end

03








サイゾーさんはいい人だ。いい医者だ。ただ、人使いが荒い。

「それは使わんと言っただろう!何度言えば気が済むんだ、エェ!?」
「すいませんすいません!」
「お前なぁ、笑ってリャ世間を乗り切れるわけじゃないんだぞ?そこんとこわかってんのか、?」
「あははははっ…」

んなこと言われてもなぁ…。
俺は笑顔で世間を乗り切ってきたヤツだからなぁ…。俺は間違えて持ってきた薬を医療箱に戻して、今度はちゃんとした薬を取りだした。

国土統一の内戦はもう終わった。どうやらこちら側…日興連側の勝利で終わったらしい。
終戦を迎えて一年。内戦を含めて約二年。俺はこの【咎狗】の世界から抜け出せないで知る。せめて夢の中だけでいいから元の世界に戻りたいと願って、暇なときに眠りまくっているのだが一向に、眼が覚めたら夢落ちでした…的なことが起こらない。
マジで神様なんかいないと諦めてきた。もともと無宗教なんだから縋れる神も仏も閻魔さまもいないけど。

二年もすると、俺がいた世界の方が嘘だったのかなぁと弱い心が表れるが、今まで現実で生きてきた二十年間を嘘だとは思えない。この世界はホモゲーの世界だ。ホモゲーなんて二度読み返してたまるかと、文章を読み込んでプレイをしていたので記憶は結構残っている。
と言うか、こちらに来てから忘れないように努力した。

なんたってホモゲーだ。忘れるな、ここはホモゲーだ。

「サイゾーさん。こっちのアンプルで良かったんですよね?」
「おう」

肺炎を拗らしたという患者に向って投与する。内戦後、物流は良くない。男は咳き込みながら苦しそうだ。けが人や患者は多く訪れる。最近、ますます増加の一歩を辿っている。俺とサイゾーさんが居る場所は郊外なので中央の様子はあまりよく分からない。勝った日興連側は統一日本国を作ったのだと言うことは風の噂で聞いた。

シキは…どうなったんだろうな。軍人END淫靡ENDだか知らないが、シキがクーデターを起こすんだかなんだかするんだよな。で、シキが日本国総帥?
安静にするように、と肺炎患者を送り出し後片付けをする。診察室といちおう銘打っているこの部屋には診察台が置かれている。薬は高価なのでいつも医療箱に入れて俺かサイゾーさんが持ち運んでいる。俺は洗った包帯をくるくると巻いて医療箱に納めた。

「そういえば、こないだ仲介屋が言ってたんじゃが…中央でクーデターが起こったらしい」
ク、クーデターぁ!?

ちょうどシキがクーデター起こすんだよなぁ〜とか思い出していた俺は、見計らったように言われた言葉に声が裏返った。サイゾーさんは聴診器を俺に渡してきたので、それも医療箱にしまって蓋をした。

「アイツも裏の道で薬を集めているからな。情報ということでは正確だ。前々から軍部の中で台頭して来ていた若者が…どうやら、クーデターをして政権を取ったらしい。聞いた話だと相当腕も、頭も切れる若者とな」

頭の切れる若者…つか、シキだろ?

「一体…日本はどうなるのかのぉ…」

サイゾーさんは遠い目をして窓の外を見た。
俺も釣られてみる。




――…空は相変わらず、灰色だ。






■□■






――…これが、シキの取った弱者に生きる資格は無し、という世界か…。

シキがクーデターを起こし、政権をとったと聞いて二年。俺が【咎犬】の世界に来て早四年。急速にシキを頂点とした国が出来上がっている。
彼がするのは恐怖政治。旧ソ連のようだ(つっても、そこらへんの歴史とか俺のちゃらんぽらんな頭では詳しく全然知らないけど)。

俺が住んでいる郊外にまで彼ら日本軍が見回りに来る。軍属はエリート、そんな構図が出来上がっている。
弱者は逆らわず、小さくなって影に暮らす…まぁ、傍から見ていればかなりむかつく場面もあるけれど、俺に関係ない人間がどうなろうと知ったことではない、と思っている自分がいるのは確かだ。
俺は表面上は笑顔で優しいかも知れない。診療所にくる人たちも、サイゾーさんさえ俺が優しいから、「いつか騙されるぞ」みたいなことを諭す。
でも、自分じゃそうは思えない。現実世界の若者の性格、それは世界を一枚の薄布を通してみているってことだ。親を殺しても淡々とその時の状況を反省も無く話す子供が居る。人間なんて、多少の打算で動いているんだ。
だから、サイゾーさんみたいな人を無償…ではないけれど、少しのお金を取って治療してやるほうがよほど凄いと思う。軍人は人をゴミのように殺す、傷つける。


死体を何度も見た。何体も。…この世界に来てから、数え切れないほど。



死体は綺麗なものだと思っていた。(いや、んなまさか!道を歩いていてどこかから落ちたひな鳥が潰れてぐちゃぐちゃになっているの見たことがある。あれを人間に当てはめてみろっつの)
心臓が止まり、呼吸が止まり、脳の回転が止まる、…――そして、最後に消えるのは。(そんな優しい死に方、老衰以外にありゃしねぇよ)




運ばれてきた軍人によって踏みにじられた死体の顔に布を掛けて物思いにふけっていると、ガチャンと金属を床に落す音が聞こえた。

「サイゾーさんっ!!!」

ぐらりと、サイゾーさんの体が揺れたとき、俺は自分でも信じられないぐらいの速さでサイゾーさんの傍へより、身体を支えていた。

「サイゾーさん!大丈夫ですかっ!?」

サイゾーさんは胸を押さえ、青くなったり赤くなったりしながら短く荒い息を繰り返した。瞳は痛みを堪えきれずに、生理的な涙を零す。
発作だ。サイゾーさんは長く心臓を患っている。彼自身が医者であるが故に、自分の身体を手術することは出来ない。俺が助手になってからたびたび発作に襲われていたことが有るが、ここ最近は頻繁に起こるようになっていた。舌打ちをする。

―…この発作、近頃で一番酷い。

俺はサイゾーさんの身体を支えたまま、彼の白衣の中からピルケースを取り出す。本当に微量の効果しかないが、中の錠剤が唯一の生命線だ。錠剤を無理やりサイゾーさんの口に入れる。手を口から離す際、軽くサイゾーさんの歯が指を傷つけた。

「ッ…」

俺はサイゾーさんをベットに寝かせた。はっきり言って、この発作に対して俺が出来ることは錠剤を飲ませてベットに寝かす、ただ、それだけだ。それ以上、俺がサイゾーさんに出来ることは無い。
薬の成果か、時間のお陰か、サイゾーさんの呼吸が徐徐に緩やかになってくる。額に浮かぶ玉のような脂汗。彼が受けている痛みは俺には分からない。俺はサイゾーさんがそのまま意識を失ったのを見計らうと診療所を出た。行き先は隣町の医者だ。

サイゾーさんよりも若干若い医者は、俺の今までの四年の給料分に渋々とやって来た。
この医者は無認可の医者だ。サイゾーさんもそうだが、第三世界大戦後、医者は国指定の病院で働いていないものは免許が取り消される。医者の資格は持っている。ただ、それの効力が国に消されているだけだ。
医者は寝ているサイゾーさんの脈や眼球、倒れたときの症状、発作の頻繁さを聞いた。俺はひとつひとつを答えた。多少の医学的な治療方法は助手として生活してきた数年で少しずつだが覚えている。
医者は、あっさりとさじを投げた。

「手の施しようがないな…手術すればどうにかなるかもしれないが…」
「だったら手術してくれ!」
「無理だ。ここには設備も無い。帝國病院に行って、手術を受ければ…存命は出来るだろうな」
「…ッ」

そうだ。ここには最低限の医療器具しかない。手術となれば無菌室やら、最新の医療レーザーなどが必要になる。…でも、そんな手術を受けさすには金が要る。一般階級の俺たちのようなものは病院の前で門前払い…というか、たどり着く前に殺されることは必死だ。

「悪いな。ワシにゃあ何も出来んよ」

おなざりな言葉を残して、医者は帰っていった。
節電のために電球一個しかついてない状態の診察室で俺はずっとサイゾーさんの横顔を眺めていた。サイゾーさんはいい人だ。口喧しいけれど…。助けたいな、と少しだけ思った。
この人がいたお陰で俺は野垂れ死にしないですんだ。これから先、サイゾーさんが死んでしまったら俺は医者の真似事も出来ないし…収入が無い。ということは、死ぬ。
サイゾーさんは歳を取った父のようなものだ。現実世界に戻れるかどうか分からない俺に取っちゃ、親代わりだ。

親にあんまり愛着は無いけれど、このままゲーム世界に一生居ることになるんなら、サイゾーさんが親代わりだ。一度も、親孝行なんかしたこと無い。








最初で最後だ。
俺は服の下のお守りを握り締めた。










――…それは、一つの終止符だった。