向日葵を直視できなかった、夏 07






木曜日





教育実習生なのに無理やりテニス部のアドバイザーとして連れてこられた。

「いやいや、氷帝といえば中学でも高校でも名高いところですからねぇ、どうですか」
「……はぁ、いやでも僕はテニス部だったってワケじゃないので…」
「そうなのかい。でも氷帝だからやっぱりテニスできるんでしょう」

悪気があるのかないのか、あったらムカツクけど顧問のテニス部の顧問の先生は俺の話を聞いてくれない。
大体、硬式テニスならまだしも、軟式テニスなんてやったことねーから分からねぇっつの。

そんな感じで延々と話に付き合わされて、テニスのだるい練習を見せられた。流石に氷帝に比べると、「え?遊んでるの?」と言いたくなるような遊びの部活だった。氷帝テニス部の熱気はもっと凄い。本気で真剣勝負だ。
二百人の部員からのし上がろうってんだがから、ポテンシャルが違う。まぁ、なんでも本人が満足して楽しくやれりゃあいいと思うけどな。

「うっわ…もう六時だし」

一方的に話をするテニス部顧問に何度も席を外そうと声をかけかけたのだが、全てスルーされた。
そんなこんなでいつのまにか六時を過ぎている。結局、最後はテニス部の片づけまで手伝ってしまった。明日の授業の用意とかあるのに…。ちくしょー。早く家に帰ろう。
電車に乗るの面倒だなぁ。

こんな時は電話電話…
ポケットから携帯を出したところで校門を通り過ぎていく生徒を見つけてた。むこうもこちらに気が付いて死となつこい笑みを浮かべて手を上げた。

「あっれぇ、せんせーじゃん!」
「山本、くんだっけ?」
「はい。山本武っス。せんせーも今帰り?」
「ああ、山本くんも部活?…
「そうっス。一年生は跡片付けもあるんですよ」
「そっかー。好きなことが出来るっていいね」

みんな好きなことやってるときは輝いてるよなー。「オレ様の美技に酔いな!」とか恥ずかしい台詞を言う跡部でさえ天才的にかっこよく見えるという不思議マジックが発生する。
いけね、思い出すと笑える。

顔に冷たいものがあたったので、地面を見る。
お、地面に点々と痕跡が…雨が降ってきたのだ。傘…は持ってない。

「うわ、雨降ってきまし!先生、オレの傘使いますか?」
「ああ、いいよ。大丈夫学校の備品を…いや、知り合いにきてもらうから」

にこっと笑いかけると同時に、手にしていた携帯が振動した。画面には俺がまさに電話しようとしていた相手ではないか!

「もしもし、宍戸?超ナイスタイミング!さすがは俺の親友!」
『気持ちわりぃな…今電話して平気、?』
「うん。あのさー、今から帰るんだけど、雨降ってきた。車出してくんない?」
『雨…ああ、降ってきたのか。いいぜ、こないだ借りてた本、まだ返してなかったから返そうと思ってさ。今どこだよ』
「あ、ごめんちょっと待って……山本君、ありがとね。気をつけて帰ってね」

山本くんが目の前にいるというのに電話で話し出しては失礼だ。彼もさようならをするタイミングが掴めなくてその場にいるのだろう。
電話口から顔を上げて、手を振ると山本君はにっこりと笑って「せんせーも夜道にゃ気をつけてくださいね。失礼します!」と軽快な足取りで走って帰って行った。いいなぁ、若いなぁ、爽やかだなぁ…ちょっとだけ鳳に似てるかなぁ…でも鳳はちょっと腹黒だしなぁ…山本くんも腹黒だったらどうしようかな…。

『もしもーし、?』
「悪ぃ。俺は今、並盛中学校門」
『なみもり…ああ、分かった。十分ぐらいで着く』
「分かった。あんがとー」

用件だけ述べて、ぶちっと電話を切った。
んじゃ、雨を回避するために、学校玄関まで戻って宍戸が来るのを待ちますか。





最終日=金曜日





二週間の教育実習はほんっとうにあっという間に過ぎた。
なかなかに面白い学校だった。

「先生、ありがとうございました!これ、皆で書いた寄せ書きです。大したものじゃないけど、貰ってください!」
「あ、ありがとう!!」

クラス代表で京子さんが色紙をくれた。クラスのみんなが書いてくれた寄せ書きを見て、俺はじーんと胸が熱くなった。
中間試験期間を挟んだため、実質、一週間かそこらしか並盛の生徒とは交わっていないのに、みんな俺のために寄せ書きをしてくれるなんてっ…!俺は今、猛烈に嬉しいぞ!

「みんなこれから、山あり谷ありの人生だと思うけれど、人間それなりにやっていけばそれなりになんとかなるので、諦めずに頑張ってください!」

クラスの人間一人ひとりに握手をして、拍手で見送られて俺の教育実習は幕を閉じた。
教育実習に来る前は、今時の無関心な生徒ばっかりだったらどうしようかと思ったけれど、いい子が多かったなー。



「放課後、他の先生達と飲みに行こうと思うんだけど、都合はどうだい?」

ほくほくして廊下から職員室に引き上げ持ってきた荷物を片付けていると、指導教諭が聞いてきた。あー…今日は最終日ですぐに帰るって言っちゃったんだよなぁ…。

「えっ、あー…すいません。地元の友達が迎えに来てくれるらしくて…」
「そうなのか…でも、付き合いでちょっとぐらい…」

遠まわしに断ったのだが、食い下がる。俺をだしにしてみんなで飲みたいだけってのが本音くさいな、この先生。

「いや、本当にすいません…!」
「そっか、なら仕方ないなぁ…」


ガラっと職員室の扉を開いた。
いまだ採点途中のテストがあったりするらしく、職員室の扉は生徒が簡単に入れないように締め切りだ。なんともなしに、扉に目を向けて、俺は固まった。

、帰るぞ」
「って、なに急に跡部君、職員室に来てんのー!?」

こんなボロで乱雑な職員室には似つかわしくない人間がそこにはいた。
ラフな格好の癖して、一見して普通の人間じゃないオーラがバリバリと回りに発散している。そこには、俺がこの二週間ばかり会っていない跡部がいた。
隣で指導教諭が固まっている。
というか、職員室にいる教諭全員が俺の叫びに何事かと視線を向け、跡部という突然の乱入者に圧倒されている。

「ったく。今日、俺んちでパーティすんだよ。てめぇがいねぇと俺が危ねぇだろ」
「いや、俺の代わりの護衛派遣しただろ!」
「実習は終わったんだろ?だったら、祝いのついでにパーティに出ればいいだろーが」
「美味いもん食えるのは嬉しいけどよ!学校までくることねーじゃんか!」
「っち、たまたま通ったんだよ。ついでにを拾っていけば手間が省けていいだろ」

はんっ、と鼻で笑いやがる跡部。
こんにゃろう、その鼻面へし折ってやろうかと拳を握るが、「あの、」と躊躇いがちに横から掛けられた声にはっとなる。ここは職員室だぞ。

「すいませんっ!これ、俺の…友達の跡部です」
「今日和。跡部と申します。くんはこの後、用事がないような私が連れて行ってしまっていいでしょうか?」
「え、はい…ええ、大丈夫です」
「ありがとうございます。うちの会社で少しありまして、くんが是非必要でして。ありがとうございました」

一般人。さらには教師なんていう権力に弱い立場の人間が跡部のひれ伏せオーラに太刀打ちできるはずがない。こくこくと従順に頷く教師に愛想笑いをすると、跡部がきびすを返した。

「行くぞ、!さっさとしやがれ!」
「……五分でいくから、待ってろ!」

その背中に向けていい、俺は職員室を振り返った。教師ドモは揃いも揃って間抜けな何が起きたか分からないって面をしている。…あー、今は何をいっても無駄っぽいな。
俺は手荷物の入った鞄を手にして、扉にの前で職員室に向けて一礼をした。





「あの、じゃあ、後日また、お礼に伺います!ありがとうございましたっ!」




校庭の向こう側にはこの住宅街に似合わない高級車。
ああ、あの馬鹿目立つ車で行動すんじゃねーってアレほど言ってんのに…。

「ちょっと何あの車」
「うっわ…ベンツ?あれってベンツ?」
「すっごいカッコいい人…」



ほら、周りの視線が痛ぇじゃんか!


「遅ぇよ」
「悪かったよ!」



車に乗り込みまたいつものスリリングで楽しい大学生活が始まる。




the end



実習は二週間だったり三週間だったりするらしい。なにかいろいろクロスしたものが書きたいらしいです。
  • END