end

04







俺は次の日書置きをすると診療所を出た。
サイゾーさんには書置きを一枚。眼を醒めた後、サイゾーさんを手伝いをしてもらえるように比較的仲がよかった近所の少年にサイゾーさんの面倒を託した。少年は快く快諾してくれた。ただ、俺がどこに行くのかと聞いてきた。ちょっとだけ弟みたいに思っていた子供だったので適当なことも言えず中央へ行く。とだけ言っておいた。
少年は酷く驚いた顔して、ついで、泣きそうな顔になった。赤い髪の毛を乱暴に撫でてやって、「行ってくる」と短く告げた。

いつもの服、いつもの荷物、いつもの俺。
中央…すなわち、トシマは休まず歩いて三日掛かる距離だ。
一日目、途中で夜盗のようなものに会ったがそれらは丁重にお帰りいただいた。殺してはいない。せいぜい半殺しだ。ただ…追われるのも面倒なので両足の腱を切らせてもらっている。自分が人を傷つけているということに驚きだ。少し、そんな自分が悲しい。

最後の三日目、あと少しでトシマにたどり着くという最後の日、俺は宿を取ろうとした。最後の一日ぐらいは野宿じゃなくて人並み程度に休もうと思ったのだ。
昼にその町に着いたので、俺はぶらぶらと歩いていた。今まで暮らしていたのは郊外だったので、こんな風に発展した町は始めてだ。並ぶ店のショーウィンドーを眺めながら、時たま未来っぽいものを見つけて感心する。中でも、電化製品店に陳列されていた音楽プレーヤー。

【ID】…イド、と読むらしい。それが気になった。大学に行くのにいつも音楽を聴いていた俺は音楽が好きだ。ガンガンに音楽をヘッドホンで聴いていた。…欲しいな、とちょっと思ったけれど、たぶん今の俺には必要ない。あれは余裕がある人間が買うものだ。
ぼんやりと見ていると、急に大通りの方が騒がしくなった。何だろう、と吊られるように俺も歓声のするほうに脚を運んだ。
路地から見ると大通りは人だかりが見えていた。まるでパレードを待つ観客だ。俺はこれほど多くの人間をいっぺんに見るのは四年ぶりだ、流石はトシマに近い町だ。人は沢山いるのだな。人垣に突っ込んでいく勇気もなく、路地から見ていると人山からのぞく帽子…どうやら軍人たちが歩いているのようだ。俺の考えを裏付けるように


ジープが列を成して通り過ぎる。
どこかで起こった反乱軍を殲滅に言ったのだろう。こんなガチガチの恐怖政治でも、抵抗する馬鹿…もとい、チャレンジャーが居るんだなぁと感心した。素晴らしいですな、その精神。



――…ワァア!!



一段と高い歓声が上がった。俺は目を見開いた。


戦車が通る。一人の覇王を乗せて。
砲台のすぐ横で軍服に身を包み、腰には日本刀。風に揺られる漆黒の髪、前を見据える血で染めた赤い瞳――…




「シキ…」

俺の呟きは歓声に呑まれて消えた。










今日は吃驚した。宿のベットに転がって天井を見ながら俺は今日の思いがけぬ遭遇を思い返した。
こんなところでシキが見られるとは…。ああ、シキが動いてたよ…あの声、本当に緑川光なんだろうか…とか、オタク臭いことが思い浮かんだ。あと、マジで美形だなぁと思った。並みの容姿の俺にしてみりゃ、あのビジュアルは憎い。
ホモゲーのキャラなんだから、美形は当然なんだ、劣等感を抱くな。抱いたほうが負けだ…と自分に言い聞かせた。
トシマへは明日着く。俺みたいなヤツラが、トシマに向っている。

――…いや、深く考えるな。勝つことだけを考えて、今は眠れ。

お守りを握り締め。俺は眠るために無理やり自分を闇へと沈めた。









トシマ。
俺が初めて訪れた地。ここが本当にトシマなのかと、四年前の廃墟のようだった姿と比べて俺は感動すら覚えた。
数年で、よくもここまで復興・再建できたものだと、聳え建つ【城】を前に俺は笑った。

「『Mercy of King』に参加希望者はこっちだ」

城の近くまで来ると列があった。並ぶものたちの外見、年齢はてんでバラバラだ。
浮浪者のような身なりのものも居れば、そこそこいい格好をしているものもいる。多くはそれなりの体格をしていた。

…まぁ、そりゃそうなんだけどね、これは弱ければお話にならない。


月に一度行われる『Mercy of King』…直訳すると『王の慈悲』。メルシーオブキング。略してメルとオレは呼んでいる。
シキのどこが慈悲なんて持ってるんだ、とホモゲーでのシキを知ってる俺としては突っ込んでやりたいのがだ、確かに、この世界において一般国民にしてみればこれは希望だった。虐げられるしかない這い上がれない者はこのゲームに一縷の望みをかける。

バトルロワイヤル形式で行われる試合で生き残ったものは軍人になれる。…ぶっちゃけ、俺は軍人になんかなりたくないが、これに勝ち残り、部隊に入れれば衣食住の保障がされる。―…そして、破格の給料が出る。


俺は、その金が欲しかった。
全うな仕事をして地道にお金を貯めることは出来る。けれど、それは何年…何十年掛かるか分からない。サイゾーさんはそんな長いこと待っていられない。今すぐに手術が必要だ。その手術をしても、今の年齢から考えて、二十年生きられるか分からない。
一般国民に比べ、軍属であったら優先的に待遇が良くなる。サイゾーさんの手術のためだ。



――…まぁ、そんなのも俺のただの偽善なんだけどね。
たしかに、サイゾーさんになにかしてあげたいと思っている心はある。けれど、やっぱり、彼が倒れてしまったら俺の居場所ってやつがなくなってしまうのだ。
そうすれば俺が路頭に迷う。ほら、また俺の自己中だ。




12411-TM-7536 

国民番号と名前。それだけを記載して渡すと、変わりにドックタグが渡された。
ドックタグ、一杯持ってるのに…そう思いながら受け取ると、そのドックタグには数字が書かれていた。それが、受験番号らしい。
受験番号かぁ……大学、折角頑張って入ったのになぁ…と久しく忘れていた大学を思った。


no.474。


「不吉なナンバーだな…。シ ネ ヨ?」


474はシネヨと読める。死ねよ。笑い話にもならん。
首に掛けた。ジャラジャラと首が重い。ああ、肩こりになりそだ。
最後にボディチェックと荷物検査。飛行機を乗るときに潜るゲートみたいなのを通り過ぎる。俺の得物は変わらずナイフが三本。一本はキリヲのヤツ。もう二本はトシマでかっぱらったヤツだ。何度か使って分かったことは、キリヲのナイフが一番上等だということだ。

試合…死合が行われるのは、二日後。毎月、十五日だ。
さてと、二日間…ゆっくりとしますかね。俺はベットの上に転がって布団を頭から被って丸くなった。ひたすら寝る。

登録数は五百人。それが十五日に番号順に五十人ずつのブロック十組に分けられる。その五十名での殺し合いのうち、上位三位までが部隊に入隊が許可される。
俺が分けられたのは最後のJ組。
入隊できるのは五百人中たったの三十人。…――今時の受験戦争より狭き門だ。

一回につき、一体何人死んでるの?と聞いてみたい。日本国の人口を減らしている。


「銃火器は禁止。以上、それがたった一つで絶対のルールだ。健闘を祈る」




死へ続く扉か…それとも、生への栄光か。

重厚な扉が緩慢に開く。開け放たれた扉の向こうには観客がひしめく。
俺はグラディエーターか何かになったのか?中央にある一段高くなった丸い舞台が戦場だ。

―…どこか、ゲームで見たイル・レとの闘技場を思い出した。恐らく、此処を作った者も、イル・レの闘技場を思い描いて作ったのだろう。黒のTシャツにダークグリーンのカーゴパンツ、ショートブーツ…ああ、上着だけは違うか。キリヲのジャケットはでか過ぎて、袖から手が出ない。寒い冬にはいいのだが、今日のような手の自由が欲しいときには利便が良くない。診察所においてきた。今着ているのは黒い丈が短めのフード付きブルゾンだ。

どの顔も、緊張と興奮に高ぶっている。ぎらつかせた瞳に、震える指先。醜い醜いみんな醜い。

ドンドン冷えていく血と思考を感じながら、扉が開いたのと同時に、俺はブルゾンのフードを被った。
ぎゅっと、服越しに握り締めたお守りが擦れ合って小さく音を立てた。フードで被った頭で、少しだけ舞台から観客達を見る。正面の特別席…―そこに、シキが居た。慌てて目を逸らす。なんだあのシキ。脚なんか組んじゃってさ、なんつーか、此処まで自信満々なシキの心が伝わってくるんですが…。

もう一度眼だけを上げるとシキの右斜め後方に立つ、知った顔を見つけた。うお!アキラがいる!軍服に身を包んでピシッと立っているホモゲーの主人公がいた。ゲームの世界に来てから四年目。終に、主人公を見れたよ…なんだこの長い道のりは。こういうトリップものは第一遭遇が主人公と相場が決まっているんじゃないのかっ!理不尽だよな、本当…。






「総帥に命を!」

しみじみと己が不幸を思っていると、掛け声がされた。ああ!?なんだそれ!?
何で俺の命をシキになんか捧げなきゃいかんのだ!!ホモだぞ!?アイツは、あんなスカシタ顔して据わっているが、アキラに臍ピアスさせて「俺のものだ、ふ」とか、満足してしまうようなやつだぞ!?サドだぞ!?ナルだぞ!?ホモだぞ!?シキになんて命上げれるか!ふざけんな!!

一通りのシキ否定をしていると、J組のヤツラは乱闘を始めた。切り裂く血の匂いが鼻腔を擽る。ただ鉄臭い。飛沫が上がる。痛みに呻く、絶命の絶叫。観客の雄たけび。

俺に飛び掛ってくるやつもいた。キリヲのナイフでいなしながら、俺は逃げ回る。逃げて逃げて逃げまくった。
四年間の間に気が付いたことだが、反射神経と動体視力だけは飛びぬけて良くなっている。これにはちょっと感謝した。そうだよな、ちょっとぐらい身体機能が上がってないと俺、生き残れないよな。サイゾーさんの診療所にだって、薬欲しさに襲ってくるやつがいたんだ。撃退とかは俺の役目だった。そんな風に少しずつ、俺は喧嘩を覚えていった。

この五十人でのバトルロイヤル。最高でも四人までしか一人の人間に襲いかかれない、そのことを念頭において注意していけば相手を見極められる。裏切りとかがあるから、皆協調性もなくバラバラに一対一で殺しあっていることの方が多い。

逃げながらも、時折相手に一撃をくれてやる事は忘れない。逃げて逃げて逃げ回りつつ、相手の首にナイフの柄を打って気絶させたりする。
だって、逃げ回ってるだけじゃ、戦闘意欲がないって言われて失格になっちゃうかも知れないだろ?俺が感じるのは、この連中みんなそんなに強くない。普通に町にいる悪ドモと同じぐらいだ。
もしかして―…逃げ回ってれば、案外合格できるかも?


「シャアァアアー!!」
…キモォォォォッ!


奇声を上げて攻撃してくるやつキモイヨー。薬やってるのかな。気持ち悪く涎たらしてとか、白目向いちゃってるとか、そういうジャンキーは嫌いだ。俺が何度か強い一撃を与えても打たれ強く男は突っかかってくる。こういう粘着質なヤツ嫌いだ。


―…殺したほうが早いか?そんな思考が一瞬掠めるが、押し留める。動けなくさせればいいんだ。殺すまでも無い。


男の乱雑な動きで繰り出されたナイフを避け、ナイフを握る手を切りつける。ナイフを持つ手を緩ました隙に腹に回し蹴りを入れると男は軽く体制を崩した。そこへ、脚払いを掻ける。尻餅をついた男へ素早く屈みこんで…切る。

「ぎゃあ!」

俺っていっつもアキレス腱を切ってるなぁと思いながら両足の腱を切って、飛びのいた。俺が実際やられたらヤダな。両手をばたばたさせた男に馬乗りになって顔面を殴る。ナイフの柄を握りこんで殴っているので相手の骨ぐらいは折れているだろう。現に、鼻が不自然に曲がっている。

背後からの気配に、俺は飛び上がって警戒を新たにナイフを構えた。


―…コイツ、出来る。


俺の前に、現われた。長い茶髪をポニーテールのように後ろに結び眼に明るい黄色の羽織。裸の胸が覗いている。まぁ、覗いてるっていっても女の胸じゃなくて当然男の胸だからなんとも思わないが。男は「へぇ」と軽く笑うと槍を構えた。ちょっと待てい!!!槍!?そちらさんの得物はですか!?

長い得物に短い俺のナイフは届きにくい。
男の武器は槍のような長さを持ち、矛も着いているんだが、反対側の本来持ち手がある場所にも剣のような刃が着いている。両方使えるっていう代物っぽい。ヤバイ。死ぬ。適当にやってきたやつらとこいつ違う…。

ひやりと細胞の一つが脈打った。ジリジリと時間が皮膚を突き刺す。





ドクンッ。





「―…それまで!終了!!」

カーン!と鳴らされた銅鑼の音が、俺と男を遮った。
あう!助かったぁ〜…!!俺はほっとして力を抜いた。ペタンと座り込んで大きくため息を吐いた。
















こうして俺は、命の危険を感じながらもや軍部に入隊が許可されたのだ。