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05






無事に五体満足でかすり傷一つなく部隊に入隊することが出来ました!万歳!

入隊者三十名はランダムに各部隊の欠員があるところに配属される。俺は第七部隊に配属された。上官も若く二十代後半で名前をマキと言った。当然ながら男だ。…女はいねぇのか。マキは理知的なインテリ眼鏡を掛けている。眼鏡はインテリの必需品だ…。しかし、オタクの必需品でもあるぞ。
俺と似たような黒髪に、少し青みがが入った感情の起伏の少なそうな瞳が帽子と眼鏡の隙間から覗いた。

日本国の軍組織はシキを頂点とした完全な独裁だ。
シキの下には直属の親衛隊(これは、アキラがいる部隊)があり、シキ或いはアキラの命令でしか動かずに独立系統の部隊だ。更に、シキの下には十三の部隊を置き、それが派生して細かい小隊分けがなされて命令系統を作っている。人体に例えると、シキは頭、四本の手足にさらに二十本の指。それがシキの元に行動している。

ステップアップで上にいけるかどうかは偏に力と有能さに掛かっている。俺の他に二人ほど今回の【王の慈悲】に受かったものが配属された。俺の直接の上官になるのがマキだ。マキは一列にならんだ新人(俺ら)を見て、手元の書類と照らし合わせていく。
カチャリと彼の腰で鳴るサーベルが結構重厚なこの部屋では重く響く。

「キョーヤ、ユキ、…」

一人ひとり緊張して立つ俺たちの名前をゆっくりと読み上げて行き、俺で止まった。え!?俺なんかしましたかっ!?
焦って瞬きが多くなる。なんですか、なんか俺、態度悪かったですか?俺が緊張に喉を鳴らすと、ジロジロとマキは俺の上から下まで眺めた。特に、瞳と髪を。
手を伸ばされて、反射的に目を瞑る。耳の上を掠る様にしてマキの手が俺の髪を鷲掴んだ。冷たい手の感触に首を竦める。

「ッ…」

引っ張られて頭皮が少し痛い。剥げる。若ハゲは嫌だ。キュッキュと指先で髪が擦られる。髪についた汚れを取るような動作だ。俺の完璧なキューテクルが…。


「珍しいな、。君は純血種か…?」


――…純血種、これは深い意味も無く、ただそのままの意味だ。
日本人同士の血の掛け合わせた人間。そんなの、日本人なんだから当たり前だろ?と最初は俺も思ったのだが、第三次大戦前の、インターナショナルな政策、また、第三次大戦中の選りすぐれた人種での兵士の生産。終戦後の人口の流出と流入…人口の減少を辿っていたニホンには必然的に混血児が増えたのだ。遺伝子にニホン人以外の外国人の血が入っているものの方が年月とともに増えていった。

要するに、誰もが少しは本来の日本人が持ち得なかった色をどこかに持つようになったのだ。それは目の色だったり、肌の色だったり、髪の色だったり…。
黒髪黒目って言うのは居ないことも無いが少ないことは事実らしい。

マキは遠慮なく髪の一部を触りながら、再び手元の書類を見た。
合格後すぐの身体検査、髪の染色の有無や、瞳の色はすでに検査済みだ。もちろん俺は髪も染めてなかったし、瞳の色も変えてない。更にはラインとかドラックもやってない。糞不味いメシばっかり食べていたので健康状態はちょっと心配だが。

「いえ、違うと思います。…確かに、双黒ですが」
「そうか…」

俺の否定にマキは目を細めて、かすかに笑みらしきものを零した。人形のような顔が少しだけ人間の情が通ったように見えた。この城の軍人は、どいつもこいつも人形みたいに表情が無い。気持ち悪いことこの上ない。

「さぞ、軍服に栄えるだろうな…」
「どう、も、ありがとうございます…」

どこかうっとりと囁かれてしまった言葉に、顔が引きつるのを押さえて、俺は言葉を変なところで区切りながらなんとか流した。





…と言うことで俺の部隊での暮らしが始まった。
まぁ、確かに一般国民よりは優遇されていると感じることが多々ある。俺はまず第一にサイゾーさんのところに手紙を出した。【王の慈悲】での勝ち残りボーナスとでも言えばいいのか、準備金として渡されたお金も一緒に封をして送った。
軍部の郵便ルートから行くので途中で奪略される恐れはほぼ無い。ネコババしようとするなら、その経路を預かる輸送部隊が連帯責任で懲罰がある。…ああ、本当に嫌な世界だね。上に立つものに優しく、下のものに厳しい。

―…いや、そうでもないか。

上に立つものも、最上のシキ以外は常に命を懸けることを強要されている。全ての部隊に三ヶ月に一回の周期で義務付けられている能力試験。ペーパー試験。ラインで強化された親衛隊のメンバーとの試合を行い、一定の力量を維持していないものは良くて追放(これは、年齢的にキツイだろうとか)、悪くてその場で死刑だ(特権に溺れて堕落してしまったやつ、このまま行っても使い物にならないとか)。
ちなみにこれは、部隊の人はラインを服用していはいけない。

ラインは入隊初日に軍服とサーベルと一緒に配られた。アンプルに入った少し赤みが掛かった水のような液体。ぐえ。これってシキの血を薄めたもんなんだよなぁ…そう思うと、とてもじゃないが服用しようと思えない。なんか…なんかそう、口に出して言いたくないんだけど…

……シキに、犯されているような気がする!ぐはぁああーー!

嫌だっ!考えただけでも鳥肌が立ったよ!ホモ菌が移る!ホモゲーのホモ菌って嫌だ!






そんなこんなで毎日を過ごしている。
俺は何度か十一番隊としてジープで郊外に見回りに行った。ぶっちゃけ、部隊って何やってんのかさっぱりだったんだけど、まぁ、言って見れば年貢を貢げと暴虐を働くお代官様の一味みたいな感じ?つっても、工場で働いているものを納期以内に届けろとか、手を抜くなとか言う意味で見回ったりしたりとか何だけれど。生の食品って言うのはもっとすっごい田舎の方でしか生産していない。
第七部隊の所轄はトシマを中心に関東だから、これはあんまり俺には関係ない。それから…――規則を破ったものを連行すること。

これはねー、恐怖政治ってこういうことなんだなぁって思うよ。
別に何もしていない人間でも、気に入らなかったら軍人はいちゃもんつけて連行するからね。うん、サイゾーさんと暮らしていたころにも良く見た光景だ。ただ、見ている立場が変わったけどね。殺したって構わない。反逆罪でとっ捕まえて囚人として連れて行って死よりも辛い労働に服役させることだって出来る。

道の真ん中で果敢にも刃を持って「仲間の仇!」と飛び掛ってきた少年を軽くいなして、殴る蹴るの暴行を働いている仲間(と言うか、同僚?仲間と言えば同じ部隊の所属なんだし仲間なんだろうけど…基本は赤の他人だ。俺の位置では同僚がいいとこだ)を見てた。このリンチを見ているというのも俺としては苦々しい。間に入ってことを納めようとも思わないが、こうも目の前で堂々と行われる虐待は見ていて気持ちのいいものでは断じて無い。ジープに寄りかかってその様子を見ていたら…

「悪魔の狗が…―」

…聞こえちゃったんだよな。小さく憎憎しげに呟く男の言葉が。
俺はスッとそちらを見た。いかにも普通な、でもちょっと頑固そうな職人の体をした男と目が合った。男は慌てて視線を逸らすと、何事も無かったように足早に立ち去ろうとした。
どうするべきか迷う。俺が向ってもするのは手刃を食らわせて気絶されたところを連行して囚人にすることだけだ。同僚たちはまだこの場に留まるようなので、近場にいたユキに一声掛けて男の後を追った。

男の脚は早かった。歩いているだけなのだろうが入り組んだ建物の間を行くので見失わないようについて行く。

「…―ッ」

感ずいたか。男が急に走りだす。俺は後を追った。逃げられたら困る。ユキに「なんか、捕まえてくる」って言ったら「。鼠を捕まえられなかったら、僕、怒るから」と言われてしまったのだ。どうやら、ユキも男の雑言を聞こえていたらしい。
男と俺の差が縮まっていく。よっしゃ、ラストスパートだっ!ゴールが待ってる!!

俺は地を蹴った…。

「トヤーッ!!」
「ガッ…ハッ…」

背中に強烈な飛び蹴りにむせ返りながら男が前方へと倒れた。顔面から地面に落ちた痛そうな音が聞こえたが、仕方が無い。

「くそっ!オレが何したんだっ!」

男は鼻から血を流しながら俺を振り仰いだ。ふむ、顔面激突で鼻血を出したか。男は喚いた。俺の軍服の黒を見て、瞳に怯えが走っているのが見える。



恐怖、畏怖、媚、追従、嫌悪、憎悪……―この世界に来てから、そんな表情を本当に見た。現実世界で、そんな強烈な感情を表すことなんか滅多に無いだろう?凄いな、感情が豊かだよ。



――例えそれが、負からなる感情だとしても。



俺は笑った。


「『何をした?』言ったじゃないか、"狗"と」
「…!オレは何も言っていない!何か証拠があるのかっ!」
「証拠?俺が聞いた。ユキも聞いた。それが証拠だろ?」
「言ってない!俺は何も言ってないッ!言ってない!」


俺はやれやれと苦笑いをしてサーベルに手をかけた。殺すためじゃない。脅すためだ。抜いたサーベルが男の上唇と下唇を皮一枚切り裂く。男は息を呑んで口を押さえようとしたところを顎を蹴り上げた。男の体が後ろへとのぞけった。白目をむいて男は倒れた。…気絶、したかな?
弛緩した男の身体を肩に背負って俺は元来た道を迷わないように進んだ。

ジープの後部に手足を縛って男を積み込み、俺はユキの隣に座った。三人一組で組むのが部隊の基本的な行動スタイルだ。俺、ユキ、キョーヤの新人三人で組んでいる。

、おっ疲れー」

ユキに笑顔で笑顔を返して
そういえば、と男が言った悪態を反芻する。

「悪魔の狗、か…」
「はん!狗にも慣れやしない弱者の泣き言だよ。僕たちに嫉妬しているだけじゃないか」















――…狗。そうさ、俺たちはみんな、みーんな咎狗なんだから。何故か、笑えた。