やってきました、三ヵ月ごとの命がけの試験が。
各自が自分で一番使いやすい得物を持って闘技場へ向う。この試験は約二週間掛かって行われる。一日一部隊を試験の計算だ。
試験の二週間前になると、和やかだった食事風景からして緊迫したものに変わる。休み時間や自由時間に自主的に訓練室や中庭に行く人間が増える。頭脳試験はこの力試験のあと一週間の間を空けて実施される。
俺も何度か訓練室や中庭に足を運んだのだが、妙な熱気(ホモゲーの世界だからなのか、皆見目は不細工じゃないので正視に堪えるが)と殺気だった様子、そして人口密度の高さに行くのが面倒になった。三ヶ月分の給料は最低限の生活費以外は全部サイゾーさんに送っている。ただ、ちょっとだけ心配なのはサイゾーさんからなんの音沙汰も無いということだ。大丈夫かな、まぁ、大丈夫だろうと、思っておく。
この試験に軍服を着ていくのはよっぽどの自信家か馬鹿だ。
軍服に切り傷ひとつ負わせずに無傷であることはほぼゼロに等しい。大切に軍服は保管しておくに限る。
俺はまたいつもの私服の格好で三本ナイフを装備して闘技場に向った。途中、キョーヤとユキに会った。声をかけようかと思ったのだが、どちらも初めての試験に緊張した面持ちだったので止めておいた。下手に声をかけたら殺気が飛んできそうだ。三ヶ月の間にそれなりに彼らとは仲良くなった…と、思う。時たま、溝を感じるが。…それは仕方ないだろう。所詮他人だし、俺は世間知らずだし?
服の上からお守りを握る。
そういや、いつからこんなものがお守りになったんだっけ?と考えてみるが忘れた。最初はただカッコいいと思っていただけだったのにな。今では大事なときにこれをもっていないと少し落ち着かない。けど、無くなったら無くなったでそんなに気にもならないだろうけど。
たぶん、惰性で続けているだけの行為。
【王の慈悲】のときと同じようにフードを被る。目元に影が落ちて、四方を囲まれている感覚は落ち着いた。
すでに試験の終わったし0〜6までの部隊が観客だ。【王の慈悲】よりも五月蝿くない。【王の慈悲】はある意味余興だ。この試験こそ、王に取っては大事なのだ。
強者が強者であるために。強者の中の弱者を切り捨てるために。
特別席にシキが居る。アキラも当然の如く一緒のようだ。
視線を中央の舞台に移せば親衛隊の一人が立っている。彼は軍服を着用し、静かに立ち待っている。
手にはサーベル。こうやって見る限り、外見上は普通でそれほど妙な行動は取っていない。ラインを使っているのかな?どーなんだろうな?…いや、あの目は絶対使ってるな。目がちょっと血走ってるよ。俺は親衛隊の連中はNicoleへの適用受容体で固められているのではないかと睨んでいる。つっても、推測だけど。
研究機関という、普通にNicoleについての解析を行っている部署があるらしい。そこでは人体へNicoleの影響を調べるためにかなりえげつない研究が行われているらしい。
もっぱらの噂は「獣」といわれる強化兵…理性も全てコントロールされた「人間」ではなくなったモノを作っているらしい。ま、事実かどうかなんかしらないけど。一般兵なもんですから。所詮は噂。
黒か白か、灰色か。
そんな真相は闇の中。
■□■
「――…それでは、初めッ!」
試合の号令に、俺たちは番号順に五人ずつ闘技場に上がる。休むことなく攻撃を繰り返し、最低でも十分持たなければ駄目らしい。十分って一体どんな基準で誰が考えたんだろうな。
いや、どうでもいいことを考えないでしっかり先の試合を見ておこう。親衛隊は多少は手加減しているらしい。当たり前だ。生体兵器に軽く片足突っ込んでしまっているライン服用者とライン無し一般人の差は埋められるものではない。俺らの隊の筆頭隊員がまずは手本を見せるが如く分間を乗り切った。
(ちなみに、隊長・副隊長格は彼らと一対一で戦うらしい。それらは一番最初に一般兵とは別に行われるので俺たちは見ていない)
軽い殺傷傷のみだ。ほとんど無傷と言ってもいい。流石は筆頭。エリートは伊達じゃない!十分分終了を告げられると特別席に一礼をして舞台を降りた。
古参兵に引き続き、俺ら新人の番になった。ユキが緊張気味に舞台に上がって死にそうになりながら何とか十分持った。ユキは身のこなしが素早いので攻撃を避けていた。果敢に攻めているがやっぱりラインで超人化している親衛隊には届かない。
「―…っち」
忌々しそうなユキの舌打ちが聞こえた。ユキっち、可愛い顔をゆがめて舌打ちしないでください。…なんか、リンを思い出すなぁ。猫被ってないリン?
「オツ、ユキ」
「…今は涼しい顔してても、後でお前も息を荒げるんだ!」
次はキョーヤ。まるっきり殺人者の目をしてナイフを繰り出してる。怖いなぁ。流石は不良少年。頑張って頑張って、三分が終了する。
「お疲れ、キョーヤ」
「ああ……やっぱ、クロイさん強ぇや」
ふらふらと体力を使い果たしたキョーヤが戻ってくる。十分間って言ったって、それは命の取り合いだ。疲労感はただ事ではない。キョーヤも出来るなら今すぐ座り込んでしまいたいだろうがその場で直立の状態を保つ。ちょっと体が揺れているのはご愛嬌だ。
はて、ところでクロイさんとは誰のことや?と自問し、ああ、今俺たちを相手してくれている親衛隊員の名前かな、と検討をつける。つか、俺はやっぱり自分に関係の無い人間の名前を覚えるという努力は放棄しているらしい。ま、自分の行動範囲以上の人間の名前なんて知ってたところでなんの足しにならない。
「次!」
「あ。俺の番だ…」
「生き残れよ」
「もちろん」
キョーヤの送り文句に短く答えて、俺は舞台に上がった。
おお、流石に舞台に上がると周りからの圧迫感が違う。たかが五人の中の一人。しかし、舞台に四方八方から向けられる無数の目。
親衛隊員…クロイさん?はゆらりと動いた。風を切る風圧とともに俺に飛び掛ってくる。―…右ッ!風の動いたほうに身体を向けてサーベルーを受け止めて腕の力で押し返して距離を取る。三分は短いようで長い。逃げ回ると戦闘意欲がないと見なされる。だから、逃げ回ることが出来ない。自分から攻撃を仕掛け、なおかつ相手の攻撃を受け止める。
―…くそっ。やっぱこりゃあハードだぜッ!!
一旦攻撃を受け止めれると、クロイはすぐに別に攻めてきた人間を相手取る。
五人の猛攻を受けながら、それでも親衛隊は俺たちを手玉に取る。そんなに実力の差はないように思えるのだが…五人中、一人がクロイの攻撃を受け損ねたらしく、腕を切り落とされて絶叫を開けて舞台の隅に転がった。
吹き上がる血飛沫、その隙を見逃さずにクロイは悠々と止めを刺す。
さて、五人が四人になってしまった。
だが死んだ同僚を気にすることなく、俺たちは動揺を押し隠しさらにクロイに向っていく。
ところで、十分ってまだなのか?もう三十分も戦っているような気がするんだが…。
時たま思い出したように攻撃し、また攻撃を帰され、その度に胆が冷える。振り回しているものが刃物だという、銃刀法なんつものがあった古きよき日本は一体どこに言ったんだ!と大声で叫びたい。
一人へ同時に攻撃を仕掛けることが出来るのは最高で三人…と、昔誰かに聞いたか読んだような気がする。確かに、その通りかもしれないな、と一歩下がったところから飛びかかかるほかの三人を横目に思った。
俺は特に攻撃するタイミングがつかめず、なんとなく左斜めに飛んでナイフを投げた。それは、たまたま俺が投げたところが死角だったのか、親衛隊の右腕を掠った。
ゲ!うおう!当たっちゃったよ!
軍服を軽く切り割いて、ナイフは後方に落ちた。クロイの視線が俺を捕らえる。……やばいやばいやばい!なんか俺、敵認知されてしまった気がするぞ!!
俺は常備しているナイフを抜いた。ナイフは残り二本だ。
手に馴染んだ感触を握り締めた途端、クロイが三人の環の中を飛び出して俺に来た。
まぐれで攻撃が当たっちゃったから切れた?いやいやまさか、親衛隊がそんな大人げないことするわけないよな!と言う俺の思いもむなしく、刃が振り下ろされる。
――チッ、と俺もユキのような舌打ちをして足を踏ん張り腕に力を込めて刃を受け止める。ガガガガと刃こぼれのような音がかち合った刃とナイフから鼓膜を打った。
絶え間なく振り下ろされる連撃に、歯を食いしばって耐える。
何だよ、俺にそんな猛攻しないでくれよ!他の三人を相手にしろっての!くそくそ!
親衛隊の攻撃はますます重さと速さを増してくる。一瞬でも反応を遅れたら致命傷を負わされそうだ。
あー…つか、今って何分経ったんだ?もう十分経ってんじゃね?と、ちらりと思考が逸れた。馬鹿ジャン俺、何考えことしちゃってんの?
「うぁ、あ!」
サーベルが胸部を掠った。服が切れる。(ああ、俺の一張羅が…)何かが親衛隊の刃先に引っかかる。そして、切れた。
――…チャリン。
冷たく澄んだ音を立てて、それは舞台に落ちた。バラバラに。チェーンが切れた五枚のドックタグが―…―俺の、お守りが。
拾いたいが、そんなことを悠長にしている場合じゃない。ヤバイ。強い。流石はラインの服用者。生身でも強い親衛隊の能力はウィルスによって三倍増し以上ですかッ!?鋭く切り込んできた親衛隊を避けて、俺は床を転がった。その時すぐ傍にあるドックタグを目の端に捕らえてしまい反射的に手を伸ばした。
――…シュバッ
「ッ…!」
手の甲を赤い線が走った。手を引っ込めて、腰を深く構えて相手を伺った。ナイフを握っていない左手の甲から血がにじむ。
…――血が。痛覚する。
血が。赤く。流れて。血が。
花が咲く。赤い花が。燃える赤より深い忌まわしい
血が。
―…だ……して。
「待て」
覇王の声は、一瞬で場を静めた。
俺はもちろん、会場から音が消える。ピタリと忠実な人形、或いは狗のように動きを止めた親衛隊の姿に何の感慨も抱くことなく、俺は切られた手の甲を口元に持って行って傷口を舐めた。
血の味は鉄だ。
傷口を舐めると染みるようなピリリとした痛さがあったが、唾液は消毒効果があるんだったか無かったんだか…切ったところは舐めとくのが普通だよな。
もう一度舐め取る。
ああ、俺の血だ。
――…ぜ…!どう……か…い?……ないッ!
よく分からない声のフラッシュバック。くらりと一瞬のめまい。なんだ?誰の声だ?
頭を小さく振る。空耳を追い払うために。コミカメを押さえつつ、やっと回りが水を打ったように静かなことに気が付いて俺は顔を上げた。
え、どうしたの?すると、ちょうど正面の特別席からシキが、ふわりと席から飛び降りた。
………バケモノですか?
どうすれば三階分は高さのあるところから飛び降りれるんですか?ニコルの力って、そんなに凄いの?そりゃあ、最強の生体兵器だもんな。ヘリコプターぐらい跳躍して落せるぐらいの身体能力あるよな。うわ、それって凄そう!(すでに人間じゃねー!化けもンだ!)
音もなく着地したシキ。
シキが悠々と立ち上がって歩く。それだけで常人ではない行動だ。
闘技場は水を打ったかのように静まり返っている。それこそ、聞こえるのは息使いだけだ。
つか、なんでシキが降りてきちゃってるんだろうか。俺、何かした?何もしてないよな?俺も皆と一緒になってシキの一挙一動を見守る。クロイや他の一緒の試験者もどうしてシキが降りて着ているのか分からないといった困惑を表しながら、あれ、シキが俺のことを見ながら歩いて来ているような…。
シキが舞台に上がった。
見ているのは…――うん、俺だな。
誰もの視線がシキと俺を見ている。そんなに見ないで!俺、恥ずかしがりやだから!人前で注目される仕事はしたくないんだ!シキとの距離が十メートルでシキが俺の前で足を止めて、俺を見る。俺はフードを被っていたことに感謝した。目深被ったフードは俺の目線を結構隠してくれる。
「……貴様、面白いものを持っているな」
シキは日本刀の柄の先で落ちっ放しのドックタグを指した。あうー…チェーンが切れちゃってるよ。
「それがなんだか、知っているのか?無粋なフードを取れ。貴様を曝けだせ」
……なんで、このお人は、こう、言う言葉がいちいち偉そうでエロ臭いんですかお母さん、俺、笑ってもいいですか?
噴出しても?あれ、なんか俺、ハイテンション!?シキと感動の対面?ホモゲーキャラと初会話!?シキとは視線を外して話さなきゃ駄目なんだっけ?そうしないと襲われる?ホモゲーだもんね!
ホモゲ…ホモの毛。なーんちゃって。
「ふ…はは!うわ、ヤベー!!」
……ごめん。ありえない。何俺笑っちゃってんの?しかも、本人前にしてヤベーとか言ってる俺がヤバイよ。でもな、笑いの発作が着ちゃったんだよ…なんだろ俺、結構ストレス貯まってたのかな?俺ってば殺されるよ?や、死刑決定?
「……貴様」
不快げにシキの形のいい眉が潜められた。
―…キンッ!!
何の予備動作もなくシキが一瞬で間合いを詰めて日本刀を抜いて切りつけた。反射的にナイフで受け止めた俺に、シキが意外そうにする。…うおー…俺、よくシキの攻撃受け止められたな!いっそ、ばっさりと一撃で即死させられるほうが良かったかもしんない…。それにしても、キリヲのナイフもよく折れなかったもんだ。偉いぞ、キリヲのナイフ!
シキは俺よりも身長があるようだ。ぎりぎりと力の拮抗で刀を受け止めつつ、シキの顔を観察する。肌にシミとかなさそうだな。にきびとかも出来たことないんじゃないの?それから、実は髭とか剃ったことないだろう、お前?これだからゲームの美青年キャラは…世の中の一般男子の性質を間違えてるよな。
―…ドクン。
アア、近イ。
なんだか、ますます気分が高揚している。なんだろう?自然と笑いがこみ上げてくる。腹に力を込めて刃を押し返して、俺は後ろへ距離を取る。そして、俯いて、腹に片手を当てて俺は方を振るわせた。
「ははッ!ごめんな、シキ!駄目だ!今の俺、笑い死にそうだ!」
笑い声を漏らさないように小声で身をよじった。
俺の物言いに、会場内がざわついたのが分かった。
「…貴様、ラインでもしているのか?」
うむ。挙動不審にハイテンションなジャンキー(中毒者)と同じにされたようだ。嫌だな。
「はぁ?俺がラインを使うんな死んでも御免だね。お前の
菌なんか欲しくねーよ」
「何だと…?」
「ヤダヤダ。なんで、シキがわざわざ降りてくんの?俺、アンタとアキラにはお近づきに為りたくなかったんだよ。畜生ッ!俺の人生設計がまた狂った!」
小声でブツブツを呟く。恐らく、シキ以外には聞こえていないだろう。
別に俺がこの試験で死のうがどうしようがシキにはなんのことも無いはずだ。なのにタグごときに興味を引かれて降りてこられては俺の定年まで生き残る計画が…風 前 の 灯 だ。
ちっ、後生大事にタグなんてずっと持ってた俺が悪いのか?ああ!?思わず自分に逆切れだ。
あー…なんか興奮していた血が下がってきた。俺、今何してんだっけ?えっと、シキになんかを尋ねられたんだっけ?
「……ああ、タグのことでしたって?知ってますよ。イグラで、王に挑める権利ですよね?そして…」
今更ながら敬語を使いだす俺もどうかと思うけど。いきなりテンション下がった低い声で俺は言った。なんかもう投げやりだ、俺。
「ほう…俺が誰だか分かって言っているのか?」
面白そうにシキの目が細まったのを俺は見逃した。なんだか、億劫だった。
夢の世界は、咎狗の世界は…――慣れたようで、全然為れない。ただ、俺はアキラを見上げた。
「――…ひとりだけですよね、そうやって王に逆らって生き残ってるのは?……なぁ、アキラぁ」
俺が特別席のアキラを仰ぐように見上げたことで、フードが背へと落ちた。
特別席のアキラが微かに瞠目した。
―…そして、シキも。