end

10



「俺はアキラだ」
「あ、初めまして。俺はと申します」

部屋でぼーっとしてぬくぬくベットに転がっていた俺を訪ねてきた人が一人。
なんと、恐れ多くもシキの右腕だかオンナだかのアキラだった。主人公とまともに言葉を交わすのは初めてだ。俺は慌ててベットの上で正座をしてアキラに挨拶をした。笑顔は忘れずに。

近くで見たアキラは、なるほど、凄く綺麗な顔をしていた。
青灰色の髪は光の加減で不思議な色合いをかもし出していたし、緑の目は冷たく見えるが蠱惑的だ。潤ませたらさぞかし男心というかシキ心を煽るんだろうな。……軍服アキラでも禁欲的な雰囲気のなかに色気がある。これが淫靡アキラだったら……ヤバイな。や、何がやばいんだ?

「………」

挨拶をしたはいいが、俺もアキラも自分から積極的に話をするほうではないので自然、会話は途切れた。アキラは俺を上から下まで観察するように見ている。部屋ではクリーニングが終わって帰ってきていた服を着ている。この格好が一番馴染んで楽だ。部屋でだらだらするときはやっぱ私服に限るよなぁ…。ジャージなんてあったらもっといい。

アキラに見つめられて居心地が悪い。でも、なんとなく俺もアキラの姿は良く見てしまった。アキラってば、反抗心バリバリだったくせにこんなに従順になっちゃうんだもんな。お前はツンデレだな!?と指差していってやりたい。キャラとしてはアキラ嫌いじゃなかったんだよなぁ…ガンダムWの主人公みたいでクールなところが好きだった。そして、戦える主人公だったので好きだった。
……やましい意味ではなく普通に好きだったな。なんか守られているキャラで僕とか一人称の可愛い子ぶった主人公だったら、俺、絶対プレイを止めてたね。ホモゲーを我慢して最後まで出来たのはアキラのキャラが良かったからに他ならない。
つか、ほんと、軍服ENDでのアキラのシキ至上ぶりにはビビッタからね。…っていうか、アキラって制服に軍帽被らないほうがいいと思うんだけどな…。ゲームでパネルを見たとき思ったんだよ。


「あの…軍帽被らないほうがいいんじゃないですか?」


なので、思い切って言ってみた。



「なぜ?」

表情をさして変えることなく、方眉だけが胡乱にはねる。

「いえあの、似合ってないと思うんですよ」
「……そうか?」
「ええ。折角の髪がもったいないと思います。折角の綺麗な色をした髪なのに…」

青灰色の髪の毛なんて滅多にお目にかかれないよな。咎狗の世界は奇天烈な色を持った人間が多すぎる。扉が開く音に俺とアキラの目線が動いた。入ってきたのはシキだった。シキが来るのは連れてこられた日から、二度目だ。忙しかったのか、俺の部屋には全く来ていなかった。それにほっとしていたんだが、寄りによってアキラがいるときに来ることはないんじゃないか?

「総帥」
「アキラ。来ていたのか?」

間近での二人のツーショットに、俺はとても肩身が狭い思いを味わって視線を泳がせた。部屋の端っこのほうにはアオイが控えている。俺も出来るならああいう風に壁にペッタリ張り付いていない人間モードになりたい。シキが来たことで俺はベットから降りた。面倒なので素足のままだ。日本人の俺は部屋でまで靴なんて履いていたくない。アオイが動いたのが目の端で見えた。

「総帥閣下。親衛隊隊長も、そんなとこではなんですから、あちらへどうぞ」

言って俺はさっさと一人でソファに向う。テーブルには軽い菓子と紅茶がアオイによって用意されていた。アキラが俺の勝手な行動に不快感を露にしていたがそんなことは目に入ってないということにしてシカトだ。俺は砂糖を一個ほど入れると両手で紅茶を飲んだ。この城の部屋に入れられてからいいことは上手いお茶が飲めることだ。今は紅茶だが、俺が頼めば緑茶まで入れてくれる。緑茶は美味い。日本食が恋しい。
向かいのソファにシキが座る。長い足がむかつく。アキラはシキの後ろに立ったままでいようとしたらしいがシキに促されてシキの隣に渋々と座った。ちなみに、アオイは俺の後ろに控えている。

「ここの生活は慣れたか?」
「総帥閣下よりお気遣いとは痛み入ります。…あの、質問してもよろしいですか?」
「なんだ?」
「どうして、俺はここに連れてこられたんですか?俺、なにかしましたか?」

恐る恐る聞いた俺の言葉に、シキが俺の顔をまじまじと見返した。

「……覚えていないのか?
「だから、なにを…?」

俺は困窮してしまう。咎狗の正規キャラに絡んだことなんて数回だ。あれでもないこれでもない、と今までの出来事を回想させる俺の耳に怪訝気な声が届く。

「……?」

アキラが俺の名前を呟いたのだ。アキラは己が唇に手をやって、俺の名前を吟味するように「…」ともう一度呟きながら首を傾げた。緑色の瞳で俺の視線を絡みとる。

「……貴方の名前は、じゃないのか?」
「ッ!」




―ー…ガシャンッ!!


手に持っていたカップが俺の手から滑り落ちる。どうして、なんで、俺の名前をアキラが知っている!?知るわけがない。この世界の誰も俺の名前を知るはずがないのにッ!!

俺は頭から血の気が引いていくのを感じた。アキラが俺の名前を知っている。咎狗のキャラが名乗ってもいない、本当の俺の名前を…―。俺が現実世界からトリップしてきたと思っていたことこそ、幻だったのか?俺が咎狗のゲームをして、この世界に来たと思っていたのは妄想だったのか?俺は、もしかして、本当にこの世界で生まれ育った住人なのか?なぜなぜなぜなぜなぜッ……!



「ッ―…どうして、アキラが俺の名前を知っているんだッ!!」



それは搾り出すような叫びだった。俺は分けの分からぬ悲しさに涙を流す。震える身体を自分自身で抱きしめて激しく首を振った。

。ああ、なんて懐かしい名前だ。四年以上の間誰も読んでくれなかった名前。家族の繋がりを示すものではなく、俺自身を現す記号。俺の名前を呼んでくれたのは誰が最後だっただろう?忘れた。もう、ここに来た日すら忘れた。



俺は溢れた涙を乱暴に拭った。静まれ、心。悲しむな、心。俺はだ。他の誰でもなく、両方が俺を現す。俺ここに居る。



「落ち着け、。…いや、と呼んだほうがいいのか?何故アキラがそれを知っている?」
「……まさかとは思いましたが、本当にだったとは…。シキに前に話したでしょう、亡霊の話を。俺が言っていた亡霊は彼のことです」
「ほう…と言うことは、俺とアキラは同じ亡霊を過去に見たのか」

面白そうにシキは喉で笑うと立ち上がって俺をソファの背もたれに押し付けた。

「貴様の名前はか?は偽名か?」

押さえつけられた肩に痛みが走り、俺は喘ぎながら言う。

「違ッ、両方とも、俺の名前、だッ」
「なんと言う?」
ッ!!」
か。苗字を後生大事に名乗るとは、な」


この世界には【家族制度】という陳腐なものがある。
第三時世界大戦時前から徐々に普及し始めていたこの制度は、希望者の子どもを施設"センター"で一括に預かり、有る程度の年齢になってから親元に返すというものだ。一体、誰が最初にそんな面倒なことを考えたのだろうか。赤ん坊や幼子は手間が掛かるからか?共働きの夫婦が多い世の中、子どもを作っても全ての時間を子どもにかけられないということだろうか…。

>この【家族制度】の"センター"は、戦中は極秘の少年兵の育成に大いに役立つこととなる。
また、戦後も別の形で存続している。戦争によって親を亡くした孤児を平等に男女、つまりは夫婦の元に授けるというものだ。
"ひとりめ"をセンターに預けたのに、また実の子どもを欲しくなったとしよう。その場合は"ひとりめ"の代わりに同い年の子どもを"センター"から引き取る義務がある。もちろん、与えられるのは血のつながらない子どもである。そうしなければ"ふたりめ"を手元に置く権利は与えられない。

男女の"夫婦"が希望すれば、子どもを与える。与えられるのは自分らとは血縁の無い子どもである。この制度には多くの問題点があった。なによりも、我が子でもない子どもを無条件で可愛がれる者は少なかった。そのような擬似親子の関係は大半がよくなく、成人と認められる十六歳からは子どもは親もとをを離れることが許され、そのまま苗字を名乗るかどうかの選択を任される。

センター育ちの十六歳以上はセンターより出され、一人で生きていくことが求められる。もちろん、彼らには"苗字"は存在せず、名前だけということになる。
よって、戦前から戦後に掛けて生まれた十代から二十代にかけての若者は、苗字を持たず、名前だけで通すものが多い。

それにしても…と、シキは俺の頬を輪郭優しくなぞったをなぞった。産毛をする革の感触に、舐められているかのようなぞくぞくとしたものを感じる。

「どうして、貴様は歳を取っていない?あの日見た姿のままに…」

痛みではなく肩が震えた。歳を取っていない?…ああ、それは自覚しては為らないことのひとつ。どうして、そうやって見たくない現実を突きつける。俺が咎犬の世界に来た二十歳の歳から、成長していない。元々十代に見られる童顔が一向に成長しない。身長も一ミリだって伸びてない。俺の成長は止まっている。

「国民登録情報によると、今年で二十になるようですね」

アオイの落ち着いた声が聞こえた。
俺の実際の年齢は二十四だが、トシマ脱出後与えられ国民登録でその時の年齢は十六となっていたのだ。あの俺に国民番号を発行してくれた女がおおよそで俺の年齢を決めてしまったのだ。それにより、四年たった今、咎狗内での俺の正式な年齢は二十歳ということになる。

「俺が見たのは…十年も前だぞ?あの頃から変わらない姿だろう」
「俺は十五年前です。孤児院に居たときに…」

シキとアキラの声がする。
遠い、遠い、向こうから。

「どうして、変わらないんだ?」
「知るかよ。俺が知りたい。どうして俺がここに居るんだよ?ふざけんじゃねーよッ!どいつもこいつも頭イカレてんだろッ!ふざけんな…ッ!」

暴れた両足をばたつかせて、癇癪を起こした子供のように。何がなんだか分からない。生きて話すシキを、アキラを、こんなに近距離で見なければ、言葉を交わさなければ、俺はもう少し大丈夫だったはずだ。咎犬の世界にいると理解していても、ゲームの中で見ていた登場人物を言葉を交わさなければ、もう少しだけ、この非現実から目を逸らせていられたはずだ。四年間の間、ずっと思っていた。ずっと、気が付かないようにしていた。

「俺が何したんだッ…どうして俺は…」







俺はこの世界で…――
抵抗を止めた。ただ、頬を一筋の熱い涙が伝った。
















「俺は、独りなんだ…―」

呟きは、虚無だ。