end

06










―…カツン。一定の歩幅で乱れることなく響く足音はさながら規則正しい振り子のようだ。

【城】への報告書を届けに来た俺らは非常に偶然にも、【城】内をブレーンたちに囲まれながら歩くアキラを見た。周りの連中が早口に言う報告にアキラは微かに眉を顰めるか指を振ることで指示を出していた。俺たちは階級が下っ端なので(それでも扱いは一般国民とは天と地の差があるが)、廊下の端によって頭を斜め三十度ぐらいに下げることでやり過す。斜め三十度ってなんだよ。どこかのバイトのマニュアルかよ。

「…ああ、それは…」
「アキラさま、こちらの裁断は…」
「分かった。伝えておく…ああ、それは…」

途切れ途切れに聞こえるアキラの声。……―声なんて、ほとんど忘れかけてるけれど、抑揚の無い話し方はアキラかなと勝手に憶測した。俺は目を上げることなく磨がき抜かれて下手したら滑ってこけてしまうんじゃないかという危険性のある鏡のような大理石を眺めていた。
白い大理石に黒い石がブツブツと混入しているので正方形一面積に一体何個まだらな黒石があるのかと、ついつい畳の目を数えようとする気分で数え始めてしまった。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ…あ、この石はなんかカタツムリみたいだな、あ、こっちはカタカナのトみたいだ…。

「……―何か、匂いがしないか?」

靴音が止まり、ふと、アキラが呟いた。俺はなんも匂いなんかしないぞ?と鼻を引きつかせた。まぁ、しいて言えば花のような甘い香りは漂っているが…城では、いつもこの匂いがする。その中から別の匂いを探すのは難しい。

「匂いですか?いえ…私には何も」

アキラの部下が返答した。

「そうか…いや、なんでもない」
「厨房の準備の匂いがここまで漂ってきたんでしょうかね」
「…さぁな」

アキラの足音は再び遠ざかった。ほっとして黒石十三個を数えたところで終わった。





■□■






俺たちは【城】に住んでいるわけではない。トシマ内に併設されている寮のような住宅に住んでいる。
学食のようなノリで並べられた長テーブルに各自が思い思いに場所をとってご飯を食べる。しばらくボーっとして食べ物に手をつけないキョーヤに、飯を食べないなら俺にくれないかな?と思いかけたときだった。キョーヤが椅子を蹴倒さんばかりに叫んだ。

「っていうか、見た!?さっきの見た?オレ、超興奮したんだけどっ!」
「何が?」

スプーンで上品にスープを呑みながらユキが五月蝿いなぁと言うあからさまな目で騒がしいキョーヤを横目で見やった。

「アキラさまだよっ!」

キョーヤは青い髪にピアスの、いかつい世の中に反抗期な不良少年の外見からは想像出来ないことに、かなりのアキラ崇拝者だ。
え、シキじゃなくて、アキラ崇拝者なの?と初めてキョーヤがアキラ賛美を始めたときは正直引いた。つか、シキでもアキラでも、どっちを崇拝されても俺としては困るんだが。

本日の成果の報告書を提出した帰り道から、妙にハイテンションだなぁとは思っていたんだが、どうやらアキラに会ったことに興奮していたらしい。それほど近くで見たというわけでもなく、二十メートルぐらいは優に離れていたんだがなぁ…。なんなのだろうか、大好きなアイドルに会えたパンピーの気持ち?なのだろうか?

「は?アキラ様よか総帥の方がカッコいいだろ?やっぱ、シキ様が一番だよ」
「は?お前、アキラ様のあの毅然とした冷徹さに痺れないわけ?唯一シキ様が認める方だぜ?」
「は?なに言ってんのキョーヤ?」
「は?テメェこそ何ふかしてんだ、ユキ?」


……や。俺を挟んでシキとアキラの討論を始められても、猛烈に困るんですが…。俺は静かに食事がしたいのですが…。

もちろん、両者とも互いの崇拝者の褒めるところは分かっている。シキあってのアキラだし、アキラあってのシキだ。どっちかに天秤が揺れる…ってのはまぁ、なんつかアイドルの良さを第三者の立場が夢を働かせて言い合っているというか…いや、自分で言っててよく分からない。

シキはシキだし、アキラはアキラだ。ついでに、シキは攻めでアキラは受けだ。………。

「君なんかにねー、アキラ様は高嶺の花なんだよ、バーカ!」
「テメェにもシキ様は手の届かないお方なんだよ、バカヤロウ!」

俺は黙々と食べながら、ふぅと息をついて全部を呑み干した。まぁまぁ上手かったなぁ〜。チャーハン風ソリドお茶漬けにして食うのが一番美味いな!ユキとキョーヤは結局いつもそれぞれの崇拝者を褒めて終わる。……いつものことだ。

「「はどっちの味方(なの!)(なんだよ!)」」
「ご馳走様でした」

二人をシカトして両手を合わせて食事に感謝。俺が彼らについて話すと色々とぼろが出そうで怖い。なので、二人に対することには適当に頷いて、適当に流す。
…固有名詞を出すと、絶対俺は「アキラ」「シキ」と尊称を付けずにうっかり話をしてしまいそうだ。そうすると、部隊内で居心地が悪くなる。大多数はシキフリーク、アキラフリークだ。シキとアキラを嫌っている軍人なんていない。いないハズだ。…俺はまぁ、嫌ってはいないよ?たぶん。ホモは嫌だけど。

どんな組織でも頂点に立てるような人間は凄いと思うよ。それが犯罪組織だろうが学校だろうが、会社だろうが。…一国の王って言うのは、スケールでかすぎてちょっと俺的にはついていけない部分もあるけどね。
一般パンピーは組織の一員として波に飲まれてそこそこの人生を送ればいいんだよ。俺、軍に永久就職できないかなぁ…なんかここまで来ると、現実世界に帰れないと考えているので大学卒業後の何も考えてなかった将来設計が台無しだ…。いや、まだ何も考えてなかったんだけど…。このままで良いかなぁ…俺、ここで生きていけてるし。
死なずに普通に生きていられればいいか。へらり、とこれからの人生設計が出来た(ような気)がしたので俺は笑った。

ってさ…」
「何?」

なんかため息のような感じでユキに名前を呼ばれた。二人とも、俺のことを変な顔してみている。俺が食後のデザートにゼリー(のようなコンニャクのような。フルーツ味のポンチ)を沢山茶碗によそって来たことに何か文句でもあるのか?

「……俺、パイナップル味嫌いだけど、いる?」
「いや、いらないから。つか、分かって言ってるの?」

もしかして食べたいのかなぁと思ってスプーンでユキの口元に持って行くが、間髪いれずに断られた。そうか…これが食べた方ワケじゃないのか…。ポイッと口に放りこむ。

ってさ、いつも笑ってるけど、結構肝心なところで何も言わないよね。笑って誤魔化してない?」
「何んだよ急に…」
「何だよって言われてもね、なんかさ、ってヘラヘラ笑ってるよね」
「ヘラヘラって…なんか薬中みたいな言い方するなよ。俺は一人で生きていけると思えないから、出来るだけ敵を作らないように笑ってるだけだし」
「あんま笑わないほうがいいよ。顔が崩れるから」
「なっ……!」

ユキさん。それはアレですか、笑うと顔の筋肉が緩んで正視に堪えない不細工になるとかおっしゃりたいんですか。

「あー…オレもが笑わないほうが言いと思うよ。頭緩いのかと思うから」
「オイ…お前ら、俺に喧嘩売ってんの?」
「いやぁ。そんなワケないっしょ…。たださ、外見が純血っぽいから、笑うとこ間違えるとヤバくね?」
「ヤバイって?」
「純血っていうとさ、やっぱ上流階級って感じがするじゃん。劣等意識を持ってる成り上がりにはちょっとウザがられるんじゃねーの?」
「………そんなことないだろ」
「なになに、その間は?」

ちょっとだけキョーヤの言うことに心当たりがあって、不自然に間を空けて返事をしてしまった。そこへ鋭くユキが突っ込んでくる。

「いやその…」

言葉を濁すが二人の目が言え言えと言っている。

「いや。うん。まぁ、うん……ちょっと嫌味言われたぐらいだし」

実害はない。何人かの明らかに本来日本人が持つ以外の色を持ったヤツらが、「純血かよ…」とか「今まで随分いい思いをしてきたんだろうな…」とか、中傷される。まぁ、陰湿な虐めとかはないから、言われるぐらいは別にいいんですが。やっぱり、黒髪黒目のせいで、いいとこのぼっちゃんだったとでも思われてんのかね?面向って聞いたこと無いけど。たぶん、そうなんだろうなぁ…。

「嫌味かぁ…ま、そんくらいだったら甘んじて受けとけ」
「他人事だと思って…」
「だって、他人事じゃん」
「うちの隊はマキ隊長からして黒を持ってるしさ、そんな酷くないんでしょ?つーか、そんくらいで潰れる様ならさっさと潰れろって感じだしね」

可愛い顔して…ユキはなんか言う言葉がいちいち棘を持っている。

「つか、マキ隊長。の髪触るの好きじゃね?何気にセクハラっぽい」
「言うな」

スプーンで掬っていた手が止まる。その話題はもう飽きた。今日だって、髪を触られた。まぁ、マキはそれなりに顔がいい。眼鏡をしていて細面で、典型的な生徒会長なイメージだ。これで不細工だったら最悪だが、顔がいいので触られることにまだ我慢できる。
マキは元CFC側での上流階級だったらしい。なので、黒髪だし、自分の色に誇りを持っているッポイ。同色だからなのか、俺にもちょっと優しい…優しい?っていうか、報告に行くたびにホント髪の毛を触られる。男の髪の毛触って何が楽しいんだ!と手を振り払ってやりたいが、そんなことしたら怖いので、されるがまま。髪を触るだけで満足しているらしいので放っておいている。……マキ隊長はシキが好きなのかなぁ〜と黒髪を共通点として考えてみたり。ブルリ。変な想像しちまった。

「…ちょっとぐらいのもんは我慢する。俺の人生設計は給料貯めて優雅な年金生活だから、あの程度のことにいちいち目くじら立ててたら馬鹿を見る」

そうだ。あと二十年ぐらい働いて、体力が追いつかなくなったら退職金貰って田舎に引っ越そう。第三次大戦の被害が少なかった古きよき日本の姿を残す、田舎へ!二十年後ぐらいにはシキも世界征服の野望を半分以上は達成しているだろう。それまで死なないように逃げ回ってそこそこ一般兵から昇給して…うん、そんな感じの未来設計。
ちっちゃなセクハラは我慢してやる。

「男の浪漫がねーな」

呆れたようにキョーヤが言った。

「浪漫ってなんだよ。こんな男だらけの世界でどんな浪漫を期待してんだよ」
「それはほら、親衛隊まで上り詰めるとか、そういう浪漫」
「それは浪漫じゃないだろ?強くなりたいっていう願望じゃないか?大体、親衛隊に入るには適用受容体適応レセプターじゃな…―!」

適応受容体じゃなきゃ、駄目じゃないか?と続けようとした言葉を俺は慌てて口を押さえる代わりにゼリーを掻き込んだ。いろんな味が混ざって何味なのか分からない。大雑把にフルーツ味だ。モグモグと筋ばっかりの肉を食べているようによく噛む。

「適用受容体?」
「何だよ、それ」

案の定、聞きなれない単語にキョーヤとユキが不思議そうな顔して聞き帰してくる。まずった。なんか、ふと、言ってしまった。どうせ、二人には意味が分からないことだろうからここは誤魔化すしかない。いつもの笑顔を貼り付けて俺は笑って誤魔化した。

「なんでもない。忘れてくれ」
「……そうやって、誤魔化そうとするんだもんな、は」

俺の笑みに、ユキがふいっと不貞腐れて横を向いた。













あるのか無いのか分からない仲間意識(又の名を馴れ合い)に引っかき傷が出来たような気がしないでもないが、それ以上追求されなかったのは幸いだった。