end.

00





水槽の中で漂う。
ゆらゆらと赤い水の中に髪が逆立ち揺れる。消して開かない瞳でまぶたの裏の虚空を見つめ…静かに、息を吐いた。








――…


――…夢を、見た。


アレ?と俺は目を瞬いた。
俺はいつのまにか病院の廊下のようなところにいた。病院だと思ったのは自分が手術前の患者が良く着る、前を軽く結ぶだけのはだけやすいうす緑のものを着ていたからだ。
けれど、これはきっと夢だ。なぜなら、視界に入るものが全て白黒なのだ。夢の中で意識がはっきりしているのは珍しいことだなぁと思いながら俺は廊下を歩いた。
匂いもしなければ温度もない。それにしては所々に非常用の脱出マークがあったりと、夢にしては細部が行き届いている。俺の夢も進化したもんだなぁと思いながら適当に廊下を曲がった。人が歩いていた。白衣を着ている男だ。やっぱり、ここは病院か?男は廊下に突っ立っている俺に気が付かずに歩く。一瞥さえ、俺を見ない。

俺が見えないのか?
男の前で手を振ってみる。でも、無反応だ。やっぱり、これは夢か?夢にしても、なんだか自分が透明人間になったようで嫌な感じだ。俺はそのまま早足に歩く男の後を追った。
よく迷子にならないものだなぁと感心するほどに廊下をあっちこっちへと曲がっていく。さっぱりここの構造が理解できない俺には、迷路の中を迷い込んでいるような気がする。ただ、途中から廊下の角々にはプレートのようなものがあって、そこへ数字が書かれていた。きっと、あれで区間を分けているのだろうと漠然と思った。

男はやがて一つの部屋へと入った。俺も空いたドアの隙間から滑り込んだ。
中は、何か実験室のようだった。男が、中にいたほかの医者たちになにかを言う。
俺には何を言っているのか聞こえない。男の口が動いて、彼らに向って何かを言ったということだけが動作で分かった。他の連中が男に向ってなにか頷きながら返した。
この部屋の正面には大きなガラスが張ってあった。皆はそこから向こう側で行われている何かを見ている。俺もそちらに向ってガラスの向こうを見た。
そこには、十歳前後の男女が三十名ほど集まっていた。子供達は好き勝手に走り回っている。向こうの子供達はこちらに視線を向けることはない。

ふと、何かの実験のようだと思った。
心理学の実験とかでマジックミラーで被験者を観察するというものに似ているような気がした。このガラスがマジックミラーなら、子供達がこちらに意識を向けないのも納得だ。
俺は付いてきた男が何かを持って小部屋のガラスの横にあるドアを開けたので後に続いた。
男は手を叩いて注目を促した。子供達のつぶらな瞳が一斉に男に向う。
俺はどうせ俺のことなど誰も見えないのだろうと高を括って俺はすぐ傍の壁に腕を組んで背を預けた。男が何かを子供達に配りながら言う。掲げられた手の中にあるのはどうやらナイフだ。

…ナイフってオイ。なんだよそれ?
子供に与えるのはおもちゃが普通じゃないのか?続いて他の医者が入ってきて子供達全員にナイフを配り始めた。子供達はある者は恐々と、ある者は嬉々としてナイフを手にしている。
子供達はふたり一組のペアになるように指示されたらしく手を繋いで二人になった。これから何を始まるんだ?そうは思ってみても、俺に彼らの声が全く聞こえないから何が始まるのかさっぱりだ。あー…なんか眠いなぁ…と俺は思い切りあくびをした。
そこで俺は俺を見る視線に気が付いた。

え?俺って透明人間じゃないの?と思って驚いて首を傾げてみた。一人と言わず、何人もの子供達が俺に向って意識を向けているのが分かった。え、嘘!俺って見えんの!?吃驚してきょろきょろと俺以外の何かを見ているんじゃないかと見回してみても、俺以外に回りにものは無い。あるのは壁だけだ。壁に興味の視線を向けるヤツはあんまりいないだろう。ってことは、やっぱり子供達は俺を見ているということになる。
俺はぎこちなく笑って、手を振ってみた。もし、俺が見えるんだったら誰か手を振り返してくれるかもしれない。
子供達は驚いたように眼を開いて、次いで、照れたように手を振ってきた。

おお!どうやら俺が見えてる!

男が数人の子供達が一斉にした動作に驚いたようにして子供たちに近づいた。子供の目線に合わせようと屈みこむこともせず男は口を動かした。
それに、子供は身体も顔も緊張させて何事かを答えて、こちらを指差した。
男は思い切り眉間に皺を刻んで俺の入る場所を見る。けれど、その視線は子供たちのように俺をしっかり捉えるでもなく、こちらを見ているだけだ。全然俺への焦点が合ってない。
男が何かを言ったらしく、その言葉に対しててか子供たち全員が手を上げた。そして、子供たちのほとんどの視線がちらちらとこちらを向いている。

…うーん、もしかしたら「俺のことを見える人は手を挙げろ」とかそういうようなことを聞いたのかもしれない。男が俺(がいるであろう場所)と子供たちを見比べて先ほどのマジックミラーの小部屋へと入っていった。
子供たちは俺を興味深そうに見ている。俺は苦笑しながら口に人差し指を当てた。俺のことを言うなよ、みたいな感じにしたんだか伝わったかどうか分からない。まぁ、いいけど。俺は壁に沿って移動して反対側の壁に座り込んだ。その間も、子供たちの視線はしっかりと俺に向いている。
あ、ヤベ、足元を気をつけなきゃ股間が見える。俺は手術着の前を書き合わせつつ、脚を伸ばして座り込んだ。首を上に向けると天井が凄く高かった。幽霊っていうか透明人間だ。何が起こるのかわからないが彼ら医者たちが俺に対して何かを働けるとは思えない。まぁ、大体夢なんだから俺がもし死んだって眼が覚めるだけって言う感じもするが。
子供たちの一団から一人の子供が抜けてきた。子供は真っ直ぐに俺に向って歩いてくる。

にこりと笑ってみると子供は驚いたように眼をぱちくりとさせた。その様子がはとが鉄砲を食らったみたいな、あるいは、もらえると思っていたえさが貰えなかった犬のようで俺は笑った。
子供が口を動かした。俺に向って言っているんだろうと思ったが何を言っているのか分からない。俺は首を振って口を開いた。

「ごめん。俺、聞こえないんだ」

子供が自分を指差して口を動かす。そして、俺を指指す。

「あぁ?俺の名前聞いてんの?俺は、だよ」

俺は相手の名前が分からなかったが、自分を指差して相手を指差す、その動作に名前を聞いてるんだろうと思って同じ動作を返した。
一文字ずつ、区切って口を動かす。相手も口を動かす。子供が俺の名前を正しく発音しているのかどうかはさっぱりだが、まぁ、笑って親指を立てておいた。
子供がさらに何かを言うが俺は読唇術なんて素敵な技は持っていないので見ているだけだった。子供は俺の隣に座り込んだ。子供たちがハッとして顔を上げたので視線を辿っていくとマジックミラー室の医者たちが中に入ってきた。医者の顔が心なしか強張っているような気がした。子供の一人が俺の居場所を聞かれたのかこちらを指差した。
俺は子供たちを改めて見回すと、










――…暗転。












次に眼を開いたとき、再び俺は変なところにいた。
あ?ここはどこだオイ。
急激な場面の転換に、映画の展開の速さについていけない親父のような気分を一瞬味わった。でもまぁ、夢だから仕方ない。夢なんて意味不明なものだ。そんで、眼を覚ましたら忘れる。
今度はどうやら変な植物園みたいなところだ。
いや、公園っぽい。でも、なんか普通の公園に比べて人工的な感が拭えない不自然さがある。まぁ、公園だって配置とかそういうのは全部人工的なんだろうけど。どうしてだろうと思ってあたりを見回して、ああ、と思う。空が無いんだ。天井にあるのは白い電灯だ。白黒でしか視界が分からないが、きっとそうなんだろうと思う。
芝生の上に座りこんだ。

白黒の世界って凄い変な感じがする。色盲ってこんな感じなんだろうか?
足元にあるタンポポのような花も白黒でなんだか可愛らしくない。白黒写真っていうのはいい味が出ているので好きだが、

こんな風に視界が完全に白黒っているのは詰まらない。最高に詰まらない。
今の透明人間状態の俺が芝生の草を毟れんのかなぁと純粋な興味が突然沸いて、俺は手元の芝生を一本引っつかんでみた。結果は空振り。触れない。触れれもしない。
あー…なんか悲しくなってきた。再度チャレンジする。スカスカと空ぶる。

いい加減諦めようと思って芝生から立ち上がった。座っていると芝生をむやみやたらと引き抜きたくなる。
そして、いつの間にかベンチに座っている少年に気が付いた。後姿の髪の短さから少年だろうなぁと思って前に回りこんでみる。俺のこと見えるかな?と思って目前で手のひらを振ってみる。少年は全く反応をしない。…見えないのか…。悲しくなってがっくりと肩を落す。そしてため息を吐いて少年の隣に座った。あー…早くこの夢醒めないかなぁ…詰まらん。女の子が出てくる夢ならいいけど、ガキと子供だったら何もうれしく無い。そんなことを考えながらちらりと横眼で少年を見るとばっちりと眼が合った。

「…へ?」

目線はあっている。俺の目にばっちりと。
ってことは、この少年も俺が見えてるのか?さっき、無反応もいいとこだったのに?少年の表情は全く変わらない。
なんか、人形みたいなヤツだなと思いつつ、俺が見えんの?と自分を指差してみたが少年はじっと俺を見つめるだけだ。しかも、あんまり瞬きをしない。じっと見つめられると目線を逸らしたくなるのが人間の常だが、なんか目を離したら負けのような気がして、俺はじっと見つめ返した。今の俺は夢の世界の透明人間。ならば、瞬きなんか必要がないのだ!

じっと見る。見る見る。見合っている。………おーい、早くどっちか眼を逸らせよ。

つーか、少年よ、目を逸らせ。何分、いや、何十分も眼を合わせているような気がしてきた。なに?俺って何やってんの?まだ、にらめっこで変な顔をしているほうが面白い。詰まらん。
俺は少年の手に手を伸ばした。深い意味は無く、俺って人には触れられるのかなぁと唐突に思ったからだ。
ベンチとかには座れているし、全てのものを体が通過すると言うことではないのだろう。

―…あ。

触れた。熱いのか冷たいのか、そういう温度は全然分からないが、それでも、触れている感触がある。嬉しくなって俺はそのまま相手の手を両手で包み込んだ。
うわ!触れた!良かった…俺ってば透明人間じゃなかったのだな!つか、夢だからいいけど!嬉しくなって笑っていると、少年が眼を見開いて俺を見ていた。
見つめあいのときは全く動かなかった顔にやっと表情らしきものが現われていて、こいつ、人形じゃなかったんだなぁと思った。

手が触れるってことは他のところも触れるのか?俺は片手は少年の手を掴んだままで、もう片手を少年の頭へ伸ばした。―…何かに、触っている感触がある。

おっしゃ!調子に乗って、俺は相手を抱きしめた。
おー!木かなんかを抱いているような感じだが、俺はちゃんと触れている!良かった!これで人体通りぬけとか出来たら俺、絶対気持ち悪くなってた!少年から体を離して、ありがとうと言う意味を込めて笑って頭を叩いた。
少年は驚いた表情のまま、動かない。眼が俺から離れない。……え。なんか俺まずいことした?そんな不安を書きたれられる視線だ。

「ごめんな?あー…つっても、聞こえないんだっけ?」

うーん…どうしたらいいんだろう?ハッと俺にしては瞬間に閃いて俺は少年の手を掴んで広げた。その手のひらを指でなぞる。



俺は指先で名前を書いた。漢字ではなくカタカナで書いたのは、そっちの方が分かりやすいかなって思って。少年が分かってくれるかと不安だったけど、二回ほど瞬きをした少年は理解しているようだ。
満足だ。ああ、満足。

【君は?】

さっきの子供にもこうやって聞けばよかったなと思いながら少年の手のひらに更に書けば、少年は困惑したようだった。困惑って言っても、どこか瞳が揺らいだような気がしたって言うだけなんだけど。
少年はゆっくりと唇を開いた…――










――…暗転。









……いい加減にしろ。そりゃあ、これが夢だから俺の思い通りになんなくて、なおかつ、夢の登場人物の名前が決まってるなんて思ってないよ。夢の中で人物名が出てきたら、それはどっか俺の頭のなかに残っているなんかの名前だろう。
俺は今度はよく分からんところにいた。

最初は病院、ついで公園、そんで、ここは?

よく分からん部屋だ。部屋だってことは分かる。白黒の中では者がどうも薄汚れて見えて仕方がない。簡素なベットとばらばらに脱ぎ捨てられた軍服のようなもの。
なんだなんだ?散らかし放題の部屋だな。俺はベットがもぞもぞと動いたことで部屋の隅っこへ寄る。

ベットからボーっとした顔が姿を現す。前髪が異常に長い。半開きの口が動く。
先ほどの無機質少年と同い年ぐらいだった。ボケーッとした様子でベットから降りる姿に俺は慌てて顔を背けた。や、別に同じ男の裸なんだから、目を背けなくていいってのは分かってるんだけど…まぁ、マナーでしょ、やっぱ。
眠ってるときに全裸なのは風邪引くから止めたほうがいいよ、と忠告をして差し上げたいが、コイツが俺を見えるか、または触れるかはまだ分からない。
男はぼんやりとしたまま散らばっていた服を拾って見に付けていく。

そして、俺に背中を向けて最後の服を羽織った。その背中にある刺青に俺は息を呑む。なんですか、此の人。あれですか、ヤーさんですか。こんなに若いのに?

―…ん?なんか、あの素敵に無敵な刺青、どっかで見たような気がするんだけど、気のせいか?俺にヤーさんの息子の知り合いはいないぞ。

刺青少年はあくびをしてこちらを振り向いた。そして止まる。
視線は俺に釘付けだ。口が動く。…や。だからね?俺、何言ってるのか聞こえないワケよ?読唇術とか知らないからね?
少年は俺に向って笑った。笑顔なんだけど、こう、どっか怖いっていうか…。
俺はビビリながら、笑顔を返す。知ってるか、人生ってのは笑顔で乗り切れば結構いいサービスが貰えるんだぞ。笑顔には笑顔を。嘲笑にも笑顔を。嫌味にも笑顔を。全てにおいて笑顔を。
刺青少年は俺に向って歩いた。どこか不機嫌そうに眉が顰められている。アレですか、朝は低血圧ってヤツですか。











――…暗転。












パチパチと燃える音がする。
いや、それは幻聴だということは分かっている。だが、見ているだけで火花の激しさが伝わってくる。あたり一面が黒と白の業火に包まれていた。燃え残りの滓が灰色に宙を舞う。

どこだよココ。
歩いているとあたりに黒いものがごろごろと転がっていた。なんだろうとしゃがみこんでみて、思わずウッと口元に手をやった。
なんてことだ。俺ってやっぱ殺人願望でもあるんだろうか?

何度か人を日本刀で首ギッチョンする夢を見たことがあるんだが…―いやいや、俺はいたって平和主義者だ。ただの夢だ。恐らく色の付いた世界ではこの光景はシュールなんだろう。黒白のお陰で古い映画を見ているような感覚だ。
俺は進む。火を熱く感じるわけでもないが近くにいると熱いような気がしてくるので避けたい。

黒い塊が動いている。―…うあぁ、焼け焦げが死体が動いてるのか?それってホラーだよ。バイオハザードか、はだしのゲンかってとこだな。

俺は黒い塊に近づいた。
…眼を瞑っている。綺麗な顔してるなぁと思いながら、着ている服が真っ黒に見える。…これは俺の目が白黒だからか?それとも、ほんとに真っ黒なのか?そういう疑問が湧き出た。どうやら、コイツは気絶しているらしい。瞼が動いているし、時折痙攣している。

…つか、痙攣しているって、ヤバメ?もしかして、死にそう?

どうすればいいのかなぁ。別にここでコイツが死ぬ運命とかいうんならほっとくんだけど…つーか、夢だし、死んでもどうでもいいんだけど。
取りあえず、手当てっぽいことだけしておくか。勉強だと思って。って、何の勉強だよ。と自分に笑う。
相手の髪に手をやってみた。よし、触れる。俺は腰周りを漁った。思ったとおり、腰にはポーチがあった。ここじゃあ手当てが出来ないなぁと思いつつ。俺は男の両腕の間に腕を差し入れて引きずった。背負うとかそこまでするのは面倒だった。火の手の無いほうへと来て男の服を脱がせる…つーか破く。
上に着ているジャケットみたいなのは無事だったので、それは普通に脱がして横において、中に来ていたテーシャツっぽいのを脱がせた。くそっ!ぐったりしている人間を動かすって言うのは面倒だな。

ポーチの中から抗生物質って書かれたもののを出して説明書を読む。日本語だ。流石夢。日本語ですよね、やっぱり。これで英語とか書いてあったら解読不能ですもん。
注射器に直接入っている薬を注射すればいいっぽい。注射器のキャップを外してまずは腕へ適当に注射。男が身じろいだが、無視。

やー…つーか、注射とか普通の人間がやっちゃ駄目だよな。ぶっちゃけ、この薬を静脈に入れなきゃいけないのか動脈に入れなきゃいけないのか、それすらもよく分からん。まぁ、夢だし。
次いで、塗り薬っぽいのを出してべたべたと傷がある腹に付けた。んで、最後に包帯をグールグル。よし、完璧!と一人で大満足な俺だ。

流石俺、よく分からないけど任務は完了した。
さて、もういいよな。と俺が立ち上がって他のところに行こうと男の体に背を向けて立ち上がると腕を引っ張られた。

「ぐわ!?」

あっという間に、俺の身体は地面に押し倒されて首筋には何かが当たってる。見上げると、俺の上に覆いかぶさっている先ほどの死に際の男が居た。
眼がどことなく泳いでいるのは恐らく体に負担が掛かっていたりとか、実は半分意識がないとかそんなもんなんでは?なので、あんまり怖くない。なんか手負いの獣みたいだなぁと思うと笑えた。笑う俺にかなり怪訝な顔で男は眉間に皺を寄せた。俺は笑いながら男の髪に触った。

「大丈夫だ」

言って、再び俺が笑うと男が躊躇ったように何事かを口にしかけ…――











――…暗転。























ゴボリ…気泡が眼に見えて立ち上がった。コンピューターの機動している仄かな点燈以外にその場に光は無い。
薄暗い中で唯一光として見えるのは赤い溶液の詰まった円柱の水槽だった。
ピクリ、と微動だにしなかった瞼が水の中で打ち震えた。

ピピッ…――
異常を知らせるアラームが鳴り響くがそれはむなしく反響するのみで誰もやってくる様子は無い。

ゆっくりと、瞼が開く。赤い溶液に満たされた水槽の中虚ろな瞳が姿を現した。彼は何も見ていないような茫洋とした表情で腕を上げた。
目の前に外界と遮る邪魔なものがある。ガラスだ。
手のひらをペタリとガラスに貼り付けて力を込める。ピシピシと高く硬い音を立ててガラスに亀裂が入った。更に力を込めるとガラスは砕けた。
割れた隙間から赤い水がここぼれ出る。口に入っていたチューブのようなものを抜き取り肺に酸素を直接取り込んだ。新鮮な空気とはいいがたく淀んだ埃っぽい空気だった。身体に付いていたよく分からない線を抜き取り床へと降りた。足元にガラスの破片や水があるが気にせずに踏みしめた。床は無機質で素足には冷たかった。
幾つものコンピューターの前の椅子に掛かっていた白衣を裸の身体に無造作に羽織った。
ペタペタと足音を立てて廊下を歩く。非常灯のみしか光っていない中を迷わずに進んでいく。薄暗い中でもはっきりと見えていた。やがて厳重な扉の前に出る。扉のする横にあるオートロックへとパスワードを入力する。


気の抜けた炭酸のような音がして扉が横へと滑った。躊躇い無く脚を踏み入れた。





















いろと りど り のは な がさ く


――…薄っすらと笑った。











咎狗の新連載。
自分、最初コレが書きたくて咎狗別サイト作ろうかと思ったぐらいでした(笑)、未来リライトはこっちを書いてる片手間にちょこちょこ書いていたものです。
この話は読み手をちょっぴり選びます。なぜなら、END後のお話だからです。
シキEND後なので、性質上完全オリジナルストーリー、オリキャラ、捏造設定を多数含みます。まぁ、出来るだけオリキャラはさらっと流して主要キャラで頑張ろうとは思ってます。

そんな感じです。こちらはシリアスかな…。完結めざして亀よりも遅く連載します。