合って俺が指示したこともそこそこに、好き勝手なことを話しているのを知りながらも見守っていた。和気藹々としたクラスの私語は授業中だなぁと俺に昔を思い出させる。静かなのもいいけど、少しぐらい私語があって活気があったほうがいいよな。
ガラリ、と教室の前のドアが開いた。

「あ」
「…なんで君がここにいるの」

教壇の俺は見たことのある顔に驚く。ひばりくんってこのクラスだったけ?出席簿を捲ってみれば「雲雀恭弥」という名前があった。雲雀って苗字だったんだ…珍しい苗字だなぁ…。

「あ、雲雀くん。もう授業始まってるから早く座って」
「………」

難しい顔をして、雲雀くんは動かない。はて、とクラスを見回せば教室のしーんと沈黙している。
なに、このいたたまれない空気は。
今までは晴れていたのに急に曇りになったような気温の変化だ。

「雲雀くん?気分でも悪い?保健室、行く?」

動こうとしない雲雀くんにもう一度言う。

すると、カッと目を開き、雲雀くんが襲い掛かってきた。きゃー襲われるわー!!

「きゃー!」
「雲雀さんっ!」
「相手は実習生ですよ!大学生にそんなッ!」

一瞬にしてクラスはパニックになる。ガタガタと机や椅子をひっくり返し、われ先へと後ろのドアから廊下に逃げ出す人間多数。
ええッーなんか俺、みんなに授業のボイコット喰らった気分なんですが。俺はトンファーを受けた視線のまま、哀しい気分になってしまった。

「ひ、雲雀さんの一撃を受け止めただとぉ!?」
「すげぇぞ、あの先生!!」

教室に残っていた一部の生徒(みな一様に学ランでリーゼントな人たち)が、声を上げた。

「君、一体なんなわけ?」

止められ、ムッとしたように雲雀くんが眉をゆがめた。

「はぁ?俺は教師だよ、見てわかんえぇのか?」
「普通の教師がそんな凶器持ってるのっておかしくない?」
「おかしくない。全然おかしくないい。俺のコレは、夏の必需品だ」

なんと失礼なことを言うのか。俺のこれはパンっと開けば鉄扇は扇になる。夏は暑いからパタパタ仰ぎたくなるからねぇ。見るからに凶器なトンファーと一緒にして欲しくねぇぞ。
ていうか、これじゃあ授業にならないじゃん。困っちゃうよなぁこういう問題児。俺の担当した分の授業が教えられねぇじゃんか!
俺は金時先生みたいにほったら投げ出し型な先公だけにはなりたくねぇっ!そう、俺は問題児だろうが立ち向かう!

思い出せ、俺の中学時代!
一年Z組、二年Z組、三年Z組と、ことごとくZ組あの問題児学級の三年間っ!俺はあいつらの学級崩壊に耐えかねて教師の資格だけは絶対に取ると決めたんじゃねーか!


「ハンッ、世の中の女子中学生をナメンじゃネーアル!」
「マヨネーズの付かない給食なんて給食じゃねーよ」
「長いものには巻かれろっていいまさぁ」
「エリザベスを同伴してはならぬとはどういうことだぁ!」
「お妙さぁーん」
「あらあら、年上に向って馴れなれしいわよ」
「はーい。お前ら適当にここ出るからねー。てか、出るから覚えとけー」


特殊学級だからって、マジ皆好きなことしすぎなんだよ。
ヤツラは絶対に社会に適合出来ない人間だ。みんなひとつのものに一直線で相手のことを考えなさ過ぎる。教室の隅っこにいた俺はあのとき確信した。
生徒も生徒だけど、先公も悪いんだ。もっとビシッと決めてくれよ。先生の仕事ってのは、クソガキどもを屈服させて世の中のルールっつーもんを教えるのが仕事なんじねーのかよ?

そう、そうだっ!!

「生徒が教師に勝とうなんざ十年早ぇ!!」

いやでも、下手に打撃を食らわせて青あざ作ってしまったら教育委員会が何を言ってくるか…。学校側に実習の途中で放り出されてしまったら堪らない。
そうするとやっぱり意識を一気に刈り取るコレが一番利くんだよな!
ああ、また同じパターンだな、と自分でも思ったが、トンファーを振り回す雲雀くんの腕を掴みとって、腹に膝蹴りを咬ます。ぐふッ、と小さく雲雀くんが呻いた。おお、すまんな、今すぐ意識を刈り取ってやろう。前かがみに跳ね上がった雲雀くんの首が目の前にちょうどよく現れるので、そこにチョップ!!

くてん、と力の抜けた雲雀くんの体を支える。



教室はし〜んと、静まり返り、次の瞬間ワッ!と湧いた。



「雲雀さんを伸した!」
「す、すげぇ…」
「雲雀さんっ」

近寄ってきたリーゼントの…えーと

「草壁くんだっけ?いや、褒めてくれるのはいいけど、雲雀くんは体調が悪いようだから保健室につれてってくれよ」
「はい」

中学二年生に見えない草壁くん。リーゼントカッコいいね。かき混ぜてぐしゃぐしゃにしたくなる。


「兄貴って呼ばせてください!」


普通の生徒がオレを尊敬の眼差しで見あげている。ふ、だったら呼ばせてやろうじゃねーか!だが、アニキ呼ばわりは勘弁だ!

「俺様は今は教育実習生だ。だったら他に呼び方があるだろうが、ああぁん?」
先生!」

やべぇ、ノリが熱血だ。